多く含まれてるので、注意してお読みください。
「くそっ 忌々しい。アサシン風情が私の工房を占領する等っ
利き腕さえ万全であるならば、今すぐにでも奴等の雁首を並び立ててやるっ」
ハイアットホテルと異なる薄い壁は、ランサーのマスターである高名なロードの
罵り声が隣室を拠点とする元来口数少ない者達のBGMとなっている。
それに喧しいと返す程の度胸も気力は今の間桐雁夜に無い。ストレスを溜息に変え
小声で、椅子に座り考え込んでいる姿勢をとっている自分のサーヴァントに声かける。
「何か気になる事でもあるのかい?」
声掛けに上がった顔はやはり優れた様子を見せない。少し休息をとれた事で頭部に身体の
熱も幾分下がったようだが、懸念を抱いてるのが少なくない日数共にしてるからこそ解る。
少しの沈黙の後に静かに紡がれる声に耳を傾ける。
「キャスター陣営の行動だ。セイバー陣営とランサー陣営が消耗した時を狙って
攻撃を加えた事。それはある程度自然な事に見えるが、あの海魔以外にも私の宝具内の
存在が加わっていたのを考えると、齟齬が生じる。
余りにも自身の介入を誇張し過ぎているのは、きっと何か意味がある筈だ」
奴の手口らしくない。遊びを含んでるにしても、想定する内容と大きく食い違っていると
言う話に、どう返答して良いか悩みつつも無難な言葉を口にしてみる。
「そいつが、どういった人物かは。話は色々聞かせて貰って、危険性は十分自分では
把握してるつもりだよ。でも、協力関係なだけで、キャスターは思い込みが激しく
自分の世界に没入してるって話じゃないか」
そいつの指図も聞いてないからの独断じゃないのかな、と言いつつ無難な対応を続ける。
「大丈夫さ。宝具内の他のアサシン達も回復して、迎撃後に去った痕跡を追ってるし
直ぐに居場所だって掴めるよ」
そう安心させる言葉をかけても、その仮面のように動かない表情が和らぐ事は無い。
途方に暮れ、無意識に窓を見るとポツポツと水滴が張り付いてきた。
数秒もすれば、ザーと激しい音が室内一辺を満たしていく。扉のノックと共に小用にて
外の魔術師に壊死した腕を動かす為に連絡を取りつけるので暫し外へ出ると告げに来た
ケイネスは忌々しそうに片腕を摩りつつ呟いた。
「雨 か」
嫌な天気だと魔術師は考える。逢魔が時 そして雨天となれば魔が活性化しやすい。
聖なる剣の鞘によって致命傷を脱却し、治療を受ける切嗣。マッケンジー夫妻の邸宅に
戻るライダー陣営。至る場所で冬木市に発生する魔術を伴った騒動へ後処理をする時臣。
各々が異なる思惑を胸に秘めつつ、その雨に翳りを帯びた色で見上げていた。
ホテルから去るケイネスを窓から見送りつつ、Xは黙考する。このまま何もせず休息だけ
とっておくのは良策なのか、何か重大な事を見落としてないだろうか。
フラッ、と頭が僅かに傾く管理者を慌てて支えながら小声で雁夜は告げる。
「まだ少し横になってた方が良い。通信機はアサシン達に渡してるんだろ?」
何かあれば直ぐに報告する筈だと告げられ、硬い顔つきを崩さぬものの素直にベットに
横になる彼女を見て安堵の溜息をつくと、部屋を出てケイネス達のとった宿と反対の室内を
ノックする。直ぐに開かれた扉から、疵が目立つ大きな火を下に生やしたような女性が
胡乱な気配を隠す事なく自分を出迎えるのを見て、緊張の為に一瞬喉を鳴らした。
このケブラーと呼ばれる、自分のサーヴァントの宝具の中に居る戦士とは未だ数回程度
相対してないが慣れる事はない。赤い頭巾の傭兵のように露骨に殺気を周囲振りまくでも
なく態度は素っ気ないところあるものの自分勝手に暴れ狂う様子は見た事ないが、傍に
いるだけで背筋から燃え立つような今にも噴火しかねない荒々しさを感じてしまう。
臓硯とは違った性質の畏怖を受けての躊躇を知ってか知らずか、ぶっきらぼうに
親指で部屋の奥を示しながら紅蓮の戦乙女は雁夜が尋ねる前に答えを言い放った。
「ガキなら未だ寝てる。心配しなくても何か普段と違った様子があれば私かホドが
直ぐにそっちへ声をかける」
示した指の方で小さな紫色の髪が寝床から零れ、それを優しく整えている茶髪の女性。
一瞬だけそれが数年前なら遠坂邸で愛娘を寝かせる日常の1ページとしてあったであろう
風景で、何事もなければ今も異なる場所で目に出来たろうにと胸締め付けられる。
「……ずっと、眠ったままなんだね」
気落ちした声色が隠せない。聖杯戦争なんて言う渦中に晒されて、外部の得体の知れない
魔術師にも襲われて、眠る時間が多くなってる事実を聞かされて間桐の次男は想定以上に
恋慕の女性の子に無理させてると言う事に自責の念が募る。
そんな俯いてる自分に、鼻で笑う音が耳に付き反射的に顔を上げると明らかに蔑む眼差しと
暴力的な笑みを見た。何故、そんな顔を向けられるのか分からず呆然とする。
