fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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さんざめく阿鼻叫喚の坩堝を経て 二重螺旋の塔を築く

無限の血と知を織りなされた 艶やかな彩

絶頂を覆いつくす果ての中に 真理を会得せし頂き

だが世界は未だ 真実を知らぬままに酩酊している


目覚めるのは何時の日か……


反響の内と外郭

『……でねっ! その時に私が、この魔法のステッキでババッと呪文を振り翳して

皆を守ったのよ。あの時は本当に危機一髪だったわ! もう ほんの一秒でも遅ければ

あの子が死んでいたのは間違いないんだもの! でも、大丈夫よ!

 この正義の魔法少女である私が居る限り、この世界で貴方達に危険が降りかかる事なんて無いんだからね!』

 

フフッ! と軽やかに微笑むのは、少し合成着色料気味な腰まで伸びた水色の長髪で。

 霊長類に似つかわしく無い丸い黄色い目をしたピンクで基調されたスカートとジャケットを纏う少女だった。

 

対し、その英雄譚を気のない調子で、はぁ そうですかと言った具合で聞くのは目も表情も死んだ鶴野である。

 陽気な笑顔で途切れる事なく武勇伝を一時間近く話していた彼女は、何回目かの彼の相槌に遂にその生気のない顔つきに意識を向けたのか、可愛らしく頬を膨らませる。

 

『ねぇ、ちゃんと聞いてるの!?』

 

 「あぁっ、ごめんなさいO-01-04! ツルノは貴方に助けられる前に色々と命の危機に晒されたショックが抜け切ってないんですよ!」

 

何せ新人なもので! と愛想笑い全開に同行していたユメカは悟られないように思いっきり鶴野の背中を抓り意識を覚醒しようとするが、効果は芳しくなく顔を俯かせている。

 これは、かなり重症だとアブノーマリティに接待するベテランの彼女が内心穏やかでないながらも、返答に対して魔法少女の機嫌は幸運にも良くなったようだ。

 

『あら、そうだったの! けれど、新人なら尚更早く死んでいった可哀そうな子達の為にも早く元気にならないとね! 大丈夫よ! これからは私が居るんだからっ。

 ユメカも先輩なんだから、ちゃんと彼を指導してあげるのよ! ……あぁ、それと! 私の名前だけどO-01-04って言い方は好きじゃないわ!

 ちゃんと※※※※※って呼んで欲しいわっ』

 

 「えぇ、そうですね! 本当に有難うっ。貴方がこの場所を守ってくれれば直ぐに彼も元気になるわ!

それと、もう他の教育現場に彼を連れていかないといけないから……」

 

決してアブノーマリティを規則上の番号以外でユメカは呼ばない。長年の経験が安易に目の前の人型の化け物が好き勝手に名乗る愛称で呼ぶ事が良い方向に繋がらないと熟知してる。

 当たり障らない言葉で濁し、場を引き下がる旨を告げると。魔法少女は、あらっ! 長く引き留めて悪かったわね! と悪意なく笑いながら告げた。

 

『それじゃあ、またねっユメカ! ツルノ! ピンチになれば何時だって私が駆け付けるわよ!』

 

収納室の扉が閉め切る前に少女が笑顔で手を振りつつ背中にかけた言葉を無言で受け止めつつ。暫く廊下を歩いていた二人は、感覚的にもう普通の声で会話しても聞き取られる事は恐らくないだろうと言う距離まで進んだ時、ようやく重苦しい溜息と共に死んだ魚の目で鶴野は隣の彼女へ尋ねた。

 

「……長々とヒーローだって事をくっちゃべってたけどよ。んな都合の良い奴じゃないんだろ?」

 

「当たり前でしょう」

 

にべもなく切り捨てられるような調子で、応対していた時のストレスも見え隠れする若干苛立ちを含めた切り捨てる声に、群青色の髪を片手で掻きむしり、だよなと彼は呟く。

 

あの地獄のカーニバルと仮名する襲撃により、赤の他人ではあるものの見知っていたり自分に懇願して印象強かった研究員が死んだのを目にして彼は再認識していた。

 過酷な生と死の境界線が簡単に行き交う現実、ほんの少しだけ淡く抱いていた誰かの死を直視しないでいられるかもしれないと言う願望。

 そんな事、決してありえる筈がないと言うのに夢想してしまったのは。数日とは言え、この異常な空間で生き甲斐なんて感じてしまった自身の馬鹿さ加減ゆえだ。

 

重苦しい溜息を隠そうともしない鶴野をユメカは目を吊り上げて腰に手を当てて見る。その如何にも怒りを背負っていると言わんばかりのポーズに辟易とした感じで問いかければ

 彼女は自身の捌け口を得る理由をとったと言わんばかりの立て板に水といった調子で説教の洪水を鶴野へと浴びせ始めた。

 

「なんだ? って言うなら答えさせて頂きますけどね。そりゃ外の世界から行き成りこの仕事に就いたツルノには研究員達の死は幾らかショックだったのはわかります。

 けど、此処ではそう言う事は日常茶飯事で慣れるしかない事なんです。ツルノだって、事前に仕事を始める前にきちんと説明はされたでしょう?」

 

それに、今回の被害なら未だ良いほうです。エージェントにや残留していた百貌と呼称された労働要員に死亡はありませんでしたし、との言葉に反論の種火を大きく点した。

 

「あぁ、そりゃ説明はされたさ! あの化け物蜘蛛なり蝶なりの世話も生きた心地せずにやって、芋虫共に襲われて、訳の分からねぇ彫像の指揮官を撃って大人しくさせて! この建物がどんだけイカレてんのか身体に叩き込まれたよっ、だけどなぁ……だけどなぁ!」

 

あんな風に、大勢見知ってた奴等が死に絶えるのを見て平然と出来るお前らは一体全体なんなんだよ。そう鶴野は嫌悪と畏怖に怒りを混ぜ合わせ力強く吠えた。

 

彼自身、真っ当な人間とは言い難い。どちらかと言えば、大魔術師に脅されてたとは言え、か弱い少女の蹂躙を手伝うような外道にも保身で手を貸す悪側に位置するだろう。

 それでもだ、それでも彼は未だか細い自身の倫理観を捨てきれずにいられなかった。間桐臓硯の支配下から脱却したと言う自覚が芽生え出したのも、彼の怒りを加速させていた。

自ら蓋をしていた人間性が、皮肉にもその性質がもっとも皆無と言えるこの牢獄の中で彼はその芽を噴出させる程に育てていた。

 

「お前等全員異常者だ! なんで自分の同僚が死んでも顔色変えられずに清掃出来るんだよ!? どうして死亡した大半は研究員だったって事が安堵出来るんだよ!

 てめぇ等も妖怪爺いと同類だ! 薄汚くて自分以外の命はカス同然と考えてる魔術師と同じだ! 俺の事だって管理者って奴の命令じゃなきゃ野垂れ死にして欲しいって心の中では思ってんだろうが!」

 

指を突きつけて上司であるユメカを詰る。相手が自分に今まで一番気にかけてたであろう存在であろうと関係ない。憤怒のままに彼は声を荒け続ける。

 対して、彼女はその罵声の嵐に対し眉一つ上げず表情を変えない。ただ、真っ直ぐに彼の言葉を微動だにせず受け止め続ける。暫くして息を切らしながら鶴野は告げる。

 

「……はーっ! はーっ。何だよ、その目は!? 何も言い返せないって事は図星って事なんだろうがっ」

 

「えぇ、そうですね。ツルノ 貴方の言う通り我々全員人でなしです。階級が一番低い人員がどれ程損失しても、業務に差し障りないなら関係ありません」

 

その言葉に、目尻をこれでもかと言わんばかりに上げ睨みつける眼光に対し怯む様子を一片もなく、淡々と彼女は言葉を、でも、と前置きしつつ告げる。

 

「私達には、こうして生きるしか術が無いんです。どう感じようとも、私達が此処で生きていく為にはこうするしか」

 

それと共に、真っ直ぐな眼差しと共に其の声色には彼の耳の中に通り抜ける中には嘘を感じられるままに声は続く。

 

「それと言い訳にしか聞こえないと思いますが。ツルノ、貴方に死んで欲しい等とは思っていませんよ」

 

Mr.ブラック、ギムデリ、アラン、チャン、ミン、ビネア、ぺスカ、イエティ……と職員の名をつらづらと挙げ。彼、彼女達は決してそんな事を望まないと諫める口調を告げても今の鶴野には効果はない、却って胸の中で燻る火が更に力を高まりかけるだけだ。

 

また再度、口を開いて罵詈雑言を上げかけたのを止めたのは第三者である研究員や職員の声でも無い。一つのトランペットのような警報アラームである。

 興奮の中に恐怖の声を入り交ぜて、またかよと呻き声を上げる彼に対し。幾分焦った声で彼女は呟く。

 

