fate/zero x^2   作:ビナー語検定五級

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目覚めた時 この私の手の平は赤く 紅く濡れていた

血の色に染まった空と 鉄錆の風が頬を撫でる

一体いくつ 串刺し 切りつけ 砕き 潰し 刻み
どれ程の硬いものや柔らかきものの屍を築いたか

だが、どれ程に赤に染まっても 本当に手に入れたい色は
私の手の中に収まることはない事を知っている

濃霧が満ちる 全てが紅の色に染まっている

私の世界は全てが赤に包まれている だが その中に残る
輝きまでを 醜い朱色で染めようとは思わない

かつての私は この赤い砂丘の下に眠る だが私はまだ動けている



深紅

夜の帳 月が曇りに紛れて闇が一層と濃くなる中で

一人の虚空を帯びる少女は壁に凭れ掛かっている。

 

(きょうは なにをされるのだろう)

 

少女の名は桜 かつては遠坂 桜と呼ばれた"モノ”

戸籍上、現在は間桐 桜と呼ばれるが。その存在として動く

人として生きる故の核とも言える部分を幼い子は欠落していた。

 

喜びを 怒りを 悲しみを 憎しみを 笑いを 慈しみを

驚愕を 興奮を 緊張を 憧憬を 嫌悪を 優越や劣等感を

 

ありとあらゆる感情を、少女は一年前に奪われてしまった。

肉体の全身、あらゆる穴と言う穴を這いずり回る蟲の餌食にされ

彼女の心は長くはない間に壊れ果ててしまった。

 

何もかも奪われてしまった彼女の中に残るのは無念や絶望と言う

人生観の終わりに浸るものばかり。

 既に、間桐の魔道に染まる事に対しても表立って忌避感や表情に

恐怖や嫌悪感を浮かべる事も無い。いや、出来なくなってしまった。

 

数か月、いや数週間だったろうか? 何も感じなくなってきたのは。

 思い返しても日にちが曖昧だ。だけど、桜にとってはどうでも良かった

時間の概念など。蟲が責めてくるか来ないか その時間の区切り以外で

特別なにか考える必要なんてない……。

 

ある時、どこかで会ってた気がするおじさん。そのおじさんが

御じい様の家に来た。おじさんは いたい事をすすんでおこなう変なひと。

 御じい様や、その手伝いの男の人に比べれば痛い事はしてこない。

けど、なにをかんがえてるか 桜にはわからない。

 

間桐 雁夜は、心身を打ちのめされた子供に対し安易な希望を持たせる事は

心を壊しかねないと考えて、最低限の労り以外で桜に対して干渉する事なく

文字通りの血の滲むところか、半分は血を吐く修練に身を投じていた。

 その、悲しいすれ違いは桜の本質を雁夜が理解するに至らない結末になる。

彼女は心を絶望の殻で覆って守ってる。その言葉は正しくない。

 既に()()()()() 彼女の器は 大地を踏みしめる為に大切な土台は

 

 ガチャ

 

(あぁ またよばれるのかな)

 

また、あの蟲蔵に呼ばれる。今日は、あのおじさん? それとも御爺様の傍に

良くいる男の人? いや、本人が直接かも知れない。

 

 別に誰でも良かった。自分の体が蟲と同化される事に変わりはないのだから。

カサカサと、胸を、股を何度も何度も行き交う歯ブラシのような毛先と硬い

感触が無数に頭から爪の先まで覆うのに慣れてしまった。

 それを悲しがる感傷すら浮かべるのに、未だ艶が見られる茶色の髪をしてた子供が

担う精神は頑強ではない。ただ無意識に人が生きようとする

生存本能としてのセーフティが、その凌辱に慣れさせてるだけだ。

 

 戸が開く。革靴を鳴らす音、そして少しだけ消毒液と不思議な嗅いだ事のない

匂いが鼻を擽る。

 

現われたのは想像していた三人のどちらでもなかった。今まで見た事のない女性。

 黒いポニーテールをした、クリスタルような目の女性。

 

お医者さんみたいだ。よく、お姉ちゃんとテレビを見た時に映っていたドラマ

とかに出ている、お医者さん。

 

御じい様に呼ばれてきたのかなと桜はぼんやり思う。けれど、あの便宜上の祖父が

この屋敷に医者を呼ぶ事に対しての違和感も幼心に浮かぶ。

 

透き通る瞳に自分の顔が映っていた。それを見て、随分と自分の髪の毛は汚れた

色になったしまったと明後日の思考が過ぎる。

 

ただ無言で自分を見つめる女の人。黙って動かないばかりだと、ぶたれたりして

蟲蔵に連れていかれるかもしれない。それは嫌だから口を開く。

 仕方がない痛い事や辛い事は、じっと時間が過ぎれば無くなるけど。

わざと何かしたりしなければ、もっと痛くなったりする事はない。

 

賢い桜は知っている。御爺様は、長く痛かったり苦しめたりする事を知ってる。

けど、桜を決して楽にしてくれる事はない事を。

 なら、希望(死)がない限り 注がれる絶望(生)は少なくていい。

 

誰ですか? と言う発音を上手くできたか自信はなかった。けど、聞こえたらしい。

 

女の人は、しゃがんで自分が顔を上げなくても見える位置になると こう言った。

 

            ――貴方を助けに来た

 

 (助け?)

 

 (助けって、どう言う意味なんだろう)

 

 (もっと痛い事をするって言う意味だったっけ……)

 

その人は、そう言って手を差し出した。

 少女は、手を差し出されたら機械的に握るように体は染み込んでいた。

でも、手を握っても外に出る事は終ぞない。暗く 蟲だけしかいない地下室だけ。

 だから、促されるままに その手を握った。

 

淡い光が体を包む。その前に見た女の人の顔つきは、何処となく凄く悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

(きょうは だれがくるんだろう)

 

女の人は、自分を遠い場所に連れて行った。御爺様は近くにいない、見知らぬ場所。

 

何処なのか、どう言った場所なのか。質問する気持ちにはならなかった。

間桐 桜は、自分から何かを聞こうと言う。心が歩く事を忘れてしまっている。

 

自分と同じぐらいの女の子が、傍に付いている。

 その前にも、色んな人を連れて来た人に紹介されて。最後に、この自分と同い年に

見える少女を紹介して、暫く一緒に過ごして欲しいと言われた。

 

 それが一体なんの為になるか分からないけど、従う以外に桜の最善はない。

 

「アー サクラ。このロボットって 可愛い顔をしてるでしょ?

