fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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腐肉で織られた布は 香ばしさと共に味わい深い歴史を感じさせる

これは我々の住まう土地の理ではあるが 生が終える末路によっても
着る為の生地となる素材は大いに違っていくのだ

終え行く者達の最後の想い 未練 苦しみ 憎しみ 悔恨 

それ等を内側から外へ放出し 捻り出す事が出来なかった思念の染み

様々な要因と共に着飾る為の衣服は異なる旋律を作り上げていく

似た蔵書も陽射しの当たる角度が異なれば香る色合いにも似た奥深いものだ

なら

この砕け散っていく世界と称される盤も また……


愛の檻

 遠い遠い昔の記憶。私が今の私になる前の記憶。

 

7歳程度の頃。どうして裏路地23区の、臓物なりが辺りに散らばった血まみれの冷たい床に蹲って泣いてたのか何度思い返してもわからない。

 それが私の記憶、カーリーと言う名の娘の最初の記憶。

 

五本指及び連なる組織、何処の馬の骨とも知れぬ事務所に業者、どんなに駆除しても駆除しきれない掃除屋が神出鬼没と夜に蠢く魔境。私の足元を濡らしてた血が記憶には薄っすらとあるかどうか曖昧な両親か赤の他人のものであったとしても、それを判別するのは今となっては不可能だ。そして、それに未練など無い。

 

 ……遠い遠い何処かの、私とは知らぬ誰かの記憶が頭に流れ込む。

 

管理者なら精神汚染だとシャットアウトするのだろうが、その記憶に見える現在の守護をする存在を認めて私は無言で眺める。髪の色が今と異なり瞳に快活さと生気が溢れており、もう一人は姉なのだろう。決してこれから先、不幸など無いと言わんばかりに子犬のように戯れる姉妹の光景。

 父と母にも愛されて育つ、都市なら巣の上流階級でしか見られないだろう日常が私の目の前を通り過ぎて行く。血生臭さや暴力に恐怖とは無縁なる情景だ。

 それが突如終わりを告げる。私の目の前で、あの幼子は父に怒られてるわけでないが有無言わさぬ調子で少し鼻につく所作と共に別の家の子になる事を告げたのだ。

 少女は反抗するには幼過ぎた。今まで温和な父が見せた仄かな冷たい一面が覗いた事を敏感に悟ってただただ芽生えた感情を言葉に出せず口篭るばかり。

 父親は、そんな彼女の機敏さを気づかぬままに。自身の価値観の絶対さを疑わぬままに、こう唱えて最愛であっただろう娘との話を終える。

 

お前の為なのだよ、桜。

 

場面は移り変わる。一目見るだけで、その存在は駆除するべき都市の伝説か疾病に値する物である事が伺える。だが、何も不思議に思う事なく父親は彼女をソレに引き渡した。

 その目は節穴か? とも思う。然し対面した男とは昵懇の仲らしい。娘の中に秘める苦悩や不安を感ずる事のないように、少女には大きい手が置かれた肩に力が籠められ前へと追いやられる。

 

張り倒してやろうかと手を伸ばしても、それは過去の投影なのは明らかで擦り抜けるばかり。舌打ちと共に、これから起きる事が簡単に想像出来る悲劇に対し無言で腕を組む。

 

また場面が移り変わった。衣服は全て取り払われ、瞳から光を失くして既に凌辱の限りを尽くし終わったのだろう離れていく異形の蟲達が空いた空間の中心で横たわる六歳程度の娘。

 一見すれば死んでるか生きてるか判別出来ず微動だにもしない。近づいて目を凝らし、ようやく微かな口から零れる吐息と上下に動く胸板で未だ生きてる事が証明される。

 ただ少なくとも生きてるだけだ。かつての、愛と光で囲まれていた頃の娘には決して戻れない事だけは解る。どう言った魔法や特異点を使おうとも過去の彼女は蘇らない。

 

――同情などしない。

 

私の世界では溢れる程、こんな虫唾が走る光景を見てきた。

 少なくとも、たかが蟲に体内をまさぐられ破瓜しただけで済んで良かっただろう。命があっただけで十分果報者じゃないかと揶揄する輩とて数ある便利屋は口にする。

 もし私がその当事者として。そう馬鹿にするものが居れば感情の動くままに殴り倒すだろうが、それもまた真実ではあると納得はする。

 

世界が残酷で救いなど無いのだと、物心ついた頃から私は体感していた。いや、私一人でなく裏路地の、裏路地含めて仕切られた壁に住まう大半の人々は悟っていた。

 世界そのものが地獄であるからこそ、簡単に人はその手で隣人を傷つける事も殺める事も瞬く間に移ろいゆく時勢の中で汚す事に躊躇はなかった。

 

許せなかった。家族と思えた存在が平然と裏切った事も、記憶に残らぬ身内を瞬く間に吐瀉物がまみれる路地の一部へとした存在も。

 そんな風に動く事しか出来なくて、それ以外の手段を残さない世界にも。

 

全て 全て許せず怒りが胸の中にあった。そして、怒りを秘めて工房の武具を振るって闘い続けても変わらない悲劇に、変えられない無力さに更に怒りは増幅していった。

 

その感情が一挙に私を満たしたのは、居場所になり得た最後の場所が奴と其の配下によって知り合いも心を許した者も皆殺しにされた時だろう。

 幾多の異形と知人の屍が囲む中で、薄ら笑う奴に残った一本の腕の力にあらん限りを込め……それがカーリーの記憶の終着点だ。

 

私の目の前に光なき虚空を抱き誰とも見る事なく彼方だけを、闇を見詰める娘が見える。

 

 昔、よく食べ物を貰って世話してくれて赤の他人であれど信じていた隣人二人に恩を返そうとして金を渡した結果、ハイエナのように豹変した彼等をこの手で殺めたカーリー。

 そして魔術師の家の都合と言った理解し難い理由により、最愛の家族と引き離されて怪物同然の存在の手に掛かり身も心も喰いつくされた間桐 桜。

 私はこの娘と同じく瞳には虚空が宿っていたのだろうか? 原初の無力な、血と吐瀉物の大地で蹲っていた時のカーリー。信じてた家族が金によって人の形をした獣となりかわり、そいつ等を皆殺しにし終えてアパートの一室を血で飾り終えた時のカーリーも。

 

今となっては遠い遠い昔の記憶。心の中にあった暴虐のような火と共に胸に何を点してたか知る術は無い。

 

倒れ伏す娘を見つつ、口を開く。

 

「ずっと、そのままか?」

 

