fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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吹雪く時の霜柱の下に 上澄みの銀色の中に
最果てへと行ってしまった面影をお前は見たな

信仰 功績 自己犠牲 気紛れ 信念 利己 捕食 

様々な想いの中で、お前が築きあげた城の中に迎えられソレ等で出来た
屍の道を築いたのは 最果ての国に辿り着くためか?

お前は未だに愚劣さの柵の中にいる 



談合

 冬木市にあるハイアットホテルは、富豪層及び日本を旅行する外国人にも通用する

サービスを充実させている。

 内装は、クラシカルに海外が好むモダンな造りに、付属する服飾コーナや食事の

品揃えも大衆の大部分が高評価な潤沢したものだ。

 とは言え、それも時計塔での最高位である色位を冠するケイネスからすれば

歴史と伝統に基づいた祖国の贋作が立ち並んでるようなものだ。別に真似る事そのもの

が悪しき事ではない。魔術においてもルーン文字の並びから学ぶ卵であれば、師の

背中を見つめ、その仕草を見様見真似で倣うものだろう。ただ、そこに『美しさ』

あるかどうかが重要だ。さも、こうすれば歴史あるローマ発祥より続いてきた国に

酷似してるだろうと鼻にかかった部分がいけ好かないのだ。

 いま、自分が口に含む紅茶一つとてそうだ。ブランド物と銘打ったホテルで売りに

出されてるものだが、英国の紅茶がこうであると極東の此処の島国の人間は緩んだ

脳味噌で無学に相応しい考えにしか囚われていない。本物の紅茶と言うのは相応しい

食器 それを置く調度品 時間 取り巻く空気や音などの環境が至高のハーモニーとなり

最高の味を引き立てるのだと言いたい。

 

 そう、僅かに紅茶談義にケイネスは現実を逃避していた。逃避する理由は

目の前で居心地悪そうに明後日によく視線を彷徨わせる、ケイネス個人は面と向かい

相対する事はまずないだろう下等市民と言える人間。そして、魔術の解析を用いた

目を向ければ、決して高くはないものの魔力で出来合わさってるであろう近代、いや

現代にも普通にこのホテルで泊まりこんでいても不思議でない恰好の女が同席してる。

 

「……あー、それで だ。再確認ではあるが、君たち二人 いや 一人と一体は

バーサーカー陣営より遣わされた交渉役 と言う事で宜しいのだね」

 

その言葉に、コクンと無言で男のほうは顎を上下に揺らす。高性能な使い魔と思しき

女のほうは、問いかけに意識せず興味深そうに周囲を見回す。

 その仕草に目尻が上がるのを抑えきれない。野蛮人、いや野蛮な使い魔だ。

此処がサーヴァントのマスター同士が彼のソクラテスが古き偉人達と言葉の刃で

ぶつけあったように神聖なる対話の場である事が解らぬのか?

 

側頭骨をノックする指の速度が速まる。何時からか自身の思考をクリアにする為の

トレーニングに一つとした指の運動だったか、今日に限っては随分と冷静になる

為の一儀式として、この動作を随分と強いられる。

 

電話を受けて、ロード・ケイネスはランサーを引き連れて会合の場を設けた。

 罠である可能性は大いにありえる。されど、偉大なる時計塔の麒麟児 エルメロイ家

切っての鬼才が臆して退けると言う事などあってはならない。何よりも、このホテルは

我が領域であり工房となっている。断れば魔術師として有利な場所でさえ尻ごむ

臆病者だと遠まわしに告げるようなものだ。

 使い魔越しに見た、多勢のハサンを蹂躙した狂戦士を使役するマスター。

それが直接姿を現すと聞いて彼自身も心中では色々と考えは浮かんでいた。

 あの時、あのサーヴァントは脱落してなかったのか? そして脱落してるならば教会に

助けを求めず自分に会合願ったのか。不可解な部分は挙げれば切りがない。

 

対峙しあった時もそうだ。男に碌な魔術礼装は見受けられず、挙動も素人のソレで

ケイネスはその気になれば数秒で華麗なる自身の魔技により数回は命を

刈れるだろうと見受ける。令呪があるとすれ使わす暇など与えん。

 女のほうも女のほうで。こちらのランサーが幾多の女をも陥落させる魔性の黒子を

持たせてる情報を事前に宿してなかったのか? と思える程に無警戒に、密室になって

霊体化を解除したランサーを一目見て、か カッコイイ……と しなを作った声を上げた

のには、ランサー及び男の方と同様だが思わず顔を顰めてしまったのは不可抗力だろう。

 まず魔力の密度からしてサーヴァントの一端である事は確かなのだが。それにしたって

このような英霊と呼称するのも烏滸がましい存在、ランサーに会って直ぐに陥落する存在

を引率してきた目の前の男の思惑を大いにケイネスは知りたい所存だった。

 

……もっとも、件の男も。ケイネスの問いただしたい事を直に言われた所で、許されるならば

俺だって聞きたいわと怒鳴り返したであろうが。

 

(畜生。やっぱり、あの何考えてるか知れねぇ奴の言葉に従うんじゃなかった)

 

 外に出され目にしたのは、海浜公園界隈のラブホテル。

一体何の冗談だと言う目線を向けるも、全く感情が読めない目つきで開かれる声色も同じ

ぐらいに淡々としている。

 

「時間がないので手短に告げる。これから、私はセイバー陣営に暫し同行して同盟関係

最悪でも一時的な非戦の交渉に赴く事になる。

 その間に、Mr.鶴野。貴方にはランサー陣営に赴き、願わくば数日間の不戦の取り決め

が成り立つようにして頂きたい。それと、此処ホテル一室に仲間が控えていた筈だが

込み入った事情で今は不在だ。後で連絡は来ると思うが、万が一の為にこちらに私の

伝言を置いて欲しい。そちらが戻る時には私も戻っていると思うが不測の事態もある。

同行するユメカが途中で消えるような事があれば、直ぐに国外へ逃亡してくれ」

 

 「何で俺なんだよ……雁夜、他にも部下でそう言うの得意な奴がいるだろうが」

 

ぶっきらぼうな物言いにも、この鉄仮面のサーヴァントが顔や声付きを変化する事は無い。

 

「ランサー陣営だが、つい先がたに起きた戦争での行動を見受けるにサーヴァントとマスター

において、マスターが主導権を握っている。魔術師と言うのは、その多くが自身の利己性に

基づいて動いているのが一般的な見解らしい」

 

Lobotomy coop内でも、魔術師と手を組むだなんてと苦渋の色を浮かべる雁夜に

同じように管理者の声が続き説明なされていた。

 

「此処からは消去法だが、以前にF-01-57と先程に交戦したアーチャー陣営に関しては

軋轢が生じてる故に歩み寄るのは時期尚早ゆえに却下。ライダー陣営は主導権がサーヴァント

に立ち位置を多く占められている。そうなると、この大型ツールアブノーマリティの一端と

思えるものを制御してるマスターと交誼を深める事はとても重要な仕事なんだ」

 

