fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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細い糸がある キットや髪よりも細く それでもどんな
繊維より強靭な糸が手の平の中で鈍い光を放っている

縫い合わさったもので刺繍した記号を思い出せるか?

それがどんな色で どんな布地に どんな針で 
何度何回の試行と試作で どんな手で作った?

腕章を見つめても答えは出てこないだろう 

頭は貴様に解決の糸口を与える事はないだろう

造り上げた多重の光で浮かび上がる影法師達も加勢に至るまい

不可逆の真理を既に知っている筈だ メビウスを切った主よ





名前

旧式のフィルムで回される映像機器のように、ところどころ

虫食いのような穴が見え隠れる中で一人の男性と女性の映像が現れる。

 男には取り立てて秀でた部分はなく、女は女でその男に対する

一定の友情と信頼を持ち合わせつつも、恋慕の感情を抱く事はなかった。

 三つ程の年上の女は、少し年下の男に対して弟のような対応で接してた

事が伺える。だが、男にとって歪な家庭環境にとって心の安らぎとなる

唯一の女性は、容易な依存対象であり自分を受容してくれる母性と博愛の

塊であった。男にとっての心境が、友情から恋愛へ変化するのは長くは

かからなかった……だが、彼にとっての呪縛が其の精神病を告白させる事は

なかったし、彼女もその彼の懊悩に気付く事はなかった。

 

首を回す。もう一つのスクリーンは真新しい。

 

 そちらにも一人の男性と女性が居た。どちらも、聡明でありすぎた。

科学技術の結晶で築いた遺伝子操作の影響か、世界に飛び交う未知の

因子が作り上げた神童か。彼と彼女の人生を細やかに文章で

纏め上げるならば、百の書作になる事は間違いなく、派生や客観を

交えた作品も含めれば千になるには違いない。そんな知識と実力を

兼ね備えた二人だった。どんな時代、どんな場所であっても大成を

成す事が可能であり、世界に革命を起こせる二人。

 だが、二人が変革させようとする世界は既に寿命を迎えかけていた。

オーバーテクノロジー・幻想種の徘徊・二分化されたディストピア

 社会のカーストは顕著に際立ち、それを正すには余りに文明は進化と

完成されすぎており。更に地球の生命体と異なる異常な生命体が

我が物顔で闊歩されており、人類は自分達と言う種を守る為に壁を

築き上げる。勿論、その壁の中に入れず息を殺し生きるか、散る者も

中にはいる。そう言った、地獄と天国が物理的に現存する世界だった。

 

旧約聖書、創造にて記されてる言葉。光あれ 神は云った そうして

世界に光が産まれた。彼も 世界は暗闇でしかないと思ったのだろう。

 だから神に成り代わり光を作ろうとした。それが可能だったから。

 

彼の思想に女も感化された。男が創造主であるならば、彼女はイブでは

無いのだろう。ならば、リリスだったのか?

 いや、彼女はイブでもなければリリスでもない。何処までも人だった。

愚かしくも、それでも真っすぐに生きた賢いだけの人だったのだろう。

 だから、誰もが惹き付けられたし彼もまた彼女と言う存在の虜になった。

皆に愛された人だった。彼女なくして彼と言う存在も出来上がらなかった。

 

……私は、そんな彼女だからこそ、決して好きになる事はなかった。

 死ぬ時ですら、彼女に対して私の中に過った中に許容と言える感情は

無かった。ただ漠然と砂漠よりも乾ききった   と言う在り方。

 

 

 

「―――  ……」

 

 目を開く。数秒だけ普段とは違う染みが付着してる丸形の蛍光灯が見える

天井を認識して、自分が間桐邸と言う巣窟を脱出してからホテルに宿泊した

事実を処理して起き上がる。首を回すと大きく骨が鳴る音が耳に捉えられた。

 

 便利な体だと感じる。魔力、と言う存在がアブノーマリティとしてツールか

ギフトに因るのか解明し難いが、人と同じように動く事が可能であり少しの

負傷も自然に修復される事や普通の人間から視認を困難にして薄い障壁も

通り抜ける事が出来るメリットを列挙すれば、自分自身がサーヴァントとして

顕現していると言う多大なるデメリットも一瞬覆される気がする。

 