「いけないっ、まだエネルギー回収の目標値が届いてないし私の新しい装備は支給されてないのにっ」

 

「くそ、本当にこのイカレた場所は一息つかせる暇すら与えてくれねぇな」

 

そのトランペットの音は不幸か幸か喧嘩を収め、各々の持ってる武器を構え通路へと這い出す怪物達の鎮圧作業へ収束させる。

 決して仲直りした訳でない。ただ何度も似た警報を体感すれば否応なしに生きる執念は人一倍ある男は最もその場で最適な行動に適応するだけの事。

 

未だ冷めない、何処に発散して良いのか分からない内包する激情を好都合とばかりに歯を強く噛み締めつつ出現した鉄屑の怪物へ向けて乱射する。

 

「ツルノっ、落ち着いて周囲を確認して自身の安全を確保しながら撃たないと……」

 

「うるせぇ! 指図すんじゃねぇ!!」

 

間桐 鶴野は荒れている。生きてきて30年程の間、ここまで感情を露わにする事は今までなかった。いや、開放出来る場所が存在しなかったと言うほうが正しい。

 物心ついた時から、自分と同じように陰鬱な顔をした実父の奥では何時も好々爺とした被り物の怪物にずっと観察され、父と同じく家で目立たず生き伸びる処世術。

 そんな中で、喜怒哀楽をまともに出す事など出来る筈なかった。癇癪もどきを覗かせた事は子供の頃あっても、直ぐ妖怪の姿を認めれば意気消沈となっていた。

 

その憤懣遣る瀬無さを全てぶつけんと言わんばかりに彼は手の痛みなど感じぬ程に何発撃ったかわからぬままに

奥から行進する細長い殺人人形へ弾丸を浴びせる。

 けれども、怒りだけで全ては解決など出来ない。そう言わんばかりに突如、彼の放つ銃撃と異なる連続した破砕音とロボットを巻き込んで肩と片方の足に鈍く重い痛みが流れを変えた。

 

突然の激痛に拳銃を零れ落として尻もちをつく。何が起きたのか一瞬わからず茫然として通路の奥を見遣って、床を小さく振動させながら前身する物体を見て呟く。

 

 「畜生ッ。化け物が 化け物がッ そんなに俺の事を殺してぇか」

 

闇の奥から赤いヘッドライトのような光源が最初に覗かせ、その全貌を明らかにすると今まで撃って機能を停止させていたロボットの群れと形状が異なる物体が

軽い地響きを立ち成らせながら前身してきた。片方は簡単に人間の肉をミンチに引き裂けるであろう丸鋸、もう片方は鶴野の肩と足を貫かせた元凶たるマシンガンアームだ。

 

「新緑の白昼まで出てくるなんてっ。やっぱり、今までのパターンが通用しなくなっている! ツルノ、早く起きてっ」

 

 「うる……せぇ!」

 

差し伸べられた手を、大きく柏手の鳴るように叩き払う。駄々をこねた子供のようでありながらも其の顔は怒りや幾多の悔恨を掻き混ざった表現出来ぬ顔付だ。

 自分の事なんて構わず逃げれば良い。死にたい訳ではない、自己犠牲を望んでいるわけでもない。それでも誰かの手を借りてまで生きたいとも思えない。

 

ただ、嫌気が差していた。生まれてきた半生が歪で平々凡々とした普通の幸福と言うものが知れず、恐怖に操られ遠坂の娘を拷問した事。それ以前の記憶に蓋にしてる忌まわしい全て。

 あの研究員達の死は、押し込めていた鬱屈を噴出させる切っ掛けであったに過ぎない。間桐 鶴野は迫りくる処刑台となる鉄屑の化け物を睨みながら固まっている。

 

(もう、うんざりだっ。もういいだろ 俺の人生なんて妖怪爺の傀儡として一生終える以外でまともに死ねる筈が本来存在しねぇんだ)

 

自分自身が臆病者で卑怯者で、現実を直視出来ないろくでなしだと。そんな事は自分自身が一番理解してる。それでも、未だ何を自分は願っていたと言うのか。

 本当に自分が真っ当に生きられるとでも? 馬鹿馬鹿しい、そう客観的に自身を冷笑し嘲りを向けてる間にも目前に一定の駆動音と刃を回転させる音が響く。

 

(疲れた……あぁ、疲れた。ひと思いに楽にしてくれ)

 

目を閉じる。そうすると、より明瞭に今から体を断罪し真っ二つにしようとする丸刃の音色が迫るのを感じた。

 

――ザシュッ!

 

そら、肉が切れる音。俺も今まで此処で死んでいった奴等と同様に皮膚から臓物を零れだし……? 何で、痛みが無いんだ?

 

目を開く、そこには機械の塊の赤い一つ目の化け物は見えなかった。

 代わりに見えたのは。背中まで伸びた髪の毛と、片腕が半分程千切れながらも両腕を広げるように自分を庇う……。

 

「お まえ。なん で」

 

直視した現実を認識して、喉が引き裂かれんばかりに鶴野は叫んだ。

 

「何でッ 俺なんかを庇ってんだよ!」

 

lobotomy coop職員のユメカ。そう呼称される彼女は間桐 鶴野を守る為にE.G.Oの武具も防具も身に着けず、ほぼ生身の状態で彼が自力で動かぬ

動けずと認識するや否や即決で肉の盾となるように新緑の白昼の前に立ちはたがった。

 それが此処での彼女の役割だからと言われればその通りなものの、それ以外の理由も存在していた。

 

「貴方を、死なせる訳にはいかないんです。命令だから……とかでなくて」

 

ピチャピチャと、半分程度蛇口を回したように流血が落ちてくる切断面の上にある血管を抑えながら彼女は激痛による喘鳴を入り混じりつつ告げる。

 

「オーケストラの時……助けて、くれたでしょう? ピエロの時 も。貴方は、貴方が思うよりも。きっと 崇高な事が出来る人な 筈です。いえ、きっと なれる」

 

フラフラとしつつ残った腕のみで携行してる自前のオートマチック式の拳銃を肉薄した状態で新緑の鉄の処刑人の目と思しき赤いライトの部分へ乱射する。

 だが、そんなものは幻想体で形成された存在である怪物には蚊に刺される程度の煩わしさ以外に効果は無い。

大きな丸鋸の付いた人体惨殺特化の腕を勢いよく横一閃に振るう。それだけで脆弱な人の手首は、五指の一部を空中に舞わせながら、か弱い肉体は男の方に倒れこんだ。

 

「ツル ノ、に……げ」

 

鶴野 助け て

 

目の前で血に濡れつつ壊れた手を突き出して遠くへ自分を行かせようとする其の姿に、かつて忘れようとしていたおぞましい暗雲の中、置き去りにした女性の声が呼び起こされた。

 

あの時俺は目を背けて背を晒し何も見ようとしなかった。そして、今もこの女は自分をそうしようと促してる。なら、そうすれば良い。そう望んでいるのだ。

 

貫かれた足や肩は確かに痛く動き辛いが、我慢すれば動けない程ではない。そうだ、またあの時のように……。

 

 「嫌だ」

 

無意識に零れ出た言葉は、自身の中から漏れ出る言葉や彼女の促しに同時に向けた拒絶の言葉だった。

 

 「嫌だ、もう逃げたくない」

 

目を瞠る彼女の、辛うじて無事な二の腕部分を引きつつ自分のほうに体を寄せる。何の意味もない行為であるとは理解してる。そんな事をしても現状は改善しない。

 

「ツルノ、本当に 私の事なんていいからっ」

 

 「うるせぇって言っただろ? へっ……碌な人生じゃないぜ、結局」

 

鼻を掠めるぐらい近くで、どう言う動力で動いてるのかも不明な丸鋸が凄まじい音を鳴らして回転している。

 死ぬ そうはっきりと認識してるのに関わらず、不思議と恐怖は存在しなかった。ただ、らしくないとは思いつつも、もし神がいるのならば。

 

 (こいつだけでも、助けてやってくれよッ)

 

そう祈っても、神は手を差し伸べはしない。全知全能たる主は、愚かしく弱く無力な男が流した一筋の涙が床に落ちた所で何も成しはしない。

 

そう、神は。

 

 

           ―――――シュッッッッ  ガキィ――――ンッッ

 

              「……ふぅ 間一髪の所だな」

 

無意識に再度閉じていた瞼は、未だやってこない苦痛と共に聞こえてきた鉄を強く叩くのと地を滑る音と共に聞こえた、何処か聞き覚えある深みのある男の声に恐る恐る目を開く。

 

「ぇ お 前」

 

