fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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風船が飛んでいく 青空へ吸い込まれていく赤だ

もっと多く虹色になるように数多くも飛んでいくぞ

愉快だろう? 上を見上げれば不穏と無縁な映像が
少しばかり頭を下げるだけで お前が大切にしていた
星たちが艶やかな色を混ぜ合わさった終末のような
淀みと共に横たわっているではないか

取引といこう 針をもつがいい

一つ割れば 星の輝きを取り戻すことができる
代わりに、割ったものは二度と還らない

さあ 何を犠牲にする? 

さあ 何を得る?




カーニバル 前編

間桐鶴野は無作法に壁に連結された何かを流している丸太程度のパイプへ

腰掛けつつ脱力した姿勢で無機質な天井を見上げる。

 

ホテルから帰った後は、また口煩わしく構って来る上司に尻を叩かれつつ

怪物達への作業だ。でかい蜘蛛への給仕、破損が著しいぬいぐるみの部屋掃除。

蠅の目玉を少し大きくしたら、こんな気持ち悪い目なんだろうなと言う

夥しい複眼の蟲か獣をミックスした化け物をいやいやブラッシング。

 

蒼褪めた肌の全裸のケツ突き出して壁に手をついて背を向けてる、何時ぞやの

弟と似た皮膚をした背の高い人間。恐らく女だろう奴に今日の天気やら何やら

他愛ない雑談をする作業もあるが、どう贔屓目に見ても人の姿をしたって

化け物は化け物だから嬉しくも何ともない。話しかけても調子の悪い

テレビ見たいな不明瞭な音しか返ってこないし、喋り続けるだけで気が滅入る。

 

「それでも、お前のしてる作業は楽なほうだぜ。安全性の確立がほぼ出来てる」

 

チャンはそう言って羨むようなポーズをとるものの、俺は元々部外者で

魔術などの異端に関わる事自体が生まれながらの不幸なのだ。どれ程に

命の危険が少なかろうが人外の存在と好きで付き合いたくない。

 だからと言って悲鳴を上げ、泣き喚いても何も変わらないのは初日で大体

理解したし、嬉しくもないが慣れは出来始めた。今日も今日で幾らか何時もの

仕事を半分ほど熟した後の小休止。エージェント連中から、お前の女房に

ドヤされる前に早く業務へ戻れよと軽口叩かれつつ、忙しなく動く他の

連中が時折こちらを見てくる人の流れを感情を死なせながら眺める。

 

今日はあいつ等……黒い影、アサシン達はいない。インディゴ色の髪の毛をして

共闘した奴も、マネキン指揮者の化け物を制圧する時にいた奴等も含めて。

大体全員似た背格好で同一の服装だから、誰が誰だが判別なんて出来ないがなと

一人勝手に自嘲しつつ持ち込んだ缶ジュースの蓋を開ける。

 炭酸が口の中に広がり、喉を弾ける液体が嚥下していくのを噛み締めて

目を背けたい現実を一時逃避しようとするが、真正面からの声が阻害した。

 

「ねぇ、貴方って外から来たって本当?」

 

目を開く。複数の男女が立っていた。知り合いのエージェントで無いのは声掛け

でわかったし、服装も異なっている。確かオフィサーと言う輩だ。

 別に、この建物の中に居る奴は極一部を除いて悪感情を今は持ち合わせてないが

囲まれれば自然と委縮してしまう性(さが)だから、自然と肯定の返答も小声。

 彼等は消極的な返答を気にする様子もなく切羽詰まった様子で鶴野に頼み込む。

 

「それが本当なら……っ、管理人に頼んでよ。私達を外に出してくれって」

 

何であんた一人が優遇されてるのよ。と、言外に夥しい妬みや怒りを感じ取り

困惑しながらも返事に窮してると、哀願は続く。

 

「聞いたわよ、エージェント達もあんたと同行して外出する許可を得たって。

私達……私達もう数え切れない日数此処に閉じ込められてるのよ」

 

「私達の要望は管理人に届かない。ねぇ、そっちから私達を出してくれる

ように言ってよ。ねぇ」

 

こいつ等は、閉じ込められてるのか? 自分達の意志と無関係に?

 

鶴野は愕然とした面持ちで、この異常な会社で働いている下級職員達を見渡す。

……いや、最初の異常さもサーヴァントの宝具なのだろうし何でもありだと

常識から外れたものを、魔術だからと言う理由で納得してた。だが

魔術だから、の一言だけでは処理出来ないものも多いのは確かだ。

 人智を超越した存在達、あの強大な存在を幾つも収納してエネルギーとか

言ったものを抽出する事や、妙に人間臭い職員達も普通の魔術師が扱う使い魔

なのかと問われれば、素直に納得するのに若干無理がある。

 

この会社は、本当にあのバーサーカーとして召喚された奴の宝具なのだろうか?

俺が接してる者達は、本当に魔術で出来合わさった使い魔の一種なのだろうか?

 

どうか私達を助けてくれと、間合いを詰められ身動き出来ないのは一人の

介入によって救われる事になった。

 

「何をやってるんですか、オフィサーの皆さん? ……管理人にも、ツルノの

迷惑にもなりますので、業務に戻って下さい」

 

顔馴染みになってきた上司は、穏やかな声質ながら反論できない静かな圧力と

共にオフィサーへ告げる。エージェント達に、彼 彼女等は抵抗出来ないようで

顔は苦虫を噛み潰したように変わりつつも、何も言わず立ち退いた。

 

困ったものですねと見送りながらぼやくユメカへと質問する。

 

「なぁ あいつ等はこの会社に閉じ込められてるって言ったが、本当なのか?」

 

返事をしないかも知れないと言う懸念を持ちつつ、勇気を振り絞っての質問は

あっさりと、そうですよ? と言う、何を当たり前の事をと言う顔で返される。

 

「なに固まってるんです、ツルノ。私達、エージェントもオフィサーも既に

死んでる身なんですよ。そして、この会社で働く身なんですし気軽に無許可で

外に自由に出入り出来たら、アブノーマリティの管理は誰がするんですか」

 

