担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第22話

 久しぶりの祭りの風景は、意外と記憶の中のものと目立った変化はないように見えた。何年も前だからかもしれないけど。

 焼きそばのソースの匂いや、金魚すくいを楽しむ子供の声、スピーカーから流れるお祭りっぽいBGMに高揚感を覚えていると、隣で先生がキョロキョロしていた。

 

「……あの、出店見ていきますか?……唯さん」

「そうね。あの、綿菓子が食べたいのだけれど」

「わかりました。あ、じゃあ僕買ってきますよ」

「いえ、一緒に行きましょう」

 

 先生が手を握る力を強める。

 さっきまでのひんやりした感触は温もりに変わり、自分の手に馴染んではいたけれど、緊張することに変わりはなかった。

 前回のショッピングモールの時ほどじゃないけど、やはり先生をチラチラ見ていく人がそれなりにいるからかもしれない。

 ……いや、ここは男として、自分がしっかりしなきゃ。

 出店の前に立つと、髭面のおじさんがニッコリ笑顔を向けてきた。

 

「お、そこの兄ちゃん!どうだい?可愛い彼女の分も一緒に」

「いえ、全然そんなんじゃなくて。でも二つお願いします」

「…………」

 

 さすがに恋人なんて、僕ごときが名乗れるはずもない。

 

「…………」

 

 あれ?先生の爪が肌にぐいぐい食い込んできて痛いんだけど……。

 とりあえず綿菓子を2つ買った。

 

「綿菓子ってこういう時以外中々食べませんよね」

「そうね。そっちはどんな味か確認していいかしら?」

「え?同じやつですけど……ていうか、別の味ありましたっけ?」

「おそらく、おじさんの気まぐれで変わるわ」

 

 そんなシェフの気まぐれみたいなことあるんだろうか。

 考えていると、先生は僕の綿菓子にパクリと噛みついていた。

 

「……うん」

 

 そして、一人で納得した。本当にどこか違ったのだろうか。

 

「はい」

「?」

「君も確かめて」

 

 先生は僕に綿菓子を差し出してくる。

 えっと、多分ここは先生が囓ったところだから、僕はこっち側を……。

 僕が綿菓子に口をつけようとした瞬間、綿菓子がくるっと動いて、先生と同じ場所を囓ってしまう。

 

「ごめんなさい。汗で滑ったわ」

「…………」

 

 そ、そうですか……汗なら仕方ないよね。

 僕は間接キスをしたという事実に、顔が熱くなるのを感じながら、綿菓子の味を確かめる。

 

「どう?」

「……一緒のような……こっちの方が甘いような……」

「そう。やっぱり、おじさんの気まぐれかしら」

「さあ……どうでしょう?」

 

 それは気のせいに違いないのだろうけど。多分、緊張のせいだけど。

 でも、ほんの少し甘かった。

 

 *******

 

「おう、兄ちゃん!彼女のために何か取ってやんな!」

 

 おぉ、本当に言う人がいたのか。

 でも、やっぱり先生に申し訳ないというか……。

 

「あ、全然違うんです。でも、一回やってみます」

「…………」

 

 何故だろう、また先生の爪が手にグイグイ食い込んできて痛い……。

 僕が首を傾げていると、今度は僕の腕にしがみついてきた。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、おじさんが「照れんなよ!」というのが聞こえ、気恥ずかしさに俯いてしまう。

 先生はそれに気づいてないのか、真っ直ぐに景品の方を指さした。

 

「あれを獲ってくれないかしら?」

「どれですか?」

「あのオモチャのペアリング…………の隣のぬいぐるみ」

 

 今、先生が悩む素振りを見せたような……どれで悩んだのかな?

 まあ、ここは男として、頼まれたぬいぐるみを獲ってみせる!

 フンスと気合いを入れた僕はさっそくお金を払い、銃を構えた。チャンスは3回。

 まずは1発目。

 かすりもしなかった。とはいえ、これは弾の速度や弾道を確認する為のものだ。

 気を取り直して2発目。

 …………また外した。いや、次こそは……ニヤニヤしているおじさんに吠え面を。

 最後のチャンス、3発目。

 ああ!ぬいぐるみ……の隣のオモチャのペアリングか……。

 おじさんから「ほらよ、おめでとう!」と、赤の石と青の石がはめ込まれた、お世辞にもオシャレとは言い難いペアリングが入った箱を渡してくる。

 僕はそれを、頭を下げながら、先生に手渡した。

 

「すいません……これしか獲れませんでした」

「…………」

「ゆ、唯さん?」

「いえ、ありがとう。祐一君」

 

 先生はオモチャのペアリングが入った箱を、大事そうに胸に抱きしめる。そんなに景品ゲットしたかったのかな?

