根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?   作:みずがめ

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第109話 大事なことは聞こえないように

 とんがり帽子にローブ。ちょっと懐かしくなってきた魔法使い衣装に身を包んだ。

 

「よし、行くか」

 

 自分に一声かけて気合を入れる。

 本日はメイド業務は休みである。今日だけじゃなく長期的なお休みをいただくことになるんだろうけれど。

 先輩メイドのオデッサさんには伝えてある。元々わたしがいなくてもオデッサさんが大半の業務を回していたのだ。わたし一人がいなくなったところで手が足りなくなるってことはないだろう。

 

「エルさん、いってらっしゃい」

「あ、はい。いってきます」

 

 普通にオデッサさんに見送られてしまった。それも自室を出てすぐのことである。

 久しぶりに一人きりでのお出かけだ。ここに来てから聖女様の護衛任務くらいしか外出する用事がなかったからなぁ。

 普通に城内を歩く。顔見知りになった兵士さんやメイドさんとすれ違う度に会釈を交わす。

 マグニカ王国からわたしを差し出せ、とか言われているはずなのにこの日常感。まあルーナ様がいろいろ手を回してくれているのだろう。

 あの人も底が知れない。マグニカ側の言い分を平気で無視できるのはルーナ様自身にそれをできるだけの力があるからなのだろう。

 

「でも、理不尽さは感じないんだよね」

 

 そこんとこが勇者側との差か。

 広い王城だ。外に出るだけでも時間がかかる。

 

「あ」

「エルさん? 今日はメイド服じゃな──」

 

 執事姿のマーセルとばったり。奴が何か言い切る前に駆け足からのドロップキックをお見舞いした。

 

「うげっ!?」

 

 クリーンヒット。マーセルは潰れたカエルのような声を上げた。

 これがBランク冒険者パーティーのリーダーだなんて嘆かわしい。

 

「エルさん!? 突然何をしやがるんだっ」

「黙れマーセル。大声を上げたら……わかっているな?」

 

 無詠唱で顔くらいの大きさの石を生成する。

 それをマーセルの目の前で高速回転させた。ギュインギュインってすごい音がしてる。これ、触れたらどうなるんだろうね?

 

「……」

 

 無言で頷くマーセル。聞き分けが良いじゃないか。

 

「よろしい。では質問だ」

 

 大体のことはゾランから聞いている。こいつに尋ねることは一つだけだ。

 

「マーセル。お前が魔王の墓場で探したかったものは、マグニカ王国を逃亡したことと関係があるのか?」

「なっ!? まさか俺の素性を……っ」

 

 高速回転する石を顔に近づけてやる。マーセルは小さく悲鳴を漏らした。聖女様に捕まってからのこいつを見てると『黒蠍』のことを忘れそうになるよ。

 別にこいつの素性に興味はない。わたしが興味を持っているのはマグニカ王国で行われている件についてだ。

 

「あ、ああ……その通りだぜ」

「わかった」

 

 魔力を霧散させてマーセルから離れる。もう尋ねることはなくなった。

 

「じゃあわたしは出かけるよ。仕事がんばってね」

 

 何事もなかったかのようにその場を立ち去る。

 

「エ、エルさん!? な、なんだったんだ……」

 

 困惑するマーセルを置いて行った。これからの戦い、お前は力不足だ。そう心の中で戦力外通告をしてみた。

 そもそもマーセルは聖女様の執事だからね。勝手に戦力に加えるわけにはいかない。同じ理由で仲間にできない人多数。結局は一人でやらなきゃならない。

 

「まっ、一人の方が楽だしね」

 

 これでも一人でBランク冒険者になった実力がある。Aランクになったのは例外にしろ、一人での戦いは慣れっこだ。

 最後にハドリーの顔でも見ておこうかとも考えたけれど、やめておいた。

 あの子はもう一人きりで放っておかれることはないだろう。ルーク様が鍛えてくれているし、テュルティさんにもお願いしておいた。他の人だってハドリーのことを気にしてくれている。

 むしろわたしと関係がある方が悪い問題に巻き込まれるかもしれない。

 

「そりゃそうだよ。巻き込むのは嫌だし……」

 

 正直な話、ハドリーに頼られて悪い気はしなかった。

 必要とされることに生き甲斐すら感じていた。自分で自分を肯定できなくても、少年に頼られることで救われていた。

 本当に離れられずにいたのは、わたしの方だった。

 

「……じゃあねハドリー」

 

 絶対に聞こえることのないように。小さく呟いた。

 少年の姿を見ることなく、わたしは城を出たのであった。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 これから、わたしは勇者に会いに行く。

 今まで逃げていた相手に自分から会いに行く。我ながら正気の沙汰じゃない。

 だけど来るのを待っているよりも、自分から迎え撃った方が意表を突ける。それでクエミーが動じるかは微妙だけど、やらないよりはマシだ。

 

「生き残りたいなぁ……」

 

 当然だけど、あいさつをして和やかにはいさようなら、というわけにはいかない。

 だからって大人しくお縄につこうという気もさらさらない。

 ならば、やることは一つである。

 

「……いた」

 

 飛行魔法で空を駆ける。

 王都へと続く街道。そこを通るいくつもの馬車があった。

 視覚を魔法で強化。遠くからでも、あの馬車がマグニカ王国のものだとはっきりわかった。

 この距離からでも感知できる。馬車の中は手練れの者ばかりだ。その数はおよそ二十名といったところか。

 しかもその中には一際強烈な輝きを放っている存在がいる。わたしを捕らえるために、勇者を含めたこの数はやり過ぎにもほどがあるんじゃないかな。

 

「えー……、聖女様が捕らえたエル・シエルでしたが」

 

 魔力を練り上げる。数十個の岩の塊がわたしの周りに生成される。

 

「厳重に拘束されていたが、天才的な魔法技術で脱獄。逃亡中、やむなく勇者一行と交戦」

 

 硬くて丈夫な岩の塊。高速回転させればその威力は何倍にも増す。

 

「その結果は……まあこれからとして。とりあえずスカアルス王国の皆様方は悪くないから。変な因縁をつけることだけはやめてよね。お願いだよ勇者様?」

 

 そして、岩の弾丸を放った。

 狙いは馬車。馬にはケガをさせないように微妙に外している。

 さすがは手練れの集団。直撃する前にこちらの攻撃に気づき、素早く馬車を降りていく。そして迎え撃った。

 

「まあ、それでも遅いか」

 

 数人ほど高速詠唱ができる魔道士がいたようだったが、あまりにも時間がなさすぎた。

 迫りくる岩の弾丸を前にして魔法を展開できたまではよかったけど、その魔法は下級レベルが関の山。簡単に突破し、次々と馬車を破壊した。

 何人かは運悪く当たってしまいダメージを受けたようだ。死者はいないけど、あれではもう戦えないだろう。

 ケガ人の手当てもあるだろうし、これでだいぶ削れたか。初撃の不意打ちの成果としては及第点ってことで。

 

「うわっ、すごい光ってる」

 

 当たり前のようにクエミーは無傷だった。彼女にだけは直撃コースで放ってたんだけどね。

 久しぶりの対面。輝く美貌は健在だ。むしろより美しくなったようにも感じる。まだ若いもんねー。同い年だけど。

 

「さあクエミー。決着をつけようか!」

 

 絶対に声が届かない上空から、わたしは勇者の末裔を相手にそう宣言してやったのだ。

 

 

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