少女は返事をする事なく、じっと身じろぎする事なく瞳は動かない。

 

「悔しくないのか。怒らないのか。許さないと思えないのか。お前の家族は、こうなると知っていたかはともかく、お前をその地獄に追いやった者に張本人もだ」

動かず、喋らず、その人形のような目を見下ろし、私はその娘の絶望に構わず言い募る。

 

「あの化け物に嬲られて諦めてるだけか。仕方がないと思うだけか。お前が立ち上がらなければ、自分の意思で変えようと思わなければ何も変わらない」

 

「この世界は救いなんて無い。だから ――」

 

 

・・・ラー、ゲブラーっ。

 

目が開く、そこには少し心配そうに自分を伺うホドがいた。少し目と閉じて休もうとしてただけだが、どうやら思いの外に意識を深く沈ませてたらしい。

 

「ホド、どのぐらい私は眠っていた?」

 

「ほんの数分よ。でも、貴方が警戒態勢の中で転寝するなんて珍しかったから」

 

何でもなければ良いの、御免なさい起こしちゃって。と気まずそうな同僚に、気にするなと告げつつ視線を奥へ向ければ未だ目を覚ます事のない桜の頭が見える。

 管理人が固い顔つきで自身の知り合いである少女と現使い魔となってるアサシン一体が捕獲された事を早々に告げて追跡へ向かってから幾らか時間は経つ。

 

少なくとも彼女の宝具であり第二の拠点とも言えるcoop内に居る他の同僚とエージェント。内包するアブノーマリティと言う戦力を考えれば心配はいらない。

 数々の劇変により、宝具内のcoopで暴走が起きてるが故に安全な場所は少なくなっている。だからこそ、このラブホテルの一室で自身とホドに数名のエージェントが留守を預かってる。

 

 先程の微睡みの中で見えた景色。あれは只の夢で無い事は明らかで、この紫の髪の小さな眠り姫の意識が見せた事も理解している。だが、其処からの対応は自分でなく管理人の分野だ。

 

再度合流した時にでも夢の事を告げるべきだなと、軽く体を解して立ち上がり雨音が未だ激しく叩きつける窓へと近づき……幾らか和らいでいた眉間と口元が引き締まる。

 

「ホド、今すぐガキを起こせ。それが無理なら直ぐに職員を配置につかせバリゲートが作りやすい室内へと移動しろ」

 

少し困惑した声が呼びかけた彼女から唱えられる。油断が過ぎると苛立ちは浮かばない、むしろ幾らか彼女の意図しない行動に賞賛の念がある。

 

「お前が居て助かったよ。らしくない様を見せるって事は、それなりに不吉の前触れだって事だ」

 

言いながら自身の片腕を掲げ、その窓縁に向かって殴りつけた。

 その思いがけぬ紅蓮の戦士の乱暴に対して、次の瞬間には薄い硝子と格子が砕けるのを予想して反射的にホドは目を瞑るが、何時まで経っても予想の音は耳に入らない。

 代わりと言っては何だが、金属同士が打ち鳴らされるような反響音がホテル一室へ響く。英雄の一撃が只のホテルの窓に齎す結果として有り得ない音に彼女が驚く中で。

 

「これは私の不手際だな。――蠅たかりのペテン師野郎め」

 

どう言うマジックか知れないが、このラブホテル全体を結界で包囲しやがったと。忌々しい声と共に、フローリングされた床と壁全体が肉々しい色合いへ変わっていった。

 

 ザァァァァ……。

 

激しくなっていく雨で視界が曇っていく空の下、白と黒色を基調とした妖美さを兼ね備えるドレスに身を包む少女の姿を模した悪魔は艶やかな唇を上向きに模る。

 パラパラと回転する白い日傘に合わせ些細な異なる水音を立たせる音に混じり、その周りでは這いずる蛸にも烏賊にも似た触手で構成された魔物が蠢いている。

 

「フランソワ、此処に?」

 

その魔物に入り混じり、一人の男が居た。出目金のように眼球の半分が飛び出るような異相の男はカメレオンのような眼球運動と共に一つの建物を見据える。

 

「えぇ、そうよジル。あそこに、例の聖処女を邪魔する輩が大事に大事に匿っている娘。ついでに守護騎士もね」

 

フランチェスカ・プレラーティは旧友たる英霊のジル・ドレと共に。間桐桜と其の護衛たるセフィラが居座るホテルを一望出来る一角を見下ろしている。

 

最初の海浜公園での邂逅。その時から間桐 桜の内に眠る素養が有象無象の魔術師達には無い稀有なるものである事は見抜けていた。

 キエフでは手に余り、その色をくすませて塗りつぶし蟲の産み袋の役割のみの用途で終わらすには余りに勿体ない。さてさて、それならば自身の器の一つにしてみるかと一瞬思うものの、あの代行者もどきの英霊には別の使い道として、あの娘を所望との事だ。

 

(けれど、わ・た・しが。そう素直に指を咥えて放置するなんて思って無いでしょう?)

 

人として大切な感性が欠けた代行者と、それに良く似通った未来の代行者もどき。同類達がどのように冬木市(箱庭)を自分達の好きな玩具で揃えようとしてるのか知った事ではないが。

 自身にも目的がある。とある大迷宮の攻略、その為には願望機と呼称される冬木の聖杯が喉から手が出る程欲しい……とは言わない。有限ではあるものの、無限に近く時を永遠に過ごす術を保有する彼? 彼女?であるフランチェスカには、一般人が出来れば恰好良くて良く長く走れる車が欲しい程度の欲求が願望機に対する価値観である。

 

それに、それとは別に欲しいものが目の前に転がってきた。

 

(欲しいわねぇ、欲しいわ。ア・レ)

 

倫理が破綻しきっていると断言出来る、あいつが持ってる深き全ての流れより汲み取ったと言われるアレ。視認した瞬間に機能してる魔術回路が煮え立つような興奮に襲われた事など一体今まで捨てた器達の過程で幾つあっただろう?

