とある魔術の幻想姉妹(ロマンサーズ)   作:エーミユー

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禁書目録が幻想殺しと出会う前

 あなたは、神の子が起こした奇跡を信じますか?

 

 そう問われた時、十字教徒なら「はい、信じます」と答えるだろうし、歴史学者なら「それは創話に過ぎない。彼は元々ただの大工だった」と答えるかもしれない。

 浄土を信じるものなら「我々が信仰しているのは御仏なので」と答えるかもしれないし、理学者なら「奇跡が起きた確率はゼロとは言えない」と答えるかもしれない。

 

 同じ問いを幻想殺し上条当麻に訊ねれば、「そんなことよりパンが食いたい」と言い出して答えてくれないかもしれないし、ロマンサー汀宝良(みぎわたから)に訊ねれば、「そいつ『ロマンサー』だったんじゃない?」と言い出して宗教家からの顰蹙を買うかもしれない。

 

 

 

 とんでもない作り事を言う者、もしくは、『とんでもない作り事を現実にしてしまう能力を持つ者』の事をロマンサーと言う。

 神の子に対して、ロマンサーというレッテルを貼ってしまうと、前者の意味だろうと後者の意味だろうと十字教徒は怒り狂う。

 十字教徒にとって神の子の奇跡は、真実、奇跡でなければならないのだ。

 法螺吹き呼ばわりは以ての外だし、異能者呼ばわりも、やはり禁句である。

 十字教徒の間では、神の子をロマンサーと称する事はタブーとされていて、転じて、ロマンサーの存在自体をタブーとする者も多数存在する。

 

 イギリス出身の姉妹、通称『幻想姉妹(ロマンサーズ)』も、その存在を十字教からタブー視され、極東の地、日本に流れ着いた二人だった。

 

 

 

 その日は、予報外れの雨が降る夜だった。

 

「成る程、ではその地での仕事は手早く済みそうですね」

 

 ユウ=マッキンタイアは、通話相手である姉、エイミィ=マッキンタイアにそう言った。

 ユウは携帯電話を耳に当て、その長い足を組んで椅子に座っている。

 歳の頃は十代後半程度に見える女性だったが、妙に落ち着いた雰囲気を纏っていた。

 

「そうねぇ、おそらくだけれど、あと二日か三日ってとこかしら。首謀者はどうせケチな逸れ魔術師でしょうね」

「ところでエイミィ、晩御飯はちゃんと摂りましたか? あなたは、仕事となると寝食を忘れるクセがありますからね。私はいつも心配です」

 

 ユウが眉根を寄せながらエイミィに問うと、電話の向こう側で溜息をつく気配があった。

 

「確かに、仕事中に無理する事はあったけど、それは手強い仕事の時だけよ。ユウと別々に仕事するようになってからは、ちゃんとご飯食べてるし、睡眠もしっかりとってるわ」

 

 エイミィはそう言うが、ユウとしてはどうしても気になってしまう。

 エイミィは食にこだわりがないタイプの人間で、好き嫌いをしないのは美徳だが、こだわりが無いあまりに、一食二食は平気で抜いてしまうのだ。

 

「今日は、依頼主のおばあさんから、大根のタイタンをいただいたわ」

「タイタン? 古の神ですか?」

「違うわよ、調理法の『炊く』よ。『炊いたん』」

 

 ああ、そっちか、とユウは納得した。そういえば冷蔵庫の野菜室に大根があったな、自分も明日は大根の炊いたんでも食べようか、と思案する。

 レシピはよくわからないが、大抵そういう料理は、だしと醤油とみりんと酒でなんとかなるものだ、と日本に来てから覚えた和食の調理法を思い浮かべた。

 

「それじゃ、もう遅いし、そろそろ寝るわ。じゃあね、ユウ。また、明日の定期連絡で」

「ええ、また明日」

 

 ユウがそう言うと、通話が切れた。

 特にする事も無いので、早速大根の炊いたんの調理を始めた。

 ユウは、煮物は一日寝かせた方が好きだ。明日食べるなら、今日作っておいた方が良い。

 適当に、ニンジンや豚バラ肉を加えて、調味料で味を整える。

 

