西暦二〇九六年の九校戦は、八月三日が前夜祭パーティ、五日に開会、十五日に閉会というスケジュールになっている。競技日程だけで去年より一日多い十一日間だ。
ただ日数は変わっても開催場所は変わらない。一高の選手団は例年通り、前夜祭パーティ当日午前八時半に学校集合で、そこから大型バスとエンジニア用の作業者に分乗して会場に隣接するホテルに向かう段取りとなっている。
その一行より早く宮芝和泉守治夏は会場に入って準備を行っていた。九島に交渉して今回の九校戦、宮芝はスティープルチェース・クロスカントリーに監修として参加することになっていた。
障碍物の種類が分かれば罠もおおよその特定が可能。そのため、選手が入る前に障碍物などの搬入を終えるためだった。
「さて、私はそろそろパーティ会場に向かうとしよう」
「行ってらっしゃいませ、和泉守様」
杉内瑞希に見送られ、治夏は開幕して間がないパーティ会場に入る。今年は九島に悪戯する必要もないため、気楽なものだ。
会場には八枚ギアのエンブレムの付いた制服を着た兄を見て微笑むブラコン美少女や、同じように制服を褒める美少女たち、その周囲でハーレム状態を不快気に見る見知らぬ男子生徒もいる。その様は治夏をして、目立ち過ぎた、と苦言を呈したくなるものだった。
だが、その悪目立ちが奏功したか面白い二人が近づいてきた。三高に通う十師族、一条将輝とその参謀格の吉祥寺だ。
「今年の九校戦、何か変じゃないか?」
その一条が、達也と会話を始めて少しして、唐突に切り出す。
「そんなにおかしいか? 俺は去年の九校戦しか知らんから良く分からないが」
「競技種目の変更は、まだ理解できる」
「九校戦の運営要領も、種目変更があることを前提にしたものですからね」
一条だけでなく吉祥寺も、話題に参加する意思のようだ。
「少々戦闘的な面に偏った構成のようにも見えるが、昨今の情勢を考えればむしろ妥当なものだと俺は思う」
「ですが、最後の競技、スティープルチェース・クロスカントリーだけは違います」
吉祥寺の断言は、治夏に議論への参戦を決意させるに十分なものだった。治夏は面倒な展開に大きく息を吐いて隠蔽術式を身に纏う。その間も吉祥寺は話を続ける。
「元々あれは陸軍が森林戦の訓練として行うもので、競技名がついているのも不思議なくらいです。公開されている情報も少なく。大雑把なことしか分かりませんでしたが……長さ四キロというのは現役の部隊でも滅多にやらない、大規模演習用のメニューであるようですね」
「それを魔法師とはいえ高校生の競技会で、しかも疲労の残る最終日に行うなんてリスクが高すぎる」
「そんな競技が許容され実施される今回の九校戦自体も、僕たち魔法科高生に魔法技能を競わせる以外の、別の意図に侵食されている気がします」
「そこまでにした方がいいよ、吉十郎くん」
治夏がそう言いながら隠蔽術式を解くと、気づいていた達也を除いて驚いた顔をした。
「和泉、彼の名前は吉祥寺真紅郎だ。吉十郎じゃない」
「おや、そうかい。それは失礼。しかし、新九郎、ここが九校戦のパーティ会場だということを忘れているのではないかい」
そう指摘すると、吉祥寺は慌てた様子で左右を見回し始めた。
「和泉、俺としては一条と吉祥寺の言葉が一条家として調べた結果か否かが気になる」
「んっ? いや、そこまでは……その必要があると思うか?」
「いや、その必要はないよ」
「和泉、それは宮芝としての言葉か?」
「愚問だね」
それだけで達也には、この件について深入りするなというメッセージが伝わったはず。
「それは調査を宮芝が請け負うという意味ではないんだな」
「そういうことだね」
そして、続くこの言葉で、今回のスティープルチェース・クロスカントリーは実施したとしても問題がない内容に留めるという考えも伝わったはず。
