とある魔術の幻想姉妹(ロマンサーズ)   作:エーミユー

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ロマンサーとロマンサー

 汀宝良(みぎわたから)は、年齢当てクイズが苦手だった。

 それは別に、初対面の女性に「わたし何歳だと思う?」と訊ねられるのが苦手だとか、そういう意味では無い。

 現在、大学に通う学生である宝良は、将来の進路を警察に定めていた。

 それを戸籍上の兄である刑事、脇坂純一に相談したところ、警察官採用試験の問題集と共に、年齢当てクイズの課題を頂戴した。

 警察官にとって、相手の年代を瞬時に判断するのは必須な能力らしい。

 しかし、宝良には他人の年齢、特に女性の年齢はさっぱりわからなかった。

 二十代の半ばかと思えば、化粧の濃いティーンエイジャーだったり、三十代前半かと思えば、年齢不詳の美魔女だったりと、全く当たらない。

 

 

 

 特に何の予定も無かったその日、宝良はシックな雰囲気を醸し出す薄暗いバーで、適当に頼んだカクテルを飲んでいた。

 目の前のカウンターに立つ女性バーテンダーが作ってくれたカクテルは、半透明のエメラルドグリーン色がキラキラ光って綺麗だったが、何という名前のカクテルだったかは既に忘れてしまった。

 宝良は、何気無くその女性バーテンダーの顔を見る。フランス人形の様な、顔立ちの整った美形の外国人だった。

 国際化の波が押し寄せる昨今の日本ではあるが、女性のバーテンダーで、しかも外国人というのは珍しい。

 早速宝良はその女性の年齢を当てようと思案した。しかし、外国人女性の年齢を当てるのは、日本人女性よりさらに難しい。

 おそらくは、若い方だと思う。しかし、十代というのは無い気がする。バーテンダーという職業を考えても、少なくとも成人はしている。

 二十代か、三十代でも前半だろう。仮に彼女が何らかの事件の被疑者であったなら、自分は彼女の事を『二十代から三十代の白人女性』と報告する。

 これで彼女が、実は若作りの四十代であったりしたならば、いよいよ自分には年齢当てクイズのセンスがないな、と宝良は内心で苦笑した。

 

「なにか、御用ですか? 先程から熱心に私の顔を見つめているご様子ですが」

 

 不意に、女性バーテンダーが宝良に話しかけてきた。その日本語は訛りもなく流暢で、少なくとも、一年や二年の滞在ではここまで上手く話せるはずも無い。日本に来て、かなりの年月が経っているのだろう。

 しかし、声のトーンは想定よりも高かった。それこそ、幼さを感じさせるレベルで。

 これは、もしかしたら十代後半という可能性も有り得るぞ、と宝良は思った。

 

「いや、用があるわけじゃないんだ、ゴメンね」

 

 答え合わせのために、年齢は訊いてみたかったが、初対面の女性に年齢を訊くのは失礼、という常識は持ち合わせていた。と言っても、年齢当てクイズを習慣にしだしてからは、何度か不躾に年齢を訊ねる事もあったのだが。

 

「惚れちゃった?」

 

 ちょっと悪戯っぽくウインクしながら、砕けた口調で女性はそう言った。

 宝良は、結構魅力的な人だな、とは思ったが、口説こうという気は無かった。

 その後も、そのバーテンダーとの他愛もない会話を肴にカクテルを飲んでいると、しばらくして、マナーモードで胸ポケットに入れていたスマホに、着信が入った。

 『ロマンサー案件』とだけ書かれた無愛想な短文、送り主は脇坂。

 脇坂は宝良にとって兄であり、仕事を振ってくる刑事でもあった。

 

「最後に、ミネラルウォーター貰えるかな?」

「ええ、わかったわ」

 

 バーテンダーの口調は完全にフランクなものに変わっていたが、馴れ馴れしさは感じなかった。

 彼女はバックスの冷蔵庫を開け、中から炭酸水を取り出してグラスに注いだ。

 宝良は一瞬、あれ? と思ったが、イギリス英語ではミネラルウォーターは炭酸水を指すという事を何処かで聞いたのを思い出した。

 訛りがない事から日本暮らしは長そうだが、バーテンダーとしては新人なのかもしれない。

 

「どうぞ」

「余計なお世話かもしれないけど、日本ではミネラルウォーターは炭酸が入ってない水の事を言うんだよ。バーテンなら覚えといた方が良いよ」

「あら、そうなの? ごめんなさい、取り替えるわ」

「ああ、別に良いよ。酔い覚ましに水を飲もうと思っただけだから、炭酸水でも構わない」

 

