fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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眩しい白銀の飛沫が 横たわる瞳の中で踊りあっている

嵐を予兆させる灰と黒の雲が水平線に末広がる

このまっさらな砂は 全ては死の灰だ あの海から齎され
大地に生きとし生けるものたちを無に帰す灰なのだ

我々はその灰の上で生きて行こう 新たな新天地を作ろうとも





波風

 管理者たちの激突、それより遡る事数時間前。人々が大通りを行きかう中で発見した

ビナーを管理者が追跡していた頃。

 海浜公園では、陽射しで反射する海を無表情で見つめる桜と仏頂面のゲブラーと言う

対比した顔の二人が仲良くベンチで相席していた。

 

出来ればビーチのような砂浜のある場所に向かえれば良かったかも知れない。だが

冬木は温暖な気候とは言え、2月も経てばクリスマス近い時期に泳ぐような無謀な

事は出来ないし、平穏な水面下で戦争が行われてる中で人気のない海を屯するのは

命知らずでしかない。少しばかり異色な組み合わせを、物珍しそうに見る人々を無視

しながらゲブラーは途中で買い込んだ握り飯などを憮然と頬張っている。

 

「お前、何時までじーっと海を見続けてる気だ? ……チッ」

 

たまに、彼女は少し痺れを切らした感じで。横にちょこんと座る少女に質問するものの

言葉は返されず、それに苛立ちを募らせた破裂音が生じる。

 

 少女は 桜は海の水面を見つめ続けながら。これまでの事を思い返していた。

 

お父さん、お母さん 凛お姉ちゃんと私で四人で暮らしてた頃、幸せだった頃。

 ある時、お父さん……お父さまに言われて間桐の家にお世話になるようにと言われて。

自分が別の所の子供になると言う事を聞いて、ただ悲しみが込み上げて お姉ちゃんと

抱き合って涙を流して。でも、本当に自分が別の家の子供になると言う事に実感湧いてたか

と言えば、嘘になる。多分、また何かの拍子で戻れると言う幻想があった。

 

それが崩れていく楔となった出来事は、やっぱりだけど あの蟲蔵に入った時。

 痛かった 苦しかった 辛かった 怖かった 助けてほしかった

 沢山の痛み 苦しみ どうして自分がこうなるのか分からない何で? と言う沢山の

わからないって言う理解不能の嵐が、体中にアレが這いまわっている時に感じた。

 

胸の奥底から、段々と何かが削られていく。私の中から何かが消えていくのを感じながら

思い出せる頃には鏡の中の私は今のように紫色の髪をして、こんな目になっていた。

 

突然、私は幸せだった頃から地獄の中に突き落とされ。また、突然その地獄から

引き揚げられた。いや、そこは天国なのか? 別の地獄なのかも知れないけど。

 

沢山の怪物が閉じ込められてる場所。みんながみんな、その怪物が外に飛び出さないように

餌をあげたり、あやしつけている。私は、そんな場所の偉い人の側近に世話されている。

 

ずっと、私は流されるままに生きている。何もよく解っていないままに、流されて。

 これから先もずっとそうなのだろうか? 桜は、成り行きのまま 自分には抗う事の

出来ない力に押されて、そのままお人形さん見たいに偶に乱暴に扱われたり、大事にされたり

するのを延々と繰り返すのだろうか?

 

 「――な訳ねぇだろうが、ガキ」

 

顔を上げる。

 私が初めて出会った、多分 とっても強い人。何があっても決して諦めず、強い火のような

光を目に携えている人は、私の心の声を聞けたように返事していた。

 私は自分の考えを口にしてただろうか……? 桜が疑問に思う束の間、彼女は苛々とした

口調を隠さぬままに、見下した視線で言葉を続ける。

 

 「なに考えてんのか知らないが、顔に出てんだよ。このまま自分はずーっと無力で

振り回されっ放しなんだろうなーって思ってんのがよ」

 

 顔が近づかれる。灰色と褐色のオッドアイが自分を見透かすように覗き込んでいる。

 

 「お前が無力なのはな、ガキ。お前自身が根っこから何も自分は出来ないって諦めてるからだ。

する前の初っぱながら諦めてりゃ、そりゃ無力だろうよ。

 他の奴からすりゃ、可愛らしい人形と変わらなくて手間暇かからなくて気に入られるだろうが

私はお前みたいなのが大嫌いだ。

 本当に挫折するのは、お前が立ち向かって立ち向かって、何度も失敗して失敗して

失敗の原因を探って改善して、最善だと思える場所まで突き詰めても無理だって感じた時だ。

けど、それもしない内から お前は自分に対して諦めちまってる」

 

 ご苦労な事だぜ、と彼女は侮蔑を隠す事もないまま食事を続ける。

 

「ねぇ」

 

 「あん?」

 

「じゃあ何で。貴方は諦めないの?」

 

 「何で? 逆に聞くがよ。諦めない事に理由が必要なのか?」

 

その言葉に、桜は少しだけ考え頭を横に振る。そうだろと、彼女はペットボトルの飲料水に口つけ

終えてから答えを返す。

 

 「簡単に言うとすりゃあ、私は諦めるのが大嫌いだったからだ。

生まれながら負けず嫌いだった。くたばるまでずっとな。

何の落ち度もこっちに無いのに、自分が負けるって感じる事は特にだ。

 事情があれば譲歩もするが、それでも理不尽なら怒りが沸く。昔っから他の奴には、お前は

怒りっぽい奴だって揶揄われてたよ。それは、大人になっても変わりはしなかった。

 ただ許せない。それが、私が今ここにいるまでの理由さ」

 

何て事のない それだけのなと、立ち上がり飲み干したものをゴミ箱に捨てるために

立ち上がった彼女を一瞥しつつ。海を再度眺める。

 

 私が悪いの? 

 

私が諦めたから? お父さま お母さまと離れ離れになった事 お姉ちゃんに会えない事

毎日毎日まいにちまいにち、蟲たちに体の内側や外側もいじめられたことも全部?

 

私が癇癪を起こして、お父さまやお母さまに必死に離れたくないと我がままをずっと言い続ければ

変わったのだろうか。おじい様にも、私が強く抵抗し続ければ変わったのだろうか。

 

お父さまからは、別れる前に。どんな時でも優雅たれ 感情を乱すのは遠坂の子女として

恥ずべき事だと以前教わった時もあったけど、それを破ればどうにかなってたのか。

 

 (何が正しかったのだろう。何が間違ってたのだろう)

 

             「アハハハ 悩んでるわね? お嬢さん」

 

 ふと、桜の直ぐ横。ゲブラーが座ってたのとは逆の場所からソプラノ声の哄笑とも言える音色を

含んだ声が唐突に上がった。勿論、今まで誰も座ってなかった筈。

 

首を横に向ける。そこには、時節に相応しくない露出度が高いゴスロリちっくな衣装を纏い

足先まで伸びている白い長髪をした少女とも言える外観の姿の誰かが、桜から見て意地悪そうとも

思える、何処となく彼女の御じい様を彷彿する目でこちらを見ている。

 

「ねぇ、卵の卵のお嬢さん。そんなーにちっちゃな頭の中で大きな悩みをいっぱい詰め込むなんて

疲れちゃうわよ? 人生って言うのは意味があるようでまったくもっての無意味!