 尤も、気がするだけであってリスクとリターンを測れば、人類にとって

リスクでしかない。冷徹で冷静に変わらない認識を抱えつつ洗面台に移動して

顔を洗って、部屋に設置している給湯器を押してインスタントの日本茶を濾す。

 購買する時コーヒーや紅茶も目に留まったが、どちらも或る二人が

連想される為に済し崩しで入手したのはソレだった。

 この20世紀終盤時代の外を見て、最初に印象深かったのは星空だ。

我々の時代の空も、輝きは確かにあった。だが、この時代のように瑞々しさを

伴っていないような、自分でも説明出来かねない微小だが大きな違いを感じた。

 

 普段飲み慣れない新鮮な飲料水を嚥下してから浴室へと移動してシャワーを

浴びて軽く体を拭いてからスーツを着用しクローゼットを開けると男物の

パーカーを羽織る。別に人間ではないので、やろうと思えば一瞬で霊体と言う

未知物質の再構築を行使すれば整容なりの手間を省略して時間を無駄にする

必要は無い。だが、我々の中に残ってる私としての部分が、ただそうしたかった。

 洗面台で整容を行いつつ、洗顔後に映る鏡の無機質な顔と向かい合うと

無意識に目を逸らして、そして二度と立つ事はない。

 

 瞼の開閉、上肢と下肢の指から間接にかけての動きを確認する。昨晩は

病院へ侵入しての保存されてる臓器や死体安置所からの道徳的に違反される

救急移植の為の窃盗などを行った為に碌に自分の体について認識してなかったが

問題なく人間同様の動きが可能な事が理解出来る。また、右手の人差し指からも

あの会社での業務のように、複数の効果がある弾丸を発射させる事が出来る事も

召喚時は無意識だった事柄は逐一と細かく認識出来た。右手が弾丸の銃身であり

左手が異なる弾丸を選択する役割を担っている。

 

 パーカーには、今まで嗅いだ事のない染み付いた異性の匂いが付着している。

忌避や生理的嫌悪も無いが、フェロモンのように魅了 好意を抱くものでもない。

 それでも着込んでいるのは、必要な顔を覆う際に適してる服である事と

普段の正装である白衣だと、救命確保した三名に提供する為の食料品を

買い込んだ際に、少々懐疑的と言うか物珍しそうに「これから夜勤ですか?

お疲れ様ですね」と店員に労われた所為である。

 

 この時代だと、私の外見や体格はともかく装飾は医療従業者、実験従事者に

分類され、そう見られる。そう言った資格を持ち合わせてはいたし、いざ

命令されれば行使する実力はあるものの何かの間違いでトラブルに巻き込まれ

頼み込まれても差し迫った状況では不具合が発生する。よって、このパーカー

を着る事は利点に繋がり得た。外出する準備が整えられると扉のドアノブを回す。

 革靴の音を吸収するマットを歩きつつ、朝早くから清掃する業務者を尻目に

横を通り抜ける。顔を上げた人物は少しだけ不審な顔を見せた事で立ち止まった。

 

 「……何か?」

 

「いや……お一人で?」

 

 返された質疑に対して思考を処理する。そして回答に行きついたので

一番納得されるであろう嘘を紡ぎ出した。

 

 「連れは小用が出来たようですので、先に出ました」

 

その言葉に、従業員は得心を浮かべて短く謝罪を成したのを見届けてから

元の歩調へ彼女は戻るとエレベーターの中に入り、予定されたビル外に出た。

 

……此処は冬木市に建設された海浜公園に面する近くにあるデートスポット

として盛んな男女の感情が高まった帰りに良く利用する、そう言った

宿泊施設の一つだ。バーサーカーである彼女も、休息と思考に没頭するに

あたって目に付けたのは良心的な値段である事も一つだが、万が一に

サーヴァントやマスターと呼ばれる存在と遭遇する危険性の低さや、自分

と言う世界の異分子を隠蔽する施設として、このようなホテルが一番利便性

が高かった事だ。ハイアットホテルと呼ばれるような全うな施設も有るが

認知度が高く例え雁夜や鶴野の身分証を偽造するにしても、今まで誰も

聞いた事や目にした事のない存在が人の目に付く場所に記録される事は

極力回避したいリスクに入る。

些細なアクシデントとしては、入り込む為に同伴したアレックスが

挙動不審な態度を幾らか見せた事だが、追及するような異常では

無かった為 指摘しない事にした。

 

