寄りよい上質な肉となる
この国の熟語で薬も過ぎれば毒となると言うように
少なければ酒を猫に与えれば毛並みが良くなるとの事だ
お前はどうなのだろうな
目覚ましの音で目覚め、歯を磨き家族の声で食卓について
一定の仕事を日々のルーチン化で怠惰を交えて終わらす
輝く月夜の下で家路へ戻ると共に家族との団欒と夕食を済ませ
空いた時間を個々の嗜好を済ませつつ眠りに付く
そんな何て事のない日々が狂おしい程に お前にとっては
心の薬か 心地よき断末魔を潤す酒なのか
ならば、それを永遠に享受すれば今度こそ本当に狂うのか
私に見せてくれるのかな その当たり前の一日を摂取し
脱却して 全てが壊れ 打ちのめされた時を
間桐 鶴野は咽び泣いていた。膝から崩れ落ち、掲げた両手から
鳴る安物の腕時計から聞こえるタイムリミットが天国の鐘と
感じ得る程に心から安堵の涙を流していた。
「っようやく、約束の明後日になるぞぉ!」
二日、たった二日を迎えるのに壮絶な体験を経た。
巨大な天井にぶらさがる全ての蜘蛛の女王。
おどろおどろしい半身を担う、鈍い輝きの剣を提げる銀河の女性。
やたらと脱走しては、自分の上半身を石見たいに硬い鋭い
小さな嘴で突っつきまわす、少し間の抜けた顔の小鳥。
一番目に関しては、頻回に作業を熟し。全くもって嬉しくないが
人生の大半に付き合わされた魔術使崩れの身としての経験によって
何度目かには、内心を隠しつつ落ち着いて給仕が出来るようになった。
二番目のアブノーマリティと言う奴には、最初の事故以外で入る
事はない。どうやら、あの化け物? は本当にこの会社の責任者も
入ってる事が予想外で扱いに難儀していると噂を耳にした。
そんな噂に不安は残るものの、自分にはどうしようもない。
あのバーサーカーの責任なのだから、あいつに任せればいい。
最後の奴に限っては散々だった。やたらと収容してる部屋から抜け出しては
ユメカは勿論、ほかの仕事で歩いている一応の同僚達を突っつきまわす。
しかも、それを制止したりする事は禁止だと言うのだから尚更に性質が悪い。
今後ほかにも別の化け物の作業をする報せは、鶴野の心を小枝のように
折れそうになるが、最低限の安全は保障すると言う言葉に縋りつくしかない。
労働しなければ、暗にアノ妖怪が報復を狙っているだろう家宅に還される
だであり。ブラック企業真っ青な仕事を完遂させ生き延びるか、それとも
緩やかか不明だが明確な死のビジョンが待つ家で震えながら僅かに生きるかの
どちらか二つに一つ。なら、生き延びるために動くしかない。
頭に幾つも絆創膏と消毒薬を塗りつつ鶴野の補佐は溜息を何度も
吐きながら諸悪の元凶について説明を行う。
「アレはO-02-56。小鳥であり通称罰鳥と呼ばれています」
「罰とりぃ? ケッ、あの小さな小さな鳩まがいは命懸けで働いてる
俺に罰を与えてるつもりだってぇのか」
「本人、いえ本体はそう本気で思っての行動です。それより、鶴野
肝に銘じて欲しいんですがO-02-56には決して、どんなに怒りが湧いても
決して反撃しないで下さいね」
「わかってるよ……たくっ、あんな物見せられたらな」
『これが、昨日よりcoop内に出てきたアブノーマリティだ。
あとでエージェントユメカが詳しく説明してくれると思うが、業務前に
通告出来ないアクシデントが起きる前に告げておく。単純に言って
コレは反撃する職員に対し、外形の一部を変化させ致命傷を与える。
その形状に物理的法則を無視した変形の巨大な牙で人間を噛みちぎる。
その証拠映像を今から流すので、十分気を付けてくれ』
「こちとら、その所為で朝飯を戻しちまったよ クソッ」
上半身食い千切られされ、投げ出された足先には夥しい血の水たまり
小腸が、消失した上体のあった場所に投げ出されている死体の映像。
あのバーサーカーは一々気に食わない態度や発言は示すものの、生死に
関わる下らない虚偽は告げない事は理解出来る。末路を見た鶴野は
朝に食ったコーンフレークやソーセージエッグやらの残骸を廊下に撒く
前に何とか近くにあったトイレに戻しつつ、呼吸を整えながら脅威に対して
決して舐めない事に気を引き締める。
とにかく、ようやく一日のノルマは達成したのだ。一日千秋の思いで
待ち望んだ外出に心躍らせつつ、職員達の住居ペースとなる場所に
戻ると、少し硬い顔つきをした男性職員と蜂合わさった。
「お? チャンじゃねぇか。どうしたんだよ、そんな難しい顔して」
普段の鶴野なら、こんな風に馴れ馴れしく異様な場所の職場仲間に
声をかけたりしない。だが、非日常の世界に囚われていて其の空間から
限定的とは言え脱出可能な事実が心のタガを少々外した。
チャンと呼ばれる職員は、素行不良な感じのする。いかにもヤクザ崩れの
風貌で、スーツを脱いだら刺青が見えるガタイの良い体格。
昔の鶴野なら、酒を買い出しなど出掛けた際に遭遇しても決して近寄り
はしないタイプの人間だが、この会社で一日目を迎えるにあたってユメカの
厳しい指導に泣きながら動けない時には、面倒だとぼやきつつも率先して
自分の代わりに入って手本などを見せてくれた事があったのだ。
この会社に居る人間は大体は、彼らの外と呼ばれる世界から来た自分に
寛容に接してくれている。
「あんたって、ちょ~っとだけケセド様に似てるけど。
まっ 似てるだけで、余りイケメンじゃないわね。
は~っ ツルノさぁ、知り合いにイケメンって居ないわけ?
