担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
風呂から上がり、自分の部屋に行くと、ベッドの隣に布団が3つ敷いてあった。
もちろん、そんな広い部屋でもないので、かなりぎゅうぎゅう詰めになっている。
そして、その真ん中の布団には、若葉がシャーペン片手に眠っていた。どうやら、夏休みの宿題を途中までやって力尽きたらしい。すやすやと安らかな寝息を立てる、その幼い寝顔を見ていると、普段のマセガキっぷりが嘘みたいだ。
いや、今はそれどころではなく……
「あ、あの、これはどういう……」
若葉の宿題を片づけ、シャーペンを手から外しながら尋ねると、ベッドに腰を下ろしている先生は何でもないことのように答えた。
「……布団よ」
「いや知ってますけど……え!?今さらですが、せ、先生も泊まるんですか!?」
「ええ。保護者役として」
「なるほど……」
「どうかしたの?」
「いえ、何と言いますか、その……」
「?」
「……お、同じ部屋で寝るのはさすがに……」
さっきあんな事があったばかりだし、正直言うと、まだ先生の顔を見るのも気恥ずかしい。裸を見たのは僕の方なんだけど。
……先生はあまり気にしてないのかな?……って考えてたら、また思い出しそうだ。
先生は、そんな思春期男子の心情などお構いなしに、小首を傾げる。
「君のお母さんには既に許可を得ているわ。だから大丈夫」
「…………」
母さんとは後で話し合う必要がありそうだ。
もちろん、嫌とかじゃない。むしろラッキーだ。クラスの皆が知ったら羨ましがるだろう。言う気はないし、言っても誰も信じないし、そもそも言う相手がいないけど。
僕の内心の葛藤を悟ったのか、先生はこくりと頷いた。
「安心して。若葉さんに見られたくない本は押し入れの奥に隠しておいたから」
「いつの間に!?」
全然安心できないんですけど!?
「……その……性的嗜好は人それぞれだけど、メイドばかり集めるのはどうかと思うわ。その……スーツ姿とか」
「いや、そ、その話はいいですから!」
「大きな声を出すと、この子が起きるわよ」
先生の言葉に慌てて口を塞ぐ。
「うゆ~……お兄ちゃん……お医者さんごっこしたいの?……んん」
「「…………」」
何て夢を見てるんだ、こいつは。僕ってそんなキャラに思われているのか。
考えている内に、先生はもう布団に潜り込んでいた。
そして、眼鏡を外した素の瞳を、やわらかく細め、視線を向けてくる。
「さあ、寝ましょうか」
「あ、はい……」
こうして、僕はそのまま眠りに……
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「…………ん…………君」
「…………」
やばい。
こんなの……眠れるわけない。
起き上がり、先生の方に目を向けると、艶っぽい寝息と寝言を真っ暗な部屋に響かせながら、まるで無防備な寝顔を晒していた。ちなみに、隣にいる若葉は、相変わらず気持ちよさそうに、口元をもにゅもにゅさせている。
……羊でも数えようかな?……一匹、二匹、三匹……。
一週間後、僕は思い知ることになる。
就寝時間に関しては、この日が一番平和だったという事を……。
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「はあ……やっぱり心配だなぁ。先生、どんなアプローチしてるんだろ……ま、まさか、一緒にお風呂……それはないか。あはは……はは……」
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あまりの息苦しさに、目が覚めてしまう。
暑い。
何だ、この蒸し暑さは……。いくら8月とはいえ暑すぎる。
しかも……視界が真っ暗闇に覆われていて、何も見えない。
あれ?今、僕どうなってんの?いつの間にか眠ったみたいだけど。
それに何だか顔が柔らかいもので覆われているような……なんか、凄く懐かしいような……。
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「…………ん?」
あ、あれ?朝?
……あー、多分宿題やってる途中で寝ちゃったのかなぁ?うぅ……あと少しだったのに。
あっ、そうだ!せっかくのお泊まりなんだから、お兄ちゃんを起こしてあげなきゃ!お兄ちゃんだって、きっと年下美少女からの目覚めのキスを望んで……ん?……え?ええええ~~~!!?
これ、ど、どうなってるの!?
お、お姉さんが、お兄ちゃんに……だ、抱きついてる!!
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「お姉さん、何してるの!?」
若葉の声が聞こえる。多分、朝だというのに騒々しい。いや、それより……
お姉さんって事は……も、もしかして……もしかしなくても、この感触は……。
半ば確信に近いものに突き動かされるように、体を後ろに動かそうとするけど、まったく動けない。
間違いなく僕は、頭をがっちり抱きしめられている。
つまり、今顔を覆っている柔らかいものの正体は……
「ん……祐一君…………き」
頭の上辺りから、甘ったるい声が聞こえてきた。先生はまだ眠っているのかな?なんか名前を呼ばれた気がするんだけど……。
「お姉さ~ん、起きて~!!朝から大胆に攻めないで~!!」
「…………んん……ん?」
もぞもぞと先生の手やら脚やらが動き、そろそろ起きる気配がする。
「……………………あら」
「あら」って……。
先生の体が離れ、豊満な胸から顔が解放され、甘ったるい空気に代わり、真夏の早朝の爽やかな空気が身体を満たしていく。解放感と名残惜しさに、何ともいえない気分になった。
先生は、とろんとした目つきで僕を見下ろし、何事もなかったかのように口を開いた。
「……おはよう」
「お、おはようございます……」
「もう!抜け駆けしちゃダメ!!お姉さんズルイ!」
詰め寄る若葉に、先生はそっと髪を整えながら、眼鏡をかけ、いつものキリッとした顔つきになった。
「……ごめんなさい。私、寝相が悪いのと、あと朝が弱くて……迷惑をかけたわね」
「あっ、そうなんですか?」
「そんな後付け設定、誰も信じないよ!!」
こうして、若葉の滞在2日目の朝を迎えた。