四国大戦争から少し経った九月頭。
秋也は重大決定を行った。
「各鎮守府にも法務士官を置くべきだ」
とのことである。
そんな訳で、艦隊の常識番こと大塚三佐が三ヶ月間、警視庁捜査一課に出向研修となった。
「岩崎くんが生きていれば、私なんぞが警視庁に出向研修しなくても良かったのになあ……少し寂しくなってしまったよ」
「そんな事言わないでください。東京には、ご家族がいらっしゃるんでしょう。久しぶりに家族孝行してください」
寂しそうに言う大塚三佐を、愛は激励の言葉で送り出すと、大塚三佐は東京に旅立って行った。
「やっと、あの小煩いオッサンが居なくなる」
と言うのは、鎮守府一の始末書クイーン“永世始末書女王”の大垣 翼である。
最近は、空を飛ぶ任務も減って来てしまった上、
先の美波鎮守府との抗争でも、出番がなかったのが不服で、男遊びに精を出している。
そんなある日だった。
今日も、学校が終わると早々と帰って来て執務中の愛に、入り浸ってる翼と秋也、それに真愛。
燿子の
「今日は、言葉のおさらいだ。俺様は?」
「あきやさま」
「じゃあ、あたしは?」
「つばさちゃん」
「
「ままぁ」
「健太君は?」
「ぱぱぁ」
「愛のお母さんは?」
「ばばぁ」
「愛のお父さんは?」
「じじぃ」
「おー、えらいえらい」
二人で、真愛の頭を撫で繰り回している。
推定三歳の真愛。すくすくと成長中である。
もう既に妖精さんを認識できている為、将来の有望株である。
尤も、母親の愛としては、「同年齢の男の子には近づけません!女子校に通わせます!」
と、
そんな訳で、初等教育は防大出の翼と秋也の担当である。
最近は、鉛筆を握ってお絵かきも始めている。
二人も、(岩崎三佐が生きていれば、こう言うのは彼の仕事なんだけどなあ)と、思っている。
そんな様子を、微笑ましく見ている母親の愛が書類を片付けていると、
電話が鳴り出す。
ハーフェンからの電話である。スピーカーモードで応対する。
「はいもしもし?」
『もしもし、ご無沙汰してますね。ちょっと急なんですけど、
「ああ、そうですね」
『一応、参事官のほっぽちゃんを同行させますので、お願いしますね?』
「分かりました」
『それでは弥明後日に』
と電話が切れた。
「なー、深海提督遊びに来んの?」
「みたいですね。秋也さんは来られますか?」
「ばっか、円城寺が頑張り過ぎて俺の仕事が回って来ねえんだよ。来るに決まってんだろ?」
円城寺三佐は、
中国人ぽい丸メガネを掛け、若白髪の強面の男だが、優秀な男である。
そんな訳で、警務隊長殿は土佐鎮守府に入り浸っている。
名目は、若い司令官が間違いを犯さないように見張っている、と言うものである。
「ですよね?」
「俺はつけもんと違って、ちゃんと仕事はやってっぞ?」
「はいはい、そうですね」
実際、午前中は《勝手に》司令官執務室を借りて、書類を決裁している。
と言うのも、高知駐屯地は仮設中で、コンテナハウスの執務室で一人執務をしているのも、秋也はあまり好きではないのだ。
話し相手の円城寺は、普段から現場に行ったきりで、なかなかやって来ない。
そんな訳で秋也は、ここ土佐鎮守府に入り浸って仕事を終わらせると、翼と共に真愛の教育をして過ごしている。
副官の佐伯三尉は、円城寺と共に各地を回っている。
「そう言えば秋也さんは、最近翼さんとセットで居ることが多いんですけど。付き合ってるんですか?」
愛が、書類からは目を上げずに、最近の疑問を訊いてみる。
「ばっか、恋人じゃねえよ。友達だな?」
「うん、セフレ」
「…………」
愛のペンの動きが止まって、顔を上げた。
