中学生提督日記   作:村上浩助

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土佐へ~花梨の大爆発~

最近の室戸の海は平和だ。

 

深海棲艦襲来は減っているし、艦娘達も近海でリーヴェサーカスの新しい仕込みに余念がない。

しかし……

 

その原因は、基地航空隊にあるのだ。

毎朝0430に、司令官官舎で眠っている愛の業務用携帯電話が鳴り響く。

「うー……翼さんかぁ」

「また……?」

 

同衾していた健太も、目を覚ます。

 

「はぁぃ、こちら葬儀屋……」

 

師匠の癖が移っているようで、寝惚け眼で電話に出る。

 

『もしもし、出撃許可頂戴!』

「はぁい……変身」

 

ピカッとチョーカーが光ると、ガチャッと携帯電話が落下する音が聞こえる。

翼の官舎には、格納庫にそのまま直行できるスロープを設置したから、官舎の中で落としているから大丈夫だろう、と思いこちらから電話を切る。

 

「健太ぁ、今何時?」

「まるよんさんまるくらい…?」

「……寝よう」

 

むぎゅっと健太を抱き締め、再び眠りに就く。

健太も、お布団の中で抱き締め合って寝ることに、漸く免疫が付いて来たようで、そのまま眠りに就くのだ。

 

こうして、翼妖精さん率いる攻撃隊と、空の魔王妖精さん率いる近海防衛隊は合同で、近海を彷徨いている深海棲艦狩りを行う。

これは、哨戒行動も兼ねていて、大規模攻勢があれば、すぐに通報するようになっているのだ。

艦娘達は、最近寝不足に悩まされることなく、朝までゆっくりおねんねできる、と言う寸法である。

問題はコストだが、大貫空将が愛の着任時に「コストは気にしなくていい」という発言をしてしまった為に、要求すれば資材は送って来るのだ。

抑々、それに見合う戦果を出している為に、上層部も文句は言えないのだ。

 

まさに翼は、名前の通り空を飛ぶ海鳥の翼の如く、日課のように早朝出撃に勤しんでいる。

 

――――――――

愛は学校から帰って来ると、執務机にある司令官用コンピュータで、艦娘と基地航空隊の戦果を確認する。

 

「基地航空隊が完成してからは、戦果はうなぎ上りですね」

 

副官デスクで、書類を処理している花梨が声を掛ける。

 

「戦果は上げてくれるし、艦娘達も新しい戦術を研究する余裕が生まれましたし、翼さんの始末書も減りましたし、外出申請も早朝出撃を許可してから減ってますし、いいことづくめじゃないですか?」

「もう一生、妖精のままでいてくれたらいいのに。可愛いし無害だし」

 

花梨は毒を吐く。どうしても、父の女性版のような翼とは相容れないのだ。

 

「あはは、最初の一ヶ月が超過勤務過ぎたんですよ。残業代出ないかなぁ………?」

「いいじゃないですか?佐官特権で食事券支給が増えて、浮いた分は貯金してらっしゃるんでしょう?」

「貯金は、健太と結婚した時の為のお金です。深海棲艦との戦いが終わって平和になったら、私もお役御免で、今度こそちゃんと防大を出て、正式な自衛官になって佐官までは昇進したいな、と思ってるんですから。できれば、高菜先生のところまで」

「……と言うことは、陸希望ですか?」

「はいっ、普通科希望です。この黒い制服もいいんですけど、やっぱり緑の高菜先生の制服に憧れるんですよ」

 

この場に健太と燿子はいない。健太と燿子には部活動を許可した、と言うより推奨した。

そんな訳で健太は空手部、燿子は軽音部を選んだ。燿子は小さい頃からピアノを習っており、学校の体育館に設置してあるピアノを前に、愛が冗談でリクエストした「ラ・カンパネラ」を、即興で演奏するくらいの腕前である。

この学校の音楽系部活が、吹奏楽部と軽音部だった為、キーボード志望で軽音部を選択した。

愛は授業が終わると、真っ先に鎮守府に帰って宿題をこなしてから、司令官としての執務を始める。

 

「さて、コーヒーをお淹れします。角砂糖はお一つ、フレッシュ入りでよろしいですね?」

「はい、有難うございます」

 

花梨が立ち上がりコーヒーを淹れていると、愛がいつも携帯している業務用電話が鳴り出す。電話の主は坂本一佐だ。

「はいもしもし、笹野です」

『おー、今学校ぜよ?』

「いえ、執務室にいます」

『先日は、こちらの提案での合同攻撃の尻拭いをしてもらってすまんかったぜよ』

「いえいえ、お役に立てたなら光栄です」

 

