中学生提督日記   作:SAMICO

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辞令

愛は、二月初めに発令された人事辞令に困惑していた。

 

曰く「四月一日(しがついっぴ)より、笹野 愛特任一等海佐を宮戸島鎮守府司令官に任ず」と言うことだった。

愛にとっては故郷に戻れる機会だったが、せっかくできた友達や、真愛のお友達のことを考えると気が重くなって来た。

人事辞令は副官や健太達も対象で、大塚二佐が土佐鎮守府司令官を引き継ぐ運びになりそうだ。

 

「はぁ……」

 

愛は大きく溜め息を吐いてから、FAXで送られて来た辞令をテーブルに置いた。

 

「どうしたの?愛」

 

燿子がコーヒーを淹れてやって来ると、愛は苦笑いを浮かべながら顔を上げる。

 

「いやあ。宮戸島に帰れ、と辞令を受けて、ちょっと困ってるんですよ」

「良いじゃない。因みに、私は従いて行くわよ」

 

コーヒーを差し出しながら辞令に目を通すと、愛は「そうじゃなくて……」

と付け加えてから、再び大きく溜め息を吐く。

 

「恵奈ちゃん達と遠く離れてしまうのはしょうがないとしても、真愛のお友達にどう説明しようか?と思って……ね」

「なるほどね。まゆちゃんにとしちゃん、それに拓くんに、ちゃんと四月までに……いいえ、なるたけ早く説明しないといけないわね?」

 

燿子は、腰に手を当てながら辞令を手に取る。

 

辞令対象者は愛、それに健太、燿子、そして副官の花梨、航空隊長の翼、それに暁を除く艦娘達である。

残るのは、それ以外の全員。

土佐鎮守府は、改ル級ことジェニファー率いる()()()()()()()の鎮守府となるのだ。

()問題児のレ級が残るのは、愛にとっては気懸かりだが、暁と常識人の大塚二佐が仕切ってくれるだろう。

それに、四国警務隊長の足立秋也もいる。

 

…………筈だった。

 

 

「おっす!警務隊長のローテーションで、東北に行くことになったぜ!」

 

と、届いた辞令と共に秋也がやって来なければ。

 

「……………」

 

()()()()()()の東北エリアに、()()()が東北地区警務隊長として乗り込んで来るのだ。

 

「それで、後任の人事はどなたが?」

「幸田美紅一佐が入れ替わりで赴任するってよ」

「ところで、元宮戸島司令官の高菜先生はどうなるんですか?」

「ああ、つけもん(高菜)は昇進するぜ。大本営幕僚総監補として、大本営のナンバー2として准将に昇進らしい。数年立ったら、史上初の40代の将補の誕生だ。親父も幕僚長たる陸将(元帥相当)に昇進だ。そんで、七原のおやっさんは引退して、中岡さんが大本営警務本部長にスライドする。まあ、このへんは()()()()の人事だな」

「ですね」

 

そんなこんなしていると、遊びに出掛けていた真愛が帰って来る。

 

「ただいまー!秋也お兄ちゃん、こんにちは!」

「おっす、おかえり」

「おかえり、真愛」

「おかえり、真愛。ジュースを用意するから、手を洗って来るのよ」

「はーい」

 

燿子に元気よく応えて、手を洗いに執務室を後にする真愛を見送ると、愛は立ち上がって、

 

「立ち話もなんですから」

 

と、接客用のソファーに移動して腰を下ろす。

 

「だな」

 

秋也もその対面のソファーに腰掛けると、手を洗い終わった真愛が戻って来て秋也の隣に座る。

それを見計らって、燿子がコーヒーとオレンジジュースをそれぞれに差し出すと、愛の隣に腰掛ける。

 

副官の花梨は、副官デスクで黙々と仕事を熟している。

郷里二佐の人事は()()である。

 

「ところで、花梨さん」

 

それを思い出した愛は、そんな花梨に声を掛ける。

 

「はい?」

「郷里二佐の処遇ですが……」

「……少し考えさせてください。私の異動も含めて」

 

花梨の異動に関して、彼女なりに困惑していた。

生まれたばかりの竜馬と向日葵(ひまり)を祖父母の近い場所で育てるか、或いは土佐の地に落ち着いて育てて行くか。

ただ、今現在育児を担当しているリーヴェが、(ひなた)、リヴァと共に宮戸島に戻ってしまう為、戻った方が良いのではないか?