その目に映る先に有り得ない存在が立っていた。

 

 「 安心しろ、今世の主の為 そして我が矜持と魂にかけて 」

 

以前見た時と違い、短い槍のみを携えてるが見間違えようがない。

 

 「 このディルムッド・オディナ 今宵 この館の無辜の魂を守るべく 」

 

ただ背を向け立つ、それだけでも常人と異なり翡翠のような研ぎ澄まされた気配を宿す、その男は。

 

 「 一振りの枝となろう 」

 

茫然と呟いた瞳の中に。今の死と生が隣り合わせな異常な空間であれば随分遥か前に思える陣営との面談の際に居合わせた英霊。ランサーが降り立っていた。

 

 

 

 

 

 

……時刻はほんの少し前へと遡る。

 百貌のハサン。この戦争に招来されたアサシンの群体であり半数はバーサーカーの手に堕ちた者達。それは本来のアサシン陣営のサーヴァントと衝突をした。

 最初こそ同じ半身たる存在と戦う事に焦燥あれど、元々バーサーカーに狩られた自分達は武闘派。逃げ延びた同族に競り負ける事は無いだろうと慢心は幾らかあった。

 だが、結果は散々たるものだった。ステータスの優劣にそこまで差はないと言えど、謀略に長けている鏡合わせの自身の力量は、あろう事か怪力のスキルを備えるハサンすら

 一蹴し得る程に力を持っていた。闘った者達は異口同音に、まるで座より劣化をせぬままに降り立ったかのようだと心中に述べる程に、その力量が一人一人漲っている。

 

全体が均一的に、何かしらの術によりステータスが底上げされてると理解した百貌の者達は速やかに通信で管理者に報告すると共に撤退に至った。

 不幸中の幸いだったのは戦闘能力こそ相手が上回っていても敏捷さは依然と左程変化が見えなかった事。そして、追っ手の彼等が公園内で帰還を待ち受けていた

バーサーカーの彼女を視認するや否や、即座に追撃するのを諦めて引き返してくれた事であろう。そうでなければ全滅も容易に有り得た。

 撤退した中で、ライダー陣営を隠れ蓑として逃げた一部を除いては満身創痍なものの脱落者なく戻れたのは思えば奇跡に等しい。それ位、別れた短時間で戦力の差が明確。

 

「そうか、やはりビナーは『アレ』を躊躇なくサーヴァントに使用しているのか」

 

我等が、未だ健在である言峰の神父を筆頭に残る我等の異常を。宝具内に帰還した中で見たバーサーカーに報告しても眉一つ動かす事なく予想していたと言わんばかりの呟き。

 当然ながら疑問の声を我等の幾人かが投げ掛けても反応は無し。溜息を代わりに落とし、宝具内で再び怪物達を鎮める作業に戻ると言う時であった。

 

「……ぁ、お帰りなさいアサシンの皆さん」

 

腕章もスーツも身に着けない、この宝具内で雑処理を任されてるであろう末端達。その中の見知った一人が泣き腫らしてる様子に、何となしにどうしたかと尋ねる。

 

「暴走が、また発生して。それで ぅう゛……あの娘が」

 

話すにつれ感情が昂ぶり、泣きながら告げられた内容は。何時もほぼ連れ添っていた知り合いが我等が片割れたる我等と衝突しあってた頃に宝具内で起きた暴走。

 深紅にピエロ装束の神出鬼没の化け物によって惨殺されたとの事だった。突然の事態により抵抗する間もなく逃げ遅れ、前の我等が鉄屑のカラクリを退散させた時のように

事が上手くいかなかった。内容とすれば、我等の時代で言えば盗賊共によって襲われた村々の如く、至ってありふれた悲劇と言えばそれまでの事だ。

 

だが、そうかと無感情に返す気にもなれなかった。これは我等も使い捨てに近い存在だから共感覚えたからだとは思いたくない。慰めの言葉をたどたどしく掛ける。

 そうするだけでも、感極まった様子で抱き着かれた。非弱だ、容易に何時でも首をへし折れる華奢で何の変哲もない婦女子だと人の体温を感じつつ改めて感じられる。

 ……きっと、我等も狂い始めている。そんな、使い捨ての道具に違いない存在に抱擁された()()が、この見っともなく泣きじゃくる女を守りたいと思い始めている胸の高鳴りは正気とは程遠い。

 

狂い始めた我等がポツポツと見え始めた最中に、またあの暴走を報せる法螺貝の音が響く。次は、この目の前の女を傷つけさせないし、涙は見せない。

 そんな決意を嘲笑うかのように、この宝具内の怪物達の暴れ具合は日増し強さが上がってきている。

 

「チィ! 此度の鉄屑共の動きは前と違い数が尋常で無いぞ!?」

 

「泣き言を吠える暇があるなら武具を振るえ! それでも我等の一人かっ」

 

そう発破を我等の一人へ掛けつつ、我等の……そう、我は我等の中で徒手空拳の五指の力が我等の中で突出して強く、その暗殺に長けてる事から貫指の名を冠する百貌の一人。

 

その技前にて、何処からともなく錆び付いた音を獣のように鳴り響かせ現れた鉄の異形へと拳打を浴びせる。僅かに青白い火花を舞わせ、動きの切れが悪くなるのが見えたが

 完全には動きを止めきれない。突き出した槍を紙一重飛び退くものの、上手く避け損った代償として魔力で出来た血飛沫が胸板から生まれる。

 

嫌ぁ! と悲鳴が真横から聞こえた。

 見遣れば、あの娘だった。助け出さねばと、動いた矢先に一陣の黒い風が横を駆け抜ける。その正体を視認して我等の多くが驚きによって一瞬硬直した。

 泣き黒子と、近寄るだけで肌を粟立つ程の強者の気配と姿は偵察の際に垣間見たランサーに他ならない。何故此処に? と疑問を感じるのを他所に、理由は不明ながら

本来持ち合わせている二双の槍の内、短槍一本のみで危うく奴等の餌食に掛かりかけた彼女を落ち着き払った様子で助けた当の英雄は。我等の心の内など知らぬと言った調子で口開く。

 

「アサシン達か。幾らか、この鉄と歯車で出来た魑魅魍魎共は潰した。此処の事を良く知ってるなら、他で一番被害が起こり得る場所を教えてくれ」

 

どうやら自分達を今すぐ戦争の定めに従い倒そうとは思って無いらしい言葉に。一瞬返答が遅れたものの望む進路を返すと、短い感謝と共に嵐の如く去っていく。

 

何故、同盟があったとは言えバーサーカーの宝具内にランサーが招き入れられたのか。思わぬ手助けにより、鉄屑達の多くが機能停止近く追い込まれ、残りは我等でも

 鎮圧は容易となった集団に止めを刺す中で、助けられた子女が蕩けるような目つきを浮かべ向けられた先が。ランサーが駆け抜けた方角である事を知ると苦々しいものが胸を占める。

 

彼奴の黒子の魅了による影響。それ以外で他意はないのだと頭の中では解っても自身の中をゆっくりと血の巡りのように回る黒い感情は収まらない。

 

鉄の残骸が動かなくなった事を確認すると、今もまだ英雄が過ぎ去った方を熱い視線で見つめる彼女を見て。己の偏狭さがありありと実感されていく。

 

あぁ、そうか……。百の貌の内の一人は、その女性に声を掛けるでもなく一人ごちた。

 

「これが、()()()の悲しみ 妬み、か」

 

 

 

▽ ▲ ▽ ▲

 

(体が思うように動かん)

 

涼し気な表情を顔面に貼り付けつつも飛ぶが如く残像も見えぬ程に動かす足は休ませない。されども、今のランサーは十全の力は出せてない。

 

このlobotomy coopと謳われた場所に来て。訳も分からぬままに主と其の伴侶の治癒の対価として無辜の農夫とも言える者達に襲い掛からんとする初めて目にする

 怪物達を、一振りだけ残された宝具。必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)で払いながら猛進する傍ら体は見えない鎖が地面と同化してるように重みを纏っている。

 

(これは、恐らくは結界。サーヴァント及び幻想種を縛り付ける為のものか)

 

一定の霊基を封じ込める結界陣、それがこの城郭と呼称して良いのか自信は無い通路全体に施されている。進む最中に目に付いた、人でなくも生前は人であったであろう

使い魔達と共に怪物を討伐していたハサン達の動きを見るに、その封じ込めの力はハサン達を超える程度であれば発動する呪いであるだろうとランサーは判断した。

 

(この宝具内の中では、俺も満足に宝具を発動する事も叶わないだろうが。逆を言えば、此処で暴れまわる怪物達も外界よりは一段弱体化してる為に、この者達でも防げてるのか)

 