管理人に内緒で紹介してよ。良いことしてあげちゃうわよ~」
ぺスカと呼ばれる女とも知り合った。こいつは自他共に認める
イケメン好き。事あるごとに仕事以外ではイケメンと会って結婚したいと
ぼやいている。コレが本当にサーヴァントの使い魔? なのかと話す
たびに疑問が浮かぶが、藪蛇つつきたく無いために打ち消していく。
別に自分の為に何かしてくれた事はないものの、馬鹿話をすると
自分が異常な空間で命を脅かされている。その事実がほんの少しだけ
和らぐ気がして、言う事は失礼だが本心から嫌いにはなれない。
……昔 よく知っていた女に似た性格だと思えた。
だが、そんな過去の映像を鶴野は考えない振りをした。
「そ……外に出る機会があるなんて、望外の待遇っ! あ、あぁ……
貴方は元々外の人間で、此処の会社は研修見たいなものだもの。
き、気を付けて戻ってきてね? お守りはいるかしら」
「ははははははははは!! まさか長年生きて来て、外の世界の
住人とこうして出逢う事が出来るとは!!
これが笑わずにいられようか!! はははははははは!!
さぁ友よ! いっしょに笑おう! 辛い事も苦しい事も嬉しい事も!
笑うということは等しく出来る! 笑うことはいいことだ!」
ピネアと言う、何時も お守りを作っては他の同僚の命を心配してる女。
Mr.ブラックと皆から呼ばれる、とても濃い存在感のある笑い信仰の男。
こいつは何時でも俺に会うたびに笑う事を強要してくるから苦手だ。
本当に……この会社には色んな奴がいる。バーサーカーの作る結界の中で
こいつ達が厳密には生きていない存在だって解ってる筈なのに
まるで本当に血の通った生きている人間にように思ってしまう。
(……いけねぇ、いけねぇ。何ノスタルジックな感じになってるんだ)
辛気臭い心情だと軽い自己嫌悪に戻ると、意識をこちらに向けた
チャンが腕を解いて鶴野に返答する所だった。
「いや、ちょっと俺が担当しているアブノーマリティについてな……
気にしても仕方がない事なんだ、悪いな」
「何だよ。煮え切らない発言だな」
こんな職場だ。ちょっとした異変が命取りになりかねないので少し掘り下げて
追及すると、チャンは口を軽く歪ませて呟く。
「……赤い靴って言われるアブノーマリティなんだがな。
ツルノは童話とかに詳しいほうか?」
「え? いや、そんなには」
赤い靴。確か、以前どっかで聞いたような気がしないでもない。有名な童話な筈だ
「アンデルセンって奴の話だけどな。確か部署の資料として置いてあったと思うし
外の世界にも本屋で並べてるだろうが……ソレは、俺が最近じゃあ担当していたんだが
ツルノと出会うちょっと前から何だか調子が変な気がしてな」
「変ってのは?」
「変は、変さ。なんつーか言葉じゃ言い表せないけどよ。お前にも経験がないか?
普段見慣れてる相手だと、どーも心無し浮足だってるか塞ぎこんでるのを表面上
我慢してるのとか薄々見分けつく事があるだろ」
「……あんまり、そう言う経験ないんだよ。俺には昔っから親しい奴ってのが
居なかったから」
チャンは別に悪気があって告げた質問ではないが、鶴野は少々気分を害した。
間桐の家で、あの妖怪爺いの庇護下で生活してる中じゃ何時も不安にビクビクと
臓硯の影に怯えて生きる毎日だった。
碌に頼れる相手は居ないし、学友などに親しい者が出来たとしても
金にもの言わせた舎弟以外では、正義漢に彼を発破するような都合の良い鶴野を
救ってくれる相手はいなかったし求めもしなかった。
その回答に、チャンは悪びれた風でない短い謝罪と共に話を続ける。
「管理人に報告すべき事なのか、少し迷っていてな。俺の勝手な憶測で
俺達のプレーンに余計な心労を抱かせるわけにいかないからな」
「……俺には理解出来ないんだけどさ。何でお前ら、此処の管理人って奴をそんなに
崇拝してんだよ? そんなに、いい奴か……? あいつ」
鶴野には、あのバーサーカーが真っ当な善人とは正直思えなかった。
こんなイカレた化け物を幾つも保有してたり、それを扱って妖怪爺いを瀕死に
追い込んだ事、バーサーカーと言うクラスには有り得ぬ知性の深さ。
何もかもが、変だ。バーサーカーと言う存在ゆえに狂ってると言う言葉で
納得できる域を超えている。
そんな疑問に、チャンはフッと軽く笑みの形に口を歪めて言い返す。
「まぁ、外の人間にはわからねぇだろうし無理ねぇ。
……同じ穴の狢だからな、管理人は。あと、俺は別に崇拝なんて大層なもんを
抱いてるわけじゃねぇよ。ただ、他の奴等よりは少し信用してるだけだ」
「あぁ? 同じ、狢って……ありゃあ、お前らの上司なんだろ?
