詩仙を介し 文言の海を浚い そして筆を滑らす
けれども、諍いや 争いと称する事に滑稽さを禁じ得ない
それは刃と刃を鳴り立てても 時雨に音たてる青々とした葉
のように静かで澄み渡っていた
流れ出る血は確かに紅蓮の色を奏でていたけれど
その混ざり合った色合いは確かに暖かな濁りで染まっていた
ソレ等は 自分自身の影と闘うような途方もなく滑稽な催し
所詮 人の成す気の迷いには古の読み手すら想定せぬのかもな
館に辿り着いた時、既に日は落ちて闇が天を染め上げようとしていた。
命からがら、屋敷に辿り着きながら胸に過るもの。
百貌の内 取るに足らぬと蔑視を心中浮かべていた基底と
その腕力を群体の中で常に誇っていた無銘。その二人が散った。
元より全体がこの聖杯戦争の上で生き残れる等と夢見事を諳んじてた訳でない。
最良で半数、最悪でも十数 いや数名残れれば良い。自分達の数を正確に
数える事できず、戦争の緊張が一瞬抜けたマスターの寝首を掻ければ上々。
それまでは雌伏雄飛を貫く気でいたのだ。だが、それも破綻した。
「……狂化がされてない、バーサーカーのサーヴァントだと?
それに、召喚魔術の使い手」
息を切らし、暗殺者の帰還としては無体とも言える様子を視認した瞬間に時臣は
悪い予感がしていた。そして、それは次に正しかったと知る。
「はい、我等の中では得手もなき一人であったとはいえ代々のハサンの一人。
その一人が、瞬く間に小鳥の姿を模した魔獣によって散りました。
我等の内の剛腕の才持つ者が追撃を阻止すべくサーヴァントへ挑みましたが
戻って来るような兆しがない以上は……既に」
アサシンの統率を司る代表の報せに、彼は深く眉間に皺を寄せ髪を掻き毟らん
ばかりに片手を額で覆った。脇に控えている綺礼やアサシンの目がなければ
唸りたい程に、その心情に乱れは生じていた。
完全に予定が狂った。
本来なら、遠坂 時臣は。触媒の調達が完成すると同時にサーヴァントの召喚
そのコミュニケーションを整えると共に、百貌のハサンの利便性を活かして
報告にあった、その取るに足らぬ一人を捨て駒としてアサシン脱落の計略を
練っていたのだが、それがサーヴァントのバーサーカーによって破綻した。
既にそのサーヴァントはアサシンが多勢で構成されてる事を把握してしまった。
アドバンテージが完全にその未知なるバーサーカーに挫かれた。
「何故、バーサーカーが狂化されてないとわかった?」
「凡そ十数秒のやり取りでしたが、我等を群体と見抜くような呟き。
そして、完全に理性を伴って観察を行っておりました。
召喚される魔獣のほうは、完全に常軌を逸しておりバーサーカーの
クラスとして相応しいと思いましたが」
「バーサーカーを使役している、と言うのか。
イレギュラーなものが招かれたものだな……っ」
(いや、イレギュラーなサーヴァントだが。バーサーカーと言うクラスとして
完全に異常と言うわけでもない。要は、冠として狂戦士ではあるが
狂戦士『魔獣』を統率する担い手として呼ばれたと言う事)
「……そのサーヴァントの容姿や、特徴的なものは」
「肩ほどまではある黒い髪。容貌はアジアと西欧が混ざったかのようで……
服装は、スーツにパーカーを」
「服装は、真名の当てにはならんな。……凛の事といい 本日といい
ここまで遠坂をコケにしてくれるとは」
決して穏やかでない音色の笑いが時臣の口から零れ出る。
表面上は優雅さを未だ保持しつつも、彼の内心は常人と同じ激情も備えてる。
まだ彼が冷静ではあるのは、自身が魔術師であるという矜持があるからだ。
「綺礼、君はサーヴァントの正体が予想できるか?」
内心の波乱を紛らわすように出された問いかけに、沈黙を貫いていた神父は
軽く黙考するように俯いていた頭を上げると、少しの間の後に口開く。
「浅学の身であります故、私見ですが。そのような魔獣を自由に使役
すると言うのであれば、幻獣 伝説の怪物の産みの母では……と」
時臣は、長き修行により得た精神鍛錬を活かし。綺礼の意見を聞き終わる頃には
魔術師として仮面を完全に被り終えていた。
弟子の意見に耳を傾け、鷹揚に頷いて言葉を返す。
「確かに、君の判断は正答に近いかも知れない。だが、伝説の魔獣を使役する
存在となれば古来より多く存在する。鳥の魔獣ともなれば、古今東西の文献にて
幾らでも上げられるし、ましてやバーサーカーと言う歪な招来をするならば
本来の形から捻じ曲がっていても不思議でない」
然しながら、と顎鬚を軽く数回撫でつけて時臣は組んだ膝の位置を返しつつ
言葉を続ける。その口調には既に先ほどまで少々存在した荒れは完全に静まっていた。
「ある意味では、これは吉報と考えて良い。アサシンの言葉通りならば魔獣さえ
気を付ければ、そのサーヴァント自体の防御はマスターの魔術援護があったとしても
お粗末なものだと考えて良い。アサシン、もしもう一度相交える事があれば……」
「アノ魔獣と直接対峙せず、奇襲さえ可能な状況であれば必ず勝機は我等に」
だ、そうだと満足そうに当主はその力強い返答に相槌をうった。
アサシンの情報で、重要な部分を晒されたのは痛手てはあるが、致命傷ではない。
何より、そのサーヴァント自身が自分等魔術師と同程度の防御であるのなら
自分が召喚する、まだ目にせぬものの伝説のアーチャー。大部分が未だ機能する
アサシンを扱えば、バーサーカーの打倒は造作もない。
(そうだ。大袈裟に畏れや慌てる事はない。狂暴な魔獣を使役すると言うのは
中々脅威ではあるが、本体そのものはアサシンで倒せる程に非力。
元はキャスタークラスなのを、無理に力を上げる為に捻じ込んだと見るべきか。
その代償として本体が脆弱だとするならば辻褄も合う。
私のサーヴァントの召喚が滞りなく執り行った後、まずその魔獣へとぶつけ
その隙にアサシン達の奇襲を行えば良い)
最初こそ、自作自演のアサシン脱落を考えてたが。このように潰された今
下手に他の参戦者と同盟を組まれる前にバーサーカーを落とすのが先決。
既に徒党を組んでる可能性だってある。だが、その懸念を抜きにしても
相手のマスターがアサシンの情報を言散すれば、秘匿させておく意味はない。
(一先ずは、私と綺礼の同盟だけは知られないようにしないとな。
なに、例え召喚したアーチャーとバーサーカーをぶつけた隙にアサシンが奇襲を
成したとしても、報復行為 または漁夫の利と思うのが自然だ。
まぁ、見抜かれたとすれ。その時はその時……伝説のサーヴァントの本領を
目にして後悔するのは相手側だけだ)
