魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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来訪者編 バレンタイン狂騒曲(前)

二月十四日がやってきた。この日は世の乙女にとっては一大決戦の日。それは、宮芝和泉守治夏にとっても例外ではない。

 

治夏が十文字克人と交際を始めて二ヶ月ばかり。治夏はこの日に向けて瑞希からお菓子作りの手解きを受けてきた。克人は仮にも部活連の前会頭。以前、お世話になったお礼としてチョコを渡そうとしてくる者や、或いはその中に実は秘めた思いを持つ者がいることも考えられる。

 

なんといっても克人は頼り甲斐がある男性だ。彼の力強さに惹かれる女子が出ても不思議ではない。それ自体は仕方がないことなのかもしれない。しかし、治夏は今日、何としても誰よりも早く克人に手作りのチョコレートを渡すのだと決めていたのだ。

 

「それで……その結果がこれか?」

 

「ごめんなさい。よく考えたら、迷惑だったよね」

 

「いや、迷惑ではないが、夜中に急に大型の鳥が窓を突いているから、驚いたぞ」

 

現在、二月十四日の午前零時十五分、治夏と克人は使い魔の鳥を通して会話中であった。家族よりも先に克人にチョコレートを渡したいと意気込んだ治夏が、日付が変わると同時に鳥の背に箱を括り付けて十文字家へと放ったのだ。

 

「呆れちゃった?」

 

「まあ、少しは呆れたが、それ以上に嬉しかった」

 

「ありがとう、克人」

 

「それは俺が言うべき言葉だろう。チョコレートありがとう、深夏」

 

二人きりのときだけ。そういう約束で伝えていた本当の名前を呼ばれ、治夏の心は一気に舞い上がった。

 

「えへ……えへへ、好きだよ、克人」

 

「ああ、俺もだ。……だが、その様子で明日は大丈夫か?」

 

「大丈夫、皆の前ではちゃんと宮芝治夏になっておくから」

 

「なら、いいが……」

 

克人が心配そうなのも分からなくはない。今のだらしない治夏の顔を見られれば、部下からの信頼は急降下だろう。そればかりか、克人の評価まで下げてしまいかねない。克人の毒牙が治夏を腑抜けにした、なんて評は絶対に出させない。

 

「話したいことは幾らでもあるけど夜も遅いから、そろそろ終わりにするね。じゃあ、克人、また明日」

 

「ああ、また明日」

 

式神に通話回線のカットと帰還を命じる。その間に治夏は布団へとダイブし、枕に顔を押し当てる。

 

「ねえ、聞いた? のーちゃん、私のチョコ、嬉しかったって」

 

そう声をかけると、機械の脚部に培養液に漬かった脳を乗せたペット、のーちゃんが細い足をぷるぷると震わせた。

 

のーちゃんは、幼くして難病にかかり、死の運命にあった子供の脳を取り出して、代わりの身体がみつかるまで培養液に入れて機械の脚を与えていたら、いつの間にかペットのような存在になってしまったものだ。

 

治夏自身、何を言っているのか分からない部分があるし、何より見た人は一様に気味が悪いものを見たという表情をする。中には殺した敵の脳を自らの傍に侍らせているなんて噂をする者までいた。以来、あまり人には見せていない。

 

私にそんな狂った趣味はない。私は普通だ。それに、良く見ればかわいいでしょ。そう声を大にして叫びたいところだが、瑞希に真顔で止められたため実行はしていない。

 

さて、ともかくこれでバレンタインの最大の任務は終わった。後は後顧の憂いなく眠って明日を迎えるだけだ。

 

そうして、一波乱のあった夜を終えて朝になり、治夏は登校の準備を始める。その際に、克人以外の男子に配るためのチョコを忘れずに持っておく。人間関係を円滑にするには義理は重要な要素だ。

 

教室に入ると、達也に吉田、それに退院したばかりのレオといった、治夏がクラス内で親しくしている男子メンバーが揃っていた。だが、今は美月が三人にチョコを配っているところなので、治夏は少し待つつもりでいた。

 

「随分急いで退院すると思ったら、チョコが目当てだったの?」

 

が、そこに教室に入ってきたばかりのエリカが口を挿んできた。

 

「そんなわけねぇだろ! ふざけんなよ、このアマ!」

 

単に言い返すだけではなく、レオは椅子を蹴って立ち上がっていた。

 

