ダブルセブン編 第一高校二年生
西暦二〇九六年四月六日、新年度の初日。宮芝和泉守治夏は二年生の初日を以前と変わらないメンバーで歩いていた。即ち治夏、達也、深雪、エリカ、美月、レオ、吉田、ほのかと雫の九人である。
メンバーの顔触れは昨年度までと変わらない。しかし、身に着けている制服のデザインが、先月まで、即ち一年生の時とは違っている者がいた。
達也の胸には、八枚歯のギアを意匠化したエンブレム。
同じデザインの刺繍が、美月のブレザーにもついている。
そして、吉田の左胸には、八枚花弁をかたどった一高の校章。
「幹比古、一科生の制服の着心地はどうだ?」
「からかわないでよ、達也」
ニヤリと笑って人の悪い祝辞を送った達也に、苦笑いしながら満更でもなさそうな顔で吉田が答える。
「ところで、なぜ和泉は、あれほど望んでいた一科生入りを断られたのですか?」
「えっ? 和泉が一科生に?」
「エリカはちょっと失礼なのではないかな?」
深雪が問いかけてきた通り、治夏は学校側から一科生への昇級を打診されたが、断った。ちなみにエリカが驚いていたのは、治夏は成績だけでは二科生の中でも下位だからだ。一応、最後の試験だけは素晴らしい結果を出して見せたが、それでも二科生のトップクラスの吉田の昇級とはわけが違う。
「それで、どうしてなの?」
「私が欲したのは、指導教官のみ。一科生になれば、それが共用になってしまう。それよりは好きに呼び出せて、どのようにでも使える今の方が、都合がいい」
「和泉はそれでいいのでしょうけど、休日でも構わず呼び出されている天童先生が、この世の終わりのような顔をしていたわよ」
実質的な生徒会長とも言える深雪の元には、教員からの要望等も集まってきているのだろうか。けれど、少しばかり疑問があった。
「天童には私が休日に呼び出した場合は代休を取っていいと伝えてあるはずだが?」
「それで和泉の言う通りに代休と取っていたら、本来の授業に支障がでるでしょう?」
「確かにそうだ。しかし、心配は無用。今年は学校の授業からは外させたからな」
そう答えたところ、深雪が頭痛を耐えるような顔をしていた。達也など、天童先生、と呟きながら合掌をしている。
「授業から外させる前に、せめて授業くらい受けなさいよ」
エリカの言う通り、最近の治夏は学校の授業など全く真面目に受けていない。それどころか授業時間も自らの研究に勤しんでいる有様だ。そんなのでは当然、カリキュラムにもついていけないが、宮芝には秘密兵器、仮装行列がある。それを使えば替え玉による受験など容易なことだ。
ありがとう、小早川。そして、これからもよろしく。
「ところで、達也の方こそ、真新しいブレザーの着心地はどうだい?」
露骨に話を変えたのは、吉田が治夏の替え玉受験に気づいていたからだろう。正確には吉田に限らず同じクラスの者は誰もが気づいているはずだ。
それもこれも治夏の代わりに試験を受けた小早川が、和泉守様のためにと張り切りすぎたせいだ。おかげで実技においても十傑に入るというとんでもない事態になった。そうなれば普段と違いすぎると嫌でも気づく。
ありがとう、小早川。でも、今度からは少し手を抜け。
「新しいといっても今のところ看板だけだからな」
達也の制服は新設学科である魔法工学科の所属であることを示すものだ。しかし、まだ独自授業がスタートしていなければ、教員の顔ぶれも明らかにされていない。
「おはようございます、和泉守様」
と、そこで治夏の姿を見つけた森崎が駆け寄ってきた。
「ご苦労」
片膝をついて森崎が頭を下げる。その森崎を見たほのかが驚いたように制服を指差しながら聞いた。
「あの……も、森崎さん。その制服は?」
「これは今年から小官に和泉守様より許された紋だ。正成公のように更なる忠義に励めという信頼の証である」
