魔法科高校の劣等生と幻術士   作:孤藤海

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ダブルセブン編 七宝の受難

師補十八家の七宝家の長男、七宝琢磨は現状に強い不満を抱いていた。

 

先日、森崎に重傷を負わされてから、琢磨に近づいてくる者は全くいなくなった。それまで近くにいた、ある男子生徒など第一高校の学内では泣く子も黙ると言われている森崎駿に睨まれている者に積極的に近づくのは、単なる命知らずとまで言って離れてしまった。

 

二十八家でもない一介の風紀委員が、そこまでの影響力を持っているとは琢磨は全く想像をしていなかった。おかげで自分の派閥を作って七草に対抗するという当初の計画は既に瓦解したと言っていい状態だ。

 

加えて、それまで良い関係だと思っていた小和村真紀もいくら連絡をしても反応すらしてくれなくなった。家にも行ってみたが、そこはもぬけの殻だった。家具も荷物も全て運び出されたマンションの一室に待っていたのは森崎だった。

 

その森崎から伝えられた、あの女とは二度と連絡を取るな、という命令で、琢磨はこの件にも宮芝が絡んでいることを知った。とはいえ、それに黙って従う琢磨ではない。先日の一件への意趣返しとして森崎に魔法を使おうとしたのだ。

 

けれど、それは一瞬で封じられた。ブレスレットタイプのCADに指を乗せようとしたと同時に目の前を銀の光が奔った。同時に二つになったCADが床に転がる。カチン、とい納刀の音で、森崎が目にも止まらぬ速さで抜刀して琢磨のCADだけを両断して納刀まで終わらせたのだと分かった。

 

「って、どこの剣豪だよ!」

 

「この程度も見切れぬようでは、戦場では役に立たんな」

 

叫ぶ琢磨を無視して、そのときの森崎は去っていった。そして、今度こそ琢磨は、絶対に勝てない相手だと深く思い知ったのだ。

 

そして今、琢磨の前には一枚の書類が置かれていた。

 

「七宝、そこに名前を書け」

 

そう言って迫ってきているのは、件の森崎である。

 

「あの……これ、学校と袴田園芸って会社の契約書に見えるんですけど、どうして僕が署名をしなければならないんですか?」

 

「此度、生徒会以外にも組織運営の経験を積ませるため学校から部活連に一部の権限が譲与された。その権限に基づく、学校の環境整備のための契約だ。お前が代表してサインをするんだ」

 

「あの……ただサインするだけなら、組織運営も何もないじゃないですか。組織運営ってことなら、業者を選定する段階から……」

 

「業者はここと決まっている。だから、さっさとサインをしろ」

 

森崎の言っていることは無茶苦茶だ。これは絶対に森崎、というか宮芝が関係している会社だろう。

 

「あの……そもそも、なぜ先生方は業者との契約なんて学校運営に関わることを部活連に任せることにしたのですか?」

 

「決まっておろう。自らが危うい橋を渡らぬためだ」

 

逃げたな! この契約がヤバイって知ってて生徒を人身御供にしやがった!

 

こんなことが許されてよいのか、と叫びたい気分だが、生憎とここにいるのは森崎だけ。叫んだところで黙殺されるだけだ。というか、今になって気づいたが、もしかして服部会頭も逃げたのだろうか。だから自分が署名をさせられようとしているのだろうか。

 

「そういえば、小官がいたあの部屋だが、前の住人の時代から盗聴器が仕込まれていたようでな。犯人に警告を与える意味でも音声公開を……」

 

「喜んで、書かせていただきます!」

 

違った。初めから自分が狙われていたんだ。それに気づいたところで、もう遅い。

 

あれ、これって、このままズルズルとヤバイところに引きずり込まれていくパターンなのではないだろうか。そんなふうに思っても、すでに抜け出せる時は逸している。

 

「書きました。これでいいんでしょ」

 

「うむ、確かに。では、礼としてそなたに稽古をつけてやろう」

 

「稽古ですか?」

 

「うむ、まずはこれに着替えるがよい」

 

そう言って森崎が出してきたのは、相撲の廻しであった。琢磨も実際に見たことはないが、特徴的な外見から、たぶん間違いないと思う。

 

「あの、これは何ですか?」

 

「見てわからぬか? 廻しだ」

 

「いえ、それは辛うじて分かりましたが、これでどうするんですか?」

 

「決まっておろう。相撲で身体を鍛えるのだ」

 

一応、そういうつもりなのだろうなとは思った。けれども、なぜそこに行き着いたのかが分からない。

 

「えっと……他にいくらでも方法が……」

 