アサシンも、バーサーカーにしてやられた事に臍を噛んでるのは明らか。
打倒する為ならば喜んでこちらの指示に従うだろう。
考えた内容を告げれば、綺礼もアサシンの代表各も一存は無かった。
次の指針を決めて、二人が立ち去ると時臣は一息をついて安楽椅子に腰を深くする。
(まだ全てのサーヴァントが召喚する前に、こうも計画に罅が入るとは。
いや、大規模な魔術儀式と言え、戦争と言うものを若干軽視していたのは私の過失か)
(だが、怪我の功名と言えるか未だ分からないが。バーサーカーの素性がある程度
掴めた事や、戦術も絞れたのは大きい。召喚魔術にさえ気を付ければ、背後からの
奇襲を防ぐ事は至難の業だろう)
本来ならば、不意打ち 騙し討ちは時臣の流儀に反するが。二度も遠坂を虚仮にされる
所業や、教会へのマスターの来訪が無い事も踏まえてバーサーカー等の勢力に対し
温情をかける余地は無くしていた。いや、未来の計略を潰された事も含めれば実質三度。
極東の諺をもってしても、時臣の顔に三回も唾をかけられ許せる程温厚でなし。
(一先ず、この件に関しては安牌。あとは、今夜にでも執り行う召喚が滞りなく
行う事のみに集中しよう)
この時、時臣は家伝とも言える呪い(うっかり)が発動してたと言って良い。
アサシンとの交戦に対し、バーサーカーがソレを許容出来る器がどうなのかを。
そして、キャスタークラスの能力も兼ね備えているのなら。例え、サーヴァントが
遠くにいても追尾する魔獣が居る可能性を、見落としていた。
全てのアブノーマリティは、このLobotomy coopへと招集される。
現実時間としては一日を超えて、いま現在稼働される部門に一体ずつ。我々が生前に
接していた超常の存在が、以前の頃のように呼び戻される。
幾つもの想起が、釣り糸の振動のようにソレ等を収容室に置く度に思い出されていく。
マッチガールによって、全身の皮を焼け爛れた者達。老婆の脳と心を蝕む物語の奏で
赤い靴によって狂わされたオフィサー、女性職員達の凄惨な末路。
鳥達の織りなす裁き。他にも怪物達の宴を挙げれば切りがない。
多くの悪夢が、この施設では産まれた。多くの悲劇が、この施設では長く続きすぎている。
果ては未だ見えない それでも、我々は続けるしかない。
「……一体どんな奴を呼び出すんだ?」
間桐 雁夜は、冷たい外気を少しでも薄れさせようと二の腕を摩りつつ訊く。
此処は人気が殆どないビルの屋上だ。立ち入りが封鎖されている事も相まって
遠くに新都の輝かしい人工の照明が点滅するのが良く見える。
彼にとっては久しい外である。現実では二日ほどだが、体感時間としては凡そ一月超える程は
病室に閉じ込められていた。その所為で体は回復してるので文句はないが。
チラチラと、目の端で彫像のように待機している白い仮面の影に視線を向けており
この場の居づらい雰囲気に居心地の悪さを隠せずにいられない。
(まさか、アサシンを取り込むなんて事が出来るとは)
ほぼ瀕死だった自分の体を小康状態まで戻した事や、数々の怪物を収納する施設に
時間の流れを変えた空間に、何処にでも繋げられるワープ装置なエレベーター。
驚きの連続で、かつては体の半身に起きてた症状が感覚として現在進行形で雁夜を襲う。
既にこのバーサーカーが突然何をしても、ほぼ動揺する事はないだろうと思う。
「こちらに居る、大型ツールアブノーマリティからの派生によるアブノーマリティ……
アサシンと呼ばれるモノからの情報で、まだ多くの個体が生存している事が分かった。
その全体は気配遮断と呼ばれる、常人が気づかれない程度まで接近する能力は脅威。
元より……アブノーマリティの存在は何物でも存続は許されない。これより鎮圧を開始する」
「それなんだが……君の、その会社の中にアサシン達を倒せるアブノーマリティって言うのは
居るのか? 殆どが、自分勝手に暴れ出す奴ばかりなんだろう?」
この管理者と呼ばれる、理路整然とした会話を主体とするサーヴァントにバーサーカーと
言うのは気が何となく引けたし、だからと言って自分から名乗ったXと言う記号か名前か
不明な呼び方をするのも何かが違う気がした。暫定で二人称でぼかしつつ
彼女がよく扱う用語を真似して会話を意識するのが雁夜の気遣いだ。
既に白衣とスーツの姿へと戻った女性は、質問者を一瞥しつつ独り言のように呟く。
「ほぼ全てのアブノーマリティは、人々に対し悪意と危害の意思を秘めている。
それは本能的なものか、何らかの大いなる意思が気紛れで産み出したのか。
または、ある人曰く 人間の心の現身、本来の人の姿なのかは私には答えが出てこない。
それでも、いま目前にある力を行使する事で少なくとも周囲の損害を減らす結果が
出るならば、それを執行する事に躊躇いはない。
我々の蟲毒が続く限り、この冬木の住人に悪戯に被害が出てくるのは目に見えている。
短期間で、この大型ツールアブノーマリティの稼働は停止しなくてはいけない」
聖杯戦争を終結させる。その意思を固く提示する言葉に誰も反論はしないし出来ない。
彼女は、透き通った目でアサシンに目を遣った。
「幸いとは言えないが。このアサシンが存在する事により 残る他の存在を追う事は出来る。
高い確率で、このアサシン達を殲滅させる傭兵は招来出来るだろう」
「傭兵……そいつは、どんな奴なんだ?」
「F-01-57 私たちは、通称赤ずきんの傭兵と、そのアブノーマリティを呼んでいた。
会社設立時に近い頃から収容されており。その収容されてる中の一体を激しく敵視している。
ソレが消滅すれば、そいつも消えるのではないかと言うのか私の見解だ」
「まだ、今は収容されていない。だが、今日にでも来る……そう予感がするんだ」
雁夜は、遠くに視線を置いている彼女に対し告げるべき言葉が見つからない。
桜には忌避感情を抱かれ、不思議な会社には血の繋がりある兄がいるが
好悪の感情を通り越して互いに無視し合う関係。あとは赤の他人ばかりの
環境で孤立状態である彼には正体不明のサーヴァントだけが現在の交友関係だ。
アサシンが複数居る事を聞かされて今後の襲撃が予想される今は
彼女の支配下に置かれてるアブノーマリティと言うサーヴァントと同等か、それ以上の力を
宿すモノだけが頼りだが。最初の召喚時でも感じたが、その存在を容易に制御は出来ないし
専門家であっても長期間の抑制は難しいとの答えに不安は尽きない。
(けど、俺自身の力と言えば。刻印蟲が取り払われてる今となっては、簡単な魔術。
