りっちゃんは♥おとこのこ♥   作:bui

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第14話

下弦の月を背負いながら、律は高野を伴い駅からすぐのビルにやって来た。そのビルは律の住まいで、一階がテナントになっている低層の建物だった。

 

テナントはアパレル系のショップのようで、格子状のシャッターから透けて見えるショーウインドウの中にはファンキーともファンシーともとれる煌びやかな衣装をまとったマネキンがいかにもなポーズを取っていた。

 

それはなんとなく…、

「お前の着てる服に似てる…。」

 

ボソリとつぶやく高野の声を拾って「ええ、ここの服を俺はいつも着ているんです。」と気づきに驚いた風でもなく律はさっさと答えを返した。そう、この店は律の幼馴染の小日向杏が学生時代からやっている古着と手作りの店だった。

 

杏の両親はアパレル系の会社を経営していて、杏はその影響で幼いころからオシャレに聡かった。

 

杏は日本のデザイン系の大学を卒業してのち、両親の会社でデザイナーの見習いで修業中だ。勉強のために海外と日本を行ったり来たりしているために学生時代立ち上げたこのショップは人に任せているものの、今でも自分の好きという気持ちを保つモチベーションとインスピレーションのために洋服を作り続けている。

 

律にだけ作っている服はもちろん杏のオリジナルで、店に出す一般向けの服はそのデザインを一般の女性向けにアレンジにしたものだ。

 

律の服はその希望で機能的な部分を一切考えず、可愛いだけに特化していて、結果、既製品になった女性用もまるでコスプレでもするように非日常でありながらマニアにうけが良い。

 

杏が学生の頃、杏の両親は自社の若手用のアンテナ的なショップの位置としてこの店を仕切ることを許してくれてそれは未だ延長されているが、一応世界的にも名の知れた大手ブランドの末端に名を連ねさせてもらっているショップであるからには厳しい会社のルールがある。

コンセプトもだが利益を出さない店舗は切られることだってある。

そして杏が律に作る服は無償で利益など無いのだけど一般向けは小さいショップには余るほどの売り上げをあげていた。

だから杏が律の何かに感銘を受けて、そこから発生した服が売れるならば、律の存在とて決して無意味なものではないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

高野と律がビルの階段を登り切り、簡素な金属製のドアから室内に入ると、人センサーライトがついて目の前の玄関と廊下が突然真昼のように明るくなった。

伸びた廊下のつき当りはドアがなくそのまま奥の部屋につながっているようだった。

 

「随分遅かったんだな。」

 

時間はすでに0時を過ぎていて人の気配はない。

あたりもひっそりとしているそこから突然声が聞こえ律は飛び上がって驚いた。

 

「尚!びっくりした。まだ起きてたんだ。」

「ああ、遅いなって心配してた。っでそちらは?」

 

律の後ろに立っている大柄な男を目で指して、先日高野が見かけた律の友人の尚がにっこりと笑って問う。

夜の静寂を破る声に律同様びっくりしていた高野だったが律ほどにはうろたえずに表情を崩してはいなかったことに安堵し、律のリアクションを待つ。

律はああ、と慌てて「うちの編集長の高野さんだよ。」と身体を少しだけずらして尚に紹介した。

 

「小野寺君の上司の高野政宗です。」

 

一応無愛想にならないように用心して外面を作った高野は、目の前の尚に向かって軽く会釈をした。律の友人だと知っているそいつにできればあまり嫌な印象を持ってもらいたくないのが本音ではあったから。

 

自分と横澤の関係を思えば律の友人に悋気を持つのは決して誤りでもないのだろうけど、男同士の友人を疑いまくるのは過剰だとも思う。

しかし第一印象というのは案外はずれは無く、この男が律を見る雰囲気にはもやもやとした気持ちが湧くのを止めることはできなかった。

 

「上司の方でしたか。自分は清宮尚、律の友人です。」

 

高野なそつのない笑顔に対して尚の表情は人懐こかった。人との垣根が低いタイプであろうことは窺えて、自分の気持ちを除外すればいい奴なんだろうと分かる。

しかし、高野も尚もそれ以上お近づきになるという気持ちはないようで握手の手を差し出したりという行動もなかった。

 

何か牽制しあっているような雰囲気を感じた律はそれ以上二人には構わず「ご飯あるんだよね?」と部屋の奥へ尚を交わすように避けて進もうとする。

玄関ホールも廊下も靴のまま進むタイプのようで、入り口ではあっても個人の家とは思えなかった。

 

「ああ、あるよ。だから早く着替えておいで。」

尚はそんな律を軽く制して相変わらずの嫌味のない顔でそういが、律はその差し出された手をフサリと軽く払った。

 

「いや、高野さんがいるしこのまま。」

「まさか。食事するのにそのままってありえないだろう。高野さんは俺がお連れするから。」

「いや、いいよ、尚はもう休んだら?」

「いいから。早く行けよ!化粧くさいまま食事はできないよ。」

「尚!」

 

律の後ろにいた高野は揉め事か?と少し不穏な展開戸惑っていた。

 

尚というやつはこの間は律にべたべたに甘かったようだが、今のやり取りはあまり好意的ではなく感じる。柔らく見えていた笑顔が少し皮肉っぽく歪んで見えるのは気のせいではないだろう。

 

友人…?だよな?

