fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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私には余り理解しかねる事だが 人は極々と普段生活する
日常そのものが、きっとこれからも続くだろうと感ずるらしい。

人《愚者》の願いとは ある種の信仰とも近い
盛者必衰と言語があるように、全ての過程はやがて終焉があり
決して続く事がないのに関わらず 何故それが永遠と思えるのか。

いや だからこそ あの崖の縁のある鐘が調べさせる
全てを崩れさせる音が幻想と混沌を小気味よく奏でさせるのだろう。

ああ お前も聞こえるか。ならば これ以上語り部に耳傾ける必要もない

鐘の音に合わせ死者達で編まれた靴と共にステップを踏みしめろ

陽射しが東の果てから流れ やがていずる靄が覆う時にソレが口開く



崩壊の鐘

桜は目覚めた(微睡む) 。起き上がった瞬間に、それが異なる世界である事を認識した。

蟲蔵でも、独りぼっちの私室でも、Lobotomy coopと呼ばれる場所とも違う誰かの世界。

 

空は昏く温かみは全く無くて鮮やかな彩は何処にも見当たらず太陽は見えない。

 真下を見落とす。踏みしめる感触は冷たいコンクリート床でも畳でもない柔らかだが

心地よさを感じさせる事のない柔らかさと一部硬い感触を感じさせている。

正体は死体だ……辺り一面に倒れ伏した死体が積み重なっている。

 一歩足を進める度に既に乾いた血や何かの液体の付着した衣類越しに死後硬直の肉の

感触が足の裏に伝わる。瞳孔が開ききった横顔は桜が今まで接してきた飴なり菓子を

渡したりカードゲームや他の遊戯に付き合ってくれた職員達である事が認識出来た。

 

大気の半分は死臭で出来ているだろう空間。直ぐに鼻は麻痺して腐りきった肉の匂いを

感じさせなくなり、それ以外を求める嗅覚は敏感に最近では嗅ぎ慣れた一筋の香りを

捉えた。少女はその方角へと足を進めると朧気に死体だらけの山越しに彼は見えた。

 

「こいつ達は、全員失敗した成れの果てなんだ」

 

青い髪、達観した目つき。お父さまが良く身に着けるような一見して高級だって解る

スーツで胸ポケットにハンカチを洒落た感じで入れ込んで。最近見慣れた通りのまま

円形のテーブル、安めの椅子が二脚。その内の一方に座って優雅に一啜り。

 

 テーブルにはコーヒードリップ、彼が摘まむ茶器とは別に空いた椅子のほうにも

空のカップが鎮座している。近くまで桜は行く事にした。

 

「飲むか? ……遠慮しなくていいのにな。子供にはこの味の良さが判らないかな」

 

半分程飲んだ器を置いて、自分が飲むのとは別にもう一つ空いたカップを差し出されたけど

飲む気分じゃないので首を軽く横に振る。

 残念そうな口振りだけど、そんなに残念そうじゃない顔でコーヒーを一口。

 

見渡す限りが死と破滅で埋め尽くされた大地の中で私と、この人だけ。

 

「切っ掛けは別の奴だったかも知れないけど、俺も原因の一つだったんだ。

俺が言いなりにならずに抵抗して無意味に死んだとしても、アレは俺以外の奴を

脅迫するなり死体の脳内からパスワードを引き摺りだずなりして住んでた世界を

地獄に変えたって事は間違いない。だが、俺にもう少し熱意や力があれば時計の砂の

落ちるスピードは多少緩やかになって、少しは違う未来もあったのかなぁ」

 

本当に飲まなくて良いのか? とカップをもう一度差し出される。私の答えは変わらない。

男の人、ケセドになる人であっただろう彼は肩を竦めてコーヒーを一口。また語りだす。

 

「何千何万何億と言う試行回数の中で、管理人のミスや不注意、膨大な作業の中での不運なミス

元々事故が起きないほうが可笑しいと言うか、犠牲なくして達成出来ないシステムだからな。

管理人が無気力でもっとやる気が無ければ、死体で宇宙を圧縮させて破壊だって出来るかもな」

 

ジョークなのか本気なのか分らない言葉と共に彼は笑い声を無音の世界に少しだけ響かせた。

唯一の死者の世界に広がる音源は暫くすると小さくなって再び静寂が訪れた。

暫くどちらとも何も声を発さなかった。すると水滴が額に一つ辺り、コーヒーカップの水面にも

パラパラと水滴が降りかかって雨音に満ちていく。

 

「ああ、また涙が零れ落ちて来た。決して止む事のない俺達の涙がな」

 

降り落ちて来た水滴は彼の言う通り止む事がなく、豪雨でも小雨でもない勢いで私達を濡らす。

 

「俺だって当初は、こんな理不尽だけの日々に涙ばかりだったよ。けど、何時しか悲しいと

思える事すら無くなった。残酷だよな? けど、大体そう言うもんなんだろうな。

人間なんてそんなものなのさ。何時しか傍観者である罪の意識を何にも感じる事もなくなって

こうやってコーヒーブレイクが出来るようになる。

 いや、このコーヒーを飲む事がある種の贖罪行為なのか」

 

一杯を飲み干すと、ドリップを傾けて新たに黒い液体で満たしていき言葉を続ける。

 

「俺達の過去は大体見ただろ? ――ガブリエル エリヤ

最初の崩御……いや、本当に崩壊する起因はもっと前にあったんだが、あいつ等二人が

会社の正式な職員として壊れ始める切っ掛けに深く関わっての犠牲だからさ」

 

ま、俺はそこまで苦しい死に様には至らなかったが、と呟きつつケセドは

コーヒーを一口含む。また再びコーヒーを勧められ、断る流れを繰り返す。

近くに置いてあったのか、何時の間にか取り出した角砂糖の入ったガラスの容器を開けて

一つ、二つ。ポチャンと波立たせ攪拌させ更にもう一口。

 喉を鳴らして多少甘くなったソレを流し込み、僅かに口内に残ったものを静かに味わって

打たれる雨によって濡れた顔を少しハンケチで拭ってから初めてちゃんと顔を桜のほうに

しっかりと向けて話しかけた。

 