 「けど、鶴野は……あいつは、そう言う交渉事には向いてないと思うんだがな」

 

Xのマスターである彼のぼやきに、幾つかの画面に視線を向けていた彼女は向き直る。

 

「『人間』である事は重要だよ、雁夜。そして、彼と言う人となりであるからこそ

思いの外、こう行った分野に成功する事もある」

 

ハイアットホテルの一室を貸し切りにし、隅には何時でも不慮の攻撃に対処できるよう

ランサーを待機させている。盤石なる布陣を形成し知性を携えた視線にて、仮想敵に

成り得る相手の一挙一動を油断なく見つつ口開く。

 

「さて、と……私の記憶が正しければ、バーサーカーは遠坂邸の陣地においてアサシンと

共にアーチャーの宝具で殲滅されてた筈だが」

 

 「あ、あのバーサーカーだが。ありゃあ、港倉庫であんたも目にした。あいつの

宝具で呼び出したものだ。アレがバーサーカーの正体だ。

 んで、アサシンも未だ生存してるぜ。俺がこの目ではっきり見てるからな」

 

敬語も冷静さも崩れた口調に、僅かに眉が吊り上がれどもケイネスは予想していた中で

悪い部類なものが当たったと溜息も密かにつく。

 

怜悧なランサーのマスターたるケイネスとて、三竦みで死闘を交えた遠坂邸でのハサン

狂戦士と弓兵の結末は、軍配が弓兵にあったと言え過程での戦闘が全て狂戦士と暗殺者が

占めている事には疑問も覚えたのだ。アーチャーに関しては宝具の発射に参戦が

遅れたか偶然の域かと考えも半ば捨ててたが、この相対する交渉役の言葉を信ずるなら

バーサーカーは勿論の事、アサシンも複数の特性活かし未だ残数勢力が存命してる。

更にキャスターのクラスは未だ秘密裡に、その特性を最大限に発揮し陣地を形成してる。

忌々しい事実もさりながら、彼は未だ保有する疑問を矢の如く言い放つ。

 

 「ふむ……貴重な情報を渡してくれた事に感謝はするがね。だが、何故この局面にて

私を同盟関係に願ったのかね? そちらのサーヴァントに執拗に勧誘を迫っていた

ライダー、私より縁が深い遠坂など幾らでも選択肢はあっただろう。何より君達は

このホテルに既に私が居た事を把握してたようだが……何故だ?」

 

その疑問に、鶴野は予め管理者から容易された台詞を告げる。

 

「あ、あんたがサーヴァントを最も制御出来ているからだ。そして、魔力を打ち消す

宝具は、いざとなればこっちの宝具が暴走した際に抑制するに適してる。

 遠坂は、随分前から競争相手として関係は冷戦下に陥っていて正直仲は悪い。

それに、アーチボルトの名は極東にまで名を馳せている。あんたが時計塔での

成功者であり、ゆくゆくは冠位(グランド)を得る実力者だろうってな。

 日中帯に、このホテル近辺でランサーを動かしてたのは既に使い魔で確認してたから

後は、有名なあんたの名前を帳簿で確認すれば簡単な事だ」

 

前者に関してはXが分析した故での正直な感想。後者の答えに関してはザイードなどが

遠坂に仕えてた時点での諜報で保有してたのを受け売りして、相手を持ち上げる

材料を幾つか付加した上での科白だった。

 

 「ほぅ、良くそちらのマスター。間桐はこのケイネス・エルメロイ・アーチボルト

の実力を正しく見ているようだね」

 

褒められて悪い気はしない。何より、東洋の願望機を創造する御三家の一人が、もう

一人の実力高いと思える遠坂よりも時計塔の自身の実力を買ったと言う事実は大きい。

 鷹揚に頷きを返しつつ、そこでランサーのマスターは交渉役に対し自身が見抜いた

サーヴァントの事実を更に投げかけて優位を保とうとする。

 

 「贈り物としては値千金とは言うまいが、彼のサーヴァントを卸している事に

こちらも賞賛の言葉を贈ろうとも。そう ――パンドーラを招来した間桐にもね」

 

「へ っくぁ゛っ!?」

 

 「どうかしたかね?」

 

「……ぃ いや、結構なご明察 で」

 

ケイネスは、彼のバーサーカーの真名を『パンドラ』と思い違いしていた。幾多もの

共通性が無いもののサーヴァントに比肩しうる怪物や戦士を呼び出せる。そして姿形が

女性となり、世間一般の認知度が高く英霊に成り得るとすれば神話に名高いパンドラと。

 

 尤も、正体など考えた事もないし考える事もしたくない鶴野からすればランサーの

マスターの回答は寝耳に水だが、不審な声を上げる前に相席していたユメカに女性

らしかなる強い踏み付けと念話により強制的に痛みで却下された。

 

尚、彼の予想は時臣やウェイバーもバーサーカーの宝具を観察した上で推察した答えの

一つでもある。後で、ユメカが体験した情報を持ち帰り管理者も的外れではあるものの

『そう思ってしまうのも仕方がないし。何より、宝具も酷似しているものだからな』

とケイネスの答えを否定する事は無かった。

 

「なに、あれ程に悪性へ偏ったものばかりを召喚し且つバーサーカーと言うクラスにて

魔力切れを起こさず出せる宝具となれば答えとて容易になる。

 そちらの側近として同席する使い魔も、私の考えが正しければ……パンドラの箱より招来

させたサキュバス(夢魔)の一体と言う所か。護衛にするとしても、この私が男だから

そんな下等淫魔に翻弄されると生易しい発想を考えてるのなら屈辱だがね」

 

 「ぶっ っぐぁっ!?」

 

鶴野は、自分のサポートを担う色々と鼻につく女性が行き成り性を絞る悪魔と断言された

事に噴出しかねたが、それも表面上は微笑を保っているが整えた髪の毛の下に青筋を

浮かべたユメカの施す水面下の制裁で再度その行動を中断される。

 

怪訝な顔を覗かせるランサーのマスターに彼は早口でこう受け答えた。

 

 「で、ですんで。間桐としても、まともに会話するにあたって出せる存在が不足してて

家督の俺が出てるんだ。少しでも手伝ってくれる人材が欲しい状況で……」

 

その言葉に、顎に指をかけ成程とケイネスは呟きの声を上げ暫し黙考する。

 

バーサーカーのサーヴァントがパンドラ。一説では人類初の女性と言えるもの

この世のありとあらゆる災厄を詰めた箱を所有してるからこそ、予想できない魔物を

幾つも出せるし、狂化に関しても著しく低いのだろう。代わりに、宝具である災厄の箱が

容易に開ける状態にもなっているらしい事は交戦の際で明らか。

 

バーサーカーのマスターは、目の前にいる間桐の家督である男の弟らしい。ほぼ無いと

思える魔力回路しか宿していない、この交渉役が間桐を率いる存在であると言うのは

不可解だが、それはさて置いて聞いておかねばならない大事な事がある。

 

