担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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第45話

 

 8月の第2週。

 僕の通う学校では普通に授業がある。

 生徒からは非常に不評ではあるけど、まあ仕方ない。

 僕は何故か、学校に行くことに対して、特にダルいとも感じていなかった。

 その理由は多分……

 

「じゃあ、次は……浅野君、読んで」

「は、はい……」

 

 先生の指示に従い、指定された箇所を淡々と読む。最近、現代文の授業の内容が、すっと頭の中に入ってくるようになったのは、先生と若葉から薦められた本をがっつり読んでいるからかもしれない。

 読み終えて着席すると、いつの間にか先生が隣に来ていた。

 

「じゃあ、次は……」

 

 そして、次の人を指名しながら、その白い手を僕の頭の上に置いてきた。

 ……朝のホームルームの分を含めると、これで10回目だ。

 何故か今日はやたらと頭を撫でてくる。久々の登校日だからかな……いやいや、違う気がする……もしかして、若葉ロスからくるものなのか?

 そっと先生に視線を向けると、相も変わらぬ無表情で、眼鏡のレンズの向こうにある瞳は、教科書に向けられていた。さらに、クラスメイトの視線は誰もこちらに…………あ。

 

「…………」

 

 奥野さんがこっちを……いや、先生を見ていた。

 そして、当たり前のように先生はその視線を意に介していない。

 さらさらと指を髪に通していくその感触に、なんだか懐かしい気持ちになる。

 しかし、それが何なのか考えようとしたところで、その手は離れていった。

 

 *******

 

 ……やっぱり授業中に彼に触れるのは気持ちいいわね。

 よし、残りの授業も頑張ろう。

 夏休みの間、なるべく口実を見つけて接点を作っていたけれど、この前の若葉さんのような特別な事情がないかぎり、やはり限界はある。あと若葉さん……可愛い。彼に想いを寄せていなければ、まだ仲良くなれた気がする。

 年下とはいえ油断は禁物。あの子は間違いなく美人に育つだろうから。

 そこで、彼の姿が目に入る。

 あ、寝てる。

 もう……仕方ないわね。

 私は彼と接する口実ができたことを喜びながら、周りに悟られぬよう、気配を殺して近づく。こういう時、日頃の修行が役に立つ。

 彼の寝顔は、教室の中で眠っているとは思えないくらい無防備で、じっと見ていると、何だか胸が締めつけられる。

 ……よし。誰も見てないわね。

 私はその頬にそっと手を伸ばし……

 

 つんっ。

 

 指でつついてみた。

 うん、さすがは浅野君。このくらいでは起きそうもないわね。

 

 つんっ、つんっ。

 

 やだ……これ、楽しいわ。クセになりそう……。

 

 つんっ、つんっ、つんつんつんつんつんつんつんつん……つつんっ。

 

 ……そろそろ止めておきましょう。背後から奥野さんの視線も感じるし……。

 頬に触れた指先からは、じんと穏やかな熱が残っていた。

 私が彼に惹かれた理由……

 いつか彼に話す時が来るのだろうか。思い出してくれるのだろうか。

 私は思考を断ち切り、次の授業へ向かった。

 

 *******

 

「森原先生、今日よかったらお食事でも……」

「ごめんなさい。先約があるので……」

 

 男性教諭の誘いを丁重に断っていると、副担任の新井先生がトコトコと近寄ってきた。

 

「森原先生~!早く行きましょうよ~!」

 

 ちなみに、新井先生とは何の約束もしていない。つまり、助け船を出してくれたということだ。いかにも自然な感じで声をかけてくるその様子は、彼女が普段の鈍いイメージと重ならなかった。

 彼女もこういう場面に何度も遭遇しているのかもしれない。

 

「ええ。それでは、失礼します」

 

 私は遠慮なくそれに乗っかることにした。

 

 *******

 

「……ありがとうございます」

「え?あっ、全然大丈夫ですよ!森原先生、誘われること多いから、断るの疲れてるんじゃないかな~、と思って……」

「…………」

 

 私は沈黙で返した。

 その沈黙を肯定と受け取ったのか、新井先生はこくりと頷き、ふわふわの茶色い髪を揺らしながら微笑んだ。

 彼はもしかしたら、こういうふわふわした可愛らしい女の子がタイプかもしれない。彼がたまに目で彼女の後ろ姿を追っているのを見たし。

 

「あ、あの……森原先生?どうしたんですか、私の顔をじっと見て……」

「いえ、気にしないで。少し憎たらしくなっただけよ」

「な、何でですか!?えっ、私何かしましたか!?」

 

 おっといけないわ。つい嫉妬ファイヤーが……きっとこの子は私の嫉妬心を煽るフレンズなのね。副担任だけど、いや、副担任だからこそ、今後も警戒は緩められないわ。

 そんな彼女に向け、私は誤魔化すように小さな笑みを浮かべた。

 

「冗談よ。新井先生は可愛いわね」

「とってつけたように言われても全然嬉しくないんですが……あ、それより、今から本当に飲みに行きません!?」

「……え?」

「ほら、先生ってあんまり飲み会に参加しないじゃないですか!でも、たまには親睦を深めるのもいいかなぁ……なんて」

 

 彼女は上目遣いに私を見てくる。

 明らかに自分の見せ方を心得ている者の所作だけど……そ、そんな小動物みたいな目をされたら……。

 

「……わかったわ」

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