「これ以上、見続ける必要は無いんだぜ? 無理に()()()事なんて無いんだから。

俺自身は出来る限りの事はやった。それでも回避不可能な運命に飲み込まれ、変わり果てて

失意のどん底にも陥って、それでもまた希望があるかと思いきや、結局何処にも光なんぞ

無いと告げられて……あんまりな目には遭わされたが、それでも割かし気持ちの整理は付いてる。

これ以上懊悩する暇があるなら、この一杯のコーヒーを堪能する時間に全て注ぎこみたいな」

 

桜は思った。きっと、この人も彼や彼女と同じ程に、桜と同じような理不尽な目に遭わされてる。

でも、何でそれでも彼は彼のままで生きられてるのか。

彼女は不思議だった。その疑問に対しカップを掲げ彼は答える。

 

「――大体人生ってそんなもんだろ? 希望以上に絶望が蔓延していて

それが事故同然のままに襲い掛かって来るもんなんだよ。

俺や俺達は降り掛かって来た災厄が割合常人より刺激的で特殊だった」

 

ケセドはコーヒーを回す。その飲み物と同じ位、暖かな光ない瞳は彼女を覗き込む。

 

「願いや祈りだけで天国に至れる筈など無い。血の滲む努力や功績が幸福と結びつかない

俺は悟ったんだ。何もかもあるがままに受け入れる事にしたんだ

どうしようもない事は、どうしようもないと事実をそのままに。

そして、それに対し()()()()()事こそが最良と答えを出したのさ」

 

ただ、それだけさとカップを傾けて口付ける。その姿を見て彼女は疑問を氷解させた。

 

謂わばケセドは桜なのだ。蟲に根こそぎ大切なものを奪われて抜け殻になり果てた者

桜そのものがケセドであり、ケセドもまた桜と同じ。

 

諦観と言う概念に、ほんの少し昔から嗜好していた慣習を色付けてる事を除けば

彼と私は鏡合わせのようにそっくりだ。

 

――コーヒーを飲んでいるか、そうでないか。それこそがケセドと私のたった一つ異なるだけ。

 

子供や大人、色んな死骸が積み重なった世界の中で私も横たわり動か無くなれば生きている人と

何ら見分けが付かないように。ただ立って動いてるか横に動いてないだけの違いなんだ。

 

ガブリエルも、エリヤも。そして、目の前の彼も 根本は全て私と何一つ違わない。

 

桜は真理を知った。私は……ただ立って動いているだけで、この死者達と何ら変わりなど無い。

流されるままに、訪れるものを全て享受し抵抗も逃走もせず襲い掛かる死にも微動だにせず

受け入れるもの等、そこら辺に転がっている置物と何が違わないのか。

 

大地が僅かに震え呻き声が轟いた。目の端で腐敗された肉片の床が崩れ去り世界が消えていく。

 

もう、目覚めの時間なのだろう。

 

「さようなら ダニエル」

 

きっと、この世界ではもう会わない人に別れを告げた。彼は口の端を吊り上げる。

 

「さようなら? 可笑しな言葉だ」

 

今 お前が見てるこの世界には。別れはおろか出会いだって未だ無いって言うのに。

 

ダニエルの言葉に対して思考や返答する間もなく、桜は意識を覚醒させた。

 死者達で形成された腐肉の世界から現実へと。そして瞼を開き、こう思った。

 

……まだ、私は夢を見ているのかな。

 

眼前には、赤黒い血肉で敷き詰められた空間。そして自分を離さないように抱え

鋭い目線で彼方を凝視する疵の目立つ赤い戦士の横顔で桜は出迎えられた。

 

「おどきなさい、神涜の果てに聖処女を得る為にも。貴方がたが守るその娘には

贄になって貰うのですから」

 

通路に響き渡る艶めかしい肉が溶けるか擦り合うような物音

誰だか知らない声に立ちふさがるように、ゲブラーは無言で視界に染まる赤黒さよりも

一際鮮やかな赤い髪を逆立て、髑髏のつく棍棒を片手に生み出した。

 

 

 

 

 

 

 

冷たい雨が降り注ぐ。何処ぞと知れぬ人払いの結界を施した冬木市の廃屋の一つで

眉間の間に長く残りそうな皺を作りつつ片手の指を慎重に動かす男。

 その背後には筋が整う麗人な男女が一人ずつ控えているのが見て取れた。

 

「よしっ、これで腕は問題ない。稀代の人形師と言われている力量は本物だったな」

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは片腕の回路を完全に壊死された事を理解し

荒れ狂う心情を抑えつつ、直ぐに日本国内にいる蒼崎橙子。本物と何ら遜色のない

義肢のスペシャリストに連絡を試み、そして半日も過ぎた頃には届けられた。

 

これが完全に全身の魔術回路を破壊されたとなれば、意識が回復するまでの時間や

全体のパーツを蒼埼が制作する時間も含め、聖杯戦争では決して短くない浪費が

産まれていたであろうが、バーサーカーの分岐点となる一助により彼は問題なく

聖杯戦争へ立てる状態へと復帰が約束されたのだった。

 

戦争へ対峙するにあたり、五体の内のどれかが欠けて勝利する等と言う事。

人によっては執念で勝利を掴む姿勢を美しいと評価する事もあるが、エルメロイ家を

背負う彼にとって、そのようなものは無様で醜さしか受け取れない。

 

ようやく心の均衡を保つ事が成功した彼は、不愉快な顔つきでサーヴァントに振り向く。

 

「そもそも、だっ。ランサー!

貴様がセイバーとの闘いに手間取っていたからこそ、工房はアサシン陣営に奪われ

私がこのような失態を被る嵌めになったのだぞっ」

 

抑え込んでいた不平不満は妻にぶつけるのは以ての外、結果その全ての怒りは召喚時から

黒子の魅了によって誑かし、聖杯への望みを上辺ですら口にしない心証は全て害としか

映らない忠義の騎士を気取るサーヴァントに向けられる。

 

「ケイネス、みっともないわ。そもそも、魔術師の流儀として一対一の決闘を

望んだのは貴方でなくて?」

 

「あぁ、確かに私さっ! この片腕を壊されたのも一重に判断の誤りだと認めようとも!

然し、それとこれとは話は別だっ。戦争開始時から御身の為に他の英霊の首級をこの手に

持ち帰ると宣いながら、貴様は私が魔術師として一生物の傷を負うまで何をしていた?