 あとは少し煮込むだけ、というところまで調理が終わった時、家の外から何がしかの物音が聞こえた。

 その物音は微かなものでしかなかったが、常人よりも優れた聴覚をもつユウの耳には、容易く届いた。

 警戒しながら玄関のドアを開け、周囲を探る。シトシトと降る雨に紛れて分かりにくいが、確かに何者かがいる気がする。

 ユウとエイミィが日本に来てから購入したこの家は、背の高い木が生い茂る森の中に建てられた、コテージの様な一軒家だった。

 玄関から数歩離れた所には屋根付きのガレージがある。エイミィが車に乗って出掛けているので、今は空っぽの筈だが、ガレージの中から何故か人の気配を感じた。

 

「泥棒ですか? 生憎そこに高価なものはありませんよ」

 

 呑気な態度でガレージの入り口に立ったユウが、中の気配に対して問いかける。

 

「……泥棒じゃ……ないんだよ……ごめんなさい、雨宿り、させてほしいんだよ」

 

 息も絶え絶えな、少女の声。よくわからないが、病気か何かで衰弱している様だ。放って置くのは非道だろう。

 ユウはそっと、その白いシスター服を着た少女に近付くと、横たわるその影を抱き上げた。

 

「わわっ……あっあの……」

「ふむ、どうやら体調不良の様ですね。ガレージなんかに居たら、悪化するばかりです」

 

 ユウは女性の割に長身で、百八十センチを超えようかという体格だったが、それにしても少女を軽く抱えるその膂力は、モデルの様に細身であるのに、常人のそれとは段違いだ。

 

 少女を抱えたまま家の中に戻り、玄関から廊下を渡ってリビングに入ったユウは、部屋の隅にある両開きの扉で閉じられた棚の前に立った。

 

「さっ、ちょっと立ってください」抱えていた少女をそっと立たせると、ユウは銀細工の蝶番で閉じられた棚の扉を開けた。

 

 中には洋の東西を問わず、様々な刀剣が納められている。

 

「ひうっ!」少女が怯えたように一歩さがる。

「ああ、大丈夫ですよ。危ない事はしません」

 

 言いながらユウはその刀剣の中から一本を取りだす。

 

「この『剣』を持つと、すぐに病気が治ります。さあ、どうぞ」

「なにを……言ってるの? そんなわけないかも」少女は訝しげだが、熱に浮かされた様子で、とりあえず、鞘に納められたその剣を受け取る。

「どうです?」

 

 ユウが笑顔で訊ねると、少女は驚きに目を丸くする。

 高熱でぼうっとしていた頭がすっきり晴れ、ジンジンとした節々の痛みも無くなった。

 

「嘘! これは! まさか……」

 

 さっきまでは熱のせいで頭が働いていなかったが、よく考えればこれはおそらく魔術の類だ。

 実は少女は十万三千冊の魔道書の知識を記憶しており、魔術に造詣が深い。

 その自らの脳内データベースから、合致する魔術を検索すると、答えは直ぐにでた。

 

「あなた、ロマンサーだね」

「おや、シスター服を着ているので、そうかもしれないとは思いましたが、やはりそっち系の人でしたか」

 

 ユウは、驚いた様子もなく頷いた。

 

「ロマンサーが発した言葉は、現実になる。その条件は、発言の中に自らの『WOP(ワードオブパワー)』を入れる事。おそらく、あなたのWOPは……『剣』」

「ふむ、まあ、それは置いといて」

 

 ユウをロマンサーと断定した少女は、警戒して数歩さがる。その手には受け取った剣が握り締められているが、華奢で短身な少女には使いこなせそうにない。

 

「そう怖がらないでください。あなたを害する気は無いですよ。病気も治してあげたでしょう」

 

 確かにその通りだ。害を成そうとする人間ならば、わざわざ相手の病気を治すなど、あり得ない。

 少女は少しだけ、警戒を解いた。しかし、剣は握り締めたままだったが。

 

「お名前は?」ユウが問う。

 問われた少女は、思い悩みながらも「インデックス」と答えた。

 ここまでユウは、かなり親切にしてくれているし、悪意はなさそうだし、『自分を追う魔術師たち』とは違うと思ったのだ。

 