いかにもエリートコースを突き進んで、学歴で管理職に就いたって感じじゃねぇか。
少なくとも、調教師見たいなのを何年もしたように思えないぞ」
あの華奢な女が、直接蜘蛛の世話やら鳥に頭を刺し傷だらけになりながら耐え忍び
働いている姿は余り想像出来ない。
チャンは、その描いたであろう鶴野の想像と発言に軽く苦笑しつつ言葉を〆た。
「外のお前には、余り聞かせるのは酷な話だが。
アレでも管理人はさ、俺達が想像できないぐらい苦労したし、今もしてるんだよ」
話をはぐらかされた気がした。だが、それを詮索する時間は白衣のスーツの女
この異常な会社の責任者が雁夜達職員の居住ペースに降り立った事で終了する。
異口同音にお疲れ様ですの斉唱を聞きつつ進行する女は、苦虫を噛み潰す顔で
佇んで見つめる鶴野に、淡々と告げた。
「様子はモニターでの様子と職員の報告から知ってるが元気そうだな」
「明日は外出日だ。早朝から夕方までの時間、十分羽を伸ばすがいい。
同行する職員に対して今から名前を読み上げる……まず一人目は」
(一体全体、こいつの何処か良いんだが)
世界中、いや町中見渡せば。こう言うちょっと良いだけの容姿の女はいるし
性格に関しては、その容姿の長所すら潰すロボット見たいな冷徹な奴だ。
だが、サーヴァントになる程の偉業を成した事は目の前に存在する事が
立証している。見かけで判断出来ない事はわかっているが……。
(まっ、うだうだ考えても仕方がねぇ。とりあえず久しぶりの外を
楽しむだけさ)
気持ちを切り替える。思えば、あの何処から監視しているか不明な
蟲の視線を気にせず外に出るなんて初めての事かも知れない。
同行者はいるし、一応制限はあるものの。自由を自分の手で掴み取った
誇らしさが少々胸痒く感じる。
「――やったっ。初めての外出っ!」
「……げっ゛」
しかし、同行する相手が。初日で余り良い出会いをせず、今日も色々と
注意した口喧しい奴だと理解すると気持ちも冷めた。
「チャン、お前……代わってくれないか。なぁ?」
「諦めておけ。俺は、新しく上の部署に来る職員を指導するのに
忙しいんだよ。またの機会にな」
手助けも得られないと自覚すると、鶴野はせめて、酒を買って一人で
飲む機会が幾らか出来る事だけを天に祈った。
「きゃー! 凄いすごいっ、グングン上がっている。町が一望できる!」
「へへ……ニュークチュールスーツ似合うんじゃないの? アラン。
て言うか、私のイケイケギャルファッションを見て何か言う事ないの?
あ、脳殺されて声も出ない感じぃ~??」
「いえ、単純にどうでも良いと思っているだけです」
サーヴァントの使い魔だろうと何だろうと、女が買い物に対し活力溢れるのは
どんな時代や世界だろうと関係ないのだと思い知らされる。
大量の洋服を買うぺスカや、初めて見る冬木市のちょっとした場所に興味津々で
物心ついた子供か、田舎から上京したての御上りさんのように騒ぐ女性二人の
相手をずっと鶴野と、それに同行するcoop職員のアランは時計の短針が12を
迎える頃には、グッタリとした様子で椅子に座り込んでいた。
「はぁ ツルノ。ぺスカは暫く試着コーナーを動きません。集合時間と場所を
設けますので暫くユメカと他の場所を散策してはどうです?」
coop入社前は優秀な学院で卒業した事が誇りだと口にするアラン。自分が学校を
卒業したての頃に偶にいた学歴厨の同級生を思い起こすが、別にそこまで彼が
鼻にかけてる訳でもない。いや、あそこで働く事に学歴と言うものが意味をなさない
事を彼自身も長く苦しい生活で思い知らされてるのか。
「そうしておくよ。お前も、久しぶりの外なら少しは羽目外していいと思うぜ」
何で、こんな数日一緒に過ごしてるだけの奴を思いやった事を言えるのか。
一昔前の自分では想像出来ない。いや、単純な吊り橋効果って奴だ。同じ命懸けの
場所で同じ立場だからこそ、ちょっとした連帯感があるだけ。
鶴野の労いに、少しだけ驚いた表情を一瞬浮かべた後に。僅かに照れた笑みを向け
手を軽く振って彼はハンカチで額を拭いつつぺスカの意味ない声に相槌を打つ彼。
ある程度、好奇心を満たして職員達のお土産と称す大風呂敷を背中に背負って
周囲の人間に珍妙なものを見る視線を浴びるのにも鶴野は慣れた頃、バービカンを
口にしつつ、子供のように無邪気で小物を見るユメカに声をかける。
「エレベーターであんなにはしゃいでたけどよ。そんなに色めき立つような事か?
俺からすりゃ、あの会社のほうが凄いと思うけどな」
「もうっ、ツルノは情緒がないですね! まぁ 所変われば品変わる、ですっけ?
私たちの会社と違って、此処のエレベーターは上昇して町並みが見渡せますもん。
初めてなんですよ、あぁ言うキラキラした海や色んな建物に生い茂る広がった緑に山
全部ぜんぶ生まれて初めて見たものなんですっ!」
「……お前の産まれた時って、そう言うの無かった、のか?」
「んー……管理人には、余り外の人に触れ回すような事はしないよう言われてますけど。
ツルノは仲間ですからねっ! 特別ですよ?