 オールアラウンドヘルパーって言うのよ。ヘルパーロボットってわかる?

分からないでしょうね、この時代の化石見たいな……あー、はいはいわかってるわ

管理人。ちゃんと、情操教育に相応しい言葉を使えって言うんでしょ?

 ヘルパーロボットって言うのはね……そうっ、この時代の漫画って言うのに

照らし合わせるなら、青い狸型、違うわ ネコ型ロボットと思えばいいわ。

掃除や泥棒侵入の報せ、コーヒーを作ったりと何でもこざれなのよ。

 けど、これって機嫌が悪くなると パシュ―ンって体の全身から鋸やナイフや付いた

アームを全身に生やして人をぐちゃ……え? 何よ管理人

それは楽しい話じゃなくて物騒な話ですって? もっと和やかな話にしろ? 

 ……あのねぇ、ティファレトはもう何百年もこの姿形なの!

姿や心は永久に10歳程度かも知れないけど、ティファレトの知識は既にこの世界の

どんなパソコンより上なの! 子供ってのはブラックジョークを好むもんでしょう!?

はぁ!? 何よ、ティファレトを馬鹿にする気っ!!?? この似非塵あつめ女っ!!

なんで、あんたがその姿なのよ!! 大体……っ」

 

 茶色のケープとスカートの女の子。その女の子は盛んに、上空を見上げては

金切り声をあげて、管理人って言う人を罵る声をあげている。

 私に話しかける時に限り、よく見られる光景。

 

もう一人、同じ格好でショートヘアの男の子が居る。その子は私と同じように無口で

ティファレトと呼ばれた娘の振る舞いを何時も微笑んで見守っている。

 

あっちで話してるのと違って仲が良さそうだな。

 ただそんな事を思い浮かべてると、その子は私が何を考えているか

頭の中身を読み取ったように、固定された顔のまま私に言う。

 

「ティファレトは、あぁ言う風に管理人とよく口論になるけど。本当は誰よりも

今の管理人のほうに心を開いてるんですよ。だって、今の管理人は余程

私たちティファレトに一番近いですし、一番遠い人ですから。

 自分もティファレトだけど……あそこまで今の管理人に気軽に接する事は出来ないな」

 

私にはよく分からない。この子の言ってる事 ティファレトと言う子の事

管理人と言われてる、最初に私の部屋に入って手を差し出してきた人についても。

 

大きなところ、色んな人が行きかう所。

 

この場所では様々なスーツの人が下に行ったり上に行ったりするエレベーターに乗っている。

 たまに、私に挨拶したり、お菓子を渡したり、頭を撫でて一声かけたり。

色んな人が此処にはいる。けど、私にはそれが何でそうであるのか分からない。

 

雰囲気が全体的にピリピリしている、私の髪と同じような汚れた色のスーツの人は

鋭い目をしながら、此処がロボトミーって言う名前の会社だと説明した。

 翼やら、各支社と別会社の技術を集結させた……とか、桜には難しい用語ばかりを使う。

けど、最後に。その汚れた色合いの髪とネクタイの男の人は告げた。

 

 「貴方の出生と、今までの境遇について聞きました。だからこそ言います

()()()()()()()()()とね」

 

この人も、良くわからない言葉を桜に言ってくる。ただ、少しだけ

可笑しな言い方だと思うけど、馬鹿にしていない 馬鹿にする笑いを浮かべていた。

 

「私は既に受け入れてしまいましたが。Ms.は未だ私のように崖の縁に至っていない。

後戻りする場所は幾らでも築けますからね」

 

緑色の背中までかかる長い髪の男の人。何時も御爺様の隣にいる人にちょっとだけ似てる

 その似てる事に、最初に会った時はちょっと後ずさった。男の人は特にそれに言う事

もなく、額に張り付いた髪の毛を払い簡潔に呟く。

 

「久しぶりに見たな、子供は」

 

茶色い、レゴブロック見たいな感触がしそうな目。それが桜を見下ろして声が続く。

 

「……でも、俺は外の子供って言うのを一度は直接見たかったけど。

お前は、普段見慣れている奴等と一緒の目をしてるぜ。やりきれないよな?

 本当はもうちょっと違う刺激がくるのを期待してたんだがなぁ」

 

私の目を、木片みたいな色の瞳が覗き込む。その目は、よく朝に顔を洗って

見る私の目とそっくりだった。時々出逢ってはティファレトと言う子に

叱られる男の人は、よく こう口にする。

 

 「俺みたいになるなよ。いや、俺達のようには か」

 

この色合いの目をした人は、此処には結構いる。私とまったく違う姿だけど

ほとんどそっくりな目をした人と、よく出逢う。

 

「はいっ Miss桜! わたしマルクトって言います! よろしくお願いします!

この施設についての機能を教えますよ! 貴方のサポートをいたしますっ!!」

 

特に、このマルクトと名乗る女性は。一番深く 空虚さを宿していた。

緑色の人の目よりも、昏いものを。

 

 「このルームは見ました? 管理人が新しく拡張して作ったリラクゼーションを

目的とした部屋なんです! このスイッチを押すと、ほら瞬く間にアロマの香りが!

こんな快適な部屋を、職員全体が使えるよう設置してくれたなんて!

 管理人は凄く優秀ですよねっ!」

 

いまの管理人は、とても素晴らしい人なんですよ! と、この人はよく力説する。

けれど、そう自分に言い聞かせてるように、桜には思えてならない。

 最初こそ、この何処だかわからない場所に連れていかれた時に色々話しかけて

いたけど。あの白衣の女の人が手引きして最近は余り会わない。

 

 「…………えぇっと。Miss桜……今日の調子はどうですか?

