りっちゃんは♥おとこのこ♥   作:bui

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第12話

律は、週末は都合が悪いと言った上で、しばらく日本を離れていた知人が戻ってくるからと金曜の仕事も定時であがって帰って行った。

 

律が担当している企画の方は骨組みは出来て承認も通った。あとは細かいところを詰めるのみとなっていて、人の薄い週末に何かをするということもなかったから、取れていなかった休みを消化するには丁度良いタイミングでもあった。おそらく今後は営業と書店と実際の運用を話し合うことになるのだろう。

 

そして土曜日の高野は、人気のない部署でこまごまとした決済やチェックをしていた。律が担当をしている企画に漏れなどがないかをもう一度確認したかったし、部署の長としての細かい業務もあった。

 

律の企画以外の業務は急ぐものではなかったのだけど、高野自身は休んだからと言って取り立てて家でするようなこともなく、常にイレギュラーの何かが起こらないとも言えない部署のために、校了が近づく来週は、ある程度自由になるように身体を開けておきたいという意図もあった。

 

実際に編集という職業は校了間際になると作家に振り回されることも少なくない。(というか多い。)創作というクリエイティブな仕事だから、些細な事で不安がを抱え、モチベーションが下がって何も手につかなくなる作家がいることは日常茶飯事で、しかし印刷所も発効日も待ってはくれないから焦るのだ。

 

尻を蹴りつつ頭をなでるという(あくまでも精神的な意味で)付きっきりの飴ムチの日々で、日常のことがおろそかになるから早く処理して悪いということはない。

 

 

 

 

 

 

 

切れの良いところまでと思いつつもかなり没頭して仕事を進めていた高野が、ふと気付くと時間はとっくに昼を廻っている。

時間も曜日も関係ないファックスだけが音を立てて紙を吐き出し、コンビニ並みの24時間営業を主張していた。

 

閉まっているブラインドの隙間からささやかではあっても午後の色を醸す光が細く差し込み、腹の減っていることに気付き出社時にパン屋で買ったサンドイッチをガサゴソと高野が袋からつかみ出して、その英字の書かれた紙を剥ぐと、中にはクルミの混じった薄い色の丸いベーグルが入っていた。

 

パンにはレタスと白いチーズ、ローストビーフが挟まれていて、身からはみ出た緑と赤が鮮やかに茶色に栄えた。

 

こういう感じは律が好きだろうと思って、つい色の綺麗なこのベーグルサンドを選んだというその時の自分を俯瞰で思い出し、なんとも言えないこそばゆい気持ちが湧いてそのくすぐったさに背中が痒くなる。ライ麦の入ったパンで律がサンドイッチを作ってくれたのは記憶に新しい。

 

「シャーロックホームズのターナ夫人のローストビーフとライ麦パンのサンドイッチです。」

「ああ、昔ターナ夫人について妄想を膨らめたことがあったな。」

「先輩の考察は素敵でした。それ以来ライ麦パンを見るとシャーロックホームズのシリーズを思い出します。俺はモリアーティ教授が好きでした。」

律はその時そう言ってフフっと笑った。

 

こんな浮かれきった自分が変で理不尽で、律を想いながら買ったサンドイッチにわざと歯を立てて噛み付くと、ベーグルは想像以上に歯ごたえがあって咀嚼するのに若干苦労をした。

 

まん丸くて挟んである野菜なんかも可愛く見えるのになかなか厄介なヤツだなと、ベーグルに感心するような気持を持ってしまって、そこでまた律ならどうするだろうと考え「俺も大概だな。」ととうとう高野は言葉まで発してしまった。

 

今の自分は幸せなのだと、今までずっと自分の中になかった気持ちに名前をつける。

 

仕事は大変だけど遣り甲斐がある。

偶然とはいえ、遥か昔になくした大事なものもまた自分の手の中に戻ってきた。

自分のあの辛く長かった喪失の日々をこれで上書きをすることができるのだろうか?

