根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか? 作:みずがめ
黒地のワンピースに白のエプロンとヘッドドレス。どこぞで見たことのあるメイド服である。
これを着ればあなたも今日からメイド☆ ……みたいなセットを着ているわたし。見た目だけなら麗しい黒髪の乙女なので似合ってしまっていた。
「さて、と……。やりますか」
エル・シエル、本日もメイド業に励みます!
朝から掃除に洗濯と大忙しである。聖女様が住む城なので、そこら辺の貴族邸に比べても規模が段違いである。
まあメイド経験なんて今までなかったんだけどね。実家と比べるのもおこがましいほどの差。他の貴族邸とやらも知らないし、比べられるほどの経験がなかった。
とにかく広い! 大きい! すごい! ……と、大雑把な認識しかない。元貴族とは思えない無知っぷりだ。今さらだけどね。
「ふむ……、合格ですよエルさん。丁寧な仕事ですね」
つい今しがたわたしが掃除した部屋を眺めての先輩メイドの感想である。
窓枠に指を滑らせてホコリがあるかどうかまで調べていた。まさにどっかの創作物で見たことのある姑の如く。
そこまで入念に確認されての合格判定である。嬉しさが込み上げてくるのも致し方ないだろう。
「エルさん、表情が緩んでいますよ。人前では感情を顔に出すのは控えてくださいね」
「あ、す、すみません……」
叱られてしまった。まだまだメイドの道は険しい。
だけど、仕事を一つ一つ教えてくれる先輩メイドは厳しくも優しい。そんな彼女の名はオデッサ。以前わたしを聖女様が待つ部屋へと案内したメイドでもあった。
聖女……ルーナ様の命によりメイドとなったわたし。あれから五日が経過していた。
オデッサさんにメイド服を着せられて、すぐにメイドのなんたるかを教えられた。あの時はまさに職業訓練の鬼と思ったものである。
しかし、そのおかげでメイドとしてなんとか働いていけている。
やることは決まっている。それを忠実にこなしていく。
大変だけど、集中して取り組めば一日なんてあっという間に過ぎていった。夜は心地良い疲れとともに眠りにつく。充実した一日だ。
「ケケケ、メイドがよく似合っているじゃねえか。エルさんよ」
「マーセル……」
次の掃除場所に向かおうと廊下を歩いていた時である。あまり会いたくない人物に声をかけられてしまった。
これほど執事服が似合わない男がいただろうか。せめてもう少し身だしなみに気を遣ってくれれば印象も変わるだろうに。そのツンツン頭とかなんとかならないか?
つい先日まで『黒蠍』などという物騒な冒険者パーティーのリーダーだったマーセル。
そんな彼も仲間のほとんどを失ってしまった。気にくわない奴ではあるけれど、さすがに同情してしまう。わたしもその場にいたから余計にだ。
「皮肉のつもりだろうけどさ、お前だってルーナ様に捕まってたんだろ? むしろよく執事として雇ってもらえたもんだよ」
マーセルは明後日の方向を向いた。
この男は魔王(偽)の戦いが終わってドタバタしている間に逃亡を図ったようだ。だけど運悪く近くまで来ていた聖女様の索敵に引っ掛かったらしく、御用となったらしい。
魔王の墓場への侵入の件を簡単にゲロったせいで、わたしの存在が聖女様にばれてしまった。こいつに関しては思いっきり怒ってもいいんじゃないかって思う。
「なあマーセル」
「な、なんだよエルさんよ?」
動揺するとは珍しい。一応の後ろめたさがあるのにはびっくりだ。
「お前、あの魔王の墓場がどういう場所か知っていたのか?」
マーセルの表情がすっと消える。
人をムカつかせる笑いが得意なようだけど、嘘を隠すのは下手なのかもしれない。
複数の棺桶。金銀財宝は確かにあった。でも、綺麗な状態で眠っていた魔王……いや、偽物だから、なんだろう? あの存在が一体なんだったのかは、わたしは知らない。
とにかく、『黒蠍』のメンバーはともかくとして、マーセルの目的は金銀財宝じゃなかった。もっと別の秘密ってやつがあったんじゃないだろうか。
予想としては、魔王(偽)自体か。あの存在に近い何かであるとは思うんだけど……。
「……」
マーセルは答える気はないようだ。尖った輪郭をさらに尖らせたような空気をかもし出している。
……別にいいや。マーセル達ろくでもない連中に捕まっていたハドリーは帰ってきたのだ。彼が無事であるなら、もうこいつに関わる理由もない。
「……エルさんはよ」
この場を後にしようと一歩目を踏み出したところでのぽつりとした声。わたしは足を止めた。
「エルさんはマグニカ王国から逃亡してきた、ってことで間違いないか?」
疑問というか確認だろう。
家名までばれてしまっている。わたしの出身国も知られて当然か。
無言でいると、さらにマーセルは続ける。
「それは……魔道学校で何かあったからか?」
魔道学校……。あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった。
原因の話をすれば学校外ではあったけれど、逃亡する際に妨害してきたのはアルバート魔道学校に在籍する人達ではあったから。
……今でも覚えている。
アルベルトさんの腕を斬り飛ばしたクエミー。ディジーの胴体を穿ったトーラ先生。わたしは、あの時の衝撃を、生涯忘れることはないだろう。
生かされてしまった自分。生半可な死に方はできないだろう。
だからこそ、魔王と心中でもできれば許される死に方だと思った。まあ偽物だったみたいだけれど。
「さあね。人のこと詮索する趣味はやめた方がいいと思うよ。これ以上嫌われたら友達がいなくなる」
答える気がないとわかったのだろう。
「悪かった。手を貸してもらうのはあれだけって約束だ」
と、すんなり諦めてくれた。
過去がどうだろうと、今のわたしはメイドで、マーセルは執事である。その職をまっとうするため、わたし達は仕事へと戻った。