ああ何でもない日に乾杯! 何でもない日に駒鳥の御葬式! キャハハハハ!」

 

 何が可笑しいのか、日傘を回しながら足を激しく動かして子供か大人なのか知れない娘は

笑い転げている。桜は相も変わらず、怯えも何も見せず光なき瞳を向ける。

 

 「なんで私が卵なの?」

 

「アハハッ! 決まってるじゃないの!! ハンプティ・ダンプティ

ハンプティ・ダンプティが塀に座った ハンプティ・ダンプティが落っこちた

王様の馬と家来の全部がかかっても ハンプティを元に戻せなかった」

 

チェシャ猫のように、裂けるように口は笑みを模り。定まらない眼球の焦点は桜を写す。

 磯の香りと共に、白い髪は揺れて。その裏側から骸骨模様が見え隠れしている。

 

「お嬢さんはハンプティ・ダンプティ。塀から転がり落ちて卵の殻も黄身もグチャグチャの

ハンプティ・ダンプティ! あぁ! 誰がハンプティ・ダンプティを殺したの?

それは私よ キエフは言った。あぁ、この文体は虫と言うべきかしら」

 

キャハハハと童女のように無邪気に哂う 嗤う。そして、行き成り真顔になって桜を見つめ

蛇かトカゲのような目で桜を見定めるように観察して告げる。

 

「あぁ 貴方、やっぱり良いわね。あれ等は熟すまで放っておけと言っているけれど

いま此処で、ちょっと味見しても」

 

 ――ヴゥンッッ――ッッ!

 

 言葉と共に手が伸ばされかけ、じっと動く事も、その気も意思もなく固まる桜の頭上に

一陣の突風を感じた。それと共に視界の中にいた女性は、少々愉快気に数メートル離れた

土の上で、私より上に視点を向けて唇を歪ませている。

 

「アハハハッ! 良いわねガーディアンさぁん。今の一撃 本気で私を殺そうとしてたでしょ!」

 

 「ガキ ――立て」

 

ゲブラーは既に戦闘体勢に移っていた。纏っていたコートは何故か半分ほど裂かれ、小脇に抱え

もう一方の手に、桜のいまの居住する社内で良く目にする骸骨模様の棍棒を握っている。

 赤い髪は闘気か気迫によって重力に逆らい上昇し、普段は桜が訓練室でしか目にしない威圧が

今まで以上に膨らみ公園の常緑樹を揺らしている。

 

対し、少女は荒れ狂う風と赤い殺意を前にしても臆した様子は微塵もなく面白可笑しく嘲笑する。

 

「不思議ねぇ? シャドウとも異なるし贋作って言う呼称が似合ってる気もするけど。

あぁ、でも正式な名称を付けるなら『アルターエゴ』ね 貴方」

 

 「ピーチクパーチク、何を喚いてやがる。

路地裏の廃棄物投棄場で飛び回っている蠅みたいな腐乱臭がするぞ、貴様」

 

互いに挑発しあいつつも、ゲブラーは直球に相手に懺悔のメイスを振りかざし突進はしない。

背後には守護を任された桜がいる。そして、未だ潜んでいる気配は死んでいない。

 

(南に4 東に3 北に4 西に5か……)

 

 「ガキ 側を離れるなよ」

 

 コクンと頷き、命じられた通りに硬直する桜を一瞥すると共に。その行為に軽く頷くと

メイスを普通の剣を構える上段よりも高く、頭の上に水平に構え呼吸を深く吸う。

 

「アハハハ! 賢い賢い! けど、ちゃーんと守り抜けるかしら? それじゃーいくよぉ!

サン(トロワ) ニー(ドゥ) イーチ(アン) ゼロ!」 ―パチンッ!

 

謎の白いゴスロリの少女が指を鳴らすと共に、ゴミ箱 木々 ガーデニングされた草木の影

より、ロープ姿で顔は覆面で隠す者達が飛び出して鋭い刃物を光らせ突進する。

 

 「――鈍い あの黒装束の白仮面達に比べりゃ欠伸が出るぜ」

 

ほぼ距離を開けずに、詰めながら鈍器や長物の刃物を全方位から振ったに関わらず。

彼女は一歩も動かないままに、迫る剣にメイスの十字部分の先端を当てて逸らすと同時に

相手の頭部へと重い一撃を続けざまに打ち込む。工事現場で聞くような、コンクリートを

平らにするプレス機染みた音と共に、頭は砕けて少女の刺客は吹き飛び倒れる。

 

第二波、三波と方角や軌道 武器を変えて相手も襲撃に変化を付けるが、その変化へ

柔軟に彼女の振りぬくメイスの軌道は対応し、髪の毛一つ相手の手を触れさせない。

 

普通の人間なら血の飛沫が公園を惨状に染め上げるが、動かなくなった者達は僅かに

カクカクと痙攣した後に、手足から頭部全体へ土と砂に化す。

 泥人形か、とソレを見つつ呟きながらメイスを軽く振って付着した汚れを払い落とし

まだやるのか? と言う無言の視線を投げかける。

 最初に離れた際も、気配を遮断して背後から襲ってきた相手がこいつ等だ。

一瞬行動が遅れてコートは駄目にされたが、不意をつかれた所で百戦錬磨の彼女から

すれば、どれ程多勢で来られても雑兵と言うのすら烏滸がましい雑魚だ。

 

「アハハハハ! けっこー頑張って作ったんだけど、やっぱり欠片でもサーヴァントは

サーヴァントだものねぇ。――じゃあ これはどうかしら?」 

 

 少女が大きく広げた日傘を背後へと掲げる、すると何もない筈の空間だった場所に

人型の何かが戻した日傘の空間に降り立つ。それを見て、ゲブラーは軽く目を瞬かせ

本当に僅かながら驚くように、近寄る存在の名前を呼んだ。

 

 「掃除屋だと?」

 

ガスマスクを被り、背中にタンクらしきものを背負った。海中探査でもするかのような

恰好をした、両手の部分が鋭利なフックで形成された異形。

 鈍い呼吸音を発しながら、前傾姿勢で鈍い赤光りはゲブラーより背後の小さな存在へ

目を留まらせると、暗褐色の蛍光が強まる。

 

それは、対峙する彼女の記憶に馴染み深い。かつて生きていた世界で、人が変質し

外郭などで必死に生き延びようとする人類を喰い漁っていた。子供の肉を好む

酷く性質が捻じ曲がった人の成れの果てだ。

 

重量感のある大きな正方形サイズの潜水兵士はカエルのように斜め上に、その見た目に

合わぬ軽やかな跳躍と共にゲブラーに両腕をクワガタのように開きて襲い掛かる。

 

(後ろにガキがいる以上、回避は出来ない。迎え撃つっ!)

