担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第36話

 何とか体に残る甘い感触を振り払い、僕はゲームをセットした。

 

「さて……始めるか。説明書見た限りでは、そんなに難しくなさそうだし 」

「さすがお兄ちゃん!2次元の女の子に対しては前向きだね♪」

「……全然褒められている気がしないんだけど」

「褒めてないからだよ。この鈍感お兄ちゃん♪」

「いきなり罵倒される理由もわからない……ん?誰か来た。ちょっと行ってくる」

 

 慌てて玄関まで行き、扉を開くと、そこには奥野さんがいた。

 彼女は紙袋片手に控え目な笑顔を見せ、短めのスカートを風に靡かせている。そのヒラヒラした動きに何かが高まりそうだったので、すぐに目を逸らした。

 そして、声をかけようとすると、彼女が先に口を開いた。

 

「お、おはよ!元気そうだね!」

「うん、おはよう……奥野さん、確か長野に行ったんじゃ……」

「あ、うん!本当はもうちょっといるつもりだったんだけどね?早めに帰ってきたんだー。ほら、8月の一週目には特別授業もあるし……」

「……そんなのあったかな?」

「現実逃避しないの。まあ気持ちはわかるけど……」

 

 僕らの通う学校では、今年度から8月の第1週は特別授業をすることになった。理由は色々あるんだろうと思う。まあ大人の事情というやつだ。つまり、子供には納得できないやつだ。

 世の中の不条理を心中で嘆いていると、奥野さんが紙袋をこっちに差し出してきた。

 

「ま、仕方ないよね……はい、お土産」

「え、本当に!?ありがとう!やった!クラスメイトからお土産を貰えるなんて!」

「あはは、大げさだなぁ。あと悲しい。……浅野君、その……時間あるなら、今からお邪魔していい?」

「ああ、いいよ。今若葉とゲーム始めたところだから」

「よしっ!じゃあ、お邪魔します!」

 

 そんなに若葉に会いたかったなんて。いつの間にそんなに仲良くなったのか知らないけど。でも、奥野さんは本当にいい人だなぁ。

 

「あっ、愛美お姉ちゃん……今からお兄ちゃんと二人っきりのドリームタイムだったのに」

「ごめんね?ふわふわタイムはまた今度ってことで」

 

 *******

 

「…………」

「どうしたんですかぁ、森原先生?窓の外をじっと見てぇ」

「……新井先生……いえ、何でもありません」

 

 *******

 

 画面に映った女の子の笑顔を見て、奥野さんは笑顔をやや引きつらせた。

 

「ゲームって……これ?」

「一応言っておくけど、僕の意思じゃないよ?若葉が持ってきたやだから」

 

 とりあえず事実は伝えておかねば。僕が年下の女の子相手に恋愛シミュレーションゲームを薦めてるみたいだ。

 

「愛美ちゃんもやる?」

「え?本当に若葉ちゃんが持ってきたの?」

「うん!お兄ちゃんに年下の魅力を……じゃなくて、若葉、あんまり激しいゲームは苦手で……」

「本音が隠せてないよ……行動パターンがどっかの誰かさんに似てる……」

 

 事実を理解した奥野さんは、苦笑いをしながら、若葉の隣に腰を下ろす。

 ……どっかの誰かって誰のことだろう?

 

 *******

 

「……くちゅっ」

「森原先生、風邪ですか?(可愛い……)」

「夏風邪には気をつけてくださいね(可愛い……)」

「ええ、ありがとうございます(誰か噂してる……)」

 

 *******

 

「あれ?こっちのゲームは同級生のヒロインもいるよ?ねえ、若葉ちゃん。その子を攻略し終えたら、こっちのゲームやってみていい?」

「いいよ。勝負はフェアにいかないとね」

「え?これ何かの勝負だったの?」

「「…………」」

 

 何故か2人から背中をはたかれた。

 

 *******

 

 なるほど。先生も若葉ちゃんもゲームを通じて、浅野君の好みの女の子を操作しようとしてるみたい……浅はかね。でも浅野君には、そうやって植えつけるのが1番かも。

 先生がいない内に、しっかりアピールしなきゃ!

 

 *******

 

 若葉が持ってきたゲーム『ロリプリ』は、主人公が昼休みや放課後をどこで過ごすかによって、誰のルートに入るかが決まるけど、このゲームはどこに誰がいるかわかるから、攻略難易度はそんなに高くない。これなら僕でも余裕で攻略できる!

 

「いかにも年下って感じのキャラクターばっかりだね。クラスメイトとかの絵はないんだ?」

「うん!この主人公、年下しか興味なくて、学校では誰とも話さないの」

「え?何それ……ただの危険人物じゃない?」

「そんなことないよ、正常だよ!ね、お兄ちゃん?」

「ここで僕に振らないでよ……ん?主人公の担任の先生は立ち絵があるみたいだよ」

「あ、ホントだ」

「どっかで見たことあるような……」

 

 そのキャラクターは、腰まである長い黒髪が特徴で、眼鏡の似合う知的な美人だ。

 こんな雰囲気の人は、僕の周りには1人しかいない。

 

「……このキャラクター、森原先生に似てる……」

「ホントだ!ぐぬぬ……お姉さん、ここでも私の邪魔をする気なんだね……!」

「まあまあ、説明書読む限りじゃ、攻略キャラクターじゃないんだから。大丈夫だよ」

「う、うん……お兄ちゃん、話進めて」

 

 若葉に促されながら、決定ボタンをテンポよく押し、会話を進める。

 

『浅野君』

 

「今、浅野君って言わなかった!?」

「あ、主人公の名字は浅野なんだよ。お兄ちゃんと一緒」

「あ、ああ、なるほど……びっくりしたぁ。声も似てるし」

「うん……若葉もそう思う」

 

 確かによく似てる。驚くくらいに。

 しかし、画面の中のキャラクターは、僕達の驚きを余所に、淡々と喋り続ける。

 

『浅野君、大丈夫?疲れてない?』

 

『浅野君、この後職員室へ』

 

「……やっぱり似てる。何というか、もう……さすがだわ」

「だ、大丈夫だよね?色々と……」

「大丈夫って何が?」

 

 やたら前のめりになり、画面に釘付けになる二人に、僕は首を傾げることしかできなかった。

 

 

 


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