九島烈は国防軍退役少将の肩書きを持つ日本魔法界の長老である。しかし、烈は現在の九島家の当主ではない。九島家の当主は現在、烈の長男である。
その九島家当主、九島真言は九島、九鬼、九頭見という九の字を冠する家の共同出資による民間研究所で、ある研究を行っている。民間研究所とはいっても、それは現代魔法に古式魔法を組み込むことを目的に設立された国立の第九研究所を基にしたもの。ゆえに、これまでは第九研の流れを組み作用系の魔法に比べて発展が遅れている知覚系の魔法の研究を主としてきた。しかし、現在の研究の主たるテーマはそれから外れている。
現在、九島が開発しているのは女性型のロボットであるガイノイドに、一月の事件の際に捕縛して培養したパラサイトを定着させた兵器の開発である。パラサイトドールと名付けられた試作体は、すでに十六体が製造済だ。
培養したパラサイトは忠誠術式を組み込まれており、大きな危険はない。その新兵器であるパラサイトドールの実戦テストの場として選ばれたのが、九校戦において新設された競技であるスティープルチェース・クロスカントリーだった。
生徒から反撃を受けても傷つかず、忠誠術式の効果で身の危険を感じても過剰な攻撃を行うことはない。競技の障碍物として、これ以上の適役はない。問題があるとすれば、高校生の競技会を新兵器のテストの場とすることへの世間の反応だが、罵りを受けることくらいは覚悟の上だ。けれど、今の真言は問題ないと笑えない事態に直面していた。
「やあ、九島の子倅よ、面白いことをしているな」
今現在も最巧の魔法師と称される真言の父である烈を男の肩に担がせて、水色桔梗紋の陣羽織の少女が愉しそうに笑う。烈を肩に担いだ男の名は関本勲。パラサイトの宿主とされた哀れな元第一高校の生徒だと真言は部下の報告で聞いている。
少女の周囲には関本と全く同じ顔の男が六人いる。男たちは機械にパラサイトを定着させたアンドロイド兵。いわやパラサイトドールの原形とも呼べる存在だ。パラサイト本体を定着させた彼らと、培養したパラサイトを定着させたにすぎないパラサイトドールの戦闘力の差は雲泥のもの。しかし、パラサイト本体など簡単に手に入らないので仕方がない。そんな苦心の末の研究を、少女は愉しそうに眺めている。
「面白いな、これがあれば更に数を増やせるというわけだな」
培養したパラサイトと違い、自らの意思を持つパラサイトであれば、定着させた機体が撃破されても、パラサイト自身に帰還させて再出撃も可能と聞く。ある意味では不死身の兵を手にしておいて、更に戦力を望むのか。
そう思っても今の真言は父の烈を人質とされているも同然。何も言えるわけがない。
「楽しい祭りに招待をしてくれなかった罰だ。これを二体ほど貰ってもよいか?」
「否と言えば強奪されるおつもりでしょう。ご勝手に」
関本たち七人でも厳しいと思われるのに、少女は戦闘員と思しき者を八名、研究員と思しき者を十四名も連れている。断るなら真言も烈も始末することさえ厭わぬ。それだけの姿勢を少女からは感じた。
「賢明な判断だな。では皆、搬出の用意をせよ」
「本体は見逃してくれるのでしょうか?」
「それくらいの配慮はする。搬出するのは人形だよ」
少女の言葉通り、研究員たちが運び出そうとしているのはパラサイトドールの方だ。培養したパラサイトたちは九島の忠誠術式によってガイノイドの中で休眠状態にあるのだが、九島の術式など、どうとでもできると思っているのだろう。
「さて、九島の子倅。続けての要求を伝える」
「まだ何かございましたか」
「次はたいしたことではない。九島の家に今晩、来客がある。その来客の手土産は我らに渡してもらいたい」
「分かりました」
元より計算に入っていない手土産くらいなら、その来客が九島にとって、よほど損な条件を出してこない限り、差し出してもさほど問題はない。その計算の元に真言は了承する。
「ならば、今回のことは他の十師族には内密にしておいてやろう。では九島の子倅、手土産の供出を楽しみにしているぞ」
そう言って少女は研究員と七人の関本を置いて去っていく。そして搬出作業終了と撤収を待って真言は本家に帰宅した。
烈が招待を受けていた大阪の料亭に向かい、真言がデスクの前に腰を落ち着けた午後六時過ぎ、守衛から来客を告げる内線電話が掛かってきた。