 (とは言うものの……間桐の資産が、この日本の一般的な経済事情よりは

富豪であっても、長く泊まれば泊まる程に襲撃される危険性は高まるし

広範囲に甚大なる被害が拡散する懸念は無くならない。今日限りで普通の

宿泊施設を利用するのは避けたいが……)

 

 この日本と言う国は、極めて平和な部類に入るが。代わりに人の目に

入りにくい死角と言う場所が少ない。人気が少ない寂しい土地であれど

誰かしら紛れ込む可能性がある。

 

 (最悪、公園の野宿でもする事にするか。この時代の行政機関に目撃

されると少々面倒な事になるが、霊体化を行えばやり過ごせるだろう)

 

 彼女、バーサーカーは この聖杯戦争に意欲的な勝利への希望は無い。

だからといって悲観的に自滅の道に焦がれてる訳でもなく、ましてや

戦争の過程に快楽を覚えたり、美学を求めてもいない。

 

 この時代に招かれた事、現界している事。Lobotomy coopと言う存在を

背負い、その操作が可能な事。直面している事すべてが自分の意思とは

相反する現象であると自負出来る。だからと言って、その召喚の当事者

である雁夜に対し嫌悪や恨みの感情は生じない。

 

 あるとすればアブノーマリティに対する不信感、そして、この感情を

言葉で表現するとすれば、怒り 憎しみ 排除しなくてはいけない使命感。

 アブノーマリティ全般に対する破壊的欲求(デストルドー)

それが自分と言う存在の大部分を占めているとバーサーカーは理解している。

それが体の外側に漏れ出ない理由を承知の上で、彼女は機械的に淀みない

歩行を駆使して、冬木市の大体の地理を全身で受容し把握していた。

 

まず海浜公園へと歩いた。昨日は碌に見なかった朝日に輝く海が見えた。

 久しく、あのような大海を見る事はなかった。映像媒体には無い、リアリティ

に富んだ潮の香りが仄かに鼻腔へ届く。

 穢れのない、ただ自然だけを切り取った一枚の動く画は暫し足を止めるのに

十分な一材だった。数分は棒立ちになっていた体を再起動させたのは、朝の

ランニングを行っているだろう初老のジャージ姿の健康を保とうと努力する人の

姿を目にしてだった。あの海の色は、今まで見たどの色とも異なれど

一番似通っていたのは、海の色を僅かに薄めたような空の青だった。

 

 マウント深山と言う場所に移動する。朝から人々の行き交う喧騒が次々と耳に飛び込む。

活気のある、と言う表現がここまで似合う風景もそうそう無い事だろう。

 少なくとも、生前にはこのような場面に遭遇した記憶はなかったし、回想の中で動く

群衆の顔つきには、明るさと言うものを感じ得るものは無かったと思う。

 

 自分には似つかわしくない場所だと再三と、この世界に放り込まれてから自覚している

事を改めて認識しながら通りを歩く。冷やかしなどをする気には到底なれない。

 明るい世界を瞳の中に写り込ませる度に、疎外感が強くなっていくのを感じるようだ。

 

 これは一種の感傷に近いのだろう。自分には、自分達には無いものを抱く

この世界と言う宝石箱に対して過ぎ去ってしまった我々の中に似通ったものを

探し当てようとする無為な代償行為なのだと。

 

 だが、散りばめられた星屑の中にも濁ったものは存在する。

その濁りに関して我々は敏感だ。近くの売店で携帯食料と共に買った新聞を流し読みする。

 

 「……猟奇殺人並び失踪……か」

 

この冬木市で起きている暗い影として特筆すべきは、連続で行われているらしい

異様な現場を記した殺人事件だ。

 現場には魔法陣のようなものが残されており、加害者の事件を混乱させる

ミスディレクション及び、社会への何らかのメッセージかとマスコミは報道している。

 