「して、間桐は聖杯に何を願う気なのかな? そちらが招来したパンドラの願いにしてもだ」

 

聖杯創造の御三家が何を願うのか? またサーヴァントの願いに関しても重要だ。

 魔術師の大半の願いは根源への到達だが、御三家の末裔がそうだとは限らない。パンドラ

に関しても、神話では人類に災いを贈るために神々が作ったと言われる。一見正常に

見えてたが、それを使命と捉えて願望機に願うなら魔術師以前に人として誅罰の対象となる。

 

 「弟の願いは、衰退しきっている間桐が今後も繁栄しうる力を持つ事。えっと、そして

サーヴァントは……宝具を捨てる事、だ」

 

用意してた答えに対してケイネスは短く相槌を打つと共に頭の中で素早く脳を回転させる。

 

(相手のバーサーカーが、魔力切れをほぼ無視してパンドラの箱と言う制御は困難ながらも

量に制限ない怪物を放出可能な宝具を所有するサーヴァントなのは実に良い。

指向性さえ持たせれば、如何なるサーヴァントも蹂躙出来る。この男は暗に告げなかった

のかも知れんが、魔弾と言う制御出来る宝具も備えてるようだし、アレの威力は

どのサーヴァントにも通じる。利用しない手は無いだろう。願いの内容も差し当たって

マスター、サーヴァント共々虚偽でない限りは問題ない内容だ。

 こちらとしても、聖杯に対し特に願いはない。魔術師として目指す根源も、我が器量と

エルメロイ家の力を以てすれば、やがて辿り着ける道。生き急いで願望機に頼るものでなし。

勝利の暁には、聖杯の器だけ持ち帰るにして十分他の派閥を押し黙らせる実績になる。

この聖杯とやらを生成した御三家の間桐も、聞けばマスターは召喚する時点で半死半生で

家督の彼が対話に出なければいけない程。歴代の家とは言え、こうも衰退してるとはな)

 

明日は我が身とは決して言わぬが、こうなりたくない見本だと侮蔑の視線を密かに送る。

 だが、次第に高揚感が自分の中に巡って来るのもケイネスは感じた。聖杯に掲げる

目的、パートナーとしての相性も悪くはない。相手のマスターが直接談話に出ない事は

少し減点ではあるが、そこまで心身が不調であるのが真実なら警戒すべきはバーサーカーの

挙動のみ。それも、後に保有するセルフ・ギアススクロールなどでサーヴァントがこちらを

害しようとするのならば、即刻自害するよう誓約を立てれば良い。完璧だ。

 

(悪くない。あのバーサーカーが招来する魔猪は、こちらのランサーの天敵なのだから。

それが牙を向かず、あまつさえ他サーヴァントを圧倒させた怪物達が援軍となる。

 フッ この私に憂いなど無い。今まで起きた不運と言えるものや忌まわしき全ては

この僥倖の前触れと言うものだ。天はやはり私に味方しているのだ!)

 

ロード・ケイネスは静かに勝利への道を確信した。考えてみれば、この数日間が

可笑しかったのだ。高名であり、栄誉ある道を築いてきた自分が聖遺物を落第生と言える

弟子に奪われ、召喚したサーヴァントの呪いにより妻の心が傾いていると言う事実。

 そして待ちに待った戦争に対しても芳しくない戦績と言う全ては、いま正にこうして

情けなく助力を願い出ているバーサーカー陣営との同盟と言う出来事への布石だったのだ!

 

彼は僅かにぐらついていた不動の自信を取り戻した。そうなると、つい先程まであった

ランサーへの確執も隅において機嫌も持ち直す。

 

「良かろう。このケイネス・エルメロイ・アーチボルト 間桐の家との同盟を認めよう。

貴公の弟であり、バーサーカーのマスターにも、今後の贔屓を願うと告げたまえ」

 

 「え、あ……有難う御座います」

 

テーブルに額をこすりつけんばかりの行儀なってない礼の仕草も、今ばかりは心地良い。

 

管理者の観察眼は正しく機能した。

 間桐の家で、実子であり正しく人間である二人。兄弟の鶴野及び雁夜の共通点は

生まれつきとも言える劣等感が染み付いている事だ。アブノーマリティ(臓硯)の

支配下に置かれてたと言う不可避な事情はあるとは言え、彼等は他の人に比べ自分を

低く見るか、見られる傾向が強い。他者の嗜虐を無意識に煽る部分が強いとも言える。

 

ソレを管理者は利用した。権威や血統を重んじり、貴族階級意識が強いケイネスから

すれば、衰退した間桐の末裔が首を垂れて、そして見た目みっともなさが露呈される

鶴野の哀願は自然と人を小気味よくさせる。後に、管理者は彼と直接相対して

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトをこう評価した。『ケセドをより鼻にかけた人物』

『Lobotomy coop内で軽んじた行動をとり早死にする傾向が高い職員及びオフィサー』

 言うなれば、優秀だが驕り高い おべっかを使えば調子よく乗せられ利用しやすい。

そして、ソレはいみじくも的を得ていた。

 

「……ねぇケイネス。少し安請け合いだったんじゃないの? 貴方の判断を疑うわけ

じゃないけど、罠の可能性だってあるじゃない」

 

彼等が退室した後、控えの部屋で全て傍聴していた新妻は余り芳しくない口調で

警告を述べた。ソラウからすれば、戦場でランサーの武勇伝を阻害したとも言える

バーサーカーと、信用がいまいち宜しくない様子な鶴野の挙動も含めて同盟の方針に

諸手を上げて賛同する事は出来なかった。口にはせずとも、彼等のサーヴァントも

今の件については強く反対はないものの賛成も出来ないと言うのが正味。

 

普段は頭が上がらず、弁も立ちにくいものだが調子を取り戻したケイネスは

そんな彼女の少し毒を含む発言を歯牙にかけぬ様子で指を立て余裕の笑みを見せる。

 

 「はは、無用な心配だソラウ。あのバーサーカー パンドラが宝具を除いては

精々2流魔術師程度の力量しか無いのは既にランサーが確認済み。

 少々ガンドが使えるがサーヴァントを直接害するものは使えぬようだし

同盟を望んでるからには、幾らでもこちらで誓約は作る事は出来る。後あと

セルフギアスを使用してサーヴァントの軽はずみな行動に自害を申しつければ

万事問題ないとも。そうすれば、強力な魔術師をほぼノーコストで転がせる。

精々残りの五騎を脱落するのに労力を支払って貰おう」

 

「……ケイネス。パンドラはガンドが使えるものだったかしら?」

 

顎に指をかけ、時に聡い様子が発揮されるのは流石のソフィアリ家と言った所だ。

最愛のパートナーの言葉に、彼も強気な笑みを引っ込め硬い顔つきに変化する。

 