花梨は、電話をしている愛の前にそっとコーヒーを差し出すと、自分は急須にウォーターサーバーからお湯を入れて湯呑みに注ぐ。

因みに、ウォーターサーバーの天然水代は、花梨と愛と健太で出し合って払っている。

 

『それで本題じゃけんど、土佐に一度来たらどうぜよ?先日のお礼もしたいきに』

「そうですね、艦娘達も交流できればいいですね。室戸は基地航空隊と、フルアーマー51㎝連装砲ちゃん改二改もいますし」

『ふる……あーまー?ああ、明石がまた何かやったんじゃろが』

「はい。ぜかましの連装砲ちゃんをベースに開発した、自立自走砲ですね。明石さん曰く、履帯を大型化して安定感を増やして、両腕には連装30㎜ガトリング砲をそれぞれ搭載して、胴体下部に12.7㎜連装機関銃を装備して、追加装甲と履帯強化を施して、両腰に誘導弾を搭載した、まさに移動要塞ですね」

『まぁた、明石の奴は改造狂いに走ってるぜよ』

「明石さんの事、ご存知なんですか?」

『ワシは前任地が横須賀じゃき、明石ん事はよう知りゆうがぜよ』

「そうだったんですね。以前から、あんな感じだったんですか?」

『そうぜよ。大貫空将がこっそり修理代を建て替えていたぜよ。大貫のおっさんは、明石にゃあ甘いきね』

「それで、本題なんですが……」

 

コーヒーを一口飲んでから、花梨の顔を見て笑顔を浮かべる。

ちゃんと何時も通りのコーヒーを淹れてくれる。

因みに、コーヒーの入れ方は花梨が一番上手く、燿子が一番下手である。

お嬢様だった燿子は、花梨の指導の下、私生活絶賛修行中である。

 

『そうぜよそうぜよ。いつがいいぜよ?』

「うーん、それじゃあ今週の土曜日…明後日に、艦娘達と副官を連れてお伺いします」

『あの茶髪娘とか、フィアンセは連れて来ないぜよ?』

「燿子は郷里三佐がどうも駄目みたいで……健太は土曜日は空手部の部活があるので」

『おーおー、青春を謳歌しとるのう。三佐も何か部活でもやったらどうぜよ?』

「いやあ、そんな暇ないですよぅ。書類はあるし、減ったとはいえ始末書も処理しないといけないし」

『そんなもん、妖精さんにやらせときゃいいぜよ』

「そういう訳に行かないでしょ。事務員妖精さんは、午前中頑張って働いてもらってるんですから」

『三佐は真面目ぜよ。それがおまんさの良いところぜよ』

「という訳で、明後日土佐で」

『おう、わかったぜよ』

 

電話を切ると、花梨が声を掛ける。

 

「提督!土佐に連れて行っていただけるんですか?」

 

心なしか嬉しそうだ。過日の翼と愛との語らい以降、坂本一佐、と言うより郷里三佐が来ると、仕事を張り切っているのだ。

率先してお茶を出したり、仕舞いには司令官を放ったらかして、接客応対と称して陸戦隊のところに行ったり。

愛は、父親への反感や敵視・憎悪は、ファザコンの裏返しではないか?と考えていたのだ。

毎日、母と夜にテレビ電話で駄弁るのも、女子会等がない日には、日課になってるのだ。

その時に花梨のことを話したら、「それは何かの裏返しではないかしら?」と言う助言をもらったのだ。

一般内科・外科医になった今も、心療内科分野の研究を続けている母・麻衣である。

 

「え?ええ。副官を連れて行かずにどうしますか?」

『分かりました。お供させていただきます』

「嬉しそうですね」

『いっ、いえ、そんな事はありません。提督のお役に立てるのが嬉しいだけです』

 

ちょっと顔を赤らめて目を逸らす花梨に、説得力は皆無である。

「という訳で、ハイエースの運転をお願いします」

「了解しました」

 

室戸鎮守府には、艦娘移動用の業務車として、九人乗りハイエースが配備されている。

 

――――――――

土曜日。

燿子と健太が、それぞれの部活に出掛けて行ったのを見送ると、艦娘達を乗せて土佐へと向かう。

花梨はとてもご機嫌で、制服ながらおめかしもバッチリである。

髪も丹念に洗ってリンスしたのかツヤツヤで、お化粧も普段はほぼすっぴんなのにきちんとしており、鼻歌を歌いながら運転している。

後ろに乗っている艦娘七人は、そんな花梨を不思議そうに見ている。

ただ一人、愛はふふっと笑いながら頬杖を突いて、海沿いの景色を眺めている。

 

「そう言えば、土佐鎮守府は副官が私の同期で、変わった人物なので驚くと思いますよ?」

「そう言えば、坂本一佐、いつも副官をお連れになりませんでしたね。楽しみです」

 

