魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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ダブルセブン編 森崎の実力

国会議員の神田の訪問を上手くやり過ごした翌日の四月二十六日、風紀委員に就任した七草香澄は気持ちよく廊下を歩いていた。昨日の恒星炉の実験が成功であった上に、その結果に対する報道が思いがけず好意的なものであったためだ。

 

そのとき香澄は本部に戻るために前庭を歩いているところだった。反対側からは七宝琢磨が歩いてくる。けれど、香澄は特段気にせずにすれ違おうとした。

 

「上手くやったもんだな、七草」

 

「……何の事?」

 

七宝の急な言葉の意味が分からず、香澄は足を止めて問い返した。

 

「昨日の公開実験のことさ。ローゼンの支社長にまで注目されたみたいだな。全てが計画通りってわけなんだろ」

 

「公開実験? 七宝、アンタ何か勘違いしてない?」

 

「とぼけるなよ。魔法師を目の敵にしている国会議員がやって来ることを知って、昨日のことを仕組んだんだろう? 司波先輩を利用して、上手く名前を売ったものだぜ」

 

「利用ですって? 変な言いがかりをつけないで」

 

そうは言ってみたが、実際には香澄も神田の来訪を知っていた。しかし、昨日の粗筋を描いたのは宮芝と司波達也であり、七草は協力させられたに近い。

 

「俺が迂闊だったよ。あの人、この第一高校だけでなく魔法科九校の間でちょっとした有名人だったんだな。さすがは七草、抜け目がない。姉に続けて色仕掛けで誑し込んだのか? お前たち姉妹、見てくれだけは一流だからな」

 

「ふざけるな!」

 

姉の真由美は、香澄にとっては尊敬ができる、大事な存在だ。自分だけならまだしも姉までも侮辱する言葉は、さすがに看過できない。しかし香澄は、ここで一度、息を吐いて怒気を抑えこんだ。その真由美が七宝とのいざこざを心配する表情をしていたのを思い出したからだ。けれど、このまま黙って引き下がることは、さすがにできない。

 

「……誑し込むとか、七宝の考えることは随分下品なんだね。色仕掛けなんて、私たち七草には考えもつかないよ。アンタ、そこそこカワイイ顔してるんだし魔法師目指すの止めてツバメにでもなったら? もっとも、今時ツバメ飼ってるのなんて色ボケ芸能人くらいのものだろうけど」

 

せめて、精一杯の嫌味を。そんな軽い気持ちの揶揄に、七宝は顔色を変えた。

 

「……喧嘩を売っているのか、七草」

 

「先に喧嘩を売ってきたのは七宝、アンタの方よ。それに前に言わなかったっけ? 二度と喧嘩を売ろうって気が起きないくらい、安く買い叩いてあげるって」

 

香澄が姉を侮辱されたのに対して、七宝に返したのは軽い揶揄だけ。それなのに激しい怒りを向けてくる七宝に、今度は香澄も我慢がならなかった。

 

香澄も七宝も、右手を左の袖口に掛けている。二人のCADは共にブレスレットタイプ。一触即発の状態だった。

 

「そこな二人! 何をしておるか!」

 

「二人とも、手を下ろしなさい!」

 

だが、香澄と七宝がCADを操作しようとした瞬間、背後から静止の声が掛かった。

 

香澄の背後から、女子生徒の声。七宝の背後からは、男子生徒の声。

 

香澄は言われた通りに、右手を下ろして振り返ろうとした。その直前、七宝が左袖を捲り上げながら振り返ろうとするのが視界の隅に映った。

 

香澄が思わず振り返ると、風紀委員の上級生、森崎駿が厳しい表情で左の懐に右手を差し入れ、拳銃形態のCADを抜こうとしていた。対する七宝の手は、すでにCADのスイッチに触れている。ならば、先に魔法を発動できるのは七宝だ。

 

それほど親しくないとはいえ、相手は同じ風紀委員の上級生だ。助けたい気持ちもあるが、今からでは到底、間に合わない。しかし、見守るしかない香澄の前で膝をついたのは、予想に反して七宝だった。

 

「ドロウレス……」

 

香澄の口から呟きが漏れる。それは感覚だけで照準をつけて魔法を放つ拳銃形態のCADの高等技術だ。なまじCADを向けた方向に照準をつけるという補助機能を持つがゆえに、それは習得が難しい技術であったはずだ。

 

