りっちゃんは♥おとこのこ♥   作:bui

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第2話

「な、なんですか?!これ~♪」

 

昨日のショックを引きずったままの朝、小野寺律はバッグに退職届をしたため、真昼なのに日食の最中のような不気味な暗さと、ドアの外まであふれ出ていた創業以来つぎ足し続けてます的な、ツンっとすっぱ臭い腐敗臭を放っていた部署に入るや否や奇声(歓喜)を上げた。

 

「ぬいぐるみ!ピンク!ピンク!黄色、オレンジ、パステルブルー!天使の羽根!テディベア~♪ハートにお星様にリボン、可愛い♪」

 

昨日は紙(と、なんかわかんないもの)で埋もれていた社員の机上はパステルカラーを基本としたファイルが整然と並び、ペン立の筆記用具はどれにもきらきらと揺れるチャームがつる下がっている。

 

小さいマスコット達はコップのふち子のようにパソコンのディスプレイの上に腰掛け、小人や妖精がかくれている童話の世界のおとぎの国かというような、明るい色に溢れるメルフエンの景色が広がっていた。

 

しかも!

おはようと返事を返してきた面々は笑顔を湛え、どの人もみな呆れるほどのイケメンだった。

 

昨日のゾンビ1は木佐さん。ゾンビ2は羽鳥さん。ミーアキャットの時にピョコリと顔をあげたゾンビは美濃さんというらしい。

 

にこやかな顔は全員すっきりと『憑き物』がおちた様相だ。

 

わ~♪ゾンビが羽化して王子様になった…。

 

そうか、メタモルフォーゼだ。イモムシだってあんなに綺麗な蝶になるんだから、自分が知らないだけで世界は広く、そしてなにが起こるか分からない。確かに皆イケメンなんですって昨日総務の女性が言ったことを律は脳内で反芻する。

 

総務の女性だってこの部署は俺に役にたつと言ってくれたじゃないか。昨日の段階では思いもしなかったけど、こんなに可愛い職場ならやっていけるかもしれない。

バックの奥の退職願いをしばらくは仕舞っておけそうだと、律は少しだけ気持ちが明るくなった。

 

 

 

どんより過ごした昨日の鬱な気持ちがいっぺんに吹っ飛んだ律を部署のメンバーは優しく迎え入れてくれた。

律自身、自分が『普通』じゃないことは承知している。そして周りの人間が自分に『普通』に接してくれなくても仕方がないと思っている。前の会社の上司のようにあからさまに攻撃されるとさすがに辛いけど、多くの人たちは『そこ』には触れず『なかった』ように当たり障りのない態度でいる。

それは自分が小野寺の社長の息子だからということもあっただろうし、人は見たくないものは見ないという自己に対する権利を生まれながらに持っているからというのもある。

だからフラットに受け入れてくれる人は稀で、とても嬉しいことだった。

 

「りっちゃんおはよう。昨日は挨拶もできなくてごめんね。ところでさあ、りっちゃんってさ、確か女の子じゃないんだよね?」

 

ここが席だと言われていたところに着席すると、早速隣の席のゾンビ1の木佐が律に喋りかけてきた。興味津々というミーハーな感じがするものの、なぜか木佐の態度は律にとって嫌な感じではなかった。

 

「木佐さん、おはようございます。もちろんオレは男ですよ。」

「じゃあなんでスカートなの?」

 

来たか…、覚悟はしていたけど説明はしなくちゃなるまい。

 

律はとりあえずお約束となっている『自分がなぜ女物の服を着ているのか』を話すことにした。

 

「昔、一回だけモデルみたいな事をやったんですけど、その時に何だか行き違いがあって女の子の服を着ることになって…。」

「え!?まさか、そうか!りっちゃんって小野寺の人だよね?!」

「え?知ってたんですか?」

「そりゃ当然。高野さんが新しい人来るって言って概要だけ教えてくれた。」

「概要ですか…。まあ、そうです…。」

「ってことは、えええ???ひょっとしてあの小野寺出版の夏キャンペーンの小野寺の姫はりっちゃんだったの!?そう言われれば顔が…。」

 

穴が開きそうにまじまじと見つめられて、さすがの律も居心地が悪くてモジモジしてしまう。

 

色々な偶然と行き違いで、中学生になったばかりの頃に小野寺出版の夏キャンペーンのモデルをした事があったのだ。

 

ゴールデンウイークに家族で高原に遊びに来ていた時に、たまたま小野寺のキャンペーンポスターの撮影が近くであると聞いた父と律は、気まぐれにその現場を見に行った。しかし、そこには予定していた子役がおたふくかぜに罹って撮影ができなくなったと困っているスタッフが居たのだ。