私は、都市で生まれたんですけど。外の大気は濁っていたし、自由に世界中見て回る
なんて事は実質不可能だったんですよ。だから、いま私こんな風に外を見られて
本当に嬉しいんですっ。ツルノには本当に感謝してますよっ!」
天真爛漫な笑顔と謝礼が、培った濁りきった鶴野の心を打つ。その痛みにまた目を背け
真っすぐな目に、蓋をした心が飛び出さないよう僅かに目を閉じて返答する。
「……へっ、礼を言う相手は管理人なんじゃねぇのか?」
「んー、でも鶴野が来てくれなきゃ。銀行の引き落としなりで同行するのに外に
出れなかったかも知れませんし。今の管理人なら、そうじゃなくても許してくれたかも
知れませんけど……」
ピタ、と立ち止まりユメカは一点をワナワナと見開いて凝視する。
もしや聖杯戦争のサーヴァントかマスターか、蟲爺いが往来のど真ん中で出たのかと
尋常でない雰囲気にそちらへと急いで首を向け、そして大きな溜息を地面に落とす。
「お前さぁ。午前中もクレープなり沢山食ってたじゃねぇか」
それはもう見てて胸焼けする程に。
「ちょ、ちょっとちょっと。人が食い意地張ってるような言い方しないでください!
それにクレープは栄養補給であって、デザートとは違うんですよ!
あぁ……!! 期間限定チーズカスタードケーキ!? 期間限定……っ」
何て魅惑な響きなの! と。衆人環視の中、どよめく人々を風のような速度で
ケーキのメニュー表に釘付けになる彼女を辟易しつつ後を追う。
だが、途中の露天で買った真新しい財布の中身を見て。浮足立った表情の彼女は
至福の表情から一転して絶望に近い顔つきへと瞬く間に移る。その大袈裟な
一挙一動から、他の業務で忙しい職員へのせめての土産によって入店する
金銭が足りない事は一目瞭然だった。
(……仕方がねぇか。こいつには、不本意だが色々と助けはして貰ってんだし)
管理人と言う奴の指示ではあるが、適切な注意で化け物共の管理をするにあたって
経験によるものと細かいアドバイスは何度もしてくれた自分の一上司だ。
「あー……おいっ。俺もちょっとばかし。甘いもん食いたくなってきたわ。
散々動き回ったし、な。日頃のお礼も兼ねて、お礼に奢るってのはどうだ?」
関係に軋轢が生じないように、当たり障りのない提案で。
言い回しは正解だったと、振り返った彼女の顔に花が咲いた事で思い知らされた。
(しっかし、よく食う奴だよ本当こいつは。この体の何処に入っていくんだ?
いや、サーヴァントとかには全ての栄養は魔力に還元されるのか)
言った手前、バイキング形式のデザートから出来る限り小さくて糖分控えめのものを
2、3個口にした後に飲み物だけ胃を休めた鶴野は。目の前で幾つもの皿を積み上げる
暴食(デザート限定)の魔人を見つめつつ疑問に思う。
(となると、俺が疑似的にパスを繋げるとかも出来るのか?)
不意にそんな提案が浮かび上がった。間桐は聖杯戦争提案者の一人であり反則技に
対しても幾つか知識を有しており、妖怪爺いから授けられた余計な雑学もある。
そんな自分が疑似的にサーヴァントを使役する。あのバーサーカー……いや、絶対にない。
相手から望んでも絶対に有り得ない妄想だと身震いを一瞬して、リスのように頬に
ケーキを詰め込んで、もう食べないの? と言う目線を向ける奴を一瞥する。
パスを繋げる方法を、こいつと行う。こいつは、多分俺が頼んだら規則違反ですよと
目を角のようにするだろうけど真剣に頼んだら嫌と言わない気がする。
(……悪くねぇかも。いや、何を考えてんだっ!? 俺は本当に……っ)
「っ熱!!?」
「あっ、何してるんですかツルノってば。おっちょこちょいですねぇ……
お水を持ってきてあげますから、待っててください」
(誰の所為だ、誰の……っ)
冷ましてない飲料水を自分の判断で飲んだのは鶴野自身であり自己責任だが、そんな
睥睨を無頓着でケーキに意識を向ける彼女に通ずる筈ない。
(やばくなってるなぁ……俺は。段々俺も可笑しくなってるんだ)
バーサーカーに会社に放り込まれて……いや、そもそも召喚したのは雁夜の所為なのだから
元凶は雁夜。いや。そもそも妖怪爺いが、あの遠坂の娘を連れ込まなければ雁夜は
聖杯戦争なんぞに参加はしなかったのか。
誰が一番悪いと、ヘイトを募らせた所で自分の環境が変わるわけでもなく。それでいて
この異常な事態を慣れ親しんで、しかも少しだけ居心地良いと思ってしまってる
自分がいるのが、一番怖い。
独り言ちて自分の世界に閉じ込もうとする。だが、ユメカが向かった先からどよめきが
発生し、また何かあいつが余計な事をしたのかもと急いで立ち上がると共に
少しだけ出来上がった人垣に、通してくれと言いつつ傍観してる中心に入る。
「……何やってんだ、おい」
金属同士がぶつかり合う音が木霊する。向かい合うは二人の勇ましい顔をした女性
大切なる物を手中に収めるために決闘を行っている、と聞こえの良い内容にすれば
そんな感じにも出来るが、あえて言うなら醜い女同士の食べ物の奪い合いだ。
「――っ……っ! このショートケーキは…………渡せません……よぉっっ!」
カチカチ……!! ギリギリギリ……ッ!!
「…………っっ いえ……これは……私が最初に……目星を付けてましたが」
カキンッッ ギチギチギチッッ……!