喧嘩でもしたのか?

だから律は一人で帰りたくなかったとか?

 

つい深読みしたくなるような状況に、困惑はつのる。

 

「なんでいつも俺にそうやってツンツンするんだ。尚は関係ないんだからとっとと部屋にいけよ。」

「俺の作ったもんを食うのにそういう態度は許せない。」

「まかないだろ。俺だってきちんと役割は果たしてるけどお前がうそ汚いかっこで食っても文句言ったことなんてない。」

 

いや…、ずげー険悪…。これ、根本的にダメな奴じゃないのか?

先日のシーンが白昼夢だったのではないかと思えるほどの嫌な展開に、高野は成り行きを呆然と見つざるを得ない。

本来は当事者でありたいと願っている高野には随分と複雑な心情だった。

 

「お前そういう態度だとせっかく来てくれた高野さんに失礼だと思わないのか?立ったままこんなところで押し問答しててどうするんだ。」

 

いよいよ本格的な闘争勃発かと思われるような雰囲気にウウっと律が言葉を弾けさせようと深く息を吸うから慌てて「そうさせてもらえばいい。俺はせっかくだから清宮さんと話でもしているから。」と仲裁の意味で高野が言葉を挟むと再び律は眉間に深く皺を寄せて苦い顔をした。

 

一瞬の沈黙の後律は結局ザっと尚を押しのけて突き当りの広間の方へ走って行った。尚はその後ろをゆるゆると目で追いながらフっと深いため息をついて「高野さん。こちらへ」と何もなかったように律の去った方を手のひらで刺した。

 

通された部屋は小さい食堂のようで、定食屋にあるようなテーブルセットがいくつか並んでいた。

 

 

「ここはファッションブランド『la petite tournesol』 が社員寮として借り受けているんですよ。」

「え?社員寮?」

「ええ、シェアハウス形式なんで5人しか住んでないんですけどね。この間までファッションショーがあって揃ってフランスに行ってたので律はお留守番だったんです。」

「清宮さんもそちらの方なんですか?」

「俺は契約のカメラマンなんです。色々撮るんですけど今回はショーの写真を撮るためについてって、いくつかvogueなどの大手に買ってもらえてラッキーでした。」

 

尚はテーブルの一つに高野を座らせて、飲み物をポットから注いで供えるように目の前に差し出す。

 

「三年番茶ですよ。身体にいいのでそうぞ。」

 

コーヒーのような底の見えない濃い茶色の液体は湯のみの中でタプンと揺れた。

 

 

「『la petite tournesol』の本社の社員食堂はロハスな素材とレシピで本になるほど有名で、こっちも素材を回してもらえてるんで持ち回りで料理担当してるんです。俺は夜担当することが多くて律は朝が多い。別に義務とかじゃないんですけどね。仕事の関係で無理なこともあるんですけどね。他の奴らもやれることをやってる感じですね。」

 

尚はそんな話をしながらカチカチカチとレンジに火をつけ、冷蔵庫から食材を取り出して切り始めた。鍋に火が入ったためかすこし冷えていた部屋が温かくなったような気がした。

 

ほどなくして温もったのか目の前に野菜のたっぷり入ったスープやもやしのナムルが並んだ。野菜のスープは湯気が立ち、ゆるりと浮いた油膜が光って綺麗だった。

 

「今日はあとは角煮と焼売とチャーハンです。ちょっと待っててくださいね。夜中のメニューじゃないけど残り物だから勘弁してください。」

 

冷蔵庫から作り置きらしいザーサイの和え物がトンっと目の前に出されたところで入口から部屋着に着替えた律が入って来た。

嬉しいはずの律の登場なのに、また尚と険悪な感じになるのでは?と少し不安な気持ちが湧く高野だったが、迎える尚は今度はひどく優しく「早くおいで、律。」と数歩駈け寄って優しく律の背を抱いた。

 

「尚、お腹すいた。」

「うん、今日は律の好きな角煮だから。煮たゆで卵もいっぱい残しておいたからね。」

「わー。」

 

律は背に回された尚の腕に甘えるように凭れて、嬉しそうな顔を見せる。

さっきの眉間の皺はどこに行った?と高野が困惑して律を見ていると視線が合った律が「先輩、食べましょう。」と恥ずかしそうな笑顔を見せた。

 

「え?」

「は?」

 

高野はいきなり呼ばれた先輩という呼称に、尚はその響きが持つ意味に、同時に驚きの声を上げた。

 

「律!どういうことなんだ!」

 

尚が高野の方に駆け寄ろうとしていた律の腕をグイと引いて手元に留め、今までにない大きな声でそう言うと「こちらが嵯峨先輩だから…。」と律が少しはにかむような瞳で言った。

 

驚きで手を弛ませた尚からのがれ、律は対面ではなく高野の座っている椅子の横に腰かける。

尚は戸惑いに硬直したままそんな律を見つめていた。

 