 「確かに、そこは私も幾分か疑問には思っていた。北欧系列の魔術であり

南ヨーロッパのギリシャは含まれてる、神代の英霊ならば扱えるのも不思議では無い。

……然しながら伝承では、アテナ アプロディーテ ヘルメスから絶世の美貌 

家事に関する万能の業 獣心とも言えるものを宿したと言われるが……あのサーヴァント

を使い魔越しで観察してみたものの。あの並んでたサーヴァント達に比べ気配と言うか

雰囲気が一際弱い気もしたがね」

 

降霊科の講師も務める故に、彼の正しい眼力でアーチャー・ライダー・セイバーも

目にした時の神々しい気配には、流石は魔力の結晶体と感想を敷いたが。それに

比べてバーサーカーのパンドラは、神々が最初に作った人類と呼称されるに関わらず

その神秘さや、放つ気配が余りに低かったのは少々気がかりだった。

 然し間桐は聖杯創造の御三家の一人。召喚時に何らかの細工がアクシデントを

起こしたのだろうと結論付け、夫婦議論を彼は止めたのだった。

 

 「安心したまえソラウ。万事恙ない」

 

ケイネスが同盟に関し気分を盛り上げてる頃、冬木の山にアインツベルンが築いた城へ

通ずる山道を一台の黒塗りのドイツ製造の高級車だ。

 一般の人間なら、その0の桁の多さに運転はおろか触れる事も尻込みする車は

制限速度を超えた速度で爆走している。その車を運転するのはレーサーでも何でもない

深窓の令嬢と呼称して不思議でない女性なのだから、世界とは奇妙さに満ちている。

 本来なら、その助手席には金髪碧眼の美貌を持つ女性が乗っていた。だが、今は

異物が世界に投入されたが故に監視も相まって鋭い目つきを後部座席で隣に向けてる。

 

常人なら辟易して音を上げそうなものの、鉄仮面とも称すべき無表情で彼女は荒々しい

ドリフトを姫君が行うたびに車窓部分に頭を軽くぶつける。

 

「……Mrs. 運転して頂いてる手前こう言うのも何だが。もう少し安全速度を

心掛けて頂きたい。若しくは、私が運転するが」

 

 「バーサーカーっ アイリスフィール嬢の運転に不服を申し立てるな! 

口先三寸で運転を交代した瞬間、サーヴァントである事を良い事に崖下に

車を突き落とそうと、あわよくば考えてるのだろうっ?」

 

 「セイバー そう、喧嘩腰にならないであげて? あの時色々と怪物が飛び出た

事も不慮の事故だったと説明してくれてるのだし。……貴方も、出来ればセイバーに

返事ぐらいしてあげて? ずっと無視するのは流石に可哀そうよ」

 

「……考慮はしておく」

 

平坦な声は、化かし合いが不得手なアイリスフィールでさえ切嗣と同じで戦争が

終盤になっても態度を変えない事が丸解りで溜息を思わずついてしまう。

 

思いのままに、この自動車と言う玩具を誰にも迷惑かけぬ場所を走り抜けるのは

自分自身が風になったようで気分は盛り上がったものの、賓客として同席する者の

存在と背後のギスギスとした空気が有頂天にするのを邪魔する。

 硬い雰囲気の研究者めいた白衣とスーツを取り外して城にある予備の服を脳内で

着せ替えてみれば中々どうして。アインツベルンの侍女と詐称しても通用する

外見の女性だ。それが冬木で招来したサーヴァントの一角で、思いのままに猛り

狂い全てを破壊すべし戦士たるバーサーカーなのだと言うのは、俄かに今でも

半信半疑でいる。セイバーすら、悪質なデマでこちらを混乱させるかと最初は

憤っていたが、彼女は彼女で他サーヴァントに取り合わないから余計にセイバーは

彼女に敵意を増長させる始末だ。

 

海浜公園近くに寄り道を頼まれつつ、彼女達が向かうはアインツベルンが用意した

冬木の奥深くの森の結界と称すべき天然要塞の中にある城。

 真のマスターである切嗣とは交信が途絶えてた故に、少し迷いはあったものの

同盟関係を願うバーサーカーは、アクシデントで開帳した宝具の騒動の後は

セイバーに対し冷淡な事以外では特段危害を及ぼそうとせず大人しい。

 マスターの元に帰還しなくて良いのか確認したが、既に意向を同意しての行動と

嘘はない様子で告げられれば断る事は出来なかった。日を改めて落ち着いた時に……

とも言えないだろう。戦争下、他の陣営の干渉が何時起きるか解らない以上

関係性を明らかにし、妥協点を探り明確な繋がりが出来る事が一番良いのだから。

 

 「そう言えば、貴方って運転出来るの? 服装も随分と現代に近い感じだし」

 

「知識としては、自動車の取り扱いは知ってる。……ふむ、だが実際に私が車を

動かした事は一度もないか。いや失礼した そのまま続けて貰って構わない」

 

妙な発言だ。更にこのサーヴァントに対する謎が深まる。

 

最初に自分や切嗣が共に招来したセイバー。その清廉された、周りの空気まで浄化

されそうな澄みきった気配には圧倒されたし、港倉庫で交戦したランサー

轟音と雄叫びを高々と上げて降り立ったライダーに、様々な武具を射出するアーチャー。

どれも近づくだけで恐れ多い存在だが、このバーサーカーに至っては、はっきり言って

招来される怪物は恐ろしいものの、使役する本人に至っては力が希薄すぎる。

 全力で魔術戦を自分が繰り広げるとして、攻撃的な術が不得手なアインツベルンの

自身でも辛勝出来そうな弱さは、逆に不気味さを際立てる。

 神秘が低いとなると、かなり近代になるが。あのような暗黒面にどっぷり漬かった

幻想種が凡そ数百年程の時代で自由に召喚出来る英霊など居ただろうか?

 

 「こう言う詮索はどうかと思うけど。以前はどんな仕事をしてたのか聞いても良い?」

 

「管理人だ。貴方にも見せたが、あのような存在が外界に出ていくのを防ぐ。

ずっとソレを繰り返してきたのが募り積もって、こんな存在になった。

 英霊などと言う者になってる事は、とても皮肉だと感じるがね」

 

少し勇気を出して、けんもほろろに即座に質問を切り捨てられる覚悟の質問は思いの外

あっさりと回答された。後部座席に座る見張りの翠の瞳も丸くなっている。

 

あの怪物達が流出するのを防ぐ? 思い当たるとすれば、アトラス院や彷徨海など魔術協会。

ランサーのマスターが所属する時計塔の地下深くに幽閉される迷宮等、そう言った今の現代にも

残る神秘の漏洩を防ぐ魔術師達だが……いや、これ以上を根掘り葉掘りと個人的な過去を聞くのは

余りに礼儀に反している。だから少しだけ話題を変えた。

 

 「それじゃあ、貴方の事をバーサーカーって呼ぶの変えても良い? だって、話して見ても

バーサーカーって感じじゃないもの」

 

「……好きにして頂いて構わない」

 

 「そうねぇ、管理者だからマネージャー? ライトゥンガー……うーん、語感が微妙ね

ウォッチャーとか、ゲートキーパーは? でも、少し固い呼称に聞こえるかしら」

 

そう、言葉遊びに集中していた手前か彼女は前方に対する注意を遅れた。暗闇が前に広がる

とは言え、照らされるライトは直線道路に何も無い事を示唆してた為 油断もあった。

 

 「――アイリスフィールッ! 前に!!」

 

鋭い矢のような言葉にハッと前に焦点を定めると。長身の細い体躯がライトに照らされ速度を

緩めない車のフロントガラスにぐんぐん迫ってくる。

 反射的に、短い悲鳴を上げつつブレーキペダルを踏みこむ。然し慣性の勢いのままに

何時の間にか現れた人影は目と鼻の先まで自動車のボンネットに差し掛かるのを見た。

――ぶつかる!