そして、私事(わたくしごと)に裁量権を使って、夫の人事に介入して良いものかどうか。

 

「ばっか、考えるなら一択だろう?使えるもんは使っとけ」

 

秋也は、そんな彼女の悩みを見透かしたように口を挟んだ。

そんな秋也の態度に、花梨は大きな溜め息を吐いた。

 

「はぁ……皆さん、自衛隊の人事を何だと思ってるんですか?」

「そうは言いますけど……」

 

愛も秋也と同じ考えを持っていた。そして、自由裁量で一つの人事案を大本営に提案しようと思っていた。

花梨と剛を岩沼鎮守府に戻す、と言う人事案である。

 

「抑々私は、花梨さんを連れて行く気はないです」

「えっ?」

 

そう言うと、立ち上がってデスクに戻り、司令官パソコンを使って足立陸将(総監)にメールを入力した。

 

――この機会に、郷里夫妻を岩沼鎮守府に配置出来ませんでしょうか?――

 

と言うメール内容だった。

それを送信すると、直ぐに足立陸将から返事が返って来た。

 

――大本営としてはこれを可とするも、岩沼鎮守府司令官の了解を得て欲しい――

 

と言う返信内容だった。

 

直ぐに受話器を手に取ると、岩沼鎮守府に電話を掛けた。

 

『はい、岩沼鎮守府、秘書艦の妙高です』

「もしもし、妙高さん、お久しぶりです。土佐の笹野です」

『愛ちゃん、急にどうしましたか?』

「羽佐間准将をお願いできますか?」

『はい、直ぐに准将にお繋ぎします』

 

その会話内容で、花梨はもしや?と思いながら愛の方を見ている。秋也は、愛のやろうとしていることが判ったようで、ニヤニヤし始める。

 

『羽佐間だ。愛ちゃん、何か用かね?』

「四月の人事異動で、宮戸島鎮守府に異動になりそうです」

『それは高菜から聞いている。それで、本題は何かね?』

「その人事異動で、岩沼鎮守府副官と……そうですね、副司令官に補職したい人物がいるんです」

『花梨と剛君か。良いだろう、了解した。()()()希望したら、そのように計らおう』

「ありがとうございます」

 

愛が電話を切ると、花梨はその予感が的中して、ジト目で自分の司令官を見遣った。

 

「そういう事ですか……」

「土佐に残り、大塚新司令官の副官になるか、岩沼に行くかは、花梨さんと剛さんで相談して決めてください」

 

真面目な顔をして花梨に向き直ると、花梨は立ち上がった。

 

「……剛さんと相談します。席を外してよろしいでしょうか?」

「はい、副司令官執務室で相談して来てください」

 

愛のその返事に敬礼すると、花梨は執務室を辞去した。

 

「何れにせよ」

 

それを見送ったあと、秋也が口を開いた。

 

「全ては大貫 悟のせいだな」

「……大貫……さんですか?」

「大貫 悟……いや、大垣 守は死んだのよ?」

 

秋也は、あまり理解が追い付いていない愛と燿子に向き直ると、

 

「大貫 悟は()()()で生きている。犯人の目星はついてんだよな。丁度政界には長女(優衣)、財界には長男(直樹)、そして大本営のナンバー2に次男(直哉)が充てられる。そういうこった」

「…………」

「大体、浦の星転移事件も大貫 悟の仕出かした事なんじゃねーの?」

「……あれは事故ではなかった、と言うことですか?」

「まあね」

「そうなると、秋也さんは高菜源一郎が大貫 悟だと?」

「さぁね。別にどうでもいいよ、そんな事は。つけもん(高菜直哉)が『未完の大貫悟伝が完成した時、反艦娘派に致命的な一撃を与えるだろうね』と言っていたよ」

「…………」

「どっちにせよ、どうでもいいよ」

「ジレーネ戦役は……本当に必要な犠牲だったんでしょうか?」

 

愛は、問い掛けずにはいられなかった。

 

「…………さぁね。少なくとも『無駄に死んだ』奴は誰一人いなかった、と思うほかないよ。心情的には」

「…………」

 

秋也は、少し遠い目をしてから再び愛に向き直りそう言うと、愛は何も言えなくなっていた。

 

「まあ、今現在脱柵した艦娘が海賊行為を働いていたり、害獣化してる深海棲艦が暴れていたり。何より、こっちが重要だ。全世界的な深海棲艦の危機が去った今、テロリズムの危険もある。死んだ奴等には悪いが、茶番を続けてたほうがマシだった、と言う見方まである」

