馬の居ない世界で   作:暁椿

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書きたいところまで少し早足でいきます


第4話

 

第4話 流星ステイヤー

 

 凱旋門制覇。その偉業を成し遂げた彼に贈られた二つ名。彗星に導かれ悲願を達成した名馬。誰もが彼を讃え、その帰国を待った。

 

だが彼は帰っては来なかった。

 

 レース終了後から三日後に繋靭帯炎が発覚。そこから今まで我慢していたものが崩れ落ちる様に体調が悪化した。一命は取り留める事はできたが帰国の為の体力を回復するまでには長い年月が掛かった。

 

 日本ではその事に関して度々触れられるが話題性が薄れるに伴って彼の事を忘れていく。

 

 彗星だけは毎年欠かさずに彼の元に通い続けた。その事について晩年、天才がコメントを残している。

 

「誰よりもスーパークリークを心配していました。毎年欠かさずにフランスの牧場に行き、一週間は必ずクリークと過ごして帰ってきました。その度に僕に写真を持ってくるんです。調子が良さそうだ、今年中には帰ってくるかもしれない。クリークの写真を見ながら2人でワインをよく飲みました」

 

「覚えていますよ。クリークが帰ってくる年にいつもより高いワインを持ってきてね。飲み始めて直ぐに泣いたんですよ。良かった…あいつにまた日本の芝を踏ませてやれるって。飲み明かしましたね。お互い大阪杯や皐月賞が控えてるのにその日は飲み倒して…楽しかったなぁ」

 

 本人である彗星はその事について何も語らない。彼の帰国に対しての記者の質問にも当たり障りのない回答をしている。

 

実際は慣れ親しんだ牧場に彼が立っているのを見ただけで男泣きをしている所を牧場関係者は見ていた。

 

ーーーーーーーー

 

 生涯の別れになると彼は思っていた。全てを出し切り勝った。

 

「また日本で会おうな」

 

送り出してから彼は取り繕うのをやめた。身体の限界が直ぐそこまできていた。それでもあの人を故郷に帰すまでは悟られてはいけない。あの人を待っている別の誰かがいる。何よりもあの人には走っていて欲しい。そんな願いを抱き、異国の地で彼は倒れた。

 

死ぬのだと思った。やり残した事はない。そう思える生涯だった。

 

なのに生きてしまった。異国の知らぬ土地で1人で生きている。それはとても寂しく、死んだ方がマシだったのではと考えてしまう。

 

「クリーク」

 

 ついに幻聴まで聴こえるようになったと思った。

 

「クリーク」

 

やめろ。あの人はこんな所には来ない。

 

「聞こえないのか…クリーク!」

 

振り返るとあの人がいた。考えるよりに先に身体が動いた。懐かしい匂いもする。本物だ。

 

あの人が居る!

 

「元気そうだな…良かった…本当に良かった」

 

何故貴方が泣く。泣きたいのは私だ。

 

「ずっと来たかった。騎手としての仕事とオーナーにこの季節にしか行くなと言われてな…申し訳ない」

 

今、来ている。それだけで私は嬉しい。だから泣かないで欲しい。あの勝利にすら泣かないでいた貴方が泣くと困る。

 

「慰めてくれるのか。クリーク、お前は本当に優しくて賢い馬だ」

 

懐かしい手が私を撫でる。思わず嘶いてしまう。

 

「話をしよう。君に聞かせたい話が沢山あるんだ」

 

座り込む彼を囲むように私も座る。あの誓いの日と同じ様に。

 

「まずは……いや、それより先に昼寝にするか」

 

裾を噛んだ私を見て彼は私にもたれ掛かり目を瞑った。私もそれに釣られて目を瞑る。もしもこれが夢なら醒めないでほしい。そんなくだらない事を思いながら眠りについた。

 

私は1人ではなかった

 

 

第4話 それを運命と呼ぶ

 

押し切られてしまった。

 

「此処のたい焼きもオススメなんですよ〜」

 

右手をガッチリと握られてトレセン学園に向かっている。

 

「♪〜」

 

 横目で見るスーパークリークは何処か楽しげに歩いていた。

 

 裾を握られ、何時の間にか手を握られて幾つか質問をされている時に僕の中に湧き上がる感情があった。

 

 安堵と喜び。

 

何故かはわからない。だが彼女がスーパークリークだと分かった時にそう感じた。

 

それを口にする事は無かったが彼女の質問に全て答えてしまった。

 

「トレーナーさんはいつからトレーナーさんになるんですか?」

 

「それは分からない。多分下積みして1〜2年してからじゃないかな」

 

「なら待ってますね」

 

思わず顔を見るとスーパークリークは此方を見ずにただ前を見て歩いていた。

 

「…待っててもダメかもしれないよ?」

 

「トレーナーさんなら大丈夫です」

 

都会のウマ娘は全員こうなのだろうか。オグリもそうだったが何故こう胸を熱くさせてくれる。

 

「ですが偶に、偶にで良いので…」

 

スーパークリークの足が止まる。

 

そっと耳元に顔を近づけてきた。

 

「甘えて甘やかしてくださいね」

 

三度目に見た彼女の顔は妖艶な笑みを浮かべた魔性のいや、魔王の様な顔つきだった。


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