 そう疑問に思う位には衝撃だった。アレの正体を看破出来るものであれば、今回の聖杯戦争で幾つ備えていた器が消費される算段抜きに。普段自身の辞書には載せないものの、今回ばかりは半ば真剣に挑む気概がある。

 

そしてあの未知数思考の女は、私の魂胆を見抜いた上か。あろう事か公園の鳩にパンでも恵む気安さで自身に雀の涙程の量ながら()()()()

 

あぁ、嗚呼! 本当に愉快で、腹立たしい! あの口元に薄っすら浮かべていた上向きの歪みを、必ずや私の手で真横一文字にして其の先に臨む願いを否定しきってやろうとも。

 

(だから、ね? 私の私の愛しいジル)

 

「その娘が持ち合わせる力は、謂わば聖処女の信仰を更に輝かせ磨くもの。ジル、貴方の神涜の為にも……」

 

 「えぇ、そうですともフランソワッ! 我がジャンヌの眼を覚まさせる為にぃッ!!」

 

(私の為に、奈落の坩堝までの道をしっかり踊ってね)

 

黒く濁った気力に満ち溢れる背中に微笑みつつ、目薬よりも少ない雫の入った瓶を光の見えない天に翳しつつ。魔女はこう嘯いた。

 

「さぁて 私の作った貴方達の故郷似の()()()()

 

出来る限り愛してあげてよ? 守護騎士ちゃん。と邪気感じさせぬ少女めいた笑い声は豪雨の中へ溶け合った。

 

ザァァッ……!

 

「駄目です、何度やっても通信が繋がりません」

 

直ぐに管理人も異変に気付いて下さると思いますが、と。待機していたエージェント達はホテルの異常を察知するや否や、規則通りにセフィラの元に集う。

 E.G.Oの防具を纏い、武具を構えながら人間の体内のように肉々しい色合いと質感に変わり果てた壁と床を警戒しながらの報告に対し、落ち着き払いながらケブラーは呟く。

 

「当然だな。奴さん共も、こちらの弱点を知った上でか強行突破の手段を封じてやがる」

 

少し触れただけで、その壁全体が建物全体と繋がりを帯びている事が解り。無理に壁を人が一人通り抜けられる程に破壊すれば全体が崩落するだろうと予想出来る。

 ケブラーや重装備をするエージェント達だけなら支障は無い。然し、間桐 桜は違う。全員で彼女の壁となれば建物の崩落の影響も最小限で済ませるだろうがソレを相手が予期して無い筈もない。必ず対応した二重三重の罠で桜だけを引っ浚う事を可能にする術はあるだろう。

 

(となれば、地上か屋上に出て行く事が先決。……どっちだ? あの蠅野郎の事だ、どちらの道であろうとも必ずこちらを陥れる罠が待ち構えてるのは間違いない)

 

ただ、その罠がどう作用するか。それが問題だとケブラーは自身の普段使用するE.G.O武器の棍棒や槍でも無い、この世界の幻想の残滓が濃い迷宮より掘り起こされた大剣。

 それを構えつつ、ホテルの扉を蹴破り階段のある通路まで先頭を執る。高度な幻術か、はたまた性根がタールより濃い邪悪に漬けきった反英霊の術によるものなのか、記憶にある通りに進んでも簡単には辿り着けない。

 

「時間の流れも可笑しいわ。私達が付けてる時計、動かないもの」

 

「時を止めてるって? そりゃホクマーの専売特許だろ。それに、あいつは現在療養中だしな」

 

軽口を叩きながら鋭い視線が赤黒い血管の塊で出来た壁の廊下の突き当りに注がれる。無言で翳された百戦錬磨の戦士の停止の意思を伴う片腕に周囲のエージェント達の緊張が高まる。

 

「――出て来い、どんなに蠢く壁と床の音に混ぜても私は誤魔化せない」

 

ケブラーの鋭い口調に呼応するように、強い獣のような複数入り混じってるように聞こえる奇妙な空気音が聞こえた。lobotomy coopと言う多種多様な怪物達を世話してきたエージェント達でも余り不慣れな音は俄かに緊張感を膨らませ、そして其の全貌が姿を現すと一人が唖然と動揺を隠さず述べた。

 

「……な、んだ。あれは……人が、継ぎ合わさっている、のか?」

 

其の姿を現した怪物は、幾つもの人体で構成された人の集合体だった。不格好に手や足が幾つもの臓器が樽のように拡張された肉壁から生やされ、幾多の胴体か何かが半ば無理やり付けられ巨大な手足にもなっている。そのような不均等で到底人体を動かすのに適してないのに関わらず動けている矛盾のままに怪物はケブラーの覆い隠さぬ闘気と殺気を受けながら歩み寄ってくる。

 薄暗い通路でも、未だ肉に隠されない壁に付けられた電灯が其の怪物に生えてる頭部が誰なのかを教えてくれる。アレは、確かこのホテルに少し前に入って来たであろう恋人達だった。飲み物を買う為に通路ですれ違い、生来の不出来な為か小銭を数枚落としたのを拾ってくれた記憶がホドには皮肉ながら鮮明に残っていた。

 

(私なんかと、出会ってしまったから)

 

「ホド、迷いがあるなら桜を抱えて下がっていろ。エージェント共は、私が指示するまで攻撃はするな」

 

隠そうとしても隠せない心の揺れを機敏に悟ったケブラーは強く言い切り、其の剣を構え地面に伝うパイプ管のようなサイズの血管を割らしつつ突進して切り上げる。

 恋人の内の片割れの男性の顔の半分が、その剣によって血飛沫を上げる。だが怪物の動きには何ら影響を及ぼす事なく、振り上げられた岩のような大きさの拳が振り下ろされる。

 正にビルから岩石でも落ちたような轟音と地響きが繰り出された。その威力が自身に当たる想像をして身を強張らすエージェントは数名居たが、彼女が其の一撃で敗北するだろうと恐怖する者はこの中に誰一人居ない。その期待通りに女傑は、回避と同時に丸太より太い腕に剣に鋭い一打を喰らわせるものの生じた血の飛沫は思った程には空中に露出しない。その手応えに眉間の皺が更に深まる。

 

「ちっ、どんないけ好かない改造したのが知れんが。随分と私達の世界流の特異点に沿って作ってやがるな」

 

これがどう言った方法で造られたかは知らない。自分達が居た都市の技術によって産み出された代物に近いと本能は訴えかけている。

 構成している外皮は単純な人の表皮だけのようだが。そのぶ厚さはゾウのように繊維が異常な密度で英霊の力であろうと簡単に切り裂き、壊す事を困難なものとしている。

まるで何千年、何万年も鍛え練度を高めきったかのようだ。恐らく変異されたのは数時間前だろうに関わらず、こんな奇怪な存在に成り果てる事が可能とすれば……。

 

永き時の中で、たまたま入った噂の渦中には今の相対する怪物に似た出来事があった気がする。だが今そんな話を悠長に思い出そうと彼女はしない。そして、わざわざそんな事をせずとも幾つもの人の臓器の塊で出来た敵に対しケブラーが一片たりとも怯む事は無い。