 宝良はそう言ってグラスを手に取ると、「この炭酸水を飲むと酔いが覚める。『嘘』じゃない」と小声で呟いた。

 宝良は『嘘』のWOPを持つロマンサーなのだ。

 彼の言葉の中に『嘘』という単語が入ると、その言葉は現実のものとなる。

 一気にグラスを呷って飲み干すと、「ごちそうさま、またね」と言ってバーテンダーにひらひら手を振った。

 

「ええ……またね」彼女は、何処と無く妖しげに微笑んで返した。

 宝良は、彼女の微笑みが少しだけ気になったが、手早く会計を済ませてバーを跡にした。

 

 バーを出ると、歩道を歩く会社帰りのサラリーマンやOL、学生風の若者たちの雑踏が宝良の前を過ぎる。

 その雑踏の隙間から、片側二車線の道路を挟んで向こう側に、スズキのフラッグシップセダン車、キザシが停車しているのが見えた。

 キザシは刑事の捜査用覆面パトカーとして多数採用されている車種だ。

 宝良は歩道橋を渡って、そのキザシの後部座席に乗り込む。運転席には煙草を燻らせている脇坂がいた。おそらくGPSで宝良の居場所を探し出してここに来たんだろう。

 

「早速で悪いが、ちょっと遠出するぞ」言いながら脇坂はギアをドライブに入れて発進した。

「何処へ?」シートに深く凭れて訊く宝良。

「神奈川県」

「神奈川ぁ? なんで本店(警視庁)の脇坂さんが神奈川の事件を捜査すんのさ」

「犯人のアジトは神奈川だが、事件自体は23区内で発生してるんだよ。高級車窃盗のニュースは知ってるだろ?」

 

 宝良は最近世間を賑わせている高級車窃盗団の情報を思い出した。

 たしか、テレビのニュースでは微妙に暈されていたが、裏にチャイニーズマフィアが絡んでいるとかいう事件だ。

 犯人グループは一夜にして、何十台もの車を一気に盗んでいる事から、かなり大きな組織による犯行と目されている。

 

「今から行くのはマフィアのアジトってわけ?」

 

 宝良の質問に、脇坂は左手を振って否定した。

 

「マフィアに関しては、どういう筋の誰が絡んでいるのかもわかってない。神奈川のアジトにいるのは下っ端のヘイハイズだけだ」

 

 ヘイハイズという聞き慣れない単語に、宝良は首を傾げた。

 

「物知らずなお前にも分かりやすく言うと、ヘイハイズってのは中国人密航者の子供の事だ。密航者の子供だからな、当然、出生の届けなんか出されないから、日本の国籍はもちろん中国の国籍も持ってない」

 

 脇坂の説明に、宝良は納得した。国籍が無いとなると、マフィアの下っ端にでもならないと生きていけないわけだ。

 犯罪者の世界にも国際化の波は押し寄せているらしい。

 

「でも、要するにそれって盗っ人のチンピラって事でしょ? なんで脇坂さんが捜査してる上に、『請負い屋』である俺に依頼すんのさ」

 

 宝良はまだ学生の身分ではあるが、『請負い屋』と呼ばれる、警察の手には負えない事件を解決する仕事を生業としている。

 なので、脇坂が持ってくる事件は、今までその全てが難事件であった。

 

「……アジトには四人のヘイハイズが居るらしいんだが、そのうちの一人は、ロマンサーだ」

 

 宝良の眉間に皺が寄る。その目には剣呑な光が宿った。

 

「成る程ね。わかったよ、ちょっと寝るから、着いたら起こして」

 そう言って、宝良は後部座席のシートにその体を倒して目を閉じた。

 

 

 

 神奈川にある、犯人が潜むアジトとやらは、それなりに高級そうな一軒家だった。

 下っ端のチンピラとはいえ、ロマンサーだけに、中々の高給取りらしい。

 時間は既に深夜だが、家の灯りはまだ点いていた。

 脇坂は、運転席の窓から、そのアジトを眺める。

 

「どうする? 寝静まるまで待つか?」脇坂が問う。

「いや、チンピラが早寝早起きとかしないでしょ。さっさと乗り込んで生け捕りにしてくるよ」

 

 車から降りた宝良は、後部に回ってトランクを開けた。中には宝良用の装備が収納されている。

 ただし、装備と言っても物騒なものは何もない。黒革のジャケットや、手袋など、普通の衣類ばかりだった。

 それらを一つ一つ手に取り、「与えられたダメージと、敵のロマンサーの言葉は全て跳ね返る。『嘘』じゃない」と言って着けていく。

 装備を着終えると、宝良は軽い足取りでアジトへ走り寄った。

 玄関の鍵は閉まっていたが、ロマンサーである宝良にはどうという事もない。

 