正騎士であるアーサー王とは二度相まみえながら倒す事は叶わず、私の指示に躊躇した故に

パンドラの箱の猪を出され手も足も出せず逃げ帰ってきただけでは無いかっ.」

 

これならば、あのバーサーカーを使役していたほうが余程マシだ。と吐き捨てるような

口調にディムルッドは首を垂れて罵詈雑言の嵐を無言で受け止めるのみだ。

 

令呪に縛られてる故、愚かな主に叛旗を翻そうと忍耐を敷いているのでは無い。

 今世の主の荒げる声と眼光に宿す黒い念の色合い。それと共に自身を弁護する主の伴侶の瞳に

 揺れ動く熱情を伴った焦がれた視線に言いようがない既視感を受けてだ。

 

(俺は、このままで良いのだろうか)

 

そう葛藤が産まれたのは何時頃からだろう? あのパンドラが魔猪を召喚した瞬間から

背筋から粟立つような衝撃を受け、今もあの怪物の姿形は脳裏の端にちらついている。

 自身の死因でもある存在と思いがけぬ邂逅を果たした事は想定以上だったのか、未だ

この心の中には蟠りのようなシコリが漂っている。

 

かつてフィオナ騎士団一の英雄と謳われた自身は、主であり無二の背中を預けし彼の

姫君を浚った事から全ての歯車は崩れ去ってしまった。

 誰も恨んで等いない。魔猪によって瀕死の自分を見殺しに至った彼も、自分を浚えと

誓約を後ろ盾にしつつ我欲のままに命じた彼女にも。

 

ただ最後に死に際に渇望したのは一つのみ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だって、そうではないか? 戦場の中で死するのならば受け入れられる。自身に明確な

咎があり、友や主君を死に追いやったとするならば抗う事なく首を刎ねられよう。

 然し、そうではなかった。数々の私欲が入り混じった故に起きた悲劇。我が主も姫も

容認出来ぬ挙動があった事は否定出来ぬが、悪人では無かった。私は姫を愛したし

そして彼以上の主は居ないと永遠の別離の後も口に出来る自信を備えている。

 

目の前で繰り広げられる、我が主と伴侶の口論を見据えて葛藤の火は消える事なく

燃え広がる事も無いままに揺れ動いている。

 まるで、あの頃の再現のようだ。怒れる主君、この呪いの黒子に囚われ空回った

熱情の虜となって取り直す伴侶。否が応にも遠い記憶が呼び起こされてしまう。

 

けれど自分がどう口にした所で、この現実が良い方向に向かわないだろうとも厳しく

冷たい事実も理解している。何時だってそうだったのだ……このような修羅場では

間男のような立場に至っている自身が口にすれば更に油を注ぎ悪化させてしまう。

 

      ―― 醜いものだな

 

そう、醜い。……? いや、待て。今の言葉は誰が呟いたものだ。

 

殺気と言うものは無かった。いや、そもそもその言葉に感情は伴っていなかった。

 声の方に素早く振り向き、名槍二つを握る腕に力を込める。

 

廃屋の向こう側の雨が地面を濡らす場所に一人の女性が傘を差して薄気味悪さすら

感じられる微笑で、人を人とも思わぬように観察した目をこちらに向けている。

 それも油断は出来ないのだが、一番注視せねばならなかったのは傘の領域に入らずに

黒い孔雀羽のような襟をした衣服に包まれた中性的な顔立ちの人物のほうだ。

 

      ―― そして 貴様は謂わば切れ端

 

 ―― 深く染まる事も染められぬ事もままならぬ切れ端なのだな

 

こいつは何だ? 何を言っている?

 

ただ、理解出来る事もある。今まで幾度ともなく強大な敵とは戦場と相まみえた。

この戦場でも彼の征服王の威圧を肌で感じ取り、円卓の最優なる騎士王とも剣を交えた。

 だが、こいつは何一つとして異なる。畏れすら感じ取れず、今まで感じた事のない

未知に対する不快と危機感のみが四肢を駆け巡っている。

 

「何だ、ランサーっ。……! 敵か。その容姿、バーサーカーが告げた第三の介入者か」

 

警句を発する。振り向いたケイネスはソラウと同タイミングでフランチェスカの姿を認め

何時でも魔術での攻撃及び防御態勢へ移る。

 彼と彼女が視線を向ける瞬間には、振り注ぐ雨の勢いが強まったと感じた刹那に

あの不気味な言葉を耳に擦りつけた者は姿を雫の中へ同化させたように消失させた。

何処へ消えたのかとランサーが悩む間もなく、代わりに佇むのはバーサーカーが宝具で

招来させた黒い闇のドームを産み出した例の黒鳥を模すような羽毛に皮を縫い合わせた鎧。

頭部に至っては目元まで酷似させるように黄色いゴーグルで、片手に宿す恐ろし気な

ハンマーもソレの羽根や目を捥いで作り上げたような武器だ。

 記憶から拭い去るには早すぎる装飾。そこから連想され忠言された狂戦士の女の発言を

顧みれば、宝具から自立行動で離脱し此度の戦争の裏で暗躍して画策するビナーとか言う

存在が目の前の女と手を組み、宝具の中の魔物を幾つか引っ浚い結託の取引材料なりで

贈った事は間違いない。そんな裏を推察するよりもケイネス・エルメロイ・アーチボルトが

腹立たしいのは、手負いであるとは言え時計塔の名手たる自分が何処の馬の骨とも知らぬ

魔術師が邪悪な玩具箱の人形一体で自分をどうにか出来ると暗に見下されてる事実に対して。

 

「あのパンドラの箱より引き連り出した暗黒の騎士一体で私を倒すつもりかっ」

 

 「んっんー♫ ただの外郭の戦利品の試運転よ」

 

ケイネスの荒い口調に対し、何処吹く風と言った調子で傘を軽く回し惚けた返答を

フランチェスカは行う。

 

軽んじられ、揶揄われている。征服王であるイスカンダルに対し、姿を現さない自身は

ウェイバーより根性なしだと迂遠な言い回しながら告げられた時よりも遙かな屈辱が

彼の腸を煮えくり返る。それでも衝動に任せて虎の子の月霊髄液を振り回すような

愚行を行うつもりも一切なし。唱えるのはランサーへの戦闘の許可。

 