バーサーカーは、その一面記事を見つつ思考する。魔法陣、となると容易に関連性を

疑わせるのは、此度の大型ツールアブノーマリティ(聖杯戦争)だ。

 

 然し起きてる凄惨な出来事とソレを関連付けさせるのも時期尚早ではある。

まだ自分は此処の実態に対して足掛けの先にも掛かってはいない。

 雁夜と鶴野の記憶を覗き見たが、彼らの知識にはアブノーマリティに関してや

住んでる土地柄に対する深い理解は無かった。期待してる訳ではなかったが

解析の一因にならざる事実は、時間のロスに繋がる事実と直結している。

 

 バーサーカー自身には、魔力の探知、追跡。魔術師と言う事柄のスキルは無い。

相手の肉体を治癒・保護するガンドめいた力は使えるが、その由来も全て

会社経由の力であり、自分自身が培った力では無い。魔法のような力は発現

出来るが、それは全てLobotomy coopと言う人理に外された企業の技術力だ。

 

 強いていえば、バーサーカーと言う呼称に真逆の極めて論理的思考能力。

それが筋力耐久といったものが全て、サーヴァントと言う戦士において欠ける

彼女にとって唯一の強みであり、それでいて無二の弱点でもある。

 

 (Mr.雁夜の記憶の中にあった。遠坂 時臣……遠坂家五代目の継承者

間桐雁夜の幼馴染、禅城葵の婚約者であり間桐 桜の実父。

家族は妻 遠坂 葵。そして娘 遠坂 凛と間桐 桜を含めて四名。

 接触する必要がある……然しながらアプローチの仕方によっては問題も生じる)

 

あらゆる問題が、今まさに直面して牙を向いてはいなくとも少ない時間と共に

手を伸ばせば直ぐに閉じ込められる程度に差し迫っている壁が出来上がっている。

 

(Mr.雁夜は拒否する可能性が高いが、接触しない事には間桐 桜を救う。

その問題解決には遠坂 時臣の人柄や出自 何故あのアブノーマリティへと

養子に出す事にしたのか……収集しなくてはいけない情報がある)

 

 

 思い出されるのは、護衛のエージェント二人に挟まれつつ屋内からの不意の

亜種アブノーマリティ(間桐臓硯)の襲撃に警戒しつつ薄暗い廊下を歩いた時

小さな気配と物音が、一つの私室から聞こえた事。

 

 最初こそ、エージェントがメイスと銃を構えて突入しようとした。が、それを

撤回したのは不穏な気配が無い事と、子供部屋染みたドアの形を見てた。

 

部屋の中に入って最初に見たのは殺風景な私室だった。学習机や、最低限の服を

掛けている棚らしき物も見受けられたが、遊び道具やそう言った物は殆ど

見受けられない。一応、絵本らしきものは机に並べられてるようだ。

 その観察も数秒で目線を一つに留まらせた。膝を抱え、顔を俯かせて座る

とても小さな小さな人影に、彼女は一瞬硬直してから部屋に一歩踏み出した。

 

 顔を少女は上げる。その瞳には見覚えがあった。

 

フィルターを無くして見た職員達の瞳。一体幾つの顔に、その瞳は宿っていた?

 アブノーマリティの生贄として、決して生存が不可能と認識しつつ時間を稼ぐ

役割の為に動く捨て駒として、最早どのようなギフトやツールを使用しても

収容困難な崩御を前にして、奈落の底に底に辿る事を直視する 瞳。

 

 この少女に何があった、何が彼女をそうまでさせる瞳にした。

 

どうして……この事態に至るまで、何もしてやる事が出来なかった。

 

 バーサーカーは感情を表に出す事が至難な事を(後悔/安堵)した。

それが行動として成り立つなら、少女を含めて部屋を家屋を、町一体を

崩壊させる程に暴れ回る程の怒りを周囲に撒き散らしかねなかったから。

 

 「……だ、れですか?」

 

生気のない、虚空で模られた目は心を裂きかねない力で自分を見つめていた。

 

 するべき事は決まっていた。やるべき事が呼吸をするように体は理解していた。

抱きしめかけた腕と体を寸前で押し止め、膝をついて手を差し出し言葉を投げかける。

 