何処か、体が痛かったりしたら直ぐに近くにいる人に教えてくださいね?

 管理人が、ちゃんと処置してくれると思いますから……」

 

この女の人は、あのおじさんに凄く似ていた。

 御爺様に、私と同じ目に遭っているおじさんと。いつも、私に対して傷つけは

しないけど他所他所しかった、おじさんに……。

 

 この場所は、全く知らないところ けど とても何処かよく知ってるように思える所

 

御爺様はいなくなったけど、御爺様の家を感じさせる。

 

私はこれから先、何を此処でするのだろう。

 

何日も経った気がした。今日も、私はティファレトと言う子と一緒に座って

他のスーツの人達が良くわからない図や、生き物のような 訳の分からない物体の

写真なりを見て口々に意見を募っているのを遠巻きに見ている。

 

 ズズッと啜る音、そして豆を挽いている香ばしい一筋の煙が私たちの前を通り過ぎていく。

 

ティファレトは職員達の様子を観察しつつ、隣で行われてる様子を最初は軽く顔を顰め

数時間経ってからは、げんなりとした表情になるも未だ沈黙を守り。

 そして最後には我慢できないとばかりの悲鳴を上げた。

 

「ケセドっ、あんたソレで何杯目よ!? いい加減、動作を見てるだけで胸焼け

しそうになるわっ! 自分の部署で飲みなさいよっ!!」

 

女の子が怒鳴り散らして指すのは、一杯の良く使い慣れて愛用されてるらしいコーヒーカップ。

 コーヒーを引用する男の人の隣には、山積みになっている豆や紙パック、ソレに連なる

缶や箱が置いてある。周囲には、噎せ返るようなコーヒーの臭いが蔓延し始めていて。

 中心地帯を歩く職員は、心なし足早に桜達の前を通り過ぎていた。そんな人達を関知

する事なく、桜の父親を彷彿させるようなどっしりとした物腰で彼は謳う。

 

「しょうがないだろう。管理人が、今日はここでミーティングを開催するって

決めたんだから。中央本部は、上層や俺達中層が集合するのに一番適してるんだよ」

 

「それとコーヒーを100杯以上飲む事に何の繋がりがあるのよ!!?」

 

 「いやぁ……外の、平和な世界のコーヒーって選り取り見取りなんだぜ?

管理人も気が利くねぇ。こんなに種類が豊富のコーヒー豆ドリップバック。

煎れる為の器具も選り取り見取りと来たものだ。

 つぐつぐ、俺はこの会社に入社出来て今日ほど良かったと思う日はないよ」

 

「……あんた、コーヒーさえあれば何処でだって幸せそうに生きれるのね」

 

もはや、人外の存在を見る目つきでティファレトはケセドより距離をとる。

 

クラシックスタイルなスーツを着る、青い髪の男の人。ほんの少し、その髪の色や

顔つきは御爺様の助手をしてた人にソックリなように思えたけど、直ぐ近くで

見れば全然違っている。この人は、虐めてた人みたいに桜を見ても目を反らしたり

怖がっているような目つきはしない。

 

青い人は、ティファレトも 行きかうスーツの人も 管理人って呼ばれている

私の手を引いた人の事も 全員同じ表情 同じ目で見ていた。

 空っぽで、生き物も生きてない物も同じように。

きっと、この人にとって自分も他人もどうでも良いと思っている。

 

多分、この人は蟲の中に突き落とされても。慌てふためきはしても、自分の体に

蟲が入り込む事より一杯のコーヒーブレイクの時間が無くなる方を焦りそう。

 そして、その内蟲風呂の中でもコーヒーが飲む事に気付けるのなら。何て事なく

順応して、のほほんとコーヒーを啜るのだろう。

 

 

「驚いた。ケセドが予定より早めの時間に来るなど」

 

 「イェソド。こいつってば昨日から、ここでずっと、あの黒いタールを延々と

飲んでるのよ。何かあんたからも言いなさいよ」

 

「あぁ、成程。道理で」

 

次に、紫の髪の男性。その次に茶色い長い髪の不安そうな顔つきと快活な同色の

ショートヘアの女性が、ほぼ同じタイミングで訪れる。

 

そして最後に、緑の長髪の男性が欠伸をしながら登場する。全員から芳しくない目線を

向けられても動じない様子で彼はビール缶らしきものを懐から取り出し口に含む。

 それをホドと呼ばれる女性が少し焦った様子で注意した。

 

 「ちょ、ちょっと。子供の目の前で飲まないで欲しいんだけど」

 

「安心しろよ……容器だけさ。管理人は酷い奴だと思わないか?

もうすっかり、エンケファリンも極度の精神疾患の発症を除いて使用制限を

掛けちまったし、俺に他の液体を投与する事を禁止させてるんだぜ。

 ただの蒸留水なんて、なんの足しにもならない」

 

「確かに、酷い奴だな。個人の自由を尊重する、この国の法律で言うなら

セフィラの自由にさせても構わない筈だ」

 

「だろ? この世界の至るところに缶コーヒーの自販機が設置されている。

なのにアルコール類だけ除け者にされるなんて世の中が間違ってるよ……」

 

 青と緑の男性二人の無意味な批評と軽口は、そんなに大きくなくとも

床に反響する独特の革靴の音と、周囲で勤務していた職員達の声が

あえて静かになっていく事によって中断される事になった。

 

桜は、モーゼの海のように。多数の職員に道を分かれて歩いてくる

白衣でスーツの、あの女の人を見る。隣には、見知ったおじさんが居た。

 いや、良い意味でだけど外見は大きく変わっていた。髪の毛は白い

けど、遠い昔のように若々しい顔になっている。

 

         「――桜ちゃんっ!」

 

喜色を含んだ声だった。だが、桜には その声にどう反応すれば良いのか

 

喜ぶ事の表現も 怯える事も表に出す事をなくなってしまた壊れた子供は

ただ、光のない眼で彼を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 間桐 桜と雁夜が対面する数時間前に。このような怒声染みた大声と

机を叩く音が、一室に響いていた。

 