「夜中に飯を食えない編集なんてダメなんですよね。」と笑いながら「なーお。早く~。」と、お腹が空いて我慢がならないとばかりに両手の指でタシタシと机を叩いた。

 

促された尚は「ああ」と言ってやっと動きだし、温まった角煮や焼売の配膳を整えてから鍋を振って飯を炒め始めた。

 

対面のキッチンはアイランド型と言っても過言でないほど厨房部分との境目が低く、手元もまるわかりだ。

 

深めの平たい皿に盛られている角煮はトロトロで一緒に煮込まれたらしい玉子はあめ色を通り越して煉瓦の色のように赤く、少しクッタリした青梗菜は緑を放っている。

 

同じく蒸かされた大きな焼売は皮がフルフルと熱で震えて添えられた芥子の黄色が映える。

 

「尚の野菜のスープの溶き卵はふわふわなんですよ。」とゴマ油の香るスープをレンゲですする尖った口の律は相変わらず嬉しそうだ。

時を置かずチャーハンが目の前に差し出される。細かく刻まれた薬味野菜がカラフルに散っていて焦げた醤油の香りが食欲を強引に引き出させようとするがごとくそそり立っていた。

 

「餡かけじゃない…。」

「今日は野菜足りてるから。作ってる時間ないよ、もう遅いし。」

 

少し不満げな顔の律は、文句を言った形のままの口でチャーハンを掬って食べて「パラパラで美味しい。」とまた顔をクシュリと嬉しそうに崩した。

 

 

 

 

 

「あんた…、嵯峨政宗なのか?」

 

概ね食事が終わったのを見計らっていたのか、尚が濃い色のお茶を差し出しながらそう聞き、高野は「まあ、そういうことだ。」と茶を受け取りながら返事をした。

 

目の前の男がどこまで何を知っているのか、高野には分からなかったが、どうやら律が再就職先で自分と再会したことは知らなかったということらしい。

 

高野のそっけない返事に疑惑に揺れていた瞳がグッと色を濃くして責める気配が膨らむ。

瞳孔の収縮は興味の対象で大きくなったり小さくなったりするという。そうだ…、「好き」の反対語は「嫌い」ではないと知ったのはいつだったか。良いも悪いも人は関心事を見ないふりをすることは難しい。

 

「あんたは!」

 

大きくはないものの、強い語気の言葉に隣の律が尚のわななく腕をつかんだ。律自身に律との過去を責められるならば言葉を尽くし誠意をもってすれ違いを正そう。しかし目の前の男に自分が言い訳めいたことを言う意義を見つけることはできない。

 

そしてなぜか気持ちの端っこに自分の親友の眉間に深い皺を寄せた顔がさらりと浮かんだ。暴れ熊と呼ばれるあいつはいつだって自分の世話を焼いて落ちた自分を引き上げてくれる。無愛想にみえるあいつの顔がなぜこの目の前の男とだぶるのか、何かゾワリとしたものが湧く。

 

しかし何かをつかみかけたのに「尚、ぜんぶ誤解だったんだよ。」という律の言葉にその膨らみかけたシャボン玉のようなものはパチンと弾けて消えた。

 

それはうっかり送信ボタンを押してしまった電子メールのように、慌ててかき集めようと空を掴んでみても今更送らなかったことにはできないことによく似ていた。

 

「先輩はこのままの俺を好きだったって言ってくれたんだ。女の子の服を着た俺じゃなくて、ちゃんとこの俺を。ね先輩。そうでしょ?」

「ああ、もちろん。」

 

律の揺れる瞳は過去の辛さをいまだ引き摺っていると分かる。そしてこんな場所で目の前の男に赤裸々な過去の恋愛話を告げるのに抵抗がなかったとは言えない。

 

でも自分に対しての敵意に思える雰囲気は明らかに律の(自分たちの)過去を苦々しく思っている証拠だろう。誰に何をどう思われても構わないけど、律とこの男になぜかそこだけはきちんと告げなくてはいけないと感じた。

 

俺は律をもてあそんではいない。律を好きだった。ずっと忘れられなかった。

 

 

 

「何を今さら…、お前はまた騙されているんだ。」

「いいんだ、尚。あとはちゃんと自分でするから安心して。」

 

いつものツンとした口調とは違って控えめで柔らかいのに一本筋の通った律の物言いは、昔の律を彷彿させる。

 

尚はゆるりと律を見てから少しだけ考える顔をして、高野を不愉快そうに一瞥して食堂から消えた。

 

高野には律に対する尚の感情が単なる友人の域を超えていると感じたが、それを問うたところで自分に理がない。そいつお前の事好きだろうなんて言ったところで、事態が混乱するだけだ。ただでさえ律と横澤がもめているのに…。

 

律と自分との間には何も挟みたくない。並走しているように見えて実はどこかでねじれたメビウスの輪のような運命に、余計な感情を入れたくない。これ以上拗れたくないという保身が先に立った。

 

とにかく律を失いたくない気持ちが大きくて、自分に二択が迫られていることに気づけなかった。

 

 

そしてその日を境に律は変わった。

 

 

 

 

 

 

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