「恰好付けるのだけは一人前だな、お前。だが私から言わせれば今更かって話だ」
ゲブラーは、瞳の中に小さな火を揺らして口開く。決して声は荒れずとも力強さがある。
反論する言葉が浮かび上がる前に、その灯火は焔と化しながら脳に響く。
「本当にてめぇの何もかもかなぐり捨てて守りたいって言うんなら。最初の最初でチンケな
プライドなり捨てて頼み込むべき奴が居るよな? 隠そうとしたって無駄だぞ」
威圧的な口調に身を竦める。だが、その言葉の真意が見いだせず狼狽えるばかりの自分を
暫しサバンナで獲物を見定めるような目つきで女戦士で眺めた後、鼻息荒く嘯いた。
「無自覚かよ。別に良いけどな……所詮、私は赤の他人だ」
これ以上助言する義理も無いと手をヒラヒラさせ会話を一方的に打ち切られた。
とても有意義な話だったよと心中で皮肉を返しつつ、目を閉じて人形のように
横たわる桜ちゃんを再度見つめる。
寝息もか細く、注意深く見なければ死人のような静けさが恐ろしい。
されど声かける言葉も見いだせず、そのまま扉は閉じられてしまった。
(これから、どうなるんだろうな)
同盟してるランサー陣営のマスターが負傷したとかでなく、町であちこち起きている
異常な人命に関わる程でなくも魔術に関わりある騒動。まだ本格的な動きを見せない
彼女の言う恐ろしいセフィラ。
最初は、色んな恐ろしい怪物や利便性多々ある呪術道具に多くの人材を抱えてる
事を聞いて、これで聖杯戦争で勝利する事が出来ると胸躍っていた気持ちも少々
あったが、今はそんなもの欠片たりとも残ってない。あるのは仄暗い不安ばかりだ。
窓から空を仰ぐ、冷たい雫ばかりが雁夜の心を代弁していた。
対し目を閉じながら内側に目を向ける管理者。彼女もcoop内の新たなピエロ達の起こした
惨状の処理。鶴野及び心身的に参っている職員達へのケアを指示しつつ今しがた起きた
問題に対し落ち着いた口調で返答を行っていた。
「そうだ。O-04-08(赤い靴)の状態は放置しておいて構わない。収納区域のエージェント
職員はツーマンセルでの行動、変調あり次第イェソドへ連絡を徹底するように」
怪しく鈍いピンクの波動のようなものを規則的に収納部屋へ拡散させるアブノーマリティ。
精神レベルの低い者を魅了させ自我を喰らい尽くす靴は其の特性のオーラを帯びていたが
職員及び待機しているエージェント達に呪いが付加された様子は見受けられない。
新手の未知なる異常事象。それに僅かに眉を上げつつ管理者は観察する。
▽▲▽▲▽▲▽
「ちっ 冷えるな」
百貌の一人は、住宅街の影で誰にともなわず一人ごちていた。声は女性のもの
日中ではライダー陣営に接触する事で、以前は仕えていた言峰綺礼の残る同胞との
死闘となる激突を回避した一人。如何なる天候であっても監視・偵察の類は他の
サーヴァントより勝る自負ある為に不満は無いものの、それでも出来ればこんな
陰鬱な雨夜でなく月光でも覗く空の下で任に励みたいと僅かに本音を漏らしても
罰はなかろう。血の頭巾の戦士によって一度は文字通り死んだ身なのだ。
「あの顔は愉快だったな」
ライダー陣営のマスターは年齢より年若い、少し色仕掛けすれば容易に狼狽えていた。
あそこまで解りやすいと冥利に尽きると言うものだ。サーヴァントのほうは未だ日中で
人目も付く場所故に、実は正体を看破してるぞと含みを持った視線を見せてたが結果
動かなかった事も幸いだった。それとなく頭が軽く弱い女の振りして抱き着いた事で
アサシンとしてのスキルの一つ、この体に纏っていた香水を付着させるのに成功した。
現マスターとも言える、あの女はライダー陣営を積極的に潰す気概は無いが
拠点を見つけられる功績を得た自身を宝具内の怪物達の餌にしようと言う短絡的な
選択を排除してくれれば上々だ。危険は表舞台冬木の夜空下と変わりない場所だが
仲間もいる今の家に早めに帰りたいものだと考えながら命令された家を監視する。
何の変哲もない、魔力も何も帯びてない一般の女子と夫婦の家宅。他の百貌の話だと
どうやら現界した際にプライベートで交流を得た存在との事。
英霊としては正体不明だが、知人を守ろうと命令するとは中々人間臭いと可笑しみを
禁じ得ず、軽く口を弧に描いてると扉を開く音が聞こえた。時刻は既に深夜だ。
ふらふらと小さな人影が目立つ赤い靴とペンダント、普段着で雨の中を
傘も差さず出てくる。その顔は虚ろで正気とは思えない。
暗示か洗脳の類か、どちらかは解らずも管理者と呼ばれる女が危惧した通り
日常生活を送る市民を脅かす異常が起きたと言う事だ。
(何処へ行こうとしている? いや、考えても仕方がない)
直ぐに連絡をしようと通信機を取り出す、その刹那で地鳴りを感じ咄嗟に顔を上げた。
(柱?)