 

ぎゅっと目を瞑る。人を轢いてしまう鉄塊が軽重物に直撃する嫌な音が次の瞬間には響くと

思われたが、アスファルトを強く摩擦するタイヤの音は耳を捉えたが、それだけ。

 

恐々と目をゆっくりと開き、前のめりになってた頭を上げる。誰もいない山沿いの道路と

ガードレールが見えるだけだ。

 

「幻覚……?」

 

 「いや/いえ」 「違うな/違います」

 

 異口同音に、後部座席から声が唱え同時に両側の扉が開くのを耳にして振り返る。

 

「アブノーマリティ/サーヴァント だ/です」

 

アイリスフィールが雑談を投げかけ、僅かに形成しかけていた和んだ空気は既にない。冬空に

曇天が差し掛かり、冷たい風が吹きつけながら長身痩躯のロープのような者を身に纏う男が

急ブレーキで僅かに斜め向く車へと近づいてくる。

 

少し遅れて車から降り立ち、セイバーの側へ寄るアイリスフィール。彼女達三人が何時でも

動ける状態に移った時には相手の様子が肉眼ではっきり認識出来た。

 異様な男だ。紺と赤のコントラストで出来た黒魔術に沿った衣服を身に着け、その顔は

魚類のように大きい眼球が、眼孔から飛び出そうにして三者を映す。

 

 ――お迎えに上がりました 聖処女よ……。

 

敵対するでもなく、逆に感極まるかのような声には敬愛が込められ。そして騎士が主人に

忠誠を示す傅きを披露する。

 

雪色の姫は小さく、貴方の知り合いかとセイバーに囁くが横に振られた首を見て、次に

もしやと思って同行する白衣の彼女に首を向ける。

 問いかけるまでも無かった。眉を片方掲げ、片方の腕をガンドの構えに移行している時点で

有無を言わさず排除しようとするのが見て取れる。これには慌てて口を挟んで射撃姿勢の

直線上に立つ。短い付き合いではあるが、彼女がサーヴァント以外には手心を加える事は

理解が出来ていたからの勇気ある行動だった。

 

 「ま、待ってっ。行き成り攻撃しようなんて」

 

「Mrs. どいてくれないか? 私は様々なアブノーマリティを見続けてきた。

その観察眼から基づきソレは野放しにすれば時間に比例して被害を拡大する類だと思うが」

 

 「アイリスフィールの言う通りにしろ、バーサーカー!

貴公も英霊の端くれであるならば、野獣のように無闇やたらに手を掛けよう等と言う事は……」

 

悉く無視する対応に、最初の心象が最悪である事もさるながら真のマスターと同じか、

それ以上に冷徹な態度のバーサーカーに対しての反抗心もあって正論と同時に

彼女の行動を妨げるのが反射的に出来上がっているアルトリアではあったが

これから先に戦争の終結まで皮肉にも長く、それでいてこちらに辛酸を味合わせる

キャスターの未来を知る事が今の時点で出来れば、また違った結果もあっただろう。

 

 「嗚呼! ジャンヌ! 聖処女よっ。僭越ながら、どうか私の話を聞いて頂きたいっ」

 

今の時点で挙動と錯乱に満ちた言葉に閉口しつつ。そして耳傾けるにつれ理解を

深めてしまう言葉の裏に隠れた人々を混沌貶める邪悪を知る内に彼女の言う通り

有無を言わさず斬るべきだったとも思ってしまうのだった。

口論も続かぬ間に、キャスターの独壇場とも言えるべき語り部が寒々とした空の下で始まる。

 彼の名はジル・ド・レ。かつて百年戦争期のフランス元帥 ジャンヌダルク 聖処女に

仕えた忠騎士。だが、オルレアンの乙女が国に裏切られた事から彼の破滅への道が始まった。

 

言葉の節々に、ジャンヌへの敬想と同時に入り乱れる狂信に対しセイバーは圧倒される。

 この男は、私を見てはいない。ただ、ジャンヌ・ダルクと言う理想、偶像の復活を頭の

中で勝手に作り上げてるに過ぎない。思慕は本物ではあろうものの、向ける対象が現実に

存在しない事で完全に暴走を極めている。

 

(会話が出来ているようでいて全く成立していない。これでは、このキャスターであろう

男が余程バーサーカー足りえている)

 

両手を掲げて胸に飛び込んで来いと言わんばかりの動作に、着込んでいた現世に溶け込む

服から正装の鎧に切り替えて風の盾を纏う聖剣の一打を浴びせようかと考えるものの

ランサーの癒えぬ傷が、ここで交戦する事に迷いを生じさせる。

 今まさに目にしているのは、直接目にしてないアサシンを除けば最後のサーヴァント

であるキャスター、魔術師。そしてジル・ド・レは聖杯から流れ込んでくる知識から

数々の子供らを黒魔術の糧とした残虐な一面を強調させた存在である事を証明してる。

アイリスフィールを守り通し且つ、左腕が満足に動かせぬ状態で勝てるか。彼女の

直感では五分五分と言う勝機は薄い見込み。

 

――だが、そんなセイバーの迷いなど一切関知しない。アイアンメイデン(鉄の処女)

より硬き信念の基に動く存在は淀みなく前進する。

 

「なぁMrs. そちらに頼まれた故に留まっていたが、もう良いだろう?