土佐鎮守府に到着すると、坂本一佐と郷里三佐とその隣に、背が低く童顔で、中学生にしか見えない二尉の階級章を付けた無表情の女性、それに天城以下艦娘達がお出迎えする。

 

「良う来たのう。今日はお客さんじゃき、緊張せんで良いぜよ」

「ぐわはははは、先日は危ないところを助けてもらってありがとう。ワシはこの通りピンピンしているが、成迫はまだ加療中での。最近の若いもんは身体が弱くていかん」

 

あんた人間じゃねえよ。と、何人かの艦娘と愛は思ったが、口には出さない。

「…………」

くいっくいっと、坂本一佐の隣に立っている女性が、坂本一佐の袖口を引っ張る。

そして、坂本一佐を見上げる。

 

「……ん?ああ、『紹介してください』って?こっちは、大葉葵二尉。ワシの副官ぜよ」

「この人が、副官さんなんですね、てっきり坂本一佐の娘さんが名誉隊員とかになってるかと思いました」

「そうなんですよ、この子が同期で防大主席卒業生。酷く無口で無表情で『沈黙娘』と云う異名を持っています」

 

愛の言葉に、花梨が説明する。葵は、視線で花梨に何かを訴え掛ける。

 

「何?ああ。『立ち話も何でしょうから、応接室に案内します』ね?」

 

花梨が翻訳すると、葵はコクリと頷く。

「えっ?何で分かるんですか……?」

 

何だこの謎のコミュニケーション。これで伝わるのか!?

愛は唖然としていた。

 

艦娘達は早速演習に入る。リーヴェサーカス拡大公演(土佐・室戸合同攻撃)の演習を、ビスマルクと天城の旗艦同士連絡を取り合って、連携の確認をしましょう、と言うことになったらしいのだ。

 

埠頭に仲良く向かう艦娘達を見送ると、愛と花梨は葵の先導で応接室に案内される。

勿論郷里三佐も一緒である。

応接室に案内されると、坂本一佐が、

「まあ座り」

そう席を勧めると、愛と花梨は頭を下げて腰掛ける。

それを見ながら、郷里三佐と坂本一佐も腰掛ける。

 

葵が敬礼すると、愛も何となくコーヒーをお淹れします、と言いたいのが解った。

何だろう、この謎のコミュニケーション。そう思っていると、葵は一旦退室する。

 

「葵の淹れるコーヒーは絶品ぜよ」

「そうなんですね、坂本一佐は大葉二尉と親しそうですね?」

「そりゃそうぜよ。姉貴の娘で姪っ子じゃき」

「叔父に自衛官がいるとは存じていましたが、坂本一佐だったのですね?」

「ぐわははは、物静かだが的確に動いて仕事をする、優秀な娘じゃて」

 

静かにも程があるだろう。よくこれで防大を卒業できたなぁ、そう考えていると、

暫くして、葵がコーヒーをトレーに載せて戻って来る。

それぞれの前にそっと差し出すと、トレーを胸に抱えて脇に控える。

一言も発しない。初志貫徹一貫していると言うか、失語症と言うか……

 

坂本一佐と愛が、戦術について談義を始める。

坂本一佐は優秀な戦術家で、室戸、そして廃止された安芸鎮守府がブラックの時代から、全てカバーしていたのだ。

高菜二佐同様、戦争初期からの提督組で、高菜二佐がミラクルを起こして飛び級昇進したのに対し、坂本一佐は羽佐間一佐同様武勲のみで一尉から一佐まで駆け上がった、優秀な提督である。

近々新設される准将補に昇進か?と言われているが、坂本一佐は現場に拘り大貫空将にも、

 

「現場から離れるなら、昇進はお断りぜよ」

 

と言っている為、おそらく自衛官初の、現場勤務の准将補は坂本一佐になるだろう、と高菜二佐とも話しているのだ。

 

その間花梨は、郷里三佐の方を見ている。郷里三佐も優秀な戦術家と言っていい人材で、陣頭に立って艦娘を指揮している。

その為、その視線には気づかずに、戦術談義に加わっている。

どちらかと言うと坂本は参謀の才能が強く、作戦を立案するのが得意で、前線指揮は郷里三佐が得意で、お互いの連携が取れている理想的な鎮守府なのだ。

愛は、どちらかと言うとまだ半熟で、器用貧乏の傾向がある。

それでも、専門家に任せられるところは、変なプライドもなく任せてしまえるところが愛の良いところだ、と坂本一佐は語る。

 

そんな戦術談義の間、葵は微動だにしない。存在をすっかり忘れているくらいである。

 