そう、近くに忽然と産まれていたのは柱。黒い大理石のような質感でモノリスと
呼称しても差し支えない。何らかの文字が刻まれてるが、それを解読する術は持たず
起きている出来事に対し脳内に自然と今すぐ逃走しろと警鐘が鳴り響くのを聞いた。
――さぁ 跳べ
聞き慣れぬ声が響いた。それを認識するより早く脇腹に強い衝撃が起きて、気づいた時
目の前に広がるのは薄汚れた埃の色合いの絨毯だった。
宙を舞ったと気づけども受け身をとる事もままならずアスファルトの地面に打ち付けた。
「ギャッ……!」
な、んだ? キャスターの奇襲か。
平衡感覚が溶けて激痛が頭から足を駆け巡る中で必死に考えるが、キャスターなら
自分が百貌の中では武芸に長けてる訳でなくも感知出来ない理由が無い。
魔力で編まれ、そして解れ砕けた体で必死に回した首に黒いドレスらしき衣装
ブーツらしき下半身を認める中で足先が自分の眼前に近づいてくる。
目の前にいるのは確かに襲撃した事実を帯びた存在であるのに間違いない。
違いないのに、何故こうも希薄で瞬き一つで消え失せそうなのだ??
――ヘンデル作曲『アレッサンドロ』の言葉を借りるならばだ。
――高慢なるオクシドラカよ、天の瞋りに逆らおうとしても虚しいのだぞ
降りしきる雨が強まる中、その決して大きくなくも耳に良く通る音が耳を通り過ぎる中
軟体のロープのような感触と磯臭さを感じると共に胴体が強く締め付けられる。
「おやおや 招かざる客がぬけぬけと御一人で現れるとは」
聞き覚えは余り無いが、四肢を拘束する生理的嫌悪を前面に出した巨大ヒトデのような
化け物と、魔術師らしい服飾を目の端に認めてキャスターである事を知る。
重力が薄れ、ミシミシと体が締め付けられる痛みに叫び声を上げたくも気管を圧迫され
声を出す事すら禁じられる。自分を地面に沈めた謎のサーヴァントらしき存在は既に
あの雨が一滴地面に接触するかどうかの刹那に存在を消していた。
奴は誰だ。どうやって気配遮断し周囲を警戒していた自分の背後をとれた?
激痛を少しでも緩和する為に、か細い抵抗ながら必死に別の事へ頭を働かせようとするも
体全体を雨が濡らす面積に比例して窒息させる程の緊縛も強まっていく。
万事休す。このままキャスターの使い魔の餌食なるかと考えた時に新たな笑い声を聞いた。
フランソワ とキャスターが敵意ない呟きを漏らす視線の先に日傘らしきものを回して
雨露を弾かせて、道端で何やら面白いものを見つけた童子のような視線が自身を貫く。
「ねえジル この子を拠点まで連れて帰りましょう?
龍之介も、出来れば人の形だけど人と異なるものをアートに出来れば欲しいって」
鈴見たいな笑い声と共に、穏やかでない提案が昇った。死ぬまで拷問されれば
霊核が崩れ去り消失するだろう。だが、この不気味な少女の殻を被った何者かの術には
サーヴァントである自分が死んでも保たせる方法を持ち合わせてるのかも知れない。
今なら未だ舌を噛み切り死ぬ事だって可能だ。だが、その意思に関わらず口を満足に
動かす力すら無くなり、儚い抵抗を読み取ったように無理やりぬめぬめとした
吸盤の生えた触手の内の一つが食道に届くまで入り込み自害を防止する。
「さぁ 行きましょう」
鼻歌混じりに拠点へ戻る声を聞きながら必死にどうすれば良いか考える。
無線は手元から無くなった。定期的に連絡するように仰せつかったのだから現マスター
である管理人も少しすれば異変に気付いてくれるだろう。
だが、それ以降は? この元凶の主たるキャスターと外来の異様な魔術師、自身を
再起不能にまで損傷至らしめた未知数の介入者に察知される事なく死に体の自分が
この状況をどうにかする手段はあるのか?
雨に髪濡らし、ふらふらとした足取りの少女を鼻歌交じりで髑髏を彩る白髪揺らし
魔女が肩を掴んで捕まえたと鬼ごっこを今しがたしてたかのように呟く。段々と狭まる
意識と希望と言うものが見えなくなっていき全身が雨とは異なる原因で冷えていく。
(た……のむ 気付いて)
そこで急激に圧迫が強まり意識が暗転した。そして目覚めた先は暗雲立ちこむ空でなく
カビと磯の匂いがこびりつく冷たいアスファルトに大の字で縛られた状態でだ。
目覚めの切っ掛けは小さな水滴の直撃する額への感触と気の所為と冷たさ。
耳元で鼻歌が聞こえて辛うじて動ける首と視線を曲げる。ある程度明るい赤褐色の
頭部と、細長い金属が擦れて鳴るのがハミングと不気味な調和をマッチしている。
あ、目覚めた? と振り向いた容貌は20代か十代後半程に若い顔立ちの男だ。
「俺さぁ、人の皮とか臓器で楽器を作ったり服飾や家具を作成する時ってどうしても
アート作りの工程途中で全員死んじゃってさ。最初は四苦八苦して何とかぎりぎり
死なない加減って言うのも試行錯誤してみたんだ。
でも、ぜんぜーん駄目っ。みんな上半身から綺麗な腸が半分程度出るが両腕か足が
削げちゃう時にはもう完全に駄目になっちゃうから甘んじて死んで間もない皮膚で
ランプシェード作ろうとしたりね」
でもまぁ、不器用で断念しちゃったんだけど。と、照れくさそうに笑う横顔に邪気は