「行けっランサー! この私を侮辱する者は誰一人として許してはおけぬ」

 

御意の言葉と共にディムルッドは駆ける。目前で構える黒鳥の装飾の槌使いの背後で

あどけない少女のようでもあり知性を感じられぬ老婆の気味悪い笑みにも似た魔術師からは

海魔からも感じられた操り主のキャスターに近似した気配を感じられるものの

どのような術を扱うとすれ、今まで戦場を生き延びるにあたって信頼してきた相棒(二槍)ならば

切り裂く事は可能であると彼は自負している。

 

鍛えられた駿馬の如き脚力と共に常人ならばどんなに早く走ろうとも十秒は掛かる距離を3歩程

足を踏みしめるのみでランサーは黒い戦士に肉薄すると、その勢いのままに長槍を叩き込む。

 戦士はディムルッドの英霊としてのスピードや技量に感嘆や驚愕する素振りを一切見せず

ただ寡黙に僅かに持ち手の位置を変え、そのまともに直撃すれば後ろに押し込まれる威力を

全て柄から先端部分の槌を抜けて宙へと衝撃を捌ききる。

 

一秒にも満たない遣り取りの最中にランサーは確信する。この戦士の技量は自身と同等に及ぶ

担い手であり、幾多の窮地を超えて来た猛者であると。

 

姿勢を変え、フェイントを交えつつ槍の連撃を浴びせる。二槍と言う質量ではランサーが

優位に立つ筈だが、その鳥の装飾の兜の向こう側で何を推し量るか知れぬものの

即座に槌の角度を変えつつ防ぐ様は槍騎士と実力遜色ないと理解出来る。

 

鋭い呼気と共に紅の長槍を引くタイミングに合わせ黄色の短槍を腹部に定め打ち込みを試みる。

黒鳥の槌の担い手は、その打ち筋を前以て理解してたように長い柄の部分の中心で弾き

お返しとばかりに槌をディムルッドの頭部目掛け、その武器の大きさと相応するであろう

重量さなど全く以て無いかのような速度で振りぬいて行く。

 顎を引き、それでも未だ圏内を抜けられない事を理解している戦士としての勘は肉体を従え

上半身と頭部は後ろの地面に付きかねない程に大きく逸らされ、その刹那に凶器の香りと突風が

鼻先を擽っていく。手首を返し槍の持ち手を地面へ打ち込み、その反動と同時に片足を大きく

降り抜きハンマーの戦士の顎先を蹴り抜こうとする勢いでバク転しつつ蹴りを繰り出す。

 

サーヴァントであれ、人の姿形であれば顎を鋭く打ち抜けば脳震盪を引き起こすであろう。

人類の力を集結させても未だ足りない程の力を秘めていても生物学的に人類であるならば

その強度が如何に怪物であれ1秒程であれ硬直は逃れられない。それは優れた戦士の死闘の

最中では勝敗を分かつ大きな隙である。

 それを理解してるからであろう。ランサーの蹴りに黒鳥の兜を僅かに傾げ、その羽毛が

幾らか飛び散らせつつも直撃を回避する。だが、僅かでも彼? 彼女? は正騎士の一人の

一撃が掠めた事に苛立たったのか、彼がその勢いのままに少し距離を開けたと同時に

黒鳥のハンマーを自身と同等に平行へ構え、周囲一帯、ケイネス等にも聞き届く勢いで

棍の部分を地面へ奇しくもランサーがしたように打ち据えた。

 

(っ! 危険な気が、あの槌の頂点から満ち溢れようとしている)

 

判断と同時に飛び退く。柄の部分がアスファルトで覆われた部分に接触すると同時に

黒き鳥を模す戦士を中心として放射するように空気を揺るがし、転がってる幾多の小さな石に

ゴミが消滅していくのが見て取れる。未だ足が宙を掻いている最中、ディムルッドは両手の

槍を十字に構え腹に力を込め前面に魔力を込めるのをすかさず行う。

 瞬間に槍から両腕に掛けて痺れるような衝撃が通過し、振動が足先から頭を駆け抜けた。

 

(衝撃波っ 幾らかの距離で防いだ筈なのに、この手に残る痺れ……っ)

 

戦士の手に届く範囲で受ければ行動不能に繋がり得ないと、足が地面につくと同時に槍の構えを

変えつつ鋭い視線で次の行動に気を配る。

 緊張漂う空気に対し、水を差すように控えている外の魔術師は間延びした声を上げた。

 

「ねぇ、不思議なのよね。――誰も正々堂々一対一なんて告げてないのよね」

 

その小馬鹿にした口調を聞いた瞬間、嫌な予感が背後にいるマスターの方面から感じ取れた。

 衛宮切嗣に大きな傷を受けて周囲への危機意識が昂っていたケイネスもほぼ同時にこの場で

覚えの無い新たな気配が自分から見て真横から突如出現するのを探知して首を向ける。

 

ソレは鞄だ。この極東の国や、自身の母国でも会社勤めの者が書類なりを携行する為に

よく見られるビジネスバッグ。それが地面に転がってるならまだしも、宙に浮いていれば

慢心して様子見などする事なく虎の子の月霊髄液を取り出す行動にケイネスは出た。

 

銀色の流動体が彼と伴侶を守るように地面を円に描くのと同時に、鞄は誰の手を借りる事なく

その留め金部分が開き、質量保存の法則を無視して真下へ向けて開ききった其の入れ物から

成人男性であろう黒い中折れ帽子を被った男性らしき人影が地面に降り立った。

 

(二体目のサーヴァントかっ!)