「鍵が閉まってるなんて『嘘』」

 

 音を立てないように忍び込み、暗い廊下を進んで、下部の磨りガラスから明りが漏れるドアの前に立つ。

 ドアの向こうはおそらくリビング。数人の気配があるが、時折聞こえる声は、まだ子供の様に思えた。

 そういえば、こいつらの年齢聞くの忘れてたな、と宝良は今更ながらに確認を怠っていた事を思い出した。

 まあ、相手の歳とかどうでもいいか、とドアを開けて部屋の中に飛び込む。

 

「なんだぁ! テメエ!」チンピラの一人が声を荒げた。

 部屋の中にいたのは四人の少年。

 結構でかいプラズマテレビにはゲーム機が繋がれている。

 なんだよ、やっぱりまだ子供じゃないか、と宝良は一気にやる気が無くなった。

 

「右から、18歳、16歳、15歳、12歳。どう? 当たってる?」宝良は一人一人指差しながら、年齢を指摘していった。

「何わけワカンねぇ事言ってんだ!」

 

 16歳と言われた少年が宝良に殴りかかった。宝良は避けもせずに黙って鳩尾で受ける。

 

「ぐあぁっ!」

 

 しかし、ダメージを受けたのは少年の方だった。殴った右手を押さえて呻く。

 宝良は少年の頭に手を当て「気絶する。『嘘』じゃない」と言った。少年は瞬く間に意識を失う。

 

「テメエ! 何しやがった!」

 

 15歳の奴が跳びかかってきたが、その少年にも同じ言葉を使って気絶させる。

 

「二丁あがり、と」

「お前、ロマンサーか?」

 

 一番年嵩の少年が、宝良に問い掛ける。

 

「そう言うアンタも、ロマンサー?」皮肉げに問い返す宝良。

 

 年嵩の少年はチッと舌打ちすると、一番年少の、まだランドセルが似合いそうな少年に何やらアイコンタクトを送った。

 少年たちは距離を開けながら、宝良の右側と左側にそれぞれゆっくり回り込む。

 宝良は、年少の方にも軽く意識を向けつつ、年嵩の少年を見遣った。

 年嵩の少年は懐からナイフを取り出し、全力で床を蹴って宝良に斬りかかった。

 宝良はそれを冷静に、手袋をはめた右手で受ける。ナイフは少年の手から、弾かれた様に離れた。

 宝良はさらに右手で、丸腰になった少年の頭を掴むと「お前も気絶。『嘘』じゃない」と言って無力化する。

 その瞬間を好機と見たのか、年少の方も走り寄ってくる。宝良は左手を突き出して構えるが、走り寄ってきた少年は徐ろに宝良の左手を掴んだ。

 

「ん?」宝良は目を丸くする。

 

 宝良へのダメージは全て跳ね返るはずだったが、ただ掴まれただけでは能力が発動しなかった様だ。

 そして少年は、自らのWOPを含んだ言葉を叫んだ。

 

「『小』さくなれえええ!」

 

 ロマンサーの力が込められたその言葉は、少年へと跳ね返り、少年は身長10センチ程になって宝良の左手に収まった。

 

「ロマンサーは君の方だったか」

 

 『小』さくなった少年は、宝良の左手に握られて、顔色を青くした。

 

「悪いけど、君も気絶だ。『嘘』じゃない」

 

 ロマンサーの少年も気絶させたあと、その小さな体を床に置き、

 

「小さくなるっていうのは『嘘』」と言ってその身長を元に戻す。

 

 高級車を一夜に何十台も盗んだカラクリは、おそらくこのロマンサーの少年の力だろう。

 車を全てミニカーの様に小さくして回収したのだ。

 この子供達がヘイハイズというのは本当なんだろうが、その裏に巨大なチャイニーズマフィアが絡んでいるというのは眉唾かもしれないな、と宝良は思った。

 背後を洗っても、ショボい違法高級車ディーラーが摘発されるのが関の山だろう。

 何はともあれ、仕事は終了した。宝良は外で待つ脇坂に報告する為、少年たちのアジトを出て行った。

 

 

 

 捜査対象にロマンサーが含まれているので、請負い屋である宝良との繋がりを持つ脇坂が出張ってきたが、本来、警視庁捜査一課の脇坂は高級車窃盗団の捜査権を持っていない。

 とりあえず、無力化して捕縛は済ませたので、逮捕連行は担当の刑事たちに連絡して任せ、脇坂たちは東京への帰路に着いた。

 