「いや、そう言う意味合いじゃねぇよ……お前等ってさ、なんつーか、つまり

いやいや、あの管理人って奴の下で働かされてんのかなって」

 

その言葉には短く彼女は笑い声を上げた。睨みつけても、笑顔を崩さずに

軽く肩を叩かれつつ返事がされる。

 

「私は特に不満はないですよ。全部説明された上で納得して此処にいます。

……ただ、オフィサーや他のエージェントの中には蟠りを抱えてる人も

少なくないでしょうね。これは、結構デリケートな話題ですから余りツルノは

私以外の人に、この事について質問しないほうがいいですよ」

 

地雷を踏みたくなければね、との言葉に短く納得の意を示したものの正直

解らない事が氷解した訳ではない。漠然とした霧のような不安は晴れない。

 

(俺は結局のところ部外者だから、不都合な事はだんまりってか?

別に藪蛇つついても碌な事にならねぇのは解るから良いけどよ……

あの女も、妖怪爺いの今どう動いてるかも掴んでねぇ見たいだし。

現状は今の所問題ないって言ってたが本当に大丈夫なのかよ)

 

こんな馬鹿げた技術力があるのだ。蟲爺いの一人見つけるぐらい数日で終わると

楽観視していたが、戦争を片手間に行えば流石に厳しいのか。

 数百年人の肉を被り生きて来た存在だ。あの女に手酷い制裁を喰らった手前

このまま大人しくしてるとは思えないのに関わらず、あの管理者の警戒網に

一度も引っかからないのは一体どう言う訳なのだろう? 実は全て知ってるが

最初の宣言も嘘っぱちで、聖杯目当てに聞こえの良い事だけ並べてるだけではと

考えれば考える程に暗い方向に向いて行く。

 

少ない知恵を捻っても優良な答えは出てこない。今まで蛆虫見たいに、目立たず

堕落に身を落としてたツケが来てると自己嫌悪が沸き上がる。無い頭で考えても

何も出てこないのは当たり前。0は0で、もっと踏み越えればマイナスだ。

 

「ちっ、酒で縮んた頭で幾ら考えても無駄だな」

 

自傷の言葉を呟きつつエレベーターと呼ばれる、定位置に立つと直ぐに別の区画

へ移動するSFチックな装置のある場所へ向かう。今日は余り赴く事のない中層と

呼ばれる場所で仕事をするのが午後の予定だ。気乗りなんぞ何時までもしないが

前以て、この化け物園に引きずり込んだ疫病神から受けた説明を思い出して

溜息を長く吐く。ぽつりと呟きつつ歩き出す、今日のアブノーマリティは

見た目は人と同じ感じで随分と傍目は可愛らしく愛嬌のある姿だが随分危険性も

高いと聞いてるので憂鬱が増す。段々危険の高い作業に割り当てられてる気が

するが、これは抗議して問題ないのだろうか? 

 

その時、再度呼び慣れた感じでツルノ と後ろから声を掛けられた。振り返ると

ついさっき別れたばかりの奴が笑顔で駆け寄って来る。

 

「何だよ、なんか伝え忘れたのか?」

 

 「えへへ、まぁ ちょっと」

 

何が機嫌良いのか、ニコニコと吐息が掛かる距離まで近寄る。思いがけぬ接近に

反射的に後ずさった、そして違和感も覚える。

 ……こいつ、プライベートはともかく。社内でこんなに無防備にしてた事あるか?

 

『外では多少息抜きは良いですけど、社内では節度を保って下さいね。私も

此処では常に緊張感を忘れませんから』

 

脳裏に過る注意の中の彼女と、今の彼女の僅かな違和感が更に後ろに足を進ませる。

 

 「――なんで逃げるんです ツルノ?」

 

「い いや。別に逃げてる訳じゃねぇよ ただ……用件があるんなら直ぐ言えよ」

 

俺も直ぐ作業があるから、と付け加えると少し動きが固まると共に含み笑いが見えた。

 

 「用件 ああ 用件 ですね 用事 そう用事があったんですよ」

 

語彙に説明し難い不気味さが見え隠れしている。また一歩後ずさる。

 

 「用事 用事用事用事用事用事用事用事 そう 用事は……キャハ」

 

あいつが笑う。いや ()()()

 

   キャハハハハホホホホッッ!!!!

 

なるべく人通りのある場所を練り歩くようにして進んでいく。その間にも傍受

しているアサシン達の焦り声に退却ルートを教えるのを欠かさない。

 最初はアインツベルンの彼女から借用してる車で向かおうと思ったが、不幸は

連続して続くもので、道路の多くに渋滞が発生している。

 何事かと噂をしている人々の声に耳を傾ければ、大型の獣が突然道路に出没し

それを避けようと衝突事故が幾つかで発生してるとの事だった。

こうなると車道を利用するより徒歩の方が公園に向かうより早い。駅まで人気の

少なく危険が多いルートより安全面を重視した表通りを走る。

 走るが、それでも遅延している。何やら近くでイベントでも開催しているのか

何か所かに人混みが多く集まっている。人の山を掻い潜りつつ公園を目指す。

 

キャスター陣営の仕業かと考えたが、それにしては規模が小さく恐慌状態と言える

程の騒ぎではない。人為的な要素が含まれてるモノの、それが戦争参加者を妨害

する意図を含めるアクションには結びつかず、真相に悩み二人で慣れない運動を

駆使して聖徳太子以上の通信の対応をするサーヴァントに雁夜は軽く息切らし尋ねる。

 

「被害は?」

 

 「未だ幸いにもハサンに脱落者は出てないよ。一部はライダー陣営を捕捉したので

その周辺に誘導する事にする。上手くいけば敵対ハサンも気づく」

 

「わかった。貴重な戦力だしな、出来るかぎり時臣の手の奴に舐められる真似……」

 

尻切れ蜻蛉になった呟きと駆け足が一つ減ったのを認識して立ち止まり振り返る。

 