 

金色状の鎖をあしらえたブランド品であろう高級感漂う黒で統一されたスーツとコートの

両手には、今しがた転移の媒介として使用した旅行鞄を片手に提げ、残る手に何やら

ルーン文字らしき魔力感じる刻印の刻まれた拳銃が収められている。

 

 「――Automatoportum defensio(自立防御)」

 

その銃口が自分に向けられると同時に力ある言葉を行使し、水銀の膜は眼前に広がる。

直ぐ後に聞こえた発砲音、と同時に米神を掠った熱と痛み。小さな呻きの中で、僅かに見える

水銀の壁を貫いた先から僅かに伺えた、帽子の下から見て取れる不敵な微笑を憎悪を込めて睨む。

 

半ば想定出来たが、サーヴァントである存在、魔術礼装は現代の比にするのは愚の骨頂とも言える

現存で最高格の神秘の武器を時計塔最強格の我が月霊髄液であっても完全には防げない。

 

だがランサーを令呪で命じ黒鳥の槌使いの殲滅を命じても、あの不愉快な小娘の姿形の魔術師が

パンドラの箱から未だどれ程の戦力をバーサーカーから離反した魔性の存在から融通

されたのか未知数。自分とソラウの離脱を命ずるのも、戦争開始時点から華々しくない戦績を

顧みれば、烏滸がましい程に誇り高い彼には其の手札を捲るに指は重すぎる。

 

(私は 私はケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ! 如何な小細工を弄されようとも

この天才たる己に負け犬の如き敗走等と言う文字は辞書に無いのだっ!)

 

既に妻は留まっては危険と知り、廃屋の建物の中へと姿を隠した。

それで良い。見ておれ誇りも名誉も知らぬ獣め、このアーチボルトの妙技 見せてくれる。

 

「ire:sanctio(追跡抹殺) Scalp(斬)!!」

 

水銀は如何なる形へも姿を変える。円状の壁は瞬く間に姿を変え、切っ先を鋭くした流動体

となって中折れ帽子の英霊となる存在へ空気を切り裂きながら進む。

 

防壁が自身に襲い掛かる軌道不規則な水銀槍に対し、数秒先に貫かれる未来を待ち受ける者が

帽子の下から覗かせる不敵な笑みの口元は形変わる事ない。

逃れなどしないと確信を持っていた。鞄を用いての転移、月霊髄液を貫く弾丸あってでも

最高礼装たる水銀の速さに質量が加わされば、どちらの選択肢も悪手。そのエーテル体に

大きな傷を負う事は必至であると、頭の中で水銀の軌道を演算しての自信だった。

 提げた旅行鞄の方から金属の留め金が外れる音と共に、その中から質量を無視した

エメラルドグリーン状の触手が飛び出るまでは。

 

「なっ……!」

 

一瞬だった。ケイネスの誇る時計塔の歴史に名を遺すだろう一品の月霊髄液と奇しくも

良く似た形を模した新緑色の今まで目にした事のない魔力の触手がぶつかりあい

競り負けるでもなく、呆気なく月霊髄液が先端部分にかけて切断され自身の魔力操作を

失った部分が元の水銀の液体となり地面に落ちるのと同時に、切り飛ばした触手が

ケイネスの片手の部分を浅からぬ部分まで切り飛ばしたのも。

 

不幸中の幸いと言えるべきか、切断された部分は丁度人形師の彼女が作成した部分。

 既に一般人や二流魔術師には見分けつかぬ程の高度な義肢となっていた為、鞄から

飛び出した宝具であろう触手が何らかの呪いを帯びていたとしても肉体に回って来る

事は無い。それでも幻肢痛とも呼べる痛みは体を駆け巡ったのは、まだ腕が破壊されて

左程日が経っているからとかではなく、明らかに今直撃した毒々しい色合いの

幻想世界の何処かに眠る暗黒の場所に住まう存在異形の腕が原因は言うまでも無し。

 

(に、似ている……っ。魔術師としての在り方を見失ったアインツベルンが雇った

魔術師殺しの傭兵。奴の弾丸を受けた時に似ている!)

 

思えば、月霊髄液の防御モードを貫通した瞬間から嫌な予感の芽が自分の心に咲いていた。

 またか? また私はあの時のような拭い難い死するまで残る恥辱を二度も受けると?

眩暈がする程の怒りと共に今まで感じた事のない嫌な震えと嫌悪感が沸いて出た。

順風満帆、これまでの成功を確約された彼の人生で一度たりとも覚えのない感情。

実の両親の死別や、親交の間柄がある者達が内心で自分を蹴落としたい野心で一杯であると

発覚した時でさえも、こんな感情を彼は知らない。

 それは『絶望』だった。正史ならばセルフギアスで切嗣に命の保障を取り付け

ランサーを自害させ、そのまま重傷のソラウと命からがら時計塔に帰還出来ると安堵を

覚えた束の間に舞弥の手で致命傷を受けた死に際に強く体感しただろう感情。

 肉体が完全に壊死した時でさえ、愛する伴侶の思慕が完全に自分からサーヴァントに以降

してる時であれど彼は自分の感情の真摯に向き合う事はプライドが阻害され出来なかった。

 

衛宮切嗣を憎悪し、己の栄光の架け橋と呼ぶ渡り綱が未だしっかりと結ばれていると盲信して

挫折を直視する事は無かった。それも運命と言うべきか、彼は間桐 雁也がそうであるように

壊れた肉体が精神を引き摺る如く、尋常な精神を破綻していたからこそ心を外道に堕とし

教会の父を殺害する事を何ら厭わない精神に至っていた。終着点となるセイバーに介錯される

寸前に其の感情を享受する時は、最早ただ楽になる事しか念頭に置ける状態でしかなかった。

 

然し、今の時空では彼は狂い始めた運命の余波を受け精神と肉体は健常に寄っている。

その元の在り方のままに芽吹いた負の感情を受け止め困惑していた。

 

 ――主ッッ!

 

風を切るように一つのポリバケツが飛来してくる。一瞬の膨れ上がった感情を思考で処理する

隙をついて、銃の代わりにナイフの武器を構え迫って来た刺客へと飛んでいく。

魔力も何の力も無い飛来物。それでも躱す為の一瞬程度の間は命を拾うのに十分な時。

 熱した鉄に水を掛けるように覚めたケイネスは再び詠唱と共に水銀を動かす。幾らか当たれば

サーヴァントであろう肉体に通ずるらしく、再び距離を取る為に飛び退く。

呆然自失から逃れた彼は、援護したのが自分のサーヴァントである事を確認し。そして目を

走らせて妻が建物の陰から心配そうな目を向け見つめる気配を把握し気を引き締める。

 

そうだ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。何を怯える? 如何なる苦境 試練と

皆が口揃えて呼ぶものを私は躓く事なく乗り越えて来た。

今この身は片腕こそ機能を伴わずも、その他は問題なく動き最高級の礼装と自身の英霊は健在

降り掛かる災厄とて、客観的に考えれば今の戦況を突破する手段は幾らでもある。

 

