担任がやたらくっついてくるんだが……   作:ローリング・ビートル

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もう少し

 

 文化祭の準備の為、必要な道具を取りに行く役を買って出た僕は、資材室で一人、悪戦苦闘していた。

 やたら埃っぽいし、ごちゃごちゃしてて、どこに何があるかわからない……ここ、こんなに散らかってたっけ?

 あと勇気を出して、「僕が取ってくる」と言ったら、「ああ、頼むよ……浅田君」と言われたのが少し切なかったなぁ。

 いや、考えるのはよそう。早く戻らなきゃ。

 

「ええと、これだっけ?」

 

 がさごそとダンボールの中を漁っていたら、ようやくガムテープやらノコギリやらが見つかった。あとは……

 

「浅野君?」

「うわっ、び、びっくりしたぁ……」

 

 いきなり声をかけられ、慌てて振り向くと、そこにはいつものように静かに、クールに、森原先生が立っていた。

 ていうか物音しなかったような……いつもの事だけど。

 先生は、ふぁさっと髪をかきあげ、こちらに歩み寄ってきた。

 

「何をしているの?」

「ああ、はい。メイド喫茶の準備に使う道具を取りに来ました」

「そう……メモを見せてもらえるかしら」

「あ、はい、どうぞ」

 

 先生はメモを見ながら数回頷くと、室内をざっと見回した。この状態でどこに何があるのかを把握しているのだろうか?

 

「……たしか、これはこっちの棚にあるわ」

「あっ、大丈夫ですよ、先生!それくらい自分でやりますから……」

「気にしなくていいわ。そろそろ教室に戻る頃だったし。それより、はやく探したほうがいいわ」

「……あっ、そ、そうですね!」

 

 また先生を頼ることになってしまい、ほんの少し情けない気持ちになりながら、必要な

 

「これは、確か……」

 

 すると、先生の肘がダンボールに当たり、ぐらっとバランスが崩れる

 それを見た瞬間、考えるより先に体が動いていた。

 

「あっ!先生、危ない!」

「えっ?あ……」

 

 ガラガラと鈍い音を立てて崩れ落ちていくダンボールの山。

 背中に時折走る痛み。

 そして訪れる時間が止まったような静寂。

 目を開けると、森原先生の顔がすぐ目の前にあった。

 こんな状態でも平然としているその表情に、ひとまずホッとする。よかった……ケガはないみたいで。

 ほっと一息吐いたところで、状況を確認してみると、どうやら僕は先生に覆い被さっているようだ。

 ……ま、まさか、先生を押し倒すなんて。

 さらに、背中や足には色んな物が詰め込まれたダンボールが載っかっていて、うまく動かせない。

 しかし先生に体重をかけるわけにはいかないので、腕に力を入れ、何とか突っ張った。

 やせ我慢しながら、ひとまずこちらをじぃっと見ている先生に声をかけた。

 

「だ、大丈夫ですか、先生……」

「ええ。私は大丈夫だけど、君は?」

「大丈夫ですよ。でも……何故か動けません」

「……そう。まあしばらくしたら誰か来ると思うわ。それより、ありがとう。痛かったでしょ?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ!最近少し鍛えてるんで」

 

 本当に最近の話なので、あまり成果がでているとは言いがたいけど……。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が妙に気まずい。

 いや、当たり前か。こんな至近距離でがっつり目を合わせているのだから

 もう耐えきれそうもない僕は、思いつくままに話しかけてみた。

 

「あの、すいません。こんな事になっちゃって……」

「構わないわ。むしろたまにはこういうハプニングも……」

「はい?」

「何でもないわ。それよりも、腕は疲れてないかしら?」

「ま、まあ、何とか……」

 

 実際かなりやばい。

 意外と背中に乗っかったダンボールが重く、このままでは先生とさらに密着することになってしまう。

 もしそうなれば、色々やばいことになりそう……理性とか。

 先生の唇に目が行き、視線が固定されたように見つめていると、蕾が花開くようにそっと動いた。

 

「……浅野君。こちらに倒れてかまわないわ」

「えっ、でも……」

「いいの。あなたも腕が限界でしょう?さあ……」

 

 先生は僕の頬に手を触れ、自分の指示に従うよう促してくる。

 そのひんやりした手の感触が、急に頭の中から何かを引きずり出したような気がした。

 あれ?この感触……どこかで……何でだろう?

 

「浅野君?」

「は、はい……」

 

 ぼんやりした思考を断ち切り、僕はそっと先生に折り重なった。

 まず柔らかな胸の感触がぶつかり、それだけで鼓動が跳ね上がる。

 それから密着する箇所が徐々に増えていき、やがてぴったりと重なる。

 むわっとした空気の中で、甘い香りが包み込むように、心を埋め尽くしていく。資材置き場なのを忘れそうになるくらいだ。

 

「ん……」

「す、すいません……」

「ああ、大丈夫よ。気にしないで」

 

 甘い吐息が漏れ、温かい吐息が耳たぶを濡らす。ぞくぞくするような色気に、くらくらと脳内を支配されていくのが、手に取るようにわかる。

 先生の黒い瞳は、問いかけるような眼差しを向けてきた。

 

「浅野君、もしかして……」

「はい?」

 

 そこで、ガラリと扉が開く音がした。

 

「浅野君?だいぶ時間がかかってるみたいだけど、どうしたの?……って、何これ!?浅野君、大丈夫!?」

 

 奥野さんの声だ。知ってる人でよかった。

 

「お、奥野さん、今、ちょっと……」

「大丈夫、今助けるから!それと先生、間違いなくそこにいますよね!」

「気にしないでいいわ。ただのラッキースケ……事故だから。もう少し後でも……」

「今ラッキースケベって言いましたよね!ほとんど言ってましたよね!?」

「…………」

 

 ラッキースケベは僕にとってのような……あと、もう少しこのままだったら本当にやばい。思春期男子ならわかってくれるはず!

 なるべくその事を考えないようにする為、とりあえず声をかけた。

 

「先生、ようやく出られそうですよ」

「…………」

 

 先生は何故かそっぽを向いていた。

 あれ……多分だけど、拗ねてる?

 

 *******

 

 今、思い出してくれそうだった……。

 もう少し、なのかな?

 

 

 


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