あとは精々そこらで飛んでる蠅やら蛾を数匹、使役出来るかどうかが関の山だ。
それでも、彼女は頼りになると言ってくれた。)
臓硯から、蟲を馴染ませるトレーニングと呼ばれる拷問以外で。一応暗示や一般人であれば
意識を短時間失わせる術の手解きは受けた。
昼間に、珍しく焦燥に近い様子を見受けられた彼女から。気絶した少女に対し何事もなく
家に帰ろうとして、少々居眠りをベンチでしたと言う風な暗示が出来ないかと突如
頼まれた時は驚いたものの。その子が特に後ろ暗い事のない只の子供である事や、これまでの
経緯も聞けば、魔術師としての排他的な思考も持ってない彼にNOの選択はなかった。
優しく、コトネと呼ばれる少女をベンチに座らせつつ。彼女は、依然その顔に変化はなかったが
簡潔な感謝の言葉には、真摯な音色を聞き取ったのだ。
それが、雁夜の抱えていたバーサーカーに対する不審を幾らか緩和した。
(よく分からない人だけど。人となりは決して悪くはないんだ)
死にかけていた自分も救ってくれたし、助けたいと思っていた桜ちゃんに対しても必要な保護を
受けている。経歴や、どのような出自か未だに不明だけど。何か良からぬ思惑があったとしても
自分を助ける意味はないだろう。令呪やパスの問題があったとしても、本当に思い通りに
動きたいのなら、彼女が持つ魔法染みた技術力なら自分を傀儡にする事は造作もない筈。
(俺は……出来るだけ手助けになろう。時臣との決着や、間桐の当主を滅ぼす事はしなくちゃ
いけないけど。それ以外は、出来る限り 彼女の助けに)
雁夜の静かな決意を他所に、白衣を高所に吹く風に揺らしながらじっと管理者は動かない。
暫くの時間の経過、パーカーを着こんでも手が熱を無くした頃に。少し曇りかかっていた
空からは月の光が射しこんできた。そこで、ようやく動きが見えた。
女性は、片手を水平に掲げる。そして、静かに唱える。
「Special Work/特別作業 F-01-57
Little Red Riding Hooded Mercenary (赤ずきんの傭兵)」
「――Request(依頼) Contract(契約)」
「target ――Hasan hundred face」
円形の中に、長い芋虫が丸まったようなものに筆記体なL字のマーク。そんな図に見えたと
思った瞬間、雁夜の目には英霊召喚時の時よりは出力が劣るものの強烈な発光が映る。
その光に閉じた目を再び開いた時には、人の形をした何かが立っていた。
「……赤、頭巾?」
赤い頭巾を被っている。それだけを見れば、とても有名な童話の赤ずきんだろうが。
二メートル近い長身、近代的な戦闘服と思える服装。それ等を複合すれば歴戦の長く戦場
で過ごしている兵士が、赤い頭巾を被っていると言うのが文章としては適切だ。
顔は全体的にギザギザの歯が描かれてる以外は真っ黒なマスクようなもので覆っており
素顔は拝見できないものの、ギョロッと一つだけ覗かせる肉食獣染みた黄色い眼球が
自分を映す事に雁夜は正直生きた心地がしない。
隣に鎮座しているハサン。ザイードに至っては、その殺意は高くなくとも対峙するだけで
圧する暴虐の気配に対し、無意識に傍目では分からない程に後退りしていた。
管理者は、そんな一人と一サーヴァントの様子に気を掛ける事なく淡々と告げる。
「標的は解っているな? 鎮圧しろ」
「だが、此処はcoopとは違う。通り過ぎる中で遭遇するかも知れない民間人に対して
絶対に危害を加えるな」
『……』
そのアブノーマリティは、おもむろに腰から一振りの中折れ式の鎌を掲げる。
数々の生き物を切り裂いてきたであろう、鋭い切れ味を誇る刃物が月灯りに鈍く光る。
雁夜は、その振る舞いに焦って口を開きかけるが。それより先に管理者は冷静に続ける。
「いいか、役割を忘れるな。貴様の滅ぼしたい標的は未だ現れないが
私が必ず招来するし、そして其の首を収納室の天井に吊り提げるロープは用意する」
『…………』
アブノーマリティの剣呑な空気に変化はない。だが、僅かにだけ黄色い目元が細まる。
「依頼する対象は群体。最悪 一体で構わない。
だが、相手もお前を捕捉すれば必ず必死で抗戦する。いいな? 容赦はいらん」
鎮圧。それのみをアブノーマリティに行え
管理者の命令に、それ以上言葉は必要なかった。赤ずきんの傭兵は、背を向けると
何処から取り出した水平式の銃を残る手に構えてビルの屋上を跳んだ。
その狂暴な気配が遠ざかるのと同時に、ようやく安心感を覚えた雁夜は呟く。
「……アレは、その。望む通りに行動するのかな?」
荒々しい気配と殺気を肌で感じ、人の形であっても厳密には人智の外の生き物で
ある事を知った彼の不安の言語化に対し彼女は答える。
「元々はHEクラスだった。だが、会社の形態が少々変わると共にWAWクラスへと
昇格した。私には、その原因の凡そが水と油のように決して交わらない敵対する
存在が歯車として組み込まれた事も、少なからず関係していると思える」
「F-01-57は、暴走した際は周囲の職員、アブノーマリティ関係なしに襲撃を行う。
ある一体のアブノーマリティが制御不可能の時は、上記と同様の暴走も起きる。
体力も限りなく高く、俊敏さも収容されるアブノーマリティ達の中では高い。
彼女は、尽きる事のない憎悪を一つの相手に秘めている。その相手以外の対象は
狩りであり、首切り斧を磨く以上の意味合いを持たないだろう」
制御は暗に難しい事を述べながら、だが……と注釈を入れる。
「少なくとも……あのアブノーマリティが私の知る限りの存在であるなら。依頼に
関しては絶対に遂行しようと動くはずだ。命尽きるまで、必ず」
冷たい風がビルの屋上に吹きすさぶ。空模様は星空が彩っているが、荒れる
兆候だけは、この三人が感じ取っていた。
タッ
タッ タッ タッ
タッ タッ タッタッタッタッタッタッ――!
「……っ 振り切るのは、困難か」
百貌のアサシンには、幾つもの役割がある。
人を油断させる為に、美貌を持つアサシン、病弱なアサシン、子供の姿もいれば
美丈夫な者も。その姿や形は暗殺を成功する為に様々な『顔』を持つ。
そのスキルを切磋琢磨し、死する時まで鍛え昇華したからこそ。座に至り、今へ
至る事になる。暗殺教団の頭首に成れたのは、偏にこの力の所以なのだから。
統率者としての役割を担うアサシンは。それでも、今だけは自分の在り方が
口惜しかった。何故、己はこのように脆弱な個なのかと自分が憎かった。
――――――ッ!!