「け……どっ。別に予約とかしてたわけじゃあ ふんっっ ないで……しょうにっ!」
「それ……はっ…………貴方も……同じなの……ぬぅ……!! では……ないですっ か!」
「あんた達、一旦トング除けろっ。俺も穴に入りたいほど恥ずかしいけど
他の客に迷惑かけてんぞ、おいっ」
サラサラの黒髪の美丈夫ならぬ女丈夫。ライダースーツらしきものを中に
着こんでおり、かなりの腕を携えてるように思える人物が無表情で相手をしている。
トングを構える手つきに隙はなく、その得物が刃物なら恐怖だ。
然し、そいつとユメカが小皿とトングを構え残り一つの期間限定ケーキを奪い合ってる
様からは、女性の殺伐とした感じを恐れろと言うのは鶴野には土台無理であった。
説得にもならぬ声掛けが一応通じたのか、息を切らしつつ両者は離れ向かい合う。
そして、小皿とトングを一旦置くと互いにポキポキと手の骨を合わせて鳴らした。
「此処は、やはり古今東西 過去未来と納得し合う方法で決めましょうではありませんか」
「宜しいでしょう。願ってもありません」
互いに大の甘党好き同士ゆえに、ぶつかりあった視線だけで何をすべきか理解し合った。
殴り合う気かっ!? と慌てて二人の間に制止をしようと走りかける鶴野だったか。
『――じゃーんけん ぽんっ!!』
その、互いに納得し合う勝負として火を見るより明らかな内容に軽く体をつんのめた。
そして、勝敗はと言うと……。
「うぅぅぅえぇぇっっ゛ ツ~~ル~~ノ~~っ゛……!」
泣き過ぎだろうと思う。そして、そんなのを相手している自分に対しても情けなさが
込み上げるが、現状 自分に助けを差し伸べようとする手はない。
苦笑いして見守る店員や客達は、完全に他人事でちょっとした見世物のように自分達を
見ている。勝者となった、あの女は表情は乏しいもののご満悦と言う感じで勝利の
ケーキを味わってた。時計を見る そろそろ集合時間だ。
「ほらっ、そろそろ戻らなくちゃいけねぇ時間だろうか」
「けどぉ゛ けどぉ……!」
(たくっ……本当、調子狂うぜ)
普段は、歯に衣着せぬ言い方でズバズバ指導する癖に。プライベートな時だと
こんなに普通の女になるのかと、呆れか感心なのかわからない感情が襲って来る。
「わかったよ。帰りに、どっか調べて美味い店の幾つか買うからよ」
「えっ!? 本当ですかっっ うわーー!! ツルノ 大好きですっっ!!!」
「ばっ……!!? ~~~っ いいから帰るぞ とっとと、こんな所!」
不意打ちだ。半ば強引に腕に組みついてきたのをひっぺ返し それでも手は握って
会計を済ませ飛び出すまで、生暖かい視線が体を突き刺さるのが物凄く かゆい。
完全にバカップルか何かと思われた。本当、俺の人生碌でもない事しか起こらない。
手の中に感じる、決して嫌ではない熱を意識しながら彼の中では先ほどの
ケーキバイキングでユメカと争った女性の事は完全に頭から失念していた。
(あの男。確か間桐の長男 名前は間桐 鶴野)
下らない争い、もとい真剣な勝負と本人は思っている。甘いクリームとスポンジに
舌鼓を打ちながらも、それを三分の一も咀嚼し終えた時には久宇舞弥も既に頭を
切り替えて、目の端で仲裁に入ろうとしていた男の容姿を脳内にインプットしている
データーから読み取っていた。
久宇舞弥。この聖杯戦争に参戦するマスターの一人の助手であり『殺人機械』の
部品の一つと言う在り方を持つ存在。人生の大半は戦場と言う壮絶な世界で
生まれ育った人間であり、その心模様はどちらかと言えばバーサーカーの部下にあたる
セフィラに近い存在だ。彼女の精神は普通の人間よりは機械に近い。
(確か間桐の長男は魔術回路が乏しく、家督のみ形式の上で受け取って生活していた。
次男の間桐 雁夜は出奔していたが何らかの心境の変化により帰還 聖杯戦争に参戦)
つまり、あの男は聖杯戦争参加者の近親者だ。
久宇舞弥にとって、聖杯戦争の勝利を捧げるのは只一人のみ。それ以外の邪魔となる
障壁は全て限りなく抹殺か排除すべき事だと決められている。
既に参戦が確定しているマスターの家族が居るのなら、監視や護衛が手薄の好機を
逃す手はない。食べ進み終わったケーキを嚥下しつつ出口を見る。
(……いや。いま後を追って処理するにしても人の目が多い。何より恋仲か不明だが
同伴者が居た事を考えれば別の場所に移動する。それが魔術師関連なら尾行に
気付かれる可能性や危険も高い。幾ら魔術師として能力が劣化しており価値が低い
と判断されていても間桐の実質的な当主の魔術師が細工をしてない筈がない)
リスクとリターンを考えれば、後々にリターンが産まれるかも知れないが現状では
ハイリスクを請け負う。その天秤を計ると共に久宇舞弥は決断した。
(此処は静観するのがベスト。切嗣であっても、きっとそうする)
そう考えると、彼女は目の前のフォークに刺さったホイップを口に含むと
次の至福の為に、力強い足取りでカップケーキが陳列するほうに歩いた。
『君の判断は正しいよ、舞弥。現在の間桐の当主は利用価値においても低い。
その相手とやらも、間桐の実権を握っている支配者の意向によるものだろう。
聖杯戦争の実質的な害にはならない以上、放置して構わない』
後に彼女の全てと言って良い相手から、そう評価される事により自分の判断は
間違ってない事を改めて認識する。
だが、その一方で報告を受ける遠方のドイツにいる彼女の主も多少、これから
先の計画について少しだけ考えを改めていた。
(間桐を掌握してるのは、間桐臓硯。既に家督を渡した長男に対し嫁か
何かを当てつける真意は何だ? 報告では、間桐の男子二人はどちらも
優れた魔術師でなく、聖杯戦争に参加するほうに至っては一年の急拵えの付け焼刃。
……間桐 鶴野だけのプライベートの恋愛か、若しくは首謀者の指示で
新たに子供を設ける相手として情報外の人物と交際してる可能性は有り得る。
だが、『違和感』がある。この一年、あの老人は間桐の落伍者をマスターに
仕立て上げる為に形だけの当主に意識を割いてる暇はなかった筈。
いや……意識がなかったからこそ、個人的な付き合いが出来たと見るべきか)
大した情報価値はないだろうが一応、記憶の片隅には残しておこう。
衛宮 切嗣。魔術師殺しの異名を名乗る彼にとって間桐は聖杯を奪い合う戦争において
目障りな障害の一つではあるが脅威とは見なしていない。
だが、想定している事態に無い出来事。滞りなく進行していたプログラムに小さな
バグが発生するように、舞弥の情報には何処か引っかかりを覚えたのは事実だった。
(この世界は活気に満ち溢れているな)
Lobotomy coop エージェントの一人アランは。長時間同行する女性の趣味に
付き合った披露を癒すべく、自販機から栄養ドリングを口にしながら周囲を眺める。
普通の自販機が使用出来ると言う事は何て幸せなのだろう。三頭身のエビが
何を考えてるのか分からない視線の中でエンケファリンが主成分なのか不明な
爽快感を感じるか睡眠剤入りの二者択一なウェルチアースを飲まなくていい。
自分はかつて大学院に過ごしていた。都市にある学院、試験をパスすれば
世界有数企業の翼にも入る事が可能な場所。あそこでの生活はどうだったろうか?