 

左腕を頭上に突き出し、右腕で自分の背丈近い大剣を投手が大振りでボールを投げるような姿勢で持つ。猛獣が今にも襲い掛かるような気配を発しながら駆けだす彼女に合わせるように多数の人の塊の怪物は両手を広げて迎撃の構えへ移る。そして衝突する間合いに近づいた瞬間、ケブラーは深く地面へ()()()

 

今にも自分の胸板目掛け大振りの防御度外視の威力のみを重点とした攻撃を本能的に予測して構えてた怪物は彼女の想定外の行動に一瞬動きを止める。と同時に其の二つの頭部が生えた樽のような胸筋へと複数の光と爆炎が産み出された。そう、エージェント達の援護射撃だ。

 

無駄な動作ともとれた左腕の掲げは、予めエージェント達と仮想敵をシミュレートした時に事前に決めた合図だ。こう動いたら、自分の背後より次のタイミングで躊躇わず自身の頭部のある射線へE.G.Oを放てと。

 

これが技巧に長けた戦士であれば、その所作に違和感を感じて回避される危険もあるが。生前は人であれ今や己を毀す事だけに支配された肉の怪物に合図を読み解く事は叶わない。裏路地と言う魔境からcoopの幻想生物にかけて多くの敵から生き延びた彼女の成せる技だ。

 

爆炎による煙が眼前で立ち込める。僅かに細められた目の中では様子は伺えないものの、背筋に駆け巡る予感に従い戸惑う事なく大剣の背に手を添えて前に突き出す。

 と、同時に天井まで昇る煙の壁を突き抜けて大岩のような拳と剣がぶつかる。あえて足に力を抜かせて勢いを利用して後ろへと床に走る血管に沿うように後退した理由は武器破壊を免れようとした事も一つであったが、もう一つの理由が彼女へと追撃をする。

 

「――噴ッ!」

 

その二つ目の理由とは吸盤と小さな棘が生えそろった一本の触手だ。それは彼女の胴へと真っ直ぐ伸ばされていたが、気合一閃の声と共に振るわれた剣で先端を斬り潰される。

 不意を突いた一撃が挫けられ、そのまま突き出した時と同等の速度で縮んだ海魔の腕の一つが煙の中へ戻ると同時に爆炎の煙が丁度晴れる。

 晴れた先の光景に恐怖や驚愕を浮かべる事はなく、ただ飽き飽きとした侮蔑と不快さだけを込めて吐き捨てるように彼女は呟いた。

 

「ゾロゾロと団体を引き連れやがって」

 

忌々しく呟く褐色の瞳には胸筋に生やされた人の顔に焼け焦げが目立つものの未だ五体満足な怪物と共に、キャスターの海魔、そして怪物に良く似た姿を模しつつも虫や二足動物のように人と掛け離れた姿へ改造された人の成れの果て。また、その他にも肉の怪物の手足に海魔が組み合わさった不細工でしかない姿形のものも入り混じっている。共通しているのは、こちらを蹂躙し貪る赤黒い意思。

 

更に通路全体にも変化が起きていた、肉々しい通路全体が脈動すると共に本来は只の壁であった部分に亀裂が走って通路を造り上げる。その新たな通り道からも、今こちらへと襲い掛かろうとする魔女と堕ちた騎士の合作の化け物と似た呻き声がこだましてる事から新たな増援が伺える。

 

「ケブラーっ この建物全体が殆ど敵の力によって制圧されている。長時間この場所に滞在は出来ないわ!

それに屋内自体も徐々に生体反応が見え始めてるっ」

 

「となれば、早々に脱出しなけりゃ。文字通りに袋、いや胃袋の鼠か」

 

軽く空気を切りつつ付着した海魔の液を振り払いながら武器の調子を確かめる。この世界の武具としては、まぁまぁ良い材質で耐久力もある方だが、如何せん海魔と肉で構成された怪物を蹂躙するまで保つかと言われれば、自信もって頷ける程にはケイネスの保有する武具には無い。

 

徒手空拳であれどケブラーの実力はアサシン程度を蹴散らすのや、下手な英霊でも屠れるが。ビナーとフランチェスカ、そして堕ちた騎士たるキャスターの合作と思しき怪物と持久戦をする為には、己の拳一つでは自分を守るのはともかく、桜を守る事は至難だ。

 

「方針を変えるべきだな」

 

「えぇ それじゃあ、お願い」

 

ホド、ケブラーと長年良い意味でも悪い意味でも付き合いは人の一生を超える時間で共に居る者への呼びかけに含む意思を早々に彼女は悟れた。

 

抱えてた桜を投げ渡すと共に己自身が所有していたE.G.Oweaponを構えてエージェントと共に陣形を組むホド。

 

行って! と大声で武具を翳し怪物達へ前進する彼女と同時に交差しながら、音もなく片腕で受け止めて小脇に抱えると共に紅い戦士は血液の浸食する別通路を疾走する。

 

彼女達の第一に優先するのは自分達が生き残る事でなく桜の生存、それが第一。

自分達は以前も今も仮初の命な事は変わらない、いま生きている命を絶対に守り抜く。

 

「さぁ、来てみなさい。言っておくけれど、昔と違って今の私は甘くないから」

 

その声色は決して虚勢では無い。英雄王の去り際に呟いた声と違った芯の伴ったものが背後で己と共に鋭気の革靴の呼応を受けつつ、ホドは武具を掲げ腐肉の怪物の群れへ駆けた。

 

薙ぐ

 

潰す

 

払う

 

伐る

 

打つ

 

刺す

 

断つ

 

斬る

 

まるで建物の形をした人体の中のように入り組んだ通路の中でケブラーは眠り姫を抱えて脈動する細胞管のような部分から出現する肉の怪物を息一つ乱さず屠り続けた。

 

ピキッ……ッ゛

 

「ちっ」

 

だが、無尽蔵の体力を内包する鬼神の如き彼女に現代の神話に及ばぬ幻想の武具は並び立てない。何度目かの肉達磨の人の成りそこないに振るった大剣の柄に近い場所から

嫌な罅の生える音が聞こえた。舌打ちと共に一瞬立ち止まり、背後から襲い掛かってきた四足歩行の何かと人の形の内蔵が融合したものを蹴り上げて天井の染みと化す。

 

其処で、不意にラブホテルと人の肉と海魔の合作通路の襲撃の嵐が静まった。在庫が尽きた訳でない、こう言う時は得てして都市の風情を知るものならネズミを

纏め上げる山犬が出張ってくるまでの合間と称するであろう。そして、時代も世界も場所も異なれど猿山の頭が出張る時の機会とは奇しくも似た感じだ。

 

