りっちゃんは♥おとこのこ♥   作:bui

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第8話

「漫画ってよくわかりません。なんで急に髪の毛の色が変わったりキラキラしたシーンが出たり…、やっぱり文字とは違う…。」

 

編集長からのダメ出しにへたり込んで律は顔をガツっと机にあてた。少女小説を担当していただあってラブ的な部分は分からなくはないが、言語が違うがごとく編集長の言っていることが解らない。

 

侮られてたまるかと必死で丸川の発行している漫画を読みまくってもそれは付け焼刃でしかなく、結局本質を身体に叩き込むしかないのだけどそれには時間がまだまだ必要なようだった。

 

「こういう時は本人に直接質問した方がいいかな?」

 

おもむろに律は席を立ち、お誕生日席の編集長の傍に行く。忙しそうに書類のチェックをしていることは傍目にも明らかなのに「個人授業おねがいしま~す。」と後ろで手を組んで身体を高野の方に屈めてそう言った。

 

「個人授業?」

 

ぎろりと睨む高野の凶悪な視線にもひるまず「だって何だかよく分からないんです。」と笑顔のまま律が言うと「知ろうとしないで教えてもらうヤツって駄目な奴だろ。お前そういうやつ?」と呆れるような言葉が返り、周りの面々が緊張でハラハラしてしまう。

 

「お邪魔していいなら晩御飯つけます。」

「は?」

「今日は、主菜は鶏ハムとサーモンパテ。薄引きの鯛とカラー野菜のカルパッチョ、剣先イカのワタ和え。副菜は白菜を醤油で柔らかく炊いたもの、冬瓜と鶏ひき肉のそぼろ煮つけ、ツユは出し巻玉子のお吸い物。漬物は茗荷と小茄子。枝豆ごはん。お酒は灘と会津のどっちがいいですか?」

 

耳元で小さく言われる言葉に高野が少しだけ目を泳がせる。戸惑いと期待と、真意を探るような間だったが、「じゃあそれで。」と短く是と返すと律はにっこりと目を薄くして「特訓してください。」と爽やかに笑った。

 

「りっちゃん個人授業って意味深~。」

 

席に戻った律に木佐が揶揄うようにそう言うけど「普通にやってたんじゃとてもエメ編の皆さんにはついていけません。使えるものは立ってる親どころか忙しい編集長さえもです。あとはお縄にかからないレベルのワイロ×ワイロ×袖の下ですね。」と椅子に座る前にグルリンとスカートの裾をひるがえしながらターンして、最後はチョコリとポーズをとって見せる。

 

「顎に置いた人差し指があざとい~。」

 

律のおふざけに乗じた挑発的な発言に乗った木佐はやんややんやと囃すようにそう返した。

 

「まあ、編集長じゃなければちょっと問題アリかもしれないけど高野さんだったら仕方ないのかな?」

「もちろん。部下の育成義務を逆手に取りましたけど、本当は木佐さんにお願いしたいぐらいです。お聞きしたいこともいっぱいありますし。」

「わあ…、勘弁して。俺小物だからそんなコスイ事できない。」

「またまたご謙遜を。CIA並みの隠密人脈って噂ですよ。」

「噂って一番あてにならないんだよ。」

 

律がおやつに作って来たハチミツキャラメルマフィンを木佐に手渡すと、木佐は苦笑しながらマフィンを受け取る。

椅子の上で体育座りのように膝を立てていた木佐はマフィンを渡された手のままバクリと噛みついて、中から出て来たカスタードにご機嫌で目を細めメモを寄せて見せる。

 

律はそれをちらりと見てニコニコとしながら「ちょっとお茶買ってきます。木佐さんお汁粉でいいですか?」と席を立った。

 

「うえ、案外りっちゃん怖い子かも…。」

 

そんな風に木佐がつぶやいたのは誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

--- 横澤さん、あっちから見てたよ ---

 

木佐のメモにはそう書かれていた。

おそらく初めてあった日からずっと横澤は律を見ていた。見られている理由はいくつか考えらたけど、今見ている理由は高野に対する横澤の悋気を知られたということが一番だろう。何かを自分に仕掛けてくるのか、口留めなどをしたいのか?いずれにしてもそれほど楽しい理由ではなさそうだと感じていた。