「何者だ?」
来客があることは事前に知らされていたため、真言が尋ねたのは相手についてだけだ。
『横浜中華街の周公瑾と名乗っております。用件は旦那様に直接申し上げたいとのことですが、如何致しましょうか』
「すぐに行く。応接室に通しなさい」
周は旧第九研を出自とする「九」の家にとっては無視できない名前だ。そうでなくとも、少女が言っていた来客の手土産というのは、間違いなく彼がもたらすもの。断るということは考えられない。
そうして入室した応接室で横浜華僑の姿を見て、真言が最初に抱いた感情は嫉妬だった。真言の目から見て、周公瑾はそれ程に若く颯爽としていた。その涼やかで秀麗な容貌は真言のような老人に持ちえない活力に輝いている。
「ようこそ。九島家当主、九島真言です」
「周公瑾と申します。周とお呼びください」
「ご高名はかねがねうかがっております。周さんは、このあたりでは有名人ですかね」
「ご存知いただいているとは恐縮です。本日は、大亜連合の圧政を逃れてきた同胞の身の振り方について、九島様ならば便宜を図ってくださるのではないかと思い、お願いに参上しました次第です」
周は大亜連合からの亡命を望む人々に様々な便宜を図っていると言われている。主な活動内容は日本にたどり着いた亡命者に最終的な受け入れ先を斡旋しそこまでの渡航手段を費用込みで提供すること、そして、亡命後の政治活動の資金的援助を行うこと。ただ、その一方で大亜連合の対日工作に協力しているとも言われている。要するに食えない相手だということだ。
「実は来週、大陸より三人の方術士を受け入れる予定なのですが、いささか手違いがありまして……落ち着く先がまだ決まっていないのです」
その言葉で、少女が言っていた手土産が、方術士三人のことだと分かった。取引に応じる意思を示した真言に対して周が決定的な言葉を発した。
「道士の先生方を食客としてお迎えいただけませんか」
その一言で、三人の方術士の行く末が決定した。三人とも情報を絞り尽くされた後で捨てられるのが運命だ。
「しかし、伝統派の方々とのお付き合いはよろしいのですか?」
伝統派とは京都を中心とする地方の古式魔法師が宗派を超えて手を結んだ魔法結社の名前だ。伝統派の目的は現代魔法に対して古式魔法の独自性を守ること。アイデンティティの堅持と言い換えても良いだろう。言うまでも無くそれは、第九研を対立勢力と想定したもの。そして、これが周公瑾の名が「九」の数字付きにとって無視できない理由に繋がる。
周が亡命を手引きした大陸の古式魔法師の内、日本在住を望む者は伝統派に属する諸家に寄留するのが通例だった。周は自分たちの潜在的な敵対勢力を増強する人物として「九」の各家に知られていたのだ。
「私のなすべきことはあくまで圧政を逃れてきた同胞に安住の地を提供することです。伝統派の皆様には確かにこれまでご協力いただいてきた義理があります。しかしそれは、本来の目的と天秤に掛けられるものではありません」
「分かりました。魔法師に人間らしい暮らしをもたらすことも我々十師族の理念です。祖国を捨ててまで自由を求めた魔法師に手を差し伸べるのは十師族にとって当然の義務とも申せます。ただ、無責任に承れるお話でもありませんので、この場ですぐにご回答申し上げられないことはご理解ください」
真言の中では受け入れは決定事項だ。けれど、初対面の相手からの提案に即答で頷くのは九島家の当主としてできなかっただけだ。
「こちらに道士先生方のプロフィールをご用意しました。良い返事を期待しております」
「前向きに検討させていただきます。週明けにはお返事できるでしょう」
「それはありがたい。では月曜日にお邪魔してもよろしいですか?」
「午後四時でしたら」
「では、そのお時間に。本日はありがとうございました」
周はその容姿に相応しく、優雅に一礼して退出する。その後ろ姿を見送り、真言はソファに深く身を埋めた。
元より周とは利用し、利用される関係以外はありえない。しかし、受け入れを約束した亡命者がその日の内には脳を摘出されると知って他に流すとなれば、多少なりとも罪悪感は湧くというものだ。
「しかし、周の来訪も、その話の内容すら知っているとは。先代より聞きしに勝るな」
真言の言葉は誰もいない応接室の中に響いただけだった。