「そうか。そういうことなら、ひとまず様子を見させてもらおう」
達也の興味は深雪が参加するスティープルチェース・クロスカントリーの安全度であるはず。その安全を保障すると、達也は引き下がる姿勢を見せた。
良かった。ひとまず、その程度の信頼は持ってもらえているらしい。
そのとき話が一段落したと見たのか深雪が達也の所へ小走りに駆け寄ってきた。
「お兄様、少しよろしいですか。四高の一年生がお兄様にご挨拶したいと」
「俺に? ああ、分かった」
四高は魔法科九校の中でも、実験室で扱われるような魔法の技巧と魔法工学に傾斜している。去年の大会で技術者として高度な技術を見せた達也に、四高の新入生が憧れを示しても不思議はない、はず。しかし、なぜか気になる。だから、治夏はそのまま達也と別れずに一緒に四高の生徒の元に向かおうとした。
「和泉も来るのか?」
「ああ、何か拙いかい」
「大いに拙い。和泉は絶対に相手に尊大に振舞うだろう?」
「分かったよ。今回は黙っている」
「絶対だぞ」
達也に追い返されなかったので、治夏は予定通り達也と四高の生徒の元に向かう。まあ、追い返されても少し後からついていったが。
「黒羽文弥です。初めまして、司波先輩」
「初めまして、黒羽亜夜子と申します。文弥とは双子の姉、弟の関係になります。よろしくお願い致します、司波先輩」
「黒羽……なるほど、達也。君は、そういうことだったのか」
「何がだ?」
「ここで言っては拙いだろう、向こうで話をしないか?」
そう言って誘うと、二人に謝ってから達也は治夏の後をついてきた。
「達也、君は十師族の四葉家の関係者だったのだな」
「どうして急に?」
「黒羽家は四葉一族の中でも有力な分家だ。その存在は我々も掴んではいたが、今年の春頃からは、なぜか噂としても流れ始めた」
「黒羽という苗字は珍しいものだが、他に全く無いというものでもないぞ?」
達也が姑息な誘導を使ってくる時点で、すでに追い込まれていると白状しているようなものだ。
「達也、他ならいざ知らず、宮芝をそんな言葉で誤魔化せると思うのか? それにね、君たちが初対面でないことを私が読み取れないと思うかい? もしも黒羽が四葉と関係がないとしたら、なぜそのような偽装工作を働いた?」
「なぜ、俺たちが初対面ではないと思った?」
「視線と緊張感だね。君の妹が絶世の美少女でなければ、或いは誤魔化せたかもしれないが、君の妹を前にして、と考えると、あの二人は少しばかり不自然だった」
もはや言い逃れは不可能と考えたのか、そこで達也の視線が変わった。
「それで、和泉は知ったことをどうするつもりだ?」
「別にどうもしないよ。四葉という虎の上ではしゃぐほど、宮芝は馬鹿ではないよ」
「ならばいい」
それだけ言うと、達也はパーティ会場へと戻っていく。その姿が見えなくなると、治夏はその場に座り込んだ。
「……怖かった。何もあんな危険な目をしなくてもいいじゃない」
治夏とて達也が絶対に四葉の関係者だとまで確信を持ちきれたわけではなかった。ただ七割がたそうだとうと思っていたので、根拠のある否定の動作がなければ治夏の中では決定事項になっただろう。そのくらいには確信を持って揺さぶりをかけたわけだが、あんな今にも殺しにかかってきそうな目で睨まなくてもいいではないか。
「はあ、これは宮芝だけでの極秘情報にした方がよさそうだね」
あんな怖い相手と交渉なんてやりたくない。まあ、達也にはあまり近づくべきではないという情報を得られたことで、今回はよしとすべきだろう。
とりあえずパーティ会場に戻る気分ではなくなった。治夏は予定を切り上げ、ホテルの部屋へと歩み始めた。
治夏は吉祥寺のことは、本当に覚えていません。
ちなみに新九郎は響きから治夏が変換した結果なので誤字にあらず。