森崎が自慢げに胸を突き出すようにして答える。森崎の両胸、治夏と同じ位置には菊水の紋が描かれている。元々の八枚花弁と紋なしに、昨年から水色桔梗紋が加わり、今年になり魔法工学科と菊水の紋が加わった。我ながら、なかなかの混沌具合だ。
ともかくも達也が魔法工学科に移ったということで、治夏とはクラスが別になった。これを治夏は好都合だと考えている。達也は非公認戦略級魔法師である可能性が高い。もしもそうなら、あまり近づきすぎるのは危険だからだ。
「深雪、いいの?」
「雫、これを問題にしたら、和泉の制服も問題だということにならない?」
雫の危惧は、このまま変な制服が増加することに対してだろう。それに対して深雪は前生徒会長の七草が黙認した以上、今更どうにもできないという姿勢のようだ。
「人間、変われば変わるものだな……」
「レオ、あれは変わったんじゃなく、改造されたって言うんだと思うよ」
「失敬な、改造というのは関本のような例のことを言うんだ。森崎の変わり方は、れっきとした成長だ」
「調教の間違いじゃなか?」
一年前の校門での騒動を思い出しているのか、どこか遠い目をして語り合っているレオとエリカに治夏は一応、訂正を入れておいたが、納得は得られなかったようだ。
そんな雑談をしながら、一度、それぞれの教室へ向かう。治夏はエリカとレオと同じF組であり、達也と美月の魔法工学科クラスはE組だ。その教室は治夏たちの隣だ。
エリカとレオは新しい教室の席を確認すると、すぐに魔法工学科の教室を見に行くようだったので、治夏もそれに同行する。達也は廊下側の席であったため、エリカはいっぱいに開けた窓のレールに両肘をついた。
「美月は今年も達也くんのお隣かぁ。あたしもクラス替えを志望すれば良かったかな」
「必要ないだろ。隣のクラスなんだし」
ぼやいたエリカに、エリカと窓枠の隙間に顔をねじ込んだレオが反論する。
「それって、俺がいれば他の男なんて不要……」
治夏が言い終わる前にレオは口を挿んでくる。
「いつからお前はそんな色ボケになったんだよ!」
「ねぇ、レオ。私、お前って呼ばれるの好きじゃないんだけど!」
「そして、何で急に豹変する」
治夏たちが騒いでいる所に一人の女子生徒が近づいてくる。
「司波達也殿、お話中に失礼いたします」
達也に声を掛けたのは、今年から魔法工学科に転籍した平河千秋だ。
「此度、和泉守様から貴官の監視役を拝命しましたので……」
「ちょっ……それ、言っちゃダメなやつ!」
「そうなのでございますか?」
「少なくとも本人に宣言する必要はないな」
「はっ、では司波達也殿、先程の発言はなかったことにしていただきたい。では、失礼いたします」
綺麗な回れ右をして平河は自分の席に戻っていく。
「和泉?」
「どうせ君は、この魔法工学科に移ってからも問題を起こし続けるのだろう?」
達也のジト目に、仕方がないので開き直った回答を返しておく。
「確かにそうね」
「すまん、達也。否定できねぇ」
「でも、達也さんに責任があるわけではないですよ」
幸運だったのは、エリカ、レオ、美月の発言が治夏の言葉を肯定するものだったことだ。特にブランシュ事件、横浜事変、対パラサイト時と何度も大立ち回りを行ってきたエリカとレオは否定したくてもできないはず。
「私にはこんなトラブルメーカーを放置することはできない。もっとも、四六時中監視しているわけではないから安心してくれ。そして、何かあったらすぐに彼女に相談をしてくれ。宮芝もできる限りの協力をしよう」
「分かった……考えておく」
ここにいる全員にトラブルメーカー扱いされてしまったのが衝撃だったのか、達也はいつになく疲れた表情で治夏の言葉に頷いた。
敵対的な平河千秋と、監視していると明言する平河千秋。
達也にとってはどちらがよかった?