逃げ惑う者達や、襲い掛かる異形に対し苦戦しながらも果敢に応戦するハサンの戦士達。それと共に近代のスーツを着た者々の中には拮抗するでもなく数体の虫や機械の化け物を

 たった一人で圧倒出来る者達も居た。その例外となる者達は、自身の宝具のような幻想の色合いが特出された飾りや武具が印象的であった。

 

(進んでいく度に、驚嘆する光景が多い。俺がケルトの戦士として成り立ての頃ならば危ういであろう群れに対し腕前は動きを見れば素人同然であるに関わらず屠れている。

 すれ違っただけで、まだ確信は持てぬが。恐らくは、あの纏い構えてる奇特な鎧に武具が英霊とも並べる程の力を与えてるのだろう)

 

戦士として、いずれ機会あれば手合わせしたいと思える面の者も居たし。中には、その宝具の装束あっても苦戦する一部にランサーは発見次第律儀に助けに割って入っていた。

 

「そこの者、手伝おう」

 

成人男性程度の芋虫が徘徊するのを、不思議な形の槍や槌らしき武具で払う幾らか疲弊してる男女に割って入る。その男女の内、一人の反応は自分を見た瞬間劇的に変わった。

 

「へ? ぉわ!? すっごいイケメン! うわ、チョー有り得ない! 白馬の騎士がマジで現れるとか。あ、連絡先教え……」

 

「ぺスカぁ!!」

 

「いやいや待って待ってってばアラン! だってイケメンだよ!? 多分ガチのプリンスだって! アブノーマリティかも知れないけど、ワンチャン玉の輿有り得る!」

 

声を掛けたのは早計だったかと、その女性は自分の黒子の魅了に掛かってるのか元から素でこうはしゃいでるのか不明ながらも、尤も自分の苦手なタイプであるのを知り

軽く顔が引きつってきそうなのを無理やり精神を費やし真顔を保たせ、続く連戦で相棒たる長槍が無い事実が先にも待ち受ける戦闘の憂いがあり、拒否される覚悟で頼み込む。

 

「出来れば、この館を暴れ狂う怪物達を鎮める為にも貴殿の武具を借り受け」

 

「はいっ どうぞ!」

 

「ぺスカっ、貴方って人はぁ!!」

 

付き添ってる同僚であろう理知的な男性は、疲労も相まってか形相で一瞬の躊躇もなく自分の槍を差し出した女性を怒鳴る姿が自身のマスターを重ねてしまい眩暈が一瞬襲う。

 

そんな幻覚を振り払うように、極めて事務的な口調で礼を述べつつ槍を握ると共に体へ流れた異常な力が手の平をかけ全身に流れてきた事に思わず顔を顰めた。

 

「ぐっ―――ッ?!」

 

その毒々しさも感じられ、今まで見た事ない『宇宙のような色合いの槍』をしっかりと手の平に掴んだと同時にディルムッドの頭の中に膨大な量の情報が飛び込んできた。

 

まず最初に過去の幼少期からフィオナ騎士団になってまでの経緯。妖精王オェングス、海神マナナン・マクリルの面影、グラーニアとの逃避行の中での他愛なきやりとり。

 

彼はディルムッド・オディナであるが、本物のディルムッド・オディナかと言えば語弊がある。聖杯戦争と言う魔術儀式によって降臨された存在は、座より卸した分霊とも

言うべき、極めて本物に近しい紛い物と称しても過言でない。その性格、記憶も本物と同等ながら自身の過去には虫食い穴のように抜けてる部分があるのも実情。

 

然し、その槍を握った途端に思い起こされた。騎士団の中で過ごした何気ない日々のやりとりや、逃避行の中で自身を射貫くように見ていた主の形相など。

 摩耗して留める程でもない有り触れた日常の一幕に、記憶に留めておくのには辛すぎる事まで。その槍に触れただけでディルムッドの頭の中に過去の日々がありありと。

 

(魔槍、か……ッ。だが、この子女に関しては戦闘こそ少ししか見なかったが苦痛を帯びてるような様子は一片も見受けられなかった)

 

それとも個人差があるのか? と疑問を擡げる中で。それを全て観察していた存在、コトネのような態度に発言が見て取れるO-01-92こと今日は恥ずかしがり屋の収納室から抜け出た管理者は、ランサーの身に起こった出来事を冷静に分析し終えていた。

 傍らでは、少し居心地悪さを感じさせながら様々な通路及び支部の広間や怪物達の収納している部屋を収める複数の画面と共に、管理人の横顔を見比べつつマスターの雁夜も傍に居る。鼻が麻痺しかけるコーヒーの香りが満ちる空間で、ディムルットが淡く紫焔の輝きを発する槍を見た上で管理者は口開く。

 

「この冬木市に存在する大型ツール。英霊は現代の信仰と星の霊脈によって形成された存在、謂わば幻想で形成されてるからこそE.G.O Weaponの影響も直接受ける」

 

その呟きは振り向く先でコーヒーを啜る男性に体が向くと一段階低い声となった。

 

「ケセド。君はこうなる事を予期しながら、何故この時代のアブノーマリティをlobotomy coopの中に招いた?」

 

委縮しかねない冷たさを感じない口調で、煎られた器に顔を離した彼の顔は普段通りの平常さだけ覗かせ彼女に朗らかな調子で返す。

 

「遅かれ早かれ、このcoop内の暴走は今いる職員達じゃ鎮圧も難しくなる。何より、既にアサシン達って言う前例があるじゃないか」

 

「アレ等はアブノーマリティであるが危険レベルはTETH、最高でHEを上回る事はない。それに質問を逸らさないで貰いたい。私が言いたいのは許可もなく未知数の存在を独断で招き入れた事だ。ランサーのマスターを治療する事はともかく、あのアブノーマリティは外界で待機を命ずれば済む話だった」

 

その質問に即答するでもなく、黒い液体を半分ほど喉へと落として一頻り満足感を得た彼は。気さくさと少々読めないポーカーフェイスを交えて管理人に答えの続きを諭す。

 

「あの槍の英霊って言う存在が、ご主人様はちゃんと見えない場所で治療しています。大人しく鉄仮面な管理人の隣で置物のように待機してくださいね。

 そう言って納得してくれると思うか? 少なくとも俺はそう思えなかったから此処に招き入れた。アサシンって言う群体よりは順応に制御もしやすそうだったからな」

 

「余りにも早計だケセド。君らしくない。幾つもの不安定要素が散りばめられてるのを認識しつつ、そんな博打を何時から好むようになった」

 

会話の調子は早くも遅くもなく、どちらも喜怒哀楽を秘めてるようには思えないのに室内の空気が1℃か2℃下がってきているのは自分の体の調子が悪いからだとは雁夜には思えなかった。唾を少し飲み込み、意を決して二人の会話に割り込む。

 

「あの、今は通路の職員達を助けるのを優先すべきじゃないのかな」

 

その提案に二人が過敏に反応する事もないし会話の異物と感ずる様子も見受けられない。ただ自身には、かなり長く感じる間が過ぎた後、サーヴァントの黒髪の彼女は短く了承を唱えた。

 

「そうだな。なら、この話は次にしよう」

 

「仰せの通りに。けど、ゆっくりで良いですよ」

 

浮かべた微かな笑みが、どう言った真意を伴っているのかは不明だ。だがケセドと言う此処のセフィラと言う重要職だろう人物は潔く退室して管理人の彼女は残った。

 

冷えていた空気が幾らか元の状態に戻ったのをホッと密かに一息つけば、雁夜、と脈絡なく声を掛けられ肩を軽く揺らしつつ僅かに裏返った声で返事をする。

 

「あの画面が見えるな? あそこに映る、二人の男女を」

 

指した方角へ目を向ける。其処には(何故アニメ画調なのか不明ながら)言われた通りの通路に血溜まりらしき所で座り込む顔色悪い青髪の男と、心配そうな表情が

模られた灰色にも見える長髪の女性が肩を揺さぶるような体勢で映っていた。それが何か? と無言で指し示した彼女へ顔を向き直すと、僅かに眉を片方上げられた。

 

「君達の事情は、大まかに把握はしてるが。君の兄で唯一の血縁だろう? 多少は気にかけてあげないのか」

 

何だそんな事かと、尋ねられた事に呆れや彼女の意外な質問に内心面を食らうものの首を緩やかに振って告げる。

 

「俺や、鶴野には。普通の兄弟見たいな絆とか、そう言ったものは存在しないんだ。あいつが何で未だに間桐の家に住んでいるのかだって良く知らない」

 

何故、この今も通路で怪物達が蔓延るのを鎮圧指示する彼女が。既に戸籍上以外は何の繋がりもない兄の事なんて聞いてきているのか全く意図がわからない。

 