この和やかな人混みのように、私は誰かと共に散策したりしてただろうか?
(coop以前の記憶は、もはや殆ど思い出せない)
エージェント全員がそうだが、自分が何処の出身だったとか学院を出たとかの
もっとも個人の中で記憶に残るものは薄っすらと覚えているが、それ以外の
家族に纏わる事や、友人関係など。そう言ったものは全て抜け落ちている。
自分達は謂わば死者であり、コピーとしての存在だが。それでも、こうして
疑似的にも血が通っており、食事をすれば味覚は刺激されアブノーマリティと
対峙すれば緊張もするし恐怖も覚える。果たして、生者と死者の違いとは何だろう?
アランは、自分が学院卒業だと自負するに相応しい知性は秘めており原理主義だ。
自身が何者であったか分からない事は、肉体の一部分が欠けているような。
関節を動かすのに一つの骨が抜け落ちてるような、そんな幻痛が起きそうになる。
『君は優秀な人材だ。技術革新の追及性を伴っており、主席社員だ。
けど、忘れないで欲しい。君の完璧さを求める事は長所にもなり、苦しめる枷
にもなる事を。思い悩み、自己に没頭しかけた時は他の仲間を気にかけて欲しい』
(新しい管理人は、こう言われていたな……)
そのアドバイスに従い、頭を上げる。ああ、やはり管理人は正しかった。
社内でも、ある種一番の好色問題児社員が一人の爽やかそうな茶褐色の男に
馴れ馴れしく声をかけられデレデレしてるの見て確信する。
「へぇー、じゃあ冬木は初めてって感じかぁ。
じゃあ俺が一緒に案内してあげるよ、色々と良いところを知ってるしさぁ」
「えぇー本当? でも、ど~しよっかなー」
(目を離した瞬間に、さっそくだ)
激しい頭痛を感じつつ、目頭まできた鈍痛をグリグリと指で押し返しつつ
怒気が体中に回るのを自覚しながら、あえて革靴を強く鳴らして歩いて行く。
「なにを してるんだ、ぺスカ? もう残り10分で集合時間だが?」
「うへっ……ちょっとぉ、アラン。ねぇ、少しぐらい目を瞑ってくんなぁーい?
管理人は優しいしさ。私がちょっと夜まで練り遊んだって」
「例え管理人が許す事があっても、私が許しませんよ。この 私が」
声の一節一節に強さを込めてナンパされていたぺスカへ説教をする。
頭に花咲かせて、規則違反を軽快に超えようとした社員は。弱弱しく反論するも
Lobotomy coop社員としての自覚を思い出したか、もしくはアランの人を
殺しかねない睨みに屈したのか、済し崩し的に従う様子を見せた。
「……なぁーんだ、コブ付きか。
それじゃー面白い、おねーさぁん。また町で会って暇だったら、俺と遊んでよ」
「うん! リューノスケも、またねぇ~」
(社員としての自覚が本当に足りない)
鶴野がユメカの奔放さに辟易してた時と奇しくも同じタイミングで同じ表情を
アランは浮かべ、こんな問題児社員を口説いていた奇特な青年を横目で見送った。
豹柄の上着が特徴的、本物を使用してるなら余り良い趣味じゃないと思えた。
体を向き直し、ぺスカに2、3小言を放ちつつ無意識の内に目を端に向ける。
(……何となく、気になる目つきの男だったな)
アランも、未知の超常現象や物質に生物の相手をしてきた日数は長い。
男は、自分を見て彼氏と思った(非常に容認しがたい事実)のか直ぐに
立ち去ったので人混みに消えてしまった。何処にでもいそうな普通より
少しだけルックスは良い楽観そうな何の変哲もない若者。
なのに 自分は。
何故 あの頃の事を……。
夥しい死体が積み重なるようにして通路に倒れている。
中心には、威圧と背筋を撫でる殺意を巡らす仲間が嗤っている。
――楽しいぞ… 肉を裂くといい悲鳴が 聞けるんだぜ? アラン
■■■! 止めろっ!! 今すぐそのE.G.Oを置くんだっ
――すぐ終わるから緊張するなって アラン
肉体という監獄から 解放してやるからよ……
■■■! ■■■!! 頼む! 正気に戻ってくれっ!!