 

目前に段々と迫る、屍肉と童子の肉を好む死徒めいた同郷の敵へと懺悔の棍棒を振るう。

 ガスマスクの脳天にメイスは突き刺さる。ゲブラーの渾身の力とEGОの力を最大限まで

発揮させた一撃。地面へと墜落し長靴を履いた片足が方向違いの場所に折れ曲がりながら

彼女の胴体に鋭い赤錆で出来上がったフックが走る。

 

「私も忘れちゃ駄目よぉ?」

 

頭部をほぼ陥没させても尚、対峙する彼女に危害を加える意欲を薄れない怪物の背後で

何かしらの詠唱と共に少女の手は翳される。

 

 一瞬だけ、ゲブラーには自分の体を内側から揺らすような波が生じた。そして視界が

ほんの少しだけブレて目の前の光景が次の瞬きの後に変わる。

 

清涼感がある長閑な空間が形成された公園内が、死臭と死肉に溢れ返る地獄に変わる。

 自分の踏みしめている地面に、何処かで見た人々の歪んだ顔が立ち並び 呻きつつ

手を伸ばして 全員がか細い声で叫んでいる。助けて、と。

 

 目前に手を伸ばしているのは、Lobotomy coopの制服を着る人物。胸のタグに

クリストファーと記載された人物が、涙を流しながら手を伸ばす。

 

 その過去に在りし接した者の姿に対し。顔色一つ変える事ないまま躊躇なく彼女は

構えたメイスを斜め下に振りぬく。信じられないと絶望に満ちた顔つきで、顔が

砕けたトマトのように弾けるのを目にしつつ、腰より下に視線を送る。

 桜のいるであろう場所に、小さな煤の形をした異形が成り代わっている。その後ろから

今現在、目にする機会が多い管理人の姿。黒いポニーテールの活発な赤い瞳をした

女性が朗らかな笑顔で片手を掲げ近寄るのを目にすると共に……。

 

 「――フッ!!」 ――ズガンッ!!

 

ゲブラーは、一切の容赦なく。その管理人姿の幻影を一刀両断にすると共に、煤の形をした

少女を抱きしめて前に跳ぶ。

 

 着地すると共に、メイスの切っ先に額を思いっきり振り下ろす。辺り一面に響く鉄を

響かせたような音と同時に、視界は亡者でひしめきあう世界から本来の公園に戻り

自分が抱きしめたアブノーマリティが桜へと変わり、そして二体の倒れ伏す掃除屋が

振り返る視界の中に見えた。それより少し先で、幻術を放った少女は口惜しさの色を

少しも出さず、むしろ本当に愉快気な顔でパチパチと拍手する!

 

 「アハハハハハ!! 凄い凄いっ! アレにも耐えられちゃうんだ!

でも おかしーねぇ?? 霊基が低いサーヴァントでも 普通耐えるのが難しいのに」

 

「下らない手品ばっかり披露してないで。サシで来いよ 蠅野郎」

 

 「アハハッ! 私、野郎じゃーありません事よ? それじゃあー、もっと凄い

マジック(手品)でないイリュージョン(幻想)を見せてあげるわ!」

 

まだ続ける気かと、鋭い傷痕が走る片方の眉間に険が深まるものの。この場から

緊急離脱は自分一人なら容易だが、腰元に佇む小さな存在を守らなければいけない。

 抱えて逃走するにしても、この白い魔女は狡猾さと邪智深さを備えている。直接

虚を突いて形振り構わず攻撃しても、その隙に桜に何かされない保障はない。

ただ単純に逃げれば、どのような魔術と言われる この世界の科学とはまた異なる力

による追撃が来るか解らない。ならば、手段は一つのみだ。

 

 (長期戦になろうとも、この女の手の札を全て曝け出し。種が尽いたと同時に

潰すのみだ。管理者にもどう言う訳か通信が出来ないしな)

 

交信遮断されてる理由は、この目の前に居る女の策略か、若しくは予想だにしない

出来事によってあちら側から応答不可能になったか、どちらかであろう。

 考えるのは後で良い、どのような時もゲブラー『自分』がすべき事など変わりはしない。

アブノーマリティ『化け物』は全て駆逐する。それが、私の生き様だ……!

 

茨を被る骸骨から突き出る十字架の棍棒を、何度も繰り返した動きと共に水平に掲げ構え

彼女は愚直なまでに、ただ荒れ狂う胸の火を更に猛らせながら呟く。

 

 (助けなど期待出来ない 何時も通りだ ただ一人のみ 誰も頼らずとも活路を作る)

 

            「来やがれ」

 

 

 

 

 

 暴走アラート暴走アラート暴走アラート暴走アラート

 

様々な色の配管が天井を伝い、未来的な合金で出来た壁や床を多くの靴音が走り抜けて

いくのが周期的な緊急時を報せるブザー音に混じって廊下を反響する。

 

「急げ! 情報チームの通路に芋虫が発生している! 何? くそっ

安全チームの廊下にもだ!! 槍もったロボも居るぞっ」

 

 「琥珀、それと緑青の黎明か! ったく、厄介な時に発生したもんだな!」

 

「コントロールチームに配置されてるF-01-02のカウンターに減少発生!

エージェントを急がせてくれ! もたもたしてたら、またアレの爆発だっ」

 

 「T-04-50の減少値が危険ラインだ! 上位levelエージェントを

急がせてくれ! 胞子をあの巣から吐き出させるなよ!」

 

(何だってんだ何だってんだ何だってんだっっっ)

 

「何だってんだよっ おいっ!」

 

 「ツルノ! 毒づいたって事態は良くなんてなりませんよっ」

 

本当に唐突だった。今日も、何時もと同じように自分の事を母親か何かのように

少し上から目線で作業を命令する小言多くなってる女に付き合って女王蜘蛛の収納室に

給仕して戻る。素直に喜びたくないが慣れた一連の作業を終えた頃に、今まで聞いた

事のないアラート音が施設全体に耳を劈くようにして鳴り響いたのだ。

 

泡を喰って、今まで聞いた事のない緊急警報に足をこまねいている間に、よく見知った

同僚達が、顔つきを強張らせつつも冷静に全力疾走して他の場所に向かうのが見られる。

 そんな中、自分も彼女と共に手を引き連れられて走る事となっていた。良くこの

状況を知っているであろう、背を向けてる彼女に息を切らせつつ怒鳴るように聞く。

 この会社にいる職員の数割は、時々スーツ以外の妙な服や似合わないアクセサリーを

身に着けているが、今日のこいつもそうだ。鋭い嘴めいたネックレスをかけている。

あの罰鳥と言われる、見た目は間抜けな化け物を連想する悪趣味な首飾りだ。

 

「だからっ 何がっ 起きたって言うんだよ!?」

 

 「暴走アラートの発生ですっ。簡単に言うと、外部か内部で異常が起きて全ての

収容室のシステムに不具合が起きてるんです!」

 

穏やかでない、絶対に結論は碌な物でない事を知りつつも聞いてしまう。

 

「システムに異常が起きてっ ダウンとかしたらどうなるんだ!?」

 

 「……良くて、全体の作業員の半数がアブノーマリティに蹂躙されて死亡。

最悪、此処も壊滅します。となると、全部の異常存在は冬木市に散らばるでしょうね。

 いま収納してるのだけでも、この日本を数日で滅ぼせる力は持ってます。

いやでも、この世界には魔術師と言う方々が居るようですし。何とかなる可能性も?」

 

淡々とした口調が、余計に鶴野の不安と絶望感を増す。そんな事、起こさせて堪るか!