そんな彼に、何らかの手段で職員達に指示を下してるらしく。指が残像見える速度でホログラムのようなSFでしか見た事ない宙に浮かぶディスプレイのようなものに打ち込む動作を駆使しつつ、その打ち込む画面には全く視線をくれる事もなく。何時まで経っても慣れる事のない透き通る視線は自分へと向け続けている。

 

「私から告げるのは吝かだがね。彼、鶴野も君と会話する意思が無いので代弁するが。間桐 鶴野は君に対し恨みを持ち合わせている。君が、間桐と言う家を出奔して間桐 臓硯の傀儡となる対象が己一人のみになった事。

 重圧、責務、執心。そう言ったヘイト感情が分散される事なく自分のみに注がれる原因になったのは君が直接の原因だったと彼は考えているんだよ」

 

責任を追及してると言う感じでは無かった。そもそも、このサーヴァントは知り合ってから今に至るまで激昂なり感情を荒げると言った様子は見た事ない。静かな仮面に噴火する前のような荒れ狂う感情が仄かに感じる事もあるが、終始こういった淡々と記録を読み上げるように他人事と言う感じで謡うだけだ。

 

「それを言われても、俺にどうすればいいって……。今更あいつに謝罪でもしろと?」

 

「形式上の謝罪をしても逆効果だろうな。ただ、それ以外に交流をすべき等ではと思ったのだよ。これから先もずっと互いの意思を確認しないまま断絶した関係を続けていれば、最終的に手遅れになる。それなら駄目元かも知れないが、文書なり別のやり方でアプローチをして自身の意識を感じさせるべきだとね」

 

「なんだが本心からの言い方だね」

 

その説明は先程までの説明と違い、何だか以前の体験から来るような迫真めいた調子に聞こえた。追及こそしないが、その言葉を頭の中で回し。別にそれをした所で

 自分の目的に何か差し障りが無いとも納得し、時間が許されるならば鶴野に対し一筆したためるのも良いのかも知れないと思った。そんな思考の最中でも無意識に

眺めていた通路で快進撃を行い様々な通路であわや怪物に喰われかけた職員達を助けるランサーを認めて、彼は重要な事を思い出して話を変えて質問する。

 

「いや、そんな事よりもランサーのマスター達は大丈夫なのかい?」

 

キャスターの工房、もとい今まで間桐の負の凝縮ともいった地下の蟲蔵が一瞬霞む程のおぞましい場所を脱け出た後もケセドの意思が操る管理人と自身はライダー達の宝具で

殆どの手遅れな子供達の亡骸を彼等の流儀で弔い清めた後に、険しい顔のライダーと沈鬱な歳若いマスター。そして彼にしがみ付くように居座る謎の少女。

 

この惨劇に自己防衛として精神を崩壊させ生き延びていた子供達は、バーサーカーの鎮静弾によって眠りにつかされ、宝具内のメディカルルームに一時的に据えられた。

 後は教会なりに届け出て、彼等の魔術操作によって今回の件は何も知らず家族共々暗示でずっと家で過ごしていたと言う具合になるだろうと言われたのが

 この戦争終了後も、思い出すだけで胸糞悪い出来事の中で唯一の朗報と言っても良い。雨の降りしきる中、唐突に空を駆けていたライダーは頭を強く掻いて呟く。

 

「うぅむ、本当ならば今宵にでも何処ぞの酒店に押しやり。お主たちやセイバー等もひっくるめて酒盛りとでもしてパーッと気分を晴らしたかったが」

 

この雨ではなぁ、と至極残念そうにライダーは天を仰ぐ。今夜一杯は、このバケツを引っ繰り返すように激しい雨が途切れる事は無いだろう。

 

「仕方がない。宴に関しては明日に回す事にしようではないか! バーサーカーに、そのマスターよ! 明日の晩、余はセイバー達の城にて宴を開く!」

 

是非とも、お主たちも参ぜよ! そう返答の合否を聞く事もなく、雨に紛れて稲光を宝具の牛の蹄から発しながら去っていった。その破天荒振りと、急加速した際の

 Gに白目を向いてライダーにしがみ付くようにして飛び去ったマスターには、仮想敵には違いないのだが。ほんの少しだけ憐憫と共感を雁夜は覚えてしまった。

 

教会近くに置いてかれたバーサーカーと彼は、少しだけ豪雨の中で雷鳴を発していく方角を無言で見送っていたが、直ぐに管理人は複数の職員を召喚させ

 未だ意識を戻さない子供達も続けて出現させ、彼 彼女に抱えさせ教会に向かうように指示を下す。そして雁夜に向き直り呟いた。

 

「さて、子供達の保護とキャスターの起こした事柄はあいつ達に任せとけば良い。このまま、ランサー陣営のほうに向かおうか」

 

恐らく、面白い事になってるだろうからな。その意味深な言葉がどういった未来を見据えての発言だったかは、宝具内に戻り少しだけ一休憩を入れようやく理解に至れたのだ。

 ずぶ濡れになりつつ、痙攣が微かに見られつつ担架によって運び込まれたケイネスと伴侶のソラウ。同盟相手とは言え嫌悪の対象である魔術師二人の状態を見て。

 時臣に対して程では無いが自身と相性合わないと理解するものの、昏睡し脈は低く生きるか死ぬかと言われれば彼とて多少は心配も抱く。

 

「魔術回路と言えるものは大丈夫です。ただ、頭部の骨に強い圧迫の痕跡が見られます」

 

治療にあたる職員の報告を聞き、何故そんな負傷が出来たか聞けば。その職員は難しそうな表情を浮かべ、少し間を置いてから開いた言葉は印象深かった。

 

「外部から意図的に相手の脳から情報を読み取ろうとした場合に起き得る確率が高いものでした。脳自体に大きな傷が出来た訳でないので、意識は回復するでしょうが……」

 

続きの内容は不穏であった事を思い返すものの、雁夜には彼等に出来る事はない。その直後に喧しく警報が鳴り響き、今に至る。

 

管理人は、細かな伝達を全支部の職員達へ送信しながら雁夜の安否の有無に簡潔に返答する。

 

「少なくとも蘇生に問題は起きない。lobotomy coopの医療技術は他の翼と遜色なく四肢が切断するような重傷でも完治させる事は可能だからな」

 

「そうか……なら、良いんだが」

 

君は、大丈夫なのかい? そう言葉が続ける勇気は今は抱けなかった。

 

 暴走がこの宝具内で起きてから、数分後に司令室であるこの部屋でどう行動しておけばいいのか落ち着きない自分の前に現れた彼女は普段と変わりない真顔ながらも。その全身から最初に邂逅した時に、臓硯と相対した時にでも感じたのと同等の底冷えする怒りの零度を放射しつつ現れた時は一瞬息を吸うのが難しかった。

 

今はその気配は無く落ち着いているが、その原因を追究するのは直感が止めておけと囁いている。それに、今は会話する余裕は無さそうだ。状況は秒毎に変化が起きている。

 

『管理人ッ、メディカルルームでMr.アーチボルトが意識を……ッ』

 

『管理人! T-05-41のクリフォトカウンターが減少、脱走しますっ』

 

「ランサーのマスターが目を覚ましたのは良いとして。次の焦り声の報告って?」

 

「T-05-41、通称オールアラウンドヘルパー 清掃用ロボット」

 

いや、この会社内に関しては人間、怪物特化の清掃ロボットか。と物騒な言葉に、不安気な色を一層と濃くしてランサーが進む先で収容室から飛び出した一体の怪物に目を向けた。

 

 

 

「……ムッ」

 

幾多の怪物を屠ったか。自身と同じ程度の人を喰らう芋虫に鉄の槍や鋭利な丸鋸に近代の火器を担うゴーレムを自身の宝具たる短槍と。このバーサーカーの宝具で形成された幾多の神秘を閉じ込める牢獄の中で、怪物退治を請け負う使い魔達の一人から譲渡された魔槍と共に突き刺し、薙ぎ払い、時に己の五体を扱って死屍累々としてきた英霊の顔付きに鋭さが増す。

 

今までと違う。今まで屠って来た魑魅魍魎の類とは一味違う怪物が通路の奥からこちらへと接近しようとしている!