戦術談義に花を咲かせていると、ポンポンと坂本一佐の肩を叩く葵。

「お?『そろそろ夕方です。何時ものお店に予約を入れますか?』だって?そうじゃの、あそこならWEBで予約できるき頼むぜよ」

 

葵はその坂本一佐の言葉にコクリと頷くと、敬礼して部屋を退室する。

 

「姦しい艦娘達は艦娘達で女子会を開くだろうし、ワシ等も飯にするがぜよ」

「ぐわははは。提督の行き付けの居酒屋は、チェーン店ながら美味しい料理を出すことで有名ぜよ。勿論、笹野三佐はお酒は駄目だからな?」

 

郷里三佐が豪快に笑うと、愛は疑問に思っていたことを口にした。

 

「ところで、大葉二尉は失語症なのですか?」

「ん?《ただの》無口ぜよ。酔っ払うとよう喋るぜよ」

「私も何度か聞いたことがあります。『しまった』とか『チェックメイト』とか」

「………」

 

あれでただの無口か!愛は、突っ込みたい思いを何とか我慢していた。

 

――――――――

「それじゃあ、先日の大勝利に」

『かんぱーい!』

 

次々と料理が運ばれて来る。郷里三佐は姿に似合う、大食漢の大酒豪である。

乾杯からいきなり『日本酒冷、ジョッキで』と言うおかしな注文をして、愛は唖然としていた。

坂本一佐もお酒は強いみたいで、初っ端から日本酒を頼む。

帰りに運転をするつもりだった花梨は、お酒を辞退したが、何なら空いている官舎に泊まって行けばいい、と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

その為花梨は緑茶サワー、愛は烏龍茶である。

 

また暫し、戦術談義に花を咲かせて皆いい感じに酒が入り、愛も雰囲気に酔うタイプで、楽しそうに笑っている。

その間、葵は無言で指を鳴らすだけで追加オーダーを通す、と言う愛にとって理解不能なイリュージョンを目の当たりにして絶句したりしたところで、ふと坂本一佐が口にした。

 

「しっかし、羽佐間三尉は話の間、ずっと郷里を見ていたが、三尉はこういうのが好みかや?」

「!?」

「ぐわはははは。一佐、それは羽佐間三尉に失礼と言うものでしょう。ほら、ワシのような怖い男は、女が寄り付かないでな」

「まあ、花梨は男嫌いですからね。ちょっとでも軽い男は、ゴミか養豚場に送られる豚のような目で見るような娘でしたから。抑々、父親が駄目なんですよ。人妻だろうが口説いて寝取るわ、噂ではご落胤の一個中隊はいるとか、そんな噂ばかりの人ですから」

 

とうとう葵が口を開いた。驚愕する愛。

 

「喋った!?」

「いや、私だって喋りますよ。失語症か何かだと思ってましたか?だいたい……」

 

そんな愛をジト目で睨みながら、そのまま数十分間喋り続けて、眠りこけてしまう。

 

「こ……こんなに喋る方だったんですね?」

「酒の弱い葵が、喋り出した時はレッドゾーンぜよ。そのまま喋り続けて寝てしまうきに」

「ぐわははは。すまんのう、羽佐間三尉。こんな暑っ苦しい酒席で。男嫌いだと言うと、ワシなぞ苦手の極致じゃろう?」

「い、いえっ!そんな事ありません!」

 

郷里三佐が豪快に笑い掛けると、花梨は慌てて否定する。

 

「まぁ、花梨さんはファザコン気質ですからねえ。羽佐間一佐を恨んだり、それと同類の翼さんを敵視したりするのは、何かの裏返しなんですよぉ。それで、しっかりしたお父さん風の、郷里三佐に惚れてしまった、と」

「て、提督!?」

「あいたっ」

 

雰囲気に酔っている愛が、烏龍茶をごくごくっと飲み干してトロンとした口調で語り出すと、花梨は顔を赤らめてバシッと提督()の肩を叩く。

 

「ほぉ~………」

 

ニヤニヤっと笑い出す坂本一佐。

 

「ほら、これが証拠ですよぉ」

「ぐわはははは。まさか、羽佐間三尉のような可憐な娘が、ワシのような粗野な野獣を好きになる訳なかろう?」

 

同じくニヤニヤっと笑う愛。二人が結託した瞬間である。

そして、豪快に笑ってジョッキ日本酒を飲み干すと、お代りをしている鈍感な郷里三佐。

 

「笹野三佐、良いことを思いついたぜよ」

「何ですかぁ?」

 

お酒を一滴も飲んでないのに、《一番酔っ払い》な愛が答える。

 