 「っどうして 桜ちゃんと会うのに制限時間なんて設けられなくちゃいけないんだ!」

 

生気が充実した顔、両目に力を込めて目の前の無機質な顔の女性を睨むように見つめる。

つい数週間前(正確な現実時間では丸一日程度)は左半身が麻痺していたが

今では顔の表情は大分動かす事が可能になっている。

 体の機能は大分戻ってきたが、後遺症として精神的に受けた苦痛で脱色した髪の毛の

色は元に戻らない。もっとも雁夜はそんな細かい事は気にしない。

 

 指示通りに養生を続け、時折に不安を抱えつつ何度も虚偽の疑いの旨を口に出し

脱け出そうとした事もあった。

 その都度、説得されて白で統一された部屋で横になり。たまにトレーニングルーム

といった場所でリハビリを行う。食事も固形物は問題ない。

 お陰で、体の調子は良い。フリーライターとして危険な場所をカメラで撮影した頃と

同じぐらいの俊敏さとは言えないものの、走る事は出来るしマンホールの蓋だって

力を込めれば取り除くぐらいの筋力は戻って来た。

 

「彼女の精神が、とても歪な均衡で保たれているからだ。我々は定期的な刺激を

各セフィラと共に患者の彼女へ与えてるものの、成果は得られてない。

 だが、現状ではこれ以上の環境の変化が彼女に起きるのは極力避けなくてはいけない」

 

「だったら家に帰してやればいいじゃないか! もう臓硯の支配から解放されたんだ!

葵さんだって、凛ちゃんだって。桜ちゃんが帰ってくる事をずっと心待ちに……!」

 

 女性の小さな吐息の音が、ブリーフィングルームと呼ばれる場所に微かに生じる。

向かい合った机を挟んだ向こう側で、彼女は手を組み替えつつ告げる。

 

「前に君は言ってたな。遠坂 時臣 間桐 桜の実父が間桐 臓硯なるT-04-50亜種

へと魔術師と言う存在の教育のために養子に出された事を」

 

 「あぁっ、時臣は冷酷な奴だ! 自分の娘を平然と、あの化け物の蟲蔵へ」

 

「遠坂 時臣氏は、T-04-50亜種の正体を把握していたのかな?」

 

 その言葉に、一瞬頭に空白が出来てから。雁夜は一瞬顎に手を掛けて、厳しい顔は

依然と保ちつつ顎を微かに縦に振る。

 このバーサーカーは、バーサーカーらしからぬ非常に理論的な説明を兼ね備えている。

ちょっとの粗さは追及されかねない。

 

 「それは、間違いない筈だ。間桐と遠坂の家は旧くから競ってる間柄だし、あいつは

自分の父親から正体を知っていて可笑しくない」

 

「それは、先入観に基づいた推論だろう? いや、君の意見が正しいと仮定した上で

話を進める事にしよう。

 直に肌から身を染みているだろうが、君に施された肉体改造が正しい魔術師の育成

なのかは、さておき。君が桜の実父の立場だったとしよう。

 あのT-04-50亜種の元にだ。諸事情があるとすれ自分の娘の次女を養子へ出す

として一体どんな理由が挙げられると思う?」

 

 「俺が知るもんかよっ! どんな望みが叶うとしたって、桜ちゃんが自分の子供なら

あんな化け物蔵で過ごさせるような真似を見過ごすものか!!」

 

「――じゃあ、なんで遠坂 時臣氏並び遠坂 葵氏は黙認したんだ?」

 

頭に血が上った自分を、言葉の形をした冷たい水が一気にかけられて急速に血の気が引く。

 

 「……あいつは、ともかく。葵さん が 桜ちゃんを間桐の家に預けた……理由?」

 

   

 ――これは遠坂と間桐の問題よ。魔術師の世界に背を向けたあなたには、関わりのない話

 

あの公園で、表面上は平気な口振りだったけど。悲しさを瞳に湛えていた自分の幼馴染。

 その顔を、もう一度三人で一緒に笑い合ってた頃に戻したかったから……。

そんな彼女が、間桐の魔術の事情を知っていたか? いや、そんな筈はない

全て悪いのは、知った上で間桐の家へ売り飛ばした時臣ただ一人。あんな地獄だと

知りうえた状態で娘を平然と引き渡せるような人柄では絶対にない。

 

 「時臣が全て黙ってやった事だ。葵さんは、何も知らなかった

そうとしか考えられない」

 

雁夜は全ての責務、過失を時臣一人に決めつけようとする。だが、そんな思考を

目前にいる、決して声を荒げる事のない機械的な口調の女性が阻害する。

 

「君が葵氏に対して挙げる高評価は色々聞いた。同性として、私の世界では絶滅危惧種の

大和撫子な女性を見たくはあるね。

 私見はさておき、客観的にも一般的な常識でも自分の娘を直ぐに会える距離だと

しても養子に出すと言うのは非常に大きな決断がいる所業だ。

 私も君も、鶴野氏に関しても魔術の知識といったものに深い造詣を有していない。

T-04-50亜種へ間桐 桜を手掛ける事になった要因。

 それを突き止めない限り、また遠坂 桜はだ。~~桜として別の場所に預けられる

可能性は少なくない。君が彼女の立場になって考えて欲しい。

 まだ物心が付いてから数年ほどの幼児が、あの壁から地面にかけて夥しい肉食の

節足動物に穴という穴にマーキングを施される。その期間は優に一年。

 そして、その一年ほどして。ようやく開放される子供。やった 私は

これからパパやママ、お姉ちゃんと元通り幸せになれるんだ!