先より現れる巨大ヒトデの触手が包み込まんとするように、コープの中で何度か目にした事あるツール型の書籍を抱えつつ誰かが出現したのを見ると同時に彼女は

躊躇も名残惜しさも一片なく清々しい程に抱える桜には一切の重力を感じさせない技巧を用いつつ大剣を投げ槍のように其の存在へ向けて投擲した。

 

充満した汚染しつつある大気を切りながらアルビオンの大剣は出現した何者か目掛けて大砲の弾丸を思わせる威力で音速に達しかねない空気の悲鳴を靡かせて迫る。

 然し、着弾は叶わなかった。その人影に残り数mと言う距離で壁から生えた建物の支柱程度の大きさの肉と骨で構成されたものが蜘蛛の巣のように一瞬で張り巡らされ

アルビオンの剣は其の防護壁を大きく損傷させる事に成功はしたものの、血が混じった粉塵が晴れた場所から現れた魚眼の大男の体には傷一つ生じてなかった。

 

「おぉ、なんとも粗暴な。やはり、フランソワの言う通り。人の形でありながら意思を会話に載せる事もなく、見るや否や喰らいつかんとする其の様は獣同然ですね」

 

嘲りの口調を滲ませ、血と骨肉の表紙を撫でつつキャスターことジル・ドレの出目金のような焦点は無言で彼を睨む彼女が抱える少女に注がれている。

 

両手を開き、彼は謡う調子で告げた。

 

「――おどきなさい、神涜の果てに聖処女を得る為にも。貴方がたが守るその娘には贄になって貰うのですから」

 

フランソワの策の中で踊る彼が聴かされた極々単純な内容であった。

 

曰く、彼女が譲った彼の宝具と同じものを所有する例のバーサーカーは未来の存在。そして、彼女が庇護する少女こそ、聖処女を復活させるにあたっての逸材である。

 

決して全て出鱈目と言う訳でない。間桐 桜の属性は滅多に魔術師が発現しない類を見ぬ物であり、やりようによっては聖処女を現世に顕現させる方法の一つとして有効活用可能だろう。

とは言え、フランソワにとってキエフの玩具としてボロ雑巾と化してる娘が如何に珍種の魔術師であっても旧友の願望として犠牲になるか免れるか正直どちらでも良い。

 

大事なのは、この()()。キャスターと言う暗黒面に堕ちた騎士がセフィラの……否、終わりゆく最期の時代で決して折れようとも光の為に文字通り剣として生きた存在と交差すると言う事実こそが要。

 

その衝撃により微かに抱えられた小柄な幼女は身じろぎ、瞼を開眼する。その変化を知ってか知らずか、黙してケブラーは周囲の牢獄となす肉が啼く中で懺悔の棍棒を片手へ発現する。状況が少し変わったからと言って何も変わらない。

 

死肉の装丁を胎児を片手で抱くようにしながら、澱んだ蒼が見える伸ばしに伸ばした鋭い爪を指揮棒のように動かす魚眼の騎士の動きに合わせて彼と彼女が合作した愛の檻の格子が縦横無尽に襲い掛かる。

 

その執拗に相手の臓器を抉ろうと執拗に迫る腐肉の触手を搔い潜れる実力は顕現しているサーヴァントの冠ではランサー・セイバー。チャリオットや無尽蔵に貯蔵された宝具を駆使すればライダー・アーチャーでも強引に打破出来るだろう。

 狂戦士として現世に降り立つケブラーの実力を遺憾なく発揮させれば、この悪趣味な赤黒の裏世界染みた世界を強引に打ち破るのは可能だ。だが再三となるが護るべき存在の脆弱さは彼女が暴れれば、その余波を間違いなく受ける。

 

自然と動きに制限はかけられ、極力幼児の体に深刻な影響を及ばない衝撃と負荷に意識を割きつつ屍肉の突拍子のない刺の鞭や破城槌めいた兵器を紙一重の間隔で搔い潜る。

 

「ははははっ! 随分とまぁ粘りますね! さながら、その姿。死にかけにも関わらず足を必死で掻くネズミのようだ!」

 

「はっ、物心ついた頃の生計は『ネズミ』当然だったさ」

 

軽口を叩く余裕はまだある。だが、次第にじわじわと状況が悪くなっているのは言うまでもない。

 

キャスターとして現界しているジル・ドレに少しでも間合いに入れば。その首を捕るのに全盛期よりも幾らか力が衰えてる彼女でも数秒は掛からないが、その数秒を作る機会が何とも悩ましい。

 

如何に精神が汚染されてるとは言え戦略を見据える知見は鋭く、対峙してる己の力量と彼自身の差が大きい事を承知の上で徹底とした援護が入らない長期戦を強制している。

 どれ程にタンパク質の塊か何かの暴力的な嵐を掻い潜り迫ろうとしても、間合いに入るか入らないかの直前で憎々しく肉々しい結界の生成者は魔術的な転移の要領で距離を離していく。壁の端に追い詰めようともしてみるが、空間にも作用する魔術が出来ているのだろう。どうやっても、その魚面に一太刀を浴びせる絶好の機会が寸での所で黙阿弥になってしまう。

 本領発揮が出来ないよう桜と言う存在を枷とするのは目の前の半漁めいた魔術師の独力での機転か裏で飛び回る蠅を彷彿とする魔女のアイデアかは不明だがジリ貧である。

 

 タンッ……ッ ズリ……ッ゛

 

「!? っ」

 

「おほほほほ!! 予想以上に生き延びたが、これにてフィナーレで御座いまぁすっっ!」

 

数えるのも馬鹿らしい回避行動、慣れすら覚えたのは油断だったか? 不味いと感じた時には抱えてる少女を中心として重力が血管の走る床に働いていく。

 ぬかった、と歯噛みするものの地面に形成されていた血のぬかるみに足を滑らせ体勢を崩した間抜けさを見逃す程に甘い相手では無い。懺悔の名の武具を解除し、その片手で嫌な水音を立てながら地面に倒れ込む前に支えて抱えてる桜が勢いのままの自分の胸板と地面に潰される最悪の事態は避けたものの次に起きる不可避の攻撃を躱すのは正直難しい。

 

(全力で奴に突撃……いや、駄目だ。どんなにシミュレートを浮かべても最低 数手遅れて桜を肉の触手に囚われるか貫かれるヴィジョンしか見えない)