「いいから、さっさと着替えろ。時間の無駄だ」

 

「せめて廻しでなく普通の運動着で……」

 

「ええい、うるさい!」

 

その瞬間、光が奔った。そして、七宝の制服は布切れと変わった。

 

「ちょっ……何を……」

 

「そら、さっさと廻しを締めろ。このまま外に連れ出されたいか!」

 

「分かりました。つけます。つけますから」

 

それにしても、パンツまで綺麗に剝ぎ取るなんて、この人は何を目指して剣技を磨いてきたのだろうか。とりあえず全裸よりはましと、廻しを手に取る。

 

「あの……着方が分からないんですが」

 

「貴様は廻しの締め方も知らんのか」

 

「普通の高校生は知らないと思います」

 

「ええい、分かったから貸してみろ」

 

森崎は意外と丁寧に琢磨に廻しをつけてくれた。だからといって、森崎に感謝などはしてやらない。

 

「さあ、外で和泉守様が待っているぞ」

 

「え、まさか宮芝さんと相撲を取る……」

 

「身体を四つにするぞ」

 

気づいたら、額に刃がつきつけられていた。というか、軽く刺さっていた。邪な気持ちなどなかったから、まさかという言葉になったというのに、この人は日本語が理解できないのだろうか。

 

「和泉守様は土俵を作ってくださるだけだ」

 

土俵を作るという意味が分からず、とりあえず外に出た。すると、宮芝和泉が土俵を作る魔法を使っているところだった。土が勝手に盛り上がっていき、どこからともなく俵が湧き出してくる。

 

まずもって原理が全く分からないし、分かったところで、こんな使いどころのない魔法は習得しようとは欠片も思わない。一ミリたりとも心に響かない魔法だった。

 

「さあ、土俵に上がれ、貴様の相手が待っているぞ」

 

全くテンションの上がらない琢磨に対して、森崎が指差す。その先にいたのは比喩でなく鋼の肉体を持った関本だった。

 

「ちょっと、あんなの勝てるわけがないじゃないですか!」

 

「力が全てではない。柔よく剛を制す、の心を学ぶため、貴様は関本に挑まねばならぬ」

 

「力だけが全てでないにせよ、力があった方が有利なのは変わらないでしょう。だいたい、あの機械、絶対に重さが凄いでしょ」

 

「ええい、うるさい。まずは一番、当たって砕けてこい」

 

「砕けたくなんてありません……」

 

琢磨が言い終わらないうちに身体が浮き上がり、土俵の上へと移動させられる。関本の目が謎の光を放っていたことを考えると、どうやら念動力で移動させられたらしい。

 

「それでは行くぞ……どすこい!」

 

猛烈な勢いで突っ込んできた関本の張り手一発で琢磨は土俵外に吹っ飛ばされた。物凄く痛い上に、入念にセットしていた髪も身体も砂まみれになった。

 

「こんなの勝てませんって!」

 

「初心者の貴様が簡単に勝てるはずがなかろう。まずは百番、取り組みを行い、そこから何かを得るのだ」

 

「何かって、何です……」

 

「どすこい!」

 

森崎に抗議を行っている最中だというのに、続く張り手が飛んできて、今度は土俵下にまで吹き飛ばされた。

 

「戦場で敵から目を離すとは愚かなり」

 

関本が何か言っているが、いつから相撲から戦闘に変わったのだろうか。とにかく、おちおち寝てもいられないということだけは分かった。

 

逃げることは、おそらくできない。ならば、無心になるしかない。無心で耐えて、百番を終えるしかない。それしか、この地獄から抜け出す道はない。琢磨は自分に言い聞かせて、ただひたすらに関本に挑んでいった。

 

校庭に唐突に現れた土俵と、その上に廻し姿で泥まみれになっている琢磨に多くの生徒が奇異の視線を向けてくる。だが、気にしては駄目だ。とにかく一刻も早く百番の取り組みを終える。それが一番、傷が浅いはずだ。

 

そうして、琢磨はやりきった。結局、一勝もできなかったが、無事に百番をやり切った。これでようやく帰れる。

 

「七宝、家に帰るまでが稽古だ。自宅までは、このまま摺り足で帰るように」

 

「このまま?」

 

「そう、このままだ」

 

結局、琢磨は関本に見守りという名の監視を受けながら、泥まみれの廻し姿で、泣きながら摺り足で帰宅した。

 

本当に散々な一日だったが、次の日から、周りの皆が少しだけ琢磨に優しくなった。





七宝の将来から俳優への道が閉ざされました。
これにてダブルセブン編終了 次はスティープルチェース編です
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