 ……だが、両親は。その何かしらの事情により戻ってきた桜を受け入れない。

まだ別の、信頼は出来る可能性も少なからずあるかも知れない他所の場所に住まわされる。

 子供はきっと思うだろう。あぁ、やっぱり私は何処にも居場所はないんだ……とな」

 

 一気に喋りきった彼女は、お汁粉の缶を開けると喉を鳴らして豪快に中身を減らしきる。

飲み切った缶を置く力は、かなり強めで。アルミの缶には窪みがなされていた。

 決して揺らがない瞳は、幾分体を小さくさせた雁夜を覗き込む。

 

「……君は私のマスターだが。召喚された際に既に瀕死で、メディカルルームに

移送する時に譫言で何度も言ってたな? 桜ちゃんを助けて……と」

 

「それを私たちは何物にもおいて全ての優先事項にする。

 よって、Miss桜の取り巻く環境ならびに家庭事情その他の問題の解決。

体内の心臓深くに埋没しているT-04-50亜種のギフトらしきものを完全に除去する事。

それ等を全て処理しない限りは、前にも再三話した通りだ。

 この会社に君と共に居て貰う。私、我々が巨大ツールアブノーマリティの影響下から

脱して居なくなるまでの期間はね」

 

ぐうの音を出さない、その言葉の節々が付け入る隙間がない言葉に雁夜はまたもや

弁論の声を封じこめられた。令呪でサーヴァントに、余計な指図をするなと

命じる事も出来る。だが、この冷静な医者並び学者染みたバーサーカーに対して

あやふやな命令を強制しても、どれ程の効力が及ぼすか不明だし。命の恩人でもある。

 無理に関係悪化を招く事は避けたい。雁夜にとっての倫理、それと間桐ならではの

処世術が、逆らったり高圧的に優位に立とうとする事を避けた。

 

 「……ちょっとは、桜ちゃんと話す機会を作ってくれるんだよな?」

 

「あぁ、何なら今すぐで構わない。ちょうど、君を他のセフィラ全員と紹介するのに

良い機会だ。約一名、いや二名を除いて」

 

 

大量の荷物を抱えた、ある程度の戦い慣れてそうなスーツの男たちが荷物を

背負って管理人と呼ばれるサーヴァントの後ろを付いて行く。その隣で

居心地悪い様子を余り隠そうとせず荷物持ち達を盗み見る雁夜。

 彼は少し迷ったものの、小声で質問をする事にした。

 

 「彼らは?」

 

「ギムデリ イエティ アレックス。全員、優秀なエージェントだよ

アレックスは、この施設で働く期間は永い。私が君の傍にいられない時は

出来る限りの応答と護衛として就かせるから宜しく頼むよ」

 

 アレックスと言う名の、茶髪かかった長身の男性は少し笑いつつ肩に提げた

大きな荷物をものともせず片手を上げる仕草で挨拶する。

 他の二人も似たり寄ったりの恰好だが、その重量を苦にする様子は見られない。

 

 雁夜は、短く首を動かして挨拶に応えて管理人に目線を戻し次の質問をした。

 

 「この大荷物は?」

 

「大体は、会社に必要な物品を出来うる限り外から買い込んだが。

残りはセフィラへの贈答品だ。日頃の感謝と、初めての世界に遭遇した記念品としてね」

 

(……何で、この人はバーサーカーなんだ?)

 

 つぐつぐ、バーサーカーと言う呼称が全く合っていないと考えつつも。歩くにつれて

彼女に気付いた様々な制服の男女達が人垣の道となるのを目にして、彼女が

本当にこの不思議な会社の地位の頂上にいる事を認識する。

 

 そして、ようやく未知の環境の中で念願の守りたくて会いたかった馴染み深い

少女を目にする事が出来た。笑顔と共に、名を告げて彼女に一歩踏み出す。

 

 ――然し。

 

 「……さくら、ちゃん?}

 

間桐 桜は、雁夜の声掛けに無反応だ。期待してたような、おじさんっと言いつつ

あの日の幸せな公園の情景のように無邪気な笑顔を浮かべる彼女は居ない。

 人形のような服を来た同年代らしい少女と手を握ったまま、ただ無言で

雁夜を見返す顔には喜び、嬉しさ、安堵の色合いは無い。

 

 「桜ちゃん、俺だよ? 雁夜だよ……辛い、思いをしたよねっ。でも、大丈夫だよ

これからはずっと俺が桜ちゃんを守る……だから」

 

 「おじさん、は」

 

その人の形に切り抜き、空洞めいた存在感を雁夜は忘れていた訳ではない。だが

病室で養生する内に、ただ必死に憎悪を完遂する想いで逃避していた激痛が緩和

されるに従って、幾らか頭を整理して考える一般的思考が戻っていた。

 

 だからこそ、この少女に齎されたモノが。

どれ程壮絶で、どれ程に自分が努力しても取り戻す事ができない事を知ってしまった。

 

 「おじさん、は。元気そう だね」

 

 「……それで、お家に 帰ることを桜に伝えるために 来たの?」

 

 「地下に 呼びに来たんでしょ? おじさんが私の元に来る時は

それが一番 多いもの」

 

 少女の諦念と絶望が詰まった言葉に、忌まわしい記憶の洪水が襲う。

 

 ――桜ちゃん 臓硯が呼んでるよ。……御免ね 俺がきっと こんな事が続くのを

止めてあげるから。もう少しの 辛抱だから

 

 ――桜ちゃん また臓硯が……地下蔵に。

 

 ――……御免 桜ちゃん。あいつが

 

 ――桜 ちゃん 今日 も

 

 ――桜ちゃん ――桜ちゃん ――桜ちゃん ――桜ちゃん ――桜ちゃん

 

「あ…………あぁぁぁぁあああぁぁ……っっ!」

 

 (俺は 何をやってたんだ?)

