担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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花の香り?

 校門から出ると、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

 振り返ると奥野さんだった。赤みがかった髪が夕陽に照らされ、普段より鮮やかに揺れているのが眩しく感じる。

 

「浅野君、今帰り?」

「うん。ようやく資料整理が終わったんだよ。奥野さんも何か用事があったの?」

「えっ?わ、私はただ友達と話してたら時間が経っただけだよっ、うん!……ん?」

 

 何かを見つけたような表情になった奥野さんは、くんくんと僕の服の近くに鼻を近づけた。

 そんなに汗臭いだろうかと、慌てて飛び退いてしまう。

 

「ど、どうしたの?」

「……うーん、新しい女の匂いがする」

「えっ?」

 

 新しい女って……昔の女もいないんだけどなぁ。ていうか、どんな匂いなんだろう。

 そんな戸惑いまじりの視線に気づいた奥野さんは、ばっと距離をとり、愛想笑いを向けてきた。

 

「あはははは、何でもない何でもない!だから気にしなくていいよ!」

「そ、そうなんだ」

 

 気にしないのは難しいけれど、とりあえず自分の胸の中に仕舞っておくことにした。

 

 *******

 

「ただいまー」

「あっ、おかえり裕くん!」

「ね、姉さん……」

 

 昼休みのハート増し増し弁当を思い出し、つい口がひきつってしまう。味はよかったんだけどね?

 しかし、作ってもらった手前、文句も言いづらい。ここは褒めながら何とかすることが最善だと長年の経験が告げている。

 

「お弁当どうだった?」

「えっ?ああ、美味しかったよ。見た目も彩り鮮やかだったし。ただ、鮮やかすぎて眩しいから、次はもうちょっと控えめにしてほしいな」

「りょ~かい♪」

 

 姉さんはにこにこと満面の笑みで抱きついてくる。これで明日は大丈夫だろう、多分。

 すると何かに気づいたように、姉さんがくんくんと僕の匂いを嗅いだ、あれ、これデジャヴ?

 

「むむむ……別の女の匂いがするわね」

「えっ?」

 

 別の女と言われても、今付き合ってる女もいないんだけどなぁ……あとこれもデジャヴ。

 一体今僕はどんな匂いを撒き散らしているというのか……かなり気になるんだけど。

 

「ねえ、裕くん?もしかして、私以外の女の人とハグしちゃったとか?あの先生とか?」

「ち、違うって!あっ、そうだ!ちょっとコンビニ行ってくるよ!」

 

 やばい気配を察知したので、慌てて回れ右をして家を飛び出した。

 

 *******

 

「あら……」

「あ……」

 

 今度は森原先生と遭遇した。まあ、帰りのホームルームからそこまで時間は経っていないけど。

 先生はふわりと風に靡く髪をかきわけ、じーっと視線を向けてくる。

 

「今からお買い物?」

「あ、はい。今からコンビニにアイスを……」

「そう……そういえば、私も買い物を思い出したわ」

 

 ポツリと呟くと、先生はさっと僕の隣に並んだ。

 そのあまりに自然な動作に見とれながら、僕は先生と並んで歩くことが当たり前のようになっていることが嬉しく思えた。

 

 *******

 

 コンビニに入ると、心地よいエアコンの風と軽快なBGM、店員さんの挨拶に出迎えられ、先生はスタスタと雑誌コーナーの前まで歩いていった。ファッション誌でも買いたかったのかな?

 すると、先生はレンズの向こう側の瞳を細め、そっと話しかけてきた。

 

「浅野君。いかがわしい本のコーナーに女教師モノが置いてあるわ」

「……は、はあ」

 

 コンビニに入ってからの第一声がそれってどうなんだろう。そして、その発言にはどんな意図があるのだろう。

 

「……まだ君には早いから絶対に見ないように」

「はい……」

 

 見るなと言われると見たくなる深層心理をついた誘導のように思えなくもないけれど、ここは我慢したほうがいいだろう。先生から軽蔑されたくはないし。

 

「眼鏡をかけた黒髪の女教師が表紙になってるから、絶対に見ないように」

「…………」

 

 このタイミングで何でそんな事を……!

 むしろこれは、見なさいという事なんじゃないかと思っていると、先生は何かに気づいたように、僕の肩に手を置き、ずいっと顔を近づけてきた。ま、まさか……

 

「これは……新井先生ね」

「っ!?」

 

 何故か体がビクッと反応する。それと、心なしか悪寒が……この店エアコン効きすぎじゃないかなぁ?

 先生はそんな僕の様子を観察するように見ながら、何故か体を寄せてきた。そして、ファッション誌を手に取り、パラパラとめくりだす。

 しかも、たまに背伸びなんかしたりして、自分の体をこすりつけているみたいだ。

 服が擦れあう音が微かに響くのを聞きながら、僕は取り繕うようにマンガ雑誌を手に取った。

 しかし、先生の温もりや甘い香水の香りのほうが気になり、内容はちっとも頭に入ってこない。

 10分くらいそうしてから、やっと先生の体が離れた。

 

「これでよし」

「ち、ちなみに今のは……」

「気になった雑誌を見ていただけよ」

「…………」

 

 こちらを見ずに答えるのを聞いてから、僕と先生はそれぞれ会計を済ませ、また並んで家路についた。

 いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。

 そして、左肩からは確かに花のような甘い香りがした。

 


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