律と一緒にこれからずっと笑って添って生きて行けるのではないのだろうか?

 

それは随分途方もないことのように思いながらも、今度こそ間違えた選択肢を選ばないようにと恋に浮かれる気持ちを重石で押さえるように自分の気持ちを必死で戒めた。

 

一度失ったという恐怖はまだ記憶に新しい。また一人になってしまったら、その時に自分がどうなるのか分からない。

 

だから今度こそ、大事にしていきたい…。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻の早い時間に編集部をあとにして少し冷蔵庫でも満たそうかと高野は品揃えのよい店に出向いた。

 

最近律を家に招くことが増えて、今まであまり興味のなかった身の回りの小物や調理のためのグッズなどに目が行くことが増えている。

 

今までそういうものに気が行かなかったわけでもないけど、所詮男の一人暮らし、凝った物は使わないしと気にすることをあえてしないようにしていた。概ね横澤が自分の世話を焼いていたということもあったから、関心を持たなくても困ることがなかったということもあった。

 

なのに今は「だって可愛いでしょ?」と口癖のように言う律の顔が浮かんでつい可愛いものを探してしまう。

 

自分の好みが律に塗られて行くような気がして、存外それも悪くないと思っていることに苦笑さえ出る。

そう言えば菓子はどんなものを好むのだろう?

 

律はおやつも手作りをしてくる。

職場でたまに廻ってくる差し入れのような甘いものなども、食べなくはないけどお付き合い程度と言う感じだ。

見ているとわかるのだけど、基本的に律は自分の作ったものが好きなのだ。だから食べ物を見ていてもどうやったらこの味になるのかな?と言ったりしている。

 

 

 

 

 

高野がクッキーやスナック菓子の積まれた棚の前で菓子を見ながらそんなことを考えていたら「りつ」という聞き覚えのある名前が耳に入って来た。

それは広めの通路の向こう側、生鮮品の冷蔵ケースのある方角からだった。

反射的にそちらに視線を向けると低い冷蔵の肉の陳列棚の前にいるのは二人の男だった。

 

一人は黒髪の背の高い男で、一人は黒髪の男よりは少し背が低い細身の男。

 

二人ともそれぞれ異なるシャツとダメージのジーンズ姿で、互いの顔を覗き込むように視線を合わせて楽しそうに笑っていた。

そしてその細身の男の横顔はいつもとは違う男装の律だった。

 

 

「なに食いたい?」

「久しぶりの尚の手料理だからがっつりステーキチャーハンがいいな。」

「バルサミコ酢の?」

「そうそう。肉ましましで。」

「あれは残り物のステーキ肉とか焼肉で作るもんなんだけど?」

「だって、俺中華鍋振れないし…。」

 

 

律がそう言って少しだけ首を横に傾け、いつもの後ろで手を組むポーズをした。

すると尚と呼ばれた男は、律のその左の腕をスっとさすって自分の方に軽く引き寄せ、「痛むか?」と心配そうな顔で聞いた。

 

「痛くない日なんてないよ。知ってるだろ?」

「だな…。分かった律姫のお願いをかなえて差し上げましょう。」

 

そう言って尚は冷蔵の棚から大き目のパックの一つを掴み出してレジ籠に入れる。おそらくリクエストの塊肉なのだろうと分かる。

同じように冷蔵棚を見ていた律は「だから尚好き。」と腕につる下がるようにまとわりついて破顔していた。

 

 

咄嗟に菓子類の棚に身体をずらして隠れた高野の視線の先の律は、服装のことだけではなく、律でありながらいつもの律とは全く違っていた。

 

サラサラとした茶色いレイヤーボブの髪は確かに律と同じなのに、化粧をしてもいないし、服が男用というだけではなく雰囲気全てが女性っぽくはない。

 

 

名前が聞こえなければすれ違ったとしても二人連れの男の一人が律だと高野は気が付かなかったかもしれない。そう、この律なら女性と間違えることはないだろう。

 