 (助ける……あんな風に心を壊してしまった少女を 助けてみせるって?」

 (駄目だ、出来ない。聖杯の願望機に頼るのか? あぁなったのは臓硯が

全てやった事だ。俺の 俺の責任じゃ)

 

 「――君は間桐 桜の代わりに責め苦を選んだ。だが、本当に彼女を

救うべきと考えるなら。本当に彼女の身を第一に考えるのならば。例え

どれ程に嫌悪を抱えていても、例え想い人に言われたとしても救う為ならば

恥も何もかも捨てて出来る最良の方法があったんじゃないか?」

 

 目の前に広がった、間桐 桜との邂逅によって産まれた闇が雁夜を襲う。

その闇より、更に濃い白銀の剣のような言葉が心を裂く。

 

目を開く。気づけば其処は開けてる大きな空間だった中央部署と言う場所でない。

雁夜が管理人に怒鳴り散らした少し薄暗いブリーフィングルームだ。

 

 「彼女の、間桐 桜が君と邂逅した反応を医学的見地から観察したが。

高い確率で、君を恐怖対象として認識していたよ」

 

 透明な瞳が、見通す。雁夜の薄黒く、長年清掃しなかった排水溝のように黒い

カビずんた心を漂白剤を振りかけるように、透き通る眼光が。

 

 「羊飼いは、こう告げた。"私の前から消え失せろ 無能めが"」

 

 「……だが、少なくとも君は無力かも知れないが、無能ではない筈だ。

頼ると言う、当たり前の事を忘れていた君だけど。傷が治れば大切な事を

思い出せる筈だと、私は考えている」

 

 硬い物が、置かれる。それは、自分がフリーライターとして働いていた頃に

愛用していたカメラだ。

 

 「君が更に数週間、治療に有していた間に。現実で更に一日が経過した。

幸い、まだ特に目立ったツール型アブノーマリティによる異変は各地で見られない」

 

 「間桐邸に戻って見たが、地下蔵も合わせてT-04-50亜種は発見出来なかった。

幾らか、群体の名残らしいF-01-02の自爆による死骸は見つけたがね。

 特に衣類や持ち回りの私物らしきものに細工はなされてないと判断したので

返還する事にした。機能も損なわれる事なく、問題なく使える」

 

 間桐の家から社会的に自由になり、まだ人生を謳歌していた頃の一品。

両手に収まるかどうかと言った大きさのカメラを構えると、少しだけ気分が

持ち直せたように感じた気になれた。我ながら自分勝手だ。

 

 「医師の立場としての見解で言わせて貰えれば。彼女の精神の完治に関しては

我々が尽力を施す。それでも不可能なら、このアブノーマリティの騒動が完結

した後に適切な病院にでも何なりにでも養生させれば良い。

 それから間桐 桜と君の関係を修復しても問題ない。さっきの反応を見れば

痛み入るほどに理解したと思うが。彼女と対峙するのは時期尚早だ」

 

「でも。俺は約一か月の……」

 

 「寿命に関しては、手術によって半年は延びた事は伝えたが? それでも足りない

と言うのであれば。こちらでも可能な限り、そのツール型アブノーマリティに

副作用や異常性が無いと判断出来れば。本来の健康的に生きた上での寿命が

君に戻るように支援しよう。それで構わないかな?」

 

 構わないかどうか。そんなのは、うんとしか言えない内容だ。

 

バーサーカーの望むままの返事をした上で再度浮上した疑問をぶつける。

 これだけは聞かなければいけない。

 

「……俺が頭を抱えていた間に、何をした?」

 

 「精神沈静の為の弾丸を放ったが? そして、君が召喚時と同じように気絶

したので、ブリーフィングルームで目覚めるまで安静にさせた。

 セフィラ達に正式な挨拶を交わす事が滞ったが。なに、慌てるような事でもない

何時でも機会があるので安心したまえ」

 

 自分が情緒不安定である事は解ってる。その姿を桜ちゃんに見せつけるのも

更に深い傷を負わせる事も重々理解している。

 

 だが、だからと言って有無を言わさずに。人を気絶させる弾丸を隣接して

躊躇なく放てるのは、十分可笑しいと思わずにいられない。

 

 その旨を伝えると、少しだけ彼女は口の端を吊り上げたように思うと同時に口開いた。

 

「私が可笑しいだと? それは、バーサーカーと言うクラスなら自然なのでは?」

 

やっぱり。俺のバーサーカーは最高に可笑しい。

 

 

 

 

 

「これが、君達への土産だ」

 

気絶した間桐 雁夜を職員達へと丁重に運び戻してる合間。管理人のXはセフィラ達に

外界で起きた大まかな報告と、買ってきた物品を渡す。

 雁夜の昏倒に対しセフィラ達は眉を上げる事すらしない。人が倒れる事など、この

会社では日常茶飯事だし、雁夜の過去を映像を通して全員把握してるのだ。

 

マルクトにはカチューシャを。イェソドには厚手のマフラーを。

ネツァクには、酒瓶の入ったキーホルダーを。ケセドには新しいマグカップを。

 

貰った者達は、三者三様に違った礼を告げ。一人は、どうせなら本物の

酒を貰いたいんだがなぁ……と、ぼやきつつ礼を告げる。

 

「冷たい管理人ねぇ。あの子にもプレゼントを渡せばいいのに」

 

 「沈黙しかなさない人間には、相応しい物を渡せないんだよ。ティファレト」

 

喋りつつ、投げかけた目線はホドに向けられる。彼女は、曖昧な笑いで誤魔化した。

 

xは、少し彼女の顔つきを観察してから少し吐息をつき桜に向き直った屈みこむ。

 

 「……此処の施設には慣れたかな。他の皆は、良くしてくれてるかい?」

 

その言葉に、ただ無を模った瞳を管理人に向けつつ。少しの間と共に首が上下に揺れた。

 

 「そうか。出来れば、此処の皆と仲良くしてやって欲しい」

 

顔つきは変わらないが、柔らかい音程で労いをかけると立ち上がり。彼女は淡々と

した口調に戻ると、グルッとセフィラ達へと向き直り尋ねる。

 

 「Hiring(雇用)systemへのアクセスに関しては?」

 

「依然として、成果は芳しくありません。アクセス権利はアレとホクマーが

保持してましたが、どうやってかアレは権限を全て掌握したようです」

 

 「となると、これから先は厳しくなるな。不幸中の幸いは、最下層まで

割り当てられる最低限のエージェントは控えている事と、ほぼE.G.Oは

揃えているが、失う事を考えるとT-09-97が招来する事は止めるべきか」

 

「ですがZAYINの中では1,2を争う施設に恩恵と無害なアブノーマリティです」

 

