担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
放課後、たまには図書室の本を借りようと、僕は図書室へと足を運んでいた。
この学校の図書室は、お世辞にも利用率が高いとは言えず、たまに誰かいたとしても、数人の生徒が奥の机で自習しているだけだ。旧校舎の奥にあり、行くのが面倒なのが理由かもしれない。
すぐに選んで帰るつもりだったけど、いざ来てみると色々と目移りしてしまい、30分ぐらい経った今でも、借りる本を決められずにいた。
「浅野君」
図書室に立ち込める静謐な空気を突き抜けて届いた声。
すぐに誰だかわかる、クールで落ち着いた声音に、僕はすぐに返事をした。
「あ、先生……」
帰りのホームルームを終えてから、すぐに職員室へと向かった先生は、当たり前だけど、さっきと変わらないスーツ姿でそこにいた。ここにはどんな用事で来たんだろう?
考えていると、カモシカのような美脚とは、こういう脚を言うんだろうな、なんて納得してしまうくらいに綺麗な脚がしなやかに動き、こちらへスタスタと接近してくる。
「どうかしたの?もしかして、他の授業で居眠りでもして居残りさせられてるの?」
「えっ、そう見えますか?」
「冗談よ」
「…………」
真顔のまま冗談を言うのは止めて欲しい……。
「でも、どうしたの?自習?」
「いえ、違いますよ。たまには図書室の本を借りようと思っただけです……でも、迷っちゃって」
「そう……」
そう言うと先生は、僕の隣に立ち、本棚をじっと見つめた。
肩と肩が触れ合うか合わないかの絶妙な距離感。大人の女性のほんのり甘い香り。
いつもならくっついてくるところだけど、今日は違うようだ。授業中はいつも通りに胸を当てられたり、手を重ねられたりしたけど……。
いや、これだと僕が先生からの接触を待ってるみたいじゃんか!全然そんなことは!いや、悪い気分じゃない……しかし、先生との接触が日常化していることに、今さらながら驚きを感じた。
「どうかしたの?」
「いえ、何でも……」
「読みたい本が決められないなら、私が選んであげるけど……」
「あ、はい。お願いします!」
現代文を担当している先生の薦める本なら、すごく面白そうなだけでなく、勉強にもなりそうだ。
先生は、スイッチが入ったかのように、本棚を俊敏な動きでぐるぐる回り、10冊の本を集めてきた。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
先生から手渡された様々な本のタイトルを見ながら、その内容について尋ねてみた。
「この小説はどんな内容なんですか?」
「頑張り屋の男の子と年上女性の恋愛小説よ」
「これは……未確認生物?」
「雑学よ」
「これは……」
「女教師と男子生徒の禁断の恋愛小説よ」
「これは……未解決事件?」
「雑学よ」
「じゃあ、こっちは……」
「普通の男子高校生と近所に住む年上のお姉さんとの恋愛小説よ」
「えっと、これは……世界の立ち入り禁止区域?」
「雑学よ」
「これは、小説ですね」
「運命の出会いを果たした男の子と女の子の恋愛小説ね。ヒロインは少し年上よ」
「そして、これが……歴史上の謎の人物」
「雑学よ」
「この小説は……」
「男の子が憧れの女性教師に告白するまでの日々を描いた恋愛小説よ」
「最後に……世界の解明されていない謎100選」
「雑学よ」
なるほど。小説で感性を養う以外にも、こういう雑学の本も読んでおいた方がいいのか。小説が恋愛物に偏っているのも、多分何らかの意味があるんだろう。そうに違いない。
僕は力強く頷き、それらの本を借りる手続きを済ませた。
……図書委員の女子が、怪しいものを見るような変な目で僕を見てた気がしたけど、一体何だったんだろう?
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「あの、先生。ありがとうございます」
「いえ、いいのよ。私もおすすめの本を生徒に教えることができてよかったわ。よかったら、感想聞かせてね」
「え?あ、はい。わかりました」
「その……感想文を書いても構わないわ」
「え!?」
「……冗談よ」
「せ、先生も冗談とか言うんですね」
「ええ、たまには」
「……あはは」
「無理に笑わなくてもいいわ」
「はい」
心なしか、先生の声音がいつもより弾んで聞こえた。
そのまま僕と先生は、他愛ない話をしながら、人気の少なくなった廊下を並んで歩いた。
カツカツと4つの音が、バラバラのリズムで、やけに大きく響いていた。