 

場所も機材も借りられるのはその一日しかない。このままだと納期に間に合わないと嘆いているスタッフに、見学に来た律がその子役と背格好が似ている。ただ立っている姿を遠くから写真に撮るだけだし、帽子で顔も隠れるから代役になってくれないかと懇願されることになった。

父は自社のキャンペーンの撮影だったこともあって、律にやってあげればと軽く言って、律もそれならばと軽く受けた。

 

しかし、それから先はまるで冗談のような展開になったのだ。

 

顔は見えない(見せない)と言っていたのに、律が可愛いからと初期の設定は変更になって、キャンペーンのポスターはモネの絵画のように白いドレスの少女が笑顔でパラソルを揺らす(律の)写真になった。

ついでに動画もネットであげられて、その年の夏、お茶の間の話題は小野寺の夏キャンペーンの律の女装であふれたのだ。

 

結局どこの誰かというネタバレはないままフェードアウトしたものの、エゴサーチすれば小野寺出版の夏のお姫様の画像は表示される。

 

「まさか、あんな一回だけの事覚えてる人がいたなんて。」

「え~うそ~。当時は結構話題になったよね…。」

「まあ、一発屋みたいな盛り上がり感でしたけどね。」

「じゃあそれからずっと女の子の服が好きなの?」

「え…、あ、まあそうです。」

 

まあ、それから色々あって、結果今の俺がいるんですよ、という続きはさすがに誰にも語るつもりはなかったから、律はそれですべてですよという感じで話を締めた。

軽く苦笑して見せるも、心の中では盛大に冷汗をかきつつ支給のノートパソコンを立ち上げたのだった。

 

社内ネットワークにログインするには専用IDとパスワードが必要になる。隣の席の木佐が律に社員番号と初期パスワードはMARUKAWであることを告げた。

 

 

「会社でお弁当の注文もできるから。地下売店に昼時にあわせて外部業者も売りに来るし周りにお店もあるから食べに出てもいいよ。」

「あ、持ってきているので大丈夫です。」

「あとはドキュメントやスプレッドシートで書類は作るから、gsuitにもログインしてね。メールのやり取りもそっちだから。」

「木佐さん、ありがとうございます♪」

 

入ったばかりで右も左も分からない律に先輩の木佐はニコニコしながら色々な事を教えてくれた。それこそ仕事の事だけではなく。

 

編集長の高野は実は部署では最年少で、まだここに来て2年であること、以前のエメラルドはどん底で丸川ではお荷物の廃刊間際の雑誌だったのに、一年であっという間に立て直したやり手の編集長であること。

 

副編集長の羽鳥はエメラルドの稼ぎ頭の吉川千春先生とは幼馴染で、他社から引き抜いて来てエメラルドで現在漫画家として活躍してもらっている事。

 

美濃はいつもにこにこしているけど絶対に怒らせてはいけないこと、他の作家たちと違って美濃の担当作家だけは自分が死んでも締め切りを破ることがないらしいこと。

 

自分はこんな童顔なのに実は最年長の三十路で、甘いものが好きなことなど説明をしてくれた。

早朝会議で不在の編集長以外は説明の間にそれぞれが軽く自己紹介をしてくれた。

 

律はがらりと変わったこの部署の印象に再度何とかやれるかもと胸をなでおろしていた。なにより可愛いグッズであふれる場所で仕事ができることが嬉しくて、なぜか自席に置かれていた、ウサギのような身体に天使の羽根のついた白いぬいぐるみが可愛くて膝に乗せてギュッと抱きしめながら仕事に励むことにしたのだった。

 

 

 

校了明けの午前中はさすがに急ぎという作業は無いらしく、大まかな仕事の流れを教えてもらったり、現在到着し始めているプロットやネームのチェック、発刊されるコミックスの修正作業を手伝ったりして終えた。

 

朝は退職の話をするのだと鬱々としていたから朝ご飯を食べる気持ちも湧かず、結局作った食事はラップをして冷蔵庫行きとなってしまった。

しかし思いもかけずまだここで頑張ろうと思えて食欲も戻って、昼を迎える頃には童謡に出てくるように『お腹と背中がくっつく』のではないかというほど腹ペコだった。

 

昼を知らせるチャイムが鳴り、広いフロアーでは三々五々食事の算段に皆が向かう。隣の席の木佐はコンビニ飯を食べるようで、レジ袋を机の上に広げてガサガサとさせていた。

律は自席で手弁当を食べるためにピンク地にクマが天地無用にちりばめられた柄のトートバッグから弁当を出して広げた。

 

