phase 1 芦毛の怪物
オグリキャップ。平成の3強、地方の怪物。第二次競馬ブームの牽引者であり誰にでも愛された馬。史実ではそのブームに押され、密着取材により食欲を落とすなどの不幸にも見舞われた。だがこの世界は違う。
この世界のオグリキャップは五歳の時に売却されなかった。正確にはオグリキャップを所有していた馬主が違う。その馬主は初セリでオグリキャップを買い、大切に育てた。乗り手も持てるコネやツテをフルに使い勝つ為ではなく、オグリキャップの為に騎手を探す。
本末転倒なこの行為が歴史に残る馬主と騎手の出逢いのキッカケ。
オグリキャップもそれを知ってか知らずか騎手を選ぶ節を見せた。普段は誰が乗っても構わないのにある騎手が別の馬に乗っていると分かると怒る。レースが始まるといつもよりもやる気を出し勝ちに行く。
勝ったら自慢しに行くように騎手の元に行き、負けたらやけ食い。一部の業界人にはオグリキャップは人並みに賢いかもしれないと囁かれるくらいであった。
そんな事もありオグリキャップはマスコミに過度に晒される事も超過酷なローテを頻発して組まれる事もなかった。本人は騎手と走れるならどれだけレースが来てもバッチコイだったかもしれないが彼は大切にされた。
結果、オグリの血筋は優秀な産駒を輩出。SS系列の波に飲まれそうになっていた競馬界に一石を投じる形になる。
芦毛の怪物オグリキャップ。彼が最期に見た光景は泣く騎手だった。普段はヘラヘラしている騎手が泣いている。その事に不安を覚え立とうとするが脚に力が入らない。だからせめて顔を寄せる。すまない、私はもうここまでのようだ。言葉は通じずとも想いは伝わる。より一層泣く騎手に胸が熱くなる。
私が貴方の1番では無いのは知っている。
だからこそ…もし、次があるなら私は貴方の一番になりたい。
芦毛の怪物はそんな夢と共に眠りについた。
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その日は運が良かった。朝食の人参はいつもより一本多く、授業で走る時に四つ葉のクローバーを見つけた。柄ではないがポケットに入れて走るとベストタイムを記録する。
「今日は調子がよさそうやん」
「タマモクロスか…そうだな。今日は調子が良い」
「この後に何かあんの?尻尾がメッチャ振れてるけど」
尻尾を見るとブンブンと音がするくらいに振れていた。
「……多分そうなんだろ」
今日は本当に運がいい日なのかもしれない。
そして私は彼に出逢った。
「ああもう、口にまたタレがついてる!」
何を話せばいいか分からず、皿の上に乗せられる焼き人参を黙々と食べながら彼を見る。
初見のはずなのに私の尻尾はバタバタと彼に反応していた。これが一目惚れなのだろうか?いや違う、一目惚れなら朝からこうはならないはずだ。
「オグリキャップさん、聞いてます?」
「オグリでいい」
「ならオグリさん」
「オグリだ」
「…オグリ」
「それでいい」
焼き上がった人参をまた口に入れる。美味い。
「オグリはそのなんで僕に声をかけたの?」
「わからない」
「え?」
何故声をかけたかはわからない。そうしないといけないと思って自然と声が出た。
「私はお前と焼人参が食べたくなった。それだけではダメか?」
もっと伝えたい事がある気がするが今は良い。こうしてご飯を一緒に食べている事が私は嬉しい。
「…いいけど。食べ過ぎてお腹出てる」
「大丈夫だ。トレーニングをしたらすぐ凹む」
「そうじゃなくて……いいや」
彼はまた人参を焼き始める。私はまた食べ始めた。
願わくばこの時間がずっと続いて欲しいと私は思う。