これ等wowクラスに値するアブノーマリティに温情をかける余地は無いのだから」

 

 「……はて 何者なのですかな、貴方は。我がジャンヌダルクと悠久の果てを経た上で

念願の再会を、もしや邪魔するおつもりで?」

 

「一番近いカテゴリのアブノーマリティだと、O-01-04(憎しみの女王)か。

もっとも、あちらは鎮静剤の投与をすれば多少収容を長引かせる事が可能な事を言えば

あちらの方が可愛げがあるかも知れないがな」

 

セイバーとアイリスフィールは、二人の調子を聞いた上で理解した事実に互いに表情は少し

異なれど頬の筋肉が収縮する。

 

キャスターに至っては、魔道に堕落した没落後の姿故に単純な言葉では説得不可能な

精神汚染が身についているが。バーサーカーに至っては、淡々とした何時もの調子で

目前にいる者に対し意識した上でやってるのか、或いは本当に狂化を極めた故か会話が

成立しない。互いに、大き目の独り言を放ってるようなものだ。

 

聖杯の知識から解る事だが、精神汚染された存在は同等の精神が壊れた者同士としか

意思伝達が成り立たない。バーサーカーが正気でマスターと会話してた事がずっと不思議

だったが、言葉の節々に人を惑わす毒を伴うキャスターに対し涼し気に他のサーヴァント

同様に聞く耳を持たないバーサーカーの姿を視認してセイバーは思う。

 このバーサーカー、対サーヴァントに対し精神を凌駕してる。サーヴァントであると言う

理由だけで、平然と女子供の形とっていても問答無用で抹殺する気概を感じる。

 

管理者Xにとって、全てアブノーマリティは排除対象だ。大型ツールの願望機始め

このサーヴァントと言う存在、人智の外にある存在が蔓延っている事は唾棄すべき実態だ。

 それでも未だ、平和を謳歌する人々の目を盗みアブノーマリティ同士で衝突するだけなら

多少は容認も出来た。だが、この消去法で深町の家族達の惨殺に関与してるであろう存在

に関しては駄目だ。犯行がマスターである人間だとしても、それに黙認してるからこそ今も

現界しているのだから、まともな性質な筈もない。

 ガンドでサーヴァントに有効なのは、移動遅延の弾のみ。管理者が行使出来る権能で唯一の

アブノーマリティへの攻撃手段。他の翼(機関)ならもっと物理的な損傷を可能とする兵器

の使用も出来るのかも知れないが。生前に所属してたのはLobotomy coopだけだ。

 

(一先ず、遅延弾丸で行動を制御し。あとは職員、待機させているハサンの物量で……)

 

              ――キィィン

 

いま現在のLobotomy coopのアブノーマリティ達は休止状態だ。コンビニエンスストアじゃ

あるまいし24時間、延々と人材をただでさえ浪費する場所で昼夜問わず生成などとてもじゃ

ないか出来ない。機械の体でさえ限界はあるのだから、クールダウンの時間は必要不可欠。

 今は魔弾の射手や赤ずきんの傭兵と言った、Lobotomy coopで例外除き普段行使出来る

安全な攻撃手段は使用出来ない。運用出来るのはハントしたハサン達と何時でも頼ってくれと

信頼できるエージェント達のみ。十分だ。

 

キャスターへと移動遅延弾を発射しようと力を込めた瞬間であった。異常が発生する。

 休眠状態のアブノーマリティの一体が活性化する。目を見開き、抑制しようと内側で

操作をする前にソレは外に飛び出す。横に出現した異常物体を視点だけ動かし呟く。

 

「T-09-90(皮膚の予言)?」

 

後方に控えていた二人も、その異様な書物を見て。それが何で出来ているのかを理解して

眉を顰める。バーサーカーの彼女が招来したのは、血と肉の繊維で構成された一本のT地

で作られた本台。そして、その書物も目を凝らせば人の血肉で作られている。

 突然、制御不能となり出て来た本に怪訝そうに呟く彼女と違い。キャスターは彼女の仕草

先程までの発言にも余り関心を示さずも、その本には露骨に表情を驚きに模った。

 

「おぉっ? 貴方 貴方が何故ソレを持ってるのです? 我が宝具を!

…………もしや、貴方はフランソワなのですか??」

 

ギョロギョロと魚眼と言えるキャッチボールサイズの目玉を動かしながらキャスターは

そのロープの内側から一冊の書物を取り出し掲げた。

 

「えっ……!?」

 

 「宝具が、二つ だと?」

 

アイリスフィールとセイバーも、キャスターが取り出した書物を見て冷静さを崩した。

 バーサーカーの書物は開いてる状態なままなので全て同じものか不確かであるものの

キャスターが懐から取り出した書物は、バーサーカーの取り出した宝具と同様の不気味な

気配を放つものだ。キャスターの言葉が確かなら、彼女とキャスターには何かしらの繋がり

がある事になるが、ジル・ド・レと彼女は同じ年代を生きてたのか?

 

彼女達の疑問を他所に、キャスターは僅かに喜色を交えた言葉の羅列を紡ぐ。

 

 「おおっ……! フランソワっ、よもや貴方とも再会出来るとは思いもしませんでした。

然し 然し残念ながら、今は久方の巡り会いを祝し語り合う事は出来ません。

 聖処女も、どうやら心を大きく閉ざしている様子。全ての準備がなされた後に、また

貴方とは、かつてのように魔道の深き理論について語り合いましょうとも」

 

「おい、ま」

 

待て、と告げる前にキャスターは霊体化を行う。舌打ちして、バーサーカーは今その場所

に居たキャスターの空間へと移動遅延弾を試みるが手応えはない。既に去った後だ。

 

取り逃がした。大きすぎる失態 アブノーマリティの突然の出現を無視してでも職員かハサン

を招来して攻撃するべきだったが……。

 

(いや、T-09-90の反応が未知数な以上。他の職員達を呼び出すのも危険だったか)

 

妖気と言える禍々しい気配が、キャスターが去った後も人体の中身が素材であろう細い台に

鎮座された同じ材料の本から放たれている。

 この本は、見る者に対し真理と言えるものを発露させる効果はある。それ以外の副作用と

言えば深淵の昏き場所にしか生息しないだろう怪物の触手が人を喰らい、そのまま何処へと

知らぬ場所へと喰らった肉片を連れて行く事だろう。

 

キャスターが書物を取り出した瞬間、それに共鳴するようにT-09-90こと皮膚の予言から

発される禍々しく、おぞましい空気が増すのを感じた。近距離にいたのは自身とキャスター

少し離れた場所で見守るのが、魔力に大きな対抗力あるセイバーがアイリスフィールを

守護してたから特に変化は起きなかったものの。もし、防御も何も持たないかlevel5に

値しない精神に不安ある職員やハサンなら瞬時に引きずり込まれた可能性は高い。

 

「……あの、あのキャスターと面識はあるの?」

 

 「それはジョークの一種と受け取れば良いのかなMrs. それなら最悪のジョークだ」

 

恐々と言った調子の問いかけに、Xはばっさりと軽口混じりで斬り捨てる。その対応に

守護騎士は怒りの色を何度目か数え切れぬままに浮かべるも、当のマスターからすれば

表情こそ殆ど読めないものの、あの異常なキャスターと繋がりは無いと平然とした調子で

返してくれた事には安心感を覚える事が出来た。薄い表情の中で、理知的な光が漂う

目線がアイリスフィールの紅い瞳を貫く。

 

「あのアブノーマリティ……つまり、キャスターだが。ジル・ド・レと言う名だったな」

 

 「えぇ。あのキャスターが真実を話してたなら、そうだけど……どうかした?」

 

Xは、暫し考え込む姿勢に移った。Lobotomy coop内で聖杯の知識を受信するハサンに

対して英霊の真名を告げる。そして、その説明を聞いた後に外界に居る彼女は顔を上げる。

 

(幼い童子たちの虐殺の経歴……あのキャスターの性質、ハサン達から告げられるアレ等

が魔力を捕獲する方法の一つとしての魂喰いと言う行動)

 

                 (……コトネ 桜が危険だ)

 

 冷たい北風が山々の間を駆け抜け、三人の髪を靡かせる。天使が通り過ぎる幾分の間が

出来上がったあとに、白衣の女性は告げた。

 

「……済まない、そちらへの同盟交渉に関して、一時保留を出来れば願いたい。

直ぐに冬木市内に戻らないといけない用事が出来た」

 

 「キャスターを追うつもりなのね」

 

彼女達も、周囲に流されるままに思考を停止しているような か弱い存在では無い。

目の前の華奢な体格の、一見すれば同年代か、それより幼くも見える顔に決意の色を

読み取って呟く。そして、当たり前の浮かび上がる疑問を投げかける。

 

 「此処から町まで戻るにしても、距離はかなりあるわ。戻る為の伝手や宝具はあるの?