地面を鳴らし、強烈な殺意が背後から迫っている。一度でも立ち止まれば絶対に
消滅すると言う予感が背中を襲う。
(アレ……はっ。バーサーカーだ!)
(小鳥の魔獣でない事は解る。だが、間違いない アレも……奴の刺客だ!!)
赤い頭巾を被る近代な戦士衣装を纏い、鎌のような獲物をもって迫る敵。
アサシンがこうして逃げれたのも、夜目に長けたアサシン、鷹の目に近い広範囲を
見るアサシン達によって危険を一早く察知する事が出来たからだ。
夜風と共に、あの赤い嵐はやって来た。影たる自分達を殲滅する為に荒れ狂う戦士を
あの女はどう言った術か遣わした。
(何人……何体っ、我等はやられた!? あと何体残っているんだっ)
被害は甚大だ。この逃走劇が起きる前の十数分前に、まだ静寂のあった状況は急変した。
教会周辺の高台のある場所で、老若男女入り乱れる黒い影は密談を行っていた。
マスター等の目のない日は必ず、いかにしてハサンとしての力を活かし 欺き
この聖杯戦争にて自分達の願いを叶う事が可能なのかを内なる者達で試行錯誤する為に。
『やはり、あのバーサーカーは先に討たねばな……』
『あぁ……私怨抜きに、あの小物はともかく。剛力の担い手であった我等を葬り去る魔獣を
飼っているのは脅威……同盟者が何やら自信を持つサーヴァントと削り合い、あわ良くば
共倒れになれば上々なのだが』
『そう上手く事も運びはすまい。令呪の扱い方にもよるが、正体も乏しい魔獣の使い手と
まだ招来もしておらぬ英霊。何が起きるかも知れぬのに、妄想を述べても絵に描いた餅よ』
『まだ残る五騎も顕現はしておらぬ……静観と、情報収集こそが最良か』
貌の中には軍事や兵法に長けた者達も居た、力こそ強くはないが この現代での戦術を
練る事にかけて、彼ら以上の存在も居ない。有事があれば、常に議論を展開するが
今回のような突発的な敵対となれば、対策も慎重になる。戦力が不明なバーサーカーを
打ち崩すとなれば、その終着点も長丁場になるのは致し方がない事だった。
議論が決着つくのは、もう少々掛かりそうだと判断した一人は席を立って小道を上る。
インディゴ色の髪を夜風に靡かせ、少し翳りのある夜空を統率を担うアサシンは見上げる。
どれ程に、時代が移り変わり馴染み深い町の景観は跡形もなくなっても夜空は不変だ。
(あの女の瞳……まるで、我等の全てを見通すかのようだった)
交錯した視線は一瞬だった。それでも、その硝子のような 百貌の中にも居ない眼光を持つ
女の目は、全てを織っているようで それでいで解けているような。見た事のない瞳だった
この空よりも、吸い込まれそうな黒を目の中に秘めている。
(長くは見たくない目だった……星を読む事に長けてる我等の一人は、凶事が今宵起きると
言っていたが、アレとの遭遇を示してたのか)
占星術を扱う貌は、今日に凶兆を見出していたが。サーヴァントとして戦事が常であると
毎日何かしら不幸が起きても可笑しくない。今日 二体の我々が消えたように
同盟者の言葉通り、確かに痛手ではない。だが、内なる自分達が世界から消失する。
その意味は、他者が推し量れない程には悔やみもあるし、怒りだってあるのだ。
あのバーサーカーと、次に相まみえる時は。必ず、この刃を届かせる。
そう、意思を静かに固め直していた時だった。自分が、我等が百貌がその在り方が
永遠に変わる事になったのは。
『……っ 北の方角! およそ3km先から恐ろしい速度で何かが来ているぞっ!』
『アレは 使い魔……なのかっ!? いやっ、只の使い魔の纏う気配ではない!!』
鷹の目、夜目が発達している2人。
名は確か黄反と遠見が遠方の偵察の最中の警報が響く。
緊張がハサン全体に走る。だが、アサシンが奇襲を受けようとしているからとって
恐慌状態には陥らない。暗殺者として、常に自分達が捕食される事態も考えてはいる。
敵対するマスターが遣わした存在であると全体は認識すると直ぐに撃退の動きに入る。
『久方振りに、この弓の腕を披露する時が来たか。心の臓を一発で射貫いてくれよう』
『まぁ待て我よ。来たるが魔獣ならば、祓うに最上は火計と昔ながらの相場よ』
風弓、業火と呼称されるハサンは。生前に幾多かの敵対する豪族、異教徒、破門された
無銘な者達に与えた武器や罠を取り出す。
統率者であるハサンは、夜目も鷹の目に値する能力も無い。だが、自分達の手早い
準備が完了間近で、まだ幾らか距離があったにも関わらず敵影は闇夜を駆け抜けて
その全貌を露わにした。速度は、恐らくは我等と同等か、劣るとしても侮れぬ。
(アレは……バーサーカーの使役する、魔獣だと言うのか)
一つだけ覗かせる黄色い眼球。鋭い針のような刃が描かれた黒いマスク。
黒子のような衣装の自分達と、少し似通った格好ながらも。その全体から発する
隠そうとしない闘気と殺気は、自分達が束になっても並べるか自信は無い。
両手に構えているのは、鎌と片手持ちの水平二連銃。だが、その鋭利と遠距離の
武器よりも恐ろしいのは、そいつが自分だけを ただ自分のみを一点に捉えている事。
背筋に悪寒が駆け巡り、息が一瞬止まり急速に口内が渇く。鐘の音が遠くから
聞こえ始めるかのような幻聴が一瞬耳を過った。
アレは……駄目 だ 絶対に、勝てない。
『直線での走行か……容易な的だ』
『他にも着火地点を埋めてたが。これは何とも 無駄になるな』
標的である事を、不思議と自然に理解している統率者を除き。迎撃の姿勢をとるハサンは
一見、無防備に突進してこようとする敵を軽んじる発言と共に行動を開始する。
弓の弦を引き離し、矢が風を切る音。地面から轟音とは行かずも、瞬間に打ち上げ花火
のような多量の火花が発生し、その赤い頭巾の刺客の胸を矢が突き刺さり火が呑み込む。
双方ともに、守備を請け負ったハサンは手応えありの感触を得たし短くそう唱えた。
統率のハサンだけは、髑髏の仮面の中で優れぬ顔色のままに火の中を見守る。
本当に? アレか、今ので倒れたのか??
不安9割、期待と言う名の願望1割の中で……その燃える火中よりも更に朱を彩る頭巾の
狂戦士は飛び出してきた。胸の矢を抜く事もなく、ただ一直線に肩や腰を未だ
火に舐められながらも、全く動じた様子なく変わらぬ動きのままに走る!