 「巨大ツール型アブノーマリティの能力や、その背景が読めない。安全性を

追及している事が本当に正しいか不明なんだ。この世界に喚ばれて瞬時に

膨大な情報量をインプットされかけた。パスは遮断したものの、それだけで

我々の精神に、どう悪影響がなされるか分かったものではない。例え無力でも

戦う刃は少しでも残しておきたい」

 

 管理人とセフィラの、よく分からない大人の話。

桜は自分が蚊帳の外で、この場所でも居場所がないことを自覚する。

 ……いや、違う。

 

ずっと、私には居場所がなかった。間桐家に引き渡された、あの日から。

私(間桐 桜)は()()()()()()()なんだ。

 けど、御爺様だけは。玩具としてだけど、私を……。

 

 

                  ――ドン

 

少女の暗く、闇の中に誘われようとした思考を止めたのは強烈な気配。

 俯いていた顔を、その音のする方へ その巨大な存在感へと向ける。

 

――人が歩いてきた。いや、アレを人と呼ぶべきなのか。

 桜が知ってるどんな刃物でも刃毀れするだろう仮面を被っていて、その

顔面を覆わない、地面にまで付きそうな火より赤い髪の毛。

 

服装は、とても変てこに思える暗褐色のスーツで、その片手に地面まで伸びる

十字架のような、頭部が骸骨の不思議な棍棒を所持している。

 

傍にいなくても感じる重圧感が迸る長身の謎の人物は淀みなく歩き近寄る。

対して、それを見留めた管理人はあっけらかんとした口調で声を掛けた。

 

 「お帰り。アレは見つかったか?」

 

「分かりきっている事を聞くな、唐変木め。もし遭遇したのなら、この片手に

頭の残骸が吊られているに決まってるだろうが」

 

 物騒な返事が仮面からくぐもった物騒な内容の声が唱えられる。桜は、それで

ようやく、この紅い戦士が女性である事を認めた。

 

 「まぁ、君の胸が疼かない事から薄々予想はしていたが。

他に、下層で異常な出来事か痕跡を見つけたかな?」

 

「大したものじゃない。少々、果実や玩具と会ったが退屈なものだ。

アレらしき影にも何も出くわさなかった。……で」

 

 この小さいのは何だ? と、不躾に桜をメイスで指しつつ彼女は聞く。

管理人は少し悩む素振りを見せてから、回答を示した

 

「巨大ツールアブノーマリティに参加する者達の親族。謂わばカテゴリとすれば……」

 

 「小難しい内容で言わなくていい。つまり、この会社の外の人間って事だろ?」

 

「簡潔に言えばな。この会社に来ていただいた、礼儀正しいお客さん第二号だ。

第一号は、少しパニック症状に襲われて安静にしている」

 

 そうか、と彼女は何に対してか納得の声を上げて顔に張り付いていた仮面を

取り外すと、蒸し暑さから解放した故か長い呼吸を行う。

 

 (……傷だらけの顔)

 

大きかったり、細かかったり。顔には古傷が夥しく張り付いている。

 密着したボディスーツで肌の露出は最低限だが、それでも見える首や顎部分にも

長めの切り傷らしきものが見受けられ、脱いだら全身にきっと色んな

傷があるだろう事が誰でも解る。

 

 その傷だらけの女性は、呼吸を終えると桜におもむろに顔を向けた。

桜も、ぼんやりとその顔を見返す。

 

 数秒が経過する。まだ、傷だらけの女性は彼女を能面のような顔で見る。

桜も同じく、無の面を平常で付けたまま見返す。

 

 更に十数秒、傷だらけの女性の顔は能面から。右目にかけて鋭い切り傷が

あるほうの眉を吊り上げる。心なし青筋が浮き上がっている。

 桜は体を動かさない。人形のように視線だけは傷だらけの女性へと。

 

 

               ――シュッ

 

            ――ゴン

 

 ……瞬間、ホドの悲鳴が。マルクトの慌てる声が、イェソドの深い溜息が

ネツァクの、せせら笑いとケセドの口笛と言う玉石混淆の音が響いた。

 

 

 

 

彼女が、桜に対し衝動的に。紫の頭を決して弱くない威力で殴りつけると共に

居合わせた(管理人に強制招集された)エージェント等に羽交い絞めされて

距離を開けさせられたあとに、管理人はインタビューを行う。

 

「それで、何故。行き成りMiss桜に拳骨を?」

 

 「ありゃ何だ。老婆(※O-01-12)が子供の姿にでもなっちまったのか?

あんなプンプンと虚無と孤独である事を全身から放っていたら

苛立たしくて殴りつけるのも仕様がないだろうが」

 

「一理ある、とは口が裂けても言えない理屈だが。実直な私見は受け取る」

 

 「大体、外の人間を何でまたこんな会社に閉じ込めておくんだ?

お前は身も心も以前の管理人か、あいつになったとか言うんじゃないだろうな。

 もし、少しでもその片鱗があるなら。私は……」

 

「その時は直ぐに君へ介錯を頼む。絶対だよ、ゲブラー」

 

 ゲブラー。それが、まだ紹介していなかったセフィラ達の一人。

この会社で、唯一にして無二の仲間であり英雄。

 

管理人の静かながらも鋭利な言葉に、鼻を鳴らしつつもゲブラーは癇癪を収める。

 そんな彼女へと、Xは説明する。雁夜と亜種アブノーマリティの祖父

少女が一年間、地獄と称して相応しい責め苦を受けた事を。

 

 内容に対し、喜怒哀楽のどれも浮かべる事も眉一つ上げる事なくゲブラーは

聞き入れてから、少し舌打ち混じりで感想を述べる。

 

 「ハンッ。私なら、その蟲の幾つか噛みちぎってやるがな」

 

例え殺されようともな。と平然と驕りや虚勢でなく真剣に呟く彼女を

諫めるようにして理論を展開する。

 

「この時代の人間は、我々の世界のように極端な貧富に分れるディストピア体制に

都市に外郭、路地裏や遺跡に黒い森といった魔窟は存在しない。

 環境からして、アブノーマリティに晒されて異常をきたさない方が可笑しい」

 