どう見ても、貴方は身の一つで戻れるような感じに見えないけど」

 

「ヒッチハイクなり、徒歩なり幾らでも方法はある」

 

今まで爆走してきた道路と逆方向に、有言実行とばかりに歩き出す彼女に呆れ声が

背中に振ってかかる、そして小さな手が肩に置かれた。

 

 「無茶よ。一度、私達の拠点近くまで行って車を貸し出すわ」

 

「いや、そこまで好意には」

 

 「私達の助けになってくれるのでしょ? なら、これは好意じゃなくて前払い。

あのキャスターは……私から見ても危険に思えたわ。貴方の言う通り野放しにして良い

ものじゃない。けど、決して油断はしないでね」

 

 Xは、じっとアイリスフィールを見つめる。そのクリスタル色にどのような想いを

宿したか、余り受けた彼女には読めずも。僅かに恥ずかしそうに思える様子で会釈し

済まないと短く謝礼の態度を受ければ、その回答で満足出来た。

 

 

 

 

 ――夢を見る。

 

あの紫色の人がいた。わたしと似た髪の毛の色の人、いつも厳しい雰囲気で身を包んでいる人。

 普段のスーツじゃなく、あの人みたいな白衣で身を包んで誰かと話している。

 

『ルート……』

 

 『ルート ルートか……んー んっ!? おい おいっガ■■エ■ さっきもルートって

言った筈だぜ! win! ははっ! 何だお前でもこんなドジをするんだな!』

 

『ジェー■■ route(経路)じゃない、root(根本)だ。私が言ったのは』

 

 『はあ!? おいおいおいっ そりゃズルってもんじゃないかー? お前そりゃ』

 

『最初のルールを思い返してみても、これは不正ではない』

 

 『それじゃあ、ついさっき俺が負けたtall(背が高い)もセーフでいいじゃないか』

 

『馬鹿 形容詞を含める事は出来ないと言っただろう』

 

何かの話題で互いに言い合いをしている。仕切りに人を罵倒する語句を使ってるものの

あの紫の髪の毛の人は、何処となく楽しそうな顔だった。

 

場面が暗転した。

 

『……痒い くそ 痒い 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い……感染? ……はは? 私が?

……違う そんな筈はない。けど、とにかく痒い あぁ……■■メ■ エ■■』

 

 周囲は薄暗い、あの紫の人だけが首の周りや腰の部分に仕切りに手を伸ばしている。

服越しに何度も何度も指で掻き毟り、掻き出そうと爪を肌に食い込ませようとして

衣服が無ければ、その肌には掻き痕が青か黒い痣になってる事が予想される。

 

ああ 私とおんなじだ。

 

「おにいさんも、虫にたかられているの?」

 

『……あぁ、そうだ。体の中で小さな虫が這いずり回っている。どんなに手で掻いても

まったく収まらないし出てこないんだ』

 

声に反応して振り返る橙色の瞳に浮かぶ光は濁っており、弱弱しく彼は呟く。

 

『汚染レベルが数パーセント、ほんの数パーセント許容数値を超えてただけ。

それを甘く見て、■ェ―ム■は死んだ。酷い死に様だった。

■■ヤの死因だってそうさ。会社のずさんな備品管理さえ無ければ、彼女が

あんな風になる事は無かったんだ。あんな……クソッ あんな変わり果てた姿に。

だからこそ、私はこれ以上新たな二人が生まれないように、規律を更に重んじて動いた

もう二度と起きないように 無駄な試みだったが』

 

『あいつ以外で、私と気さくに話してくれる相手はこの会社には存在しなかった。

考えが足りず、何時も規律を軽んじて お調子者で。よく翼の会社に入社出来たと

常々不思議な男だった。何時か、その性格が災いするぞと忠言してたのにな……。

エ■ヤの死もそうだ。何故あんな軽率な行動をとった。それも全て規則を遵守

しないからだ、なのに誰も私の言う事をちゃんと聞いてくれない。

 そして、最も尊敬する彼女も逝ってしまった。私を支えていた大事な柱は全て折れた。

その後、この胸の深い部分に溜め込んでいた卵のようなものが孵化した。ソレはカマキリ

の卵のように、夥しい数の小さな幼虫が全身を動きまわっていた』

 

『君には見えるだろう? 私の体の中を這いまわる虫達が』

 

小さな紫色の、肩ほどまでの長さの髪の毛の少女に。背の高い紫色の頭髪が見下ろして

問いかける。彼女は、見上げて 何も特筆して異常のない白衣の男性の全体像を見て告げる。

 

「うん 這いずり回っている。桜は 見えるよ」

 

『……そうだ。だが、私はそれを曝け出す事は出来なかった。そして彼は変調の私を拘束し

会社に害がないが体の中を隅々まで調べ上げた。止めてくれと何度懇願しても徹底的に。

普通なら、痛みは無い採血やX線での診断も痛みは微々たるものだ。

結果は、異常なしだった。彼は、検査を実施させるような異常行動を極力控えろと忠告し

私を解放した。処置としては、妥当だったのでしょう。けど、私の胸の奥底にある

とても きっと……とても大事だった筈の部分は 限界だったんだ』

 

『大事だった【何か】は、やがて土気色になって泥沼のような色合いの団子状の大きな塊で

その中の様々な穴から蚯蚓のような大きさから丸太ほどのサイズの蛇へ変わっていった。

はははは……蛇、蛇だよ。なんてぴったりなんだろう』

 

彼は少女と同じ色の頭髪を軽く振って、そして哀しむような自身を嘲笑うように呟く。

 

『君の未来はどうだろう? 立場も、境遇も性別も異なる物の君と私はとても似ている。

幻と現実の垣根など殆どあって無いようなものさ。ずっと、ずっと苦しみ続けている……

その伽藍洞の裸の穴は、巣へと変わる可能性はあると思わないか』

 

桜は、それを聞いて暫く押し黙った。

 

私はこの人と同じ存在になるのだろうか? 今の私は何を食べたり、何を見ても

誰と出会っても特に何か変わる事は無いけれど。

 沈黙に対して自分より高い背丈の人は、残酷なまでに優しく告げた。

 