『! ……痛みを感じぬのか、怪物がっ! 心の臓が効かぬなら、頭に!』
『炎上網が効かぬなら、直伝の猛火を味合わせてくれる!』
棒立ちになっている統率のハサンに対して疾走する赤い頭巾の狂戦士に対して更に
数本の矢は頭や足に当たり、上半身全体に対しても可燃性の液体と共に火は浴びせられた。
再度の硬直は一瞬与えられた。だが、鬱陶しいとばかりに火の明かりに不気味に赤く輝く
鎌が一閃、二閃と体を大きく揺らしつつ振られる。体重を乗せた斬撃は、それだけで
体に纏った炎と矢を振り飛ばした。黄色く血走る眼球が、ただ自分を凝視している。
『馬鹿なっ 頭蓋骨を貫いた筈だろうっ?!』
『こいつ……喰らう事に、まるで慣れたかのように』
カチャ
ズドンッ
風弓、業火の活躍は、そこで途絶えた。煩わしいとばかりに傭兵が掲げた
水平式銃の散弾が骸骨の仮面を貫き、その脳天を砕いた事で。
百貌の、自分達の罠や迎撃の失敗を知るやいなや武闘派の一部が吠えた。
『剣を振れぇ! 密着すれば、銃は意味を成さぬ! 斬れ! 斬れぇぇぇぇええ!!!』
剣鬼、長刃を初めとした刃物の扱いに優れたハサン達が近接戦闘に移る。二体のハサンが
更に消滅した事で、その赤き鬼神と言って良い鎌と銃を担う痛みを知らぬ戦士を
倒す事だけに全力を、命を懸けて。
『我等よ! 散開せよ! 日が昇るまで、逃げ延びよ!!』
勝機が薄い事も、最初に戦闘派のハサン二人が仕掛けた火力に対して全くソレが戦意や
殺気を薄れさせない事からハサン全体が命の危機を感じていた。
百貌は様々な能力を備えたサーヴァント、あらゆる状況に合わせて適切な顔を備える
事が出来ると言う力だが、全体が暗殺に通じても直接戦闘を得意とはしてない。
頭脳と計略で人を死に至らしめたり、異性を美貌で誘惑した隙に刺す事を拘りとする
者達にとって、異常な耐久と殺傷力を持ち合わせる戦士の相手は出来ない。
武力行使で、一時的だがバーサーカーが膠着状態な隙に高台から多くの黒い影たちは
四方八方に跳んだ。願わくば、どうか自分達のほうにアノ赤い死神が来ない事を願い。
統率のハサンも、それだけを願い他の自分達と同じく遁走する。だが、高台がようやく
目の端で幾らか小さくなったと思えた時。その殺気と闇夜に浮き上がる血の彩が
真っすぐ駆け下るのを目にし。あの時、一瞬だけ白衣のバーサーカーと対峙した時に
例え消滅するにしても、絶対に討たなければいけなかったと今更ながら後悔が襲う。
それが、現在進行形での命懸けの逃走劇に至るまでの過程。いまは必死に、どうやって
背後から迫る獰猛な戦士の刃から掻い潜るか模索する所。
幸か不幸か、全力での俊敏さでは未だこちらが上。
だが、幾らアサシンとしてのスピードが上回るとは言え。耐久力などは元より低く
このまま全力疾走を続けて、日が昇って周囲に人の目が多くなったとしても。
背後の狂戦士がその状況を理解して撤退する保証など何処にもないのだ。周囲の
人間の阿鼻叫喚すら無視し、巻き込んで自分を消そうとする行動をとる可能性も高い。
(何か……何か方法は ――!)
小路や、入り組んだ路地を走りつつ脳天に一閃の光が過る。
そして、胸元に忍ばせていた正方形の機械のボタンを押す。
我が主が、このアサシン達が遠距離では念話も出来ない事を理解した故で日中に
受け渡したもの。バーサーカーとの邂逅で、もしかすれば何か緊急の事態があるかも
知れない為に、念のためと用意された器具。
(先見の采配に敬服するっ)
「マスターっ、マスター! いまっ、我等はバーサーカーに……!」
声が届くかどうかは正直半信半疑であったサーヴァントとして、マスターには一定の
敬意を形式で払ってはいるが。内心、少々不気味と感ずると思っていた為に。
だが、意外にも短い間と共に返答が走る風切り音の中で届く。
「……あぁ、状況については報せにきた他の者から聞いている。追われていると言うなら
都合が良い。そのまま、同盟者である時臣氏の邸宅に向かえ」
(同盟者の家……そうかっ!)
「感謝する……!」
短いやり取りながら、意図は読めた。背後の殺気を避けるかのように体を捻って跳躍し
目標が決まった方角へと跳躍する。
アクロバットに宙を舞いつつ、唯一の黄色い眼球が自分を捉えてい事を再認識しながら
その搦めつく濃厚なる狂気の刃の気を無理強いに無視して一気に前進した。
(もう少し もう少しだっ!)
同盟者、遠坂 時臣の邸宅。日中に妻子が出ていくのは確認しており この夜中に
居るとすれば、その当主の彼と……若しくは。
大きな塀へと、そのまま飛び移る。だが、これまでの疲労を無視して動いたのが祟り
僅かに姿勢が崩れ、それが大きな隙となる。サーヴァントと言う特殊な体でも
連続した急激な運動は正三騎士クラスでもなければ持続は難しい。
―ザシュッ……!
「ぅあっ!」
遂に刃が、掠めた。背中に鋭い鎌の先端が走り、そのまま転げ落ちるようにして
邸宅の庭の芝へと着地する。高所から叩きつけられた体は仮初の骨と肉に
決して浅はかならぬ衝撃を加えるが、決して意識は途絶えさせない。
(死ねぬ! 只では死ねぬ! このまま、むざむざと死んでなるものかっ!)
捨て駒として死ぬのならば、現在のマスターを心中呪いつつ消滅するだろう。
悔やみや恨みは混在しつつも、それが戦争の方針ならばと無聊の慰めをするだろう。
だが、これはマスターの策や指示とは関係ない純粋な敵対するもの同士の戦い。
最後の最後に散る結末は変わらずとも、いま 今この時だけは自分が生きる為に!
次に降りかかった殺意の一撃を、背中の激痛を堪えて転がる事で避ける。大地を
農耕の鍬などより鋭い刃先が抉るのを耳にして、所持する短刀を構え体を起こす。
紅き頭巾の戦士は、その秘めたる鮮血を伴う冷気を更に膨張させ一歩前進する。
何時しか、空の曇りは払われ月光が満ちていた。月がその鎌を煌かせていた。
頭上へと多く血を吸った死に鎌が振られる。一撃でも何とか防いで見せると
力んで構えた短刀。その自分の持つ刀がちっぽけな存在に思える。
――シュパァァ!!