雁夜は立ち止まり明後日のあらぬ方向に顔を向けている。唇が動き、小声だが

葵さん と呟いてるが辛うじて聞こえた。彼の思慕の相手がこの冬木の駅近くの

通りを偶然徘徊していた? 居ても確かにそれ程可笑しくはないが、情報では

遠坂時臣の妻子は隣町に避難してた筈だ。娘は此処近隣の学園に通園してるから

その関係かも知れないが。

 

 「雁夜?」

 

意識を惹き戻させようと足を前に出す。すると、耳に人混みの雑音以外に鋭い

スナップの音が届いた。反射的にそちらへ顔を向ける。

 

――コトネが居た。何時もの少し儚さそうな微笑みと、陽に少し反射された薄い

茶色の髪の毛を揺らし控えめに手を振る、公園で見慣れた彼女が。

 

いや、居る筈がない。彼女は今は登校時間の筈だ。そう冷静な判断と根付き

咲き始めていた不確定な脈動が喜びや驚きと言ったものを混ぜ合わせ鼓動する。

 

声を掛ける前に目の前の光景に赤い華が咲き乱れた。

 彼女の腹部から鋭く巨大な黒い塊と言える突起状の物体が生える。微笑は

消えて、桜のような空虚な表情となった彼女の唇から一筋の紅が滴る。

 

硬直したXの目は、コトネの背後へと移して更に透き通った瞳に驚愕の色が映った。

 ……至る場所、全てに空色の長い髪の ――自身の存在を語る上で切り取れない

彼女(アンジェラ)が自分を囲んでいるのを視認した。

 

            暴走アラート 発生

 

 

 

 

 背後に持っていた鋭いサバイバルナイフと思える凶器を掲げて跳んだ彼女を鶴野

は棒立ちで迎え入れようとしていた。

 あと数センチ、力を込めれば自身の心臓を突き立てると言う瞬間の所で鼓膜を

突き破りそうな轟音と共に、壊れた破顔を貼り付けた彼女の額にパチンコ玉サイズの

穴と共に血の小さな霧を噴出させ遠くに吹っ飛ぶのを目にするまで意識は死んでいた。

ようやく我に返り自分に襲い掛かって来た上司を見て、そして助けた人物が誰かを

反射的に頭をそらちに向け認識した人物を知ると、更に混乱に拍車が掛かる。

 ……ユメカに襲われたと思いきや、そのユメカが厳しい顔つきで銃を構えて自分の

後ろに立っていると言う奇妙な構図が何時の間にか出来上がっている。

 

「へ? ……な」

 

 「ツルノ! ボサッとしてないで早くこっちに来なさい!!」

 

死にたいんですか! と怒鳴りつけられ慌てて本物の元へ走る。不謹慎ながら

何時もの彼女だと安堵を覚え、そして反転して唖然と自然に口は開いた。

 

「っんだ、ありゃ。ピエロか?」

 

目に映ったのは、そう ピエロだ。オレンジに紫、ライトブルーといった派手な

色合いの髪を生やして、真っ赤な丸い鼻を付けたサーカスに一人は見かけそうな

ピエロが壊れたラジオのように笑い声を上げて化粧してない血走っている目で

こちらを見つめてくる。胸に未だ塞ぐ事のない弾痕が残ってるのを認識して

こんな変梃りんな化け物の変装に一瞬引っかかりそうになった嫌悪感と

殺されかけた恐怖が遅れて足元から込み上げて来た。

 

哄笑を廊下一杯に響き渡らせ、ステップを踏みつつ何処からか取り出した

羽毛が毟られた鶏の死骸の首を掴み、それを持っていたナイフで切り取り

小さな血の噴水を作り出して更に笑い声を膨らませる。

 異様な状況の発生に頭の整理が追いつけない。縋りつくような目線を古参の

人物に向けるが、その助け人の顔も依然優れず一筋の汗を流してる。

 

 「深紅の黎明? いや違う。こんなアブノーマリティ、私は知らない」

 

「はぁ? 会社内にうじゃうじゃ仕舞われてる奴等じゃなきゃ

一体全体銃で撃たれても平然と嗤ってるソレは何だって言うんだよっ」

 

鶴野の渾身の思いが詰まった口の挟みを無視して、彼女は続けざまに

罰鳥フォルムの銃の引き金に指を掛け続けながら後退を続ける。

 それでも目前で胴体に幾つもの銃痕のボタンを作り続けるピエロもどきの

化け物が堪えた様子はない。先程よりも少し小さい嫌な笑い声を歯の隙間から

垂れ流しながらギラギラとした眼光を向けてナイフを掲げ前進する。

 逃げろと大声で告げて彼女は銃を連射する。立ち尽くす足は動かない。

 

嗚呼、このままだとこいつ(ユメカ)死ぬなと頭の何処かが他人事のように呟く。

 ほら、逃げろよ。何時も見たいに都合の悪い時は我が身が大事だからと言う理由で

逃げてたじゃないか。今回は最初の時に遭遇した赤い靴の女と遭遇したのと違って

都合よく目の前で外に管理人って奴は出してくれないんだ。

 目の前の女だって逃げろって言ってくれてるんだ。 ――黙れ

 今回も同じだ。さっさと安全な場所まで駆けるんだ。 ――黙れっ

 

お前見たいな甲斐性無しの屑を愛した女を見殺しにした時見たいに、割り切れよ。

 

「――五月蠅いんだよ! 好き勝手に言ってんじゃねぇよクソが!」

 

形振り構わず、構えてる腕を掴んで一直線にピエロと反対方向に走る。

 何か言ってる、手を引っ張り続けても耳元に聞こえた内容は生存本能に突き進む

鶴野の頭には入ってこない。ただ、死の因果とは真逆の方角へひたすら走り続ける。

 

結果的に、その行動は正しかった。会社内のエージェントの誰もが初めて目にする

アブノーマリティ。その現物を視認した管理人すら正しい指示を決めかねていた。

 

上層から下層にかけて搭載されている、アブノーマリティ収納区画からエージェント

オフィサーの休憩スペースとなる場所に搭載されている防犯カメラの幾つにも二人が

命懸けの逃避行を演出するにあたった元凶がニヤニヤと陣取っている。

 彼女は、情報だけではあるものの把握する正体の名前を呟く。

 

「O-01-17-H Clown Smiling at me(僕を笑うピエロ)だと……?