確かに冬木には遠坂家に従順する魔術師も多くいるだろうが、それでもこの施設に多く

蠢く化け物達を抑えつけられる訳ではない。目にした数は少なくとも、まだ多勢に

閉じ込めてるアレ等が日本全土に放たれるなんて想像もしたくない。

 その時は、きっと世界の終わりだ。

 

到着したのは、とある廊下だ。この建物には、幾つか修復されてない、人は通れる程で

ない裂け目があるが、その穴から茶色い甲殻で覆われた節足の生き物が這い出て来てる。

 

 (何が悲しくて、こんな外でも。こんな化け物虫の相手しなくちゃいけねぇんだよ!)

成人男性程のサイズはある、茶褐色のダンゴムシ見たいな怪物を見て硬直する鶴野の

背中をピシャリと叩き、側の彼女は右手で指しつつ説明を開始する。

 

「こいつ等は、迂闊に接近すると集団で囲んで相手を捕食しようとします。

ツルノ、武器は……警棒しか持ってないじゃないですかっ!」

 

 「あの管理者に、ソレしか渡されなかったんだよっ」

 

「……考えれば当然か。それじゃあ、私のを渡します。

オフィサーの頃の、お古ですけど。ちゃんと使えますし」

 

細い手が、有無を居合わさず自分の両耳に少し強めに掴む。声を上げる前に、耳の穴に

何か嵌められた。何しやがると言う目線に、口の動きだけで耳栓と告げ終わると共に

手には鉄の感触と、鈍く銃口が光り少し手垢らしきものも目を凝らせば見える

ユメカの拳銃が手の平に置かれた。引き金を引くだけで、人一人簡単に殺せる道具。

 

周囲の騒がしい音が一段階低くなる中で、良く通る声の説明が耳に伝わる。

 

「冷静に照準を定めて撃ってください! 大丈夫! 大雑把でも大量に湧きますから

何発かは当たるし、他のエージェントも直ぐ駆けつけます!」

 

気休めにもならない助言が横から成されながら、こんなどうしようもないパニック映画

さながらの状況に対して心中文句を上げつつも誰に訴えかけたところで結局は解決しない。

苛立ちをバネに両手を持ち上げて、その廊下を縦横無尽に這いまわる芋虫を生涯かけて

自分の心に傷を負わせてきた妖怪爺いをイメージして、引き金を引く。

 

予想外に銃の反動が腕に来る、耳栓も付けてなければ発砲音に鼓膜が傷ついたかも知れない。

 目の前では、僅かに小さな円状の焦げ目をついて少しだけこちらに体躯を向けた芋虫が

近づこうとしている……殆ど効いてないじゃねぇか!

 

視線だけの抗議に、ユメカは大声で返答する。

 

「アブノーマリティが、たかが拳銃一丁で鎮圧出来るのなら。とっくの昔に世界は平和

になってますよ! 幾らかは損傷させる事は可能です! 撃って撃って撃って

撃ちまくって、他E.G.O Weaponで鎮圧するまで撃ちまくるんです!」

 

側にいる彼女の激励? を聞き流しつつ、歯噛みしながら腕に一定に伝わる振動を

押し殺しつつトリガーを引き絞り続ける。数秒経たずにオートマチックの拳銃の弾は

尽いて、隣の彼女はそれを見ると餅をつく間に伸ばされる手のように代わりの弾倉を

手渡される。それを何回か繰り返せば、腕の筋肉は攣りかけて握る銃身も焼けそうな

熱を持ち始めていた。それでも、目前の徘徊する無数の化け物の動きに乱れはない。

 

 「くそっ! 何とかならねぇのかよ、こいつ等あぁぁ! 来るんじゃねぇぇ!!」

 

一匹の虫は、鶴野の悲鳴を意に介さず。その体躯に全く見合わない天井に届きかねない

跳躍と共に彼の元へ向かう。恐怖に満ちた魚が死んだような目の中で、その虫の凶悪に

ピラニアのような並んだ鋭利な歯が大きく口を開いて迫ってくるのが映る。

 

            「――フゥッ!!」  ザシュッ

 

「ひぃっ ひっ……ぇ?」

 

 「他愛なし……おい、青海藻頭。ぼーっとしてないで援護をし続けろ。

そこの女。お前も腕が立つなら、手を貸せ」

 

殺される、と感じて発砲を止めて腕を交差するも予想していた痛みや衝撃は来ない。

恐る恐る開いた目の中で、全体が黒装束で菫色の長いポニーテールの人物が匕首の

ような武器を構えて眼前で背を向けているのが見える……アサシン?

 

(え こいつが、こいつ等が助けてくれたの か?)

 

又聞きで、この黒い奴等が得体の知れない管理者と呼ばれてるバーサーカーらしからぬ

バーサーカーの使役する怪物にハントされて、ここで鞍替えして自分と同じ奴隷の立場

になってるのは聞いてたが……何故、俺を?

 

そんな目線が強烈だったのか、少しだけ向けられたルビー色の横目は疎ましそうに

彼を見つめつつ、短く呟く。

 

 「早くしろ。もたもたするな、私もこんな場所で無駄死には御免だ」

 

 その言葉に、彼も我に返った。そうだ、こいつも俺も この訳は分からないが化け物を

世話する飼育場に居る身。これ等が外に解き放たれる時は、俺たちが全滅した時だ。

 まだ目にはしてないが(決して今も未来もそんな機会は起きて欲しくないが)暴走に

よって施設から脱走するだけで、此処の施設半数を全滅出来る力の化け物だっていると

聞いている。それを防げるのも、俺達だけなのだと。

 

「っ あぁ、分かったよ。やるよ やるしかねぇんだろ!」

 

このサーヴァントも、決して彼の絶対の味方と言う訳ではない。だが、今の時点では

廊下を埋め尽くす忌まわしい記憶の中の半分を覆う存在を連想する妖怪を彷彿とする

存在を一掃する心強い仲間ではある。何度交換したか分からないマガジンを差し込んで

ハサンの統率係が切り払って転倒させたが、まだまだ動き立ち直そうとする芋虫へと

未だ殺されかけた恐怖で震える両の手に力を込めて引き金を引き絞る。

 

