担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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何だかんだ……

 

「おはよう」

「…………」

「まだ寝てるわね。当たり前か……まだ5時だし」

「…………」

「あれ?机の上に小説が……裕くん、いつの間にか読書好きになっていたのね……年上の女性との恋愛モノが多いし。感心感心♪ん?いや、ちょっと待って。なんか女教師ヒロイン多くない?くっ……やるわね。あの女……こっそり姉ものの恋愛小説も混ぜておかなきゃ」

「……姉、さん?」

「はっ……にゃ~、にゃ~」

「何だ、猫か…………って、ウチ猫飼ってないよ!?」

 

 一気に眠気が吹き飛ぶ。

 すると、メイド姿の姉さんが何事もなかったかのように、ベッドの上に転がり込んできた。どんな状況でしょうか?色々ごった煮にされすぎてイミワカンナイ。

 

「ふぅ、寒い寒い」

「いや、寒くないよ。まだ9月上旬だよ……どうしたの?あと少し眠りたいんだけど」

「まあまあ、いいじゃない。私と裕くんの仲でしょ?」

「どこにでもいる普通の姉弟だよね!?変な含み持たせないでよ!」

 

 つい起き上がってツッコミを入れてしまう。まだ外は薄暗く、姉さんの顔ははっきり見えなかったけど、悪戯っぽい笑みを浮かべているのは手に取るようにわかる。まあ、姉弟だから特に緊張することもないんだけど。

 

「まったく、つれないなぁ。昔は裕くんの方から私の布団に潜り込んできてたわよ」

「……え?そうだったっけ?」

「ええ。私がうっかり布団を隠した時とか」

「絶対にうっかりじゃないよね!?あれ姉さんの仕業だったの!?」

 

 朝から知らなくていい事実を知ってしまった。今思えば、確かにそんな日もあったような……。

 あの頃の純粋すぎる自分を思い出していると、玄関の鍵がガチャリと開く音がした。

 続いて誰かが中に上がる音も聞こえてくる。

 姉さんはそれに対して、不審そうに眉をひそめ、首を傾げた。

 

「ねえ、裕くん。何か物音が聞こえるんだけど……母さんかな?」

「……普通に鍵開けて入ってきたような」

 

 しかし、母さんは昨日から出張に行ったはずだ。じゃあ一体誰が?

 顔を見合わせた僕と姉さんは、急いで階段を降りた。

 ……まあ、大体予想はつくんだけど。

 

 *******

 

 台所にいたのは、心のどこかで予想していた人物だった。

 

「……先生」

「おはよう、浅野君。お姉さん」

 

 先生がメイド姿で朝食を作ってくれていた。

 大事なことなので、もう一度言います。

 先生がメイド姿で朝食を作ってくれていた。

 

「なっ……なっ……」

 

 僕と姉さんの様子に先生は可愛らしく小首を傾げている。

 その際、ポニーテールにしてある黒髪がはらりと揺れ、何だか艶かしい生き物みたいに見えた。いや、今はそれより……

 

「先生、何で……」

「見ての通り朝食を作っているのだけど……」

「あっ、そうなんですね。ありがとうございます。すいません、朝早くから」

「気にしなくていいわ。それより、寝癖がついてるわ」

「ちょっと待ったぁぁ!!」

 

 そこで姉さんが割って入った。

 

「何でここにいるんですかぁ!?ピッキングですか!不法侵入ですか!」

「出張の間、鍵を預かったの」

「な、何で!?」

「……根強い交渉の結果……いえ、大人の事情」

「…………」

 

 姉さんは先生の言葉に、ぽかんと放心状態になった。な、何なんだ根強い交渉って……気になる。でも聞いてはいけない気がするから今はいいや。

 

「先生、メイド服は……」

「学校に行く時は着替えるわ。浅野君には本当に申し訳ないけど……」

「いや、何で僕が先生に頼んでるみたいな流れに……」

 

 先生は無言で近寄ってきて、上目遣いで濡れた瞳を向けてきた。

 そして、しっとりとした薄紅色の唇がそっと動く。

 

「ご主人様」

「っ!」

「こういう感じでいいかしら」

 

 甘く囁くような声音に、体がピタリと止まり、微動だにできなくなる。な、何だ、この破壊力……凄まじい……こんなの反則すぎる。

 しかし、姉さんが割って入ってきた。

 

「いや、今のメイドがどうとか言うより、言い方がエロいだけじゃない!」

「エロではないわ」

「エロです!」

「ちっともエロではないわ」

「ただのエロです!」

 

 早朝から実の姉と担任教師がエロエロ言い合う姿はあまり見たくはない。どちらもメイド服を着ているから、さらにシュールな光景に見えるし……。

 

「ふ、二人共、その辺で……先生も学校に行かなくちゃいけないし」

「そうね、確かに。朝から騒がしくしてごめんなさい」

「いや、その……むしろ、わざわざ朝食作りに来てくれてありがとうございます!」

「むぅ……私が作ろうと思ってたのに……」

「お昼の弁当を作ればいいのではないですか?」

「なるほどっ、裕くん楽しみにしてて!愛情をひたすら詰め込んどくから」

「……普通の何の変哲もないおかずでいいよ」

 

 姉さんの判断のみに任せるととてつもない事になりそうなので、一応釘を刺しておこう。まあ、ありがたいんだけど。

 結局眠気はどこかへ吹き飛んでしまったので、いつもより少し早めの朝食を頂き、僕は早めに家を出た。

 

 *******

 

 早朝の教室は何だかいつもと違う空間に思えてくる。部活に入っていない僕は特別な行事の時くらいしか、その独特な静謐さに足を踏み入れないからかもしれない。これは一人でゆっくり考え事をするにはもってこいの……

 

「おう、浅野。おはよう」

「え?あ、おはよう」

 

 いきなり挨拶され、少し驚いてしまう。てっきり誰もいないと思ってた……。

 顔を向けると、僕の前の席の高橋君がいた。色黒で短髪の爽やかな、サッカー部所属スポーツマンで、クラスの中心にいることが多い皆の人気者だ。

 彼は気さくな笑みと共に話しかけてきた。

 

「珍しいな。こんな時間からいるなんて」

「そっちこそ。僕の名前、覚えててくれたなんて……」

「いや、二学期になってクラスメイトの名前覚えてない奴とかいないから」

「あはは……確かに」

 

 いや、この教室には結構いるよ?間違いなく。

 

「そういや昨日文化祭の出し物決めたけど、何だかんだ言ってメイド喫茶楽しみだよな」

「うん。確かに」

 

 朝一でメイドを見たのに、学校でもさっそくメイドに関する話とか、このままじゃ『やたらメイドがくっついてくるんだが……』にタイトル変更してしまいそうだ。

 そんな事情など勿論知らない高橋君は、話を続ける。

 

「クラスの女子だけじゃなく、森原先生のメイド姿まで見れるかもしれないし」

「え?」

「浅野は誰のが見たいの?」

「あっ、僕?えーと……」

 

 今、自分の胸の辺りに何かが……あれ?何だろう、このモヤモヤ……?

 しばらく高橋君との会話は続いたけれど、胸の奥に沸き上がったモヤモヤはそのまま残り、自分がどんな受け答えをしたかも覚えていなかった。

 

 


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