馬鹿な。コレは会社内に収容されていた記録は無い」

 

様々な緊急コールに対し、一先ず各種の抵抗値の高いエージェントを先頭として

チームを割り振りつつ、このLobotomy coopの履歴を探る。

 

「かつて■や■■■■が在籍、会社設立時から遡っても遺跡や裏路地に出没していたと言う

便利屋達の未確認超常存在の記録を除いても、やはりコレが此処に現れた例は無い。

となれば、やはり外界の人物が原因か」

 

深紅の黎明、そう呼ばれるcoopで度々起きる深淵下のアブノーマリティの新たな

暴走の可能性はあるものの、起因となっているのはまず間違いなく外で今起きている

幻覚による精神攻撃による影響だ。外部から晒される汚染を除去しない限り

半永続的に起きた疑似深紅の黎明は断絶しないだろう。

 

「マルクト、コントロールチームの指揮権利を一時的に預ける」

 

無線から、宜しいのですか? とノイズ混じりに確認が唱えられる。

 

「構わない。前にも告げた通りだが、私は正確には■では無いんだ。

君達には誠意を以て対応するし、信頼も勿論所有している」

 

伝達事項だけ簡潔に述べてメインルームを空ける。

 これ程の恐慌状態となれば、施設のアブノーマリティも過半数近く集まっていると

この前の暴走の比では無い。何人かの犠牲も覚悟せねばならない。

 

出ていく間際、一つの画面を一瞥する。拡大すれば焦燥一杯に我武者羅に一人の

女性を引っ張り、通路の穴から這い出てくる深紅の黎明から逃げる男女が見える。

 

「すまないMr.鶴野 ユメカ。もう暫く持ち堪えてくれ」

 

管理人の祈りが通じてるのかどうかは定かで無いものの、間桐の家に元々備わってる

スキルと聞こえの良い単語にするか、呪いと呼称すべきか彼等の家系は平均的に

運は良くないものの悪運を伴っている。悪事を成しても幾らか栄えている間桐の始祖や

現在進行形で受難を受け続ける子孫達含めて、しぶといと言って良い。

 彼は必死にセーフティルームを探して走る。目に掛かった汗を袖で乱暴に拭いながら

強い熱を感ずる手の平に繋がる相手へ乱暴に聞く。

 

 「何処だっ!? どの通路を行けばウジャウジャ穴から蟲見たいに出てくる

基地外ピエロ共から逃れられるんだっ」

 

「こんな時に笑えないジョークですか!? 会社内で暴走が発生した時、それを鎮圧

しない限り安全なんて有り得ないと入社直後に散々説明したでしょう!」

 

 「それじゃあどう鎮圧するんだ! もう弾も無くなるぞ、あぁクソぉおおお!!」

 

目に付いたジェスターハットへ出鱈目に拳銃を引く、独特の硬直の後に体全体が

不気味に赤褐色の発光するのを目にすると、吊りそうな足をフル稼働して距離を

開くと同時に背後から爆発音と背中に強い風を受ける。

 

さっきからずっとこの調子だ。撃って倒れるかと思ったら自爆する厄介な化け物が

そこら中から湧いては近づいてくる。一番最初に遭遇したのとは種類が少し違う

ようだが、どちらにしろこちらの生命を摘み取ろうとしてるのは間違いない。

 

この惨劇の元凶、こんな舞台に引きずり込んだ張本人は未だ対処をしないのかと

呪いつつ瞬間転移するエレベータに目を付けて有無言わさず飛び込んだ。

どの階層に行きつくかは知らないが、少なくとも此処より最悪な場所で無い筈。

 

眩い光は何度受けても慣れずに閉じる瞼。慣性の法則に従って走り込んだままに

予測では別の通路が先にある床へ足を踏み込むと、ズルっと靴底が何かにとられて

強かに転倒する。引っ張った拍子で、道連れの女の体重が背中に一気に掛かり

肺の空気が一気に僅かとなる咳き込みをしつつ、呻きつつ目を開けた時に鼻腔へ

鉄臭い匂いが一気に感じた。

 

「……ぇ ぁ   ……あ」

 

血だ。 廊下全体を大量の血の水たまりが出来上がり、至る所についさっき

出来上がったばあかりだろう死体がある。多くは白衣の研究員達で、見憶えがあり

そうな人物や、余り把握してない者も含め様々。

 真っ白になりつつある思考の中、無意識に見た横の死体と目があった。

……こいつは、確かつい少し前に自分を此処から開放するのを融通してくれと頼んでた。

もう一度、次は逆の方角へ。其処には、ついさっき休憩とばかりに離れた時に

サボるなよと軽い調子で注意していた、あのマネキン指揮者以降で多少仲良くなった

同僚の顔である事を知った……もう、その顔に生気は無い。

 

「ぅ あ……ぁ」

 

死んだ。

俺の身近にいた奴が、少し知り合っただけだが それでもこんなどうしようもない

自分を気に掛けてくれた奴が、また再び。

 

 「ツルノっ。しっかりしなさい、立ち止まっていても仕方がないんですっ

悲しんだり落ち込んでる暇は私達には無いんだから」

 

血まみれの中で、ギャハハハと金属音混じりに笑う声が沸き起こる。

 強く揺さぶられる肩に、無意識の内に立ち上がる者の眼前の光景は絶望が蔓延してる。

 

様々な刃物や鈍器を持ったピエロの集団が犇いている。その背後には異常なほど

長い首が三つ、これもピエロの頭部を生やした化け物が同じく俺を見下して嗤う、哂う。

 この通路に居た全員を手に掛けたと思われる元凶達は、惨めな顔になってる俺が

愉快とばかりに、馴染み深く忘れる事など不可能に親しい心を抉る笑い声を発してる。

……嗚呼 爺いが居た頃と変わらない。俺なんぞに関わったばかりに、蟻地獄で溺れる

俺に手を差し伸べようとしたばかりに巻き込まれちまって。

 

直ぐ傍で鳴る発砲音が酷く遠くに感じる。とても、疲れていた。もうこのままこいつ等に

やられるのも、それでこんな地獄をもう見るのも感じなくもなるのなら構わないかと

楽になれるなら構わないかと、諦めが全てを襲い掛かる。

 

             ――っはははははははははははは!!!