 

緊張と強敵との相対への昂ぶりで強まる闘気を大きく呼気を整え体勢低く構えれば、その感じ取った威圧感の正体が姿を現した。僅かに、その姿と形に片眉を吊り上げ呟く。

 

「ほぅ、今宵の己の怪物退治はことごとくカラクリ仕掛けと縁があるようだな」

 

それは見た目白い楕円に、愛嬌を感じさせる赤い目と思えるパーツに笑顔を模したマーク。そして金属製の脚部らしいものが付いていた。

此処が怪物共が蔓延る場所で無ければ、まだ愛らしい自動人形と言われても納得しただろうがランサーの意識に油断は微塵も存在しない。警戒の中、その姿は形を変える。

 

脚部と思えた金属の飛び出た部分と反対の白い楕円の端からウィィンと言う音が流れながら腕と足を彷彿とした接続部分が蜘蛛の足を連想させ天井と通路両端に届く程に伸びる。

 そして完全に伸び切ったと思った矢先、その脚部の先端に取り付けられたものが怪物の真の姿を露呈させる。先端から折り畳まれていた鋭い刃先が、殺意が姿を見せたのだ。

 

 キィィ――ィンッッ゛

 

四本の金属腕は兆しすら見せぬままに突如上に、下へと回り始めた。その加速は十秒にも満たぬ中で暴風を受ける風車よりも激しく残像を発し回り始める。アームの先の刃が、自身の槍でも容易に傷付けない床と壁に触れる度に鼓膜へと襲い掛かる金属特有の接触音が鉄で合成された怪物の凶暴性の高さを更に暗示させた。

 

 その勢いのままにランサーへ迫った。無防備に受ければ自身の五体がどうなるかなど明白の理、槍を十字の形に構えつつ、ランサーは疾ッと唱え白い球形の魔物に突進する。

 

通路の真ん中で交差させた槍と刃の嵐を展開する四本腕が火花を放ちながら衝突し合う。ランサーは打ち合った瞬間には、僅かに足が衝撃で摺り下がったものの両腕の血管を浮き上がらせ、一喝を自分自身に向けて腹に力を込めて押せば。逆にその白い球体の機械がほんの僅かに後ろへと退ける。英霊と白い清掃機械の押し比べだ。

 

 言葉で表せば可愛らしいが、件の当事者には微笑む程の余裕は無い。この宝具内が一定の霊各を持つ存在の力を抑え込む術式、連戦と自身の精神を貪ろうとする魔槍。

 自身に降りかかる悪条件が、この白い鉄の殺戮人形を優勢としている。自身の宝具か借りた魔の槍が破壊されれば、即座に今も鼓膜を震わす金属の唸りが終止符を打つ。

 

(それに、この先へこの怪物を進ませるのは……とても不味い!)

 

助けた者達の職員の一部が、謝罪の言葉と共に齎された情報は重要な事柄だった。今は暴走の為に封鎖されてるがこの通路周辺にはメディカルルーム直通の扉もある。

 つまり、今も生死の間を彷徨ってるであろう今の主が治療受ける部屋に怪物が辿り着ける可能性もあるのだ。それに自身の後ろでも助けられ未だ動けない職員達が数人

 佇んでいる事であろう。負傷で満足には動けず、戦いも出来ない者達が殺戮の為だけに産み出されたような目の前の白き化け物に対処する術などある筈が無い。

 

(そう、私しか居ないのだ。私が倒れれば、あの者達の命運もマスターの命さえもっ)

 

ディルムッドは英雄だ。正しく、この謀略と我欲が入り混じる戦争の中では1、2を争う正騎士なのだ。無辜なる命、忠誠を誓うマスター。その二つの運命が自身の背にある。

 

それだけで命を賭ける理由は十二分であった。握りしめる槍に更に自身の力を注ぎこむ、目の前の未知の金属で構成された荒れ狂う合金の刃の魔物を討つ為だけに。

 

 瞬間、槍が啼いた。正確に言えば、毒々しい宇宙の色合いをした槍のほうが今まで耐えていた許容値を超えて己の体に力を逆流させたと言う説明が正しい。

 

ランサーは堪らず呻き声を一瞬発した。記憶が注ぎ込まれる、古の神代の父母や連なる者達の顔、更には己の死に際に命の水を与えるのを躊躇った主の複雑な眼差し。

 

それに……この情景は何だ? 車椅子と言われる座具へとまともでない状態と様子で力なく座る男性、血まみれでその者に抱えられる女性。己がセイバーと尋常に勝負した

廃病院跡の風景と似通った場所で、場面が少し移り変わったかと思えば抱えられた女性は胸に大きく銃創を受けて倒れ、同様に男も椅子から投げ出され、その顔が明瞭になった。

 

(あ……るじ?)

 

その顔は、今まで見た主よりも生気を薄れ何処まで苦痛や絶望を受ければこうなるのかと思える程に凄惨な表情を浮かべていた。口の動きから、殺してくれとの呟きが

 無音にも関わらずランサーには直ぐ傍で聞いているように耳に響いた。そして、少しの間の後に煌く白刃が今代の主の首を一閃し、その命を絶った。

 

何だ、この映像は? これは、もしや未来だとでも言うのか?

 

目にしただけでは自身は其の風景にいなかった。されども、魔槍が見せる只の安い揺さぶりと言うには嫌にその光景には安易に否定させない現実味が充満していた。

 何故、自身がそんな光景を見せつけられてるのか。疑問を氷解させる間もないままに次に脳へ直接叩き込むように音が響いた。いや、音なんて言う生易しいものでもない。

何かが唄うような、音階が伴っているような重複した悲鳴や破壊音にも聞こえる。それは聞く者にとって幾らでも無限に変化する未知なるモノからの音色だった。

 

これは聞いてはいけない。この音は 唄に耳を傾けてはいけない。コレは人類が、英霊を決して向かってはいけない場所へと引き摺り込もうとする魔の吠え声だ。

 

その搔き乱される意識を、呼び覚ましたのは皮肉にも目前で壮絶な金属を振り回し自分を細切れにしようとする怪物の駆動音だった。見えた幻視から目覚めた時間は

一瞬にも満たなかった筈だが、不気味な笑みのマークは先程よりもより近くに迫っている。そして、自身の盾とした槍は、不安な軋みを中央から発していた。

 

 槍が、折れる……このままでは!

 

二本の槍全てに力を込めても鍔迫り合いなのだ、一本折れればどうなるか。短槍に意識を向ければ、ほんの僅かにだが亀裂が出来てるように見えた。

 

 駄目だ……もうっ。

 

「『Fervor,mei,sanguis (滾れ、我が血潮)』」

 

短くも鋭い矢の如し詠唱が背後から轟いた。それと共に、肩を超えるように一筋の翠色の粒子を纏った光弾が刃の嵐を抜けて、その怪物の頭部の片目へ着弾した。

 威力としては英霊を怯ませる程度で深い傷を残すような威力では無い。然しながら意識外の攻撃は怪物も予想外であったらしくランサーは好機とばかりに魔槍を

 掛け声と同時に腰を捻り、最大加速と威力を込めて突き放った。

 

その愛らしい顔と思える部分を魔槍が突き刺さり火花が散る。魔槍を手放したランサーの首に、その真白から伸びる金属腕の一つに付属された刃が首の皮一枚まで

勢いよく伸びていたものの、ランサーは顔色一つ変えず動く事は無かった。その死の鎌が己の首に振りぬかれる事はないと長年の闘争による培った勘が囁いていたから。

 

予見通り、その金属腕の刃はディムルットの首に傷を作る事もなくギリギリの所で停止すると。そのまま緩やかに四本のアームは清掃機械のボディであり頭部の中心に収まった。

 

微かに破壊寸前の機械のように痙攣していたアブノーマリティは。その視線をランサーに向けたまま、何も発する事のないままに光となって消失し、そして収容室へと

 暴走など最初から無かったかのような姿形のままに再発現する。lobotomy coopの中では特に驚く事もない、何時までも終わらない悪夢のようだが事実である現象。

 

一瞬ランサーには、誰が援護をしたのかを理解しなかった。召喚され、普段良く耳にする声に関わらずも其の人物が己に対し打算抜きで助けなどしないと直感してたからだろう。

 

振り返ると、そこには遅ればせながら聞き親しんだ人物が自身を助けてくれたと認める。普段通りの片手の指で側頭部を叩きながら、怪物を誅罰する時に用いたのであろう

 妖精の羽のようなものを冠した、今しがた怪物に命中したエメラルドの光を強く放つ杖らしきものを見分するような仕草で自分を胡乱気にも見る姿。

 

それは正しく我が主たるケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ!