「ちょっとデートに付き合うぜよ。健坊には、後で嫁を借りる、と断っとくきに」

「はぁい、お供しますよぉ」

「チョッ、待っ……」

 

花梨が手を伸ばすのを、するりと抜けると笑みを向ける愛。

 

「あんまり自分を偽ってると、幸せになれませんよ?」

 

そう言うと、二人連れ立って……葵を坂本一佐が背負って居酒屋を出て行ってしまう。

 

――――――――

「………」

「ぐわははは。顔が赤いが、どうしたんだ?」

「………」

 

超鈍感な郷里三佐が豪快に笑い掛けると、花梨はやって来たジョッキ日本酒を奪い取り、ゴクゴクゴクっと飲み干して、ドンッとテーブルに叩き付けた。

「お、おい、三尉」

 

花梨の突然の豹変ぶりに驚いて、目を白黒させてると、

 

「郷里三佐、私は貴方のことが好きですっっ!」

 

全力で、声を振り絞って叫んだ。

 

「えっ?」

 

 

――――――――

「郷里三佐、私は貴方のことが好きです!」

 

ちょうどその頃、同じ居酒屋の二階座敷で宴会中の艦娘達は、その店中に響き渡る花梨の告白が聞こえると、

ビスマルクは黒ビールを噴き出し、アイオワは持ってるお猪口を取り落とし、鳳翔ですらお箸で摑んだ唐揚げをころりと落として、伊勢はフリーズし、北上は大爆笑して、大井は聞かなかったことにした。

 

天城ですら唖然となり、葛城はうふふっと笑い、サラトガは笑いを堪えて、那珂ちゃんが野次馬に行こうとする川内を羽交い締めして止めて、秋月が口を開いた。

 

「郷里三佐に、漸く春が来ましたね?」

 

そして艦娘達は、川内を偵察役に派遣して、様子をスマートフォンで撮影して探らせることにした。

「センダイ=サン、行って来ます!」

忍者のような忍び技で、しゅっと部屋をあとにして、そろーりそろーりと近くまで潜入する。

 

――――――――

「おいおい、羽佐間三尉。飲み過ぎではないかな?」

 

困ったような顔をする郷里三佐を、じっと見つめる花梨。

 

「私の父は、最低な男です………だから私は、男嫌いでした」

 

花梨は、今まで溜まりに溜まっていたものを大爆発させた。

そして自分の生い立ちを、涙ながらに語り始めた。

自分は、数多いる羽佐間一佐のオンナの一人との間に生まれた、所謂庶子。

一夜の恋の末に捨てられ、そして母親が死んだ為、仕方なく父親の下に転がり込んだ。

父との仲は最悪で、艦娘を全員嫁にしておきながら、他の女にも手を出す。

女性トラブルの後始末は、全て自分である。

 

「もう嫌!何で私はあんな男の子供に生まれたの!?子は親を選べない、って言うけどあまりに酷過ぎるじゃない!だから、愛ちゃんの下で副官になる、って話を喜んで引き受けたわ。私は―――」

 

―――生んでもらった恩は感じるが、育ててもらった恩はない。

 

そう言い切った。

 

『…………』

 

上の艦娘達も、直接それを見ている川内も、郷里三佐ですら押し黙った。

そして、郷里三佐は口を開いた。

 

「それで、ワシの中に『父親』を求めたと言う訳か?」

「ごめんなさい、こんな勝手で酷い女で……私は――あの男に相応しい最低な女です。大垣 翼を罵る資格なんてない、最低な……」

「いいや、羽佐間三尉。ワシはまだ何も言っておらん。ワシはな、このような粗野な男故にこう言った恋愛とは無縁に生きて来た。だから、正直困惑しておる。君のような可憐な娘に好きだと言ってもらえるのは嬉しいが、それで君が後悔しないか、ワシはそれだけが心配だよ」

 

自分を卑下する花梨に、郷里三佐は静かに語った。陽気で粗野な野獣とは程遠い、温和な一面を持ち合わせている、理想の父性。花梨はそんな印象を持っていた。

 

「後悔ですか?私はずっと後悔してますよ。あの男の下に転がり込んだことも、あの男の下で監視役として副官を志願したことも、そして、私が生まれてきたことすら」

「それでも、こうしてここに君がいることは、父上に感謝すべきではないかね?」

 

一度タガが振り切れた花梨は、留まるところを知らない。

 

「そんな恩を感じるのも嫌!だったら、戦場で戦死することの方が何倍もマシよ!あの男には何も残してやらない、自分自身すら。どうせ私が死んでも、あの男は何も感じないでしょうね!」

「羽佐間三尉、もしかして君は……笹野三佐が失敗することを望んでいた、あるいは期待していた……と言うことか?」

「っっ!!!」

 