 

笑い声だ。……? いや、ピエロ達の笑い声じゃない。もっと力強く 馴染みのある。

誰の肉声であったのか思い返そうとする必要なく、焦燥の中に安堵を入り混じった色を

含ませてユメカはその人物の名を唱えた。

 

「Mr.ブラック」

 

 「はははははは! やぁ友よ 今日も笑ってるかい? んっ 笑えないか……

でも、とりあえず笑ってみてくれ。友よ それは本当になる」

 

脱力していた頭を上げて、同僚の中でも一際独特な性格と思想を持ち合わせた同僚を見て

開きかけた口が閉口した。普段の服装と異なり、不気味な表情のフェイスマスク

衣服やハンマーらしい武器も全部が死相を浮かべた人々らしいマスクが描いている。

 それでも露出してる口元には何時も通りの、日常で何時も浮かべる陽気さを損なわない

笑みをこちらに向けている。ほんの一瞬、自分が絶体絶命な事を忘れていた。

 

どう控えめに見ても喜怒哀楽の喜びや楽しみと真逆の装飾に身を包みながらブラックは

普段通りの笑い声を廊下に響かせつつ、ハンマーと言うよりは人の頭部らしき

棍棒という言い方が正しい武器を振り回し、迫って来るピエロを薙ぎ払いつつ叫ぶ。

 

 「我が友、ツルノよ! 倒れ伏してる死体の山々は親しき者だったかな?

はははははははははは!! 嗚呼! 悲しいなっ 辛いだろうな!

自分を責めたくなるだろうとも! だが、それでも だ!! スマイル! スマイル!!

ツルノ!! 口の端を最後まで引き上げて! 私のように、こんな感じに!

笑い飛ばすんだ! 笑い飛ばしてしまえ!!」

 

 

ちょっとやそっとの銃撃でもビクともしない廊下が一瞬振動する勢いで、不気味な表情の

マスクが張り付く棍棒を勢いよく振り落とす衝撃波によって迫るピエロ達の多数が壁に

叩きつけられたり、胴体を潰され動かなくなる。けど、多勢に無勢だ……無理だ、あいつ

一人で勝てる程にこの狂気の軍団の質量は小さくない。

 ブラックの奮戦の隙間を掻い潜り、暗い思考に嵌っている鶴野へと小さなピエロ達が

刃物を携えて迫る。動けない彼を守ろうとユメカは射撃し続けるが、自爆寸前のトマト

めいた色に全身染まる爆弾道化が彼と彼女の間合いに踏み込む。

 

再びの絶体絶命。それを救ったのは彼等の危機に気付き介入するブラックや覚醒した

鶴野でも無い……第三の介入による流星を帯びた弾丸。

 

「……は?」

 

新しく職員が助けに来てくれたのか。機械的に振り返った彼は予想だにしない恰好の

存在を認めて呆けた表情を浮かべた。

 

            「――助けに来たわよ! 怪我は無い!?」

 

鶴野は自分の壊れかけている頭がついに容量を超えてぶっ壊れたのかと考える。

だってそうだろう? 行き成り出て来た水色の頭髪で黒とピンクのハートの髪飾りをした

『魔法少女』見たいな恰好した少女だろう人物が登場して、自分が正気だと言えるか?

 

少女は持ってるスティックらしきものを構え、一回転すると共に舌を突き出して

アニメの登場シーンのような決めポーズと共に声を上げた。

           

          「愛と正義の名のもとに、魔法少女がやってくる!」

 

 

 

 

 

「Miss桜……こ 此処 此処に入っていて下さいね。絶対に良いと言うまで

開けちゃ駄目ですから ね」

 

パニックは本来アブノーマリティが収容違反時に侵入してこないセーフティルーム

にも及んでいた。それは、この会社に深く関わらない三人の内。一番安全圏に

保護されている桜も同様だった。

 

たまたま彼女に管理者から時間があれば適度な世話か見守りをするようにと指示された

オフィサー達は深紅の黎明だろう怪物達の出没に狼狽しつつも近くの部屋に退避した。

 数人のオフィサーが笑い声を上げてナイフを振りかざす怪物に応戦するものの

彼等は怪物達を鎮圧する為の抽出武器など所持しないし、サーヴァントのような特殊な

力などは持ち合わせておらず普通の人間同様だ。管理人に必死に通信しつつ人柱と

なった者達の断末魔を背に密室の個室に逃げ込むしか手段は残されなかった。

ダクトや抜け穴になるだろう場所に精一杯できる密封を行う。管理人に指示を仰ごうと

するものの通信にノイズが生まれ思うように上手くいかない。

 数人のオフィサーの武器は心許ない。あるのは万が一の為の拳銃だが、本来これは

アブノーマリティを倒す名目で使用する事が殆どない事を把握している。残るは部屋に

あった鉄パイプや、所持している鋭いペンぐらいだ。

 唯一の出入り口から巨漢の誰かが体当たりするような震えが走る。一人のオフィサーは

桜を設置しているロッカーの中へ押し込んだ。

 彼女は必死な願いに僅かに順応示す頷きを返すのを見て、引き攣るように微笑しつつ

オフィサーはドアを閉めた。数十秒して、バリゲートを破る音と共に哄笑と避難させた

人らしい悲鳴に数発の銃撃と殴打音、その後肉を切り裂いてるような物音がした。

 