全く存在せず、団体での何処かの宴会のワンシーンで挙がった自分の赤裸々な
恥話を明かした時の表情と言われても信じられそうな程剣呑な空気を青年は身に着けていない。
極自然体で人体を解剖出来る器具を片手で掲げつつ話は続く。
「けど旦那が来てくれてからはさ。俺の今まで気が可笑しくなるぐらい冗長とした毎日が
本当激変してマジクール! マジハッピーって奴でさぁ。
旦那の
もうさいっっっこうにクールだ!! 最初はちょっと胡散臭い感じの人だなーって
思っちまった自分をぶん殴りたくなっちまう位に脱帽の感性の持ち主と巡り合えたんだからっ」
移動式の手術台のようなものなのだろう。慣れた手つきで自分が横たわる台車を押して
景色が変わる。小さな車輪が擦れる音と共に移り変わった視界に見える複数の偶像に対し
最初はそれが何なのか解らなかった。いや、脳が拒否していたのだ……
理科室に置いてある表皮が無い、筋肉だけを露呈された標本がウィトルウィウス的人体図を
模すようにして、二人の人間が完全に重なり合って接合されて横たわっている。
顔面の半分が刳り貫かれ、その中に時計らしいものを嵌め込まれた児童。
妊娠してる筈が無いのに関わらず、何かを腹の中で蠢かせ唇の端から涎を垂れ流しつつ
定期的に痙攣して白目を剥く児童もいるし、その目に既に正気の色は無い。
少し先では、身を寄せ合っておしくらまんじゅうでもするように微弱に震えている
未だ何も施されてない無事な子供達が血の気を引きつつ目をギュッと瞑り両手で耳を塞いで
るのが見てとれた。そんな事をしても周囲で行われている地獄が無くなる筈はないけれど
その無意味な抵抗を嘲られる程に人間味は捨てきれていなかった。
百貌もとい、ハサン達は自分が時代の軌跡に輝く正英霊と言える程に輝かしいものを
残してると思わないし、かと言って反英霊と呼ばれるまで悪道に走っても無い謂わば
命ずられれば悪とも善とも化す存在だ。暗殺者と呼ばれる歴史の中で、残虐非道な手口は
熟知していると百貌の一人たる彼女も自負していた。
だが、この何処ぞと知れぬ地下らしき場所で行われる黒ミサは自身の知識を超えた
狂気で成り立っている。この地獄を創り上げたのが、この極東の島国に居る何の変哲なし
魔力も乏しい人間が起こしたものだと、直視しても未だ現実味を持ち得ない。
生理的に相容れない色合いの地下空間。西洋的なドレスを纏った情報にあった外見の
特徴と重なる少女が妖し気と嘲りを交えた目で陶器のカップを口に運びこちらを見る。
その近くには深海魚を彷彿とさせる容姿の魔術師の男。確かジル・ドレ
キャスター陣営の工房に拉致されたと認識し絶望的な状況を認識する中、楽し気で
無邪気な声が耳を打つ。
「すげーだろ、これ? 全部未だ死んでないんだ。普段のアート作りならとっくの昔に
みんな駄目になっちゃうのに。魔術って奴は本当凄いって姉御の業を見て実感したよ。
――ワクワクするだろ? こっから、あんたも未知の世界を探検するんだから」
な にを言ってるんだ こいつ は。
「姉御には何か裏技ってのがあるらしくて。あんた達や旦那って幽霊見たいなもんで
体が完全に崩れちまったら消えちまうらしいけど。その裏技ってのを使うと、どうやら
かなーり死に難くなるんだって。
――俺さ、一度幽霊って奴で芸術品を作るのが夢だったんだぁ」
そこから先は百貌の一人にとっては地獄を超えた所業だった。苦痛を感じ、霊体化も
自決の為に舌を噛み切るのも魔術によって妨害され、そしてキャスターのマスターであろう
男の発言通り、本来なら英霊として格下の体はどう言う訳が数えるのも億劫な回数切られても
崩壊する予兆が見られない。
「んー♪ 良いねぇ 良いねぇ!! 調子がのってきたぜ!
……ん? ありゃりゃ、興が乗ってきた時に姉御ってばイケずだな」
彼女にとっては不幸か幸か、外部の魔術師の気紛れによる声によって距離が離れていく
褐色の頭を見つめつつ、漏れるようにか細い空気を既に口と言う器官が辛うじて形成してるか
してないかぎりぎりの中で何とか思考を練る。
此処はキャスターの工房。そして、奴等の根城であり管理者と呼ばれる今の我等のマスターが
危惧していた存在の手引きが見え隠れする場所。ならばアレは必ず来る。
好意等は無い、だがあの華奢で非弱な殻の中にある業火のようなサーヴァントに対する駆除の
意志を間接的にも感じ取った事のあるアサシンの一人である彼女は、自分が攫われて隣にも
同じように拘束されている少女が管理人の縁があると言う事実を把握してるからこそ。
遅かれ早かれ彼女は必ず、この暗黒の巣窟を破壊してくれると未だ一抹の希望を宿していた。
(だ……が、私はもう『駄目』だ な)
どれ程の時間が過ぎたのか不明だが、サーヴァントにも通ずる奇想天外な術によって五臓六腑の
数割を損失してるのに関わらず未だ現界が可能としてる。然し、例え今駆けつけられたとして
もうこの状態から五体満足に戻る事は不可能だろうと、途切れ途切れな正常さを何とか繕って