「――どうした我等よ 死に華を咲かすのにはまだ早くぞ」
刃は……振り下ろされなかった。予想していた光景と異なる、鋭利なシャムシェール
が赤い傭兵の鎌を受け止める姿。そして、その黒い小柄な体躯には見覚えがある。
「マク―ル……ッ!」
「統率よ 我等も居るぞ。よくぞ、ここまで辿り着いたな」
「ゴズール……ッ!!」
片腕の脇に急激な力を感じると共に、背後から野太くも聞き慣れた力強い声が未だ
長時間晒されていた死と殺意の気に少々麻痺していた体を起こさせた。
赤ずきんの傭兵の一撃を防ぎし影、百貌にて一位と並びし剣の名手、迅速のマク―ル。
更に、最初のバーサーカーとの遭遇で散った巨漢と同じ。百貌切っての剛腕
怪腕のゴズール。その二人が、満を期して遠坂邸にて紅きバーサーカーの前に立った。
鍔迫り合いとなった刃物同士を、一度同時に飛びのいて構え直し影は呟く。
「貴様を討つのは我等でないとしても」
「我等の多くを屠った罪は消えぬ。欠損の分の痛みは我等で返済せねばな」
残る百貌の武闘派は遠坂邸に集結した。この場を、弔い合戦として。
紅き死神の進撃を終わらせる為に、彼らハサン一同は鋭気を立ち昇らせ各々に構える。
対して、狙っていた獲物への初撃を。狩る事を逃した傭兵は臆する様子は微塵もなく
濁った黄色い眼球で、多くの影達を見回し、最後に空の月を睨みつけた……。
……ただずっと乾いていた。 ずっと飢えていた。
あの黒い毛皮野郎が、全てを。ただ私の全ての安寧と幸福を 安らかな終わりを破綻
させた時から、私は私でなくなり赤ずきんの傭兵と化した。
この全身、髪の毛先からの足の爪先まで傷のない部分を探すほうが難しくなる頃には
花を摘み、バスケットにケーキを入れていた時は未だ柔らかだった白い手は
もはや痛々しい赤と黒に入り乱れた皮膚に代わり、獣の牙を僅かにでも和らげる為に
倒れ伏した猟師から拝借したグローブで手の肌を隠していた。
無機質な部屋、様々な森の生き物に別の場所に存在する獣たちが檻の中に入れられてる
建物へと、私は何時しか辿り着いていた。いや、明確な目的があったから。
あの、原初の罪を己の手で気の遠くなる時間と回数を費やしてでも消滅させ、その首
を天井に吊り提げる。ただ、それ為のだけに檻へと自ら入った。
管理する奴等や、世話をする奴等に対して特別な感情は持たなかった。
私の目的は、アレのみであり。アレを今度は私が八つ裂きにする番だから。
どんな世界であれ、私がやる事は変わりない。あの獣を、この鎌で切り裂いて銃で
五臓六腑を頭蓋骨を貫く。やるべき事に変わりない。
指示を下す奴が、憶えてる限りの中では初めて狩る相手を指示した事に対しても
喜びや怒りはない。ただ、普段なら穴倉の中で声だけを響かせる奴がノコノコと目の前
にいる事は少々妙であるから、ちょっと威嚇した反応だけ見ようと思った。
だが、そいつの姿形をはっきりと認識すると。僅かにあった関心は微塵も消え去った。
アレは、『私』であり『毛皮野郎』であり、『何もない』ものだ。
傷を付ける事すら馬鹿馬鹿しい。たから高圧的な命令に対しても何も思わず
その影見たいで、数だけは多い奴等の中の一人。奴が指示を下す前に見せたインディゴ色
の髪の髑髏の仮面の影を切り裂く事ために、私は随分広い世界を跳んだ。
だが、妙な感じだ。あの影達は毛皮野郎じゃなくも随分と妙な小細工で目標を妨げる。
鋭い矢や、火も。あのビルに居た他の奴等も似通ったのを扱ってた。それは良い。
ただ、胸の奥底にチロチロと彩る火が邪魔してくる多くの影を裂くたびに勢いが
増していくのを感じた。この、庭園と思える開けた場所 そして同じく存在する影。
複数の鋭い視線が貫きながら、庭にある花が目に付く。花……花摘み。
空を見上げる……つき 月 紅 と 蒼 それが実体ある月に重なり視える。
――あぁ 苛々する。
ボォ
(――!! 何だ、あの燃え上がる炎は……っ)
統率のアサシンは、目の前で起きた変化に対し身震いを静かに起こしていた。
一斉に襲撃し、反撃の余地なく五体をバラバラにさせしめんと動こうと百貌が
足を踏み出そうとした直後の異変。僅かに、棒立ちになっていたバーサーカーの体に
紅く、朱い火と同等のオーラ―が噴出し始めたからだ。
それ以外で特に際立った外見の変化はないが……直感が告げている、危険な事を。
(同盟者のサーヴァントは、まだ動かせないのかっ?)
使えない仲間(時臣)に心の中で罵りを上げる。今の主君(綺礼)の言葉から
凡その推察は出来る。同盟者のサーヴァント、アーチャーの力を借りてこのバーサーカー
を自分達を巻き込んでても倒す。その方程式に対して異論はなかった。
我等が削られる事に対して憤りは存在するも、それよりも目前の敵は我等の命を
投げ捨てても打倒しなくてはいけない事を実感している為。
この計画の要は、同盟者のサーヴァントだ……早く、早くこの場に!
「……シッィィ!」
燃え盛るオーラ―に対して反応せぬまま、マク―ルは俊敏さを活かし突進しながら
片手曲剣を振るう。その高速剣は燕返しまでいかぬも、目に留まらぬ剣術。
空気を裂く、肉が分断され宙に舞う血飛沫。バーサーカーは動かない……。
迅速のハサンは、何一つとして動かないその異様さと不気味さに表面上は見せない
畏怖を黙殺して、剣を更に振るう。二撃、三撃 それでも倒れたりする様子はない。
動かぬの事に対し異常さは感じるも好都合。ならば、この勢いに沿って首を刎ねる!
体を捻り、遠心力を利用し棒立ちのバーサーカーの首向かって曲剣が迫る。
その刃が、首に触れるか否かの時 遂に、狂戦士は動いた。
鎌を掲げる腕が、全身がブレた。それ以外の初歩動作はマク―ルにも感知しえなかった。
気づいた時、振っていた両腕が シャムシェールは宙を舞っていた。
振り上げられた鎌が、月の下で付着した血の雫を落とす。
「これ……」
ガシュゥ……ッ!
「ほどの……力と は」
凄まじい戦闘力、ポテンシャルが違い過ぎる驚嘆の呟きを終了する前に下ろされた鎌の
叩きつけによって地面に四肢は埋められて消滅する。
それが、激戦の火蓋だった。体力を浪費した統率のハサンの視界の中で、槍や短刀
棒術、貫手など様々なハサンが立ち向かっていく。
だが、その影たちを赤き火を纏うバーサーカーは。飛んで火に居る夏の虫とでも
言うように、鎌を投げ、水平式の銃を放ち。本体に意識を殺いでいた影達の死角から
戻って来た鎌の餌食に晒され、時間と共に数を減らしていく。
(あの小鳥の魔獣も脅威だったが、この戦士も十分に脅威だ……! 傷は増えてる筈!