硝煙の匂いが辺りに満ちる、手の平は軽い火傷による水ぶくれが生じるものの

気を抜けば頭を齧られそうな切羽詰まった状況が痛みを感じさせる暇もない。

 百貌の統率の彼女も、態度は英霊に昇り詰めるほどに至った戦歴もあるからして

気丈に振舞ってはいるが、内心では突然起きたモンスターパニックには軽い焦りは

覚えていた。話には聞いてたが、こうまで激しいアクシデントが起きるとは。

 

(いや、すれ違った職員達は慣れた様子ではあった。普段から、このような異常事態に

慣れ親しんでいると言う事か。そっちの新米らしい奴はともかく、側にいる女は特に

恐慌した様子はなく受け入れている様子だ)

 

飛びかかって来る芋虫を慌てる事なく、冷静に回避行動をとりつつ近接も行える暗器で

適度に、囲まれて襲い掛かられるような状況に陥る事のない安全策をとりつつ攻撃を

続けていく。援護の射撃に関し威力は殆ど期待できないが喧しい声が幾らか蠢く虫達の

気を引いているのか、それと同時に白い色柄で真ん中に赤い模様のある拳銃の射線は

芋虫状の怪物の急所を的確に捕えており、時間は掛かるものの数は減らしていける。

 

 他の場所でも似たような光景が繰り広げられていた。

 

 「……っあ!?」

 

 異なる三色の柄のスーツを纏う女性が、背後から迫って来る3mサイズはある赤い目

をした、体は貧相な布切れ以外は保護されていない。その布の隙間から合金と歯車が

見え隠れして、腕の代わりに槍が接続してる。貧相ながらも通常の人であれば簡単に

屠殺可能な殺戮機械から逃げていた。その機械に人を守る三原則などは身に付いてない。

あるのは、この社内にいる知能を持つ生命体。即ち人を殺す事だけがプログラミング

されている。そして、そのプログラムから逃れる鬼ごっこも終わりを告げようとしてた。

 

通路に誰かが、この緊急事態に泡をくって逃げる際に落としたのだろう。転がっていた

ペンに足をとられて一人が勢いよく無情に冷たい床へと体を投げだす。

 残る全力疾走していた二人の女性も、その転んだ同僚の名を叫びつつ数メートルの

時点で立ち止まり、無意味な行動だと知り得た上で手を伸ばす。

 

 「■■■――っっ!!」

 

「ぃ いいのっ……二人とも、逃げて」

 

 転倒した彼女は、もう自分の運命は終わりだと悟っていた。自分にはエージェント

のように鍛え抜かれた力も無ければ、E.G.Oの武器も防具もギフトの恩恵もない。

 所詮、自分達は会社の備品のようなものだと何故か理解出来ているのが物哀しい。

オフィサーの彼女は理解してる。自分達の産まれた世界に、救ってくれる神など居ない

と言う事を、フィクションに出てくるような都合の良いヒーローなど……。

 

 既に頭上に聞こえる、死を感じさせる機械音を聞きつつ。絶望で暗くなっていく目先

の中で、一陣の影が見えた。走馬燈と言うのは、このような感じだったろうか?

 

 ――キンッ

 

 目をギュッと閉じた中で、よく澄んだ鋼の反響音が聞こえた。何時まで経っても

背中に来るであろう痛みがなく、恐る恐る目を開くと。そこに黒装束の人物が長い

刃物で、緑青から出ずる鉄の魔物が振り下ろそうとした槍を受け止めてるのが見えた。

 

 「……動けるか? ならば、直ぐに離れよ」

 

 本来ならば、この社内の人間達に対し義理立てして助ける理由などない。逆に

この混乱に乗じて、この施設を支える人材達を同じく暴れる怪物達に交えて殺しても

不思議でない立場なのが自分達だ。だが……。

 

 (今は 我等は、このバーサーカーに使役される身だからな)

 

決して、逃げてと気丈に恐怖を必死に押し殺し。笑いかけて他を逃がそうとする女の顔に

情が沸いた訳でない。少し前に、勝手が解らず社内の規則と言うものに手をこまねいてた

時に、我等の異様さに気が引けつつも助言した者の姿に似てたから、助けた訳ではない。

 

 (そうだ。ただ、我等が聖杯を得るが為の懐柔 その術の為よ)

 

 「さぁ、行け!」

 

立ち上がりながら、つっかえつつ礼を口にする女に対し鋭く告げて刃を構え直す。

 刈られた百貌の草達は、今まさに誰にも語られず決して善意でないと主張しつつも

歴史に残らぬ無銘を守りし一振りの刃となっていた。

 

 幾つものモニターにLobotomy coopの奥底より這い上がってくる、邪悪の

蒸気が固体と化した怪物達に果敢へ立ち向かうエージェントと百貌のハサンの光景を

冷静と緊迫と言う対比の図を顔に浮かべて管理人と雁夜は管理室で見守る。

 

 「あの、ビナーと言う。君の管理下から脱け出した危険な奴が他のサーヴァントと

引き合わせた事で、この混乱が起きて一時はどうなるかと思ったけど」

 

これなら何とかなりそうだよな? と呟く彼を一瞥しつつ。Xは一つの画面から

段々と収容するエネルギーが減っていく数値を見つめ、こう零す。

 

「いや これからが本番だよ」

 

 時計の長針が一周、三周する頃には全ての芋虫の7割が死屍累々と化し。残る数割も

ズブズブと地面が底なし沼と化すように、その中へ消えて行く。

 

「はぁ はぁっ ぜぇ……ぜ、全部死んだ、のか?」

 

動く姿が全部見えなくなって、ようやく鶴野は正常に呼吸が出来た。吹き出る冷や汗

を拭いつつ呟くと、それに覆いかぶさるような残酷な事実が返される。

 

 「いえ、地面に消えて行ったのは恐らく他チームの廊下へワープしただけです」

 

「ま、まだ全滅してねぇのかよ!?」

 

「ふぅ……だが、あれだけ数を叩いたんだ。もう残る数もそんなに多くは……」

 

 

            「沈黙交響曲第19番」

 

           "Silent Symphony No.19"

 

ないだろう、と言い終えかけた髑髏フェイスから覗く口の動きが止まる。

 ハサンの統率も、流石に疲弊を禁じ得ない吐息を出しつつ希望的観測を述べようと

しかけた矢先、不意にこの恐慌状態に似つかわしくない音を聞いた。

 

それは 伴奏。

遙か彼方の太古より齎されたような、肉体の奥底 血潮を奮わすような、背筋に甘い痺れを

引き起こす原始的な旋律が遠くから聞こえてくる。

 雁夜も、百貌の統率も。その音の出所と意味を把握しかねた怪訝な表情を同時に浮かべるも

ソレの正体を知るエージェントの彼女だけは、今起きてる最大の危険を認知し顔を蒼褪める。

 

「T-01-31 静かなオーケストラ」

 