 

フェル マータ! と言う興奮と複雑な感情入り混じった喜悦の叫びと共に頭上付近から降りかかる殺意の本流を知りつつも、光ない瞳で自分の頭越しに見えているだろう幼い子の顔に

その降りかかってくるだろう存在への恐慌、恐怖、そう言った感情すらも無い事が不思議にも紅蓮の戦士には背後から伝わるものより少女の欠落した顔が心底気に食わなかった。

 

(たくっ 本当……私らしくない感情だ)

 

その人形のような体に対して両腕が伸ばされるのと。

 

引き絞って今か今かと弦が切れそうな程に伸ばされた夥しい肉の杭の雨が桜に覆いかぶさるケブラーの背中に振ったのは。

 

 

 

                    ド   チュッ

 

 

ほぼ、同時……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……まったく、何でぼく いや、私がこんな事をしなくちゃいけないんだ」

 

ウェイバー・ベルベットの心境は大いに不平不満であった。普段ならば内に隠す感情を小声で息つくような調子で延々と漏らす程には彼のストレスは人生で三位に入る程度に感じていた。

 

あの生まれて初めて目撃したサバト。その中で奇跡的に生き残っていた子供たちを保護しライダーとバーサーカーの宝具で教会に一旦預けたまでは良い。キャスター討伐こそ出来ずものの陣地の破壊、及び人命救助をした事は監督役たる璃正神父より褒められ心証良かった。今後、聖杯戦争で勝利は目指すものの脱落するような事があれば保護をすると快諾の言葉を貰ったのは、こんな青二才が此度の戦争で栄誉を獲得出来ないと迂遠に揶揄されてると感じるより誇らしさを感じてしまうのは偏に神父の人徳の成す業なのだろう。

 

そう、そこまではケチは付かなかったのだ。子供たちの身元も直ぐに割れた……そう、今のところ自分の腰元に決して離れないと服の端を伸びるを構わずしがみつく褐色の子供を除き。

 

「だぁ~~~っ もう! いい加減離れろってばっ、生地が伸びるって! 時計塔で私が気に入ってる一張羅なんだぞっ」

 

「はっはっは! 坊主っ 一々その程度の事で苛立っては我が家臣の振る舞いには到底及ばぬぞぉ!」

 

「お前も笑ってないで少しは手を貸せよ、ライダー!」

 

ライダーの天牛に駆け、暫くして平衡感覚が麻痺すると言う悲しくも慣れてきた感覚に陥りかけた時、戦車の隙間に縮こまるようにして自分を感情のない顔で見上げる子供の瞳と視線がかち合った瞬間は、ホラー映画さながらに悲鳴を上げて危うく男としてあってならない粗相をしかけたのは真新しい極東に入っての悪夢のメモリーに追加した1幕。

最初は旋回して教会の神父に身元不明の、キャスターの工房の生き残りの日本人の少女には見えない容姿の娘を引き渡そうとはしたのだ。

 だが、駄目だった。どんなに離れさせようとしても梃子でも動かないとウェイバーの腰にしがみつくばかり。

璃正神父が説き伏せても、菓子なり何なりであやそうと色々してみたが効果は無し。最後の頼みの綱のライダーは笑って眺めるばかりで役には立たず。本当にこいつはウドの大木だとキャスターの工房の通路で海魔を薙ぎ払った勇猛果敢な光景で少しは印象を見直しかけたのも斜め下へと戻っていく。

 

「たくっ、喋れないし身元を証明するのは何もない。こっちは一人でも手一杯だって言うのに」

 

マッケンジー夫妻には何と説明しようか? ライダーと人種も違うけど、ぎりぎり親戚の子って事で通じるか? と自身の暗示が一般人に破られる筈は無いと思ってるものの、流石に大所帯になれば周囲も変に感じて其処から他の、キャスター見たいな危険な輩に目を付けられないかとウェイバーはついさっきまで居た地獄の恐怖を切り替えられる程に心は強くなく、しゃがみこみ頭を掻きむしる。

 

 ポンッ  サス  サス

 

そして、掻きむしって数秒経過で妙に紅葉のように小さい柔らかなものが頭の中心を摩るのを感じて両手を止めて頭に乗ってる手の先に首を向ける。

 

「……ぅあ」

 

そこには件の悩む元凶が片腕を必死に伸ばして自分の頭を撫でつけてた。思わぬ心遣いに一瞬だけ亡き母を思い出してしまうのは、それだけ心が弱くなってたからか。

 

「は? なんだよ、お前。……慰めてるつもりか?」

 

「ぅっ」

 

赤ん坊のように舌たらずな音だが、彼女なりに助けた自分に恩返ししたいと想ってる事は未熟な彼にも理解出来た。

 

(まぁ、あんな目に遭ったんだ。よく知らない大人の傍は怖いんだろうな……僕だって、こいつの事なんにも知らない訳だけど、こいつには僕しか居ないんだ)

 

何も考えてない、吸い込まれるような瞳を見てると先行きに不安を感じてたのも何だか馬鹿らしくなり大きく一度吐息をついて意識を切り替える事が出来た。

 

(仕方がないか。最悪、ライダーが倒れたら直ぐ教会で保護を求めて時計塔に帰るまでの間の付き合いだ)

 

「ちょっといいかい?」

 

そう声を掛けられ、ウェイバーは無意識に自分の体に引っ付く少女を体に隠すようにして声の方へ向く。

 其処に居るのは独特のスーツで時計塔の教材や文献では見たこともないような幻想の武具を背負い、その武具に全く似合わないオーダーメイドなスーツを着こなす外人。

 

バーサーカーの宝具から招来された部下。その身のこなしは現代に溶け込んでおり、魔術的な探査はともかく諜報活動などはアサシン以上に期待出来るのではなかろうか?

