根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか? 作:みずがめ
「え? 今なんと?」
「ですから、『黑蠍』の誰一人として、魔王を倒した後からの消息がわからないのですよ」
ぽかーん、と。口を半開きにした間抜け顔をさらしていたことに気づいたのは、たっぷり十秒ほど経過してからだった。
じわじわと言われた事実を認識していく。そして結論が頭にポンと出た。
あ、あいつら戦いのどさくさに紛れて逃げやがったな!!
……そりゃそうか。いずれなぜ魔王が復活してしまったか気づかれてしまうだろう。ちゃんと調べればわたしやマーセル達に行きつくのは時間の問題でしかない。
だから、知られる前に逃げた。存在しない者に罪を追求できないのだから。
奴らが賢いというよりも、わたしが鈍間だったというだけの話だ。目が覚めた時に逃げ出しておくべきだった。すでに聖女様に尋問されることが決まってしまっている今、ここで逃げたら黒だと言っているようなものだ。
戦いのすぐ後に姿が見えないのなら、魔物にやられた可能性だってある。探されるだろうが、すぐに遠くまで逃げれば捕まることはないだろう。時間稼ぎができれば上出来。死亡したと思われれば儲けものといったところか。
「魔物の軍勢はかなりの規模だったらしいですし、命を落とされた可能性も覚悟していてください。まあエルさんは冒険者ですし、それは重々承知しているでしょうけども」
冒険者は最も命の軽い職業の一つだ。戦いという危険に飛び込んでいくのだから当たり前。それくらい重々承知の上でしょ? てなわけだから、死んでしまうことはリスクの上である。だからこそ冒険者になったし。
マーセル達はそれを利用した。きっとわたしの自爆は奴らを逃走させるアシストになってしまったのだろう。
「もしものことがあれば『黑蠍』の方々は残念です。ですが、生き残っている方々からは聖女様のためにも話を聞かせてもらわなければなりません。エルさんも目覚めたばかりでお疲れもあるでしょうが、ご協力のほどよろしくお願いいたします」
頭を下げてそんなことを言われてしまえば断れない。だからって本当のことを話せるわけではないのだけど。
しばらくギルド長から「当日は何をしていましたか?」とか「魔王と戦って何か気づいたことはありませんか?」などを質問されて、曖昧に返答するという作業が続いた。あまりに曖昧で、質の悪いロボットのような答え方だったかもしれない。
「では、質問はこれで以上とさせていただきます。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそ大した力になれなくてすみません」
本当に申し訳なく思う。これで最後だから勘弁してもらいたい。
「……それにしても今になって魔王が現れるとは。その事実がある以上、マグニカ王国の勇者もここへ来るのでしょうね」
ため息交じりのギルド長の言葉に、わたしの心臓が跳ねた。
マグニカ王国……勇者……。わたしが聞きたくない単語が続けられ、心のざわめきが止まらない。
「勇者様が来ることに問題でもあるんですか?」
心がざわめくが、ギルド長の不本意そうな言い方に引っ掛かりを覚えた。
「エルさんも聞いたことくらいはあるでしょう? 大国であるマグニカは、勇者の血筋を抱えているのをいいことに、他国に過度な干渉をしているのを」
わたしの出身がそのマグニカ王国だと知らないギルド長は声を潜めて教えてくれる。
「まあ、多少は……」
まあ今となっては関係ないけどね。ギルド長の雰囲気に合わせて、控えめに重々しく頷く。
「マグニカ王国には勇者の子孫だけではなく、かつて共に魔王を亡ぼした剣神と賢者を受け継ぐ者までいます。有名なマグニカ三大勢力ですね。それだけではなく魔石の採掘量も他国に比べても群を抜いています。周辺国では逆らえるわけがないんですよ」
力がある。資源もある。だから多少の無理だろうが無茶だろうが要求を通せる。英雄の肩書まであれば正当だとでもいうのだろうか。
こういう話を聞くのは初めてじゃない。国の中にいる時は気づかなかっただけで、国の外に出てからはよく聞く話だ。マグニカ王国ってわりと他国からは恨まれているんだよね。
「ですが例外もあります。それが我がスカアルス王国、聖女様がおられるこの国です」
昔、魔王を倒した四人の英雄。勇者、剣神、賢者、そして聖女である。
同格の存在相手には無茶もできないのだろう。聖女ってだけで人望ありそうだし。国一つならともかく、周辺国全部が同盟でも組んだら大変だ。ハブられでもしたら悲しいしな。
「しかし魔王が復活したとなれば、勇者が介入する理由にされてしまうでしょう。なぜ魔王の墓場など建てたのだと追求されるかもしれません」
「でも墓を建てたのは今の聖女様ではないですよね。それに今まで黙認してきたっていうのに……なのに今さら罪だと言われなきゃならないんですか」
「落ち着いてくださいエルさん。あくまで可能性の話です」
気づけばソファーから腰を上げて身を乗り出していた。咳払いしながら背もたれに体を預ける。
「つまりこういうことなんだろ? その勇者にイチャモンつけられてもいいように反論できる情報を集めておきたい。それもできるだけ早く、てことだ」
今まで黙っていたハドリーが要点をまとめる。子供だと思っていたハドリーにはまだ理解できない話だと思っていたのだろう。ギルド長がぽかーんとした顔になる。たぶんわたしも大差ない顔してるかも。
「なんだよ違ってたか?」
「い、いえ……物わかりがよくて助かります」
ギルド長は眼鏡の位置を直す。それだけで気を取り直すのだから大した人だ。
「つまり我々冒険者ギルドは聖女様のため、ひいては母国のために、なぜ魔王が復活してしまったのか。マグニカの勇者が来る前に真相を知りたいのですよ。いえ、知らなければならないのです!」
高らかに宣言するギルド長。わたしはうつむくことしかできない。
ごめん。それわたしのせいだ……。
そんなことを言えるはずがない。だけど、わたしのせいでこの国に危機が訪れている。
自首をしたって罪は軽くならないだろう。むしろ余罪を追及されそうだ。
「わたしも……何か思い出したことがあればお伝えしますね」
伝えることなんか何もないくせに、罪悪感から逃れるようにそんなことを口にしてしまう。
「ええ、よろしくお願いいたします」
ギルド長がやけにニヤニヤしているように見えてしまう。別に責められているわけでもないくせに、被害者意識ばかりが膨らんでわたしを陥れようとする人に見えてくる。重症だな。
あー……。
本日はここまで。
ギルド長との話が終わると、目覚めたばかりのわたしを心配するハドリーが「今日はここまで」とストップをかけてくれた。
これから確認しなきゃならないことがある。やるべきこともたくさんあるのに、体がだるくて仕方がない。正直、ハドリーがストップをかけてくれたのには助かった。
とりあえず今日はもう寝る。いっぱい寝てから、やらなきゃいけないことは全部明日からやろう。だから、今日だけは寝かせてほしい。
日が暮れる前にヨランダさんの家に戻り、適当な理由をつけて自室のベッドへと倒れ込んだ。疲れていたのだろう。すぐに眠ることができた。