何だ、ソレは? と、二人が同時に疑問に思い尋ねようとする合間に。呟いた彼女は反転し

凄まじい脚力で進んでいた通路を逆走していく。

 一瞬呆気にとられつつも、見失わぬほうが良いと直ぐに判断した二人も後に続く。

スペックからして元々サーヴァントと一般人に毛が生えた魔術師と言う格差故に、ハサンの

彼女が数秒して猛スピードで駆ける彼女に追いつく。

 

 「おいっ、何が起きたと言うのだ!」

 

顔を険しくし、鶴野へ蜘蛛の女王の世話を実演したり、他収容室の説明を軽くしてる時の

少々気が抜けてるような目は鋭く、普段の彼女から想像出来ない低い声が絞り出される。

 

「ALEPHクラスの収容違反です」

 

 「なに? それは……確か」

 

「例え一体だけでも、この施設を壊滅に陥らせる力を持ち合わせる強大な力を秘めた

――本物の化け物ですよ」

 

 ユメカの横顔は、誇張や普段の柔らかさを投げ捨て去っていた。走り続けていく内に

他の彼女と同じスーツ姿で腕章を身に着けた同僚も、彼女と同じ固い表情で集り駆ける

のが見て取れた。鶴野は、その中で良く知る人物を見つけると声をかける。

 

 「あ! お、おいチャンっ。こりゃあ、一体……」

 

「ツルノっ、質問は後だ! 今はとにかく走れ! 携行武器は、その持ってる銃と警棒か。

構わん、お前に管理者から抽出武器を渡す許可は出てないしな」

 

 豆鉄砲でも無いよりゃマシだ。と吐き捨てるように告げる彼も確かな解答をくれない。

百貌の統率も、気づけば自分達が集合して並走してる事に気付いた。だが、目線で疑問を

問いかけても、そちらも力なく首を振り状況を不確かに認識してない事が読み取れる。

 

一体何が待ち受けてるのか……? 大きな不安を抱え、辿り着いた場所を目撃し絶句した。

 

「なん だ ありゃあ」

 

音符が幾つか描かれた、人よりも大きな模型? いや、魔術で動く人形なのだろうか。

 それが指揮棒を振ると共に、その中心から音楽が流れてくる。指揮者の周囲には、普段

見慣れた幾つかの顔ぶれの研究員達が、狂犬病のように横に倒れ舌を出し痙攣していたり

その音楽に酔いしれてるかのような顔をして、普段ケアしていたのだろう鋭いネイルで

首を掻き毟っていたりなど、様々な正気を逸脱した者達が並んでいた。

未だ 未だ耳栓をつけているのに、その音色だけ次元が異なるように頭の中へと流れていく。

次第に、その音色は次々と鶴野の塞いでいる暗い記憶を呼び覚ましていく。

 

 ――才能なき

 

 ――使えない 愚図が

 

 ――種馬にもならんとは

 

 ――間桐きってのゴミ

 

 「ぐぅ……ぁ……ぁ゛」

 

「気をしっかり持てツルノっ。って……そんな発破で精神が保てるような生易しいもんなら

俺達も、もっと楽に過ごせてたんだがなぁ」

 

 頭をしきりに掻き毟り、白目を剥く彼を。付き添う同僚が肩を揺さぶり声かけるが

直ぐに達観した顔と口調で、備えてた武器を構え直し怒鳴る。

 

「――いくぞエージェント! 第四楽章が始まるまでに鎮圧を遂げるんだ!」

 

応っ!!! と男女入り混じった強い異口同音と共に、幾つもの明色と暗色が成すスーツの

人物達は、様々な形の槍、ハンマー、恐ろしい気配を放つ剣にボウガン、拳銃を構え

突撃する。指揮者は、その軍団に対して超然と動きを一糸乱す事のない見惚れる仕草で

指揮棒を振り続ける。地中より出てくる天使か悪魔のようなオブジェが浮かんでいくのを

尻目に、職員達は少しでも破滅に連なる旋律を掻き消そうとするように叫びつつ武器を振るう。

 

隔離された場所で、彼 彼女等を見守る男女の内の一人は翳り隠せない顔で口開く。

 

 「……あの指揮者の化け物が、演奏を終えたら どうなる?」

 

「この施設の怪物達を戻す方法は大まかに二つ。一つは収容違反した個体を長時間かけ

虱潰しに再起不能にして強引に戻す。もう一つは、この会社に付属する機能によって

チャージしたエネルギーを使用し全てを一斉に鎮静させ元の収容場所へ強制送還する。

 その後者を使用するには、一日の始めからアブノーマリティ達から少しずつ生成される

エネルギーを貯蔵したものを利用するが、あのT-01-31と言うアブノーマリティがALEPH

たらしめる所以はな、雁夜。アレは第四楽章まで演奏すると根こそぎ会社のエネルギーを

消してしまう。いや……演奏終了時の能力の為に、我々のエネルギーを逆に利用して

奪取してると考えるのが自然かも知れないがな」

 

 「鎮静のエネルギーを、逆に利用?」

 

どう言う風に? 不安しかない無言の問いに。管理者は静かに答えた。

 

「あの演奏は、葬送行進曲だ。もっとも、魂まで破損させ強制的に会社の手でも永遠に

再生出来ない場所に無理強いに送り届けるものだがな」

 

 世の中には、結末を見ないほうが良いものもある。そう、万感の思いが込められてる

ような気がする台詞をXが述べる中で、指揮者の調べは進んでいく。

 既に問題の第四楽章前、第三楽章へと演奏は突入していた。

 

「おおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 何度剣を振ったか解らない。何度槍を槌を振ったか、何発の銃弾を矢を放ったのか。

百貌も、疲弊は頂点の域に達していた。職員達からは、ただあの指揮者を破壊する事だけ

に集中しろと言い捨てられ、後は遮二無二と演奏し続ける元凶へと狂ったかのように武具を

振り翳され他の答えは貰えずも、アレが決して善の存在である筈もなく また、それが

野放しに奏でを完遂すれば何か起きるかは、音楽と言って良いのか分からない空気を伝って

体に届く穏やかでない振動が恐ろしい前触れが 決して乗りこなす事は出来ぬだろう

大波が来る前兆を感じ取っていた。だから百貌達も、持ち合わせた武具を振るっていたが

その良く見れば少し滑稽とも思える背高のっぼのマネキンに、どれ程の痛手を与えたのか

まったく伺い知れない。普通、これがサーヴァントであれば傷の一つだって出来て当然

なのだが、この指揮者の形をしたナニカの素材は サーヴァントの暗器は確かに直撃してる

に関わらず罅も、音が途絶える兆候も起きない。

 

 三つのオブジェ、天使か悪魔か知れぬ彫刻達が讃美歌を響かせている。

居合わせる百貌達は、かつて生前に誰しもが聞き覚えのある到来の鐘の音を耳にした。

 

「ここまで、なのか……」

 

誰ともなしに、そう呟くのがオーケストラの中で全員に聞こえた。いや、そう全員が

無意識に自分の口で同時に呟いてたのかも知れない。

 普段の鎮圧作業なら、既に形を崩壊して可笑しくないのに依然力強い演奏は止まない。

特殊な力を与える武具の恩恵や、肉体を凌駕する精神力だけの猛攻にも限界はある。

一呼吸を入れる為にも体の力が一瞬抜ける、その瞬間を狙うかのように頭に直接針で

掻き毟るかのような鋭い耳鳴りが職員達を襲う。不味いっ 攻撃の手を止めたら……!