絶句した。そのものズバリを言い当てられた。父親には何も残してやらない、自分自身すら。

 

「馬鹿者ぉっ!!!」

 

店中に響き渡る郷里三佐の怒声に、店中、花梨、上の艦娘達がびくっと固まる。

 

「お前さんは、あんな幼い年でありながら提督として立つと決めた笹野三佐を愚弄しているのか!?だったら今すぐ謝罪するんだ!」

 

「っ……うわぁぁぁ!!!」

 

本気で叱られる。そんな経験がなかった花梨は、酒の勢いもあり、わんわん泣き出した。

 

「か……花梨くん……」

 

可憐な女性が、わんわん泣いている姿を見て、郷里三佐は困り果ててしまった。

 

 

――――――――

「……辛かったのね」

 

上の席で、野次馬とばかりに偵察に行かせたビスマルクは、ポツリと呟いた。

 

「花梨にはFatherが必要だったのよ。本気で叱ってくれるFatherが」

「そうですね……花梨さんには、悪いことをしましたね」

 

アイオワが、日本酒を飲みながらしみじみと言うと、鳳翔が静かに反省を口にする。

 

「………」

 

伊勢は何も語らない。

 

「………子は親を選べない、か。私達が提督を選べないように……」

「そうだね。前の提督は酷かったからね」

「自分のことみたいに判るわね」

 

前の提督がセクハラ野郎だった二人には、重い言葉である。

そして暁は、その最たる例だった為、涙を浮かべながら呟く。

 

「うう、ひっく……花梨さんが可愛そうだよぉ!!」

もらい泣きしてしまう那珂ちゃんを、葛城と天城とサラトガがよしよしと宥める。

 

「……もう潜入は良いよね?」

 

川内が戻って来た。川内も沈痛な面持ちをしている。

 

――――――――

 

「わ、ワシが悪かった、言い過ぎたよ」

隣の席に座って、優しく頭を撫でる郷里三佐。ゴツゴツしたその手で、丹念に手入れした髪を撫で続けると、花梨は漸く泣き止んだ。

「っ……ごめんなさい……私……っ」

「良いんだ、辛かったな………」

静かに頭を撫で続ける、郷里三佐。

「………郷里三佐、ここを出ましょう……ちょっと迷惑を掛け過ぎました」

「そ、そうだな」

 

店員に、お会計を土佐鎮守府に回すように告げると、ふらつく花梨を支えて、店を出て行った。

 

「大丈夫かね?」

「大丈夫です……少し飲み過ぎたかもしれません……」

「い、いや、日本酒をジョッキで一気したら、誰でも酔っ払うだろう。鎮守府に戻ろう」

「嫌です。いーやーですっ!」

 

花梨は我儘な子供のようにするりと郷里三佐から離れると、千鳥足で歩いていく。

「か、花梨くん待ちたまえ……どこに行く気だね?鎮守府は逆方向だ」

「うふふっ。帰りたくないです」

 

捕まえようとする郷里三佐を、するりとすり抜けながらふらふらと歓楽街の方へ向かって行く。

それを、二階席の窓から眺めている艦娘達。

花梨もあんな壊れ方をするんだ、と室戸の艦娘達は思った。

ビスマルク曰く「あまり怒らせないようにしよう」

 

ふらふらっと歩き回る花梨を漸く捕まえたのは、ファッションホテルの前だった。

「………郷里三佐……入りませんか?」

「なっ、馬鹿なことを。何をする場所か、分かって言っておるのか?」

 

郷里三佐は狼狽した。狼狽し切っていた。

 

「私だって子供じゃないですから。それに、酔いはだいたい醒めてます。私を塗り潰してください」

「…………後悔はしないんだな?」

「………はい」

 

決意の籠った表情で郷里三佐を見上げると、郷里三佐は花梨を抱き寄せる。

「……ワシは、見ての通り経験がなくてな。世間で言うなら《魔法使い》じゃ」

「……同じく。郷里三佐……いえ、剛さん……私が初めて身体を許したい、と思ったのが貴方です……」

「………」

 

二人は寄り添って、ファッションホテルの中へと消えて行った。

 

――――――――

「……でー」

パチン

師匠の影響で始めた将棋を指しながら、司令官執務室でその一部始終を聞いていた愛は、こっそり花梨のポケットに仕込んだ自身のスマートフォンをどうやってバレずに回収するか考えながら、駒を盤面に打ち付けた。

そう。あの時、自身のスマホと業務用携帯を通話状態にしてから仕込んで行ったのだ。

当然、全ての会話は筒抜けである。

勿論、今はこちらから通話を切っている状態である。

 