 

「主ッ……! 良くぞ御無事でしたっ。冷たき地に意識なく横たえてた時は息も止まる心地でしたがバーサーカー達は約定を守り救ってくださったのですね。

 それに、我が劣勢を見抜き明敏なる一撃の一助! このランサーっ、主の想いに恐悦至極の至り……」

 

駆け付け跪き、今の心境を古くからの慣わしに則って述べる。今の今まで伴侶の妻の魅了なりで起きてた亀裂も解く事がようやく叶えられたと喜びに浸りつつ。

 

「――黙れ」

 

だが、返された声は何処までも召喚時と同じ、いやそれよりも遥かに冷たく。

 

「貴様のような者など私は知らん。ただ自身と我が妻の危機が迫っていると告げられ、貴族の名のままに降りかかる火の粉を振り払ったに過ぎん ――お前は何者だ?」

 

眼差しは、何処までも疑心と敵愾心。親の仇か、報復する対象を見詰めるような眼差しを知ってディルムッドは感謝の口上を止め、何も言えなくなった。

 

何故、主はこうまで変心……否、以前よりも自身に辛辣な態度をとるのか全く意味が不明な彼に対し。熱も冷たさも持たない声が届く。

 

「彼、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは逆向性健忘……聖杯戦争開始からの記憶が無いのだよ。その妻も同様にな」

 

通路から定期的に聞こえたアラートが収まると共に、現れたバーサーカーと落ち着かない様子で護衛の職員らしきものと同伴してるソラウ夫人。

 

一見、怪我なく普段と変わりない様子のマスターの妻の姿に安堵を浮かべる暇もなく。自身を覚えてないと言う言葉にランサーは愕然とする。

 

「……管理人。ホテルで在留してるゲブラー様にホド様と通信が不可能に」

 

「キャスター陣営か……すぐ向かおう」

 

バーサーカーと職員の会話を耳に流しながら茫然自失のディムルットには、忌々しく己と辺りを警戒しているマスターを見詰める以外に術は無かった。

 

 

 

 

 

▽ ▲ ▽ ▲

 

 

軽い浮遊感と共に、言峰 綺礼はあの日の事を回想する。

 

普段と変わりなく礼拝と教会に訪れる者達への悩み、父との他愛ない報連相と師父たる時臣との聖杯開始以前の取り決め。日中は特に己の価値観が一変する予兆など

 何一つ在りはしなかった。神の啓示を受けた者達も、私と同じように前触れはなく大いなる存在との出逢いは誰もがそんな突如の出逢いだったのだろう。

 

ただ一つ変化があるとすれば、この冬木市で聖杯が顕現する兆しの一つとして市井に大きな影響ないとして下級の妖魔が夕暮れ時に差し掛かり結界に多数見咎めた事。

 

それも変化、と言うには大きな歪では無かった。聖杯戦争と言う大規模な魔術儀式で霊脈が活性化するのならば魔が誘われるのも自然な事。

 教会の者として、代行者としての義務として父の命を受け粛々と。その日も一振りの黒鍵で機械的に妖魔を駆除する為に闇夜へ出た……そんな折に、あの者と出会ったのだ。

 

美しい月が照りつける外人墓地に差し掛かり、ようやく不自然さに気づいた。無差別に闇に紛れ人の精気を奪う下等な魔が導かれるように一定の方角へ進む。

 それと共に、自分の頭に聞こえてくる……音色、なのだろうか? それより相応しい言語があるとすれば信号。救難信号とも呼べる世界共通の信号に似たノイズが

 頭の中へと届く。それは奇しくも妖魔達が集まっていく外人墓地のほうであった。この時点で己には二つの選択肢があった。不吉と感じ撤退するか、究明の為に前身か。

 

私は後者を選んだ。朧月のような光の下で、その者は墓石を仏罰も知らぬ存ぜぬとばかりに椅子代わりとし春の陽だまりで茶会でもするような穏やかさを身に着けていた。

 然し、辺りには陽射しと共に溶けるであろうとも鼻を覆わなければならない程の魔の血が絨毯のように茶会の主人を中心に広がる。そして、異質であるにも関わらず

 綺礼の目には、とても自然で何て事のない動作で。その者は恐怖と興奮を入り交ぜて突撃した妖魔の首にそっと指を添え、物理的に雑巾を捻じるように搾る。

 

どのような方法で、魔術の力を感じ取らせる事なく少し指を添えただけで宙に僅かに浮かばせ妖魔の体全体を螺旋状に捻じるなどと言った芸当が出来るのか。

今思い返しても見当つかない。長き代行者としての見聞と勉学の中では超能力と言ったものを稀に備えるものもいるが。彼女の力はもっと遥かに異質なもの。

 今まで多くの闇のモノを屠って来た自分でも聞いた事のないような悲鳴を上げる存在から搾った液体を、牛か何かの骨を器として、彼女は其の凝縮した液体を嚥下していた。

 

「……やぁ、良い月夜だな。異なる世と時の同胞よ」

 

微かに血化粧を唇から頬にかけ付着させ、先程までのおぞましく魔に対する制裁としても人の所業にはあるまじき非道をした事など感じさせぬまま微笑が向けられる。

 

本当ならば、この時点で。私が聖職者であり代行者であるなら務めを果たすまでに所持していた黒鍵を全て解き放ち全身全霊を以って討つべきが正しい解であった筈だ。

 

ただ、アレはとても()()()()()。祝福を教会で受けてきた者達や、民衆が絶賛する絵画、山頂より見える絶景等と掛け離れたその地獄絵図に私は感嘆していた。

 だから、黒鍵を投擲する為に握っていた手が振り上げられる事は無い。否、あの時私は攻撃すると言う意思や意識さえ抱けなかったのだろう。

 

歩みを進める度に、靴に当たる紫や黒の血の水音を響かせながら。私が同胞? と鸚鵡返しに尋ねるのを他所に。彼女は微笑を維持させたまま何も言わなかった。 

 代わりに、その黒い孔雀のような服の襟元より小石すら大きいと思わせる程に細小の粒らしきものを爪で挟み。それを跳ねる音すら無いまま骨の器の液体へ落とす。

 一瞬だったかも知れない、もっと永い光景であったかも。時間の経過は不確定ながら確かに私は、あの時未だ見ぬ聖杯よりも、更に穢れ 更に美しい品を見初めたのだ。

 

黒鍵を持つ方と反対の手を差し出す、女は自然に裾から茶器に使う小さなスプーンのような器具の鋭い柄の先で己の手の甲を軽く突き、気泡のような赤く芽生えた

 血を掬い取ると、その器に更に混ぜ合わせる。己の魂を現すかのように、その禍々しい色合いが鮮やかに黒く彩られるのを見た。

 

彼女は飲め、と促した覚えは無かったが。ただ、静かにその下等な魔の夥しい存在の根幹となる雫の集まりと何かの異物と己の血の混液が波紋を踊らす器を少しこちらへ

 寄せたに過ぎなかった。だが自分が何をすべきかは本能のなすがままに膝を地面につけ、約束の地を目指し飢えと渇きに苦しむカナンの民がオアシスに辿り着いたが如く

 私は何の拒絶や恐れもないままに口を付け、飲み干した。そして、その時からだ。私は私でなくも新たなる私へと至ったのだ。

 

流れ込んだ激しく駆け巡る視界の裏側の光の嵐の中で、昏い深海の中で開かれた潜水艦の窓から吐き出される洪水の如く勢いで其の映像の激流は脳を溺れさせる。

 

 大火災に包まれる冬木市  蕾から華へと育った遠坂 凛  英雄王 アインツベルン 小聖杯 クー・フーリーン

 

  アンリマユ   衛宮 士郎

 

遥か先の出来事から、今より少し先の出来事まで。私は全てを織った 私が知る限りの全ての先と私自身が成す大いなる悪と、己自身が何処までも善と相対する者たる事を。

 

嗚呼、何とも滑稽な。自身の歪みに苦しみ、己の悪に懊悩していた頃が。まだ昔と呼称するには早すぎる先程までの心縛る枷が只の緩やかな帯と言える程に愉悦が満ちる。

 

真理を会得すると言う事が、これ程に嗤えるとは! これ程までに人と言う者が長き修練と悟りの長く永き道を辿らずとも、私のような悪そのものが答えを得ると言うのか!