 

今の自分にとっては既に終わった恋の筈だった。

 

何がどうあろうとももうあの日に戻れるはずはない。恋の終わりはお互いをひどく傷つけたはずだ。何かをどうにか取り繕ってリスタートしたとしてもどこかに必ずその傷のほころびが出てうまくいくはずがない。つくろった皿を弄りまくって再度粉々に砕くぐらいならそれは過去を修復した綺麗なままに見える状態で飾っておいた方がましだ。

 

あのままだったなら律はそれで終わりにするつもりだった。

 

過去を責められて諌められても動じない自信もあった。少なくとも今の自分には仕事以外に多方に意識を張り巡らせるだけの余裕はなくて、新しい仕事と恋の両立などありえない事だったから。

 

だけどそこで横澤が絡んできて律自身を暴いたことで新しい感情が芽生え律は大きく振れた。それは、恋の喜びを憎しみに変えたあの日に生まれた気持で、弱く醜い自分を閉じ込めた強い意思に似た何かだった。

 

 

自分がどれほど苦しんだのか、気持ちの傷と身体の傷はそれをありありと物語っている。

 

なのにちゃっかり横澤を傍に置いて、あれこれと世話を焼かせた挙句自分に言い寄る不実な男…、あの人はあの頃から何一つ成長していないという苛立ちだった。

 

なら、今度は彼が抱いていた過去の自分に対する幻想をぶち壊してもいいのではないだろうか。

 

同じように苦しんだらいいと、そんな悪しき気持ちに飲み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

律が自動販売機に向かって買うものを悩んでいる風を装っていると、案の定「おい」と後ろから声がかかる。

 

そして律が少し驚いた顔をして振り向いて見せると横澤は相変わらずの眉間の皺を少しだけ緩めて、「この間は悪かった。」と、謝りたくないけど謝らざるを得ないという、感情と義務感がせめぎ合うような態度で謝罪の言葉を発した。

 

「何のことですか?」

「少なくとも心身に対するダメージに及ぶような行為はすべきではなかった。」

「心身って…、横澤さんイイヒトなんですね。」

「茶化すな!」

「また恫喝ですか?なら謝罪になんて来ないでください。」

 

横澤はグッと言葉を詰まらせるも、「服をだめにしたから弁償しようと思う。」と言う。

 

言いたいことはこれだったのかと今度は律も納得するも、それを誰から聞いたのかを考えるとモヤモヤしたものが湧く。

 

本当はさっさと話しを終えるつもりだったのにもう少しだけ横澤を揺さぶろうと「横澤さんが俺の服を買ってれるってことですか?」と、トーンとしての言葉を穏やか目を心掛けて続けた。

 

「お金でって言うのは嫌です。一緒に買いに行ってくれるなら考えますけど、そうでないならお構いなく。」

 

弁償というのは聞こえの良い言葉だと思った。そうすれば罪悪感はすっきりするだろう。だけど万が一にもお金を払ったのだから文句言うなというような感じや、逆にユスリやタカリのようにお金が欲しかっただけだろうと思われるのは迷惑だった。

 

自分のつけている服や装飾品は今やデザイナーの卵となっている杏ちゃんのオリジナルで、簡単に弁償できるようなものではなく、ましてや同じものを再び求めるなどできようもないものばかりだった。

 

だからこそ形ばかりの謝罪なんて受け取らないという、ある意味での拒絶の意思表示でもあったのだ。

 

 

「俺と出かけるってことか?なぞだ。なに考えてんだ?」

「基本的には今更謝罪など不要ということです。なのでお断りだと思っていただいて結構です。」

「いや…、そういうわけにはいかない…。」

「ふっ、やっぱりイイヒトじゃないですか。なのになんであんなばかばかしい真似を?」

 

再びグッと言葉を詰まらせる横澤に、律は答えを催促したり詰め寄ることはせずに、カフェオレと汁粉を買ってさっさと場を去ろうとして、一度振り返った。

 

「今日は高野さんのお家で特訓なので邪魔しないでくださいね。」

 

律はにっこりと笑ってそう言って今度こそ自分の席に戻って行き、横澤は何も言わずにそれを静かに見送った。

 

 

 

 

 

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