根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか? 作:みずがめ
「ハドリーが帰ってない?」
「ああ。買い物を頼んでからそれっきり。店に行ってみたが見たって奴もいやしなかったよ」
帰っていきなりのヨランダさんからの報告に固まってしまった。
すでに夜も更けている。ヨランダさんの手伝いをしていたとしても、すでに戻っている時間だった。
何かあったのだろうか? そう疑問に思った瞬間、脳裏によぎったのは嫌な笑いをする男の顔だった。
「わたし、ハドリーを探しに行きます」
それだけをヨランダさんに告げて、わたしは走り出した。
もう店をやっているような時間ではない。酒場なんかは稼ぎ時だろうが、ハドリーが寄りつく場所ではない。
ハドリーがおつかいを頼まれる店を回ってみる。ヨランダさんの言った通り、ハドリーを見かけた人なんていやしなかった。
どこ行ったんだよ……。買い食いでもしちゃったせいで、頼まれたおつかいができなくなって途方に暮れているとか。そんなかわいげのある理由だったらこんなにも走り回ることなんてないのに。
「……まさか」
わたしには心当たりがあった。それどころか頭の中で笑い声が響き続けている。
それはもう心当たりなんてものじゃない。本当にそうだとしたら――
「……わたしのせいだ」
わたしは踵を返す。ある人物と会うために。
※ ※ ※
「マーセル! いるんだろ出てこい!!」
建物のドアを岩の弾丸でぶち抜いた。勢いのまま中に入ると複数の人影が視認できた。
ドアを壊したことへの罪悪感はない。この建物は『黒蠍』の拠点だからである。
灯りは少なく薄暗い。人数は把握できたが、どうしてもはっきりと顔までは見えなかった。その中の一人がゆらりと立ち上がる。
「ケケケ。どうしたんだエルさんよ? 随分と乱暴な訪問じゃあねえか」
二歩三歩と近づいてきたところで『黒蠍』のリーダー、マーセルなのだと視認できた。
「とぼけるなよマーセル。ハドリーはどこだ? それだけを口にすればいい」
杖を突きつけながらできるだけ低い声を出す。脅しと見てもらって構わない。そのつもりなのだから。
けれど、奴はわたしの脅しなんか意にも介さず軽い調子だ。今にも攻撃できる体勢を見せているというのに、まるで効果がなかった。
マーセル……っ。わたしを見透かしたようなその目に苛立ちを覚える。完全になめられていた。
「おいおい、夜分に失礼だと思わねえのか? いつになく乱暴だぜ。ハドリーってのは世話してるガキだろ? そんなのは俺よりもお前さんの方がよぉく知っているんじゃねえのかい」
わざとらしく「ケケケ」と笑い声を響かせる。他の連中も小さく、それでいてバカにしているように笑った。
杖の先端に魔力を集中させる。それに目ざとく気づいたマーセルは「おっと」なんて口にしながら笑みを深める。
「ガキのことは知らねえけどよ。無抵抗な俺に何かしようってんなら、そんな奴のもとにガキが帰ってくることはねえんじゃねえか」
忠告のつもりか。しかし、ハドリーが黒蠍に捕らえられているとすれば、わたし一人で助け出すのは無茶だろう。
誰も仲間なんていない。わたしがハドリーを助けるためにできることは……。マーセルの醜悪な顔を見れば理解できた。
「……どうすれば、ハドリーが帰ってくると思う?」
内心歯ぎしりが絶えなかった。きっと、マーセルはわたしとは対照的に心の中で大口を開けて笑っていただろう。
「そうだなぁ」ともったいぶるマーセル。その間にも近くにハドリーがいないかと気配を探ってみる。だが見つからない。この建物の中にはいないのかもしれない。
「エルさんはよ、魔王の墓場って知ってるか?」
魔王の墓場。この町の近くにある、立ち入りを禁止されている区域に存在していたはずだ。
「それが、どうした?」
「ここに聖女様が来る理由さ。ここの連中は誰も知らないよな? そこに何があるのかってよ。知らないまま、聖女様が来るだけで大喜びしてらあ」
昔、勇者一行は魔王を討伐した。その仲間の一人、聖女が慈悲として魔王の墓を作ったのだそうだ。
そこに何があるのかは受け継がれていく聖女と、ごく少数の人物しか知らない。
「悪いことをしたら墓場から魔王が出てきて食べちゃうぞってな。ガキにはいい脅し文句だよな。大人は立ち入り禁止ってだけで近寄らねえ。まっ、当然だがな。あそこへの不法侵入は重罪だ」
「何が、言いたいんだ?」
ニヤニヤとした、気分が悪くなる笑いだった。わたしに要求していることがわかってしまう。
「いや何。ちょっとした手伝いをしてほしいのさ。昼間にも言っただろ? 魔道士の協力がほしいってよ」
無言でいるわたしの態度に肯定の意思を勝手にくみ取ったらしい。奴は腕を広げて口を大きく開いた。
「いっしょに魔王の墓参りをしようじゃあねえか」
「そんなのお前らだけでやってればいいだろ。わたしを巻き込むなよ」
そう吐き捨てると、マーセルは頭をガリガリとかいた。
「それができればいいんだがなぁ。厄介な結界が張られているようでよ、どうやら四属性の魔法を上級まで使える奴が必要なんだ。そこまで優秀な奴なんて、俺が知る中ではお前だけなんだよ」
わたしの警戒レベルがまた一つ上がった。
これまでマーセルに対して実力の全部を見せたつもりはなかった。なのにわたしが上級レベルの魔法が使えると知っている。奴の見る目がすごいのか、それとも誰かに聞いたのか……。
とにかく、マーセルの狙いはわかった。魔王の墓場にある結界を消すためにわたしの協力が必要なのだろう。協力を断られると思ったから、交渉材料としてハドリーをさらったのだ。これが交渉だなんて笑えない。
きっと、こいつらがやろうとしているのは墓荒らしだ。何かとてつもないお宝があるとでも考えているのだろう。そんな保証はないのに。それとも、何か確証でもあるのか?
マーセル達のやろうとしていることはいけないことだ。悪いことだ。
でも、わたしなんかのせいでハドリーが危険にさらされている。それは絶対に間違っている。間違っているのなら、あってはならないことだ。
「……わかった。その結界とやらを何とかすればいいんだろ? 代わりに約束しろ。ハドリーを解放すると」
「そりゃあガキも帰ってくるんじゃねえか? お前が俺達に協力するならよ」
「約束、しろ」
ここは、これだけはかわすなんて許さない。
頑ななわたしの態度を感じ取ったのか、マーセルは笑みを消して答えた。
「……約束する。エルが協力するなら、ハドリーってガキはすぐにでも解放しよう」
わたしは約束した。これから犯罪に手を染めるのだと。
でも今さらか。すでにわたしは犯罪者の立場。違うのは、わけもわからずそういう立場になっていたことから、自らそういう人になるってことか。
やっぱり、わたしは誰かといっしょにいても上手くはやっていけないらしい。
だから今回だけ。ハドリーを無事に助けられたら、今度こそ誰と関わることなく生きていこう。それだけが自分に残された唯一の道だった。
せめてハドリーは正しい道を歩けますように。そうやって願ってばかりの自分が、嫌いだった。