「……ラン アーランっ!!」
「――はっ?!」
自分の名前、アランを繰り返し声量を増しての声掛けに目覚める。
ぺスカが、呆れるような心配するような眼差しで自分を見てる事に気付く。
「あんた、大丈夫? 凄い脂汗だけど……何か私がいない隙に
変なものでも食って腹でも下したわけじゃないよねぇ?」
「……するわけ ないでしょう。貴方ではないんですから」
(何故、私は思い出したんだろう。拭い難い、あれ等の出来事を……)
ぺスカも、アランも幸運だったのか不運だったのか。
その自分達が幾度か経験した殺戮と破滅の記憶を掘り起こした相手。
その後邂逅を果たすのは、もっと更に月と太陽が上がり下がってからだった。
(……あーあー。結構、今日の予定してた儀式に良い感じの娘だったけど。
まぁ、こんな日もあるよなあ)
雨生 龍之介(うりゅう りゅうのすけ)は人混みの中を歩きつつ
先程勧誘に失敗した女の事を、あと一歩で掬い落した金魚のような
名残惜しさを感じつつ思い浮かべ、そして数分して忘れた。
連続失踪殺人。この冬木で行われてる血腥い事件の一つの担い手がこの男
その犯行は、ただ 死 と言うものを真近ながらに観察して理解したい
と言う欲求の為だけに、警察などの機関をこれまで欺き続けて生きて来た人間。
その破綻している人格は、魔術師の思想とも近いようで遠く、それでいて
全く異質な心模様で彼は形成されている。
(どっかにいないもんかなぁ……この俺の頭にビビッて来るような
――COOLな出会い)
冬木で数件、家出娘などを手練手管で捕獲し趣味のモチベーションを
再燃する為に実家で見つけたカルト儀式が掲載された古文書を
見様見真似でしたものの何か特別、悪魔が降り立ったとかそう言う日常から
外れた事は起きなかった。それでも普段と違う趣向はある程度面白かった。
女性の臓腑が裂かれ、苦悶と恐怖に濡れた死に顔を晒す事に関しても普通の
人間には十分非日常だが、龍之介には特に心に何か浮かぶものでもない。
今までの趣味嗜好と、カルト本のやり方で何か一番足りないか自問自答する。
(んー、やっぱり血の量が足りないんだよなぁ。血が
どっか適当な人の多い家を探して見るかぁ……)
――チクッ!!
「いってぇ?!?」
人混みを歩き、何か黒っぽいコートらしきものを着ていた相手と肩をぶつけた其の時
雨生 龍之介の肩に激痛が一瞬走った。鋭い、何か棘のようなものが自分の
体内に入り込んだような……手で服を引っ張り、痛み走った個所へ目を走らす。
「あり??」
いまの痛みの度合いは、軽く痣でも出来そうな感じの熱と衝撃だったと思えたのに
予想に反して刺し傷も何もなかった。でかい注射器でも行き成り刺されたイメージ
が一番近い。すれ違った相手が原因かと首を回すも、人混みの中へと消えたようだ。
「何だったんだ、今の」
変だなと首を傾げるも。打ち所が妙に悪かったのだろうと思い直して今度の
死の探求の為の舞台を探す事に彼の意識は完全に切り替わっていた。
その後ろ姿を、軽く口を微笑の形に歪ませ見つめる中性的な顔つきの人物が
見ているのにも全く気付かずに。
陽だまりで程よく温まったベンチに腰掛けつつ、私はコトネと会話をしている。
他愛のない学校での出来事、最近おきてるニュースについて。好きな本や
趣味に関する話題……どんなに話しても話しても飽きがこないように思える。
「それにしても物騒だよね。隣町でも、鶏だったり牛舎が
襲われたりしたんだって。凶暴な野犬でも出たんじゃないかって話」
「余りに気にしないほうがいい、とは言えないものだね。
ただ餓えた野犬が、牛を襲ったにしては人が気づくのに随分と
時間が掛かっている。人為的な可能性が高いのかも」
スラーとコトネのやりとりは、あの日以降あの時と同じベンチで下校から
彼女が門限の時間までの数時間。
たった数時間のやり取りだけど、自分達の抱く世界と違う友人との
語らいは、双方ともに新鮮でどんな反応も楽しいものだ。
「それでね……凛がまた、私が責められてた時に助けてくれて」
「そうか。だがコトネ 助けを望むとき、誰も近くに居ない状況も起こり得る。
その時は、自分で判断して動かなくちゃいけない。
遠坂 凛は、望んで君のサポートをしてるようだけど。コトネ自身が自分の
意思を明確にする事も大切だと覚えておいて」
小柄な、この世界で初めて出来た友達は。話題にする中で上位に来るのが
頼もしい学友についての話。
彼女の心に、その存在は大きく根強いものの。たまに、その存在が重圧に
思えてしまいコンプレックスの一因になりえているのも事実。
バーサーカーこと、スラーは。多くの人員を観察し 止むを得ない判断しか
残らない中で最良の選択を模索してきたからこそ。コトネの劣等感を見抜き
そして、他人にない自分の力で前を向けられるように真摯に手助けをする。
社内でも、エンケファリンを多量摂取しなければ作業出来ない程の疾患を
患う人物にメンタルケアも含め話す事はあったものの、そうなると完全に
治療の一環で、変に気遣わなければ全体に影響が出てしまう。
そんな仕事抜きで、この平和を享受する少女の悩みを手助け出来る事。
スラーの憧れていた日常の一コマが此処には存在していた。
コトネは、自分より一回り大きく立派な社会人の一人。だけど何処か放って
おけない、このお友達が対等に自分を扱ってくれる事が何よりも
嬉しかったし、第三者の意見としても的確で、自分の意見を絶対に否定
する事はなく、コトネ自身の願いや気持ちを重点に選択してくれる事が
何よりも嬉しかった。親しき仲の凛は、自分のフォローはしてくれても
こう言う風に二人三脚の意思で向かおうとする事はなかったから。
宝具と言える会社内の中から脱走したセフィラの動向。マスターこと間桐 雁夜
義娘の間桐 桜の体に残るアブノーマリティの置き土産への対処。そして、その
厄介なものを植え付け、まだ何処かの陰で虎視眈々と復讐を狙う亜種の異常存在
への対応など、目先には片を付けないといけないものが山積みだ。
認識する背負うには多すぎる問題は逆に自分を圧し潰しそうにもなる。
しかしコトネと話している間は、その重圧も薄らいでいた。
「ねぇ、スラー。仕事って、やっぱり数か月先まで忙しいの?
