担任がやたらくっついてくるんだが…… 作:ローリング・ビートル
翌朝、元気になった僕はいつも通りに登校したけれど、そこにはいつもと違う何かがあった。
その何かとは……
「大丈夫?ノート、取れてる?」
シャーペンを持つ手に、そっと白くて柔らかい手が添えられ、肩の辺りに、意外なくらい豊かな膨らみが押しつけられる。おまけに耳元で話しかけてくるものだから、息がかかり、やたら耳がくすぐったい。
いつもと違う何かとは……そう、先生の密着具合が激しくなってる!
ていうか、本当に何で誰も気づかないんだ!?クラス全員で結託しているのか!?先生が何か不思議な力でも持っているのか!?
とにかく、甘い香りやら柔らかい感触やらで、病み上がりという事実すら、すっかり意識の向こう側に飛ばしてしまい、僕は騒がしい学校生活へと戻った。
*******
「あの……あ、浅野君?」
「…………」
「……浅野君!」
「え!?あ、ああ、僕?」
「そうだよ。君以外に浅野って名字の人、このクラスにいないでしょ?」
「……ああ、うん。確かに」
ああ、びっくりした……。
女子に話しかけられるのが久しぶりすぎて、自分に話しかけてるわけじゃないと思い込んでたよ……うん、悲しすぎる。
僕に話しかけてきた女子の名前は奥野愛美さん。中学時代から同じ学校だけど、これといった接点はない。ていうか、見た目もよく、文武両道で知られる彼女と、地味な僕が接点などあるわけもない。
見た目も華があり、肩ぐらいまでの茶色っぽい髪や、スカートから伸びたしなやかな脚は活発そうな印象を見る者に与え、それが僕のようなタイプの人間には威圧感と化す。うん、僕のせいだ。ごめんなさい。
奥野さんは、何故か視線をキョロキョロと落ち着きなく彷徨わせながら、ハキハキしたイメージとは真逆のオドオドした感じで話しかけてきた。
「あの……もう、体のほうは大丈夫?」
「……え?ああ、うん、だ、大丈夫!」
落ち着け僕!ただ体の調子を聞かれているだけじゃないか!そこまで挙動不審になることじゃない!
奥野さんは特に気持ち悪がることもなく、やわらかな笑顔を見せる。
「その……これ……」
「?」
「昨日の分のノート。結構大事なところやってたから……よかったら……」
おお……まさかこんなタイミングで人の優しさに触れるとは……たまには学校も休むもんだな……。
「あ、ありがとう、昼休みまでには写して返すよ」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。それと、浅野君……聞きたいことがあるんだけど」
「あ、うん……何?」
「その、浅野君って……森原先生と……結構仲良かったりする?」
「…………」
一瞬でも『浅野君……今、付き合ってる人とかいる?』って聞かれると思った僕を、誰が責めることができよう……。
そして、この場で起こった勘違いも……
「もしかして……見られてた?」
「う、うん……たまたまなんだけど」
「……ちなみに見たのは一回だけ?」
「え?一回だけ……って、そんな何回もしてるの?」
「え、えーと、まあ、その……今年に入ってから……何回かは」
「…………!」
奥野さんは驚愕していた。無理もない。かと言って、見られているのに隠し通せるほど器用じゃない。ここは何か適当な理由を……
何て考えていると、奥野さんが耳元に顔を寄せてきた。柑橘系の甘い香りがふわりと漂い、緊張してしまう。
しかし、奥野さんはそんな事はお構いなしに、耳打ちしてきた。
「もしかして……二人って付き合ってるの?」
いきなりな質問に体が硬直する。
なんか疑われてる!?
事実無根すぎる!
耳元に顔を寄せたままの奥野さんにドギマギしながら、僕は思考回路をフルに働かせた。
変な誤解をされてるのは事実だし、何とか先生の評判にも傷がつかないように……ない知恵を絞り尽くしてでも……!
「……ち、違う違う!そういうんじゃなくて、つい流れで」
「え!?流れで……あんなことを!?」
「ほ、ほら……教師と生徒だし、つい授業に熱が入って、距離感がおかしくなったというか」
「授業の一環なの!?あ、浅野君って意外と……」
「多分、よくあることじゃないかなあ……あはは」
「ない!絶対にないよ!」
まずい。誤魔化せてる気がしない。
何か言わなきゃ……!
「お、奥野さん……」
「?」
「……どちらのせいでもないんだ」
「何で悟った表情をしてるの!?も、もしかして……私が純粋すぎるの?…………うわあああん!!」
奥野さんは何故か頭を抱え、教室を飛び出して行った。一応、誤魔化せたのかな?……あれ?
そこで、背筋に悪寒が走る。
「…………」
原因不明の圧力を感じ、それを感じた方向に目をやると、廊下から森原先生が、こっちをじっと見つめていた。いつも通りにクールな雰囲気なんだけど、どこか違う気がする。どうしたんだろう……。
結局休み時間が終わるまで、じっと見つめられていた。