司波達也が今年度から生徒会に移籍。風紀委員には吉田幹比古と北山雫を加え、部活連の会頭には服部刑部が就任し、第一高校の新しい一年が始まった。
ところが、万事順調とはいかぬようである。
西暦二〇九六年度の入学式終了後の生徒会長、中条あずさによる新年度の首席入学者である七宝琢磨の勧誘の席に、宮芝和泉守治夏は同席していた。
それは七宝琢磨が入学式の打ち合わせの際に、深雪と一波乱があったという話を聞いたためだ。七宝家は十師族の候補である師補十八家の一つ。十師族同様に魔法技能開発研究所を出自として持つ強力な魔法師の一族だ。琢磨はその七宝家の長男。治夏にとっても無視のできぬ相手であった。
「申し訳ありませんが、辞退させていただきます」
果たして、七宝は中条の勧誘を拒否していた。
「……理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「自分を鍛えることに専念したいんです」
質問した五十里の目を正面から見返しながら、七宝が答える。
「俺は、十師族に負けないくらい、魔法師として強くなりたい。それが俺の目標です。だから課外活動は生徒会で組織運営を学ぶより、部活を頑張りたいと思います」
「何だ、小者であったか」
治夏の言葉に七宝が目を剥いた。
「そういえば、誰なんですか? この妙な制服の人は?」
「二年F組、宮芝和泉だ」
「F組? ウィ……」
そこで五十里が七宝に飛び掛かり、強引に口を封じた。
「何を……」
「七宝、それは禁止用語だ。宮芝さんは風紀委員だ。禁止用語を言った者は新入生であろうとも容赦なく殺されるぞ!」
「そんなことがあるはず……」
「あるんだ。実際に昨年は三年生の風紀委員が、殺されて機械人形の素材にされた!」
五十里の必死な様子に、七宝も危機感を抱いたのか口を閉じた。ちなみに五十里は誤解しているようだが、いかな宮芝とて簡単に人を殺すことはしない。関本にしても公的には横浜で戦死したことになっている。
けれど、それだけに残念だ。ここで禁止用語でも言ってくれれば殺さないまでも恐怖を植え付けられたものを。
「あの人は何なんですか?」
「宮芝さんは古式の中でも長い歴史を持った一族の当主だ。現代魔法師である七宝はあまりよく知らないかもしれないが、非常に力のある家で、一人くらいの殺人なら簡単に隠蔽する家だから、絶対に逆らわないで!」
「やれやれ、随分な言われようだな」
言った治夏に、五十里はジト目を向けてくる。
「そう思うなら、関本さんを何とかしてくれないか?」
「一度、機械にした人間を元に戻す術はない。それは五十里くらいの技術者なら知っていることではないのか?」
「言ってみただけだよ。ともかく、七宝は絶対に風紀委員……特に宮芝さんと森崎君には逆らわないこと。いいね?」
「……その前に、どうして部活を頑張るのが小者という評価になるんですか?」
「お前は組織運営を学ぶより自らが強くなることをしたいと言ったな?」
七宝は、お前という呼び方に反感を持ったようだが、反論はせずに黙って頷いた。
「それが、そもそも次代の当主という自覚が足りない意見だ。十師族では、なるほど直系が強い魔法力を持っていることは多い。しかし、一族で最強かと問えば、必ずしもそうでないことは知っているはずであろう?」
問えば、七宝はしぶしぶという様子ながら頷いた。十師族の中でも一条や十文字は長子の能力が高いが、五輪や七草は優秀ではあるものの、最強ではない。
「そこから考えても、必ずしも当主が最強である必要はないということは容易に分かることであろう。当主に必要なのは単純な力ではなく、見識だ」
言い切った治夏に対して、七宝の反応は鈍い。もっとも、これは予想ができていたことだ。七草の件にしても九島の件にしても七宝ならば当然にすでに知っている話のはず。それでも力を求めている以上、これくらいで翻意はない。
「お話は分かりましたが、やはり俺は、まずは自分を鍛えたいと思います」
「ま、そう言うだろうことは分かっていたがね、それでも心に留めておくといい。君が求めている力というのは限定された場面にしか力を発揮できない。真に強い者というのは、何があっても生き残れる者のことだ」
「生き残るだけじゃ、意味がない。勝たないと」
「今の君に言っても分からないだろうな。だから、心に留めておけと言った。君が真の力を求めるなら、宮芝は力を貸すこともあるだろう」
七宝は相変わらず胡散臭そうに治夏を見ているが、今はこれでいい。この言葉が生きてくるのは、七宝が今後、大きな挫折をして藁にも縋る思いになったとき。今はそのときのための種蒔きのときだ。
「さて、私の話は概ね終わったが、会長殿は七宝が断ったことについて何か言っておくことはあるか?」
「いえ、無理強いできることではありませんし、仕方がないと思います」
治夏にそう答えた後、あずさは七宝のことを見た。
「わたしたちとしては残念ですけど、七宝くんがそう決めているのであれば。部活、頑張ってください」
「すみません。失礼します」
一礼した後、七宝は足早に去っていく。その後ろ姿が見えなくなった頃、中条が言いにくそうに切り出してきた。
「宮芝さん。まさか、七宝くんまで取り込む気ですか?」
「七宝まで、とは随分な言い様だな。まるで私が誰か取り込んだみたいではないか」
「平河先輩は違うんですか?」
中条が言っているのは平河小春のことだった。同じ九校戦の技術者であっただけに思う所があるのかもしれない。
「平河小春は妹の千秋の助命を条件に宮芝に命を捧げたのだ。取り込むというのとは少し違うな。それに、あいつは今の生活を楽しんでいる」
「本当ですか?」
「本当だとも。奴め、案外にマッドの才能があったようでな。今はより効率的に人を殺すことができる機械の開発を喜々としてやっている」
中条は疑うような目で見てくるが、治夏は嘘を言っていない。中条はつい先日も関本の空戦用の装備の改良を具申してきて、今はリーダーとして機体制御機能の向上と高機動戦に対応する火器管制システムの改善に努めている。
現在は空戦というより空挺がやっとだが、そのうち空を舞う関本たちが見られるかもしれない。ところで、治夏が言うことではないが、平河は関本をどうしたいのだろうか。
「そういうわけで、心配は無用だ」
「分かりました。けれど、七宝くんは師補十八家の一つ、七宝家の長男です。他と同じような無茶をしては、どのようなことになるか分かりません。絶対に七宝くんを洗脳するようなことはしないでくださいね」
「分かっているよ。それではな、会長殿」
念を押す中条にひらひらと手を振り、治夏はこの場を離れていく。中条に言われるまでもなく、治夏もすぐに七宝に手を出すつもりはない。ただし、七宝が何らかの弱みを見せた場合は、その限りではない。
達也たちのように穏便に事を済ませるつもりは、治夏にはない。違反には、強い制裁を与える。それが、治夏の基本方針だからだ。