ケロッと笑ってる二人に真愛が、
「ねー「せふれ」ってなに?たべもの?」
と、訊いて来る。
「それはねえ、「せっくす」する「ふれんど」……あいたっ!何すんのさ秋也さん!?」
「ばっか、推定三歳児に教える言葉じゃねえよ」
悪乗りで教える翼を、チョップで叩く秋也。
そんな二人を見て、真愛が口を開く。
「あきやさま、ぼーりょくはよくないんだよぉ?ママが言ってた」
「そうだな。でも、悪い子を叱る時に「めっ」ってするだろ?今俺様は、こいつに「めっ」ってしてやったんだ」
「おー……つばささん悪い子なの?」
「あははっ、そうみたい」
「めっ」
「ごめんちゃい」
そんなやり取りを見ながら、愛はふふっと笑って再び執務に取り掛かる。
「ところで「せっくす」ってなに?」
『…………』
視線が翼に集中する。真愛は純粋なおめめで、秋也と愛はジト目である。
「そりゃあ……」
そう言い掛けて、殺気を感じた。
愛が立ち上がり、
「翼さん「めっ」ですよ」
「ごめんなさぁい」
「ままぁ、「せっくす」ってなに?」
「えっとね、その言葉は秘密の言葉だから、あんまり言っちゃいけないんだよ。もっと大きくなったら教えてあげるから、それまでは言わないようにね?」
「はぁい!」
にぱっと、笑みを浮かべる真愛に笑顔を返すと、愛は椅子に腰を下ろして拳銃をデスクの引き出しに戻す。
――――――――
四日後、深海提督が北方棲姫を伴って四国歴訪にやって来た。
そして、最後に立ち寄ったのが土佐鎮守府だった。
それまでは、外務省の担当者を伴っての表敬訪問だが、
土佐鎮守府は私的訪問と前置いて、外務省の担当者を先に帰らせての訪問である。
「お久しぶりです。皆元気でした?」
「はじめまして、北方棲姫です」
執務室に顔を出した、ハーフェンと北方棲姫。
執務室でお出迎えなのは、愛に秋也に翼と花梨と言う、いつもの面々に燿子と健太、そしてリーヴェに三人の子ども達、それに秘書艦のビスマルクである。
最近、艦娘達は練度確認と称して、鎮守府に日夜急襲を掛けている。
これは七原式訓練法で、東京に呼び出されて七原准将に二人仲良くこってり説教された時に、
四国の練度向上の為にはどうしたらいいか?と言う相談を持ち掛けた上で、編み出した方法である。
という訳で、ペイント弾を装填して日々
そんな中、今日はビスマルク以外は、海賊の扮装をして急襲している。
「それじゃ、自己紹介をした方がいいかな?」
「そうですね」
と、早速自己紹介が始まる。
その頃には、燿子がコーヒーを淹れて、皆に配り終える。
真愛も、ちゃんと名前を覚えた。
「しんかいていとくさんにー、ほっぽー……ほっぽちゃん」
「うふふ。やっぱり、規格外の子供ですね?」
「うん、とっても可愛い子……とっても強い霊子を感じる」
深海提督と北方棲姫が頷き合う。
「ところで、「せっくす」ってふたりとも……あっ、言っちゃいけない言葉だった、ままごめんなさい」
初めてのお姉さん達に、知らない言葉を訊こうとして、あっとした顔をして両手で口を塞ぐ。
そんな姿に、皆はどっと笑い、ビスマルクは額を抑える。
「原因は翼ね……?」
「まあ、そうですね」
当の本人は、そんな可愛い真愛を笑っているし、お客の二人も微笑ましく見つめている。
「真愛ちゃん。おいで」
とてとてと歩いて来る真愛のおでこに、そっと触れる。
ぽうっと光ると、真愛は少し顔を赤らめて愛の元に戻って来る。
「提督、何をしたんですか?」
「うふふ、ちょっと知識と羞恥心を授けてみました。翼さんが余計な発言をしても大丈夫でしょう?」
「さすがは深海棲艦の支配者……で、真愛どうしたの?」
