担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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試着室

 女性用の水着売り場に行くと、想像していた通りに客も店員も女性ばかりで落ち着かない。それと、やっぱり目のやり場に困る。カラフルな水着がマネキンに着せられているだけなのに、それは思春期男子の妄想をガンガンにかき立てた。

 そんな中、先生はキョロキョロと店内を見回し、水着を物色している。

 何だろう、このウキウキしているわけでもなければ、事務的というわけでもない形容しがたい雰囲気……。

 その様子を観察していると、先生はこちらを振り向いた。

 

「ねえ、君はどんなのが私に似合うと思う?」

「え?その……先生なら、何でも似合うんじゃ……」

 

 おお……こ、これは、我ながら気の利いたことを言えたんじゃないだろうか。

 少しだけいい気になって先生の方を見ると、先生は口元に指を当て、考える仕草をしてから、スタスタと向こうの棚へ歩いて行った。

 そして、何やら派手な水着を手に取り、すぐに戻ってきた。

 

「先日、君の部屋にあった本では、女の子がこういう水着を着ていたけれど……」

「…………」

 

 うわぁ……ド〇クエのあぶない水着を彷彿とさせるデザイン。ていうか着る意味あるのか、これ……じゃなくて。

 

「いやいやいや、そんなの参考にしないでください!あれは別にそういうわけじゃ……」

「そう……」

 

 先生はすぐに水着を戻し、戻ってきた。

 いや、見たくないと言ったら嘘になる。嘘になるけど……!

 やっぱり先生にはそういうのより……

 

「じゃあ、こういうのがいいのかしら?」

「こ、これは……」

 

 先生が見せてきたのは、確かブラジリアンビキニという、お尻を強調するデザインのやつだ。先生がこれを着たら、つまり……せ、せ、先生の……お……じゃなくて。

 

「これも止めておいた方が……ていうか、何で僕が露出度高い水着が好きだという前提で話が進んでいるんですか?」

「君の部屋に置いてあった本と、君のお母さんの話を照らし合わせただけよ」

「……ちなみに母さんは何て言ったんですか?」

「思春期真っ盛りのモテない男子だから、裸に近ければ何でもいいって言っていたわ」

 

 多分、この前家に来た時に話していたのだろう。母さん……後で覚えてろよ。お小遣い下げられるから、何もできないけど。

 

「君は……私にどんなのを着て欲しい?」

「え?」

「……参考にするから」

 

 とはいえ、僕の水着を選ぶセンスなんて……。

 いや、待て。さんざん水着グラビアは見てきたじゃないか!

 ……ダメだ。グラビアを参考にすると、さっき先生が見つけたような変な水着しか思いつかな……あ、これは……。

 視界の片隅に見えたシンプルな白い水着を指さし、先生を見る。さすがに自分で手に取る勇気はない。

 

「じゃ、じゃあ、これを……」

「ええ…………っ!浅野君、早く中に」

「え?な、中って?うわっ」

 

 僕は先生に強く腕を引かれ、有無を言わさず試着室へと押し込まれた。

 

 *******

 

「おかしいなぁ……この辺りに来たと思ったんだけど」

「ねえ、ついでだから水着見てこうよ♪」

「あ、うん!いいね!」 

 

 *******

 

 どうしてこうなった。

 僕は今、先生と二人で試着室に入っている。

 先生の突然の行動に対して頭の中はこんがらがって、ただ試着室の中をキョロキョロすることしかできなかった。

 

「せ、先生、あ、あの……」

「ごめんなさい。つい」

 

 つい!?何で!?