「――貴方を助けて欲しいと頼まれた」

 

 

 脳裏に描いた昨日の記憶を戻しながら、間桐 桜の容態の現況について考えに耽る。

 

極度の鬱に自閉症スペクトラム、睡眠障害も見られるし誰が話しかけても反応は乏しい。

表面的な明るさや、友好さを所持してるのは女性セフィラのマルクトな為。一時は

彼女に世話を担当して貰うと思ったが、傍目から空回りが見られた為に役割から外した。

 傷ついた表情を彼女は浮かべたが、誰が接しても現状では良好に至らない事を説明

すれば直ぐに元の笑顔に戻っていた。

 

 厳格なイェソドの言葉や悲観的なネツァクの態度、ケセドの諦観さも桜の心を

切り開く鍵に至らない。ならば、温厚と奉仕精神を兼ね備えるホドが適任かと言えれば

そうでもない。本質的に彼女は死を追及する面があり、それに巻き込まれかねない。

……いや、死を追及しているのは誰もがこの会社では大小なり抱えているものか。

 

私が、我々がセフィラを信頼してるかと言えばそうではない。互いが互いに一物を

抱えており、その蟠りを見ない振りをして接してるだけだ。

 人の社会は、通常それでも良い。人の奥底まで理解して相互扶助の関係に至る事など

滅多にない。上辺だけの耳に良い言葉だけ並べれば歯車は回る。

 

 だが、Lobotomy coopの管理者となっている自分はそうではいけない事も理解してる。

だが、現状を打開する手立ての提案が乏しい事実は眼前に有る。

 

マスター(雁夜)の問題。近親者(鶴野・桜)の問題。セフィラ達の問題。

巨大ツール型アブノーマリティ(聖杯戦争)の問題。自分と言う存在の問題……。

 収容しているアブノーマリティに見られる異変の問題。職員達に関する問題。

 

山積みの処理しなくてはいけない情報を無感動で認識しつつ平野一面に生やされた雑草の

一本を摘み取るように、最初の一歩目の問題に手を掛けるしかない。

 

(まずは土地勘を実感しなくては)

 

 自分自身での散策。いざ襲われたとして袋小路に誘われた場合にアブノーマリティを

発現させるには制限が掛かってしまう。エージェント達の力を信頼しない訳でないが

どのような存在が、このツール(戦争)から出現するか測定出来ない。

 例え人並みの脚力でも、思わぬ死角が見つかれば やり過ごす事だって出来る筈だ。

そうやって生き残る事が出来た人間だっていたのだから。

 

 深山町で特筆して語るべき場所とすれば、この町一体を土地柄で取り締まる藤村家と

呼ばれる組合。後は双子館と呼ばれる場所だ。

 前者に関しては、何か事由がない限り接触する機会は無いだろうが。後者は仮の拠点

としては適してると考えられた。

 

 (だが、魔力と言われる架空元素。それが顕著に感じられる場所でもあるな

既にアブノーマリティが潜伏しているのか、土地柄のものなのか……)

 

 彼女にとって、魔術師と言う存在は。自分が排除すべきアブノーマリティとして

扱うかの白か黒で言えばグレーに値する。

 常人では決して不可能な能力を扱える、と言うのは既にアブノーマリティに近い。

だが、自分の住まう世界では便利屋、掃除屋 頭と言うようなアブノーマリティに

拮抗出来る一般人を軽く超えた存在が居た事実を比較すると、魔術師と言うのも

謂わば自分達の世界の彼らに近しい存在であると捉えるべきだろう。

 

 双子館には、もう一つの館が存在しており。それは新都と言われる場所に

建てられている。バーサーカーは未遠川にかかる大橋を抜けて、そちらの

調査にも乗り出す。外観の造りは瓜二つで、やはり濃い魔力を感じた。

 

 (川も、竜神を鎮める為などの曰くが付いており、この町は何かと

未知の現象を想起するのに深い関りを持っている)

 

 (だが、藪蛇をつつかない限りは。この町の平穏さと均衡を崩す事はない)

 