真愛を抱き上げると、耳打ちされた。
「ままも、ぱぱと夜、してたの?せっくす」
「あー……起きちゃってたのね。真愛には、ちょっと早いかな。ちょっと翼さんに、メッってしておいで?」
苦笑いを浮かべながら耳打ちし返すと、真愛は壁に立て掛けてある燿子謹製のハリセンで、翼をばしんと叩く。
「つばささん、めっ」
「あたっ、ごめんなさぁい」
そんな様子に、大受けしてるのが秋也である。
ビスマルクは、
「この子の教育、大丈夫かしら……?」
と心配をしている。
「びすこちゃん、頭痛いの?」
「いいえ、大丈夫よ」
しゃがむと、真愛の頭をナデナデする。
「うふふ、皆に愛されてるんですね?」
深海提督が、笑いながらコーヒーを啜る。
「そうなんですよ。陸戦隊には、既に『真愛ちゃんファンクラブ』まで立ち上がってて、会報もできてるんだそうです。勿論その主犯は、そこの翼さんと秋也さんなんですけど、秋也さんの撮る写真が上手で」
「一応俺様、写真が趣味なんでね。もしよかったら、お二人もヌードを撮ってもいいぜ?」
そんなセクハラ攻撃に対して、顔を赤くするのが深海提督、自分にそんな需要はない、と思っている北方棲姫。
ぱしん
「はだかの写真はメッなの!」
真愛が、秋也をハリセンでぶっ叩く。
「はっはっは、冗談だよ」
「ほんとうに……?」
じーっと見つめる真愛に、秋也は笑顔で頷いた。
「ならよし」
そう言うと、ハリセンを元の位置に戻す推定三歳。
ママの元に戻る。
愛は真愛を抱っこすると、
「デスペランの方はどうですか?」
「ええ、摩耶や多摩、それに神通ちゃんと、毎日楽しく暮らしていますよ」
「えええ?神通さん、未だに家出中なんですか?」
「今は、桐山さんと和解して単身赴任中で、週一回通い妻をしていますよ」
「そうなんですねぇ……」
「さて。ちょっと深海提督に話があるんだが、場所変えね?そうだなあ、愛、それにビス子、従いて来な?」
「何でしょうか?」
真顔で切り出した秋也に、真顔になった深海提督。
「ちょっと気になったことがあってよ。ジレーネ戦争について」
「………分かりました」
――――――――
土佐鎮守府の地下倉庫。
防音が為された静かな場所。
そこのコンテナに、愛とビスマルクが腰掛けて、深海提督は立ったままで、秋也は壁に凭れ掛かる。
「ハーフェン、とか言ったか。大貫 悟は
「えっ?」
「足立一佐!大貫さんは殺されたのよ!国民の目の前で!」
秋也の言葉に愛は絶句して、そしてビスマルクが咎めるように言う。
「俺は、あの用意周到なオッサンが、あっさりくたばるとは思っちゃいねえ」
「確かに……」
「そうかも知れないけど……」
愛が頷いて、ビスマルクは困惑した顔になる。
「もし、全てを覚悟した上で死んだのならば、
「と言いますと?」
愛が問い掛けると、
「高菜直哉」
その言葉に、全員がシーンとなる。
ハーフェンは、其の場に座り笑みを浮かべる。
「まず、一つわかったことがある。宮戸島の奇跡、あれは茶番だろ?」
「ええ」
ハーフェンが答えると、愛は「あぁ」と納得した思いだった。
「高菜直哉は、《導き手》として選ばれたんだろうよ。まずは、愛ちゃんの師匠だろ? それに、『不敗の女神』の黒幕だろ?大ちゃんから聞いてんだぜ。ジレーネ殲滅の為の重要なピースを集めながら、何年も茶番をし続けてきた。そして大貫の預言どおり、ジレーネが出て来て倒された。俺様はこれで終わり、なんて思っちゃいねえ。其の為の艦娘融和政権だ。高菜家の長男が経済を、そして長女と其の学友が政治を支配し、いずれ次男が軍事を握る」
「流石にそこまで行くと、仮想戦記の気がします」
