担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
そんなこんなで若葉が来てから早くも七日目。今日で最終日だ。帰るのは明日の朝だけど。
言うまでもなく、先生から額にキスされた事は誰にもバレていない。ていうか、あの日以降は僕が一人で慌てているだけで、先生はいつも通りだった。
……夢じゃない、よね。
そんな疑問すら抱かせる数日間。
僕は……もしかして……
「あ~、お兄ちゃんったら、またエッチな事考えてる~」
「またってなんだよ、またって……」
「言葉通りだよ。どうせお姉さんの裸を思い出してたんでしょ?」
「バ、バカ!聞こえたらどうするんだよ!」
しかも、そんなことを言われたら、本当に思いだしてしまう。
人じゃなく、芸術作品を見ているかのような先生の……って何回思い出してるんだよ。いや、男だから仕方ないけど。何なら、ひっそりと忘れないように、定期的に思い出すくらいだし。
台所の掃除をしていた先生には聞こえてなかったみたいで、首を傾げている。
「どうかしたの?」
「い、いえ、何でもありませんよ。ええと……ごめんなさい……」
「何で謝るの?」
「えっ?あ、いや、別に……」
「様子がおかしいわね。もしかして、熱でもあるの?」
流れるような歩き方で距離詰めてきた先生は、何の躊躇もなく額と額を重ね合わせてくる。
ちょっ……い、いきなり……!
正直、こちらの頭の中が熱くなり、熱かどうかなんてわからなくなりそうだ。薄紅色の唇を間近に感じ、その感触がじんじんと鮮明に蘇る。
しかし、すかさず若葉が割って入ってきた。
「お姉さん!いきなりそんなことしちゃダメ!お兄ちゃん、嫌がってるでしょ!?」
その言葉に、先生は涼やかな瞳にやや哀しみを灯した。
「そう、なの?嫌だった?」
「そ、そんなことありません!」
「お兄ちゃんのエッチ!」
「何で!?」
「それは否定できないかも」
「先生まで!?」
この前のはやっぱり夢だったんじゃないだろうか……いや、でも……。
「はい、お兄ちゃんこれ」
また考え込みそうになっていると、若葉が大きなダンボールを僕に差し出してきた。
「な、何これ?重いんだけど……」
「若葉のお薦めの本とゲームだよ♪」
「は?」
「若葉のお薦めの本とゲームだよ♪」
「いや、それはわかったんだけど……何で?」
「もっちろん、お勉強用だよ!」
「……何の?」
「お兄ちゃんが真っ当なロリコンになるためのお勉強だよ!」
「ん?何を言ってるのかな?」
「あっ、間違えた。お兄ちゃんの勉強に役立つための資料だよ」
「…………」
何故小学生の従妹に勉強のための資料を貰わなければいけないのか。いや、確かにあいつはそこそこ頭がいいけれど。
箱を開けると……おっ、思ったよりまともそうだ。ナボコフの『ロリータ』……これは僕でも知ってるやつだ。映画版のDVDも入ってる。若葉の奴……頑張って選んでくれたんだなぁ……。
すると、先生が顔を顰め、箱の奥に手を突っ込んだ。
「このゲームはなにかしら?」
「あっ、それは……」
「『ロリロリパラダイス』?こ、これ……18禁じゃんか……どうやって手に入れたんだよ、こんなの……」
「お父さんの部屋にあったよ♪全部速攻で送ってもらったの」
……うん。知ってた。
叔父さん……叔母さんにバレないようにね。
先生は溜息を吐き、若葉を「めっ」と叱る。
「教師として、これを彼がこのゲームをプレイするのを認めるわけにはいかないわ」
「ええ!?……うぅ……ケチ……」
「代わりに私がこの……」
「あーっ、何さり気なく年上ヒロインのゲームにすり替えてるの!?」
「あはは……まあとりあえず、若葉は何処か行きたい所ある?最終日だし、行ける範囲なら連れて行くけど……」
若葉は少し考える素振りを見せたが、すぐに答えを決めた。
「う~ん、今日は家にいたい、かな。お兄ちゃんとお家でゆっくりしたい」
我が従妹ながら、なんて可愛い台詞。僕は力いっぱい頷き、その小さな頭を撫でた。
「そっか、じゃあ何して遊ぶ?」
「…………」
「お、お姉さん!いきなり哀しそうな顔しないで!誰も仲間はずれにするなんて言ってないじゃん!お、お姉さんも一緒に!ね?あっ、こら!いきなり抱きしめないで!頭撫でないで!ほっぺたスリスリしないで!」
この1週間で2人も仲良くなったなぁ。最初はどうなるかと思ったけど。なんて微笑ましい光景なんだろう。先生のスキンシップがやや過剰な気もするけど。
「じゃあ3人でおままごとしましょうか」
「私はそんな年じゃないよ!お姉さん、奥さん役やりたいだけでしょ!」
「…………」
「落ち込んだふりしてもダメだからね!」
「……わかったわ」
……何だろう、このやりとり。こんな先生、学校じゃ絶対に見れないよな。
結局、その日はまたゲームを3人がかりで攻略したが、また説明書に書かれていない年上ヒロインを攻略するというミラクルが起こってしまった。
*******
翌日の朝……。
僕と先生と奥野さんは、若葉の見送りに駅に集まった。
「じゃあ、またね!お兄ちゃん、愛美お姉ちゃん……お姉さん……本当に楽しかったよ」
「ああ。叔父さんと叔母さんによろしく。またその内、そっちにも顔出すから」
「うん、絶対だよ!」
元気よく頷いた若葉は、今度は奥野さんに向き直る。こっちに戻ってきたら戻ってきたで、陸上部の助っ人を頼まれていたらしい。部活の助っ人……リア充な響きだ。
「昨日は来れなくてごめんね!また今度ゆっくり遊ぼうね!」
「愛美お姉ちゃん……うん!」
「……帰り気をつけてね。それと……また、来てね」
「……うん!でもお兄ちゃんにベタベタするのは程々にね」
「……何の事かしら?」
「ああ、もう!とぼけながら頭を撫でないで!」
先生に頭を撫でられ、若葉はじたばた暴れる。先生、本当に子供好きなんだなぁ……子供扱いされなくない若葉からしたら複雑かもしれないけど。この1週間、何度この光景に癒やされただろう。
ぽつぽつと話している内に、ホームに電車が入ってきた。
若葉はほんの少し、寂しそうな表情を見せたものの、すぐににぱっと笑顔になる。
「よしっ……じゃあ、バイバイ!」
「うん、それじゃあ」
「若葉ちゃん、またね」
「……ばいばい」
その笑顔は、小学生にしてはちょっと大人びて見えるけど、やっぱりまだ幼くて。
でも、周りを笑顔にする不思議な魅力がそこにはあった。
やがてドアが閉まり、ゆっくりと電車が走り出す。若葉の声は完全に遮断され、何を言っているのかはわからない。
それでも若葉は小さな手を降り続けていた。
僕達もそれに倣う。
そして、どんどん加速していき、すぐに見えなくなった。
僕達は、電車が見えなくなっても、しばらくホームでその笑顔に見とれていた。
*******
「はぁ……お兄ちゃん、あの人のこと好きなんだろうなぁ。負けたくないけど……でも、お兄ちゃんには素直になってもらいたいなぁ」