駅前中心街にある噴水の縁に腰掛けつつ、軽い昼飯をとりながら交差していく

人の波を見るかぎり特筆して異常はない。

 どの人間にも自分達の会社を往来するように極度の不安を抱いてる人間もいない。

 

その疎外感を再三と自覚しつつ、新都の地理も幾らか理解し図書館などでこの世界の

大体の知識を本で会得して常識を学んでみた後には、すっかりと正午に差し掛かっていた。

 

 (此処の近くにも、公園がそう言えばあったな……)

 

雁夜の記憶に存在していた公園。遠坂 葵 遠坂 凛 遠坂 桜 その三名がその

存在であった頃の象徴の舞台。

 双子館を潜伏先として除外すれば、後は野宿が必須と化す。改めて、その場所が

宿泊するのに適してるか移動を開始する。

 ふと、その公園前へ到着する前に立てられていた自販機に目を留めた。

自販機には、良い印象はない。現実逃避に勤しい緑のセフィラは常時、ビールが売られる

機械の設置に熱意を上げているし、F-05-52 といった異常存在で目立つのもソレだ。

 だが、その中で売ってる普遍なジュースや朝に摂取した茶以外で目に付く

自分が居た世界ではまず目にしない飲み物には関心を惹いた。こうなると、知識欲が

刺激されて緊急時でない限りは、その欲求に走りたくなる傾向にある。

 

それほど水分を肉体が要求してない事は承知の上で、鶴野からほぼ強奪に近い形で

借用している財布から硬貨を取り出して投入口に入れる。

 

 チャリン   ……。

 

 「……ん?」

 

 チャリン  …………。

 

 「故障、か?」

 

 自販機に100円玉を入れる。反応しない。

釣銭を出す場所から硬貨が落ちたので。それを拾い上げて、もう一度今度は強めに

入れて試行してみる。やはり反応しないので、次は慎重に弱めに入れて。

 

 「…………」

 

 財布の中身を指で開いて凝視する。

鶴野の財布にはカード以外では由吉の札や、硬貨は朝には未だ幾らかあったのだが

興味深い書物や、セフィラや職員達に対しての支援として幾らか会社に不必要な

物品を購入した事で、今は五千円や万札はあるものの自販機に見合う小さな硬貨や

千円札などは無い。そして自販機と言う機械はコストの関係で高価紙幣を受け付けない。

 更に100円や500円玉もない。自販機を受け付ける事のない不良品の

硬貨一枚を除いては、だ。

 

自販機から飲料水を買えない事実を認識すると。僅かに体の動きを停止してから

小さな溜息をついて、釣り銭から無情に吐き出された100円玉を僅かに細い目で

見下すかのように軽く掲げつつ見つめた後に財布の中に仕舞い戻した。

 名残惜しそうに、彼女が体を横向きに動かす。その時掛けられた声が動きを止めた。

 

「あの……自販機、調子可笑しいですか?」

 

子供の声。それに振り向く

 

 居たのは茶髪のショートヘアの子供。この制服は確か、穂群原学園にある初等部

だったと雁夜の記憶を照合して判断する。

 

 どう返答すれば良いか、一瞬当てはめる語彙に難儀した。未知の、少し活発性に

欠けてると見受けられる子供に対して自分の立場から返すべき言葉を。

 

言葉に窮して、ただ不器用に首を短く上下に動かすのを見た少女は。

 少し考えこむように顔を俯かせたあと、財布を取り出して使い回された感のある

100円硬貨を取り出して、差し出した。

 

 「これ……良かったら 交換……」

 

 

 

 

 

 「……なるほど、君は遠坂 凛の親友なんだな」

 

「ううん。凜ちゃんは私なんかより全然しっかりしてるもの。

今日も私のミスをフォローしてくれて」

 

 済し崩し的に、バーサーカーはコトネと公園で雑談に興じていた。

原因としては、鶴野の硬貨が自販機に不適な事が全ての要因だ。彼が悪いと言う訳

でないが、間桐の家柄はどれ一つとっても欠点が目立つと考えてしまう。

 

 ――お汁粉。

 