「三佐はどうする?失敗、つまり戦死を望んでいた副官を更迭するかや?」

「まさか?あんなに信頼できて正直な副官を更迭するなんて。そんなの、自分の足を食べるタコと一緒です」

「合格点ぜよ」

 

ニヤッと笑って、坂本一佐はパチンと駒を打つ。盤面では、逃げ場のない愛の玉が、まさに詰み状態になっている。

 

「6枚落ちでこれですか………」

「まだまだ初心者ぜよ。将棋はいい、戦術を鍛えるには頭を鍛えるのが一番じゃき」

「師匠も同じことを言ってましたね」

「高菜二佐か。まあ、あん男は司令官と参謀の才能を併せ持つ、珍しい男ぜよ。自分は、前線指揮官の郷里を通して戦略を立てるに留まるきにな」

 

再び駒を盤面に戻すと、帰りの途中で買った緑茶のペットボトルから、お茶を二人分注ぐ。

 

「お、すまんの」

「しかし、郷里三佐と花梨さんかぁ」

 

感慨深げに語る愛に、部下に春が来たことを素直に喜ぶ坂本一佐は、ニンマリ顔である。

 

「お前さんの読みどおり、父親に飢えていたって訳か。さすがは心療内科医の娘って所ぜよ」

「だいたい母の読みどおりです。そこを見抜くなんて、花梨さんが正直者と言うべきか、母が名医と言うべきか」

 

自分の手柄ではない部分を素直に白状すると、両手を上げる。

 

「まあ、めでたしめでたしって所ぜよ」

「はい」

「少なくとも、無断で門限を破った郷里には、始末書の刑ぜよ」

「ふふっ」

 

明日、どんな顔をして出頭するか。二人は楽しみにしながら、将棋の指導対局を始める。

愛は、戦略も戦術も将棋もまだまだ修行中の身である。

 

――――――――

「はい!?腰を抜かしたぁ!?」

「おまん等、何をどうしたらそうなるぜよ?」

「えっ……?」

 

翌朝、郷里三佐におんぶされて朝帰りした花梨が開口一番、

 

「申し訳ありません。腰が抜けて運転できません」

 

と言い出した時に、司令官執務室のチェアに座っていた坂本一佐と、脇に控えていた愛と葵が絶句した。

葵に至っては、声を出して驚いている。まさにイリュージョンである。

 

「ぐわははは、何と言いますか。……なぁ?」

「……はい」

 

顔を赤くして照れながら、豪快に笑う郷里三佐に、顔が真っ赤な花梨。

 

「まあ、二人の顔を見てればめでたしめでたしッてことで。運転の代行で翼さんと岩崎二尉を呼びますね?」

「なっ、何で翼さんを……あの人は、空を飛ばせておけば良いんです!」

 

敢えて相容れない翼を呼び寄せる意地悪――少なくとも花梨にはそう思った――に、暴言で抗議する花梨。

 

「こらこら、花梨さん。あれでも上官ですよ、翼さんは。今度一尉になるんですからね?」

「ぐわははは。上官に向かって、その物言いはいかんな?」

「すみません……」

 

その大暴言を笑顔で諌める愛に、豪快に笑いながら叱る郷里三佐。そして素直に謝る花梨。

 

「そんな郷里三佐には、始末書と顛末書を提出していただきます。当然ながら、花梨さんも始末書を」

「ぬぅ」

「……はい」

 

そして、笑顔で二人にもペナルティという名の刃を突き付ける愛に、苦笑いで唸る郷里三佐と小さく答える花梨。

 

「こちらには、無断門限破りの始末書。笹野三佐には、副官を無断で連れ去った顛末書ぜよ」

「花梨さんは、居酒屋で大騒ぎした始末書ですね」

「ぬぅぅ………」

「むぅ……」

 

笑いを堪えながらそう告げる、坂本一佐に愛。二人共酷いやつである。

 

そして、足腰が立たないのをいいことに、花梨を翼の運転する業務車に押し込んで、

ハイエースを岩崎二尉に運転してもらうと、色々なドタバタを引き起こした土佐鎮守府をあとにした。

その時、自身のスマートフォンを花梨の制服のポケットからシュルッと抜き取ると、花梨に、

「提督のド外道……」

と、ジト目で言われた。

 

 

帰りの車中、頬杖を突きながらニンマリと笑っている愛に、

 

「提督、何やらご満悦ですなぁ」

 

と、ハンドルを握りながら声を掛ける岩崎二尉。

花梨の恋が実ったことを告げると、艦娘達も口々に良かったぁ、と安堵する。

 

だが、業務車の方は最悪である。

小悪魔である愛は、花梨の恋が実ったことを翼に暴露したのだ。

 