「――そうだ 私はケイネス 貴族(ロード)ケイネスだ。栄誉と敬仰に織られた聖戦を

恥を知らぬままにハイエナのように横から現われたお前達を誅罰すべき義務があるのだ!」

 

宣告と同時に、パスを介し至上なる液体である演算器へとケイネスはあるヴィジョンを描かせる。

 

粗雑な水たまりのような形で留まっていた水銀は、瞬く間に或る人の形へ至った。

 その実像の写し身を見て取り、へぇーと特に感心の色は込めない感嘆の真似して外来より訪れた

魔術師フランチェスカは嘯いた。

 

「魔術師として教本通りの人物像って聞いたけど、やっぱり才は本物なのね」

 

その姿形はディムルッドだった。彼にとって最も信頼する存在であるから……では無い。

戦争開始時点より今までの行動の中で、最も観察してきており伴侶の心を半ば以上占領された事も

相まって憎悪を覚える程にずっと其のサーヴァントの動きを目にしてきた。

 他のサーヴァントも戦闘による体術や技術も垣間見える機会はあった。

だが月霊髄液でサーヴァントを模倣するとなれば一番現物の資料が間近で目にしたランサー

が自然と挙がる。内心の実情が何であれ今は安い嫉妬で駆り立てられて戦法を見誤る程に

ケイネスの眼に曇りは無い。常日頃の魔術師としての冷徹な思考に基づき行動する。

 

中折れ帽子の英霊もどきの幻想の手からナイフと入れ替わりに構えられた銃口に一片たりとも

焦燥の色を瞳に浮かべる事なく、信用の要たる礼装に詠唱と同時に全身全霊の演算を込めた。

 

「『Fervor,mei,sanguis:aemulatio (滾れ、我が血潮:創造的模倣)』 」

 

ディムルッドの形をした水銀が、英霊と遜色のない身体能力を有した足払いを行うと同時に

銃撃の音と、弾丸が何か硬い遮蔽物に当たり跳弾するような物音が同時に発生した。

 敵対する者の帽子の下に浮かべられていた微笑の形が、真一文字の無表情に初めて模られる。

 

「このロード・エルメロイから直に直接講義を受けられる君は果報者だ。

如何に、英霊と言う存在であり弾丸そのものが神秘の結晶と呼ばれる代物でも……だ。

それが銃と言う形であり、発射される際に生じる物理学の法則を捻じ曲げる事は難しい。

 一度直に味わって見たからこそ痛い程に実感したが、弾丸自体は宝具による逸話も無銘に

等しい、魔力と肉体を併用し破壊する呪力を除いては只の弾丸だ……故に」

 

連続した発砲の音を重ねるようにして、ディムルッドの形をした月霊髄液が全て防ぎ切る

音が空間へ響き、抑揚つけてケイネスは普段通りの高圧さを滲ませた声で宣告する。

 

「――魔力・質量を同等に有す礼装にて銃弾を逸らすに適した速度を加えれば防ぐのも容易。

あぁ、然しだ。これでは、防戦一方 其方が新たな幻想種の増援を加えるか戦法を変えればだ。

また、私を追い詰める事も可能かも知れないな?

 ――ランサー 汝の宝具を開帳し 我が月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の元へっ」

 

 「――御意ッ!」

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の旋回の斬撃を直感で危惧を介し下がった

黒鳥の槌使いに意を介す事なく、その長き槍ゲイ・ジャルグは弧を描きつつ

槍騎士を模す水銀人形の手へ。

 投げ渡された宝具を受け取った直後に、その疑似ゴーレムを軸として旋風が産み出された。

 

   ――ビュォオッ     ザシュゥウッッ゛

 

元々は固体でなく流動の自由自在に変化を形作れる礼装である。物理法則で銃に数舜の時間が形成されるのも事実であれば、予めプログラムされた予備動作を必要としない鞭と

等しい音速の一撃を月霊髄液が放てる事もまた逃れられぬ現実。

 更に、その先端には神秘の凝縮された魔を絶つ槍と言う重しのおまけ付きだ。

 

上半身の衣服が裂け浅からぬ血飛沫と、転移と召喚の機能を有する宝具の亜種であろう

ビジネスバッグの表面にも体の負傷と同程度の傷が走る。

 

「嘘っ サーヴァントの宝具を、たかが使い魔が振るえる筈なんて」

 

 「フッ 如何にも見識浅い片田舎から招かれた者の驚嘆だな?

たかが、では無い。九代に続くアーチボルト家の魔道の結晶であり、時計塔の歴史を塗り替えす価値を持ち合わせる最高級の礼装。

 サーヴァントの武具であれ、この私の手に掛かれば盤石を幾らでも反転させうる一手として

チェスのポーンをルークに変えるように戦局を変える事は左程難しくないのだよ」

 

唖然とした表情を模り、口元に白手袋を当てて狼狽を紡ぐフランチェスカに毅然とした態度で

正道の魔術師は返す。ゲイ・ジャルグを脳細胞の大部分を活性させ月霊髄液で使役し、ゲイ・ボウと伝説に至るに謳われたディムルッドの培ったケルトの戦士としての力。

 

対するフランチェスカが見せる札は、一槍のみになっても優勢に未だ持ち込めない槌使いと

重傷なのが見てわかる中折れ帽子の気障っぽい雰囲気の戦士。

 

「くっ」

 

口惜しそうな唸り、刹那 周囲から漂う細やかな霧状に広がる魔力の波と共に耳に障る

羽音が全体に広がる。壁なりを黒く偽装していた魔力で編まれた蠅が周囲を飛び交う。

 高度な魔術師同士の決闘と言う方式で、このような薄く展開された攪乱及び悪戯に負傷を

相手に与えようと躍起になる方法は正直愚劣と称して良い。

 とは心の中で思うものの、ケイネスもこれが自分への躍起になっての

無為な攻撃とは露ほども思って無い。

薄汚い魔術式で攻撃を加えると見せ掛けての尻尾を巻いて逃走しようと思っているのが

体を反転させ、黒鳥の鎧を覆う戦士を引き連れて退却しようとしてるのを見れば明らか。

 