それから暫く暗闇の中で遠ざかる複数の足音がした後は静寂が続いた。体を抱え込ませ

言われた通りジッと動かないでいると一つの歩行音と共に目の前の扉が開き光が射しこむ。

 

オフィサーでは無い。けど、血に染まった狂気の笑顔に染まった怪物でも無い。

 汗を流し、息を切らした顔で見下ろすホドを彼女は直視した。

 

「Miss……っ Miss桜、怪我は無いですね? 良かった……!」

 

 「さっきの人は?」

 

「…………安全な、遠い場所にいます」

 

さっきまで惨殺死体があったであろう血まみれの床を一瞥しつつ、ホドの答えに淡々と

そうなの、と彼女は呟く。恐怖も悲哀の色もない態度にホドは怒りも落胆も見せないまま

彼女の手を握り、開け放たれたドアから僅かに顔を出して周囲を伺ってから飛び出した。

 

廊下の壁や天井に数人分の血のペイントがなされた廊下を駆けていく。遠方で爆音や

銃撃が轟いているのを耳にしながら、彼女は桜へ事態の進行具合を説明する。

 

「いま現在マルクトがコントロールチームを率いて上層から深紅の黎明の対処を行ってます。

イェソド、ティファレト、ネツァク、ケセドも中層 下層に発生してるコントロール暴走を

収束してます。もう直ぐ、もう直ぐで安全になりますから大丈夫ですよ!」

 

力強い宣言であったものの、それは安心させるのは他者よりも自身に向けてる感じが強そう

だなと桜はぼんやり思いつつ引かれる方向に走っていく。

 

あの角を曲がったら、管理人のいるセーフティルームに到着しますよ! と、桜に一瞬

振り向きつつ体を斜めにしてカーブをかけようとしたホドの体に衝撃が襲った。

 その決して小さくは無いが襲撃とも違う人同士のぶつかり合いだと感じられるものから

謝罪と共に彼女は顔を上げて、そして顔面を硬直させた。

 

ホドが倒れ込んだ拍子で繋がった手が解けた桜も、虚空の瞳を上へ向ける。その瞳には

白衣を着こんで、天井の光で顔に翳りのある女性がホドを見下ろす。少し視線をずらせば

蒼褪めた顔つきで、錆びつくように口元を動かしてセフィラの女性は名を唱えた。

 

「ティ ファニー」

 

ミシェル  

 

どうして?  

 

貴方さえ居なければ 

 

みんな死ななかった

 

 白衣の女が一言の区切りの中に怨恨並みならぬ色合いを見せる呟きに、ホドは頭を抱える。

桜は棒立ちになりながら彼女達を見比べた。少しだけ、今の彼女の姿が何時も御爺様に

進んで虐められていた変なおじさんに似てるように思えた。

 

見下ろす女性は所持してたのであろうナイフを振り上げる。壊れたように御免なさいと

繰り返すホドは回避も防御も出来ない。セフィラと言う普通の人間じゃない存在でも

怪物が所持する刃なら関係なしに傷つけられるのかも知れない。

 ……また、私の目の前で誰かが傷つく。あの好きになれない女の人も私を守る為に

傷だらけの体を更に傷で塗りたくって戦って。あの世話をしてくれた年上の人達も

ピエロの恰好した悪魔から私を庇ったように、この人も。

 何も変わらない。私の目の前に悲劇は無くなりはしない。

 

――Miss桜 今日は何して遊びますか? 

――このビデオ、私は好きなんですよ 時間があればご一緒にどうですか。

――イェソドは何時も厳しい顔をしてますけど……それは周りに危険が起きないようにって言う

皆を守る為なんです。だから決して怖い人では無いんですよ。

――ねぇ Miss桜

 

ただ それでも。この頭を抱えて泣いている人は私の為に精一杯しようとしてくれた。

桜に真正面から向き合う訳でなく、殻に閉じこもっている目だけれど。ただ、それでも。

 

小さな灯は未だ燻っていた、隙間風のような悪の暴風は気紛れに彼女の其の揺らめく小さな

陽炎を一時的にだが昂らせたようだ。

 

刃が振り落とされる直前、桜は彼女の頭上へ覆いかぶさった。その小さな体躯を盾にしようと。

 

そんな少女のか細い盾などで刃は防ぎ切れるものではない。然し、その少女が点らせた

自己犠牲とも言える高潔な抵抗を見逃さない紅蓮の戦士は、この社内を幸運にも火山の粉塵

の如く末広がる速度で其の場所にまで辿り着いていた。

 

             黄金の道よ 開け 

 

黄金色の魔法陣が、ティファニーとホドが告げた職員の横へと展開されると共に、何時もの

防護スーツの片腕に豪華な装飾で覆われた二の腕まで覆われるグローブらしき武器を

纏ったゲブラーが出現するや否や問答無用で彼女達を殺害せんとした職員を殴り飛ばした。

 骨や肉がひしゃげる音と共に壁へ大型肉食獣並みの一撃を受けたソレは、人の形を

瞬く間に消してピエロへと変わり。体を正面からくの字に折れた状態で数秒笑い声を

上げると共に消えた。残るはE.G.O Weaponを解除した戦士と庇護される二人だけだった。

 

怪我は? と簡潔に聞く女戦士に、蒼褪めた顔で桜を抱きしめながら大丈夫と短く告げる。

 

「そうか……桜、ホドをよく守ってくれたな」

 

金の籠手が身についてたのとは逆の手が、藍色の髪をくしゃくしゃと撫でた。

 

急ぐぞと、反転して先頭を歩く戦士の背を少し見つめてから。乱れた頭部の箇所を

少しだけ触れて、小さな彼女もホドと共に歩き出した。

 

それ程の距離を歩いた訳ではなかったが、まだ幾つもの場所から阿鼻叫喚がこだま

しているのが聞き取れる。開けられた扉には、何時ものように落ち着いた様子の

管理人が三人を待ち受けていた。開口一番に訊くのは唯一の武闘派だ。

 

「おい、何が起きやがった?」

 