それが、自分の興味を惹いた原因でコトネが介入する切っ掛け。

 最初はそのまま通り過ぎようとしてたが、自分が自販機でお汁粉の缶を凝視して

100円を何度も何度も投入口に入れる奇行を目撃して居た堪れなかった

告白に関して、バーサーカーでなければ穴に入りたい心境と頭を抱える動作を

しただろうが、それが出来ない自分の体を恨めしいとも思う。

 日本の自販機には、時々あぁ言う風に自販機のセンサーを素通りして

認証されず釣り銭口に落下してしまう硬貨が偶にあるようだ。

 

 彼女の名はコトネ。穂群原学園の小学二年生であり、遠坂 凛

遠坂時臣の娘の同級生であると言う事実を獲得した。何時も、消極的な自分を

励まし、クラス内でリーダーシップを執る遠坂 凛を羨望と少々の劣等感も

ある事を彼女は雑談の中で話してくれた。

 

 コトネの助力もあってか、その未知の飲料水に対し最初こそ胡乱気な目で観察し

薄い茶色と、異物に見える濃い茶の円状の存在に飲むのを躊躇しかけたが

日常に存在する購買機に異常な物体がある筈ないと言う社員としての声が後押しして

一気に口の中に含み……結果、気づけば缶の中身は意識の空白を経過した後に

ほぼ無くなりかけていた。やはり、この飲料水はF-05-52に似た依存性を……?

 

 クスクス、と言う抑えるようなむず痒い笑い声に顔を横に向けた。すると、コトネは

悪戯がばれたかのように申し訳なさそうに手で押さえた口をモゴモゴして返答する。

 

「ご、御免なさい。けど、とても美味しそうに一気飲みしてたから。

……お汁粉、飲むの初めて?」

 

自分が、美味しそうに飲み物を口にしていた。

 

 その事実に、有り得るのか。いや、無い筈だと断定する冷静なロジックとサーヴァント

と言うマジックな存在なら有り得ると言う議論が脳内に発生する。

 一進一退の議論は放置させてコトネとのコミュニケーションに力を注ぐ。

 

「そんなに、美味しそうに飲んでたかな。……確かに、ずっと外に居て

この日本と言う国は初めてだが」

 

「やっぱり、外国人なんだ。何処の国に住んでるの?」

 

「……地理としては、此処になると、思う」

 

 生前の記憶と言うのは曖昧で、特に自分の時代は曖昧模糊で摩訶不思議な場所だった。

出生ともなると、産まれた惑星は地球である事は間違いないが。地形はこの世界と相似

してるかも確固たる自信を掲げる事は出来ない。

 すぐ切れそうな糸のように、頼りない残滓の中から出生と言うルーツに関わるものを

掘り起こして、この世界の地形と適当な場所を指す。コトネが声を上げた。

 

 「オーストラリアなんだっ! けど、凄く日本語が上手なんだね」

 

「まぁ……沢山の賢い人が居てくれたお陰で。語学は堪能なんだよ」

 

 無邪気な子供の質疑応答に、たじたじに心中なりつつバーサーカーは受け答える。

好きな趣味や特技、普通なら何て当たり障りのない質問がサーヴァントと言う存在

である以前に、自分と言う存在が答えられない事がとても残念でならない。

 

 「あ、そう言えば。名前を聞いてなかったよね」

 

その質問は、ある種の自分と言う存在の核心をつく痛い発言。だが、答えられなければ

余計に彼女に不快感と恐怖を与えてしまう。

 本当なら、そうやって自分から距離を置かせるほうが良いのだろう。だが、親切に

してくれた彼女に対し、そう言う行動は避けたかった。

 

 「こう、名前を書く」

 

斜線、それを右に左に交錯させる。

 人と言うよりは呼称であり、役割であるもの。記号こそが自分の存在を一纏めにしている。

黒人の先導者であるマルコム氏と言う例もあり、この名が不自然であると言う訳でもない。

ただ、この記号を目にして彼女が自分をどう受け取るのか不安も過った。

 

(奇妙な人間、不審だと感じてくれたほうが良い。私は、本来この世界の住人でなくて

居てはいけない存在である事は間違いないのだから)

 

 コトネは、暫くソレを見てから。私に、こう口を開いた。

 

 「――スラー かな」

 