結論を下す。それでは、駄目だ……何としても自分がこの場所で受けた出来事、筆舌し難い苦痛
拷問の最中に見聞きした重要な情報を何としても伝達せねばならない。
その時、コシュと空気が何かの筒から抜けるような音に未だ無事な眼球を無理くり動かして
隣の台を見た。自身の状態を比較すれば未だ幾らかマシと言える状態の少女。
首にかけられているペンダント。あの人の形をした得体の知れぬ存在が意図的に無視したのか
無事な装飾品には、知った形の魔力の残滓。本当に微弱な塵程度であるが込められてるのを
認識して唇を開き何とか発声と言う形を作り出す。
「す まない。ソ レを わた しに」
聞こえるかどうか自信は持てなかった。比較的自分より削られてない、と言うだけであって
何らかの暗示の魔術で今まで自我が押し込められていた少女が覚醒して耐えられるような状態の
肉体では無い。未だ昏迷してるほうが自覚せず発狂しないで済む。
いや、この場合地獄を認識して舌でも切り死んだほうが幸いなのだろうが……。
「コレ は ・・・だ め。ス ラーの プレゼン ト」
驚いた。声を出すのも駄目かと思いきや、会話が成り立つ事に。それ程少女の心に強く
プレゼントの主の像が深く埋まってたのかと驚嘆と同時に憐憫も覚えた。
そして、その拒絶に対して絶望するより前に単語から誰の事を指すのかを自分が体験した事
数日の中で百に分れた人格の一人として一生分の濃い体験の中で見聞きした一遍を深く掘り起こし
相応しい回答を絞り出した。その回想の中で、何故か何度もライダー陣営のマスターの青年の
赤らめた顔が浮かび上がってしまい、我ながら滑稽だと場違いに愉快な気持ちになるのは
もはや正気である時間も残り僅かなのだろう。
「・・・安心 して くれ。X へ とどける かな ら ず」
その単語だけで異常な空間の中で、一人の童女と黒ずくめの仮面の主は自分達の点と点に結び合う
線を作り出した。コトネは何者かは不明ながらも、自分と同じように肉体を面白半分に弄られる
サーヴァントと言う単語すら知らない普通の少女から見て不気味な恰好の人物を信じるに足るものへ昇華させる事が出来たのだ。
コトネにとって、今じぶんが何をされて そしてどう言う結末が待ち受けてるのかも
人の中に埋もれる第六感はともかく頭の中は正確に理解し得てない。
未だ出来の良くないリアルな悪夢を見てるのかと思う程の異常な体験。
ただ自分は赤い靴に執着してたのだと言う認識だけは未だに強く記憶している。そして度重なる
肉体を刻む施術と言う名の責め苦は、以前に雁夜が施した記憶処理の暗示に影響を及ぼした。
激痛の中で途切れ途切れに頭の中に浮かび上がる情景は、隣で自分と同じく囚われてる者と
似た格好の黒装束の存在が、自分が追い求めていた赤いヒールを履き斧を掲げ黒い涙を流す
スーツ姿の女性と血まみれになりつつ踊るように体をぶつけ合う構図。
周りで武器を振るうスーツ姿の人達。赤い靴を切り取られ倒れた人に涙する男性。
寂しそうな瞳のスラー 指鉄砲 御免ねと言う小さな声。
ああ、そうだ 思い出した。
私は何時もの日常の中でソレと掛け離れた1ページを今も自分に起きている悪夢とも
また違う異常な光景を以前目にしていたんだ。何で 何で今まで忘れていたのだろう。
震えた片腕を必死に伸ばす華奢な体躯で、多分だけど女性であろう人物が拙いやり取りの中で
彼女にとって数日であるけれど放っておけない自分に親愛向けてくれた両親と違う初めての大人の
友達と面識を持っている事を確信する。
この現実か夢幻か知れぬ悪夢が終わるかどうか判別はコトネに出来ない。だけど、このままいけば
きっと自分がスラーと二度と会えぬ事は何となくだが信憑性高い予感を知れた。只の無力な少女の
死が既に足から首まで這い上がったが故の、最後の魂の灯火の輝きが得た力だ。
腕の腱を切られ片腕は完全に動かせない。
もう一方はあの青年が他の仲間に呼びかけられた事で処置される前だったから
辛うじて動かせる。子供達の啜り泣き声と、変わり果てた自身の未来図となる
子達の呻き声を耳にしつつ。震える手で首のチェーンの留め金を外す。
あの時、自販機を睨んでるような半眼の不機嫌な女性をどうして何時も凜ちゃんの背中で
縮こまっていた自分が勇気を出し、あんなに手助けをしようと思ったのか。
今でも納得出来る回答が無かった。
だけど痛すぎて痛くない位な体と違い不思議と何でも今なら自分より知識の深いスラーや両親
凛ちゃんでも解けない問題を直ぐに答えられそうな頭が答えを導きだしていた。
何時も誰かの影で安心していた臆病な自分を、自分自身倦厭としていたのだ。そんな自分を
乗り越えたいから、あの時困っていたスラーに手を差し伸べたら、ささやかな事だけれど弱さを
変えられる切っ掛けになれると思ったからの小さな勇気だったのだ。
(スラー 私……スラーと出会えて幸せだったな)
嗚呼 嗚呼 何故 私は今この時。自分の大好きなお父さんにお母さん、学校で一番の親友の
凛ちゃんじゃなくてスラーの少し不器用で哀しそうな笑顔ばかり思い出すのだろう?