「ねえ、レオ。照れ隠しにしても、その言い方はないんじゃない? 入院中には、エリカのお世話になったんじゃないの?」

 

レオの言い方に、治夏は思わず素で怒りを表明してしまった。普段の口調とは違うせいか、レオも面食らった様子だ。けれど、治夏は我慢できなかった。

 

「それにね、レオみたいに体格がいい男子は、怒鳴り声をあげるだけで周囲の女の子は怖い思いをすることもあるんだよ。今もレオが乱暴に立ち上がるから、美月、驚いてたよ。少し考えて行動してくれない?」

 

今回はレオに効きそうということで美月の名前を出したが、怖かったのは治夏も同じだ。一時期よりはマシになったとはいえ、修行時代に殴られたときの恐怖が消えていない。それがなくとも、男の人に近くで怒鳴り声を上げられれば、怖いと思う女性は多いはずだ。

 

「悪かった」

 

治夏の怒りが分かったのか、レオが矛を収めて頭を下げる。

 

「あたしも、ちょっとごめん」

 

それに続けてエリカも謝罪をしてくる。

 

「でも、和泉って意外と怖がりなんだね」

 

「私は身体的には、か弱い女子なので。エリカみたいな格闘戦マニアと一緒にしないで」

 

「その割には刀を持ってたりするじゃない」

 

「あれは主武装じゃないから。私の刀は相手を背後から無音で葬るためのものなの。接近戦こそ自分の土俵っていう千葉にとっての刀と一緒にしないで」

 

だから、打ち合うなんてことは想定されていない。そのため、持っているのは刀としての評価は二流の数打ちの物だ。

 

「ところで私が水を差しちゃった訳だけど、私も三人にチョコ作ってきたから」

 

そう言いながら、片手には少し大きく、両手には少し小さいという中途半端な大きさの小箱を渡していく。

 

「一応、箱に幻術を仕込んでおいたから。開けてから三分以内に食べ上げれば、かなり美味しいチョコだったって感想になるはずだよ」

 

「どこに細工を仕込んでるんだよ」

 

「技術の無駄遣いって、こういうことを言うんだね」

 

先程の注意が効いているのか、控え目にレオが叫ぶ。続いて呟いたのは吉田だ。それを無視して治夏は続ける。

 

「ちなみに先に注意しておいたのは、言っておかないと妙な勘繰りをしてせっかくの仕掛けを解除してしまいそうな誰かさんがいるからだから」

 

そう言いながら見ると、図星だったのか件の誰かさんは口を僅かに曲げていた。

 

「あ、ちなみに、その幻術は私のチョコ限定じゃないから、本命のチョコ……例えば同学年の同居人とか家族とかのチョコのスパイスとして使っても、心の広い私は、文句は言わないからね」

 

「和泉、初のバレンタインで浮かれた気分になっているのは分かるが、普段とキャラが違いすぎるぞ」

 

と、そこで思わぬ反撃を受けて、治夏は固まった。

 

「や、やだな、達也くん。バレンタインなんて毎年来るものじゃないか」

 

「そうか。今年のバレンタインは特別なのかと思ったが、俺の気のせいか」

 

「そ、そうであるな。気のせいなのだな」

 

達也に克人とのことは話していない。けれど、達也には気づかれてしまっているようだ。

 

「和泉ってこんなに嘘が下手だっけ」

 

エリカが何か言っている気もするが、空耳だ。私には何も聞こえていない。

 

「エリカ、レオは気づいてないみたいだから、もう少し黙っていてあげようよ」

 

「そうよ、エリカちゃん」

 

吉田と美月も何か言っているが、気にしない。

 

「用事も済んだし、ちょっと散歩してくる」

 

けれど、この場は撤退が必要みたいだ。治夏は慌てて外に出た。

 

朝の時間は、周りに多くの生徒がいるためか本命と思われるものが渡されている様子はない。けれど、放課後になれば、覚悟を抱えた女子が動き出すかもしれない。

 

克人には誰にもチョコを渡さないでほしい。けれど、一世一代の賭けの決意を持って踏み出す女子の心を、何もさせないで潰してしまうというのもしたくない。

 

少しもやもやした気持ちを抱えながら、治夏は用もないまま廊下をぶらついた。




深夏の名が出てきたので改めて。

本名:桐生深夏
通称:宮芝和泉守治夏

治夏の本名を宮芝家関係者以外で知っているのは今のところ克人だけです。
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