四月の半ば、宮芝和泉守治夏は七草家で行われた、十文字克人と七草家当主の七草弘一の面談に同席していた。なお、他に七草真由美も同席している。
議題は、最近になって急増したマスコミによる反魔法師報道に関して。マスコミの論調は二つに分かれているが、この内の一方、魔法師を利用する国防軍を非難している論調を背後で煽っているのが七草家であると克人が掴んだためだ。治夏がこの席に同席しているのは、その裏を取ったのが宮芝であるためだ。
「良く調べましたね」
七草弘一は、反魔法師報道の一方を使嗾しているのは貴方ですか、という克人の質問形式の推測をあっさり認めた。
「お父様! 何ということを!」
ぬけぬけと頷いた父親に、逆上した真由美が食って掛かる。
「落ち着きなさい、真由美。何を興奮しているんだね」
「そうだぞ、前会長殿」
治夏が七草弘一を援護するとは思いもよらなかったようだ。真由美は虚を突かれたように押し黙った。が、その目には不満がありありと見える。
「もしも七草が我が国にとって害となる行動を取っていたならば、宮芝は七草を殲滅する。それは前会長殿なら知っていることではないか?」
「やはり宮芝は、七草さんの考えを知っていたのか?」
「知っているといっても、推測にすぎないがね」
だから答えは自分で聞いてほしいと暗に訴える。
「七草さん、私には貴方のお考えが分からない。だから、ご説明をお願いしたい」
「それは十文字家としての要求ですか」
「十文字家としての質問です」
「同じ十師族の十文字家から七草家への質問とあれば正直にお答えしましょう」
克人は先程から姿勢にわずかな乱れも見せない。その堂々たる振る舞いは、さすがは克人。そんな克人にならって七草弘一も姿勢を正す。
「まず誤解の無いように言っておきますが、今回のキャンペーンを始めたのは、七草でなく外国の反魔法師勢力です。彼らはマスコミへ単純に情報を与えただけでなく、資金的な援助も行っています」
「マスコミに対して資金援助ですか?」
「寄付とか広告とか理由は何とでもつけられますし、名義だってどうにでもなりますから」
「それだけではない。記者個人に対して金品を送っている」
発言した治夏に、克人や真由美だけでなく、七草弘一まで驚いた様子で見つめてくる。
「宮芝はそこまで掴んでいたのか?」
「掴むも何も、送ったのは宮芝の影響下にある組織だからな。といっても勘違いするなよ、単に構成員の一人を人形にしているだけだ」
代表して聞いてきた克人に答えると、なぜかものすごく嫌そうな顔をされた。
「宮芝が行ったことはともかくとして、七草さんのマスコミ介入は、それに対抗する措置だということですか」
「克人君、『世論』に対抗する有効な手段が何か、分かりますか?」
七草弘一は答えを聞きたいのではなく、答えを述べたいのだ。だから、克人は回答する姿勢を見せない。けれど、そこに敢えて治夏は割って入る。
「十文字、間違っていてもいいから、ここは自分の考えを言うべきだ。世論はこの国における最大の味方であり、同時に敵でもある。君はその厄介な相手への自分なりの対処法を考えなければならない」
「分かった、考えてみよう。しかし、今は答えはない」
「それで正解だよ。難問に対して咄嗟の判断で行動したところで、大抵は良い結果は生まないものだ。無論、咄嗟の判断が必要になる場面はある。だが、今はそのときではない。当主たるもの考えが纏まらないうちに答えを述べて、すぐに言を翻すということだけはしてはならない。下の者を振り回してしまうからね。上出来だよ、克人」
「……ならば、宮芝さんなら、どのような手段を取られる?」
すっかり話の腰を折られてしまい、七草弘一は鼻白んだ様子を見せる。しかし、すぐに気を取り直して治夏に聞いてきた。
「まずは煽れるだけ煽ります。国防軍に魔法師の採用を控えさせる、くらいの対応をしてみせてもいいかもしれません」
「それでは、大亜連合や新ソ連の思うつぼではないか?」
