担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
何とか体に残る甘い感触を振り払い、僕はゲームをセットした。
「さて……始めるか。説明書見た限りでは、そんなに難しくなさそうだし 」
「さすがお兄ちゃん!2次元の女の子に対しては前向きだね♪」
「……全然褒められている気がしないんだけど」
「褒めてないからだよ。この鈍感お兄ちゃん♪」
「いきなり罵倒される理由もわからない……ん?誰か来た。ちょっと行ってくる」
慌てて玄関まで行き、扉を開くと、そこには奥野さんがいた。
彼女は紙袋片手に控え目な笑顔を見せ、短めのスカートを風に靡かせている。そのヒラヒラした動きに何かが高まりそうだったので、すぐに目を逸らした。
そして、声をかけようとすると、彼女が先に口を開いた。
「お、おはよ!元気そうだね!」
「うん、おはよう……奥野さん、確か長野に行ったんじゃ……」
「あ、うん!本当はもうちょっといるつもりだったんだけどね?早めに帰ってきたんだー。ほら、8月の一週目には特別授業もあるし……」
「……そんなのあったかな?」
「現実逃避しないの。まあ気持ちはわかるけど……」
僕らの通う学校では、今年度から8月の第1週は特別授業をすることになった。理由は色々あるんだろうと思う。まあ大人の事情というやつだ。つまり、子供には納得できないやつだ。
世の中の不条理を心中で嘆いていると、奥野さんが紙袋をこっちに差し出してきた。
「ま、仕方ないよね……はい、お土産」
「え、本当に!?ありがとう!やった!クラスメイトからお土産を貰えるなんて!」
「あはは、大げさだなぁ。あと悲しい。……浅野君、その……時間あるなら、今からお邪魔していい?」
「ああ、いいよ。今若葉とゲーム始めたところだから」
「よしっ!じゃあ、お邪魔します!」
そんなに若葉に会いたかったなんて。いつの間にそんなに仲良くなったのか知らないけど。でも、奥野さんは本当にいい人だなぁ。
「あっ、愛美お姉ちゃん……今からお兄ちゃんと二人っきりのドリームタイムだったのに」
「ごめんね?ふわふわタイムはまた今度ってことで」
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「…………」
「どうしたんですかぁ、森原先生?窓の外をじっと見てぇ」
「……新井先生……いえ、何でもありません」
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画面に映った女の子の笑顔を見て、奥野さんは笑顔をやや引きつらせた。
「ゲームって……これ?」
「一応言っておくけど、僕の意思じゃないよ?若葉が持ってきたやだから」
とりあえず事実は伝えておかねば。僕が年下の女の子相手に恋愛シミュレーションゲームを薦めてるみたいだ。
「愛美ちゃんもやる?」
「え?本当に若葉ちゃんが持ってきたの?」
「うん!お兄ちゃんに年下の魅力を……じゃなくて、若葉、あんまり激しいゲームは苦手で……」
「本音が隠せてないよ……行動パターンがどっかの誰かさんに似てる……」
事実を理解した奥野さんは、苦笑いをしながら、若葉の隣に腰を下ろす。
……どっかの誰かって誰のことだろう?
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「……くちゅっ」
「森原先生、風邪ですか?(可愛い……)」
「夏風邪には気をつけてくださいね(可愛い……)」
「ええ、ありがとうございます(誰か噂してる……)」
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「あれ?こっちのゲームは同級生のヒロインもいるよ?ねえ、若葉ちゃん。その子を攻略し終えたら、こっちのゲームやってみていい?」
「いいよ。勝負はフェアにいかないとね」
「え?これ何かの勝負だったの?」
「「…………」」
何故か2人から背中をはたかれた。
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なるほど。先生も若葉ちゃんもゲームを通じて、浅野君の好みの女の子を操作しようとしてるみたい……浅はかね。でも浅野君には、そうやって植えつけるのが1番かも。
先生がいない内に、しっかりアピールしなきゃ!
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若葉が持ってきたゲーム『ロリプリ』は、主人公が昼休みや放課後をどこで過ごすかによって、誰のルートに入るかが決まるけど、このゲームはどこに誰がいるかわかるから、攻略難易度はそんなに高くない。これなら僕でも余裕で攻略できる!
「いかにも年下って感じのキャラクターばっかりだね。クラスメイトとかの絵はないんだ?」
「うん!この主人公、年下しか興味なくて、学校では誰とも話さないの」
「え?何それ……ただの危険人物じゃない?」
「そんなことないよ、正常だよ!ね、お兄ちゃん?」
「ここで僕に振らないでよ……ん?主人公の担任の先生は立ち絵があるみたいだよ」
「あ、ホントだ」
「どっかで見たことあるような……」
そのキャラクターは、腰まである長い黒髪が特徴で、眼鏡の似合う知的な美人だ。
こんな雰囲気の人は、僕の周りには1人しかいない。
「……このキャラクター、森原先生に似てる……」
「ホントだ!ぐぬぬ……お姉さん、ここでも私の邪魔をする気なんだね……!」
「まあまあ、説明書読む限りじゃ、攻略キャラクターじゃないんだから。大丈夫だよ」
「う、うん……お兄ちゃん、話進めて」
若葉に促されながら、決定ボタンをテンポよく押し、会話を進める。
『浅野君』
「今、浅野君って言わなかった!?」
「あ、主人公の名字は浅野なんだよ。お兄ちゃんと一緒」
「あ、ああ、なるほど……びっくりしたぁ。声も似てるし」
「うん……若葉もそう思う」
確かによく似てる。驚くくらいに。
しかし、画面の中のキャラクターは、僕達の驚きを余所に、淡々と喋り続ける。
『浅野君、大丈夫?疲れてない?』
『浅野君、この後職員室へ』
「……やっぱり似てる。何というか、もう……さすがだわ」
「だ、大丈夫だよね?色々と……」
「大丈夫って何が?」
やたら前のめりになり、画面に釘付けになる二人に、僕は首を傾げることしかできなかった。