しかも、森崎の行動はそれだけではなかった。ドロウレスによる魔法を受けて膝をついた七宝の身体には飛来する刀身が迫っていた。それは、右手でドロウレスによる魔法を発動させながら、森崎が左の腰に差していた刀を左手一本で抜きつつ投じたものだった。膝をつくほどの衝撃を受けていた七宝に、それを防ぐ手段はない。

 

「がっ!」

 

七宝の口から苦悶の声が漏れる。投じられた刀は七宝の左肩に突き立っていた。その刀身がするりと抜けて、森崎の方に戻っていく。どうやら柄の部分にワイヤーが付けられていたようだ。

 

刀が飛ぶのに合わせて、七宝の返り血が宙に舞う。しかし、それは僅かな距離だけだ。刀が戻りきる前に、自己加速術式を使って森崎は七宝へと駆け出していた。刀が右手に納まると同時に、森崎が七宝の腹へと突きを放つ。

 

刀は七宝の身体を貫通していた。七宝の腕はだらりと垂れ下がっていて、力を感じない。背中から突き出た刀身には七宝の血が付着している。

 

「き……北山先輩……」

 

「香澄、黙ってそのまま立っていて。右手は絶対に動かさないで。少しでも敵対の意思を感じ取ったら、香澄も殺される」

 

なんだ、それは。理解ができない。理解ができず、ただただ怖い。

 

香澄はまだ戦場に立ったことはない。けれど、魔法師として仮に周囲で何かが起きたときには命をかけて戦えると思っていた。でも、今は森崎に逆らおうとは全く思えない。

 

「大丈夫、急所は外しているはずだから」

 

北山が香澄を安心させるように言ってくる。けれど、負傷した七宝の髪をつかみ、血の跡をつけながら引き摺っていく森崎の、どこを安心すればよいのか。

 

「森崎、七宝は師補十八家の一つ。手荒な手段は問題が大きくなる」

 

「留意しよう」

 

北山の言葉に森崎が答える。香澄には何を言っているのか分からない部分もあるが、あれで七宝の扱いが多少はましになるということだろうか。

 

森崎の背中が遠ざかり、急に周囲が暖かくなった気がした。足が震えて力が入らず、香澄は思わずその場にへたり込む。足に少し冷たい感触があり、それを見た香澄は思わず顔を顰めてしまう。

 

「香澄、大丈夫?」

 

「はい。北山先輩……森崎先輩は、七宝をどうするつもりですか?」

 

「きちんと力のある家の出身であることは伝えたから、安全ではあると思う」

 

「そうですか」

 

では、七宝が普通の生徒であったら、どうだったのか。それは、とても聞けなかった。

 

「立てる?」

 

「はい」

 

足に力を込めて、香澄は立ち上がった。見下ろした視界の隅、スカートについた赤い染みを見て、香澄は校舎の中へと続く七宝の負傷の証を追う。

 

「北山先輩、学校内でこんな事件が起こっていいんですか?」

 

「本当はよくはないんだろうね。けれど、しょうがない」

 

今日の森崎を見る前だったら、諦めたような言葉に香澄は反論をしただろう。けれども、今は北山が言った、しょうがないという言葉が実感を持って受け止めることができた。

 

香澄が森崎を怖いと思ったのは、戦闘能力だけではない。無論、戦闘能力の高さにも驚かされたが、それでも姉よりも強いとは思えない。香澄が森崎を怖いと思ったのは、何の感情も見せずに淡々と七宝を傷つけていたことだ。

 

激しい憎悪を見せて。嗜虐心に顔を歪めて。そう言った感情が見えれば、香澄は腹を立てたと思う。けれど、森崎にそのような感情が見えなかった。森崎を見て思ったのは、ただ効率がいいということだけ。いかに早く相手を無力化するか。森崎から窺えたのは、ただそれだけだった。折れてしまった箸を捨てる時でも、もう少し感情が見えそうだ。それが香澄には恐ろしかった。

 

「香澄も宮芝さんには気をつけて。味方にしておけば心強いけど、敵に回してしまうと本当に怖い人だから」

 

そう言われて、香澄の脳裏には元日に初詣に行ったときの宮芝和泉守治夏の顔が浮かんでいた。泉美と同じ響きだからと治夏と呼んでいいと言った、あの日の宮芝の姿と今日の森崎とは、香澄の中ではどうしても結びつかなかった。

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