担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第26話

「まさか、あんなに可愛らしい従妹がいたなんて……いや、でも、歳は離れてるから……私もだったわ」

 

「……いえ、悩んでる暇はないわね。夏休みの間にできる限りアピールしておかないと」

 

 *******

 

 窓から見える空が茜色に染まる頃に、予定時刻ぴったりに呼び鈴が鳴り、先生の到着を告げた。

 玄関の扉を開くと、右手に買い物袋を持った先生が立っていた。さっきのスーツ姿ではなく、一旦家で着替えてきたみたいだ。

 

「おかえり…………あ」

「…………」

 

 あ、やばい!自宅だからつい「おかえり」とか言ってしまった!

 

「あ、ごめんなさい!ついクセで!」

 

 先生は形のいい眉を少しだけピクッとさせ、鋭い刃のような目つきで、じっと僕を見つめた。も、もしかして、また怒らせたかな?

 内心、ビクビクしていると、先生は何故かゆっくりと扉を閉める。あれ?どうしたんだろう……。

 僕が扉に手をかけようとすると、再び扉が開かれる。

 

「ただいま」

 

 その言葉は普段より幾分柔らかな声音で紡がれた。いつもの涼しげな表情もどこか明るく見えた。どうやら怒ってはいないようで、僕はほっと胸をなで下ろした。

 さらに、先生が僕に「ただいま」と言うのが、あまり現実味がなくて、加えてどこかくすぐったくて、僕は頬が緩むのを抑えられなかった。

 

「…………」

 

 先生はまだ敷居を跨ぐことなく、じーっとこちらを見ている。

 あっ、そうだった。

 

「えっと……お、おかえりなさい!」

「どうかしたの?」

「いえ、何でもありません」 

「そう。お邪魔します」

「あ、はい。どうぞ」

 

 普段のテンションに戻り、先生が淀みのない所作で靴を脱ぎ、上がってくる。

 ふと視線を感じ、目を向けると、若葉が居間から顔だけを出していた。

 

「何、この茶番……」

 

 若葉はやけに冷ややかな目を僕達に向けていた。

 

 *******

 

「そういえば、若葉さんは何か苦手な食べ物はある?」

「……ありません!若葉はもう子供じゃないですから!」

 

 対抗しようとしているのか、必死に大人ぶろうとする若葉に、先生は微笑み、若葉の長いさらさらした髪を撫でた。

 いきなり頭に手を置かれ、驚いた若葉も、先生の撫で方が気持ちいいのか、目を細め、されるがままになっている。

 

「そじゃあ、今晩は肉じゃがでいいかしら」

「う、うん……いいと思います……ていうか、子供扱いしないでください!もう!」

 

 先生は若葉の抗議を聞き流し、しばらく頭を撫でた後、エプロンを身につけ、料理の準備に取りかかった。

 ……先生って子供好きなんだな。

 

「どうかしたの?」

「いえ、何でもないです」

「そう。じゃあ…………祐一君。手伝い、お願いしていいかしら?」

「はい、わかりました」

「あっ、若葉も手伝います!」

 

 こうして、3人の夕食作りが始まった。

 

 *******

 

 若葉のお兄ちゃんは世界一。

 他の人が知らなくても若葉だけは知ってる。

 あの日からずっとそう思ってた…………なのに。

 なのに、何でこうなってるの~~~~~!!?

 

「それじゃあ、包丁の持ち方の復習をするわね」

「は、はい」

 

 包丁の持ち方の復習!?小学生の私でも包丁くらいキチンと持てるよ!それにくっつきすぎだよ!お胸がお兄ちゃんの肘に当たりまくってるよ!あとさり気なく脚でお兄ちゃんの脚を撫でてる!?

 さらに……目がキラキラしてるよ。

 そして、何がすごいって……お兄ちゃん、多分先生の気持ちにちっっっとも気づいていない!いや、若葉はそれでいいんだけど!でも、あまりに鈍感すぎて、名前のある精神疾患を疑っちゃうよ!

 

「あの、先生……っ」

 

 お兄ちゃんが呼びかけると、お姉さんは人差し指をお兄ちゃんの唇に置いた。え?そんなに責めちゃうの!?この人、本当に担任の先生なの!?

 お姉さんは無表情のまま、小さいけどよく通る声で呟いた。

 

「ルール……忘れた?」

「……す、すいませんでした!その…………唯さん」

「はい。どうしたの?」

「その……さっき、肘に……当たってました」

「何が?」

「えっと……何というか……」

「何の話かはわからないけど、気のせいよ」

「そ、そうですか」

 

 そうですか、じゃねーーーーー!!!!!

 絶対に気づいてるよね!?でも「先生が気のせいって言うなら、何か意味があるんだろうな」なんて考えてるよね!?お兄ちゃんのエッチ!そりゃ確かにお姉さんのお胸大っきいけど!!

 

「じゃあ、若葉さんはこれをお願いね」

 

 お姉さんが私に目線を合わせ、とても優しい眼差しで、とても優しく話しかけてくれる。

 ……うーん、若葉は可愛いから、優しくしてくれる人は多いけど、何でかなぁ?

 今この時は、何でこんなに優しいんだろう?って思うんだけど……。

 

「……祐一君」

「はい、何ですか?」

「夏休みは旅行には行かないの?」

「あー、今のところは……父親も冬休みにならないと、帰ってこないので……」

「そう。お忙しいのね」

「あの……先生は?」

「私は仕事があるわ」

「ですよね」

 

 2人の声が、私の頭の上を行き交う。う~ん、何だろう……何かが引っかかる。

 考えながら、私は調味料を分け終えた。

 

「できました」

「そう。えらいわね……あな……祐一君。若葉さんが調味料をしっかり分けてくれたわ」

「え?あ、はい……若葉、ありがとう」

「…………」

 

 今、あなたって言おうとしてたような…………はっ!

 若葉、気づいちゃったよ!

 この並び……さっきの言い間違い……。

 この人……若葉を利用して、お兄ちゃんの奥さんを体験してる!!若葉を自分の娘に見立ててるよ!!でも……

 

「祐一君、この並びは何かを彷彿させる気がするのだけれど……家族、みたいな」

「ああ、確かに。歳の離れた兄弟というか……」

「…………」

 

 うん。お兄ちゃんが全然気づいてない。気づきそうもないよ。

 お姉さんはぷいっとそっぽを向いて、フライパンで野菜を炒め始めた。

 ……敵ながら、ちょっと可愛いかも。

 

 

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