「そうね」
秋也の言葉に、苦笑いを浮かべる愛とビスマルク。
「かもな。こっから先はおれの想像でしかないが、何故高菜源一郎はまだまだ働き盛りの年齢で引退して、家に引き籠ったのか?これも大ちゃん情報だが、かなりの書物を集めている『読書狂い』だそうじゃねえか。言い方を変えれば、知識の蒐集者。スフィンクス。
そんな秋也の物言いに、満足の行った笑みを浮かべるハーフェン。
「それで、もう一つ訊きたいことがあってな。ここからは、明石を締め上げて訊いてもいいんだが、艦娘の妊娠能力は封印されてるな?」
「ええ」
その言葉に、強い衝撃を覚える愛とビスマルク。
「おかしいんだよ。避妊とかせずに、艦娘と同衾して妊娠例がこの七年以上の間で一例もない、ってのは。これはあれだな、反艦娘勢力の不信・疑惑を逸らす為だな。これで子供が出来たら、きっと不幸なことになる。子供は研究材料にされるだろうな。それこそ、
「…………」
ビスマルク自身、好きな人がまだいないが、他の鎮守府の僚友には提督と恋仲の艦娘も居る。
子供の望みが絶たれたことは、ショックではあるだろう。
「まあ、明石を締め上げるしかないが、ビス子?デリケートな質問だが、生理はあるか?」
「ええ、あるわよ」
「と言うことは、生物的機序は機能してる、ってことだな?」
「それじゃあ……」
「うん、封印を解くことは可能だと考える」
自身の仮説を述べると、ちらっとハーフェンを見る。
ハーフェンは、満足そうな笑顔で頷いた。
「なら良かった。
「先生が、それを望んでるとはあまり思えないんですがね?」
秋也の言葉に、愛が苦笑いを浮かべる。
「まあそれでも、南三陸鎮守府の武藤二佐なんぞは大喜びだろう。あのオッサンは、日本一の艦娘ラヴァーだからな?」
その言葉に、全員が頷いた。
「さて、大貫 悟の件は宿題だ。俺達は、大貫 悟にどこかで見守られている、或いは見張られている、と思って行くべきだろうな?」
その言葉に、ハーフェンが立ち上がった。
「私も、大貫さんの『死後』どうされてるかは判りません。もしかしたら、どこかで見守っている可能性はあるかもしれませんが……」
「全く。生きてれば生きてたで、死んでれば死んでたで、俺達を苦労させるオッサンだぜ」
そんな秋也を、皆苦笑いで見ていた。
――――――――
戻って来ると、真愛はほっぽちゃんのスマホで、大人しく『それいけ!ワンパンマン』を見ていた。
燿子とリーヴェは自分の子供を抱いているし、健太はそんな二人の傍らにいる。
副官の花梨は、せっせと自分の仕事をしているし、翼は漫画を読んでいる。
そんな所で、軍港が賑やかになる。
「おっ、土佐海賊団のお帰りだな?」
海賊に扮した艦娘達が、庁舎に入って来る。
「
「本日は、安芸鎮守府を襲撃して来ました」
「旧土佐の艦娘がいない鎮守府は、まだまだ対処が遅いですね」
「愛ちゃんの為に、いいもの分捕って来たわよ」
「愛ちゃんと言うより、健太君と言ったほうがいいかも……」
大井が、背負ってるズダ袋から、無修正のエッチな本やDVDを取り出す。
「健太君と真愛は、見ちゃ駄目!」
そう言いながら、ズダ袋に戻す愛。
「ええと、要するに官舎まで押し入った、と?」
ジト目で見ている愛に北上が、
「うん、ついノリで」
「……後で、安芸に行って返して来ます」
其の愛の行動が、安芸鎮守府の提督(40代男性)に取って最大の恥辱になるとは、愛は思ってもいない。
「まあ、皆帰って来たところで飯にしようぜ。俺様の奢りだ!」
『おー!』
第2艦隊の皆も連れての食事である。
ハーフェンも北方棲姫も、艦娘達との親交を温めて帰って行った。