「ふむ、インデックス、変わったお名前ですね。私の名前はユウ=マッキンタイアです。よろしく、インデックス」

「……私の名前を聞いても態度を変えないんだね」

「おや、もしや、そっち系の世界では、あなたは有名人なのですか? 失礼ながら、私はそういう知識に疎いんですよ」

 

 インデックスの懸念は全くの無駄だった様で、ユウはインデックスの事を知らなかった。

 魔術の世界に関わる者なら、血眼になって求めるインデックスの知識も、ユウには無用な物らしい。

 

「私の、『年下の姉』ならばあなたの事を知っているかもしれませんが」

「年下の姉? それ、妹じゃないの?」年下なのに姉とは、妙な言い回しだ。インデックスは当然の疑問を訊ねた。

「エイミィ、という名前なんですがね。今は仕事で出掛けているんですが、年下なのに姉だと言い張る、可愛い妹、のような姉です」

「なんだかよくわかんない。煙に巻かれているみたいかも」

 

 そんな問答をしていると、短身痩躯のわりに食い意地のはったインデックスのお腹が、ぐう、と鳴った。

 

「空腹、ですか?」

「えっと、まあ、ちょっと、かなり、お腹すいたかも」

 

 お腹を押さえて浮かない顔のインデックス。ユウは目を閉じ、二度頷くと、インデックスに問い掛けた。

 

「大根の炊いたんで良ければ、用意しますが?」

「タイタン? ギリシャの神が大根に?」

 

 自分と同じ聞き間違いをしたインデックスが可笑しかったのか、ユウは吹き出して笑った。

 

 雨に濡れたインデックスに、「そのままではまた体調を崩してしまいます」と言って風呂に入らせ、シスター服を乾燥機に突っ込む。

 着替えがないと困るだろうと思い、インデックスの体格でも着られるであろうフリーサイズのアンダーアーマーの上下と、七分袖のシャツを洗面所に畳んで置いておく。

 ユウにとっては七分袖のシャツでも、インデックスには萌え袖程度の長さのワンピースになるだろうが、まあ、着られるならなんでもいいだろう。

 そして、ユウは大根の炊いたんの調理を再開した。少し煮込めば、とりあえず食べられるくらいにはなる。

 ユウとしては、明日まで寝かせた方が美味しいと思うのだが、インデックスはかなり空腹な様だし、風呂から上がったら直ぐに食べさせてあげようと、手早く煮込み、皿に盛り付けた。

 炊飯器に残っていた白米をよそい、常備菜である瓶入りのビネガーベジタブルを小鉢に取ると、二人掛けのテーブルに配膳する。

 

 食事の準備が整ったので、一向に風呂から上がってこないインデックスを迎えに行こうと風呂の方に行く。

 洗面所のドアをノックして「開けてもよろしいですか?」と訊くと、「OKなんだよ〜」という能天気な声が聴こえた。

 ドアを開けると、鏡の前で、長い髪をタオルで拭いて乾かそうとしている、裸のインデックスの姿があった。

 さっきまで、それなりに警戒していたというのに、今は完全に無警戒だ。

 

「なかなか風呂から上がってこないと思えば、ドライヤーを使わずに髪を乾かすタイプの人でしたか。あなたくらいの長髪だと、タオルで乾かすのは億劫なのでは?」

 

 ユウの髪型は、耳が隠れる程度の長さで切り揃えたショートボブだった。あまり長いと、髪を洗った後に乾かすのが大変なので、ユウはいつも髪は短めにしている。

 短髪の自分がドライヤーを使っても、それなりの時間がかかるので、かなりの長髪であるインデックスがタオルだけで乾かすとなると相当な手間だろうな、とユウは思った。

 

「ドライヤーって、なに?」インデックスが問う。

 問われたユウは一瞬、何を訊かれているのかわからなかった。

「……ああ、私も日本暮らしが長くなってきたので、日本式の言葉に慣れてしまっていました。日本でいうドライヤーは服の乾燥機ではなく、ヘアドライヤーの事ですよ。インデックスはヘアドライヤーは使わないんですね」

 