 

第四のオブジェが、産み出される。第四楽章が……はじま。

 

                 ――パンッ

 

 乾いた破裂音。それと同時に、滑らかに今まで流れていた調べが不意に止まった。

 

オーケストラが終わった? ならば、能力が作動する? いや、でも完全に舞台は出来てない。

第四のオブジェが完全に姿を見せてない事が、その何よりの証明だから。

 

「……ゆ、ユメカ。お前がやったのか?」

 

 「い、いえ。私は撃ってません。鼓膜が破れないよう両手は塞がってましたし」

 

会話の最中で地響きが、起きた。オーケストラが、崩壊を始めていく。それで

ようやく、本当に鎮圧が成功したのだと全員に理解が追いついた。

 

 「やった……やったぞ」

 

 「あぁ 鎮圧……出来た」

 

だが、何かあの忌々しい破滅の奏者を止める終止符になったのだろう? 最後の決め手は

拳銃に良く似た発砲音だった。銃を装備してるエージェントを見るも、彼らの銃はライフル

などの小銃で異なり、一丁所持する彼女も否定した。……となれば。

 指揮者のオブジェを囲んでた職員達は後ろを振り向く。そこには、少し唖然とした

顔を貼り付けた、新米の 何時も死ぬ 殺されると情けない姿ばかりを目にする機会が多い

外来の魔術師と言うカテゴリーにも入る人物が拳銃を構えていた。

 

 「ツルノ?」

 

「ぇ ……ぁ お、俺。

さっきまで、あの妖怪爺いの姿が頭の中をグルグル回ってたが。何とか具合良くなったんで

そんで、俺も少し手伝おうと拳銃 撃って……」

 

 職員達は、顔を見合わす。狼狽えた鶴野は、不意に静かになった彼らに心臓悪くドキマギ

しつつ何か言おうと口開きかけ、その前にプッと噴き出す音を聞いて、口をまた閉じた。

 

  プッ  ハハハハハハ――――!!! ツルノがALEPHを鎮圧したぞおおお!!!!

 

 喝采が起きた。職員達が全員で鶴野をもみくちゃにした後、胴上げする。

自分がどれ程の偉業を成したか殆ど理解しえてない当の本人は、訳が分からず止めろと

叫びつつも、全員が彼を天井に高く投げるのを止めない。

それと同時に、混乱から回復したオフィサー達、そして黎明から生き延びた者達も

このパニックが収束するのを理解すると歓喜の涙と共に生還の産声をあげた。

 各々が、自分を助けてくれた百貌達に群がり、感極まりながら礼を口にする。

 

 ありがとう……っ 有難うございます。

 

助けてくれて、本当に! 貴方たちが居なければ死んでました。

 

 面を食らったのは、言われた彼らだ。今ほど仮面を被ってる事に感謝した事はない。

このような時、どう言う表情を浮かべて良いか皆目見当つかない。生前でさえも、このように

誰かに心から感謝の言葉を向けられた事は無かったのではなかろうか……?

 

 『――全員、御苦労だった。ハサンの何名かは、外界での任務を命ずるため集合するように』

 

 そう、管理者の伝達が来たのは彼らにとっても有難かった。それ以上の賛辞は、この会社の

者達を懐柔し、あわよくば自分達の肉壁に使おうと考えてる胸に痛かったから。

 

 「なぁ 我等よ。……誰かに、感謝されると言う事は 嬉しいものだな」

 

 管理者へ向かう道中、百貌の誰かがそう静かながらも感想述べた。

それに対して、特にその言葉を否定しようとする者達も居なかった。

 

 日は沈む、土砂と僅かな生体組織の名残が散らばる傀儡が夥しく地面に散らばっている。

少しだけ呼吸を早めつつも、まだ気力と戦闘する力を残す赤い髪の戦士は髑髏のメイスで

空気を切りつけ、視界に浮かび上がる幻影と実体をもつ戦闘人形の内 実体をもつ物だけを

正確に倒しつつ、側で動く事のない少女の背後に迫る魔術による攻撃を逸らす。

 そんな行動を延々と何時間も続けていた。観察する少女は腹の底から嘲笑を撒き散らす。

 

 「アハハハハハッ! すっごい、すっごい!! 貴方には見えてる筈なのにねぇ!

自分を愛してくれた人 支えてくれた人 仲間だって思ってくれた人の虚像がねー!

 なのに、そんなに簡単にあっさり躊躇なく破壊出来るんだもんっ。やっぱり貴方って

狂ってるんだ。狂って狂って半周して、まともに動けてる貴方って、本当にイカレてるっ!」

 

「だから 無駄口ばかりピーチクパーチク囀ってないで。直接掛かってこいよ 腰抜け」

 

 「嫌よ。だって、私非力ですもの」

 

チッ、と露骨に嫌そうに舌を打つ。語彙の不足した挑発を何度か行うが、舌先三寸だと

相手が上だ。何より、向かっていけば少女一人をがら空きにしてしまう。

 

 (一か八か やるしかねぇか)

 

こんなにも長い時間の闘争をした上で、人避けの結界を施してるのも含めても誰の

侵入も許さず、管理者の援護がない事を考えれば、予め最悪の想定をしていた

アクシデントが彼女にも及んでいると考えて良い。自分が未だ存在してる以上は

消滅などはしてないだろう。それでも、危機的状況に代わりなく、打破する事が最上だ。

 

 彼女は、空いた片手で小さな体躯に回していた腕を外す。そして、その手の平に赤白い

粒子が集まると共に、T-02-43 母なる蜘蛛と呼ばれるものと酷似した色合いの棍棒を

発現する。周囲に蔓延る隠れた悪意が自分に集中してるのを実感しつつ前傾姿勢に移る。

 

 「アハッッ! 破れ被れ?」

 

赤目

懺悔

 

薄暗い赤と黄色の光を宿す棍を水平より下に掲げ、彼女は多数の魔術が自分に迫るのを

全て無視し、日傘を回しながら人間達を働きアリでも見るかのように愉しむ女の

間合いまで辿り着くと、彼女にとって魔力でも人の持つ気力でもない力。

 即ち、E.G.Oが担う 心によって産まれる力を最大限まで高め、二つの武器の相反する

指向性、噛み砕いて言えば光と闇の如きモノを混ぜ力いっぱいに叩きつける。

 

「――弾けろ!!」

 