手を伸ばす、伸ばす。それでも届かないから振り子の要領で鎖の先だけ摘まんで遠心力を加え
自分と同じように腕を伸ばす全身黒いお姉さんの手の中目がけて投げる。たった数センチ
それでも気が遠くなるように体の幾つかが抜かれた自分達には長い距離だった。
地面に落ちるでもなく、カチと言う手で金属を受け止める音と同時に短い感謝の声を全身に
遣り遂げた感無量の力が無くなる感覚と共に何処か遠くにいるような錯覚の中で聞いた。
眠くなってきた。もう眠っても良いだろうと体も精神も囁く。
だけど、叶うならば……もう一度だけ。
スラーと 会い た ・・・。
カチャ
「――コトネ……?」
その同時刻、
少女と同じ形のペンダントも無機質な床の上に小さくも良く通る音を立てて落下した。
▽▲▽▲▽▲▽
ウェイバー・ベルベット。時計塔の学生でありケイネス・エルメロイ・アーチボルトを
仇敵とし、あのふんぞり返ったいけ好かない顔をこの戦争で踏みつけ魔術世界に勝者として
名を歴史に刻み込まんと意気込み見せていた最初の熱意に溢れてた面影は曇天と豪雨の中で
消え去り、ビニール傘だけでは完全に濡れるのを避けれない悪天候に子供チックな雨合羽を
纏って小さく愚痴を漏らし水笠が増し勢いも強まる川沿いを歩いていた。
「本当にツイてないよ、まったく。昼は変な女に絡まれたと思ったら、こんな天気の中で
キャスターの僅かな痕跡から居場所を見つけなくちゃいけないしさ」
「ほぅ、だが小僧。お前さん、言う割にはあの時は鼻の下を伸ばしてなかったか?」
「は、はぁ!? だ、誰がそんな情けない顔してたって言うんだよ」
照れるな、照れるなと豪快に笑う大柄なサーヴァントに。少し赤味を帯びた頬と鋭くさせた
目つきで抗議を上げるも、直ぐに魔術師のヒヨコは波止場へ辿り着くと共に地図を見比べ
真面目な顔つきへと変えて呟く。
「採取した水からして、ここら辺の近くの地下道だと思うんだけど。変だな……何処にも
地下へ通ずる入口なんて無いぞ」
正史であれば、既に彼等はライダーの宝具を駆使し海魔蠢く地下空間を抜けて惨状と化している
キャスターの工房を突き止めていただろう。
だが、フランソワと呼称される異物が彼等の足並みを少し崩していた。宝具にも並ぶ幻影の魔術
キャスターと旧知の存在の手により未だ入口が見つけられない状態に。
天候も最悪。運河の流れも激しさを増しており今日は一旦諦めて日の良い時に改めて此処らを
探索しないかとウェイバーが提案しかけた時、雨音に紛れ羽音が次第に近くなってきた。
何だと思った瞬間に夥しい普通の虫とは違う形状の物体がウェイバーの眼前を通過、数匹が
彼の体の幾つかに止まった。不気味な虫が引っ付き、自分をギョロッと見るのを目にして
ヒェエエと情けない悲鳴と共に地図を投げだし、服をはたいて虫を払いながらライダーっ襲撃だ!
と叫ぶマスターを尻目に。小さな感嘆の声を上げつつ愉快気な表情を顔面に貼り付け
堂々とイスカンダル王は雨に打たれながら両手を掲げ口開いた。
「おぉ! バーサーカーに、そのマスターよ。奇遇だな! お主らもキャスターを討たんと
やって来た口だな? うんうんっ! その心意気、大義である!」
雨合羽を被った一組の男女。雁夜はライダーの態度を困惑気に見つめ、対しバーサーカーの
女性はライダーの口振りや邂逅にも何の感慨浮かべる事なくマスターへ言葉を口にする。
「蛇香のコードネームを持つ彼女は特有のフェロモンを帯びた香水を身に着けていた。
日中に遭遇したライダーのマスターに付着させたと言う情報は正しかったようだな」
「あ、うん。で、さ 彼等とは敵同士な関係なわけだが」
魔術師全般に嫌悪を持つ雁夜だが、虫に恐怖の声を上げる童顔の恐らく20にもならない
青年が戦争の参加者である事を認めても感情に任せて宝具で攻撃しろと言う気にはならない。
蟲に蝕まれていた頃ならまだしも、頭がまともに働き冷静に色々と物事を見れ一般的な感性を
多く取り戻してる今日日、自分より年若く一見はまともそうな人物に無理してまで殺意を
抱ける程に心の中は未だ淀んでない。
それともう一つ、雁夜がサーヴァントである彼女に命令しようとする気が無かったのは
目覚めてから彼女の雰囲気は徐々に冷え、一つの通信機を取り出し何度か応答を確認した後
瞬時に自分を引っ張り、隣に控える従業員達に外出の旨を伝えた後、急ぎ足で外に出た事も
関連していた。何故急に外に出るのか質問すると簡潔に短く彼女はこう告げた。
――コトネが、そして監視に置いていたハサンが連れ去られた。
無線からは異常ない、継続し警戒に望むとハサンの声が返される。試しに別の質疑応答を
投げかけても似た調子の台詞だけなのを聞き、完全に敵の手中にコトネの住宅付近の監視が
支配されたのを知った。
早足で段々衣服が濡れていくのに構わず小瓶を発現する。瓶の中には見慣れぬ昆虫が窮屈
そうに蠢いている。雁夜のソレは何だと言う問いに早口で答えを返す。
「コトネの居た監視区域のハサンは、特定のサーヴァントでも関知出来ない程のフェロモンを
帯びる特性の存在だった。この昆虫は、coop内でそのフェロモンを追尾させるように