 「外部からの精神汚染の攻撃だ。恐らく、君が桜と共に襲撃した者と同一人物」

 

白い髪に髑髏を帯びさせた、無邪気な笑みの中に羽音のように黒い邪笑を秘める

女性を二人同時に思い浮かべる。

 

「それで、この暴走か……で、どうすりゃ良い? このままひとっ走り上層から下層に

かけて何時も通りの駆除をやってくるか?」

 

 「そうすると、エージェントも残るオフィサーも全滅しかねない。……これで良い筈だ」

 

何かしらの精密機械に休む事なく手を滑らせていた管理者は、呟き終えると同時に

一つの穴に金板のようなものを差し込む。

 すると、音楽が流れ始めた……オルゴールのような音色。

 

 「――T-09-09(テレジア) 起動」

 

 

 

辺り一面の人々達(アンジェラ)が凝視して固まっている矢先、周囲一帯にオルゴールの

音が生じ始めた。聞き続けるにつれ、現実感を曖昧とする魔力を秘めた自鳴琴だ。

 

周囲一帯の青い髪をして彫刻のように均整とれた顔が下を向き膝をつく、景色にノイズが

走ると共に幾多の通行人が頭を抱えてるのが映った。

 

強硬手段で周囲一帯を沈黙させた張本人が周囲を見渡すと、人の垣根越しに日傘を回し

去っていく少女の後ろ姿が一瞬写った。追いかけたくはあるものの、現状は未だハサン達

の回収も出来ておらず、マスターの彼を置いていく訳にはいかない。

 

更に、施設内での暴走もテレジアと言うアブノーマリティを施設内の暴走収束の為に

本来とは異なる使用をした為に、次にどのような副作用が内部で起きるのか予測出来ない。

 既にLobotomy coopと言う社内に安全な区画を維持するのも困難になっていた。

作業員として活動する鶴野にはエージェントをサポートさせれば未だ何とかなる部分はある。

然し、あの娘を地獄の坩堝に留まらせる訳にはいかない。

 

手を翳せば次の瞬間に鮮やかな紫陽花と似た色合いの髪が管理者の腰部分で揺れていた。

 

内部の制御を行う自分から事前に説明を受けたお陰で、特に周囲の様子へ混乱する事もなく

こちらを何時ものように吸い込まれそうな無を纏った瞳で見上げる。

 

「今から公園まで急ぐ。Mr.雁夜とも一緒だが、構わないか?」

 

管理人の言葉に、彼女は頭を抱え蹲っている少し煤けた背中と白髪頭を少し見つめてから

頷いて手を握った。それに鷹揚に頷きを示すと、マスターとしての立場たる彼の後頭部に

有無言わさない調子でガンドを放ち、軽い悲鳴と共に正気へ返る彼と共に急ぎ足で

目的地を目指して駆けた。

 

一方その頃……。

 

 剣戟が鳴り響く、白き雪を連想する長髪を揺らして騎士王の勝利を手を組んで祈る

アインツベルンの姫君。上手く握れない腕の腱の損傷を手数と持ち合わせた百戦錬磨の業で

誤魔化しながら二振りの魔槍を捌いているが、雲行きはどうにも思わしくない。

円卓の王たるアルトリアの剣技はフィオナ騎士団随一の騎士であるディムルットに勝れど

本来劣る事はないものの、前夜にバーサーカーが呼び出した黒鉄の鎧の騎士を含めた襲撃を

掻い潜った消耗を、潤沢なる魔力を有するアイリスフィールと言えど一夜で完全に回復させる

のは難しかった。それが戦場を拮抗させている。

 

「どうしたっ。息が荒いぞ、セイバー!」

 

 「戯言だなランサー! 貴公こそ宝具を早々に開帳せねば後々後悔するぞ!」

 

サーヴァントの正騎士達は思い思いに今持てうる限りの力をぶつけている。死してから

騎士道を重んずる、伝説のアーサー王に全身全霊でぶつかり合える喜びを体感して

黒子の下にある唇は我慢しても笑みの形に自然と綻ぶ。けれど槍と剣がぶつかり

一瞬出来る間の中で垣間見た背後に、今世の忠義を示すマスターが居ない事だけは

少々心残りでないと言えば嘘になり、口の形も一文字に戻る。

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは堂々とランサーと共にセイバーへ挑む気は無い。

彼は結界を張った場所にフィアンセを待機させると、魔術感知によって潜んでいる鼠を

炙り出す為に月霊髄液を駆使しながらセイバーの真マスターを捕捉する最中である。

 それと言うのも、日中にてバーサーカーとの談合で仕入れた情報に因るものだ。

 

『セイバー陣営だが、昨夜に同行していた彼女はマスターでは無い。

 私の宝具内のアブノー……怪物が張った結界から連れ出した際に令呪の存在を

感知出来なかった。多分、別のビル内に居た男女のほうだろう』

 

その言葉によって、ケイネスも真のマスターが衛宮切嗣。アインツベルンが雇った

魔術師殺しの魔術使いである事を遅れて知ったのだった。

 

(災厄の箱を抱えるパンドラめ。このロードの私とアインツベルンの傭兵を

衝突させ同士討ちにさせる腹だろうが、貴様の思惑には乗らんぞ)

 

獣心を飼っているであろうバーサーカーの真意を見抜きつつ、齎している情報の

価値だけは今の所不利益どころか逆だ。アレは狡猾で自分の手を汚さず周りが

自分の優勢になるよう仕組んでいる部分はあるものの、そこに勘付いて無駄に

暴れても結果こちらが害になるだろう事も理解している。

 業腹ではあるものの、未だ彼のプライドを逆撫でする程の禁忌を仮想敵なりえる

バーサーカー陣営は行ってない。魔術師同士の闘争なら日常茶飯事の部類に入る

頭脳戦の類だからこそ、感情に任せて同盟を破綻する暴挙には打って出ない。

 