 「私から言わせて貰えばな。都市の住民だろうと路地裏だろうと要は心の持ち

ようなんだ。何時だって口酸っぱくして私は言ってきただろう。

 アブノーマリティに決して気を許すな。奴らを出来るだけ永く痛めつけろと。

その化け物が、私たちの世界のアブノーマリティと多少外観や能力に差異あれど

アブノーマリティである事は変わりない。そして、根絶可能なアブノーマリティ

なら叩き潰すのみだっ。一つ 残らずだっ!」

 

 最後の部分は、殺気染み歯を砕きかねない表情だった。

正反対の、静かな目で彼女の言葉を聞き届けた管理人は、そんな剣呑な顔を

打って変わって鳩が豆鉄砲を食べたような顔にさせる言葉を放つ。

 

 「それはともかく、君には桜の世話係を任せる」

 

「……はっ!? 何をトチ狂った事を言ってるんだ!」

 

 「的を得た発言だ。私はこのツール型アブノーマリティでバーサーカーと言う

クラスで顕現している。発言の全てが正しいと受け取らないよう忠告しておく。

 それはともかく、これは君が外の人間に暴行を加えた制裁措置でもある」

 

「茶化すな!! もっともらしい体裁を装っているが何だソレはっ

私には懲戒チームとしてアブノーマリティを」

 

戦う事以外に能がない自分にベビーシッターを任せるなんて、どう言った

自殺行為だと怒鳴り散らす彼女。

 

 「――このツール型アブノーマリティの影響が悪く傾けば。君はどうなる」

 

静かな言葉。ゲブラーを沈黙させる決定打が展開していく。

 

 「私も、この先の事象は全くの未知だ 予測しえない。全てが崩御して

抑制可能であった、あらゆるものが制御不能に陥る……そんな時、君と言う

存在が確固として君臨している事が、どれ程に安心感を覚えるか」

 

 「そして、心の拠り所は何よりも。あの娘に必要なものなんだよ

これは命令でなく、私たちからのお願いだ……頼むよ、ゲブラー」

 

その、曇りないガラス窓のような眼差しはオッドアイの瞳を強く瞼で閉じさせる。

 

「……っあのな。ずるいんだよ……っ 言い方が」

 

 どんな殺し文句だと逞しい赤い髪を傷だらけの手で掻き毟る。

それに対しバーサーカーはシニカルに笑みを浮かべるに留まった。

 

 

 

 

 

 (……ヒリヒリする)

 

あの、傷だらけで。それでいて、凶暴な人が立ち去ったあと桜は未だに

疼く頭の感触を纏わりつかせて輝く天井を見上げる。

 

 (あぁやって 叩かれたのって お姉ちゃんと喧嘩した時ぐらいだったな)

 

父(時臣)は、厳格で細やかな事にピシャリと言葉の鞭を振るうが決して

手を上げるような事はしなかった。

 母からは手どころか怒った顔を浮かべた事すら曖昧だ。お姉ちゃん(凛)とは

本当に、思い出せないぐらいの事で口喧嘩して。それで手を上げられて

でも、痛かったかどうかさえ思い出せないぐらいの遠い遠いもっと子供の頃。

 

御爺様から受けるものは、全て蟲に因るもの。這いずり回ったり、おしっこする

穴よりもっと奥の場所を痛くされたり、それよりもっと奥の体の中まで小さな

細い蟲が這いずり回る痛み。それしか自分は知らない。

 

 マルクトやホドが怪我を案じる中、桜はどうして殴られたのか分からなかったけど

闇一色の心の中に、何かが点っていた。

 

 (…………ヤな人…………)

 

 間桐 臓硯は勿論、鶴野や雁夜でも成せなかった事。

 

彼女の中で、間桐の一族に対する印象は怖い事 痛い事をする人 逆らえない人

虐める事に加担する人 わざわざ虐められている人 そう言う印象だけだった。

 

しかしゲブラーに関しては、それが違った。

 桜が、彼女ゲブラーに対して受けた第一印象は。今まで見た中で誰よりも

強そうな人だった。そして、そんな人物は桜の脳天に一発

 力強い光を瞳に宿らせながら、桜を睨むようにして 恐らく殺し合いや

大人や子供と言う立場以外で力いっぱい 全力で頭を叩いた。

 

 ただ真っすぐ 桜の絶望や孤独の垣根を易々と飛び越えてゲブラーは殴った。

それが、もはや早速ないものと思えた桜の心を響かせた。

 マッチ棒の火よりも小さな小さな、怒りと称すのよりも曖昧な感情。

それでも、桜の中に感情が一時的だが戻ったのだ。

 

 数時間後、スーツにコートを羽織り。仏頂面のゲブラーが桜に対して

挨拶を強いり、桜もまた彼女の横柄な態度に関し心の中で何度も想う。

 

 (とっても、ヤな人)

 

 (何にも知らないのに。何にも怖く無さそうなのに。

なんで、私の事を放っておいてくれないの)

 

 それから、この彼女達は聖杯戦争の終わりまで。ほぼ離れる事なく

共に行動する事になる。指摘すれば絶対にどちらも即座に否定

するであろうが、その二人の様子はちぐはぐながらも歳が離れている

姉妹のようであったと、見た者達の感想は共通だった。

 

 種は、植え付けらえた。既に死に絶えたと思えた土の中に、根付いた種が。

 

そして、その種を育めるのは己の力のみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゲブラー

Lobotomy coop セフィラの一人。かつて、『便利屋』と言う
fate世界においては魔術使いに近い傭兵的な存在として生計を担っていた。
 戦闘能力においてはXの居る世界でも上位に並ぶ存在。Lobotomy coopの
専属騎士にならなければ名だたる未来の英雄として確立出来たと思われる。 

 いま現在の戦闘能力は、Lobotomy coop外ではサーヴァントに劣るが
鍛えた魔術師と互角に戦える程の実力は健在している。

 とある、会社に存在していたものが脱走している事に関し警戒と
見つけ次第の駆除に心滾らせている。

 管理人とは、ある二人を除けば一番気安い交際関係を築いている。
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