 ユウの姉は、今でもドライヤーと言うと乾燥機の事だと勘違いする。

 ユウは、インデックスもそうなのかと思ったが、「ヘアドライヤーって、何かな? 知らないんだよ」と彼女は答えた。

 きょとん、とした表情のインデックスに、これまたきょとん、とした表情を返すユウ。

 まさか、ヘアドライヤーを知らない人間が現代社会にいるとは、そっち系の世界の人々は、家電を使わないルールでもあるのだろうか? と疑問が浮かぶ。

 まるで未開の地からやってきた様な子ですね、とユウは思ったが、よくよく考えれば自分だって数年前まで未開の地で暮らしていた様な者だった。洗面台からドライヤーと櫛を取り、インデックスの長い髪を梳かしながら乾かしてやる。

 

「わっ、あったかい風が吹いてるんだよ。どういう魔術?」

「魔術ではなく、これは只の家電です」

 

 風邪をひかない様にしっかり乾かして、用意しておいた服を着せ、食卓に案内する。

 多少冷めてしまっていたので、大根の炊いたんはレンジで温めなおし、白米は新たによそった。冷めた方の一膳は、ユウ自身が食べようと、テーブルの対面側に置き、キッチンへ向かう。

 

「箸とフォーク、どちらにしますか?」

「できればフォークが良いんだよ」

 

 自分も日本に来たばかりの頃は、箸が上手く使えなかった事を思い出し、懐かしくなるユウ。

 フォークを食器棚から取り、テーブルに座っているインデックスに渡すと、「どうぞ、召し上がれ」といってキッチンにもう一度戻った。

 背中越しに、インデックスの食前のお祈りの声を聴きながら、急須で日本茶を用意する。

 姉のエイミィは和食を食べる時にも、無糖の紅茶を飲んだりする人だが、ユウは和食にはちゃんと日本茶を合わせる。

 冷蔵庫からパックの梅干しを取り出して小皿に少し盛り、その小皿と箸と湯呑み二つと急須を器用に持ち、ユウもテーブルに着いた。

 二つの湯呑みに其々日本茶を淹れ、一つをインデックスの方に渡したあと、白米にもお茶をかけ、梅干しと共に食べる。

 

「それ、ピックルドプラム? たしか、日本で有名な、プラムの塩漬けだよね?」

「ええ、梅をプラムと言い切るのは語弊がある気もしますが、ピックルドプラム、日本語で言う梅干しですね。一つ食べますか?」

 

 梅干しの盛られた小皿をインデックスの方へ近づけると、彼女はフォークで掬うように一つ取り、小顔の割に大振りな口に放り込んだ。

 瞬間、インデックスは目を閉じて呻くように顔を伏せた。どうやら、予想以上に酸っぱかったらしい。

 

「に、日本人はよくこんな酸っぱいの食べられるね。ほっぺ歪むかと思ったんだよ」

「私は日本人ではありませんが、好きですけどね、この味」

 インデックスの反応を見て微笑むと、ユウはサラサラと梅とお茶漬けを掻き込んだ。

 

 余程空腹だったのか、生来早食いなのか、インデックスはあっという間に全て平らげた。

 日本茶を飲んで一息つくと、彼女の雰囲気に少しだけ陰が差す。

 

「ユウは、どうしてこんなに親切にしてくれるの?」

「……特に理由らしい理由は有りませんね。強いて言うなら、助けたかったから、というところですか」

 

 ユウは優しい人だ。だから、自分の事情に巻き込んではならない、とインデックスは思った。

 明らかに訳ありの自分に手を差し伸べ、当然の様に助けてくれた。ならば、『魔術師に追われている自分』はユウに迷惑をかけてはいけない。

 

「さて、私はそろそろ寝ようかと思っているのですが、インデックスは姉の部屋で良いですか?」

「え?」

「いや、ですから、姉の部屋で寝ますか? と訊いています。姉は数日帰ってきませんから空室ですよ」

 

 インデックスは、久しぶりにあったかいベッドで眠りたい、と当然の誘惑に駆られた。

 けれど、自分は追われる身だ。長居すれば、ユウに危害が及ぶかもしれない。さっさとここを去らなければならない。

 