 走り出して暫くした時、後部座席の宝良は、座ったまま背後を振り返り、肩越しにリヤウインドウの向こうを覗いた。

 

「脇坂さん、気付いてる?」

「……まあな、行きは途中で消えたから、偶然かとも思ったが、流石に帰りもとなるとな」

 

 宝良たちの乗っている覆面パトカーの後ろにはピッタリと追走してくる黒の日産GTーRの姿があった。

 煌々と光るヘッドライトのせいで運転手の顔は見えないが、明らかに尾行しているのは間違いない。

 神奈川に向かう時にはもう少し車間距離をとっていたが、おそらく尾行者も、既にバレることは承知の上なのだろう。

 

「脇坂さん、ここで俺は降りるよ」

「大丈夫なのか?」

 

 宝良の提案に、脇坂は訝しげな様子だ。

 

「大丈夫だよ。これだけあからさまに尾行してくるって事は、相手は請負い屋に用があるんでしょ」

「出来れば、警察を通さない依頼は受けてほしくないんだがな」

 

 そう言いながらも、脇坂はハザードを焚いて車を路肩に停めた。それに倣うように、尾行車も10メートル程距離を置いて駐車する。

 

「じゃ、またね」宝良は軽い調子で言いながら車を降り、尾行車の方へ歩いて行った。

 脇坂は、呆れたような溜息をひとつ吐くと、振り返らずに車を発進させ、東京へと帰って行った。

 

 宝良が尾行車に近付くと、助手席のウインドウが開けられた。助手席や後部座席に人影はなく、搭乗者は運転手一人のようだ。

 

「ハーイ、脇坂くん。また会ったわね」

 

 妙に明るい声で挨拶された宝良は、ウインドウが下がりきった助手席側から車の中を覗き込む。

 

「驚いたな、あんたか」

 

 果たして運転席に居たのは、今日宝良が呑んでいたバーに居た、女性バーテンダーだった。

 彼女は肩口で切り揃えられたウェーブがかった金髪を、左手のしなやかな指でさっと耳に掛けると、「まあ、とりあえず乗ってよ。東京まで送るわ」と言った。

 宝良はドアを開けて助手席に乗り込みシートベルトを装着すると、指を一本立てて「ひとつだけ訂正させてよ」と運転席ににこやかな顔を向けた。

 

「俺、色々あって脇坂さんちに引き取られたから、戸籍上は脇坂だけど、普段は旧姓の汀って名乗ってるんだ。汀宝良、よろしく」

「あら、そうなの? 調べ物は得意なんだけど、ちょっと焦ってたのもあって、そこまで調査できなかったわ。ダメね、私って」

 

 然程、気にした風もなく女性は嘯き、徐ろに車を発進させた。

 宝良はシートベルトを締めながら、「名前くらいは教えてくれるの? 新米バーテンさん」と質問した。

 

「ミネラルウォーターを間違うようじゃすぐクビになっちゃうわよ。バーテンダーには今日なったばかりなの。もう辞めたけどね」

 

 女性は首をすくめて笑う。彼女はロマンサーの能力を使ってあのバーに潜り込んでいただけで、実際にバーテンダーとして雇われていたわけではない。

 二、三度瞬きして吐息を吐くと、「エイミィ・マッキンタイアよ。エイミィって呼んでくれる?」と自己紹介する。

 

「OK、エイミィ。戸籍の方から調べてきたって事は、俺が請負い屋で、ロマンサーなのは把握してるんでしょ? オーダーは何?」

 

 おどけた風に宝良が言う。エイミィは鮮やかなハンドルさばきでコーナーを曲がりながら、数瞬、間を置いた。

 

「妹を、救けてほしい……正確には、妹と私を、だけれど」

 

 エイミィは、少しだけ顔を暗くした。宝良が見ず知らずの、ほぼ初対面の自分の依頼を受けてくれるだろうか、と懸念しているのだ。

 対して宝良は、何ということもない様子で、「依頼を受ける前に、訊きたいことがある」と言った。

 

「分かってるわ。質問には全て答える」

 

 エイミィは実際、何を訊かれても答えるつもりだった。妹を救うには宝良の助力が必要だ。その為には情報の出し惜しみはすべきではない。

 

「失礼だけど、エイミィって歳いくつ?」

「え?」

 

 てっきり、依頼内容についての質問がくると思っていたエイミィは、唐突な宝良の言葉に拍子抜けした。

 

「答え合わせは大事だからね」ウインクと共に微笑む宝良。

 エイミィには、その言葉の意味が上手くつかめなかったが、とりあえず、宝良は中々ウインクが上手いな、と思った。

 

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