 無制限に召喚可能と思える怪物達。更には従順な部下と言う万能な力はウェイバーも少し羨ましく思えたが、次に彼が告げた言葉に、そんな浅ましい感情も消え去った。

 

「管理者から一報受けていてね。あの方は君の師であるアーチボルト氏の救助に向かってるが、それと同時にサーヴァントのキャスターと見受けられる存在が別行動してるクライアントの子供の方に向かってるようなんだ。そちらの援護に向かう為、君たちとは別れる」

 

「キャスターが、お前達の守ってる子供へ……?」

 

自然と顔を顰めてしまう。怨敵と言う程では無いが、今回の聖杯戦争に参戦する原因となった講師であり自分の才を否定したケイネスが危機に陥っている。彼とバーサーカー陣営が手を組んでるのは初耳だが、まぁ聖杯戦争の一時同盟は戦略の一つでもあるし、バーサーカーが誰と組むのかは自由なのだ。理屈として理解はあれど感情として納得は出来ないが、まぁ其処は置いておく。

 問題は、ついさっき悪夢を現実に工房の中で形成したキャスターの陣営が彼等の身内を襲ってると言う話。それは魔術師としても人道として見過ごせない話だ。

 ライダーも、その言葉を受けて今まで浮かべてた口元の笑みを消し真顔になる。自然とライダー陣営は同時にアイコンタクトをして、続けてイスカンダルが口開いた。

 

「バーサーカーの家臣よ、案内せい。今宵の征服劇は海魔共だけでなく、それを操る魔導士を討伐してこその終幕と言うものよ。なぁ、坊主?」

 

「あぁ! それに令呪も結局貰い損ねてるんだ、私達が先駆けして貰うんだからな」

 

大見得を切ると共に、胸を張った彼は自分の服の裾を握る幼女に傅いて少し眉を顰めつつ、此処に残ってていいんだぞ? と告げるものの、その置いていく提案には瞬時に首を横に振るばかり。

 

再度大きく吐息を吐いて、小さな手に同じく手の平を載せて握り、宝具のチャリオットへと乗り込む二人の若い男女とライダー、そしてバーサーカーの家臣が教会より天空の雷鳴と呼応して古代戦車の神牛が飛び去る際の雷気が大気に響き渡る余韻が去っていく。

 

それを影ながら見守る視線があるとは気づかずに。

 

「彼らは間に合うと思うかね?」

 

「新たになぞらえる譜面の音に従うならばな」

 

光すら吸い込みそうな無機質な黒色を宿す女の言葉に、神父は首を軽く撫でつつ嘯く。

 

「君を疑う訳ではないが、その者は今や朽ち果てた名残に近いのだろう? 大敗を喫す事はなくとも、浅くはない傷を負う心配もないと?」

 

言峰にとって話と断片的な視覚情報のみで知識にある終末に近しい文明の希少な英雄が中世時代より残る悪声を轟かす魔導士に打ち勝てるのか定かでない。

 その言葉に、孔雀のような外套を撫でて言い切った。

 

「疵には二種類があるのだよ、言峰。一つは罅と化し、いずれ壊れるもの。もう一つは……」

 

 ――その痛みを新たな熱として、やがて宝玉へと至らんとするものだ。

 

 

 

 

 

 

「…………な?」

 

ジル・ド・レェは目の前で起きている光景を現実だと受け入れる事を一瞬拒絶した。

 あり得ない。確かに、この品性下劣な館をフランソワと共に海魔の巣と化し従業員や客の大半を彼女の兵隊の材料と己の海魔の魂喰いでの万全の準備、更に時間と共に無機物な建物全体も螺湮城教本の力を駆使して海魔同然の存在へと模様替えし完全に自身の制御下へ陥らせていた。

 

如何なるサーヴァントでさえ外側から侵入するのは困難であり、一般人であれば吸収。内部に居るものは当然ながら自身を除いて如何なる強固な怪物であれど固有結界と称して良い程の自身に優勢なる空間の中で嬲り殺しにされる。それが当然であると疑ってなかった。

 

バーサーカーの兵隊と、そのリーダーと思しき者。そのリーダーの片割れは分断されフランソワの培った外法で造られた軍勢に窮地に徹され、そして贄となる少女毎、守護騎士たる顔に創を宿す紅蓮の戦士は自身の目の前で天井より産み出した触手の槍で串刺しになった筈だ。

 

なのに 嗚呼 なのに!!

 

「何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だぁ~~っ!! 何だ、その姿は!??」

 

 

赤い霧

 

そう、声が轟いた。少女を抱え棒立ちで武具も何もなく海魔達の夥しい刺が生えた手の群れに晒され無傷で居られる保証など無い。

なのに関わらず、起き上がったその姿でただ一つ変わった所と言えば、聞こえた通り霧……そう彼女の衣服の上より鎧のように纏われている血よりも鮮やかな色合いの赤を帯びている事だけ。そんな吹けば掻き消えそうな霧によって宝具の海魔の攻撃が阻まれている。ジル・ド・レェの常識からすれば、あり得ない結果としか言いようがなかった。

 

正規の魔術師では無い、かと言って相手の身に着けるものが魔力を有してるかどうか看破する力量をジル・ド・レェは備えている。その彼の眼力は、彼女を覆う霧そのものが魔術やソレに連なる力でないと何度注視しても脳はそう回答を導き出していた。

 

ゆっくりと、その霧と共に前進される。血が出そうな程に歯を嚙み締めつつキャスターは海魔の連撃を続け始めた。だが、先程までと違い状況は一変された。

 たかが霧、ただの魔術とは異なる霧の鎧一つ。それなのに関わらず、海魔達の攻撃は歯が立たず自分自身が如何に飛び退いても徐々に、徐々にその距離は縮まっている。

 

(有り得ぬ、有り得ぬ! 聖処女には決して一度たりとも彼女の身に訪れなかった奇跡が、目の前の獣同然の女には降って沸いたとでも言うのか!)

 

ジル・ド・レェには認められない。神の愛、神の御業は決して彼が愛する存在を救おうとはしなかった。なのに絶対の敗北が約束されてた目の前の戦士に神の祝福が訪れると言うのならば、この目の前の女が彼女よりも神々の寵愛を一心に受ける資格があるとでも言うのか!?

 

「認めぬ、認めぬぞぉおおおおおおぁあああああ嗚呼あああああぁぁぁ!!!! ジャンヌぅううううううううううううう!!!!!」

 

彼の歪なる精神の起点に触れる事実に、攻撃は苛烈になれはすれど粗は生じる。それを見逃す程に、彼女は甘くない。

 

 ――ザンッ!!

 

「ぁ゛……」

 

「ちっ……浅いか」

 

肉の杭の生えた木々をいつの間にか抜け、桜を抱える手とは別の手より産み出された多くの眼球が生える、この空間に似つかわしさすら感じる大剣が何時の間にか彼の知らぬ間に握られ、その刃は魔導書を持つ片腕を大きく切りつける。ケブラーは不満な声を出すものの、その片腕をぶらんと垂れ下げ、わなわなと口震わせるキャスターは体以上に心に大きなダメージを受ける。

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ。私は、私はジャンヌの為に神涜の数々を成した! 今更、神の御業が現存するなどと、有り得ぬ、有り得てはいけないのだぁ!!」

 

お前の存在は……邪魔だぁ!!