初歩の初歩とも言って過言では無い、自身の属性である風の魔術を扱い何とか接近を試みる蠅を

あしらいつつ、ランサーへ別方向へ逃げる中折れ帽子の戦士を見据えつつ命ずる。

 

「追え、ランサー。二兎追うものは一兎をも得ずと言う。何よりもこの私に少なからず傷を

負わせた、彼のパンドラの箱から飛び出した魔の傀儡には貴様の自慢の槍で討伐するのだ」

 

今代の主君の自身の道に損なわぬ言葉。外来の魔術師はペテンに長けており黒槌の戦士に対し

疲弊以外特筆して相手の力を削るのに至らなかった事も踏まえれば、主の機転により大きな痛手を

与える事が出来た近代服の戦士に引導を与えるのは定石。

 ディムルッドは家臣としての了承の声を一言だけ発し、黄色い短槍のみを傍らに一足飛びに

死角が多い建物内が隣接する通路に滑り込み、何とか生き延びようとする戦士を追う。

 

それを見届け、ようやく軽い頭痛まで生まれてきた演算を終了しつつ溜息と疲弊の汗を噴出させ

月霊髄液を人型から単調な丸い形へと戻す。曇天から落ちてくる夥しい雫が基礎的な魔術の

雨避けを解除すると共に彼の火照った頭を濡らす。普段ならば貴族として濡れ鼠になる等と

醜聞だと述べるが、今の疲弊して微熱が続く体には強めの雨は癪だが心地よさもある。

 本来のこの礼装はサーヴァントのような人の形に至らせる事は難しく、ましてや機敏に英霊を

模すような攻撃を行使するとなれば膨大な処理と魔力を費やさなければいけない。

この聖杯戦争に参じてる魔術師で、ケイネスの真似を出来る人物がいるとすれば遠坂の当主たる

人の数倍の努力を克己と自律で成し遂げた遠坂 時臣か正当な参加者でないがセイバーを事実上

使役するにあたったアイリスフィールがその技術を埋め込まれた場合のみであろう。

 伴侶たるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとの同時パスによるサーヴァントを潤沢な魔力での

操作が可能である事と、ケイネス自身が実際の天才であると言う二つの異才が揃っての

月霊髄液にサーヴァントの姿と動きを模倣するという荒芸なのだ。普通の魔術師ならば不可能な

芸当で試行しても十数秒で脳がオーバフローを起こし倒れるか最悪脳内出血を及ぼし死亡する。

 敵と対峙してる際に、情けなく自身が倒れかねない疲労を宿してる事を悟らせるような真似は

絶対に出来ない彼は、ようやく乱入してきたフランチェスカの姿や使い魔達を退散させ

周囲に人影が無くなった事を自覚すると共に一息ついた。

 

(中々危なかったな。平静を表では保てていたが、消耗はやはり想定した通りに激しい。

この戦争中で発動出来るとして、後一度か二度が目安として最適な所か)

 

体力を回復して万全の状態で取り組んでも、サーヴァントを戦闘させつつ自身も同等の戦力を

取り組むとなれば今回のように事が上手くいく保障は無い。何よりも、この戦法だと疑似的な

ランサーと本当のランサー二体と言う過大戦力だが、今持ち歩く礼装だけでば防御は薄い。

 正しく、ランサーのように『槍』のような戦闘形式だ。真っ直ぐな突きと言えるべき戦法は

七陣営で上位だが、横を叩かれば一気に弱まる。連発は禁忌だとケイネスは噛み締める。

 

「ケイネスっ」

 

小走り、そして背中に触れる小柄な熱と胴体に回された しなやかな腕と手。

柔らかな二双の膨らみと首にくすぐったい毛先を感じて抱きしめられたと知る。

 思わず固い表情が崩れた。このように自分の妻が大胆な行動をとるのは何時以来?

いや、出会った当初から回想しても初めてかも知れない。

 

「ソ、ソラウ……何だね、この私を心配してくれるのは喜ばしい事だが、随分と君らしくない」

 

 「えぇ、えぇそうね。確かに今は私、何時もの自分らしく無いって思う。

でも、良かったわ 貴方が無事で……本当に良かった」

 

腕に込もる力が強まり、俄かに抑えていた高揚感が体中に流れていくのが感じて心地よさと

機嫌も上昇する。直ぐにでも帰還するかも知れないランサーに目撃されるかも知れないと

言う警戒が無ければ、更に顔を崩して鼻の下でも伸ばしかねない程に有頂天だ。

 この戦争開始してから、思えば初めて自分が劣勢を独力で考案した魔術形式を扱って相手を

敗走させたのであった。その武勇を目にした妻は、ようやく黒子の魅了に沿う浅慮を自覚して

我が姿こそが自他共に認める在りし貴族としての高貴を理解してくれたか。

 

今、その妻はランサーに向けたものでない。本当に自分のみに注ぐ熱情を帯びた瞳と顔を

向けてくれるのかと、口を弧に描きつつ首を回して……。

 

   「いや、本当に有難し。採取すべき頭に破損が無い事は何よりの事だからな」

 

……それが、自分の妻などでは無く。今まで目にした事のない虚空を目に帯びた女の容姿である

事を目にして固まり、そして冷静さが消えた頭の中で遅まきながら鳴り響く危険を囁く勘と共に

この女が、ビナーと言われるパンドラの箱から逃れた肖像と瓜二つの容姿だと知る。

 何故、こいつは我が妻であるソラウの姿を象っている? 彼女はどうしたのだ?