 

飲み干し、全てを理解した私は一変しきった世界の中で改めて彼女を見た。悪魔であろう存在も、その雫を喉より通り越した瞬間には天使のように感じ取れた。

 

「理解したか」

 

小首を曲げ、その全てを吸い込むような瞳を見詰め返し私は告げる。

 

「あぁ ()()()

 

力強い祝詞を、彼女は意味深に瞼を閉じて顎を微かに上下に揺らし。再度開いた目には蠱惑な色を灯らせながら生き物の音が不気味に発せられる程の静寂で、その声は轟いた。

 

「ならば、始めよう。お前と、私の ――この小さき帳に紡ぐ反逆の脚本を」

 

チン……ッ。

 

目を開く。回想から目覚めた先では開ききった自動ドアが自分が下りるのを無機質に待ち受けており、その奥に立つ人影を見て僅かに口の端を弧の形で上向きに吊り上げ

 足を踏み出す。ドアが閉まり切った時には、その腕を組んで苛立ったようなポーズをするソラウ・ヌァザレ・ソフィアリと黒鍵が届く間合い程まで距離は縮まっていた。

 

僅かな沈黙の後、綺礼は耐えきれぬとばかりに喉を鳴らし冷笑の表情で顔を崩した。対し、ケイネスの伴侶を模っていた存在は、表情を苛立ちから無に変え変身を解除する。

 

「この国風に言えば、千慮の一失か?」

 

「いや、君にそんな遊び心があると予想外な故にな」

 

ソラウの模倣に失点があった故の笑いかと尋ねるビナーへと、緩やかに左右へ首を振り綺礼は冷笑の形を苦笑に移り変えて返答する。

 

そうか、と短く返し。セフィラの背信、いや元よりlobotomy coopで最大の敵は彼を促し元ランサー陣営の拠点の一室へと招き入れる。其処には、既に寛いでいる

 フランチェスカと、少し積み重なった魔術礼装を影にするように小さな羽と歯を鳴らすような鬩ぎ合う音を立てる無数の蟲と言える塊が綺礼の目に映った。

 

「集まった諸君等へと、これが収穫だ」

 

この戦争の暗躍の一団の最後の一人が座るのを見届け、仲間意識は皆無ながらも私利私欲と目的の為に一時共闘を選んだ者達を見据えてビナーは二つの品を取り出す。

 

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトより奪い取った時計塔の未来で名を遺すであろう最高魔術礼装の月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)

 ランサーことディルムッドの宝具の一振り、魔術・魔力で構成された物を断ち切る破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)である。

 

「ふんっ……時計塔の学者崩れの玩具と、ランサーの宝具一振りだけか」

 

「あらっ、キエフってば功業を成せなくて拗ねてるのかしら? 今の今まで面目躍如はおろか、あのバーサーカーの玩具箱の煤人形にこっ酷く火傷されてから汚名挽回がなーんも出来ないものねー」

 

あくまで目的が争い合うよりも手を組むほうが得であると言うだけで、本来犬猿よりも仲悪い旧くからの魔術師達は、一人は煽り 一人は威嚇の歯軋りを発する。

 

雁夜が呼び出した狂いし戦士の手に掛かり、核こそ無傷なものの多くの衣を損失した今の臓硯は魂喰いをひっそり行うのもリスクがある為に、人の形を崩した上で

 この舞台で落ち着きなく蠢いている。魔術、サーヴァント等の戦力、どれをとってもこの中で一番今のところ自身が下である事実は屈辱でしかない。

 

そんな老獪の魔術師の怒気や殺気を歯牙にかける事もなく、アシンメトリーの短いほうの耳に付けられた骸骨か鍵のような独特の形のイアリングを一度だけ指に這わせつつ卓に置かれた二つの略奪品を滑らせる。

 

その挙動が、戦利品を獲るのに大きく貢献したのはフランチェスカは自分自身だと思ってるものの、意外にも何も言葉にせず態度のみで好きにそちらで使えと言う仕草に白き髪に髑髏を飾る少女の姿の魔女は僅かに猜疑を込めて言葉を投げた。

 

「どう言うつもりかしら? 私も無駄に口論なんて貴方とする気はないけれど、好きにランサーの宝具も礼装もこちらで使用させるなんて」

 

永く生きてきた魔術師であり、生存戦略に長けてると自負するからこそ解る。この中で一番得体が知れず危険なのは目の前の落ち着き払った様子のこのビナーと名乗るサーヴァント崩れの女のみ。

 聖杯戦争の開催を聞きつけ、キエフに妨害されるのも想定込みで冬木の結界の境界を散策していれば突然その線が崩れ去り。何かの思いがけぬ事故か罠かと考えつつ偵察していれば、それを呼び水の如く自身の影の先より現れたのが目の前の元凶。

 

その瞬間、自身の得意とする幻影の魔術を放って遁走する手も選べたが、その得意とする手札を切る前にアレを見せられた。魔術師の大半なら目を眩み垂涎として飛びつくであろう()()()()()()()を。

 

闇と茂みに隠れ、細々と命を啄み襲撃者の目を逃れて潜伏するキエフもどうやってか見つけ。今この戦争の表舞台に登場するは、本性を曝け出す事も踏まえ終盤まで無い同士四名は工房を乗っ取ったハイアットホテルに居る。

 

(このホテルを占領した手も中々のペテンであったな)

 

ロンドンよりわざわざ持参してきたらしいケイネスが秘蔵していたボトルを空け、その芳醇とした香りと液体を口に含みつつフランチェスカとビナーの視線が交錯するのを眺め、口を挟む気は無い事も暗にアピールしつつグラスは下ろさない。

 

疲弊と負傷で帰還したランサー陣営とバーサーカー陣営がハイアットホテル入り口で見たケイネスとソラウ。あれは確かに綺礼の指示によって変装したハサン達であったものの、あの時は未だケイネスの工房は無事だったのだ。

 冷静さを失っていたケイネスと、英霊と言う知識が未だ教本程度しかないバーサーカーであるからこそ通じた手。本当ならハサンがどんなに優れていようともケイネスの厳重に複数の魔術防衛を敷いた工房を乗っ取るとなれば

 どれ程に緻密に時間を掛けても、彼が前もって結界の破壊に対しての術式が先に発動して工房が半壊する可能性が高い。だから、あの時はハサン達を変装させハイアットホテルの高層と一階の中間に位置する場所。

 

約15階程度。其処から同盟した二つの陣営が帰還したのが入り口を通過するタイミングを見計らい、そしてハサン達が如何にも工房を占領したと言う風に見せ掛けたに過ぎなかったのだ。

 

後は勝手にバーサーカー達が別の拠点に移るのを見届けた上で、キャスターの凶行と腕の治療で分断したバーサーカー陣営とランサー陣営を確認した後にランサー陣営を襲撃して、そのマスターの知識を根こそぎ奪い取る。

 これによりケイネス・エルメロイ・アーチボルト、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの記憶に経験と知識を獲得したビナーは。悠々と彼等の力を模倣した後にホテルの工房を今や自身の住処へ変えた……と言うのが事のあらまし。

 下手に魔術や異邦から来た彼女の力をひけらかすでもなく、少ない労力で時計塔の天才と知識ならば未来では天才の一人であろう存在を騙したのだ。綺礼にはその事実も悪性に沿って生きる者としては堪らなく愉快だ。

 

「……小事なのだ」

 

「なんですって?」

 

ハイアットホテル占領を思い返し終えた頃に、ビナーは小さくも大きくもないが広い一室に良く通る重圧さを伴った朗々の音を発する。

 怪訝な感じで呟くフランチェスカや、多数の疑惑を秘めた蟲の注視も他所に。相棒たる綺礼の目にも合わさる事のない、とてもとても遠くに目を向け彼女は謳う。

 

「この奉り事で、100程の影法師達の生き様、騎士の懊悩や怨嗟も、征服の覇道も、英雄達の王の意思。どれ一つ取り上げても小事でしかない。全ては一つの結末へ集約する為の前戯だ」

 

「異なる七つの音階は、一つの曲を産む。私は再び、あの頃の名のままに『調律』するだけだ……その生業の為には繊細な指でなければならない」

 

理解するには難解な内容。だが否定や追及を避けたくなる説得力はある。

 

「ふぅん……それじゃあ、貴方が精一杯汗水流して両手で引っ張って来た棒と瓶は私達に贈って、次は何をするって言うの?」

 

それに、喜怒哀楽全てが無い仮面のような顔に。少しばかり背筋に悪寒が走るような綻びを口元に貼り付け、彼女は嘯いた。

 

 

 「――決まっているであろう。美しき音を紡ぐ為には、それ相応の奏者を呼び寄せなければいけぬのだからな」

 

雨に雷が交じる、電灯をわざと点けぬ室内で調律者の横顔には只一つ、並みならぬ冷たさが浮かぶのを窓の露のみが見ていた。

 

 

 




室内を蹴破る調律者の踵が垣間見えた後、狼狽えて座り込みながら惨めに後退って行き止まりの壁に背を付けた人影に頭の制裁者は呟く。

何処までも重く 非難する調子で……。








ビナー「何故、これ程までに永き時を作品を完成するまでに費やした?」

作者「すいませんLibrary of Ruinaが滅茶苦茶面白くて作品書くよりサボって視聴してました(震え声)」

ビナー「何故、それ程までに興に乗っていながら。この後書きでお前は次回の展望すら書き記さない?」

作者「いや、ちょっとLibrary of Ruinaの結末次第では。ビナーさんとかカーリーとかの動きも変更しなくちゃいけないなーって
 思ってる次第で、だから、もうちょっと完結まで時間が欲しいと……」




と言うわけで、少しだけ時間を貰います。
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