 

魚眼から血のような涙を流し怨嗟の声を迸る闇に堕ちた騎士に対し同情も、敵意も、関心も無い。だが、それに反応するように喘鳴が腕に抱える方面から聞こえ舌打ちをする。

 

この空間は常人にとっては拷問と変わりない毒で出来た大気で形成されている。自身の霧に近いだけあって影響は微々たるものであれど、その鎧を形成する前に変貌していた館の気体を意識覚醒前から吸っていた桜には遅れて影響が出始めている。長居は無用、一刻も新鮮な外気が居る。

 

「一人でそうやって喋ってろ」

 

不幸中の幸いなのは、自身の一撃によって精神が不安定になった彼の意識が結界同然の館にも影響が出たようで天井付近にも亀裂が生じた事。

 それを確認すると共に躊躇なくケブラーは身体能力に任せて血管で出来た床を砕け散らせつつ跳び、その亀裂を眼球の生えた大剣で斬りつけ空間を広げ屋上へと着地した。

 

待て! 少女を置いていくのです! と絶叫する魔導士の声が背中を追うが振り向く事は無い。激しく雷鳴と豪雨の降る最悪な天候の下であるものの、先程の肉料理が暫く食べる事が出来なくなるような光景の屋内と比べれば雲泥の差だ。先程まで通信障害のあったが、屋上に到達すると共にノイズ混じりで自分に呼びかける声が耳を打つ。

 

『ケブラー! この空間に突然揺れと共に隙間が出来たわ。いま一階の裏口部分にエージェント含めて全員脱出した!』

 

そうか、とホドの声に内心安堵を込めて短いやり取りと共に桜の安否を確認する。体に外傷は無い、ただ咳き込みと顔色は余り芳しくない。

 

逃がしはしません! と下から咆哮と共に幾つもの枝分かれしている肉の舌が伸びて来る。斬り払うのは造作もないが、屋上の四方の金網であろう部分が錆びて腐肉の匂いと形に変わっていく事からも小癪に包囲網を作り上げようとしていくのが解る。

 

この身に纏う霧が何処まで持続するかはケブラーにも定かでなかった。一気に力を込めて最短でホテルを半壊させようと外に突破を考えた時、頭上から稲光と共に雷光が生じて屋上から染み出てこようとした触手を含めて半ば完成していた肉の檻が砕けていく。

 

  ―AAAAAAALaLaLaLaLaie!

 

「たくっ、もうちょい静かに登場出来ないのかよ」

 

頭上より降り立つ雷鳴を化身と化したかのような神々しい牛と、それを引くのに見合った大柄な英雄。そして少し吐きそうな顔で台座より上半身を出す若者。その背中を心配そうに摩る桜と同年代と見受けられ、それでいてcoop内で何度か組手した存在と近しい気の少女。ライダー陣営は遅ればせながらも英雄の救出の為にはせ参じたのだった。

 

「控えい、控えい! 王の御前である! と、申しても誅罰すべき魔物と使い手には響かぬ言葉だかな。おぉ! そなたがバーサーカーの家臣たる騎士の長と呼べるものだな! お主の英雄譚は掛ける最中に案内人から聴いて是非とも我が家臣に引き入れたくなったぞおっ」

 

「そう言う話は、生憎だがクライアント(管理人)に話を通してくれ。私はフィクサー(便利屋)なもんなんでな」

 

「フィ フィクサー(黒幕)だって? お、おいライダー、こいつヤバい奴だよ 勧誘なんて止めろってば」

 

異なる文化の言語で、ちょっとした喜劇が生じるものの直ぐに二人の英雄は保護してた少女をチャリオットの安全な場所へ移動させると共に壊した入り口を見遣り、少しでも敵影があれば叩こうと身構えるものの既に其処にあるのは引き潮が如く覆われた血管が消えていくと共に徐々に腐食が見え隠れ、魔術の影響で廃墟化が目立つラブホテルへと戻っていく光景だけだった。

 

「ふぅーむ、撤退の速さばかりは、中々どうして余も認めざるを得ん」

 

「感心してる暇があるなら、早くガキを管理人の居る場所に連れてやってくれ」

 

「うわっ、この子だいぶ酷い熱だ。ライダー!」

 

騒ぎがてら、サーヴァントと言う存在になって高まった視力は遠方よりこちらへ向かう管理人の姿を認めた。待っていても、ものの数分で合流可能だろう。

 

(……見られていたな)

 

自分の体を覆っていた霧が解かれ、手に持っていた初期の幻想の武具も同時に消えていく。そこで、ようやく僅かな怠さを覚えると共に何処かより感じる視線も消えた。

 

その視線に心当たりは、ある。十中八九そいつであろうと確信は持てている。だが、その正体がここまで明け透けに自身に自分をアピールしてると言う事が歴戦の闘士である彼女には小骨が引っかかるように、どうにも拭えぬ違和感を抱えていた。

 

そして、自分自身の変調にも改めて深刻さを感じ始めていた。段々、この少女を護ると共に自分の中に燃え盛る炎が日増しに膨らんでいく事も。

 

 (それでも、だ。私のする事に変わりはない)

 

管理者がこちらに来るのを少し待つ時間。地面に降り立ち出迎えたホド達に軽い労いの声を掛けると共に少々煩わしさすら感じるライダーの勧誘や職員がウェイバーを子供扱いするような態度で彼がその態度に過敏に反抗的になる微笑ましさも感じる諍いを後目にケブラーは考える。

 

 (例え、あいつが人類を終わらす切っ掛けだったとしても。その目的は決して、穢れた意思に沿ったものでなかったんだからな……)

 

 緋色の想念は、歪な愛の檻を打ち破り目出度く帰還した。

 

然し、雨の勢いは未だ衰えない。その雫は、冷たき世界は胸に抱える猛炎をも鎮めるのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Library Of Ruina完結によって、ほぼこちらの作品の構想も出来上がったので執筆を
再開させて頂きます。
尚、今回の文章からある程度推察してる方も居るかも知れませんが、管理者含めて
セフィラはLibrary Of Ruinaの世界線と異なる時空間を過ごした存在です。
故に愛の住民及びブレーメンの音楽隊などと出会ってない人物達も居ますし公式作品
世界同様の人物達と交戦してる記録もあります。
 ですので『ねじれ』も管理人は実際に見た事はありません、ただ情報としてそう言う
現象が別世界にあった事を知っても居ます。









イオリ「まぁ 全部、私の御蔭さね」



そですね。
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