根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?   作:みずがめ

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第94話 魔王殺しの英雄

 わたしがAランク冒険者になることは瞬く間に広まっていたようだ。まだ正式決定されたわけじゃないんですけど。

 Aランクとは、冒険者にとっては最高ランクという位置づけである。

 英雄のような功績を残した者に与えられるランクだ。サイラス達『漆黒の翼』でいうなら「ドラゴン殺し」とかね。

 で、わたしの功績はといえば。

 

「おい見ろよ。あれが復活した魔王を倒したっていう……」

「ああ、間違いない。濡れ羽色の髪に紫黒の瞳。漆黒のとんがり帽子とローブに身を包んだ女……」

「あのサイラスですら倒せなかった魔王を討伐した……『魔王殺し』のエルさんだ!」

 

 そう、わたしの肩書として残ってしまったのは『魔王殺し』であった。それだけ聞いたらまるで勇者だな。もしくは酒みたい。

 ……いくらなんでも不相応にもほどがある。

 一応あれが魔王だったかどうかの結論はまだ出ていないんじゃなかったか。魔王の墓場から出ちゃったのだから魔王なんだろうけどさ。言えないけども。

 周囲の視線が痛い。痛いというか居たたまれない。

 前はやべえ奴を見る目というか、恐れみたいなものがあったように感じていた。だけど今向けられる目は真逆の感情が込められているように見える。なんというか、みんなの目がキラキラと憧れの人でも目にしているように見える……いやいや、さすがに気のせいだろう。

 

「あ、あのっ」

 

 道端で子供とエンカウント。ハドリーよりも小さくて男の子か女の子かよくわからない年齢だ。

 そんな子に道を塞がれてしまった。わたしから目を離さず、震える唇を必死に動かす。

 

「あ、握手してくださいっ」

 

 緊張した高い声。子供ながらに真剣さは伝わってきた。

 なぜに握手? よくわからんけど周囲の視線がより一層強くなった気がする。なんだか断りづらい。

 

「いいよ」

 

 握手くらいなら別にどっちでもいいか。子供と目線を合わせるように屈む。手を差し出せば、恐る恐る小さな手に触れられる。

 その小さな手をぎゅっと握れば周りから歓声が上がった。顔には出さなかったけどびっくりした。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 感動した面持ちの子供ははきはきとお礼を言い、礼儀正しく頭を下げた。教育がしっかりしているのだろう。将来良い大人になりそうだ。

 

「お母さん! エル様が握手してくれたよー!」

 

 子供はパタパタと母親のもとへと駆け寄りながらなんか大きな声で報告している。母親であろう女性が会釈するので、わたしも会釈を返した。

 ……うん。何この反応?

 まるでわたしってば芸能人みたいじゃん。握手しただけであの喜びようって、わたしは一体何者になってしまったのだろうか。

 どういう伝わり方をしたのかは知らないが、わたしが魔王を倒したということになってしまっている。その点でいえばサイラス達の方が貢献していたはずなのに、わたしばっかりが注目されてしまっている。

 間違った評価は身を亡ぼす。他の冒険者にも正当な評価をしてくれなければ困るのはわたしだ。

 

「魔王を倒したのは黒いのに違いないだろう。俺達にも報酬がもらえるからな。評価には文句ない」

 

 冒険者ギルドに足を運ぶ。『漆黒の翼』の面々がいたので、サイラスに不当な評価に対して抗議しようと提案したのだけど、あまり不満はなさそうだった。

 

「いや、でも」

「冒険者ランクが上がるんだろ? それだけのことをやってのけたんだ。もっと名誉を誇っていい。この町の人にとってお前は英雄なんだからよ」

 

 わたしの予定では死んで英雄になるつもりだったのにな。死人に口なし。生きていなければ余計なことをしゃべったりしないし、余計なことをしたりもしない。間違った行動をとることなんてなくなるはずだった。

 生きているわたしはいつかきっとぼろを出す。それがとてつもなく怖い。この恐怖心と付き合っていかなければならないと思えば思うほど、後悔が滲み出てくる。

 そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。昼間から酒を楽しんでいるブリキッドが怪訝な顔をする。

 

「なんだよ? 嫌そうな顔しやがって」

「嫌そうなじゃなくて嫌なんだよブリキッド。なんか変に注目されてるし、落ち着かないんだよ」

「今からそんなんでどうするよ。聖女様から功績を認められればもっとすごい騒ぎになるぜ? この町だけじゃなく国中から賞賛されることになるんだからよ」

 

 たくさんの人から褒められるところを想像したのか、ブリキッドの赤ら顔がほころぶ。目立ちたがり屋にはわたしの気持ちはわかるまい。

 

「みんなが感謝している。それって黒い子ちゃんが認められたってことじゃない。私は嬉しいわ」

 

 テュルティさんは我が子が褒められたかのように嬉しそうだ。わたし、あなたの身内でもなんでもないはずなのですが。

 小さくため息をつく。冒険者ギルドに併設された酒場は今日もどんちゃん騒ぎだ。わたしのため息程度、簡単にかき消されてしまう。

 最近の冒険者はのんびりしたものだ。

 魔王がこの辺の魔物を集めたからだろう。周辺で魔物を見かけなくなったのだとか。魔物がいなければ大半の依頼はなくなってしまう。

 冒険者にとっては商売あがったりだ。と、なっていないのは報酬がたくさんもらえるから金に困らないからのようだ。魔王が相手だったのだ。その辺の依頼をいくつこなしてももらえないような額が出ているらしい。