「それでいいのだよ、十文字。国防軍の防衛力を低下させた上で内通者でも送りつけ、敵に侵攻をしてもらう。魔法師の不足した国防軍は迎撃に失敗し、住民は戦火の中で多くの命を散らしてもらう。そこで、国防軍を非難していた者たちが、実は外国勢力と通じていたことを公表する。それで獅子身中の虫を一網打尽にするとともに、魔法師が国防には必須であるということを幼子にまで浸透させる」
「そうして、魔法師は晴れて兵器として評価される、というわけですか?」
疲れたように言ってきたのは七草弘一だった。
「貴女の考えは私よりもよほど過激だ。世論に対抗するために、世論が誤りであることを多くの犠牲をもって知らしめるというのは、私でも口にはできない。そして、貴女はこの機に昔のように魔法師を兵器にしてしまうつもりなのですね」
「少し違うな。私は魔法師を兵器にするつもりはない。ただ、一定の数の魔法師には兵士でいてもらわねば困るとは思っているがな」
「宮芝殿の意見は置いておくとして、克人君は世論に対向する為にはどうすれば良いと思いますか」
「分断を図れば良いでしょう」
「正解です」
克人も七草弘一も、特に悩むでもなく、あっさり答えた。このくらいなら、克人でなくても十師族を担うべきものであれば、当たり前に導ける回答の一つということだろう。
「先行する世論に大筋で同意するものであれば異教徒狩りの対象にはならない。そして枝葉末節でしかない差異が容易く世論を分断する。分断された世論は勢いを失い、やがて忘れられていく。誰かがそれを主張し続けない限りね」
「それは七草さんの仰った世論の定義に反するのでは?」
「そのとおりですよ、克人君。正体を隠している限り、勢いを失った世論を維持することはできません。正体を隠したままでは、下火になった世論を再び燃え上がらせようとしても民衆はそれを見透かして反発するだけです。民衆は一度操られる程度には愚かで、同じ手口で二度操られない程度には賢明ですから」
「七草殿、その前提には一つ誤りがあるぞ」
口を挿むと、七草弘一は続きを促すように治夏を見た。
「七草殿の話は、正体を隠している限りという前提を置いたものだ。ならば、正体を隠さなければよい。そうすれば世論に方向性を与えることができる」
「宮芝、それも七草さんの世論の定義に反するのではないか?」
「その通りだな、十文字。だが、敵は世論であると断定しきるのは危険だと私は言っているのだ。先ほど七草殿は枝葉末節が容易く世論を分断すると言ったが、それは方向性がない場合の話だ。旗印の元に大筋で合意できる意見を表明するものがいれば、それは小さな違いなど包含して大きな力となりうる」
「では、宮芝殿は、それに対してはどのように対応しますか?」
「十文字、君なら私がどうすると思う?」
内容だけを見ると、質問の回答を丸投げしたようだが、治夏の中では答えは当然にあり、それに関するヒントもこれまでの会話の中で出している。この質問は克人が治夏のヒントに気づけているかどうかを試すものだ。
「世論には早い者勝ち的な面がある。ならば、その先駆者を自分たちの息のかかった者にさせるということか?」
「その通りだよ。そうして人々を引きつけさせたところで、実は外国から金を受け取って活動していただけの薄汚い裏切者だったことを明らかにさせる。そうすれば、同じ意見を表明することは難しくなる」
「克人君は、いつのまにか宮芝殿に毒されているようだね」
「褒め言葉と受け取っておくよ。ともかく我々は、我々の思惑で動かせてもらう。七草殿もあまり派手な動きはせぬことだ」
「……忠告として受け取らせていただこう」
場合によっては、薄汚い裏切者の役目は七草に負っていただくことになる。言外にそう滲ませて言うと、七草弘一は苦い顔でそう答えた。
「本日は、有意義な話し合いができて良かったよ。それでは、また」
反魔法主義者は、或いはこの先の厄介な敵となるかもしれない。そう考えながら治夏は七草弘一に挨拶をして七草邸を辞した。