体力だって無尽蔵では無い! だが、それが目に見える範囲で無いように思えてくる)
この戦士は、文字通りの狂戦士だ。決して、あます事なく命尽きる果てまで其の武具を
扱い、目前の敵を滅ぼそうとする。
「ぐ……ぅう」
中庭に残るハサンは、もう残りが十本の指に入る範囲になっていた。その中でも一番の
怪力のゴズールが、オルテガハンマーと称する丸太のような腕を組み合わさり頭上から
振り下ろしたバーサーカーへの一撃は、少し蹈鞴を崩すのに成功はしたものの。
受けた戦士は、僅かに首を鳴らし体勢を直しつつ怪腕のゴズールの足の腱を鎌で
切り裂く。地面を静かに揺るがしてハサン最後の巨漢が横に倒れた。
死中に活求めるなんて殊勝でも何でも無い捨て身の攻撃を統率を除く残るハサン達が突撃するものの、それは結局赤ずきんの
鎌の一振りによって呆気なく無意味と化した。蟻と象と例えて良い程に、その狂戦士と自分達には隔絶とした差が生じていた。
全身に血と負傷が見える。それでも、決して殺意を衰えさせない。
何となく、この絶望下でようやく理解が見えて来た。このハサンの狙いは我等の中の
自分だけであり。自分一人が生贄になれば未だこれ程の犠牲を強いられる事は
なかったのではないか……と。
(いや……そのような後悔をしても、もう遅いか。……例え無駄死にと詰られようとも
ハサンの当主として義務は果たしてくれる)
戦士の一歩、一歩が遠くから聞こえる審判の鐘の音のようだ。震える手を叱咤し
愛用の子刀を握るも、その唯一の武器が何と頼りない事か。
その鎌と血まみれの腕が、手を伸ばせば顔に届くと言う間合いになった時。
……突如として、轟音と共に自分と赤ずきんを分けるように見た事ない宝剣が地面を塗った。
「――雑種めが」
ハッと、頭上を見上げる。そこには、月明りに映える黄金の姿が頂きに存在していた。
いや、月や星空の輝きすら霞みそうな神々しさが降臨している。赤ずきんと同色の
真紅の双眸が、氷よりも冷たい視線を自分とバーサーカーへと落としていた。
その濃密なる魔力と迸る威圧は、先程から受けているバーサーカーの殺気を
中和する程に力強い。
「虫けらと、血に狂う猟犬めが。誰の断りをいれ、我(オレ)の庭先を荒らしている?」
「貴様等に。この我に発言する事は許されぬ。即刻この世から ――去ね」
空中に、夥しい剣 槍 矛 戦斧 いずれも、使われた世代や国は異なるが一つ一つが
名を遺すであろう逸材である武具が、散りばめられた星のようにアーチャーの前に出現する。
その圧倒とする様子に対し、ハサン等であれば敗北の境地に動けぬ所を。ただ、紅き傭兵は
依然として自分を見つめている。それ以外に関心ないとばかりに。
バーサーカーの様子を気に入らないのはアーチャーである。先刻呼ばれ、臣下の礼を遠坂の
当主から受けて、同盟者のサーヴァントの軍勢が散る事を報告され。その討伐に応じた事
までは良い。自身は王の中の王であり、正式に聖杯を手中に収めるもの。
虫と同等である、ハサンが地べたに付している事や満身創痍なのは別にどうでも良い。
問題なのは、この我を前にして虫けら如きに執着し意識を向けない狂った狗だ!
この我より……虫けらを優先するだと?
「――消えよ」
振り下ろされる余多の宝具の制裁を最初に味わったのは、赤ずきんの傭兵だった。
数々の剣が、槍が、矛が、雨あらしとばかりに赤い頭巾の戦士を呑み込む。
勝った……っ。ようやく統率である彼女の中に安堵が産まれる。この次の展開で自分も始末されようと
それは元々の計画の一部にあった事。不満はあるものの、自分達の勝利に繋がるならばと
納得できる。ただ、このバーサーカーの打倒が出来た事だけは満足である。
その事実だけ持ち帰れるなら、座にも潔く戻れよう。
放出された宝具の威力は、槍一つで近代の小型ミサイルと錯覚するほど。砂煙が一時
バーサーカーの居た場所を隠すが、既に関心ない様子で鼻を軽く鳴らし立ち往生する
ハサンへとアーチャーは視線を寄こす。
「さて、次は」
貴様だ、虫けら。そう最終宣告をなそうとした時だった。
ズドンッ
乾いた炸裂音が、響いた。一瞬、頭に空白が生まれる このような宝具をアーチャーは
発現していたか? と聞き慣れてしまった凶悪な銃声を前に現実逃避を浮かべるも
この音は、この硝煙の匂いは。つい、今しがたまで相対していた敵が生じさせてたもの!
「バーサーカー……!」
砂煙から、のそりと姿が現れる。体は、もう既に受けた宝具によって幸運にも
当たらなかった黄色い眼球除いて全てに傷が見える。残忍なマスクは取り払われ
目を背けたくなる、肉が剥がれたような素顔が見えているし、武器の鎌は半分まで
折れていたが奇跡的にも未だ武器としての機能を保っている。
「この……我に…… 傷……を」
向けられていた銃口は、天に対し。正確には、アーチャーのいる方向に。
弾丸は、完全に消滅したと油断していたアーチャーの顔に向かって飛んだ。だが彼の
王としての素質に、君臨する力は聞こえた銃声と動体視力から。自分に向けられた
悪意を、首を傾ける事で避けたものの。バーサーカーの狂気が成せた業か、皮膚一枚を
水平式銃から生じた鉄の塊は顔面の頬を削った。
その事実が、完全に見下していた小虫と同じ存在が自分に浅くとも傷をつけた事が
許されず、彼は指に触れた血を凝視して憤怒の前に動きを止める。
バーサーカーは、リロードする音と共に銃口をアーチャーの脳天に定めて引き金を
引こうとする。ただ、自分の獲物を 狩りを邪魔するものを消す為だけに無慈悲に。
(やらせは……せんっ)
統率のハサンは、バーサーカーへと走った。黄色い目が少し驚愕したように見えるも
そんな事に気を回す余裕はない。全ての力を込めた小さな刃がバーサーカーの
心臓へと深く、深く刺さる。このバーサーカーを倒せるのは、あのアーチャーなくして
他ならない! 何としてでも、このバーサーカーの虐殺をここで止めなくてはいけない!