セフィラへ指示して作成させた改造種だ」
雨の中を一筋の軌道と共に羽虫が見えぬ痕跡を追って飛ぶ。それを追跡しがてら冒頭の
ライダーとの邂逅に至った訳だ。サーヴァントもとい、大型ツールのアブノーマリティから
派生した存在を決して快いと思わない管理者だが、今はそんな事に気を回す程の余裕は無い。
雁夜の、ライダー陣営にどう対応するか短い問いかけを無視する調子で、感情ない声が上がる。
「無駄な交渉や奸計は抜きに率直に告げる。キャスター陣営に知人と部下が攫われた
手を貸して頂きたい」
頭を下げて頼み込む管理者に三者が三様の異なる顔で彼女を注視する。暫し逡巡の天使が通る
時間が出来たが、最初に口開いたのはライダーの肯定の声だった。
彼自身、英雄王に並び立つ程に我が強い部分はあるが善性に寄っており。その独特の鋭い
感性からバーサーカーである彼女の言に虚偽を見出さなかった故だ。
マスターであるウェイバーの小さな反対の声を流しつつ、管理者が飛ばす羽虫が何の変哲もない
水路の壁の中に数匹消えたのを認めて四人はその中へ侵入する。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、この穴の中で得られる物には何一つとして期待は
出来そうにないのぉ」
人には只の壁と思える穴の中に入り込んだ瞬間、淀んだ臭気と磯の匂いが四人の鼻腔を襲う。
咳き込むウェイバーの上着を引っ張り、半ば猫を乱暴に箱に入れるようにしてゴッド・ブルに
乗せると共に、雁夜とXへ短く同乗を告げて二頭の牛達は嘶きながら地下空間を猛進し始めた。
「キャスターの奴めの魔術でどうにも入り組んでおるが、お主等の兵の計略は生きている!
このまま突っ切るぞ! AAA――――LaLaLaLaie!!!」
雷の防壁、いや削岩機と称して良いチャリオッツの形した破壊の特急は穴の中から無尽蔵に
這い出す海魔を文字通り木端微塵にしながら突き進んでいく。
管理者は雁夜が注意深く虫の軌道のみを読んで先の進路を把握した情報を簡潔にライダーへ
報せつつ今か今かと変化しない顔の裏ではコトネの無事を願っていた。
(元はと言えば、私が彼女を巻き込んだのだ)
無事でいてくれ。ただ、それだけを祈りつつ一つの暗い開けた空間へ辿り着くと道中湧いてた
海魔達はピタリと止み、不気味な耳が痛くなるような静寂が四人を出迎えた。
イスカンダルと管理者は英霊と言う人と異なる素体だ。だから闇夜の中でもしっかりと目前に
何があるのか見る事が出来た。僅かな間の後に、大柄な赤髪の男はマスターの小僧へと魔術で
明りを点そうとするのを普段の陽気さを消した声色で短く制止の声を上げる。
対し、ウェイバーは聞かない。何時も彼にマスターとして認められてない態度に反感を抱いてた
子供染みた嫉妬ゆえに空間に一帯に光が満ちる。
「……ぅ な」
「ぐっ これは……」
彼等二人のサーヴァントのマスターは視界に開かれた地獄を直視した。
歯車か何かで構成されたアート染みた人体。家具のような物体になり人としての形状を
保ってないに関わらず、打ち上げられた魚なのように未だ呼吸をしている存在。
玩具のプラモデルの接合前のように、人体をほぼバラバラにされながら動いてるものや
頭部が金魚鉢にすけ替わり、特定の地点を痙攣しつつ行き来する児童。
その大半は
魔術師として非情な側面を座学の中で学んでいたものの、一般人としての感性が死んでない
ウェイバーは耐えきれず少し前に食べた胃の中のものを全て吐きだし。
雁夜も、ある程度Lobotomy coop内で精神的な修練は施されたが。付け焼刃で人としての
心を取り戻してる彼もまた、受け入れる事が出来ず吐き気が喉にせりあがる。
ウェイバーと同じ末路をとらなかったのは、ただ単に顔を背け目にした場所にあるものが
この地獄の中で唯一残された希望を目にしてだ。
「っ! み 見てくれ。子供達がいる」
縮こまって息を殺しながら密集する小さな塊。近寄る雁夜を認めると、数人は悲鳴を上げたが
残る者達は光ない瞳で機械的に彼を見る。バーサーカーと共に檻を開き、安心させる言葉を
かけるが、子供の心には余りの負荷が掛かり過ぎ、殆どが自分達が助かった事を認識出来ない。
唯一、凄惨な現場を少しでも逃れたく二人と共に子供達の側へ寄ったウェイバーへと
檻が開くと共に浅黒い肌で紫色のワンピースを着た少女のみは彼に抱き着き、無言でその腕に
力を込め離さないようにしてるのが印象的だった。目的の場所まで飛んでいた羽虫達が
檻付近の地面と、その少女の肩に飛来して羽を休ませる。
「うわっ!? 何だよ お前……」
困惑しながらも、気が動転してるのだろうと捉えて突き放す事もせず成すがままにされる
ウェイバーを他所に管理者は子供達の顔を一瞥し、その中に目的の人物が居ない事を認識すると
壊れきった人の残骸の中心へ進む。その表情は依然変わらず、イスカンダル王から言えば
人心なき振る舞いで全力で殴り飛ばす所作であるが、その態度を見咎める前に彼女は一つの……
――一つの
「……あぁ コトネ 此処に居たんだね。ご両親も心配してるよ」
それは既に人の原型を保っていない。微かな蠢きと震えのみを発している。