俄かに混乱する頭と、直ぐに令呪でランサーを呼び戻すか月霊髄液を作動するのだと言う

冷静な囁きが渦巻きあう中で、ふとケイネスは不思議にも前日に行われた談合を思い出した。

バーサーカーはこう告げていた。

 

『そいつと対峙した時は、例え貴方にとって魔術師同士の戦いにおいて何一つ実りを得ず撤退

する事が名を傷つける行動だとしても、決して相対する事を無い事を強く忠言します』

 

『アレは……アレは魔術師や英霊、その他の分野の専攻の人間であっても理解し難い者です。

ただ、一言だけ正しい説明が出来るものがあるとすれば』

 

ーこいつは人間の()()()を、知り尽くした専門家です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「!? ……主っ」

 

あと一歩で、中折れ帽子の戦士の背中に槍を見舞う事が出来ると言う瞬間。繋がられたパスに

起きた異様な揺れを感じ取り仕留める事よりもまず先に安否を急ぎ確かめるためにランサーは

来た道を逆走する。コンクリートの通路と家屋の壁で出来た軽い迷路を抜けて、目的の場所に

彼は辿り着くと同時に目を見開いた。

 

 倒れるケイネス、そしてその横に居るのは白衣を纏う冷ややかな顔つきで主君を見下ろす……

 

 「っバーサーカー! これは……」

 

良くも主を、と怒鳴りつけ直ぐにでもバーサーカーへ攻撃するのを躊躇ったのは。

ディムルッド自体が直情的に客観的な状況のみで薄氷を歩くように危うさは見えるが

同盟相手である存在を理由も聞かず宣告もせずに攻撃をするのは騎士道に背くと言う理由が

多く含んでいたものの、それ以外にも彼女自身が座り込み主君の脈を測る様子をしている事

セルフギアスの内容や、彼女自体の気配が以前感じたものと少々異なりを見せる事など

要因は幾つがあった。槍を構えるのを止め、彼等の居る場所へ歩み寄る。

 

 「……これは、一体何があって主君は」

 

「まぁ、お前達は見ていて面白い位に上手く相手の穴に嵌ったと言うだけさ。

別にそれに恥を覚える事は無いがな。特に、策略と謀略に長けてるあいつを相手にするのなら」

 

驚きが思わず顔に浮かぶ。このバーサーカーは、何時でも人であるマスターには会話を臨んでたが

自分や他の英霊に対する姿勢は見ていて分かりやすく拒絶のみ態度で見せていた。

 

態度が突然柔軟になったと言うよりは、まるで別人の誰かが演じてるような……。

 

ランサーの困惑を他所に、バーサーカーを演じている『ケセド』はニヒルな微笑で告げる。

 

 「で、だ。このままだと、そちらのマスターに連れの伴侶も衰弱死するだろうが

こっちの宝具の中でなら治療は可能だ。アレに壊される経験を経て、直す為の方法も

こちらは会得している。どうするんだ、お前は?」

 

やはり、別人に思える。だが、その全身から滲む魔力や内部に秘めてるであろう宝具の

気配は正しく普段のバーサーカーのものである事は否定出来ない。

 

廃屋の場所から、マスター同様に彼の外来の魔術師達に自身が居ない僅かな間に何か

干渉され弱り切って意識を失っている主の伴侶を抱えるスーツ姿の男性を目の端で捉える。

先程の戦士とは異なる、間桐の長男と連れ合ってた使い魔と同じ制服だ。

 視覚情報から、言動や雰囲気は大分異なるものの本物のバーサーカーである事は保証出来た。

後は、己が主君と其の妻をどうしたいのか。

 

そんな事、考えるまでもない。

 

 「――頼む。だが、後で詳細は頼むぞ」

 

その言葉に応じ頷く彼女は手を差し出し、そこに手のひらを乗せる。

バーサーカーの体が輝きだし、ソラウを抱える職員や自身も同等の光を帯びて瞬く間に

視界一杯に光が満ち溢れ、一瞬だけ眩しさに瞼を閉じるのを余儀なくされる。

 

         ――ようこそ Lobotomy coopへ

 

そして、次の瞬間に曇天に雨 廃れた病院跡地や家屋以外の景色が人工物で密集した通路と

スーツと白衣の者達が織りなす場所に招かれた。紫や橙、緑に青い頭髪の制服の者達が

異口同音に歓迎の色は乏しくも台詞上は自分の登場を労う声をその不思議な空間に響かせる。

 ただ困惑のみがランサーの体を覆う。主は? 伴侶のソラウ様は何処へ行った?

 

彼の疑問を見透かしたかのように、クラシックな紳士服を身に着けた髪も服飾も深い群青で

染まる男が前に進み出て口開く。つい先程まで話していたバーサーカーを彷彿させると

思う最中にも、その掛けられた言葉を聞いてランサーはやはり疑問ばかりが産まれた。

 

「あの二人なら、メディカルルームに直ぐ搬送されたさ。それよりも……だ

――仕事だ。二人分の命を救う対価は、さっそく支払って貰おうか」

 

 

  ――暴走アラート 発生

 

 

建物全体に、警戒音が発生する。聞くだけで自然と体が危機感を覚え構えたくなる電子音を

まるで聞こえてないと言わんばかりに佇んでいる目の前のビジネススーツと独特のドレスを

着ている双子らしき子供達の向こう側で制服と白衣の人の波が慌ただしく動いていく。

 

「見せて貰おうか。旧世界の人間の信仰によって産まれたアブノーマリティの実力を」

 

人智を超えた五感の聴覚で、幾つかの方角から人々の成す物音と異なる物音。

遠い昔 遥か遥かに過ぎ去った記憶の中の出来事。フィオナ騎士団として幾多の戦場に

外海より訪れた異形の襲撃者達に良く似通った咆哮を捉えた。

 

良かろう。ランサーは現況に対する事情や経緯を追求する選択肢を捨て去り、奪い去られ

唯一手元に残る必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を握る手に力を籠めなおす。

 

ただ主の為に、御身の道を築き上げるが為に。この身を刃に変え立ちはだかる全てを切り払う。

 

 

 

    ――それが如何なる場所 例え煉獄の中であろうとも

 

 

 

崩壊を告げる鐘の音が奏でられる中、ディルムッド・オディナはlobotomy coopの中を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 尚、今回のlobotomy coopのクリフォト暴走の原因。

O-01-92(今日は恥ずかしがり屋)
「スラ―っ! あのね、私 スラ―と会えなくてとっても寂しかったんだよ。
でも、今こうやって会えて 私とっても嬉しい!
凛ちゃんと、あの後は仲直りもちゃんとしたんだよ。それにね
お母さんやお父さんにスラ―の事を話したら、今度もし良かったら家に
招待して私たちにも挨拶させてねって言っててねっ」

管理者「黙れ、お前はコトネなんかじゃない。お前なんかがコトネを騙るな
お前はアブノーマリティだ。恥を知れ」

O-01-92(今日は恥ずかしがり屋)
「…………ッッ゛!!!」(特殊能力による機嫌最低値、聖杯の影響によって
他のアブノーマリティのクリフォトカウンターも減少される)


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