今は目先のセイバー陣営の傭兵の捕獲または無力化が先決だった。廃病院の奥へ奥へと

向かうにつれ、魔術師が本来手に付けない殺傷性に富んだ罠が待ち受けている。

 魔術礼装の最高結晶と言える、自身最強の魔術たる月霊髄液の前ではその威力は

小波の飛沫以下に無力である。圧倒的な優位を保持しつつ、堂々と正面から己の力量を

ぶつけずコソコソと近代武器を披露する傭兵に段々と悪感情を募らせて声を張る。

 

「アインツベルンに雇われし兵士よ! 貴様も魔術師の端くれならば小細工を弄する

事せずに尋常に立ち合え!」

 

宣言には無言の何処からかの銃撃しか回答されなかった。その誇り高き名家の凋落

と呼称して過言でない、魔術師の矜持ない卑怯な戦略の数々は、落胆と失望を覚えた。

 

(間桐に続きアインツベルンもまた違った意味合いで堕ちたものだな。いや……間桐は

魔術回路の衰退はあっても魔術師同士の闘争に沿った謀略で挑んてきている事を

差し引けば更にこちらの方が性質悪い。例え戦闘に特化してない魔術師であろうとも

ここまで野良犬に誇りを喰わせるような振る舞いはせん)

 

この戦争に自分の手を一切汚さず、何処かの戦場で活躍した魔術を齧るだけの兵士に

聖杯獲得を担わせてると言う現状は誇り高きアーチボルト家の当主としても目に余る。

 段々とケイネスが正常な理性を崩す中で。冷たいクリアな思考を依然維持し続ける

衛宮 切嗣は、地雷原の領域外から狙撃銃の点検しつつ次の行動を思案していた。

 

(予想通り、送り込んだ書状でバーサーカー陣営と亀裂が出来たようだ。これで

あのパンドラの箱であろう宝具を心配せずに済む。

 だが、バーサーカー陣営に繋がりある言峰綺麗の飼っている群体のハサンが僕や舞弥を

攻撃しない保障は無い。相手が僕が相対してきた典型的な魔術師なら大きな隙は

必ず生まれる。そこを ――討つ)

 

衛宮 切嗣の作戦。バーサーカー陣営が協力してるハサン陣営との繋がりを仄めかし

同盟者への危機意識を持たせて行動の幅を狭めさせる。

 キャスター陣営の蛮行を防ごうと動いてる以上、ランサー陣営と足踏み揃えて昨日に

ある程度の交友を持ったアイリと非戦を持ちかけてた事を考えれば来るのはケイネス及び

フィアンセとサーヴァントのランサーだけになるのは極自然な事だった。不安材料たる

アサシン達の動きが依然無いのは不気味だが、それを畏れては何も出来ない。

 

然し、この陣営が手薄になるのは今限り。千載一遇の機は今を逃せばもう無いだろう。

今日中にでもキャスター陣営を他陣営が叩いたとすれば、バーサーカー陣営が彼等と

和解を行えば、それ以上内側から瓦解させる材料は乏しい。衛宮 切嗣にも残された

自分が倒すに限りなく相性の良い陣営を潰すタイミングが後先ない状態なのだ。

 

サーヴァント同士の激しい攻防戦の裏で、マスター同士の近代兵器と最高魔術礼装の

激突が行われている。ケイネスの妻、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを捕獲するのを

久宇舞弥に命じてるいので実質一対一のマスター同士の対決だった。

 ケイネスの扱う月霊髄液は、ありとあらゆる形に変化可能となる水銀の矛であり盾。

そして生まれ持った優秀な魔術回路と合わされば長時間、やろうと思えば数日休みなく

稼働し続けられるのが強みである。一方で、用意した兵器は限りがあるし衛宮切嗣の

切り札である固有時制御は身体への負荷を相応に強いるものだ。通常なら彼がケイネスに

現時点で公開している手札だけで勝利を呼び込む事は難しいと第三者なら語るだろう。

 

――だが衛宮切嗣は『魔術師殺し』である。

 

                    ドォン!

 

「がっ……!?」

(月霊髄液の防壁を貫いた? ……馬鹿な! まぐれ当たりだ)

 

『起源弾』相手の魔術回路を『切り』『嗣(つぐ)』接ぎ直すのは殆ど出鱈目で

魔術回路が富んでいる人間であればある程に、その効力は凄まじいものへと変わる。

 切嗣が対魔術師用にと開発した魔弾は、水銀の壁を貫きケイネスの肩も穿つ。

だが、それでも未だ浅い。相手の魔術回路が最大限に高まってないと弱い。

 

トンプソン・コンテンダーで次の銃弾を装填する。だが、その隙を見逃す程に

ロード・ケイネスも甘くはない。生まれて初めてと言って良い他者から受けた

小さくない傷に激昂し、魔術回路を最大限まで高め二節の詠唱を行う。

 

「――Fervor,mei Sanguis」(滾れ、我が血潮)

 

「Scalp!」(斬)

 

 

水銀の液体はケイネスの体を取り囲む柱の壁となる。と同時にその柱から一筋の

銀の液体が紐状に高速となって衛宮切嗣の体へと走る。逃れる速度では無い!

 

だが、それは衛宮切嗣としても願っての無い自分の魔術礼装を発揮する場面。

 

(これで終わりだ)

 

トンプソン・コンテンダーから放たれた銃弾は水銀の壁へと吸い込まれ そして……。

 

 

            青い火花が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




百貌の一アサシン「お願いですっ、不審者に追われてるんです!」

ウェイバー「うぇっ!? ふ、不審者? こんな何もない付近で……
いや、まぁ僕…私で良ければ交番近くまで送り届けるけど」

百貌の一アサシン「有難う、大好き!」 ガバッ!

ウェイバー「あわわっ!?」

ライダー「ほぉん……?」
(見た所、変装してるアサシンだな。だが、観察するに周囲にもハサンの気配は
少しあるが、襲うでもなし……ふむ、小僧を調略しようとするにしても浅知恵だが
まぁ今の慌て振りを見るのは面白いし。警告するのは後でも良かろう)


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