「さぁ 一緒に帰ろう。前は碌に返事出来ていなかったけど。コトネが望むなら
私は何時でも君が望む時に会いに行くよ」
ソレは既に呼吸はしておらず、生体反応は無い。
「帰ろう、コトネ 私と一緒に帰ろう」
何かの形を模した死肉を優しく管理者は抱擁する。それに対し掛ける言葉を持ち合わせない
雁夜は無言で見つめるしか出来ず、その憐憫誘う光景に一瞬絶句を帯びてからライダーは
厳しい顔で口開いた。
「バーサーカーよ もう、ソレは」
「黙れ アブノーマリティ。……コトネを殺したのは お前だ」
唐突な発言に、少女を介抱していたウェイバーは流石に黙っておられず、バーサーカーと
語気荒く呼称しつつ訂正を求めた。だが、彼女は止まる事ない。
「コトネを殺したのは貴様も含めた
お前も 私も……コトネの死を引き起こしたのは」
怒りも自棄な感情の色も篭ってないものの、その言葉にライダー、ウェイバー及び彼女の
マスターである雁夜も訂正の言葉を持ち合わせる事はなかった。
厳粛な祈りを施すように、数秒間彼女はそのオブジェを抱きしめ続けたものの終わりの時間は
やがて訪れる。少し距離を置くと、指鉄砲の形を片腕に作りオブジェに照準を定めた。
「――処刑弾」
放たれた艶やかな血の色の閃光は肉で出来た像を突き抜け動きを止まらせ、徐々に肉片は
上から下にかけ塵となり風化した。長くその塵まみれの地面をじっと見つめる管理者を心配し
雁夜は精一杯の優しさを込めて肩に手を当てる。もう一組の戦争参加者等は子供達に異常が
無いかを診ているため邪魔する者は居ない。
そして、振り向いた表情に顔を強張らせた。ふてぶてしい、普段見慣れた顔とは異なる
微笑をこのような場面で浮かばせていたからだ。
「ぇ な……誰だ?」
管理者では無いと彼は感じた。そして、それを否定する事なく手の形を崩さぬままに
他の死にながら微弱に動くモノたちに照準を合わせて嘯いた。
「あの人なら、少しのあいだ休ませてくれってさ。流石に今の出来事は応えたって事さ」
そして、こう名乗った。
――俺はケセド
▽▲▽▲▽▲▽
無機質な白いテーブルに両手を組み合わせ顔を伏す女は、疲労隠せぬ吐息と共に立ち上がった。
そこはcoop内。雁夜の相手をしているのが『殻』であるなら、この場所は『実』
コトネの死。地下通路を彼等の宝具に同乗してる時から既にコトネの生還の可能性が
絶望的な事は予期していたが、それでも受け入れる事は容易くなかった。主導権を他のセフィラに
任せ彼女はペアとなるペンダントを胸元で強く握りしめる。懺悔の言葉を呟こうにも、そんな
資格は何処にも無い事も既に承知の上ながら規則的に小さな謝罪の言葉と一筋の冷たい液体が
片方の眼球から流れ出ていた。
「作業 しないと」
こうしてる間にも、Lobotomycoopのアブノーマリティ達は暴走する可能性を孕み、エージェント
研究員達は事故死の憂き目に陥る。
何より、自分が倒れれば特例を除けばcoop内の作業指示を下せる者は何処にも居ない。
倒れる訳には万に一つもあってはならないのだ。
無線に、控え目な口調で管理人と声掛けられる。普段より無意識に低い声と共に用件を尋ねると
調子を察してか、遠慮がちに新しく収容ルームに出現したアブノーマリティに早々の異常が
出たと報告がなされた。
「どう言うアブノーマリティだ」
「O-01-92(今日は恥ずかしがり屋)です。あの」
無線から独特の間が生じ、どう話して良いものかと言う困惑を多大に含ませ次の音が飛び込む。
「以前からの記録には無い行動をしてます。あの、誰かに呼び掛けているようなんです」
「なに? …………誰の名だ」
「――――」
瞬間、管理人は本来のルールに無い行動を取った。通路へと駆けだし、驚愕する部下達の間を
突き抜けて先程報告受けたアブノーマリティ番号のある部屋へ辿り着く。
落ち着いてくださいと制止の声を上げて半ば強引に取り押さえようとする職員に銃の形で手を
突き出して牽制すると、そのままドアを開いた。
人の皮膚で出来た左側に喜び右側に不機嫌な表情を模した顔の列のネット。
その向こう側に地面に血だまりを作った小さな人影を認識する。
その人影は左側へと寄って、小さくながらもはっきりと。
もっとも聞きたくて、そしてもっともその存在には発して貰いたくない声を紡いだ。
――あぁ スラー やっと 会えた
その言葉を聞いた瞬間、管理者は崩れ落ちるように地面へ膝を付いた。
キャスター陣営の拠点にて子供達が少しだけ生存している理由。
蛇香のハサン、コトネが管理者と思い出の記念としてペアルックで
作ったアクセサリーに管理者(サーヴァント)の想い(魔力)が篭り
その僅かな残滓と、サーヴァントでアートを作成したいが為の龍之介たっての
希望によってハサンに垂らされたビナーの持つ『液体』の作用により百貌の宝具
妄想現像(ザバーニーヤ)を死力を尽くし発動し
無銘の戦士による決死の時間稼ぎ(檻近くで倒れた)と、ちびハサンを発現させた。
然しながらフランチェスカとビナーの暗躍もありキャスター陣営の魂喰いの容量は
正史と同等か以上の保有がなされている。