 しかし、先生は僕の動揺など何処吹く風で、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

 

「では、浅野君」

「はい……」

「ちょっと後ろを向いててくれないかしら?」

「は?」

「その……今から着替えるから、後ろを向いててくれないかしら」

「じゃ、じゃあ、やっぱり僕は出ますんで」

「今外に出てはいけないわ」

「え?何でですか?」

「…………どうしてもよ」

 

 何だろう。今の言い訳を考えたけど思いつかなかった、みたいな不自然な間は。

 

「でも……」

「後ろを向いてくれるだけでいいわ…………それに…………」

「え?」

 

 最後の方は声が小さすぎてよく聞こえなかった。

 

「とにかく、早く済ませましょう」

「は、はい……」

 

 鼓動が高まるのを感じながら、僕は慌てて先生に背を向ける。

 そして、欲望を抑えつけるように、ぎゅっと目を閉じた。

 

「じゃあ、着替えるわ」

「は、はい!」

「絶対に振り返らないでね」

「もちろんです!」

「……そう」

 

 先生が静かに返事をすると、すぐにスルスルと衣擦れに似た音が聞こえてきた。き、気にするな、僕。

 続いて、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえてきて、今度は……や、やばい、考えるな。

 

「絶対に振り返らないでね」

「はい、ぜ、絶対に見ません!!」

「…………そう」

 

 間が空いた……もしかして、疑われてる!?

 僕は拳を握り、絶対に振り向かないと心に誓った。

 

 カチッ。

 

 ……い、今の音は……も、もしかして……。

 

 スルッ。

 

 あわわわ……。

 心臓がバクンバクン鳴り、掌はじっとり汗をかいている。

 い、今、先生は……は、はだ、か……。

 

「……絶対に振り返らないでね」

 

 三度目の先生の言葉。

 ここで先生を裏切るわけにはいかない。男として!人として!

 

「はい!!ぜっっったいに見たりしません!!!」

「……………………そう」

 

 そして数分後。

 

「終わったわ」

「は、はい……」

 

 先生の言葉に頷き、ゆっくりと振り返る。

 まず、先生のこちらを窺うような表情が目に入り、そして……

 

「…………」

「どう、かしら?」

 

 僕は言葉を失っていた。

 白いビキニを身につけた先生は、その完成されたスタイルを惜しげもなく僕の目の前に晒している。

 白く細い首筋から鎖骨にかけてのライン、細身の体に対して意外なくらい豊満な胸、腰のくびれ、程良い肉付きの太股……普段は見えない部分が露わになり、先生の素の魅力が溢れている。

 水着姿の女の人は、写真で何度も見たけど、この美しさは写真から出てきたというより、二次元とか芸術作品とか、空想の作品から出てきたような美しさだと思った。

 さっきまでとは、胸の高鳴り方が違う。

 こんなの……目が離せない。

 

「あの……そこまで食い入るように見られると、さすがに恥ずかしいわ」

「あ、すいません……」

「それで、感想は?」

「……すごく……いいと思います」

「…………」

「せ、先生?」

「あ、ごめんなさい。もう一回言ってもらえるかしら?」

「え?」

「だから……もう一回、お願い」

「は、はい……すごく、いいと思います」

「……ありがとう」

「…………」

「…………」

 

 また沈黙が訪れ、店内にかかったハワイアンなBGMが小さく鳴り響いていた。

 先生は髪をくるくる指先で弄び、次の言葉を紡ぐのを戸惑っていた。その様子はいつもより幼く見え、ちょっと失礼かもしれないけど……可愛かった。

 やがて、先生は一人でこくりと頷き、いつもの調子を取り戻した。 

 

「じゃあ、着替えるから……また後ろを向いててくれる?」

「ええっ!?」

「このままでいて欲しいの?さすがにこれで出歩くのは……」

「ち、違います、けど……」

「大丈夫。すぐに済むわ。だから……」

 

 先生はいつものクールな表情のまま、少しだけ頬をほんのり紅くして、一字ずつ噛みしめるように言った。

 

「……絶対に、振り返らないでね」

「はい!ぜっっったいに見ません!誓います!!」

「…………」

 

 今度は返事はなく、着替えはさっきよりかなり早く終わった。


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