日本にいることって難しいのかな」
コトネにはバーサーカーは短期滞在である説明をしている。無い仕事場の居場所を
教える事など出来る筈もなく、そこをせっつかれたら困っていたが、コトネも
彼女の抱えている微妙な事情を察してか余計な事は聞く事はなかった。
「多分ね。もう少ししたら、元の場所に戻る事になると思う」
「……そっか。けど、もしもこっちでも お正月とかでも居る事が出来る
ようだったら、一緒に初詣に行こう? 柳洞寺でね、毎年 お父さんとお母さん
と一緒に行くけど。今年はスラーも一緒に行けたらいいなって思うの」
それは、無理だよ。
冷徹な思考が、そう声に出さず切り替えす。
自分は、異常な魔術儀式と呼ばれる人工的な超常現象によって産まれた存在。
一週間、長くても数週間も過ぎれば。聖杯戦争と言うものが終結すれば
跡形もなく消滅する。ソレに恐怖は無いものの、この目の前の友達との浅瀬が
二度と出来ない事だけは、喉を軽く締め付けられるようだった。
「……そうだね。私も行けたら一緒に行きたいな」
手段がない訳でない。だが、ソレは自身の存在意義に反する事だ。
例え、友達との一生に一度しか起きない大切な約束であっても許容できない意義。
コトネ!
また、鋭く彼女を呼ぶ声が聞こえた。顔を向けると、あのしなやかな体躯の
蒼い目が私たちを見ている。
「……それじゃあ、コトネ。そろそろ私は戻る事にするよ」
「うん、スラー またね」
遠坂 凛の出現を語らいの終わりにすると。凛とコトネが公園から去っていくのを
佇んで見届けた。
風が凪ぐ。パーカーの崩れを直しつつ空が茜色に差し掛かり、雲がゆっくりと
遠ざかっていくのを目を細めつつ眺めていく。
近隣の住宅街から聞こえる、何処かの家族の笑い声。手を繋いで家路に帰る
光景とすれ違いつつ、バーサーカーは一人 願う。
――この平和が 何時までも続けばいいのに
誰もがそう思う日常の情景。
それが、ツール型アブノーマリティが関与する事で崩御する恐れがある。
その事実が堪らなく許せず、胸の中に蠢くモノは何時飛び出せるかと脈動している。
自分自身の中に確固として存在する、放たれれば世界を崩壊しかねない
怨嗟の跫音と理性が鬩ぎ合う事で彼女自身もまた認知外の場所からの
視線に気づく事は無かったのだった。
「――アレは サーヴァント……?」
気配や魔力に関してはバーサーカーと同等に、三大騎士らに比べれば
余りに微小、だが濃密な魔力を秘めている。
電柱柱や木の影から、鷹の目のように鋭い視線を少なくない人が通る路上を
歩いて行く、長い黒髪の尾を決して近寄りはせずソレは見届けた。
暗殺者『アサシン』は、不用心にバーサーカーの拠点を追跡する真似はせず
襲撃をする気も、その日は終ぞなかった。
マスターから仰せつかった凛の護衛と言う立場もあったし、情報から既に
召喚されてるサーヴァントは自分を除いてバーサーカーである事は認知していた。
だからと言って、平然と少女と話して日常に溶け込む女性がバーサーカーの
本体であると言う判断を下せなかった事に落ち度はない。
(使い魔か……宝具の一種か。もしかすれば、我らと同質なのかも知れんな)
マスターに報告を行いつつ、百貌と称されるハサンは今日見かけた
サーヴァントに対して冬木市の地理を学び、マスター並び家宅の護衛
放たれる使い魔の探知を行いつつ考えと対策を自分達のみで練るのであった。
百貌のハサン
無数の魂が分割され召喚されたアサシンの英霊。
聖杯戦争七騎の召喚において、正史では一番最初に召喚されたが
この時空では雁夜が行動を早めた為に二番目に召喚されたサーヴァントである。
聖杯戦争への願いは、分裂した人格の統合のため獅子身中の虫を飼っているのは
言わずもがな。
普通に一般人の子供と対話してるバーサーカーを目撃し、サーヴァントの
マスターの使い魔か、何かしらの能力や方法で狂化してない存在を使役
していると思っている。
正史との違い2
ウェイバー・ベルベットが近隣の町で鶏小屋から三羽 鶏を捕まえていたが
不思議な事に、この時空では周辺の家畜が無差別に荒らされている。