担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第29話

 風呂から上がり、自分の部屋に行くと、ベッドの隣に布団が3つ敷いてあった。

 もちろん、そんな広い部屋でもないので、かなりぎゅうぎゅう詰めになっている。

 そして、その真ん中の布団には、若葉がシャーペン片手に眠っていた。どうやら、夏休みの宿題を途中までやって力尽きたらしい。すやすやと安らかな寝息を立てる、その幼い寝顔を見ていると、普段のマセガキっぷりが嘘みたいだ。

 いや、今はそれどころではなく……

 

「あ、あの、これはどういう……」

 

 若葉の宿題を片づけ、シャーペンを手から外しながら尋ねると、ベッドに腰を下ろしている先生は何でもないことのように答えた。

 

「……布団よ」

「いや知ってますけど……え!?今さらですが、せ、先生も泊まるんですか!?」

「ええ。保護者役として」

「なるほど……」

「どうかしたの?」

「いえ、何と言いますか、その……」

「?」

「……お、同じ部屋で寝るのはさすがに……」

 

 さっきあんな事があったばかりだし、正直言うと、まだ先生の顔を見るのも気恥ずかしい。裸を見たのは僕の方なんだけど。

 ……先生はあまり気にしてないのかな?……って考えてたら、また思い出しそうだ。

 先生は、そんな思春期男子の心情などお構いなしに、小首を傾げる。

 

「君のお母さんには既に許可を得ているわ。だから大丈夫」

「…………」

 

 母さんとは後で話し合う必要がありそうだ。

 もちろん、嫌とかじゃない。むしろラッキーだ。クラスの皆が知ったら羨ましがるだろう。言う気はないし、言っても誰も信じないし、そもそも言う相手がいないけど。

 僕の内心の葛藤を悟ったのか、先生はこくりと頷いた。

 

「安心して。若葉さんに見られたくない本は押し入れの奥に隠しておいたから」

「いつの間に!?」

 

 全然安心できないんですけど!? 

 

「……その……性的嗜好は人それぞれだけど、メイドばかり集めるのはどうかと思うわ。その……スーツ姿とか」

「いや、そ、その話はいいですから!」

「大きな声を出すと、この子が起きるわよ」

 

 先生の言葉に慌てて口を塞ぐ。

 

「うゆ~……お兄ちゃん……お医者さんごっこしたいの?……んん」

「「…………」」

 

 何て夢を見てるんだ、こいつは。僕ってそんなキャラに思われているのか。

 考えている内に、先生はもう布団に潜り込んでいた。

 そして、眼鏡を外した素の瞳を、やわらかく細め、視線を向けてくる。

 

「さあ、寝ましょうか」

「あ、はい……」

 

 こうして、僕はそのまま眠りに…… 

 

 *******

 

「…………ん…………君」

「…………」

 

 やばい。

 こんなの……眠れるわけない。

 起き上がり、先生の方に目を向けると、艶っぽい寝息と寝言を真っ暗な部屋に響かせながら、まるで無防備な寝顔を晒していた。ちなみに、隣にいる若葉は、相変わらず気持ちよさそうに、口元をもにゅもにゅさせている。

 ……羊でも数えようかな?……一匹、二匹、三匹……。

 一週間後、僕は思い知ることになる。

 就寝時間に関しては、この日が一番平和だったという事を……。

 

 *******

 

「はあ……やっぱり心配だなぁ。先生、どんなアプローチしてるんだろ……ま、まさか、一緒にお風呂……それはないか。あはは……はは……」

 

 *******

 

 あまりの息苦しさに、目が覚めてしまう。

 暑い。

 何だ、この蒸し暑さは……。いくら8月とはいえ暑すぎる。

 しかも……視界が真っ暗闇に覆われていて、何も見えない。

 あれ?今、僕どうなってんの?いつの間にか眠ったみたいだけど。

 それに何だか顔が柔らかいもので覆われているような……なんか、凄く懐かしいような……。

 

 *******

 

「…………ん?」

 

 あ、あれ?朝?

 ……あー、多分宿題やってる途中で寝ちゃったのかなぁ?うぅ……あと少しだったのに。

 あっ、そうだ!せっかくのお泊まりなんだから、お兄ちゃんを起こしてあげなきゃ!お兄ちゃんだって、きっと年下美少女からの目覚めのキスを望んで……ん?……え?ええええ~~~!!?

 これ、ど、どうなってるの!?

 お、お姉さんが、お兄ちゃんに……だ、抱きついてる!!

 

 *******

 

「お姉さん、何してるの!?」

 

 若葉の声が聞こえる。多分、朝だというのに騒々しい。いや、それより……

 お姉さんって事は……も、もしかして……もしかしなくても、この感触は……。

 半ば確信に近いものに突き動かされるように、体を後ろに動かそうとするけど、まったく動けない。

 間違いなく僕は、頭をがっちり抱きしめられている。

 つまり、今顔を覆っている柔らかいものの正体は……

 

「ん……祐一君…………き」

 

 頭の上辺りから、甘ったるい声が聞こえてきた。先生はまだ眠っているのかな?なんか名前を呼ばれた気がするんだけど……。

 

「お姉さ~ん、起きて~!!朝から大胆に攻めないで~!!」

「…………んん……ん?」

 

 もぞもぞと先生の手やら脚やらが動き、そろそろ起きる気配がする。

 

「……………………あら」

 

 「あら」って……。

 先生の体が離れ、豊満な胸から顔が解放され、甘ったるい空気に代わり、真夏の早朝の爽やかな空気が身体を満たしていく。解放感と名残惜しさに、何ともいえない気分になった。

 先生は、とろんとした目つきで僕を見下ろし、何事もなかったかのように口を開いた。

 

「……おはよう」

「お、おはようございます……」

「もう!抜け駆けしちゃダメ!!お姉さんズルイ!」

 

 詰め寄る若葉に、先生はそっと髪を整えながら、眼鏡をかけ、いつものキリッとした顔つきになった。

 

「……ごめんなさい。私、寝相が悪いのと、あと朝が弱くて……迷惑をかけたわね」

「あっ、そうなんですか?」

「そんな後付け設定、誰も信じないよ!!」

 

 こうして、若葉の滞在2日目の朝を迎えた。

 


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