 昼間だってのに冒険者ギルドに併設された酒場で飲んでいる連中ばかりだ。『漆黒の翼』もその面々に加わっている。

 聖女様の来訪と魔王討伐。騒ぐ理由には困らないのだろう。魔物もいないのだから気が抜けても仕方がないのか。

 サイラス達も聖女様と王都へ行くことが決まっている。わたしよりも貢献度が高いのだから当然だ。

 だから聖女様の調査が終わるまでは暇なのだとか。気楽なものである。それでいいんだろうけどね。

 もともと聖女様の来訪を歓迎するためにお祭りの準備をしていたのだ。聖女様は墓場の調査をしなければならなくなったってのに、みんなはそのままお祭り騒ぎだ。まあ聖女様がいいって許可出しているらしいからそれでいいんだろうけども。

 

「それにしても、最近マーセルを見かけないわね」

 

 テュルティさんがやれやれとばかりに息を零す。彼女の反応だと手のかかる子程度にしか思ってなさそうだ。あのマーセルだよ?

 

「あの連中、聖女様がいる間に変なことしなけりゃいいがな」

 

 ブリキッドが面倒くさそうに呟く。変なことをするどころか、この町からいなくなってるけどな。

 実は町のどこかに潜伏している可能性があると思って探してみた。アジトやハドリーを監禁していた場所。念のため地下水路にまで足を運んだ。

 結論。低い可能性が完全に消えただけだった。

 ないとは思いながらも、魔王との戦場になった場所も探した。かけらすら見つからなかった。腹立たしいが、無事に逃げたと結論付けていいだろう。

 わたしも今からでも逃げられないかな。そんなことしたら確実に指名手配されそうだ。勇者と聖女から目をつけられるとか嫌すぎる……。この地を離れるにしても、できれば穏便な形にしておきたい。

 まずは聖女様の尋問をなんとかして切り抜けるしかない。ここを誤魔化しきれば穏便に逃げられるはず……。

 ただ、心残りがあるとすれば。

 

「あの、テュルティさん」

「何かしら黒い子ちゃん?」

「迷惑なのはわかっているんですが、ハドリーに魔法を教えてやってくれませんか?」

 

 わたしのお願いに、テュルティさんは目を丸くする。

 

「どうしてかしら?」

「いえ……やっぱりハドリーにはちゃんと教えられる人に教えてもらえる方がいいかなって……。わたし教えるの下手ですし」

 

 このスカアルス王国から逃げ出す。それについては構わない。ただ一つ心残りがあるとすればハドリーのことだ。

 責任を持ってハドリーを引き取ったつもりだった。でも、わたしには荷が重いことだったのだ。

 一度使えたのだからすぐに魔法が使えるようになってくれると思っていた。自分の甘い考えに嫌になる。結局ハドリーは未だ魔法を扱えるようにはなっていない。そのせいで自分の身を守れず『黒蠍』に監禁されることになってしまったのだから。

 きっとわたしの教え方が悪いのだろう。ちゃんとした人が教えてやれば、彼の才能はすぐにでも開花するはずだ。

 魔法さえ使えるようになれば後は自分でなんとかするだろう。ハドリーからは生きる強さを感じる。手段さえあれば自分を売り込むことくらい自分でできる子だ。魔法使いは引く手あまただしね。

 

「彼には一度断られちゃったし、黒い子ちゃん以外の人からは魔法を教わりたくないって言っていたじゃない」

「そうなんですけど、そこをなんとかお願いできませんか?」

 

 深々と頭を下げる。自分勝手で申し訳ない。わたしができることって誰かの善意に頼ることしかできない。誰かの善意なんて信じられないくせに、都合のいいことばかりを求めている。

 なんという矛盾だろうか。

 

「たぶん無理だとは思うけれど」

 

 テュルティさんはため息を一つ。続きの言葉を口にする。

 

「あの子次第だけれど、あたしが見てあげてもいいわ。それだけ黒い子ちゃんが真剣に思っているんだもの。できるだけのことは協力するわ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 これでわたしがいなくなってもハドリーはなんとかなるはずだ。テュルティさんなら簡単には放り出さないだろうし。二人には悪いけど、これしか方法はない。

 

「黒い子ちゃんが彼のことをきちんと考えていることは伝わると思うわ。いいえ、伝わっているからこそ信頼されているのでしょうね」

 

 信頼? わたしには似合わない単語に表情が消えそうになった。

 むしろハドリーとの約束を破ろうとしているのだから。信頼とは真逆の裏切りだ。ひどい言い方をすれば思っていたのとは違うからと飼っているペットを誰かに押しつけるようなものだ。

 

「……」

 

 責任なんてものを自分に求めてはならない。わたしには責任を取る能力なんてないのだから。

 ごめん……。次こそは誰とも拘わらないようにする。許せとは言わない。ただ見逃してほしい。

 お祭り騒ぎの絶えない酒場から、わたしは逃げるように出て行った。わたしを追いかけるのは後悔ばかりだった。

 

 翌日。魔王の墓場の調査が終わった聖女様が王都へと帰ることが決まった。それを急に伝えられたわたしや『漆黒の翼』の面々は慌てて準備するはめになったのであった。

 

 

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