ある日、いつものようにコンビニへ漫画雑誌を買いに行き、その表紙を見て愕然とした。
そこに映っていたのは、男性の裸体……細マッチョでイケメンな男性の水着姿だったのだ。
気が動転したまま隣の棚に目を移せば、際どいエロ本が並んでいたはずがやはり男の裸体祭りに。
内心では恐怖しながらも、持ってしまった興味が押さえられずにその内の一冊に手を伸ばす……瞬間、突然刺すように強烈な視線がこちらを見る気配がし、そちらへ振り返った。
視線の先、レジの方から店員の子……女の子がこちらをやたら血走った目で見つめていた。さながら、獲物を見つけた肉食獣のようで、恐ろしくなって急いで本を棚に戻す。
こんな所から早く逃げ出さなきゃ、そう思い出入り口の方へ向かう途中にも店員の女の子はこちらから視線を外すことはなく、レジに最も近づいた瞬間、自動ドアが開きようやく店から出られると思ったその瞬間に、女の子は声を掛けてきた。
「お兄さんも、そういうの好きなんですか?」
思わず振り返ると、嬉しそうに笑顔を浮かべこちらを見つめる女の子が居る。
ただ、その目からはハッキリと性欲を感じ、ねぶるように僕の全身を見ていた。イヤらしい笑みだった。
おかしい、絶対におかしい。そう思いながら走って家まで帰る。五分ほどもかからない道で向けられた好奇の視線は、ただ自分が走っているからでは無いような気がした。
◆
家に帰ってきて早々にパソコンを立ち上げ、ヤホーのトップページからニュースを読み漁る。ワールドカップの思わぬ日本の活躍に多くの記事が書かれていたが、写真に映る選手たちは女子だった。
日本の行末を〜と、主張を激しく戦わせる政治家たちも殆どが女性で、鉄道各社は男性を痴女から守るとの名目で、男性専用車両を導入するとのことだ。
何となく状況が読めてきて混乱はしているものの落ち着いてきた頃、ふと頭によぎった不安に、嫌な予感がしてブラウザのブックマークを確認すると、わずかに登録されていたはずのアダルトサイトは軒並み無駄になってしまった。
役目を果たしていないようなペラッペラの下着を履いた男が、画面に映らない女性に責められてアァンオォン言うのを、誰が見たいのだろう。少なくとも、自分は見たくはなかった。
しばらく落ち込んだ後、世界が変わってしまう前の自分とこの世界の自分は全く同じなのか気になり、手に持った携帯で連絡先を確認した。
見知った名前が並ぶ電話帳に、ホッと胸をなでおろすと、次に学校の確認をした。3月に卒業式を終え、無事卒業となった高校は自分の知る名前と変わらず、自分が通う大学の書類も、必死こいて受験勉強をした末に受かった大学と同じモノで安心する。
男女が逆になってしまった事に驚いていたがそれ以外は大して変わらない、結局、変わっていたのはそれだけなのだから、自分の人生には特に影響がないと思い直し、見直していた書類の束を置く。
大学に通うために近くまで引っ越した為、新生活を始めるためには色々な手続きを終えなければならない。そう思って郵便受けに入っていた大量の封筒を机の上に並べ、整理に取り掛かった時、連絡先を確認した後ポケットに入れていたスマホに通知があった。
◆
通知の内容は父親からのメールで、要約するとうちの職場でバイトをしないか? というお誘いだった。男女が逆転している割に、父親の言葉遣いがオネエ化している訳ではないんだな、なんて事を考えながら返信を打つ。
元々、大学に行ったらバイトをしてみるつもりだったのだ。高校は自称進学校だったので生徒にバイトの許可がほとんど降りず、他の高校に行った友だちがSNSなどでバイト楽しいと言うのを見る度に羨ましいと思っていたから、自分にとっては渡りに船、望む所といった感じだ。
父が働いているのなら、分からないことがあれば気軽に聞けるし、新しい人間関係を一から築くという煩わしさも多少軽減されるだろう。ラッキーだな、そう考えメールを送信すると、すぐに父から詳細が書かれたメールが返ってきた。
そうそう、芸能事務所だったな。大手だし、バイトから社員に昇格できたら将来も安泰だな〜そう思いながら詳細を読み進めると、アイドルの所属する部署の1つのアシスタントをしてもらいたい、年頃の女ばかりだから自分の身をしっかり守るように、との文面が飛び出し面食らった。
身を守る? 何を言ってるんだろう、むしろアイドルの子たちの方が気をつけるべきじゃないか? 一瞬そう考えたが、メールの内容の真剣さに鬼気迫るものを感じ、つい先程のコンビニでの一件を思い出した。
そうだ、今の世界では男女が逆転しているよな……? そう考えると、女の子だらけの事務所――きっと恋愛禁止とか言われているのだろう――にアシスタントとして入る男は、飢えた狼たちの縄張りに放たれた、格好の餌なんじゃ……!