『答えは、まだ出さなくても良い。君もやがて私のように失くした時に答えを得る。

――さぁ、もう起きなさい』

 

その人、イェソドと今は言われている人の言葉で私はもっともっと上のほうに

引っ張り上げられるのを感じた。

 

全ての景色がぼやけ、濁った水のように攪拌された後。瞬きの後に見上げた天井は

明るい和風の造りで今まで目にしたものがない映像だった。

 

 「ん おぉ、起きたかぁ?」

 

ヌゥ と出て来たのは。今まで知り合った人達とは違う。

 お爺様と同じぐらいの年代の人。だけど、御爺様とは違い角刈り頭で厳つさが前面に

出ている。桜には恐怖と言う感情は死んでるが、大半の子供達なら見た瞬間に泣き叫び

そうな強面だ。出て来た本人も自覚してるのか、ほぼ黒目の瞳孔が無いに等しい白目

が大部分を占める両目を少し見開いて呟く。

 

 「おっでれぇた。普通のボンなら儂を見た瞬間に泣くんだが……

いや、んな事言ってる場合じゃなかったな。嬢ちゃん 覚えてっか? 嬢ちゃんは

溺れて意識失ってたんだぜ。医者からは安静にすりゃあ問題ねぇって言われたがな」

 

何か起きたか覚えてるか? と告げられ、桜は夢で出会った彼との前を思い出した。

白い髪 髑髏 日傘 魔女。赤い髪の疵の人 掃除屋  

 ――それじゃあね、桜ちゃん フランチェスカが貴方たちに宜しくって言ってたと伝えて

 

そうだ。彼女は最後にそう言い終わると共に海へと投げ飛ばしたんだ。

 

「公園の場所で 溺れた……」

 

 「おぅ。嬢ちゃんの世話してる外人さんよ。ゲバプだが、ゲなんとかって人が直ぐに

人工呼吸やら応急処置はやったが、この時期の水に浸かんのは危ねぇからよ。出先から戻る

道中で、嬢ちゃん背負って水浸しで走ってるのを見かけたんで訳聞いて儂ん所へ上げたんさ」

 

桜は見渡して見る。掛け軸の下には日本刀らしきものが鎮座しており 虎の彫刻の置物やら

今まで彼女が目にした事のないものも幾つがある。間桐邸にも多少似通った部屋はあるもの

全く違う部屋だ。少しだけ 空気も暖かさが満ちてるように思える。

 目線を下に落とす、冬着は脱がされて女の子用の寝間着に変えられている。それを、少し

だけ唇を歪め、辛うじて笑顔と言える表情で初対面の老人は感想述べる。

 

 「ははっ 孫の古着さ慌てて引っ張り出したが中々似合ってるぜ。嬢ちゃん、もっと飯

食って背ぇ伸びればえれぇ別嬪さんになるな。まぁ、うちの大河にゃ負けるかも知れねぇが」

 

まぁ育つ花の美しさはそれぞれってな! と豪快に笑うのを、何がそんなに楽しいかは桜には

わからない。キョトンとした顔は、次に大きく開く襖の音で向きを変えた。

 大小の疵が張り付いた顔には、心配の色が一瞬濃く映し出されるも。本人の性分からか

それも直ぐ打ち消し仏頂面になり、気が付いたかと短く桜を見て唱える。

 

「おぅ、外人さんよぉ。見た所は問題ねぇが、無理に起こさず横にしたほうがいいぜぇ

おりゃあ台所へ行って、粥でも出すよう頼んでくるからよぉ」

 

気を利かせての事だろう。この藤村邸の大親分 冬木市に昔から根付き他の暴力団やら町の風土

を荒そうとする獣達を守って来た極道である藤村雷画。

 永く色んな人間を見て来たからこそ解る事がある。この菫のような色合いの髪の童女の光ない

目は多くの過酷な事を背負い続けて来た者の目だ。最初ソレを見て表面には出さずも、壮絶な虐待

やら外道を受けており、その手引きをしてるのか先程の外人かと疑った程だ。

 

(だが、勘ではあるが。あの赤い髪の女は黒じゃねぇなぁ……一応軽く事情を聞いたが、本来

住んでる家でいざこざあって、そんで嬢ちゃんの両親の知人の縁の者で世話してるって聞いたが

ソレ等が関わってそうだなぁ)

 

実の息子が、こんな修羅場の世界に身を置いてる自分と違う場所で出会った女とこさえた

目に入れても痛くない子をずっと愛してきたのだ、例え縁もゆかりも殆どないとは言え子供は

可愛い。普段は外を出歩いて見ず知らずの子供に突然出くわせば泣かれるが、それでもだ。

 

出来る事なら自分が手を出すが。それとなく口にしても、あの幾分血の匂いが染み付いている

どれ程の鉄火場を体験すれば、あの若い身空であのような瞳になるかと言う女は表情こそ

自分には負けるが外面良くないものの、情は篭った声で気持ちは有難いが身内でこれ等は

処理しなくてはいけないと告げられれば、それ以上こちらからは口挟むものでないと感じた。

 

(妙なもんを拾い上げたなぁ、我ながらよぉ。へッ まぁ長く生きてりゃあ、こう言う事も

あるってもんよ。なぁに、助けを請われれば何時でも この正義の味方藤村雷画が出るってなぁ)

 

柄にもねぇ事呟いてるぜ、と一人何が楽しいのか笑う雷画爺が離れていくのを感じつつ

ゲブラーと桜は互いに数秒見つめ合ってから、しびれを切らしゲブラーは彼女の前に近寄り

跪いて目線を合わせた。その顔には何時もの怒りが伴っているが、それ以外の感情も含んでる。

 

「……悪かった、な。目を少しでも離すべきじゃ無かったんだが

あの時は奴を倒すのに入れ込んでた」

 

気にしていないと小首を横に振る。僅かにあけ眉間の皺が一瞬和らいだ気がしたのも束の間

何かに気付いたかのように更に皺が濃くなった。

 

「だが、な。あぁ言う奴が側に現れたら、直ぐ声を出せ。何も言わないでいたら

助けようにも、助ける事だって出来ないからな いいな?」

 

私は管理人へと今までの経緯を伝えに行く。と、立ち去る彼女を見つめつつ桜は小窓へ首を向ける。

真っ暗闇の中に、星が散りばめられている。

 

 君もやがて答えを得る。

 

本当だろうか? 私のこの空っぽの中が、満たされる時があるのだろうか。

 独りぼっちの寝室の中で、桜は夢の中で誰かが呼び掛けていた声を呟いた。

 

    

         「……ジェームズ エリヤ ――カルメン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




zero大河だが、親友の蛍塚のほうなどに泊って桜とはニアミスになった状態。
それか、本人たちにとって幸か不幸かは神のみぞ知る。

尚 この作品では、藤村大河の両親は既に故人の設定である
(fateを熟読したが、大河の両親に関して特に記載されてなかったので…)


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