 「なに?」

 

 「え? 違った、かな。バツ文字って、音読する時にスラーって呼ばれる事があるって

この前に本で見た事あったから」

 

 スラー……そうか、バツ文字に彼女は私が書いたXがそう見えた訳だ。

それは、彼女だけが私の事をそう捉えた……そう言う事になる。

 

 「……いや、私はスラーで問題ないよ」

 

 「あっ、良かった。合ってたんだね」

 

 ホッと安堵の顔を浮かべるコトネの顔は、とても生き生きとしていた。

私たちに無い、その眩しいものに目を細め暫く雑談を再開させていると鋭い矢のような

声が私の耳に通り抜ける。

 

 「コトネ! 此処に居たのねっ」

 

 「あっ、凛ちゃんだ。そう言えば、此処に来るって伝えてなかった」

 

私とコトネの前に、走ってくる小柄な体躯が小さめの野獣のように躍動感を満たし近寄る。

 緊迫した様子でもないし、私が女性である外見な事も幸いしたのか彼女の表情や眼光に

鋭さはなかったものの、記憶や情報の外にある人物に対する警戒は存在していた。

彼女の蒼い、真っ青な空のような色合いを見ると或る人物を思い出しそうになる。

 

 コトネが説明して、自販機の件を告げると僅かに呆れを伴った顔になったが先ほどより

警戒心の数値が減少していくのが見て取れる。

 彼女はツール型アブノーマリティに関与する存在ではないが、彼女の父はソレに加担

している可能性は高い。その事実があれば対処は一つのみだ。

 ベンチから立ち上がり口開く。

 

 「お友達が来たようだし、私はそろそろ家路に戻る事にしよう」

 

「あっ、スラー……また、会えるよね?」

 

 「それは、解らないな。私も仕事が終われば直ぐに海外に戻るからね」

 

この奇妙な関係は、今日一日の短時間で終了すべきだと結論付けての回答に

遠坂 凛は水を得た魚の様に援護射撃を繰り出す。

 

「そうよ、コトネっ。今日さっき会った他人なんでしょっ

最近は失踪なり物騒な事件だって起きてるんだから……あ、す スラーさんは

良い人かも知れないけどねっ。けど」

 

 「スラーは、私の友達だよっ」

 

 小さいが、力強くどんな圧力にも折れない響きを伴っていた。

 

凛は硬直する。

 私も硬直していたと思う。

コトネは、小さな拳を必死に握りしめ言葉を撤回しない。

 

 「私の……っ 私の事をちゃんと子ども扱いしないで、真剣に話を聞いてくれたもん

スラーは、私の友達だよ。凛っ」

 

 「わ……わかったわよ、コトネ。……何よ、そんなに必死に言い返さなくても」

 

遠坂 凛は、明らかに気分を損ねているのが見てわかった。

 けど、それをフォローする以前に自分は屈んでコトネに尋ねていた。

声は、震えていなかっただろうが。

 

「私は、君の友達になっても構わないのかい?」

 

それに、彼女は力強く肯定の返事をしてくれた事は誰でも想定し得た事。

 

今度も、この公園で会おうと彼女と絡ませた小指は熱を持っていた。

その熱はどんな回想の時でも決して忘れ得ぬ熱だ、マッチガールや火の鳥といった

熱よりも忘れられず、心に残る淡い熱量。

 

 私は、コトネと友達になれた。

 

 ……いや。

 

 コトネは、私にとって。スラーにとって最初で最後の友人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バーサーカー 
 Lobotomy coopの管理人にあたるXは
その宝具ともいえる能力によりLobotomy coopのアブノーマリティの発現
また、職員も使い魔と言う形で現界を可能とする。

彼女は会社を構成する柱として重要なセフィラ達と劣悪ではないが
非常に複雑な関係を帯びている。大まかでは男性陣達には懐疑と不可侵略な
領域への相互不干渉。
 女性陣に至っては盲信と信奉を受けているが、管理人Xはその感情に対し
容認しておらず、また強制的な拒絶も行わないでいる。


 スラー
 コトネが付けた呼称。
彼女はそう名付けてくれた事を表に出さずも心から喜んでいた。

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