ムシャムシャと食べられてしまうか弱い羊を想像して、まさか、そんなはずないと頭を振る。
もし万が一、目をギラつかせたコンビニの店員さんみたいに、自分が襲われそうになったとしても、男女の差がある以上抵抗は出来るはず。いくら小さいと言われていても、170ぐらいはギリギリある自分なら大丈夫。
楽観的に受け止め、むしろ好意的に受け止めようと考えていた。
アイドルとして働いてるぐらいなんだし、きっととんでもなく可愛い女の子だらけなんだろう、自分は恵まれているのかも知れない。なんせ、普通の人は会話することさえ出来ないんだから。
とりあえず、目先で一番やらなければならないことは、机に載せられた書類の処理だろう。のんびり過ごそうと思っていたはずの休日、突然変わってしまった世界と、自分のこれからの事、それら全部を今だけ忘れる為に、目の前の作業に集中した。
◆
4月、入学式。辛かった大学受験中にどれほどこの日を夢見ただろうか。合格発表の日に涙を一生分流したと思っていたが、今日を迎えてうるっと来るものがあった。
電車で一時間ほど揺られながら、混雑した車内を見渡すと、自分と同じように初々しいスーツの人が多い。
学部は違うかも知れないが、この人達が同級生になるのか……感慨深いものを感じながらあたりを見回していると、体調が悪そうに俯いている女の子が目に入った。
つり革を掴んでいる手は、辛うじてという感じで、今にも倒れてしまいそうだ。電車内は混雑していると言っても、ドアの前は比較的空いていて、転倒したら床に頭を打ってしまいかねない。
フラフラとしだした女の子を見て、どうしても放って置けず人混みを抜けなんとかそちらの方へ向かう。普段なら見て見ぬふりをするだろう、こんな日に倒れる人を見るのは何だか寝覚めが良くない、そんな気まぐれだった。
ゴトンっ。一際大きく揺れる電車に、つり革に辛うじて捕まっていた女の子の手が離れる。その子が前に倒れ込むのと、僕が正面までたどり着いたのはほとんど同時だった。
「危ないっ」
倒れかかってくる女の子を間一髪で受け止める。前髪で隠れて顔がよく見えないが、その顔色は青白く、目元には薄く隈が出来ていた。寝不足で貧血だろうか?
顔を覗いていると、意識が戻ったのか女の子の目が開いてこちらを見た。
「す、すいませんっ……!」
こちらと目が合った瞬間、慌てて女の子が離れる。その反応に、なにか失礼なことをしてしまったかと悲しく思っていると、その表情を見たのか、女の子が焦りながら釈明した。
「あ、違うんです……その、私、男の人に倒れ込んでしまうなんて……ごめんなさい」
大人しそうに見える女の子が言った内容に、なるほどと納得すると同時に、嫌われたわけではなくてよかったと安堵する。状況が状況とは言え、いきなり抱きかかえてしまってセクハラだとか言われたら、警察は自分を逮捕してしまうだろう。
……あれ、この場合は逆で、僕の扱いは女子なんだから、僕がこの子を訴えるんだろうか? だとしたら酷く世の中は間違ってるような気がする。
「全然大丈夫ですよ。それよりも、体調は大丈夫ですか? すごく顔色が悪いみたいですけど……」
「すいません……寝不足で。その、今日の入学式で挨拶を頼まれていて、その内容をずっと考えていて……」
思ったとおり、自分と同じ新入生のようだ。挨拶をするというと、首席なのだろうか。申し訳なさそうにこちらを見つめる目が、澄んだ蒼色で、つい見つめ返してしまった。
「キレイですね」
「えっ……」
思わず考えを口に出してしまい、女の子が驚いた表情を浮かべる。やってしまった……。
顔を赤くして目をそらしてしまった女の子に、釈明をしようと声を掛けるが反応がなく、俯いたままだ。
どうしようか……頭をかいて考えていると、顔を伏せていた女の子が、意を決した表情でこちらを見上げる。
「それは……告白でしょうか……?」
「えっ?」
思わぬ発言に間の抜けた声をあげると、女の子はそのままゆっくりとだが、熱を持った表情で真剣に語り始めた。
「本で……読んだことがあります……このような展開……助けて頂いたという恩を盾に、あんなことやこんなことまで、強く逆らうことの出来ない私に要求してきて……気づいたら私は、とても恥ずかしいことに……」
顔を抑えて、イヤイヤ……と頭を振る目の前の女の子、その発言と行動についていけずに呆然としていると、目的の駅に着いてしまった。
「はっ……ここですね……同じ大学の方ですよね……? い、一緒に行きましょう……!」
そうだけど、と返事をすると即座に手をとられ、あれよあれよと言う間に一緒に大学まで向かうことになってしまった。
口は災いの元と言うけれど、ただ一言こぼしてしまっただけでこんなことになるとは……そう戦慄しながら、手をつないで隣を歩く笑顔の彼女――彼女の自己紹介によると鷺沢文香さん――を見ると、笑顔で見つめ返してくれる。
「告白もしてくれて……手も繋いでしまったら……これはもう、お付き合いですね……?」
落ち着いた大人しいその容姿から、全く想像もできない、こじらせてしまった男子の成れの果てみたいな鷺沢さんを、一体どうしようか、頭を抱えた。
本をよく読んでいる大人しい男子……きっとムッツリスケベ(偏見)。