激痛が、更に刃を動かそうと力を手に込めようとした時に胸に走った。奇しくも
自分と同じ心臓に、欠けた鎌をバーサーカーが刺した事を吐血しながら知る。
そこで、ようやくバーサーカーから昇る赤い死神のような気配が徐々に
収まっていくのを感じたが、既に自分の生命が終わり近い事も知っていた。
(いや……これで、良い。まだ……逃げ延びた我等はいる。終わったわけでは、ない)
(務めは……終わった)
消える間際まで、全力で胸に刺さったナイフを固定する。バーサーカーは足を動かし
この場から離脱しようとするが、気配を殺し傭兵の背後へと這いずっていたゴズールの
腕がその足の脛を掴む。もう、どちらも逃げる事は出来ない。
中庭全体まで届く怒声と、頭上から差し迫る轟音と武具の波を暗に聞きつつ。
ようやく終焉を迎えた事を安堵し、統率のハサンは意識を途切れさせたのだった。
…………。
「……容姿、体格ともに。日中での交戦時のアブノーマリティの個体である確率98%
F-01-57の帰還も確認。よし、鎮圧作業はこれにて完了した。
収容された個体は、全部で43体か。期待値以上の成果ではあったな」
統率のハサンは、暗転した視界と共に次に覚醒した意識の中で見たものに愕然とした。
あの、バーサーカーの本体であろう女が、居る。
そして、自分と同じように状況に追いつけていないと思われるゴズールやマク―ル。
中庭で散っていった我等を始め、高台で殉死した風弓や業火 剣鬼に長刃といった
ハサン達も密集している。本能的に、主の我等の敵である女を討とうと行動しようと
するが、何故かそれを実行しようとすると体の動きが停止してしまう。
困惑はあれど、敵意をもって見つめるハサンへと。何やら記録していた女性は
無機質に、あの黄金の姿のアーチャー以上に何の感情もない目を向けて告げた。
「……ようこそ、Lobotomy coopへ。君達は、アブノーマリティであるがlevel4~5に
値する職員達と同等の力を持っており。普通の収容と異なる異常存在だ」
「まだ混乱しているようだが、疑問点に関しては近くにいるエージェント及び
セフィラに説明を受けてくれればと思う。注意としては、職員同士での暴力行為は
パニック抑制以外では禁止する」
更に、混乱は膨れ上がったが。一つだけ統率のハサンには理解が出来た。
自分は、終焉を迎えられると思った。後悔ない、安らかな終わりを。
だが、それはもう暫く叶わないのだろう、と。
遠坂時臣は、自室にて顔を覆っていた。
余程、あのバーサーカーの一矢の報いが気に入らなかったのが。不機嫌に
冬木の外に散策に出た自身のサーヴァントを止める余力は彼にない。何より
彼自身も一人っきりで、この散々たる状況を纏めたかった。
アーチャーと、マスターとサーヴァントとして一応の交友関係に至れたのは良い。
向けられたバーサーカーを、倒せた事に関しても最上だ。あの伝説のアーチャー
ギルガメッシュの力量は、バーサーカーを瞬殺できると言う事は解ったからだ。
だが、ハサンの群体であるアドバンテージは多くの使い魔で遠坂を見張っていた
参加者達によって暴露され、水面下の同盟者である言峰が脱落したと言う状況は
作れなくなったし。これで、遠坂は大量のハサンを使役しての周囲の諜報活動が
かなり難しくなったのだ。綺礼からは、残りの個体は約半数程度だと報告受けている。
『アサシンの宝具である妄想幻像(ザバーニーヤ)を使えば……基数を戻す事は
出来るでしょうが。より、ステータスは衰えるでしょう』
ハサンを宝具を使い数を戻すかの検討は、見送っている。ステータスを劣化させても
英霊は英霊。諜報には数いるし、高度な気配遮断は劣らないものの周囲にハサンの
特性が知られた今、その多勢さは逆に危ぶまれる。最悪、またあの戦士と同等の
バーサーカーが襲来してイタチごっこに陥る可能性すらあり得る。
「バーサーカーめっ、一日も経たずして襲撃へと移るとは」
敵対関係に至ってるとは言え、バーサーカーを使役するのは未知のバーサーカー。
七騎が揃うまで、英霊をぶつけるような低い度量の奴は居ないと軽視していたが
完全に見誤っていた。まさか、一日経たずに百貌のハサンの質量に並ぶ戦闘力の
戦士を招来させ、仕掛けてくるとは!
綺礼から心胆寒からしめる内容を受けた時は、肝をつぶしかけた。
まだアーチャーを召喚する前であったし、本当にハサンを脱落されては堪らない。
それに、瀕死の中でアーチャーへ反撃したバーサーカーの行動に関しても息が
止まりかけた程だ。半神とも言えるアーチャーを、何処ぞと知れぬ銃の魔弾
一発で即死出来るとは思っていないが。あの宝具の嵐にも一撃で耐えれる凄まじい
戦闘継続の執念は空恐ろしいものだった。
だが、これではっきりした。バーサーカーは、魔獣及び狂戦士を飼うという
メイガス(魔術師)だ。だが、小鳥に関しては様々な伝承に触れるもので想定は
幾らでも可能だが、赤い頭巾の戦士となると一体何者なのだ?
「まさかグリム童話などと言う事はないだろうし……バーサーカーの正体は一体」
赤ずきんと言えば、有名なグリム童話を連想するが。赤ずきんが一騎当千の戦士で
あった等と馬鹿げた話、まだ獲得する事のない聖杯を賭けてでも否定しよう。
「いや、童話と言う概念的なものを具現化させる事が出来る。謂わば語り手
作者といった者を召喚する事は出来るのかも知れん」
時臣は、必死に知性を振り絞り。バーサーカーの真相を解明しようとする。
そして、物語に登場するような存在が暴れ回った事から。そのサーヴァントの正体は
昔話を創作した作者なのではないか? と言う推測を打ち立てた。
だとすれば、今後も自分の想定外のバーサーカーが召喚されて状況を荒らしかねない。
未知の異物を投入出来る魔術師めいた狂戦士となると、かなり不味い。
予測を打ち立てると言う、遠坂の常に優雅たれ、備えよと言う姿勢に反する敵だ。
遠坂 時臣のバーサーカーの正体は、実際は真実に外れているが。未知なる存在を多大に
戦争に投入出来ると言う事実は正解だった。
そして、彼には。もう一つの情報と言う札を備えていた
「間桐の結界が、気づけば破れ。当主の翁は行方を晦ませ、桜も……」
使い魔によって受けられた報せ、その事実は遠坂の思考を更に闇のほうへ導く。
「まさか、あの男 雁夜…………貴様なのか」
安楽椅子の中、昏い火を伴わせ明後日の方向に視線を向ける。
闇の中で、窓辺の外で月は何も言わず天空を輝かせていた。
バーサーカー 管理者Xの計略と、幸運も重なりLobotomy coopに
いま現在約45体のハサンが劣化して収容される。
ハサン達の力は、バーサーカーの使い魔としてエージェントと
同じ程度の実力を有しており、宝具の影響ゆえか管理者をハサン達は
危害を加える事が出来なくなっている。
遠坂 時臣は、使い魔達による報せから間桐家の状態を把握。
間桐 雁夜が、バーサーカーのマスターである疑惑を高めた。