担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第34話

 慌てて水中から顔を出す。自然と右の頬に手を添えたまま。

 何だかまだ水中にいるような落ち着かない気持ちで、抱きついたままの先生を見ると、こちらの胸元に顔を沈め、その表情は窺えなかった。

 

「あの……先生?」

「何でもないわ。君の気のせいじゃないかしら」

「いや、まだ何も言ってませんけど……えっと……」

「そういえば……」

「?」

「君の夏休みの課題図書100冊を早く決めなきゃいけないわね」

「先生、それはいくら僕でも冗談だって気づきますよ~あはは……」

「本気よ」

「……あはは、またまた~」

「本気よ」

「…………」

「先生、夏休みの日数を遥かに超えている気がするのですが……それでなくても、僕は一日一冊読むのですら無理が……」

「大丈夫よ。9月までに読み終われば」

「ああ、なるほどですね……いやいや、足りないですよ」

「じゃあ……読めなかったら、さっき触ったことを君のお母さんと奥野さんに……」

「ええ!?」

「これは冗談」

「……ヒヤヒヤしましたよ、今」

「このくらいの仕返しはさせて欲しいわ」

「え?し、仕返し?」

「お姉さん」

 

 僕が先生に聞き返そうとすると、若葉がジト目で先生に声をかけた。

 

「あら、若葉さん」

「おかえり、水着見つかった?」

「うん。お姉さん……お姉さんが足で踏んづけてる布切れは何かな?」

「え?」

「……あら」

 

 キョトンとした顔の先生に、若葉が水をバシャバシャかけながら怒る。ちなみに、僕の顔にもめっちゃ水が飛んでくる。

 

「あら、じゃないよ~!若葉にはわかってるんだからね~!お姉さん、わざとでしょ~!」

「若葉さん。私は露出狂じゃないわ」

「若葉。失礼だぞ」

「お兄ちゃん、騙されちゃダメだよ!この鈍感!!ムッツリ!!」

「ええ……」

 

 ムッツリって……地味にダメージを受ける言葉だよね。

 僕がショックを受け、呆然と立ちつくしている内に、先生は物陰で手早く水着を装着し、何事もなかったような表情をしている。

 

「どうかしたの?」

「いえ、何でも……」

「祐一君、ありがとう。助かったわ」

「ど、どういたしまして……」

 

 ひと息ついて考えてみると、さっきまでの出来事がくっきり鮮明に蘇ってきて、無意識の内に、胸元や右の頬に手を当ててしまう。

 そこには確かな熱があった。

 その熱は甘く胸を締めつけるような、心を狂わせるような、とても言葉では言い表せないような熱だ。

 ……聞くタイミングをすっかり失ってしまったけど、さっきのは事故だったのかな、それとも……いや、そんなはずは。

 

「お兄ちゃん、どしたの?」

「え?あー、ちょっとお腹減ったなって……」

「そういえば、若葉も……」

「じゃあ、そろそろお昼にしようかしら。さっきは迷惑をかけたから、私が御馳走するわ」

「わ~い!ありがとうございます~♪」

「いいんですか?」

「ええ。今からなら、まだ席も取りやすいと思うわ。祐一君も、はやく行きましょう」

 

 プールから上がっても、胸元はムズムズしたままだった。

 

 *******

 

 食事をして、再びウォータースライダー巡りをしてからは、割とすぐにプールを出た。

 

「ふぅ~、すっきりしたぁ~♪」

「楽しんだようで何より……」

「うん!お兄ちゃん、ありがとう~♪」

 

 若葉がぎゅっと腕にしがみついてくる。大人ぶっていても、こういうところや、自分を名前呼びするところは変わらないから微笑ましい。

 

「…………」

 

 先生も、そんな若葉が可愛らしいのか、赤みがかった髪をさらさらと撫でる。何だか母親みたいだ。本人に言ったら怒られるだろうけど。

 

「お姉さん、若葉を子供に見立てないで」

「気のせいよ。可愛いわね」

「二人共、もうすっかり仲良しになってるなぁ」

「「…………」」

 

 夕焼けの夏空の下を、少しだけ涼しくなった風が吹き、遊び疲れた体を労るように撫でていく。

 小学生の頃のように絵日記を書いたりはしないけど、今日の事はいつまでも鮮明に思い出せる気がした。

 

「……お兄ちゃんのバーカ」

「…………鈍感」

 

 涼しいのは風のせいだけじゃない気がした。何故かはわからないけど。

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