自席で物を食べるルールとして、水物は蓋つきの容器でないとNGなのだそうだ。以前キーボードにお茶を飲ませて昇天させた社員が続出したために会社がルールとして制定したという。

ちなみに、お茶を飲んだキーボードの断末魔の叫びはpの連打だったそうだ 

 

「わ!りっちゃんすごい!」

 

律の弁当を見て木佐が小さく叫ぶ。部署最年長のくせに悪魔の呪いの童顔の、ほとんどを占めるのではないかと思えるほど見開いた大きな目が律のパカンと開いた弁当箱の中身に注がれていた。

 

「なにこの可愛らしさ!キャラ弁?」

「最近このクマに凝ってるんです。」

弁当箱の中には口をちょっとへの字に曲げた某ファンシーキャラクターがおむすびになって真ん中にいた。

 

「うそ!タコさんウインナー海苔のハチマキしてるし、キューリはチェーン、玉子焼きがピンクの渦巻?」

「あ、それ明太子です。玉子焼きを作るときに上に塗るみたいに広げて巻きました。」

「おむすびの回りのご飯もそぼろと炒り卵と桜デンブ?」

「デンブはあまり甘いのは好きではないので、自分好みの甘しょっぱい味で色はビーツの汁使ってます。」

「りっちゃん…。女子力高すぎでしょ…、」

「え?そうですか?食いしん坊なのは認めます」

 

律は相変わらずニコニコと笑顔でピンクの水玉の柄のついた小さいフォークをケースから取り出した。

料理は大好きで、特に愛らしいキャラを入れた弁当を作るのを何よりの楽しみにしていたから、可愛いと言ってもらって律はご満悦だった。

 

スタートは甘酢のミートボールで、そのあと、プチトマトとゴマの入ったマヨネーズ味のブロッコリーを食べる。すると口の中が野菜でリセットされたように感じて、次にたべる野菜のきんぴらの味が栄えるにきまってる。

 

律は最初に食べるのは一番好きなおかず。そして最後に食べるのは二番目に好きなおかずと決めていた。最初はもとより、最後も美味しい味で締めくくりたいのだ。

さて、と順番に食べようとした瞬間、ラストの予定だったカラフルなあられを衣にした小ぶりのエビのフライを背後からさらっていく手があった。

 

ビックリしてハッと振り向くと昨日の臭い編集長の咥内にあっという間に愛しのえびは納められ、これ見よがしに高野は指をペロリと舐めた。

 

「え、え、エビが…。」

「中々うまいな。」

「あ、あんたなんてことを!」

 

律はざっと立ち上がってその口に指を当てて開かせようとするけど、モグモグとする口は強固な要塞のようで開かれない。身体をグッとホールドされてじたばたする律の目の前でゴクンっと高野の喉が鳴って「御馳走様。」とにやりと笑うから余計にキーっと律が逆毛を立てる。

 

「ひどい!」

「尻尾までちゃんと処理してあってカリカリだった。」

「むかつく!」

 

ワナワナと震えている律だけど身体は高野に捕獲されたままで身動きできず、スッと再び長い腕が伸びて、今度は律が三番目に好きなピンチョスされた大学芋を手にした。

慌ててその腕を律が掴むものの、チャっと払われてエビが消えた口に大学芋も吸い込まれて行く。

 

「あ~!お芋さん!」

 

もはや呆然自失の律の目の前で高野は律の弁当に対して凌辱の限りを尽くし終え、弁当は無残にも残滓をのこすのみとなっていた。

 

「お弁当が…。」

 

用は済んだとばかりに高野から解放された律の目じりからは涙がポロポロとこぼれ、床に座り込んでレースのハンカチでその涙をぬぐっている。

 

ちなみに今日の衣装は薄ピンクと白の太いボーダーの柄のホルターネックのサマーニットと同色のつけ袖アームカバー、タックの入ったベージュのショートパンツに黒い二―ハイソックスで、髪の毛は顔にかかる部分はそのままに、左右をピンでとめていて、今の乱闘でピンはサラサラの髪の毛からずり落ちそうになっていた。

 

その頭にポンっと温かいものが乗せられた。

 

「売店の漢(おとこ)のカツ丼』やる。」

 

いらない!と律が言おうとした瞬間、情けなくも腹の虫がぐ~~~と一声鳴いた。

こんなところでカツ丼なんて…、しかもお腹を鳴らすなんて…。

 

「かわいくない~~~!」

 

フロアーに響き渡る律の雄たけびは、大勢の人々に軽くスルーされた。

 

 

 

 

今日もエメ編は通常運転です。

 

 

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