効果は絶大だ。

 混ざりあった真逆の力は、更なる大きなうねりとなりゲブラーを中心に全てを打ち払う

単純な破壊の暴走となって周囲のものを傷つける。

 

様々な幻影を、魔術で編み出した攻撃を、戦闘人形を、掃除屋を。そして仕掛けた首謀者

の短い悲鳴を光は呑み込み……辺り一面に大きなクレータを作り上げ、敵が消え去った。

 

何とかなったか……。

 

額に僅かに浮かんだ汗を拭う。流石に、長時間の戦闘と今の状態でギリギリ使用が可能な

大技は彼女であっても幾らか堪えた。

 まだ、今の謎の聖杯戦争に関わりある魔術師を倒して終わりではない。管理者の安否を

見定めない事には。

 

「ガキ、さっさとこの場所からおさらば……」

 

振り返り、目を瞠る。桜の背後に映る存在

 

黒いドレスにも見える衣装、金に輝く幾何学模様 吸い込まれるような虚無の瞳の。

 

それを見た瞬間、喜怒哀楽や護る使命感も全て凍てついた。代わりに胸から生じるのは

暗く 昏く 人はこれ程に誰かを憎めるのかと言う黒い火が血液全体を通っていく。

 

「ガリオ」

 

 「アハッ♫ 聞いてはいたけど、この姿が本当に効果抜群なのねぇ」

 

叫びかけた声を途絶えさせるのも、その姿に似合わぬ口調。そして、その姿を

借り受けているものが、つい先程倒したと思っていた人物だと知る。

 だが、ゲブラーはその姿を謎の魔術に長けた愉悦犯が借りてる事によって、怨敵が

目の前の存在と組んでる事も理解した。そして少しの疑問も。奴が誰かと組む?

 

 「まぁ、今日は結構楽しめたわ。けど、最後に一番守らなくちゃいけないものを

手放したのは減点ねー。それじゃあ」

 

 ブンッ!

 

「!! っガキ!」

 

 チャオ、と告げてビナーの虚像が消え去るのと同時に桜は彼女の手で宙に放り出され

冬木の海の中へと投げ入れられる。

 この町は温暖の気候とは言え、冬近い海の中に子供が厚着で入れば自殺行為だ。

ただでさえ大人でも服を着たまま海の中を泳ぐのは難しい。更に、魔術によってか

小さな渦潮が深く小さな体を底へ底へと誘っていく。

 

 息が段々と苦しくなりながら、最後に彼女は真っ暗な揺ら揺らと動く空間の奥から

赤い髪を揺らし、手を伸ばし顔を近づける守護騎士の姿を見て取った後に意識は途絶えた。

 

 

 

 人の祝杯の波が引き、ヘロヘロになった彼は崩れたスーツを正しつつ溜息を吐いて立つ。

サッカー試合で、最後に逆転シュートを決めた選手のように、背中に強い張り手の感触や

誰か知らない勝利の接吻の痕が頬に付き、複数の香水の匂いが染み付いている。

 顔を拭きたいなぁとぼんやり考える彼の思考を盗み見たように、横脇から濡れタオルが

差し出された。

 

「一躍ヒーローですね」

 

 「……うっせ、つうか見てないで助けろ」

 

「いえいえ。ツルノが他の同僚と仲が良くなるのは良い事ですし。良かったじゃないですか

他のチームにも、今回の鎮圧でバッチリ好印象が残りましたよ」

 

 舌打ちをして、根暗な目つきだけで抗議の視線で無言の返事を返す。その邪気ない笑顔を

向ける時の建前上の先輩には何を悪態ついても効果ないのは、体感時間で一週間はこの

悪夢のカーニバルが日夜開催してる場所で同衾しているからこその対処だ。

 

 けど、あの人のトラウマを無理に掘り起こす歪んだ伴奏を作るオブジェを壊した時の

興奮と熱は、まだ体に残っている。

 あのように、全体で何かを成し遂げたと言う達成感を味わったのは何時以来だろう?

いや、今まで感じた事のないものだった気もする。

 

鶴野は、この狂気が蔓延する世界に段々と自分が順応し、昔の自分自身の在り方が変化

していく事が不思議と拒否感ない事に恐ろしさを感じた。

 これは、この環境は不味い。蟲達に囲まれて心を段々と麻痺させ削られていくのでなく

仲間意識と、絆と言う。自分が持ちようのない暖かさと癒しが自身を変えていく。

 

 『……Mr.鶴野、君に重大な仕事を命じなくてはいけなくなった』

 

火照った顔を、程よい冷たさが鎮めた頃合いで。この魔境に自分を引き摺り込んだ元凶の

声が降ってかかった。

 危険な怪物に、下手すれば殺されかけてた事実を責めようとする気もない。そんな事

初日に散々味わって喉が枯れるまで喚いた。もう、どうにでもしてくれ。

 

 『――君に、聖杯戦争のランサー陣営との交渉に赴いて欲しい。勿論、サポートは付ける』

 

 そして、早まった選択だったかと後悔するのは。何時もの事なのだから。

 

秘密裡に、表舞台の裏で暗き同盟と 鈍く照り輝く絆が紡いでいく。

 そして、少しずつ表面上に闇が描き出されようとしていた。

 

 

 

 

             「聖処女よ お迎えに参りました」

 

 

             「何故、お前がT-09-90を保有してる」

 

 光の騎士と、堕ちた従者の交わりに 混沌の渦に落ちた船を含めて

 

 

 

 

 

 




簡潔な今の戦争の状況。

アサシン陣営:百貌の内、半数はバーサーカー陣営によって消耗。
アーチャー陣営のマスター、遠坂の指示により残る兵力で索敵に
回っているが……? 残る令呪は三つで消費はなし

アーチャー陣営:世界は王を中心に回っている。なのに余り自分の
思い通りにいかない事にご立腹中。遠坂がバーサーカー陣営を早期に
打倒する方針から、令呪で制止する事はなかった。令呪の消費はない

ランサー陣営:キャスター陣営と誤認するバーサーカー陣営が自身の
サーヴァント、ディムルットのメタとなる怪物(魔猪)を持ってる事に
苛立ちを募らせかけた際、同盟の交渉が来たので色々と困惑中。
令呪を使用する前に、ランサーは魔猪を認識して断念しマスターも状況
から撤退を命じたので令呪の消費はない

セイバー陣営:マスター(切嗣)はアブノーマリティの攻撃で休息を
余儀なくされる。比較的精神ダメージが軽かった舞弥にホテル爆破の
工作活動だけを指示。仮のマスターを演ずるアイリスフィールとセイバーは
同行を願うサーヴァント、バーサーカーの行動に調子を狂わせてる。

ライダー陣営:大体平常運転。ただ、バーサーカーは出来れば欲しいと
征服王は零し、それにマスターのウェイバーは胃痛を抱える。

キャスター陣営:聖処女よ 今お迎えに参ります

バーサーカー陣営:サーヴァント(アブノーマリティ)は最終的に全て消す
特にキャスター 貴様は最優先で潰す


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