 

「あの、祐一君……」

「はい?」

「いえ、何でもないわ。そろそろ花火が始まる時間よ」

「あ、はい!」

 

 移動中、先生は時折箱を出して見つめていた。

 その横顔は、出店から漏れる灯りに、ほんのり赤く染まっていた。

 

 *******

 

 花火は定刻通りに上がり始め、誰もがその輝きに魅せられている。

 僕と先生も例外ではなく、ぱあっと真っ暗な夜空に数秒の彩りを添え、消えていく花火を見上げ、感嘆の吐息を洩らした。

 

「綺麗……」

 

 先生は独り言のようにこぼし、夜空を見上げている。

 確かに綺麗だ。

 夜空に浮かぶ花火も…………隣に立っているよくわからないことが多い僕の担任の先生も。

 その二つは、僕の胸の奥に確かに焼き付いていた。

 こちらの視線に気づいたのか、視線は夜空を見上げたまま口を開いた。

 

「しっかり見てた方がいいわよ。久しぶりなのでしょう?」

「はい……!」

 

 慌てて先生から視線を逸らす。確かに見ておかないともったいない。

 しばらく何も言葉を交わすことなく、花火の音や周りの歓声をBGMに花火鑑賞を続ける。

 しかし、一際大きな花火が上がった瞬間、頬に柔らかい何かが触れた。

 

「っ!」

 

 ばっと横を向くと、先生はさっきと同じ表情で花火を見ていた。

 あれ?でも、今…………。

 

「どうかしたの?」

 

 先生はさっきと変わらぬ姿勢のまま尋ねてくる。

 

「いえ、何でも……」

 

 僕はただ、花火に儚げに照らされた先生の横顔に見とれることしかできなかった。

 

 *******

 

 帰りも混雑に巻き込まれたものの、先生と過度な密着をすることはなかったので、必要以上にドギマギせずにすんだ。

 そして、駅から家までの道をぽつぽつ会話しながら歩く。

 

「花火って、やっぱり綺麗ですね」

「ええ。見に来れてよかったわ」

「先生、結構はしゃいでましたね」

「名前で呼びなさい。家に着くまでという約束よ」

「ゆ、唯さん……」

「よろしい」

 

 そんなやりとりをしていると、もうお互いの家の前に到着していた。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ」

「あ、えっと……僕も祭りに行くのは久しぶりだったんで……すごく楽しかったです。ありがとうございます」

 

 お礼を言うと、先生は小さな笑みを見せ、ポケットからスマホを取り出す。 

 

「浅野君」

「は、はい」

「君の連絡先、教えてもらえる?その……今日は何事もなかったけど、またこういう機会がある時に不便だから」

「え?あ、はい……」

 

 ……次もあるのかな。あんまり想像できないけど。

 互いの連絡先を登録し、適当な登録名を付けると、先生は居住まいを正し、真面目な顔で話しかけてきた。 

 

「浅野君」

「はい」

「夏休みも…………登校する?」

「え?いや、しませんけど」

「冗談よ」

「だ、だからわかりにくいですよ……」

「そう……やっぱり難しいわね」

 

 相変わらずわかりにくい冗談だった。ていうか、登校しなさいとか言われたら、本当に登校するかもしれない。

 先生は僕の様子を見て、また小さく笑った。

 

「それじゃあ、お休みなさい」

「は、はい、お休みなさい」

 

 お互いに背を向け、それぞれの家の玄関の扉を開く。

 つい振り返ると、先生もまったく同じタイミングでこちらを振り返っていた。

 

「「…………」」

 

 お互いの視線が絡み、耳が疼くような静寂が訪れる。

 胸が高鳴り、緊張するのに、目をそらせない。

 でも、このままではいられない。それが何故かはわからないけど。

 結局、僕から頭を下げ、身を翻し、その静寂は途切れた。

 

 *******

 

「キ、キスしちゃった……ほっぺただけど」

 

「連絡先交換もできちゃった……夢、じゃないよね……痛い。夢じゃない……」

 

「やっぱり、指輪……つけてもらえばよかったな」

 

 *******

 

「ねえねえ!夏休みになったら、本当にお兄ちゃんに会いに行っていいんだよね!ふふっ、楽しみだなぁ♪」


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