担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
……寒気がする。
どうしたんだろうか?クーラー効き過ぎてるんじゃないかな?皆寒くないのかな?
……いや、現実を見よう。この寒気の原因は間違いなくあの人だ。
「…………」
そう。言うまでもなく森原先生だ。
現在、世界史の先生が病気でお休みして、自習になり、森原先生が監督してくれているんだけど、さっきから視線がこっちに固定されていて、かなり落ち着かない。ていか…………怖い。普段と明らかに視線に含まれる何かが違う気がする。その何かまではわからないけど。
「…………」
くっ……考えるんだ、僕!一体何をやらかしたんだ!?
この前週刊誌のグラビアに先生似の人がいたから、つい翌週まで毎日立ち読みしたのがバレたのか?いや、そんなはずは……じゃあ、何で……
そこで、扉が開く音がした。
目を向けると、副担任の新井先生がひょこっと顔を見せていた。
「失礼しま~す。あっ、浅野くぅん♪」
新井先生が教科書を掲げ、こちらに近づいてくる。そこで僕は忘れ物に気がついた。
「さっき、化学の授業で忘れてたよ~」
「あっ、はい……すみません」
何か忘れてると思ったら……気をつけないと……ん?
「…………」
先生が眼鏡の位置をくいっと整え、ジロリと睨んでくる……まずい、これは後で怒られるやつだ……。
そこで先生の唇が微かに動いたのを見た。あれ?今、もしかして……
ば か
先生がそう言った気がした。気のせいかもしれないけど。
……も、もしかして、この後めっちゃ怒られるんだろうか。教科書を置き忘れるとか、たるんどる!と言わんばかりに。
「次からは気をつけてね~……きゃっ!」
「え?」
すぐそこまで来ていた新井先生が何かに躓いたのか、こちらに倒れてきた。
僕が気づいた頃には、新井先生の、服の上からもわかる豊満な胸がすぐ目の前に迫っていた。
「あわわっ」
「うぷっ」
目の前が真っ暗になり、息ができなくなる。顔の火照りやら何やらが、一気にやってくる。な、何だこれ……や、柔らか……い……。
その柔らかな温もりはすぐに離れていったけど、僕の記憶に深く深く刻まれた。
「ごめんね~!大丈夫!?」
「あ、は、はい、全然……」
何とか平静を装っているけど、絶対顔真っ赤になってる……さらに、数人のクラスメートがこっちを見ていた。
「あ、あいつ……羨ましい……」
「浅野の野郎……あとで下駄箱にアレを入れといてやる」
「つーか、浅野って誰だ?」
うわぁ……鈍い僕でも殺気がビンビン伝わってくるよ……ていうか、倉橋君、アレって何かな?怖くて授業に集中できないよ……あと井口君……僕の名前知らないとか嘘だよね?もう二学期になるんだよ?
「「…………」」
さっきよりもさらにひどい悪寒がして、つい周りを見ると、先生と奥野さんが、じぃーっとこっちを見ている。
違うんです!わざとじゃないんです!
念を込めた視線を送るも、どうやら届かなかったみたいだ。
二人は示し合わせたように、同時に溜め息を吐く。
……やっぱり仲いいなぁ。
*******
はい。僕はまた補習室へと行く羽目になりました。多分、学年で一番の使用率だろう。某召喚獣学園ものなら、Fクラスになっているに違いない。
くだらない事を考えていると、こんこんとドアがノックされる。
返事すると、先生……が?
「浅野くぅん。おはよ♪」
なんか無駄にやわらかい声音とわざとらしい笑顔で入ってきた……先生……だよな?着ているスーツは変わらないし、いつもの黒縁眼鏡だけど、テンションが違いすぎる。
「浅野くぅん。おはよ♪」
もう一回!?
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
僕はどうリアクションすればいいかわからないし、先生は謎のキャラをごり押ししてくる。ん?いや、待てよ……。
先生と一緒にいる機会が増えたせいか、少しは……ほんの少しは先生の感情が読み取れるようになった。今、先生の瞳が告げるのは……
あれ、違った?これじゃない?
確実ではないけど、多分……内心テンパってる?
「…………今日、君を呼んだ理由だけど……」
何事もなかったようにしてる!
さすがに無理があるので、おそるおそる聞いてみた。
「……あの、先生、どうしたんですか?」
「……………………君はああいうのが好きだと思ったの」
「え?」
何やら口をもごもごさせているけど、さっぱり聞こえない。
先生は向こうを向いて、こほんと咳払いし、本当にいつもの調子を取り戻して言った。
「たまには……いつもと違うのもいいと思ったの。やはり変化がなさすぎるのも……飽きるから」
理由はさておき、もしかして……いや、間違いなく僕に気を遣っている。いや、気を遣わせてしまっている。
いつもしてもらってばかりなのに、これ以上気を遣わせるわけにはいかない……内心の焦りに蹴飛ばされ、僕は口を開いた。
「せ、先生はいつも通りでいいと思います!!」
「え?」
自分でもよくわからないまま、思いついたことをひたすら並べていく。
「何というか、先生には先生の魅力があるというか……あの、いつものクールさというか……いえ、今のさっきのも素敵なんですが……!」
「……そう、かしら」
「は、はいっ!」
「…………そう。なら、いいわ」
先生は眼鏡をかけ直し、髪をいじる。頬がほんのり赤いのがいつもより幼く見えた。
……この表情、この仕草は初めて見る気がする。
つい見とれてしまっているのに気づき、目をそらすと、先生は僕の隣に椅子を運び、いつものようにやわらかな体をくっつけてくる。
ふわりと包み込むような甘い香りがいつもと違うのも、気を遣ってくれていたのだろうか。
そんなことを考えていると、先生から肩をつつかれた。
「ところで……新井先生の胸の感触はどうだったかしら?」
「へ?」
「ところで……新井先生の胸の感触はどうだったかしら?」
「あ、あの……」
「ところで……」
「いや、あれは事故で……!」
「質問に答えなさい」
結局、補習室にいながら、補習は行われなかった。
*******
「今の、ままが、いい……」
「告白……じゃないわよね?……何を考えているのかしら、私は……」
「夏休みの後は文化祭……チャンス……いえ、その前に夏休み中にもう少し素敵な思い出を……」