「そんで、あの人外とどこまで進んだ訳?」

「んなっ!……いたた……もうちょっと優しく運転してください」

 

後部座席で横たわっている花梨は、真っ赤になって抗議する。

 

「それで………どうだった?」

「………愛して……頂きました」

「あははっ、めでたいめでたい。そんじゃ、惚気話を聞かせてもらおうかな?室戸までの道中」

「全く……仕方ないですね。ビッチの二尉にとっては、お子様の児戯でしょうけど……」

「ビッチだなんて酷いなあ。博愛主義と言ってよ」

 

暴言を吐かれても気にしないのが、この女である。

それでも、惚気話を聞きながら翼は、他の人には秘密だからね、と前置いて口にする。

子は親を選べないよね。と前置いてから、

 

「いやあ、あたしは親に勘当されてね。親は仮面夫婦で冷え切ってたし、お金はあっても愛はない家でね。あたしはグレてレディースに入って、その時に勘当されちゃってね。その後グループ同士の喧嘩に出くわして、出会って叱ってくれたのが空自のパイロットで、その人を目指して空自に入ったら、そのパイロット死んじゃってね。市街地での墜落を避けようとして、脱出できれば助かる命だったのに、脱出せずに」

「………」

「まあいいや、そんな事は。あたしは今になって思うのよ。子は親を選べないけど、親も子を選べないのよ」

「そう……ね。二尉もいろんなものを失ってきたんですね」

 

その言葉に、あははっと笑う翼。

 

「でも、今のあたしがいるんだから、それは『要らなかった』ものなんだよ。だから花梨も、そういう自分は不幸な人間だとか、最低な親の娘だとか、捨てちゃいなよ。折角クソジジイから離れて、四国に来たんだからさ」

「……要らなかった……ですか?」

「そう、要らなかったもの。冷たい家に生まれた子とか、不良レディースの総長とか、目標を見失った女とか、折れた翼とか。全部捨てたら自由に飛べるようになったのよ。何なら、一生妖精さんでも良かったよ」

「ッ………」

 

自分の吐いた暴言が、筒抜けであるかのような感覚に襲われる。

 

「ごめんなさい……っ」

「いいよ、ちょっと花梨は潔癖過ぎたんだよ。今はどう?」

「軽い気持ちです……」

「でしょ?」

 

ちらっとバックミラーで後ろを見た翼の笑顔に、花梨もふふっと笑った。

室戸到着後、お姫様抱っこで花梨を官舎まで連れて行く翼に、愛も艦娘達も関係が改善されたんだ、と実感した。

こうしてドタバタ劇は終了した……

 

 

 

 

 

 

かに思われた。

 

 

――――――――

「だっ……誰がここまで書けと!?」

「すご……」

「………」

 

郷里三佐と言う男は、バカが付くほど誠実で、不器用な男である。

顛末書には、その夜あったことを全て事細かにきれいな字で記入し、FAXで提出して来たのである。

その内容の凄まじさに、顛末書を読まない訳には行かない愛は、顔を真っ赤にして絶句し、覗き込んだ健太は唖然とし、同じく内容を覗き込んだ燿子は、ふらっと気絶した。

燿子は、もう絶対にトラウマである。《郷里三佐アレルギー》になりそうな勢いである。

そして、一番最悪なのは当の本人の花梨である。

身体をふるふると震わせながら、顔を耳まで真っ赤にして逃げ出したい思いを必死に堪えながら、仕事をしている。

 

「ねー、提督。外泊許可ちょーだい」

 

そして、最悪なタイミングで最悪な女が入ってきた。大垣 翼である。

その様子に、持っているFAXをバサッと取り上げると、内容を読み始める。

もはや花梨は涙目である。

 

「………マジで!?どこが児戯よ……!?」

 

翼ですら、絶句する内容である。

 

「うわああんん!!!何て日よ!!!」

 

ついには机に突っ伏して、泣き出してしまう花梨。

この、垂直になってしまったご機嫌を治す為に、愛達は花梨を誘って寿司屋に連れて行った。

回転しない………

 

花梨は逆襲とばかりに、ウニトロ等々高いのばっかり乱れ食いして、愛の財布を大破に追い込んだ。

不憫に思ったのか、翼も健太もある程度出してくれたが、雀の涙である。

せっかくの、一月目の貯金も放出しての大破産である。

いやはや、《時価》と言うものは恐ろしい。

 

「先生ぇ……お金貸してください。給料がなくなりました」

『はぁ?』

 

笹野 愛、人生初の借金である。




坂本一佐の土佐弁はテキトーです。
この人の出身地土佐じゃないし。
ダダの坂本龍馬かぶれです。



しかしアイゼナッハはどうやってコミュニケーションを取ってるんだろう。

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