「…………」

「テロねぇ……中東では過激派武装組織が反政府勢力として大きな勢力を伸ばしているって聞いてるわ」

 

そう。全世界的な深海棲艦の危機やジレーネ戦役の後、世界を待っていたのは、過激派による世界的な治安の悪化である。

ソマリア沖では日常のように海賊が略奪行為を働いており、脱柵した艦娘やハーフェンに従わない深海棲艦の一部がそれに加わっているのだ。

 

「日本が例外だと思うなよ。テロと言うのは何時何処で起きるか判んねえ。だからこそ、艦娘は必要だし、浜松警備保障と言う()()軍事企業が必要なんだ」

「…………」

「そうね……」

 

二人は、秋也が珍しく真面目に語るのを、真剣な顔つきで聞いている。

隣の真愛は首を傾げたままだが、秋也の方を見ている。

 

「厄介なのは、反艦娘派の残党だ。自衛隊内にもそう言う勢力がないとは言えないからな、クーデターと言うこともゼロじゃねえよな。その時に艦娘が相手をするのは、()()なのかもしれない。『艦娘の艦砲が人を殺す日』が来るかもしれない」

「そんな未来は嫌ですね」

「そうね……」

 

二人が返す言葉に秋也は頷くと、コーヒーを飲んでから口を開く。

 

「大貫 悟は今()となった。親父やつけもんを中央に配置するのは、やつ(大貫 悟)の予定通りなのかもしれねぇな。つけもんは、結局『導き手』だったんだろうね。そして、いずれは大本営幕僚総監として指導者になるのも、予定通りなんだろうよ」

「……見て来たような嘘、にも聞こえますね」

「そうね」

 

その愛と燿子の言葉に、秋也はフフッと笑うと言葉を続ける。

 

「嘘だよ」

「「えっ?」」

 

二人が絶句するのを気にせずに、秋也は続けた。

 

()()はどこにもないんだ。高菜源一郎が全ての黒幕だったとしても、大垣 守が世界線を超えてやって来たとしても、別世界で黒澤ルビィという子が提督をしている世界があったとしても、()()証拠はない」

「でも、私は確かにルビィちゃんと出会って!」

「ばっか、そんなの誰が信じる?」

 

愛が立ち上がり言葉を荒げるのを、秋也はピシャリと斬って捨てた。

 

「もしかしたら、マルチバーストラベル(多元世界旅行)が実現するかもしれないけど、そうなるまでは愛ちゃん達が体験した出来事は()()()に過ぎない、ってこった」

「むぅ……よくわからないよぉ」

 

黙った愛と燿子の代わりに真愛が口を開くと、秋也は真愛の頭を撫でた。

 

「結局は『分からないものは分からないものとして、()()()()()に受け入れる』事しかないんだろうね」

 

秋也はそう言うと、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

 

「大事なのは、今俺達にできることをすることなんじゃないかな?愛ちゃんは何れ防大に進むんだろ?三尉からやり直すだろ?それで―――」

 

秋也は、敢えてその言葉の先を言わなかった。

 

「まあ、次世代の期待の星って訳だ。愛ちゃんだろ?大村んところのなっちゃんだろ?真愛だろ?もしかしたらその頃には、自衛隊は正式に軍になってるかもしれねぇな」

「今の政権で、そういう動きがありますからね」

「それを見届けたら、俺は退役しようと思ってるよ」

「……全ては」

 

愛は、口を開いてから少し躊躇して、

 

「大貫 悟の仕業だった、ってことですね」

 

そう言うと、自分の人生設計をここまで狂わせた、大貫 悟なる()()()()()を殴りたくなる思いだった。

 

 

――――――――

結局、花梨は岩沼行きを承諾することになった。

郷里夫婦の新居は、三ヶ月と少し、と言う短い期間で別れを告げる事となった。

 

「なあに、岩沼でどこかマンションを借りれば良かろうて。それに、竜馬も向日葵も眞梨紗ちゃんと一緒に育ったほうが良いだろう」

 

この剛の言葉で、花梨は再び父の副官に戻ることを決意したのだ。

 

戻って来た花梨は、一言だけ「岩沼に赴任します」と愛に告げると、再び副官の仕事に戻った。

そんな花梨の姿を見て、秋也と愛は悪戯っぽい笑みを花梨に向けていた。

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