 しかし、どういうわけか、インデックスはユウのベッドに潜り込んでしまっていた。

 それは、人肌が恋しかったからかもしれないし、インデックスがとある事情から無くした記憶の中にある、『親しかった友人』とユウのパーソナリティが似通っていて、無くしたはずの思い出を刺激されたからかもしれない。

 インデックスはベッドの中でユウと向かい合って、少しきつめに抱きついた。

 

「あったかい……」

 

 インデックスは、母親の顔も知らないけれど、「お母さんみたいなんだよ」とユウに言った。

 

「私は、あなたのお母さんというような歳ではありませんよ」

「ふふ、じゃあ、お姉ちゃん?」

「いえ、おばあちゃんですね」

「そっち!? お母さん通り越しちゃうの!?」

 

 小気味良いインデックスの突っ込みに、ユウは笑みを漏らす。

 

「むう、からかってるね」不服そうなインデックス。

「冗談ですよ。あるいは、事実かもしれませんが」

 掴み所のない雲の様な雰囲気を纏うユウに、インデックスは急に真面目な表情を向けた。

 何やら、真剣味を帯びたインデックスの碧眼をユウはジッと見返す。

 

「ユウは、更なる力を求めたりしてない?」

「……なんだか、物騒な質問ですね」

「私は、『ロマンサーを完成させる方法』を知ってるんだよ。ユウになら、教えてあげても良いかも」

 インデックスの言葉にユウは泰然とした様子で答えた。

「生憎ですが、真のロマンサーに至る方法は知りたくありませんね」

「あれ、そうなの?」

「ええ、私の姉は、とある事情からそういう力を求めるかもしれませんが……私は知りたくありませんし、姉にも知って欲しくないですね。彼女が更なる力など得たら無茶なことをするかもしれない」

 

 自分が出来るお礼など、魔術知識に関する事しかない。ロマンサーについての情報を教えることでお礼をしようと思っていたインデックスの当てはハズレてしまった。

 

「じゃあ、私にできるお礼は、何も無いかも」

「良いんですよ、お礼なんて。必要ありません」

 

 ユウは、インデックスの背中を優しくトントンと叩いた。そのさまは娘に対する母の様であったし、妹に対する姉の様でもあった。

 その内に、インデックスは微睡みの中に沈んでいき、その目を閉じて眠った。

 

 

 

 草木も眠る丑三つ刻、インデックスはパッと目を覚ました。

 隣で眠るユウを起こさないように、静かにベッドから立ち、窓の方へ歩く。

 閉じたカーテンを少しだけ捲り、雨が上がった事を確認した。

 音を立てず抜き足差し足で、部屋の入り口に向かい、ドアノブを掴んだところで、「インデックス」と声を掛けられてビクッと驚く。

 

「ユウ……起きてたの? ゴメンね、お礼もしてないけど、私はもう行かなくちゃいけないんだよ」

 

 ベッドの方へ振り向き、暗闇の中のユウと顔を合わせるが、ぼんやりと浮かぶ輪郭しか見えず、その表情は確認できない。

 

「あなたが何らかの事情を抱えていることはわかります。ただ、私には私の事情があって、あなたを本当の意味で助けることはできないかもしれない。だから、無責任なことは出来ない」

「良いんだよ。勝手に雨宿りしにきた私に、こんなに優しくしてくれた。それだけで充分なんだよ」

 

 ユウは、眠る時も外さなかったネックレスを首から取り、「この『剣』を持つ者には、幸運が訪れます」と言って、インデックスの方へ歩み寄った。

「剣?」インデックスが問う。

 

 ユウは、ドア横にあるスイッチを押し、蛍光灯を点けた。

 ユウの手にあるネックレスには、剣を模したクルスの飾りが付いていた。

 

「どうぞ、効力はあと一日も保たないかもしれませんが、あなたの道先に幸多からんことを、祈っています」

 

 インデックスはネックレスを受け取り、胸の前で両手を使って握り締めた。

 

「ありがとう、ユウ」

 

 そう言い残して、今度こそインデックスは部屋を出て行った。

 乾燥機から、シスター服を取り出してさっと着替え、ユウの家を跡にする。

 ユウは、森の中に消えていくインデックスの後ろ姿を、自分の部屋の窓から、その背が見えなくなるまで見つめていた。

 

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