律は男なのだから男物の服を着ていたって何もおかしくはないはずなのに、その違和感にゾワゾワと居たたまれないような気持になり、湧きあがる戸惑に動けずにいると、「さ、買い物して早く家に帰ろう。律がまた寝室を散らかしているんじゃないかと気が気じゃなかった。」と二人の親しそうな会話は依然続いていた。

 

 

「本の山ができるのは仕方ないだろ、ベッドサイドには置くところもないし。他のモノは散らかしいてないし。」

「まあ、食いもんは綺麗にしてんだからいいけど、Gが出たらホント最悪だし。」

「なにニヤニヤしてるんだよ。だって初めて見た時には単なる昆虫だと思ったんだ。なのにあいつ顔に張り付きやがって…。」

「あれから虫全般の恐怖症だよな。」

「食べ物にたかるGなんて言語道断だ、蟻もいやだ…。滅亡したらいい。何度だってビルごと燻煙してやる。」

 

低く響く律の声もまた初めてだった。尚はそんな律を見てさもおかしいとケケっとまた笑った。

 

 

「まあ確かに置き場所ないよな…、他の部屋とぶち抜いて改装する?」

「めんどくさい…。尚は日本に一年の半分もいないんだからわざわざそんな事しなくても一緒だろ。」

「地震のニュースの度にお前が本に埋まって死んでないかって気が気じゃない。」

「本だけに本望だ。」

「韻踏んでんじゃねーよ。」

 

友人とざっくばらんにしゃべっている、いつもと違う律を見て、記憶にある化粧を施された綺麗な顔がふわりと目の前に浮かぶ。

いつだって高野の前で少しだけ自信無げに瞳を揺らして笑う顔も、背で腕を組んで問うようにこちらを覗きこむ仕草も、どれもいつだって高野に取っては普通の律のはずだった。

 

だからそれに意味なんて考える必要がなかった。

いつだっていつだってそれは当たり前だった。

 

あんなにくったくなく笑う律を見たことがなかったから、その顔を見ると今までの笑顔が作り物のように感じて、自分の知っている律が本物ではなかったように感じてしまう。

とたんにプカプカと浮ついていた気持ちがスッと冷えて手足がこわばって動かない。

 

自分は律の事を何も知らないのかもしれない。

聞きたいことは山ほどあったのに結局何一つ聞くことをせずに今に至る。

 

手に入れたと思っていたことが全部まがい物だった?全部嘘だった?

強張っていた高野の身体は金縛りから解放されたようにダルっと力が抜け、目的を忘れさっさとその店を後にしたのだった。

 

 

 

「ねえ尚?明日はポトラックパーティー(持ち寄りパーティー)だよね。なに準備する?」

「串揚げとかかな?食いやすそうだから。」

「竜田揚げとかもいいかな?エビフライもいいよね。」

「そんなに揚げもんばっかり。カロリーの高いの食ってんとサイズが変わって杏ちゃんに叱られるぞ。」

「普段別のところで節制していますから大丈夫です。」

「ああ…。」

 

律はプンっとふて腐ったように頬を少し膨らめて口をへの字にして、尚は少しだけ細めた目を伏せた。

律が手元のちょっとお高めの肉をザクっと持ってレジ籠に放り込むのを見て、尚はまたハハっと笑って律の脇腹をグイっと押した。

 

「ウチはエンゲル係数高いから。尚写真()が売れたんだろ?贅沢させて。」

「ああ、ピュリッツアー賞目指せ的な。」

「ジャンルが違うだろう…、報道やってないだろ?」

 

尚は律の頬をそっとさすって「好きだよ。」と眩しそうに律の顔を見て言った。

言われた律は少し決まり悪そうにへの字にした口を今度は少し尖らせた。

 

「早く帰ってご飯食べよう。」

「はいはい、姫様の仰せのままに。」

 

 

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